Coolier - 新生・東方創想話

空想イマイマシー

2019/04/07 21:58:54
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 最終章『空想イマイマシー』

 全世界空想覚醒、全てのプログラムは「幸福の破棄」という形で終了してしまった。結局、人は永遠に夢を見続ける事など出来ない生き物だ。こいしは眠りから覚める。すぐそばにはエンペラー達が残念そうな顔をして待っていた。
『……現実の勝利、否、空想の敗北か……やはり、心とは分からない。どうして、人はこうも容易く望んだ物を手放せるのか……分からない。我々のデータだけでは、分からない』
 そりゃそうだ、とこいしは思った。
「エンペラーが本気で人類を破滅から救いたいって思っているのは分かるけど、やっぱり、人は夢の中じゃ生きていけないよ」
 こいしがそう言うと、エンペラーは「ふむ」と相槌を打ち、部屋の奥に設置された空想設定装置の停止レバーに手をかけた。惜しむ様子はなかった。恐らく彼らは、これも一つの実験の「結果」としか思っていないようだ。
「いいの?」
 こいしが不思議そうな顔でエンペラーを見つめた。エンペラーは平常に頷く。残った結果にいちいち悔いる事はない。それが、ヤマシタ星人達の性格らしい。他の小さなヤマシタ星人達を見てみる。地球から採取した資料、という名のガラクタを好きに弄って遊んでいた。人類の命運など、二の次でしかない様子だ。彼らは、あくまで好奇心でこの大それた計画を実行しようとしていたのだ。興味本位で世界を永眠させられるなんて堪ったものではない。こいしは呆れた表情でため息をついた。偶然か、それとも運命か、この世界は、一人の心亡き少女によって救われたのだ。過言じゃね?
『我々の目的はあくまで観測と、それに伴う研究だ。空想という世界が否定された以上、我々は再びこの星を、地球を静観する事に決めた。もうこの世界に、この「幻想郷」に固執はしない』
 エンペラーの言葉を聞き、こいしはようやく安堵した表情を浮かべた。これまでの疲れがドッと溢れてしまう。今まで眠っていただけなのに、こいしはもうクタクタになってしまっていた。
『こいしちゃん、ありがとう。君のおかげで、我々は人類の可能性について深く考えさせられた。この世界は、「まだ」美しい』
「ふふん、やっと分かったんだね」
 こいしはエンペラーの王冠を外し、そっと頭を撫でた。子供をあやすような仕草で。その慣れない感覚にエンペラーは少し戸惑っていたが、まぁ、こいしちゃんの好きにさせようと思った。エンペラーはどんな事にも動じない。エンペラーは雄大だからだ。
「エンペラー達はこれからどうするの?」
『この秘密のアジトを知られた以上、我々はもうここには居られない。すぐに我が故郷であるヤマシタ星へと帰還し、これまで通り、遠くからこの美しい星を観測していくつもりだ。約束通り……あの四人は解放しよう』
 早苗達の事である。こいしは喜びの顔を浮かべた。今すぐ早苗に会いたかった。しかし、途端に寂しい気持ちになる。夢の中で、こいしは早苗と再び出会えた気がした。とても歪で、朧げな夢であったが、それでも、再び、早苗を感じる事が出来たのだ。だが、それは所詮「夢」の話。早苗はもう、こいしを思い出す事はない。それが、彼女の、無意志を操る程度の能力の代償だからだ。
『……長居は出来ない。我々は今すぐにでも、ここを飛び立つつもりだ。だが、その前に、聞いておきたい事がある』

