【さて、太子様。試合を振り返ってみていかがだったでしょうか】
【双方素晴らしい勝負でした。しかも勝負を決めたのは私の黒駒です。流石は私が育てた馬ですね】
【自画自賛もいい加減くどいですわよ。まあ早鬼ちゃんが化け物のようなフィジカルだったのは事実ですが、それにしてもよく勝てたものです】
【埴安神は伝説の野球選手達の魂を呼び寄せていたようですが……しかしそれが逆に仇となった】
【その通りです。そもそも、本当に伝説の野球選手を呼び寄せていたのなら絶対に居るべき人物が居ませんでした。そこに八千慧ちゃんも気付いたのでしょうね】
【ファーストとサード、世界のホームラン王とミスタープロ野球と呼ばれる人物の二人ですよね。現代のスポーツに疎い私ですら聞いたことのある人物なのに居なかったのは……ずばり、神格が高すぎて負担が大きかったから?】
【ええ、おそらくは。野球の神様をいっぺんに呼ぶのは相当なエネルギー消費だったのだと思われますわ。だからまあ、言っては失礼ですが多少の妥協があった面々だったのでしょうね。ちょっと残念な人の方が呼びやすかったのでしょう】
【どうも埴安神の体力と彼らの能力もリンクしていたようですからね。彼女が疲れていくほど埴輪達も衰えていたようですから実際は相当きつかったと思われます。その結果が、レフトのアレだったわけですが……】
【名誉のために言っておきますけどあのお方も全盛期は本当に凄い人だったんですよ……怪我や年齢の衰えには勝てなかっただけで……】
【ふむ、老いとはやはり恐ろしい。改めて再認識させられましたよ】
【そうかもしれません。でもね、トップの人がずっと居座っていたのでは次のスターが輝けないんですよ。衰えて消えていくからこそ新たな世代が出てこれるんです。延々と同じ人じゃつまらないでしょう?】
【……それは私への皮肉ですか? 貴女だって仙人のくせに】
【ふふ、一般論ですよ。さて、私達も行きましょうか】
【そうですね、祝勝パーティーの準備です。黒駒をたっぷりと労ってあげませんと】
【八千慧ちゃんもお忘れなく。それと、袿姫様もね。ビールをいっぱい用意しないと……うふふ、忙しくなりそうですね?】
「うっ、うっ……袿姫様、袿姫様ぁ……」
「どうして磨弓が泣いてるのかしら。お前は何も悪くないのにねえ。おかしいねえ……」
磨弓は袿姫の胸に顔を埋めてすすり泣いていた。最後の最後、あと一人だったのに、驪駒に全てを持っていかれてしまった。自分が献上した1点で勝利に導くことができなかった。打たれた袿姫よりも彼女を慕う部下の方がそれを許せなかったのだ。
「……お取り込み中の所を申し訳ありませんが、取り決めの確認に来ましたよ。構いませんよね?」
敗者に追い打ちをかける趣味は無いかというとむしろそれなりに有るが、とにかく吉弔は袿姫サイドのベンチにずかずかと上がりこんだ。
「勝ったのは驪駒と私の連合軍です。お前と三途の川の連中のチームでしたか、その二つのリーグ入りは無しということで……宜しいのですよねえ?」
「ええ、元々お遊びで始めた野球だもの。お前達みたいに収益で組員を食わせる必要もないし、三途の方には申し訳ないけど私に異存はないわ」
言質を取れたと吉弔はほっと胸を撫で下ろす。この試合で勝てたのは急に加入した鬼傑組チームのおかげだ。それを理由に試合自体を無効にされる可能性もあったのだから。
今度は三途の川の連中が物申してくるかもしれないが、こっちなどいくらでも言いくるめられる。これで畜生界のチームは安泰だ。
後は喧嘩を売ってきたこいつらをどう処理するか。吉弔は既にこの後の事を考え出していた。
「……本当にいいのか?」
しかしそれを良しとしない人物が居た。それも今回の件の当事者である驪駒その人だ。
「驪駒……まだ騒いでくれていても良かったのですがね」
馬鹿騒ぎの中でも吉弔の動向だけは気にしていた驪駒は、袿姫のベンチ内の事をしっかり把握していたのだった。
「良い勝負だったわね、驪駒。私もついムキになっちゃったわ」
「だったらそのついでだ。敵とはいえ、健闘を称えるぐらいはさせてくれよ?」
驪駒は袿姫に向けて力強く右手を差し出した。握手をしろ、と眼が訴えている。敗北者は勝者に大人しく従うのが畜生界の道理、袿姫は素直に驪駒の手を握りしめた。
「……やっぱりな」
袿姫の手に触れて驪駒は確信した。この手は決して自室に閉じこもって芸術作品ばかり作っていた者の手ではないということを。
「今日の為に相当練習してきたんだろう。お遊びだなんて嘘に決まってる。本気だからそこの埴輪だって泣いてるんだろうが!」
「く……っ!」
