柱時計が深夜の時間を指し示す頃。地下の一室で、フランドール・スカーレットは書物を読み耽っていた。
ゆらゆらと傍らの灯りが頼りなく揺れ、時折濃い影が本の頁の上にまで伸びてくる。
不意に燭台の燈火が大きくぶれた。それと同時に、音もなく、フランしかいない筈の部屋に誰かが立つ気配があった。
ただ、それがフランドールのよく知る相手の気配だったので、特に気にも留めず、次のページに目をやった。と同時に、肩の上に子供が乗りかかる重みがあった。
「……重たいよ。咲夜」
「だってフランさま、ぜんぜん振り向いてくれないじゃないですか」
少し拗ねたような口振りだったが、横目で見る咲夜の表情はにこやかな物だった。
「――こんばんは。フランさま」
「――こんばんは。咲夜」
何時ものやり取りをすると、咲夜は甘えるようにフランの肩越しに腕を伸ばして、ぱたぱたと上下させた。
……とてもじゃないが本など読めそうになかった。
「フランさまは、今日も難しそうな本読んでますね」
「別に難しい本じゃないよ。読めれば咲夜にだってわかる内容だから」
ひょいと咲夜が本を覗き込んだが、すぐ眉を顰めると顔を引っ込めた。
「分かんないです」
「……そっか。ならもっと勉強しないとね」
フランは頬を緩めると、左手を伸ばし咲夜の頭にそっと載せた。どこかぎこちない感じではあったけれど、咲夜は大人しく撫でられていた。
しばらく咲夜はそうやって目を瞑っていたが、フランが手を離すと、目を開けてピョンと小さく跳ね、フランの顔を覗き込んだ。
「ね、フランさま。今日、フランさまの好きな物を持ってきたんですよ」
「ふうん? プリンでも作ってきてくれたの?」
さらりと言い当てると、驚いた様に咲夜は小さく撥ねたが、すぐプックリと頬を膨らませた。
「もう! 何ですぐわかっちゃうんですか!?」
サプライズをあっさり見抜かれて、プンプンと怒る咲夜の姿に、悪いと思いつつ、フランは思わず吹き出しそうになってしまった。
「ごめんってば、咲夜」
「むう」
「でも実は初歩的なことだったりするんだよ?」
咲夜をなだめながらそう言うと、咲夜は不思議そうに首を傾げた。
「さっき肩に乗っかった時、袖の所にカラメルのような汚れがついてたのが見えたんだよ。それに今日の咲夜はお菓子の甘い匂いがするし、私の好きな物って言ったら大体想像がつくでしょ?」
屈んで咲夜の視線に合わせながら説明する。
言われてみれば簡単な内容だが、それで言い当てられたことが悔しかったのだろう。咲夜はしゅんと肩を落とし、伏し目になった。
「……せっかく、フランさま喜ばせようって思ったのに」
ゆらゆらと揺れる燭台の灯りで、咲夜の顔にもチロチロと蔭が差した。
フランはそんな咲夜にゆっくり微笑みを浮かべると、そっと左手で頬の辺りを撫でた。
「そんなことない。――私、すっごく嬉しいよ」
柔らかく赤みのある頬に触れると温もりを伴う弾力があった。
「……本当、ですか」
「うん。咲夜がこうしてくれるだけで、私には十分すぎるぐらいだから」
想いを乗せてそっとそう優しく囁くと、フランドールの気持ちを汲んでくれたように、咲夜の口元にやや照れくさそうな笑みがゆっくり戻ってきた。
「それじゃあ、仕方ないですね」
「ふふ。仕方ないね」
フランも微笑を浮かべると、そっと左手を頬から離した。
先程までの暗い表情など、微塵も感じさせない明るい表情に愛おしさがこみ上げてきた。
――今日はプリンを食べ終わった後、咲夜の好きな本でも読んであげることにしよう。
夜遅くの、暗い地下室。だがそこには温かで穏やかな時間が緩やかに流れていた。
なごみました
優しい紅魔館を堪能させていただきました
一見無邪気で可愛いけど、意外にも辛辣な咲夜ちゃん良いと思います。
それぞれに別々のお菓子が用意されていて、特に美鈴へのクッキーがらしくて良いなと思いました。
起承転結に乏しいところが少し残念だなと感じました