『こいしちゃん、我々と一緒に来る気はないかい?』

 こいしは一瞬、エンペラーが何の事を言っているのか分からなかった。キョトンした顔でエンペラーを、そして、周りのヤマシタ達を見つめた。一緒に来るとは、どういう事だろう?
『言葉通りの意味だ。君には「心」が無い。だがその代わり、常人では気付けない事に目を向ける事が出来る。どうだいこいしちゃん。我々と共に、この世界を観察する気はないかい? 我々と一緒に、ヤマシタ星へ行く気はないかい?』
 丁寧に説明され、こいしはようやく、自分がヤマシタ星人達に「スカウト」されているのだと気付いた。無論、即答など出来る訳が無い。地球から離れたら、次に帰ってこられるのはいつなのか? そもそも、向こうでの暮らしはどんなだろうか? というか、生きていける環境なのか? 様々な疑問がわいてくる。
 それだけではない。心が空っぽな古明地こいしにだって、幻想郷から去る事が出来ない理由が少なからず存在する。まず、実の姉であるさとり、地霊殿で共に暮らすお空やお燐だってそうだ。自分が居なくなったら困るに違いない……。
 本当にそうか?
 こいしは姉との日々を思い出した。どう考えても、自分は姉に苦労をかけている。自分が、姉の、お姉ちゃんの重荷になっている。こいしはそれを、今になって自覚した。そんな時、こいしは脳裏に一つ、バカな事を思った。自分さえいなければ、と。
 今まで霊夢達の「空想」を散々否定し、「現実」を正解と信じてきたこいしであったが、自分の事となると途端に怪しくなる。こいしはさとりとの日々を反芻する。こいしにはさとりの心など読めないし、こいしには読み取れる心などない。姉妹、それだけが二人を強く結びつけている。だが、今になってこいしはその繋がりを「鎖」と考えた。それも、自分が重石で、さとりの身体を縛る足枷のように感じた。自分は、姉の枷でしかないのではなかろうか?
 こいしはたちまち不安になった。自我って時に残酷だ。「自分」を認識する事によって、途端に今までの生活があやふやになる。ほんの少しの頭で、亡くなった心で、こいしは必死に考えた。考えて、考えて、やっとたどり着いた答えは――。
 あれ? 私、別に居なくなってもよくない?
 苦し紛れに出した答えが、よりにもよってこれだった。あまりにも幼く、純粋な答えであった。今、この場にはそれを否定する者はいない。こいしを正す者が近くにいない。こいしは、エンペラーから取り上げていた王冠を再びエンペラーの頭上に戻した。
『どうするかね? こいしちゃん。君にだって家族や知り合いがいるだろう? よく考えるんだ。このまま、この世界に留まっても、誰も君には気付いてくれない。誰も君を認識してはくれない』
 こいしは、早苗と過ごした時間を思い出した。しかし、あれは、こいしの能力によって得た時間だ。その対価は、認識の誤差、こいしはこれからずっと、早苗とすれ違い続ける。早苗はもうこいしには気付けない。彼女の中に、こいしとの思い出はもう存在しない。これから先、ずっと……。
「あなた達と一緒に行けば、何か見つかるかな?」
『少なくとも、この幻想郷に留まるよりは可能性が広がるだろうね。ひょっとしたら、君の心を取り戻す事だって不可能ではないかもしれない。だが、ヤマシタ星へと出向いたら、当分この星に帰ってくる事は出来ないと思ってほしい』
 ヤマシタ星は通常の宇宙の表面には存在せず、多次元へと繋がるワームホールを通って行かなければならない。その時に費やす時間は、地上での数百年単位に相当するという。ヤマシタ星ではそれ以上の時間が経過するらしい。こいしが帰ってくる頃には、時代の変化と共に幻想郷自体が無くなっている可能性だってある。エンペラーの説明が難しくて、こいしはちんぷんかんぷんであったが、故郷を捨てる、その覚悟を問われている事は理解出来た。こいしはちょっとだけ悩み、そっと笑みをこぼしながら、エンペラーに言った。
「……そうだね。色々考えたんだけどさ」

