紅魔館当主、レミリア・スカーレットの妹、フランドールは、その能力のために、長い時間を自分の部屋に、閉じこもって過ごしてきた。
…けれど、閉じこもっていたからといって、何もしていなかった…という訳ではない。魔法図書館にこっそり通ってみては、書物を本棚から手に取って…時には、自分の部屋まで持ち帰って読みふけったりしていた。
それ以外にすることがなかった…というのもそうだけれど。それ以上に、本を読むというのは、フランにとって、とても面白い営みだった。叡智を自分の中に取り込もうとするパチュリーとも、時々の気晴らしとして本を時々取り出していたレミリアともきっとまた違う面白さを。
中でも、フランが読んでいたのは、絵本だった。
外に出ることが長いことなかったフランにとって、絵本は、そこに描かれた風景や登場する人物や動物たちは、自分にとって「館の外の世界」を知るための貴重なリソースだったのだ。
たとえば、狐が登場する作品なら、狐はこういう見た目をした動物で、こういう生き方をしているんだ、とか―――外ではみんなが集まっては祝う「お祭り」なるものがあるとか―――そういったあらゆることを、フランはまず絵本を通して知った。
もちろん、絵本に出てくる描写が、全て現実のものだ、なんてことは考えていない。時にはファンタジーといった、この絵本の作者たちが描き出したフィクションが存在するなんてことも、フランは良く分かっている。けれど、だからこそ、「これは現実でも見られるのかな」「どれがこの作者さんの描き出した世界なのだろう?」と、「外」を自分の中で想像して、思い描いてみる―――「仮想」の中で「現実」を見出し、頭の中で構築してみるのが、閉じこもっている時のフランの楽しみだったのだ。
外に出るようになった今は、純粋に中身を楽しみたいから、ということで、こうして読み続けてる訳だけどね。単純ながら考えさせられて、感情移入が出来る―――こういう作品を紡げる表現者が、フランはすごい、と素直に尊敬している。自分には、絶対に作れそうにないなぁ。
そして、今日も読み終わった何冊かの絵本を抱え、こうして魔法図書館に返そうと歩いている。
さて、そろそろ豊富にある魔法図書館の棚を制覇出来るかな。それくらいは読んだよね。
「…あれ?」
絵本をいつもしまっている本棚に辿り着いたフランは、本棚に絵本をしまっていてふと気付いた。
自分が借りていた本をしまっても、本棚にちょっと空きが出来ている。借りてきた時には確かに本で詰まっていたはずなのに。空きのスペースは…ざっと2~3冊、といったところだろうか。
…もしかして、誰かが取り出して読んでいるのかな。へぇ、そうだとしたら面白いな。今まで、自分以外の誰かが絵本を読んでいる姿なんて、ついぞ見たことがなかったのに。
誰が読んでいるのだろう…フランはこの館の者たちが本を読んでいる姿を思い浮かべながら、再び歩き始める。
レミリアが絵本……うーん、あの何だかんだまめで「当主」であろうと振る舞うあの姉が、気晴らしであっても絵本を取り出すなんて姿はあまりイメージすることが出来ない。見た目はともかくとして。ちょっと格好つけも兼ねて、教養ともいえる詩集だとか専門書などを読んでいるイメージだ。本というのはそこまで肩肘張って読むものでもないと思うんだけどなぁ。あの姉は柔軟なようでいて、実は自分に対して厳しいというか固いんだから。
続いてパチュリーが絵本…いつも魔導書に囲まれている彼女が絵本に手を伸ばすというのも、それはそれでイメージ出来ない。
彼女の場合は、姉よりもさらに頭が固い。とにかく、魔法、魔法、魔法と、魔法の研究をずっと進めていて。絵本などを読んでいる時間があるなら魔法の研究にあてる、だなんて言い出すことは簡単にイメージ出来る、というか。試しにパチュリーが持っているのを魔導書から絵本に変えてイメージしてみよう…うん、何だ。絵本を読む表情ではないなぁ、これ。
くすくす…あ、考えていたらなんだか楽しくなっちゃった。従者組も想像してみよう。
