Coolier - 新生・東方創想話

畜生が野球をやっちゃいかんのか

2020/09/12 00:51:12
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 畜生と野球の相性が良いことは皆もご存知であろう。
 畜生界を始めとした地獄でも野球が大人気であるのは言うまでもない。

 鬼傑組の吉弔八千慧が監督兼オーナーを務める球団のトータスドラゴンズは、地味だが堅実な守備力と、隠し玉や相手のやる気を削ぐタイミングでのタイムなどの姑息なプレイが特徴だ。

 剄牙組の驪駒早鬼が率いるブラックエンジェルス。こちらは長打力と甘いマスクを兼ね備えたオオカミ霊タカハシを主軸とした、パワフルな打撃と俊足が売りのチームである。その分守備は少年野球と揶揄されるほどお粗末だが。

 剛欲同盟が経営するジャイアントイーグルスは、圧倒的な財力で有望な選手の囲い込みを繰り返す球界の嫌われ者だ。ただ、金に物を言わせた練習設備も圧倒的で、移籍したがる選手が後を断たないのも現実である。

 さらに旧地獄からは鬼の四天王がキャプテンの星熊ベアスターズ、名前のせいでサッカーチームと間違えられてばっかりの古明地イレブンズ。
 さらにさらに、かの地獄の女神も妖精をまとめてルナティックアストロズという球団を持っている。ちなみにユニフォームが変だという理由で退団を希望する選手が後を断たないらしい。

 以上の六チームで構成される地獄の野球リーグ、通称ヘ・リーグは、多少の揉め事はあれど地獄らしいスポーツマンシップにのっとり健全に運用されていた。
 しかし、この均衡は畜生界の新たな勢力によっていきなり破られることになる──。


 吉弔八千慧は組長室で選手名簿を睨み付けていた。そこにはトータスドラゴンズに属する選手のデータが所狭しと並んでいる。名前、生年月日、身長体重、成績、そして、年俸。
 良い選手には高い金を払わなければならない。さもないと厚待遇の他チームに取られてしまう。過去、そうやって剛欲同盟の奴等に何度期待の新人を持っていかれたことか。思い出すだけで虫酸が走る。
 金を持っている球団は強い。強いチームには金が入る。ならば金を持っていない球団、トータスドラゴンズはというと、まあ予想通りぱっとしなかった。

 復習しておくが、吉弔は相手を言葉で従わせる能力を持っている。だから選手との契約交渉にはめっぽう強い。というか絶対に負けない。しかし一時的に従わせたところでやはり安月給は安月給なのだ。正気に戻った選手から引き抜かれていってしまう。
 一応、金をかけない方法はある。自分の所の組員を選手にすればいい。だが野球は人の姿でないとできない以上、そこまでの力があるエリート動物霊に限られる。先に挙げた驪駒のチームのオオカミ霊タカハシも剄牙組幹部の一人に数えられるエリート中のエリートなのだ。
 鬼傑組にも人型になれる畜生霊がいることはいるが、ここの組員は全体的にのほほんとした気質や身体能力で、野球という畜生のためのスポーツに向いているのはごく一部なのであった。

 ここまでを簡潔にまとめると、トータスドラゴンズは弱い。
 以上である。


「吉弔、いるか!? 吉弔ォ~~~~ッ!!」

 そんな人の悩みもお構いなしに、窓ガラスが震えるほどの大声量が耳に突き刺さった。
 吉弔は露骨な舌打ちをした。この馬鹿でかい声は間違いなく奴だ、と。
『吉弔様ぁ~! 大変です! 剄牙組の奴がいきなり押し入ってきて……!』
「あんなに馬鹿みたいな大声を出す輩が驪駒以外にもいてたまりますか。それで、人数は?」
『側近を一人だけ連れた二人です。吉弔様と話がしたいとの事で……ああっ、ダメです許可もなく勝手に入っちゃっ……!』
 その人物は蹄鉄付きの靴の音をやかましく鳴らしながらドアの所に仁王立ちした。カウボーイの帽子に牙を意識した衣装、紛れもなく剄牙組の組長である驪駒早鬼その人だ。
「……ふっ、相変わらず渋い面構えだ。客人にはもう少し愛想を良くしたらどうだ」
「招いていない者は客ではなく不法侵入者です。客と自称するなら土産くらいは持参したのでしょうね。無いならば命でも構いませんが」
 二人の表情は対称的だ。スカした顔で笑う驪駒、不快感を隠さない吉弔。敵対組織でありながら吉弔の力を認めている驪駒に対し、自分以外を駒と見なす吉弔にとってこの思い通りに動かない黒い駒は実に腹立たしい存在だった。
「まあ、その不愉快な顔の原因は私と同じだろうさ。お前のところにも来ているはずだ、奴からの通達が!」
「でしょうね。お前が押し掛ける理由などこれ以外に考えられない」
 二人は懐から一枚の手紙を取り出して、同時に机の上に叩きつけた。

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 やっほ~、袿姫です。
 最近はなかなか遊んであげる機会がありませんでしたがお元気にしているでしょうか。

 いきなりの近況報告でごめんなさいですが、うちも自慢の埴輪達と一緒に野球チームを作りました。
 所詮は人間の球遊びと思っていたのですがやってみたら案外楽しくて、特にうちの磨弓ちゃんがバットを構える姿なんてりりしくて可愛くて(以下磨弓を褒め称える文が十行くらい続いたので中略)ああ! この姿をみんなにも見てもらいたい!

 そこで、うちのチームもヘ・リーグに参入しようと思います!
 その事をヘカちゃん様に相談したら、7チームは多いから畜生界からどこか抜けるか合併させてって言われちゃったの。
 だから消えてもらうなら吉弔と驪駒の弱小チームが相応しいと思いま~す。
 二人で仲良く話し合ってどうするか決めてね。

 畜生界のアルティメットプリティーイドラデウス、埴安神袿姫より。
 追伸。使い古したグローブの匂いってダメだけどちょっとクセにならない?