「私ってば、ぶっちゃけ幻想郷にいらないのかもね」

 随分と寂しそうな顔で、こいしは笑っていた。
 こいしは近くにあった自分のリュックサックを手に取り、すぐそばをウロウロしているヤマシタ星人の一人に手渡した。
「これを、早苗に届けてほしいな」
 リュックの中にはガラクタしか入っていない。それでも、こいしにとってそれは何にも代え難い宝であった。最後に、これを早苗に預ける事が出来れば、未練はなくなる。こいしは本気でそう考えた。
「連れてって、エンペラー、何処へでも」
 エンペラーは優しく頷いてみせた。
 ・・・
 遠くで誰かが呼んでいる気がした。霊夢はゆっくりと目を開ける。そこは、見慣れない真っ白な天井があった。眩いライトに照らされながら、霊夢はゆっくりと身体を起こす。身体が随分と重く感じた。まるで久々に起き上がるような感覚だ。目が痛む。
「おい霊夢、大丈夫か?」
「しっかりして、霊夢」
 痛む目を擦りながら、霊夢は辺りをよく見てみる。三つ並んだベッドの上に寝かされていたのだ。すぐそばには、魔理沙と咲夜がいた。久しぶりに顔を合わせるというのに、今までずっと傍にいたかのような、奇妙な感覚であった。
「あれ? 私、どうしたの……?」
 霊夢は微睡みで上手く働かない脳みそを揺らしながら魔理沙に問う。だが、魔理沙も霊夢と同様に困惑していた。
「分からない……気付いたらここに……」
 咲夜が顔を歪ませながらベッドから立ち上がる。足がふらついている。どうやら二人共、霊夢と同様に先ほどまで眠っていたようだ。
「一体何が起こったのかしら……?」
 咲夜はおぼつかない足取りで部屋を調べた。真っ白な空間。幻想郷に存在する建物ではない。霊夢は、以前ロケットで行った月の都の建物を思い出していた。幻想郷にはない技術で作られた無機質な空間がそれと似ていたからである。これまでの記憶を思い出そうとするが、ズキズキとこめかみが痛み、それどころではなかった。
「何だか、変な夢を見ていた気がする……」
 霊夢がポツリと呟くと、魔理沙も咲夜も同じように頷いた。三人共、揃っておかしな夢を見ていたのだ。それがどういう内容だったかは思い出せない。ただ、記憶の断片が頭をかすめた瞬間、チクリと心が痛んだ。悲しい夢だったのか、それとも楽しい夢だったのか、鮮明な記憶が残っていない。だが、夢って本来そういう物だ。
 その時――。
「あれ、あなた達……」
 突然、何の突起もない真っ白な壁が突然動き出し、その中から早苗が現れたのである。三人は驚きの表情を浮かべる。それは早苗も同様であった。
「早苗もここに居たの?」
 四人は顔を合わせる。誰も詳細を知らない。混乱の極みである。三人は早苗がいた空間を揃って覗き込むが、三人が眠っていた部屋とほとんど同じ構造だ。出入口らしきものは見当たらない。この空間は何処にも繋がっていない。
「何か……誰か、覚えてないの? 四人もいるのに」
 咲夜は腕を組んで三人を見回した。魔理沙は何も言わずに部屋を物色し続ける。こういう時、一瞬も思考を停止させずに出来る事を探すのは彼女の良い所であった。
「ぶっちゃけ何処なんだよココ」
 何故か早苗に質問する魔理沙であった。早苗だって分かる筈ない。
「早苗の能力でどうにかならないの?」
 何故か早苗に言う霊夢。
「そうよ早苗さん。どうにかしてよ」
 何故か早苗に頼む咲夜。
「え、ちょっと待ってよ。何で三人共私に向かって言うの? 私なんにも知らないし、鉄棒で逆上がりも出来ないよ?」
 自分で言っておいて鉄棒は今関係ないなと思う早苗であった。
「鉄棒は今関係ないでしょ! それより早苗、何か抜け道とか、秘密の通路とか出せないの? 現人神でしょ、あなた!」
 霊夢は早苗に詰め寄りながら無茶振りを仕掛ける。これには流石に早苗も困惑した。現人神にも出来ない事くらいある。
「そうだそうだ。神様なんだろ早苗」
「ねぇちょっと待って、霊夢も魔理沙もさ、私が神様だからって何でも出来るって勘違いしてない? 私が出来る事なんて漢検二級取る事くらいよ? どう、凄いでしょ? ふふん」
「漢検取れるくらいで何ドヤ顔してんだよ。早苗の能力って何だっけ? 奇跡を起こせるんだろう? 今こそ起こせよ奇跡をよぉ」
「漢検取れるのだって奇跡でしょう? どんだけ勉強したと思ってんだよ、謝ってよ魔理沙。漢検を持ってる全ての人に。漢検持ってる奴は漢検持ってない奴より偉いんだよ」
「そんな事どうでも良いから、何か奇跡起こしなさいよ」
「そうよ早苗さん、何でもいいからミラクル起こしてよ」
 何で急に早苗の奇跡頼みになっているんだろう? つまり、三人共それくらい打つ手がないって事である。あまりにも他力本願な三人に、つい早苗はへそを曲げてしまう。
「そんな都合よく起こせねぇよ奇跡なんてよぉ!」