磨弓が慌てて涙を拭うが今も袿姫にしがみついているのだから隠しようがない。
「こんなに全力で戦えたのは久しぶりだった……とても楽しかったよ。だから私はもっとお前達と戦いたい! 今度はリーグで優勝争いをしようじゃないか!」
「待ちなさい驪駒。勝手に盛り上がるんじゃありませんよ。そもそも、6チームまでという決まりだからこんな茶番が始まったのでしょうが。別のチームに抜けろと今から言いに行くつもりですか?」
『その必要はありませんよ』
そこに現れたのは本当に意外や意外な人物であった。
「お前は……あのサッカーチームの……!」
『野球チームです。どうして一緒のリーグで戦ったのに間違えるんですか』
「それは驪駒ですから」
怨霊も恐れる地霊殿の長、心を読む力を持つ妖怪、そして名前のせいでサッカーをやっていると思われがちな古明地イレブンズの監督でもある、古明地さとりがそこに居た。
へ・リーグ参入騒動の話を聞きつけた彼女は試合の結末を見届けるために他チームの代表と一緒に遠い畜生界まで足を運んでいたのだった。遠すぎて途中星熊チームのキャプテンにおんぶしてもらっていたのは内緒だ。
『まあいいです。ここは邪念に満ち溢れすぎていて吐き気がするので簡潔に要件を伝えますよ。そうやって何度もサッカーチームに間違えられてばかりなのにうんざりしたので正式にサッカーチームに転向しようと思います。なので一枠空きます。以上です』
一同はあまりの内容に呆気にとられた。
「いや、それより……」
『それよりチーム名を変えればいいでしょう、ですか。まあそう思うでしょうね。ですがイレブンズという名前だけは絶対に変えません。ヘカーティア様にもその旨を伝えますので後はそちらのお好きにどうぞ。それでは私はこれで』
さとりはまくし立てて話を済ませると足早に立ち去っていった。
あっという間の状況の変化に、残された者達の間にはただ微妙な空気が漂っていた。
「……や、やったなあ埴安! これでお前達もへ・リーグの一員だぞ!?」
とりあえず驪駒が賛辞の言葉を述べた。
「いいのかしら……私達は負けたのだから潔く去った方が信仰も……」
「そうですね。それよりリバイアサンズとかいう奴らをリーグに加えるべきだと思います」
吉弔も袿姫に同調した。はっきり言ってこんなチームと毎回戦わされていたら身が持たない。今回こそ袿姫の疲労を突いて勝てたが袿姫が始めから全て伝説の選手任せだったら負けていたであろう。そもそもこちらのピッチャーだって普段は投げない驪駒だったから勝てたのであって──。
「まあまあ遠慮するなって! 要はもう一チーム減らせばいいんだろう? 大丈夫だ、手はある。というか最初からこれを言いに来たんだよ!」
驪駒は両手で吉弔の肩をがっちりと掴んだ。
「これからも私とバッテリーを組んでくれ!!」
吉弔の身体が凍り付いた。
「お前とのプレーは最高だった。お前と一緒なら私はどこまでも飛んでいける。チームも合併させよう、そして私とお前で球界の頂点を目指すんだ……!」
キラキラと輝く驪駒の顔付きはまさに元飼い主とそっくりだった。神子もこの顔で、あの邪仙も含めて老若男女全てを陥落させてきたのだ。
「今回は手を怪我させてしまったが今後はお前のケアにも最善を尽くすよ。だからその代わり、資金運営とか人事とかその辺りの面倒な事は全部お前がやってくれ。な、いいだろう?」
『いや、それは……』
『いかんでしょ……』
『やってしまいましたなぁ……』
吉弔の身体がワナワナと震えている。
驪駒の致命的なエラーに両組の畜生霊も呆れて天を仰いだ。
「……この、大馬鹿者が!!」
──パァァン!!
試合でも出さなかった右掌による全力のスイングに、驪駒も一撃でノックアウトされた。
「……私の球は読めても女心は読めない、と」
「やはりアレですね。馬鹿には勝てないというやつです」
驪駒と袿姫。二人の野球馬鹿対決は驪駒の完勝だ。次に驪駒の目が覚めたのは運ばれた先で神子の匂いを嗅ぎ取った時だった。
その後。
神子主催の祝勝パーティーにも参加していた、ルナティックアストロズの監督兼ヘ・リーグ運営でもあるヘカーティアから衝撃の一言が飛び出した。
『よく考えたら6チームに拘る理由なんて無かったわよん。8チームみんなで仲良く野球しましょう』
一同は呑んでいたビールを一斉に吹き出した。
結局、イレブンズのさとりもサッカーは走り続けで疲れるから嫌という理由で転向を断念し、今までの6チームに新たな2チームを加えてリーグは開幕した。
袿姫のチームは饕餮と優勝を争う強豪チームとして鮮烈なデビューを果たし、そして驪駒と吉弔のチームは今年も仲良く最下位争いをしているそうな。