咲夜が絵本…そういえば咲夜は本を読むとして、どんな本を読むのだろう。料理のレシピだとか、家事のノウハウとかだろうか。けれど咲夜なら今はもう頭に全部叩き込んでそうだし、読む必要なんてなさそうだ。
ちょっと前、それこそ紅魔館に入って来たばかりのころなら分からないけれど。……その時の小さい咲夜なら、絵本も読んでいたのかなぁ。今度聞いてみようかな。思い出の絵本を語るときの咲夜は、いったいどういう表情をするのかな。すました顔とは別の、少女らしい咲夜の表情を見てみたいものだけど。お姉さまなら、見たことあるのかな
美鈴が絵本…うん、なんかこの中だと一番しっくりは来る。人間的というか、そういうのに最も近い感性は持っているだろうし。大衆文学だとかを好んで読んでいるという話は聞いたことがあるし、なじみのある絵本にも接したことがありそうだ。
読み聞かせとかもとても似合いそうだ。優しい穏やかな声で、語りかけるように…という話し方が、ここで一番うまいのは間違いなく美鈴だ。…まぁ、そのうち鼻から提灯出しちゃって、中断してしまう姿が目に浮かぶけれど。ま、読み聞かせというのはそれも見どころのひとつだろう。
「あ、いたいた。おーい、パチュリー」
そうして考えに耽りながら歩いていると、紫色のローブを身につけたこの図書館の主が、散らかった魔導書に囲まれながらむきゅーと顔を突っ伏しているのが目に入った。フランの声が聞こえたようで、のっそりと気だるそうに顔をあげる。
「……うん?あぁ、フラン」
「どうしたの、パチュリー。魔法でも煮詰まっちゃった?」
「あー、そうじゃないの。さっきまで騒がしいのが来ていたものだから、疲れちゃって」
…あー、なるほど。魔理沙が来ていたのか。いまいましげにぶつぶつ文句を言うパチュリーに対し、少し呆れたように微笑む。まぁ、魔導書が散らばっているのを見るに、何があったのかは、大体想像がつく。あいかわらずというか何というか。
「それで、どうしたの?」
「あぁ、うん。さっき借りてた絵本返していたんだけど、本棚から絵本が2、3冊くらい持ち出されているみたいでさ。誰が持っているのかなぁって」
「うん?もしかして、その中に読みたいものでもあったかしら?」
「ん、そうじゃないの。誰か絵本読みそうな人いたっけな、て、ちょっと気になっただけ」
「ふぅん」
パチュリーは、眠そうな眼でじっとフランを見ると、さして気にもしていない様子で魔導書を一冊ぺらりとめくる。
「それなら、さっきここに来た魔法使いが、絵本数冊借りてくわね、て私に話してきたわね」
「魔法使い?もしかして魔理沙が借りていったの?」
「魔理沙じゃないわ。あの生意気がそんな殊勝なことする訳ないでしょう」
「あー…まぁまぁ」
やれやれ。本当、パチュリーってば、魔理沙に対してはとげとげしてるんだからなぁ。気持ちは分からなくもないけど。
「たぶん、フランとは、面識がないかもしれないわね」
「…そうだね。私は、パチュリーと魔理沙以外に、魔法使いと話したことはなかったはずだし」
「話、してみたい?」
「まぁね。ちょっと気になるから」
「……そう。なら、返しに来た時、そちらに知らせてあげるから、その時に話しかけてみたらどうかしら」
「うん。ありがとう、パチュリー」
それにしても、絵本に関心を持つ魔法使い、か…。どんな人なんだろうな。パチュリーがこうして穏やかに話してくれるあたり、きっと良い人なんだと思うけど。
「そうそう、フラン。明日、人里に出かけるのよね」
「うん。まぁ、何をするという訳でもないんだけどね」
フランが頷くと、パチュリーは、自分を囲んでいた本のうちの数冊、和装の装丁が施されているものを指さした。
「これ、鈴奈庵から借りてきた本なのだけど。人里に出るなら、ついでにこの本、返してきてくれないかしら?」
「えー。それくらい自分で返しに行けば良いのに」
「いや。今は外に出たくないの」
パチュリーは口をとがらせて、自分が返しに行くのを拒否する。まったくこの引きこもりは…なんて、自分が言えたことでは絶対にないか、とフランはまたくすくす笑った。