 早苗はぷうと頬を膨らませて部屋の隅で体育座りしてしまう。
「あーあ、拗ねやがったよ早苗のヤツ」
 魔理沙はそう言いながらその場に胡坐をかき、頬杖をついた。霊夢と咲夜も同様に途方に暮れてしまった。その間、早苗はある事を思い出していた。それは、先ほど見ていた夢についてである。
(あまり良く覚えていないけど……誰かと一緒だったのは確かなのよね……あの子は一体誰だったんだろう?)
 早苗は子供の頃に遊んでいた公園の夢を見ていた。そこで早苗は、見知らぬ誰かと一緒に遊んでいたのだ。それが誰なのかは分からない。懐かしい、とも違う。まるで、つい先ほどまで一緒だったのに、突然、その子が一体誰だか分からなくなってしまった、そんな奇妙な感覚であった。確かに、早苗はその子を知っていた。
 確かこれは、夜が嫌いな女の子の話だ。
 その時、部屋全体が大きく揺れた。
「え、な、何……?」
 早苗は三人の方へ急いで戻った。あまりに強い衝撃であった。四人は身を寄せ合って怯えた。何が起きるかまるで予想できない。
「今度は何だよっ? もう訳が分からないのは沢山だぜ!」
 魔理沙の叫びをかき消すような勢いで得体の知れない轟音が鳴り響いた。その瞬間、部屋の隅から真っ白い機械の腕が生えてきたのである。その腕には変形した拳銃のような物が握られていた。四人は悲鳴を上げ、一斉に身構えた。だが、行動する時間も与えず、その白いアームは霊夢達に向かって容赦なく引き金を引いたのだ。銃口から、眩い光が発射される。四人共、眩しさで目を閉じた。光が全身を包み込んでいく。そして――。
 ・・・
 光が止んだ。四人が同じタイミングで瞳を開けると、そこは先ほどの白い部屋ではなかった。辺りには怪しい香りを放つ木々が鬱蒼と生い茂っていた。ここは外だ。辺りには環境によって自然に分泌された魔力が微かに漂っている。三人はすぐに、ここが「魔法の森」である事に気付いた。ここは、幻想郷である。
「うわー何だか凄い懐かしい感じがするっ! 何でっ?」
 霊夢が突然感激の声を上げた。三人も同様であった。まるで、今まで幻想郷ではない、全く別の世界にいたような気分であった。
「不思議ね……さっきの場所といい、一体何だったのかしら?」
 咲夜が不思議そうに辺りを見渡す。すると――。
「おーいっ!」
 遠くから誰かが近付いて来た。聞き覚えのある声であった。声の主はアリス・マーガトロイドである。アリスだけではない。天狗の新聞記者である射命丸文に、永遠亭の鈴仙・優曇華院・イナバもいた。まるで異変でも起きていたかのような組み合わせであった。ちなみに、妖夢の姿は無い。何故かというと、妖夢は現在幽々子達と熊本の黒川温泉に行っているからだ。九州は良いところ。
「よかった、みんな無事だったのね……」
 息を切らして駆け寄ってくるアリス、後方にいた早苗はその光景を見て、頭の奥が鋭く痛むのを感じた。
「それにしても、見直したわ早苗さん。こうも簡単に三人共見つけてしまうなんて……」
 少しずつだが、記憶が戻ってきている気がした。確か、ほんの少し前に、早苗はアリスと顔を合わせている。その時、霊夢と魔理沙、咲夜が行方不明になっている事を聞かされたのだ。
 ……本当にそれだけか?
「アリスさん……私の他に、誰かいませんでしたっけ?」
 早苗の問いを聞いて、アリスは少しだけ顔を歪ませた。何も覚えていない様子だ。ここで、早苗の疑問は確信へと近付いた。明らかに、記憶が一部欠けている。アリスも、早苗が無くした記憶の一端にまつわる情報をすべて忘却していた。
「確かに……誰か一人、足りない気がする……」
 早苗とアリスは霊夢達の方を見た。あまりにも記憶が狂っている。アリスは霊夢達に状況を説明した。自分達が消息不明になっていたと聞かされて、霊夢達はキツネに抓まれたような顔をしてしまう。
「わ、私、そんなに長い間、紅魔館を留守にしてたの……?」
 咲夜はワナワナと唇を震わせた。恐らく、仕事が滅茶苦茶溜まっているに違いない。霊夢も魔理沙も同様に、信じられないといった顔を浮かべていた。
「でも、何はともあれ、みんな無事でよかったじゃないですか」
 鈴仙が安堵のため息を吐いた。それもそうだと、一気に張り詰めていた空気が緩む。これにて、異変は解決である。
「詳しい話は後日、じっくり取材させてくださいね!」
 文がちゃっかりと三人に宣言する。明日の新聞の見出しは決定である。だが、早苗はどうも釈然としない様子であった。
「……?」
 そこで早苗は、足元に何かが置いてある事に気付いた。それは、小さな子供用のリュックサックであった。早苗はそのリュックをひょいと拾ってみる。すると、リュックの口から何かが落ちた。ただの木の実だ。何の価値もない、ただの木の実だ。確か、「あの女の子」が大事にしていた木の実だ――。
「……あれ?」
 あの、女の子――?