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「なんだこれは!!」
「なんですこれは!」

 驪駒と吉弔は仲良く揃って拳を机に叩きつけた。
「これほど読んでて不毛な気分になる文は初めてですよ」
「まったくだ! 何が弱小球団だ、バカにしやがって!」
「……そこは事実でしょう。認めたくはありませんが」
 そう、驪駒のチームも成績はぱっとしない。ここ数年は吉弔のチームと揃って最下位争いの常連であった。


 元々驪駒のブラックエンジェルスはホワイトタイガースという名前だった。
 その弱さは圧倒的で、ある年の優勝チームとの連戦では合計で33失点という歴史的な大敗を喫し、悪い意味で伝説を残してしまう。
 あまりにもネガティブなイメージが付いた球団からは選手も逃げ出し、ファンからも見放され、もはや野球すらできない人数にまでなりかけたところに現れたのが配下の霊を連れた驪駒だった。ブラックエンジェルスに改名して乗っ取ったのである。
 さて、剄牙組のパワフルな人材を加えて攻撃力こそ改善したものの、肝心の守備力はというと33点を取られた頃から変わっていないのだった。点を取ってもそれ以上に取られる。エンジェルスの試合はいつでも二桁得点同士の馬鹿試合だ。打線の調子が悪かった日には目も当てられない。

 ここまでを纏めると、ブラックエンジェルスも弱い。
 以上である。

「くうッ……! 我らが負けてばかりなのは認めてやらんでもないが、だからといって解散するつもりは無いぞ! うちの試合を楽しみにしてるファンはいっぱいいるんだ!」
「フン、私こそあの邪神の要求を飲む気などさらさらありませんよ。無論、合併なども御免です」
「私だってお前の地味な選手なんて要らないさ。となれば、やっぱり奴とは交渉決裂だな」
 二人は揃って鼻を鳴らす。正反対の二人だが変なところで馬が合うのだった。

『……となると、偶像のヤツらとの全面戦争ってことになるッスけど大丈夫なんスか? アイツらの戦力は半端じゃなかったッスよ』
 ここで申し出たのは驪駒の側近のオオカミ霊だ。いかにも三下風の喋りだがこちらも驪駒の信頼厚いエリート動物霊の一匹である。
「ああ、偵察を頼んでいたのはお前だったな。ちょうど良い、吉弔も聞いていけ」
「聞く気はありませんがたまたま耳に入ってしまう分には仕方ありません。貸しは無しです」
「フッ、お前らしいよ」

 オオカミ霊は次のように報告した。
 埴安神袿姫がナワバリにしている霊長園の近くには畜生ドームという場所がある。そこを袿姫によって作り出された埴輪軍団が占拠して野球を練習していたという。
 普段は剣槍を握って弓馬を磨いている奴らがボールを握ってバットを磨いている。まさに異常な光景であった。
『恐ろしい光景だったッスが、とにかく見た感じ相当練習を積んでるッス。人間霊の上位陣にも負けないんじゃないッスかね』
「……でしょうね。奴らは人形です。元々は人間が考えたスポーツですから」
 四足歩行の生物と霊長類、特に人間とには決定的な差がある。身体能力では劣る人類が、なぜ生態系の頂点に居座ることができたのか。それは『物を投げつける』という遠距離攻撃の手段と、それを集団で実行する知能を持っていたからだ。
 ボールを投げるのは野球の基本中の基本。動物霊はまず投げるという動作に慣れるまでが大変で、ここで人との差が出てしまう。人を模して造り出した埴輪も、ましてや創造神お手製なのだから投げる動きは完璧なのだ。

「関係ない!」

 驪駒はよく通る声で一刀両断した。
「要するに弱小球団が消えればいいという話だ。野球で売られた喧嘩は野球で買ってやる。うちのチームが埴輪より強いのを見せつけてやればいいんだろう!?」
「……言うと思いましたよ」
 吉弔は知り尽くしていた。目の前の暴れ馬はこういう輩だと。
 本当はわざわざ鬼傑組に来ないで奴らだけで殴り込むのでも良かったはず。それでも驪駒がここに寄ったのは、こちらの様子見が半分、もう半分は筋を通したといったところか。元より鬼傑組が単独で動くなどは有り得ないのだが。
 相容れない存在ではあるが、やると言ったら絶対に実行するという点においてはある意味身内よりも信頼できる。それがまた吉弔にとっては腹立たしいことであった。

「私は邪神に試合を申し込む! 私を侮ったことを後悔させてやるよ!」
『く、組長……そうは言うッスけど正直実力差は……』
「心無い埴輪ごときに私が負けるものか! 足りない実力は精神力で補えば良い!」
『ブ、ブラックッス……』
 そこはチーム名もブラックなので諦めるしかなかった。『私は黒だけど剄牙組はホワイトだぞ』は驪駒の定番ジョークであるが、つまり組長自身はブラック志向なので仕方がない。
「吉弔も、異論は無いな!?」
「どうぞ、ご自由に。お前の所が勝てば、それと順位を争っているうちも奴らより強いのは自明でしょう。負けたとしても消えるのはそちら。うちには何の不利益もない」
 話は決まった。
 偶像軍団と驪駒が勝負をする。負けた方の使えそうな人材は上手いこと言いくるめてうちのチームのメンバーにしてしまおう。
 吉弔は既にそこまでの算段を立て始めていた。

 そんな美味い話がないことは本人だってわかっていたものの、それがまさかあのような事態に発展するとは、さしもの吉弔も想像できなかったのだった。

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