「しょうがないなぁ。返しに行ってきてあげる」
…けれど、閉じこもっていたからといって、何もしていなかった…という訳ではない。魔法図書館にこっそり通ってみては、書物を本棚から手に取って…時には、自分の部屋まで持ち帰って読みふけったりしていた。
それ以外にすることがなかった…というのもそうだけれど。それ以上に、本を読むというのは、フランにとって、とても面白い営みだった。叡智を自分の中に取り込もうとするパチュリーとも、時々の気晴らしとして本を時々取り出していたレミリアともきっとまた違う面白さを。
中でも、フランが読んでいたのは、絵本だった。
外に出ることが長いことなかったフランにとって、絵本は、そこに描かれた風景や登場する人物や動物たちは、自分にとって「館の外の世界」を知るための貴重なリソースだったのだ。
たとえば、狐が登場する作品なら、狐はこういう見た目をした動物で、こういう生き方をしているんだ、とか―――外ではみんなが集まっては祝う「お祭り」なるものがあるとか―――そういったあらゆることを、フランはまず絵本を通して知った。
もちろん、絵本に出てくる描写が、全て現実のものだ、なんてことは考えていない。時にはファンタジーといった、この絵本の作者たちが描き出したフィクションが存在するなんてことも、フランは良く分かっている。けれど、だからこそ、「これは現実でも見られるのかな」「どれがこの作者さんの描き出した世界なのだろう?」と、「外」を自分の中で想像して、思い描いてみる―――「仮想」の中で「現実」を見出し、頭の中で構築してみるのが、閉じこもっている時のフランの楽しみだったのだ。
外に出るようになった今は、純粋に中身を楽しみたいから、ということで、こうして読み続けてる訳だけどね。単純ながら考えさせられて、感情移入が出来る―――こういう作品を紡げる表現者が、フランはすごい、と素直に尊敬している。自分には、絶対に作れそうにないなぁ。
そして、今日も読み終わった何冊かの絵本を抱え、こうして魔法図書館に返そうと歩いている。
さて、そろそろ豊富にある魔法図書館の棚を制覇出来るかな。それくらいは読んだよね。
「…あれ?」
絵本をいつもしまっている本棚に辿り着いたフランは、本棚に絵本をしまっていてふと気付いた。
自分が借りていた本をしまっても、本棚にちょっと空きが出来ている。借りてきた時には確かに本で詰まっていたはずなのに。空きのスペースは…ざっと2~3冊、といったところだろうか。
…もしかして、誰かが取り出して読んでいるのかな。へぇ、そうだとしたら面白いな。今まで、自分以外の誰かが絵本を読んでいる姿なんて、ついぞ見たことがなかったのに。
誰が読んでいるのだろう…フランはこの館の者たちが本を読んでいる姿を思い浮かべながら、再び歩き始める。
レミリアが絵本……うーん、あの何だかんだまめで「当主」であろうと振る舞うあの姉が、気晴らしであっても絵本を取り出すなんて姿はあまりイメージすることが出来ない。見た目はともかくとして。ちょっと格好つけも兼ねて、教養ともいえる詩集だとか専門書などを読んでいるイメージだ。本というのはそこまで肩肘張って読むものでもないと思うんだけどなぁ。あの姉は柔軟なようでいて、実は自分に対して厳しいというか固いんだから。
続いてパチュリーが絵本…いつも魔導書に囲まれている彼女が絵本に手を伸ばすというのも、それはそれでイメージ出来ない。
彼女の場合は、姉よりもさらに頭が固い。とにかく、魔法、魔法、魔法と、魔法の研究をずっと進めていて。絵本などを読んでいる時間があるなら魔法の研究にあてる、だなんて言い出すことは簡単にイメージ出来る、というか。試しにパチュリーが持っているのを魔導書から絵本に変えてイメージしてみよう…うん、何だ。絵本を読む表情ではないなぁ、これ。
くすくす…あ、考えていたらなんだか楽しくなっちゃった。従者組も想像してみよう。