 ……。


 …………。


 ………………?


 ヤッ、ベェ――。
何か、思い出、し、そう、である――。


その時だ!
「お、おい何だ……っ?」
 突然、魔法の森一帯が大きく揺れ始めたのだ。地震、にしては不自然な揺れであった。まるで、果てしなく巨大な機械がフル稼働しているかのような、無機質な振動である。一同はそれぞれ身構える。何か、とてつもなく大きな生き物が蠢いているような揺れだ。
 地震と共に、地面が激しく裂ける音が鳴り響いた。全員、そのあまりにも大きな音に耳を塞いだ。怪物が降臨でもしたかのような地響きであった。それぞれ何事かと顔を合わせた。その瞬間――。
「見て! アレ!」
 霊夢が突然魔法の森の奥を指差して叫んだ。激しい揺れと共に、地面が割れ始めたのだ。これには一同も唖然とした。地割れは見る見るうちに広がっていく。そこから、力強い轟音を響かせながら、黒くて巨大な鉄の塊が飛び出したのである。まるで弾丸のような形をしていた。それは、巨大な船であった。先ほどまで霊夢達が監禁されていた場所、この船こそ、ヤマシタ達の宇宙船、宇宙星艦『無敵要塞ヤマシタ』である―――ッ!!
 ・・・
『ふむ、ではヤマシタ達よ、『ロット』を呼ぶのだ!』
 無敵要塞ヤマシタのメインブリッジにて、エンペラーがヤマシタ達に声高く命じる。聞き慣れない言葉に、こいしは首を傾げた。
 その時、船橋に設置された窓の外に、銀色の眩い光が走っていくのが見えた。こいしにとって、それは見覚えのある光であった。

「あれは……スカイフィッシュ!?」

 こいしは駆け足で窓際へと近付く。船を取り囲むように、大量のスカイフィッシュ達が浮遊していたのである。スカイフィッシュは船を攻撃する事もなく、船の重心を支える形で並行して浮遊をしていたのだ。よく見ると、周りのヤマシタ達がそれぞれ特殊な信号を発し、スカイフィッシュの動きを操っていた。彼らはスカイフィッシュを『ロット』と呼んでいる。スカイフィッシュはそのまま群れで船を持ち上げ、少しずつ上昇していく。この宇宙船にとって、どうやらスカイフィッシュ達は一種のエンジンの役割を果たしているらしい。合点がいった。最近になって幻想郷でスカイフィッシュが目撃されるようになったのは、ヤマシタ星人達がスカイフィッシュの群れをこの土地に連れてきていたからである。気付けば地面がどんどん遠くなっていく。こいしは今になって初めて、「地球から出て行く」のだと実感した。
勿論、不安はあった。だが、そこでこいしは地上にいる複数の人影を見つけた。霊夢達であった。そこには早苗もいる。早苗は、こいしのリュックを持って、呆けた顔でこちらを見つめていた。こいしは、早苗の顔を忘れないように、じっと、彼女の顔を見つめ続ける。こいしにとって、地球で出来た最後の「友達」だからだ。名残惜しさもあるが、こいしにとってそれは何の意味も成さない、虚しい物であった。誰とも、本当の友達になれないのなら、そんなの、悲しいだけだ。これは、こいしが地球を去る理由である。自分は誰にも見てもらえない。誰からも必要とされない。この世界に、不要な存在なのだ。古明地こいしは、本気でそう思っていた。
・・・
 霊夢達が何かを叫んでいた。だが、早苗はぼうっと、上空へ浮かぼうとする船を見つめていた。無意識に、早苗は、このままこの船を行かせてはならないと思った。理由は分からない。ただ何となく、この船には大事な物が乗っているような気がしたのだ。黒い鉄の船、それを覆うように飛び回る真っ白な光――。あの光は、見覚えがある。あれの名前は、確かスカイフィッシュだ――。
 捕まえるまで帰ってくんなよ。
 不意に、神奈子様から言いつけられた無理難題を思い出した。確か、スカイフィッシュを捕獲するために、早苗は今の今まで奔放してきたのだ。その理由は確か、幻想郷に住む妖怪への理解を深める為――だけど、だけど、分からない事がある。
 もう一人、確実に、もう一人いたのだ。それが誰かは分からない。思い出そうとするたびに胸が締め付けられる。友達だった筈だ。それも、今よりずっと大昔から、幼い頃からそいつの事を知っているような気がした。とても、大切な友達だった、はずだ。
 その時、宇宙船に設置された窓に誰かが立っている事に気付いた。緑髪の、小さな女の子だ。あまりにも遠すぎて、その子の顔は良く見えない。だが、今にも泣きそうだと、早苗は思った。その子が誰なのかは分からない。だが、その子は、恐らく、自分にとって大事な存在だ。あの子は、一体誰だ――?
 このまま、行かせてはならない。早苗は、何も分からないまま、そう決意した。あの子を、この幻想郷から追放してはならない。良く分からないまま、早苗は呆けた顔を切り替えた。真っ直ぐに、空に浮かぶ宇宙船を睨みつけた。あれを行かせてはならない。あそこには、大切な友達が乗っている。名前も分からないけど、もう、何も思い出せないけど、その子を、行かせてはならない。
 早苗の脳に、暖かな記憶が蘇ってくる。夜が嫌いな女の子だった。子供っぽくて、言う事聞かなくて、滅茶苦茶で、いつも変な事を言って私を困らせる……大好きな、私の友達だ――。
 あの子の手は、二度と離さない。離したくない。

 あやふやな状況で、そんな空想的な事を平気で決心出来る自分が忌々しい。未熟で、無様で、情けない――。

 そんな自分が、ほんのちょっぴり好きだったりする。

 皆が戸惑っている中で、早苗は、全身を巡る霊力を体の中心一点に集中させる。早苗の身体が少しずつ浮いていく。その様子を見た一同が早苗を止めようとした、が、間に合わず、早苗はそのまま空高く飛翔したのだ。早苗は猛スピードで宇宙船に近付き、あの少女が見える窓の方へ大きく手を振ってみせた。だが、スカイフィッシュ達の数が多く、早苗の姿をかき消してしまう。何か、何か合図を送らなければ――、早苗はそう思って弾幕を空に打ち放つが、同様にスカイフィッシュ達の群れによって阻害されてしまう。
 こうしている間にも、宇宙船の浮上スピードは加速していく。早苗も同様に、随分と地上から離れてしまった。霊夢達が空を飛んで早苗を追いかけてくるのが見える。このままでは、あの名前も知らない女の子が連れていかれてしまう。上昇すると同時に空気が薄くなっていく。意識が朦朧とし始めた。
もっと強い、光が必要だ。スカイフィッシュ達が放つ銀色の粒子とはまた別の、もっとわかりやすい光の柱が必要だ――。
 その時、何故か早苗は、片手で掴んでいた謎のリュックサックに、無意識に手を突っ込んだ。中に入っているのはただのガラクタだけだ。今のこの状況には何の役にも立たない物ばかりだ。その中で、早苗はある物を掴んだ。

木の棒に輪ゴムを巻いた、子供騙しの銃である。

これが何なのかは忘れた。どう考えても今は必要ない物だ。だが、早苗はその銃を強く握り、大空へと向けた。銃口も存在しない。引き金も付いていない。これはただのガラクタだ。だがそれでも、早苗は目を閉じて、必死にあの少女との記憶を思い出そうとした。顔も出てこない。記憶にある景色の中でぼやけた姿が陽炎のように揺らいでいるだけだ。早苗がこの木で出来た銃を手にしたのも、ただの無意識だ。役に立つ筈が無い。頭では分かっている。だが、早苗の「心」は違った。これは、この銃は――。