咲夜が絵本…そういえば咲夜は本を読むとして、どんな本を読むのだろう。料理のレシピだとか、家事のノウハウとかだろうか。けれど咲夜なら今はもう頭に全部叩き込んでそうだし、読む必要なんてなさそうだ。
ちょっと前、それこそ紅魔館に入って来たばかりのころなら分からないけれど。……その時の小さい咲夜なら、絵本も読んでいたのかなぁ。今度聞いてみようかな。思い出の絵本を語るときの咲夜は、いったいどういう表情をするのかな。すました顔とは別の、少女らしい咲夜の表情を見てみたいものだけど。お姉さまなら、見たことあるのかな
美鈴が絵本…うん、なんかこの中だと一番しっくりは来る。人間的というか、そういうのに最も近い感性は持っているだろうし。大衆文学だとかを好んで読んでいるという話は聞いたことがあるし、なじみのある絵本にも接したことがありそうだ。
読み聞かせとかもとても似合いそうだ。優しい穏やかな声で、語りかけるように…という話し方が、ここで一番うまいのは間違いなく美鈴だ。…まぁ、そのうち鼻から提灯出しちゃって、中断してしまう姿が目に浮かぶけれど。ま、読み聞かせというのはそれも見どころのひとつだろう。
「あ、いたいた。おーい、パチュリー」
そうして考えに耽りながら歩いていると、紫色のローブを身につけたこの図書館の主が、散らかった魔導書に囲まれながらむきゅーと顔を突っ伏しているのが目に入った。フランの声が聞こえたようで、のっそりと気だるそうに顔をあげる。
「……うん?あぁ、フラン」
「どうしたの、パチュリー。魔法でも煮詰まっちゃった?」
「あー、そうじゃないの。さっきまで騒がしいのが来ていたものだから、疲れちゃって」
…あー、なるほど。魔理沙が来ていたのか。いまいましげにぶつぶつ文句を言うパチュリーに対し、少し呆れたように微笑む。まぁ、魔導書が散らばっているのを見るに、何があったのかは、大体想像がつく。あいかわらずというか何というか。
「それで、どうしたの?」
「あぁ、うん。さっき借りてた絵本返していたんだけど、本棚から絵本が2、3冊くらい持ち出されているみたいでさ。誰が持っているのかなぁって」
「うん?もしかして、その中に読みたいものでもあったかしら?」
「ん、そうじゃないの。誰か絵本読みそうな人いたっけな、て、ちょっと気になっただけ」
「ふぅん」
パチュリーは、眠そうな眼でじっとフランを見ると、さして気にもしていない様子で魔導書を一冊ぺらりとめくる。
「それなら、さっきここに来た魔法使いが、絵本数冊借りてくわね、て私に話してきたわね」
「魔法使い?もしかして魔理沙が借りていったの?」
「魔理沙じゃないわ。あの生意気がそんな殊勝なことする訳ないでしょう」
「あー…まぁまぁ」
やれやれ。本当、パチュリーってば、魔理沙に対してはとげとげしてるんだからなぁ。気持ちは分からなくもないけど。
「たぶん、フランとは、面識がないかもしれないわね」
「…そうだね。私は、パチュリーと魔理沙以外に、魔法使いと話したことはなかったはずだし」
「話、してみたい?」
「まぁね。ちょっと気になるから」
「……そう。なら、返しに来た時、そちらに知らせてあげるから、その時に話しかけてみたらどうかしら」
「うん。ありがとう、パチュリー」
それにしても、絵本に関心を持つ魔法使い、か…。どんな人なんだろうな。パチュリーがこうして穏やかに話してくれるあたり、きっと良い人なんだと思うけど。
「そうそう、フラン。明日、人里に出かけるのよね」
「うん。まぁ、何をするという訳でもないんだけどね」
フランが頷くと、パチュリーは、自分を囲んでいた本のうちの数冊、和装の装丁が施されているものを指さした。
「これ、鈴奈庵から借りてきた本なのだけど。人里に出るなら、ついでにこの本、返してきてくれないかしら?」
「えー。それくらい自分で返しに行けば良いのに」
「いや。今は外に出たくないの」
パチュリーは口をとがらせて、自分が返しに行くのを拒否する。まったくこの引きこもりは…なんて、自分が言えたことでは絶対にないか、とフランはまたくすくす笑った。
「しょうがないなぁ。返しに行ってきてあげる」