空想の銃と侮るなかれ。
これは、世界を撃ち抜く光の銃だ。

早苗は、浮上していく宇宙船に向かって叫んだ。少女の名を口にした。コロコロと転がっていきそうな、可愛らしい名前だった。その瞬間、木で出来た不格好な銃が徐々に熱を帯び、その姿を変貌させていく。銀色の光を纏うその銃を、早苗は再度力強く構えた。
指元にトリガーが出現した。硬く、重い引き金だ。早苗は、空へ向けて、引き金を引いた。
 その瞬間、とてつもなく大きな反動が早苗を襲った。銀色の銃から、眩く輝く光の閃光が吹き荒れる。宇宙に広がる星さえ掻き消してしまうように煌めく光線が螺旋となって夜空を穿つ。スカイフィッシュ達が一斉にその光を避けた。立て続けに、早苗は何発も銃を乱射する。あの女の子の名前を呼ぶように――。
 ・・・
『おかしいな……一部のロット達が計算外の動きをしている……』
 ヤマシタ星人の一人が不思議そうに展望デッキから外を眺めた。早苗の撃った光線は、空想の光だ。通常、存在しない光であった。エンペラーは、じっと外を見つめるこいしへと歩み寄る。
「早苗が……呼んでいる……っ」
 こいしは、涙を流していた。エンペラーは何があったのかは聞かなかった。エンペラーも他のヤマシタ星人達と同様、早苗の光線銃には気付いていない様子であった。だが、こいしが今考えている事は何となく理解した。
「エンペラー、私、行かなきゃ……」
 エンペラーは少しだけ寂しそうに頷いた。
こいしはエンペラーに連れられ、緊急用の脱出ポッドが用意されている場所へやって来た。常人ならポッドの中に入らないと一溜りもない高度であったが、こいしはあえてそれを断った。
『こいしちゃん。この世界に残って、後悔しないかい?』
 引き留める訳でもなく、エンペラーは心の底からこいしを心配している様子で問いかけてくる。こいしは、ちょっとだけ自信なさげに頷く。正直、エンペラー達が当初言っていた通り、実は、この世界はロクなもんじゃないのかもしれない。世の中に生きる人々は、全員、本当はどうしようもない「悪」なのかもしれない。
 それでも、早苗の声がしたから――。
『では、さようならだ。またいつか、会おうではないか』
 こいしは笑みを浮かべ、最後にもう一度、エンペラーのモフモフとした体に抱き着いた。エンペラーがこいしの頭を優しく撫でる。どうか、この無邪気な少女の未来が明るい物でありますように。そう、祈られたような気がした。
「バイバイ、エンペラー」
 地球は、私に任せて!
 最後の最後に、こいしはおどけてみせた。その言葉を本気で信じたように、エンペラーは嬉しそうに頷いた。
 脱出用のハッチが開かれる。外の風が物凄い勢いで艦内に入り込んでくる。こいしは顔を顰めながら、幻想郷の空へと飛び出した。身体に妖力を纏わせ、こいしは浮遊しながら早苗の姿を探した。辺りにはスカイフィッシュ達が目にも止まらぬスピードで行き来している。その中で、こいしは、緑色に輝く光を見つけた。早苗の長い髪が光に照らされていた。こいしは急いで早苗の元へと近付く。
「早苗ぇーーーーッ!!」
 こいしの声に、早苗はすぐさま顔を上げる。
「こいしちゃん……ッ!!」
 古明地こいし、それが少女の名だ。お互いに手を伸ばし、ゆっくりと掴み合う。強く手を握る。一度手放した筈の絆が、再び繋がったような気がした。満天の星空、スカイフィッシュ達が織りなす白銀の世界の真下で、早苗は、こいしと出会った。
「早苗……っ」
 こいしは泣きながら早苗の名を何度も呼び続けた。それに対し、早苗は力強く応えた。自分の中で欠落した記憶を、失われた日々を埋めていくかのように、早苗はこいしの名を呼んだ。
「こいしちゃん……っ、良かった……また会えた……っ!」
 早苗の瞳から滂沱と涙が溢れ出る。涙が空へと舞う。こいしは、夜が嫌いだ。暗いのが怖いから。そんな暗黒を打ち消すかのように、幻想郷の夜空に光が降り注いだ。銀に輝くスカイフィッシュ達が流星群のように連なって飛行し、宇宙船を遥か彼方へと運ぼうとしていた。今この瞬間にしかありえない、幻想的な光景が二人の頭上に広がった。天の川さえ霞むような煌めきが上空を覆い尽くす。早苗達を追いかけていた霊夢達は、その光景を見て息を呑んだ。心を奪われた。光の軌跡はいつまでも消える事なく夜空を漂い続けた。
 しかし、早苗とこいしはその光に目もくれず、互いの瞳を見つめ続けた。早苗の頭から欠けていた記憶のピースが一つずつ、温もりと共に嵌まっていく。こいしは泣きながら、早苗に抱き着いた。その瞬間、早苗はリュックを手放してしまった。
 この中には、何の意味もないガラクタしか入っていない。勢いよく中身が零れていく。こいしにとっての宝物である木の実やどんぐり、松ぼっくりが空中へと舞い上がる。
 その瞬間、木の実は虹色に輝く宝石へと変わった。あの時、こいしと早苗の縁を結んだ、あの宝石だ。泣きながらひしと抱き合う二人を包み込むように、宝石は輝き続けた。赤、青、色とりどりの輝きが二人を照らす。まるで、飴玉のように優しい光であった。幻想的に彩られた飴玉が二人の周りを乱舞する。たとえ、この飴玉一粒一粒が、こいしにとって、決して届かない『感情』だったとしても、こいしは、それを「心から」綺麗だと思った。
 上空で光り輝いていたスカイフィッシュの群れが大気圏を突破し、ヤマシタ星人達の船を宇宙へ運んでいく。ふと、その宇宙船のメインブリッジで偉そうに座っているエンペラーが、こいしに向かって手を振っているような気がした。地球は任せた、そんな事を言われた気がした。返事する代わりに、こいしは、早苗を強く抱きしめた。空想ではない、正真正銘の幸福を、やっと、掴んだのだ。
 虹色の光に照らされながら、二人はいつまでもその手を放さなかった。宝石はいらない。上空でばら撒かれた宝石は色鮮やかに夜空へと舞った。二人の再会を祝福する光であった。途切れる事無く、それこそ――。





 こいしが、早苗と出会えたように――。

 空想が、奇跡に変わったように――。
地霊殿にて。

こいし「ねぇお姉ちゃん」
さとり「え? 何すか?」
こいし「今日はね、沢山お話したい事があるんだ!」
さとり「え、マジすか?」
こいし「あのね……なんと、こいしに新しいお友達が出来たの!」
さとり「え、本当っすか?」
 あの後、こいしはすぐに地霊殿へと帰っていった。大好きな姉に、地上で出会えた友達の話がしたかったのだ。こいしは嬉々として、早苗と過ごした日々の事を話し続ける。さとりは、そんなこいしに優しく相槌を打ち続けた。

守矢神社にて。

早苗「神奈子様……今回の試練を経て、私は、多くの事を学ぶが出来ました。妖怪への理解を深め、調和を重んじ、成長させる為に、神奈子様は私を『スカイフィッシュ狩り』に向かわせたのですね……?」

神奈子「え?」

早苗「え?」

神奈子「いや、あの……えっと」

神奈子「……いや、まぁ……その……その通りだ!」

 何回か言っているけど、神奈子様は別にそんな意識高い理由があって早苗に命令したわけじゃないです。純粋にただの悪ふざけのつもりでした。




電柱.
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コメント



0.260簡易評価
1.90サク_ウマ削除
全編コメディマシマシで行くのかと思ったら違った。あそこまで広げた風呂敷をしっかり畳めるのはすごいなと思いました。そしてかなすわふざけすぎてて草です。読み応えがあって良かったです。
2.100ヘンプ削除
ああ、本当に良かった。その一言が出ました。
早苗とこいしのお話でしたが、それがとても良かったです。
誰しも忘れたくないものや憧れるものなどを持っていますけれど、それでも自分たちの現実を選んでいくのが良かったです。
こいしと早苗の二人の友達がいつまでも仲良くありますように。
とても良かったです。ありがとうございます。
3.90奇声を発する程度の能力削除
面白く楽しめてとても良かったです
4.100終身名誉東方愚民削除
すごいボリュームで自分も夢の中に逃げそうになりましたが読んでいくと全然飽きずギャグ有り感動有りで本当に素晴らしい作品でした。
彼女達は決断を下したわけですが、それが正しかろうと間違っていようと夢の中の理想を捨ててまでも現実を良いものにしようと思うことができたから、きっと後悔することはないんだと思います。実質、こいしちゃんと早苗さんの夢はハッピーエンドになったわけだしね。
重ねて素晴らしい作品をありがとうございました。
5.100名前が無い程度の能力削除
よかったです
6.100名前が無い程度の能力削除
良かったです。
7.100削除
ヤマシタさん達普通にいい人で良かったです
こいしちゃんみんなから愛されるといいね
8.100ひとなつ削除
読んだ甲斐がありました。それだけで嬉しい。
エンペラーが出てきたあたりで、ミヒャエル・エンデの「モモ」を読んでいるときと同じ感覚になりました。みんな欲しいものを手に入れて、満足しているように見える。時間の食い潰し。
5ページ目に入ると同時に「めっちゃくちゃ面白いやん!」ってなって何日かかけて読もうと思ったのに一日で読んでしまいました。実は最初から面白かったです。最初の方で読者を意識した文があって、なんか「霊夢たちは物語の中の人物である」みたいなことにも繋がりがあるのかなと思いました。
凄いと思ったのが、夢とか空想とか曖昧なものが沢山出てくるのに何が起こってるのか分かりやすいところ。飴玉の夢をこいし視点と早苗視点書いてるところとても好きです。
誰かが幻想の対義語は空想だとか言ってましたね。現実の空想ほど素晴らしいものはないと。
私は好きです、この物語。
9.100モブ削除
 年齢を重ねるごとに、良いも悪いも思い出は増えていくと思います。輪郭は覚えているのに、誰かがいたことは憶えているのに、顔を思い出せないもどかしさみたいなものがあると思います。
 よく、昔に戻りたいなんて考えを見たり聞いたりしますが、それをよしとできないのはきっと思い出の輪郭だけでは耐えられないからなのだと。
 子供の頃に思った百のワクワクを、残った思い出の輪郭を、償ったはずなのに断ち切れない鎖を、どんなに注がれても満たされない渇きを、そういったものをひっくるめて、置いてある境界が「青春」だったり「子供時代」だったり。
(不快に感じられたら申し訳ないのですが、読んでいる時に『20世紀少年』を思い出しました)
 そう考えると、こいしの目が開かないのは誰かの思い出の中に生きるからなのかもしれません。
 つらつらと書きましたが、こんな感想は丸めてドリブルしてダンクシュートを決めて、かわりに面白かったと言える作品でした。御馳走様でした。面白かったです。
15.90名前が無い程度の能力削除
咲夜はレミリアに救われた
魔理沙は自力で立ち上がった
霊夢は親の愛に囚われ、親の愛に背を押された
そして早苗は、と言う綺麗な落とし方は小気味よかったです
たまにきれぼし脳だったり妖夢が旅行に出かけてたり(激辛異変解決のごほうび?)と要所で一息つけるような部分も入れる事でこの長さを読ませ切るのは凄いと思いました