Coolier - 新生・東方創想話

【贈り物に愛を込めて】

2018/05/13 17:55:38
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* * *
その日、パチュリー・ノーレッジは寝台で寝たきりの状態だった。
持病の喘息こそ、ここ数日で何とか一段落しつつあったが、代わりに抵抗力が落ちたのだろう。数日ほどひどく熱が出ていた。
「……まったく、癇に障るわね」
思わず愚痴が零れた。
臥せっているせいで、碌に研究も進まず、本も紙も没収されていた。
体力を取り戻すためにも何かを口にする必要があるのだが、胃が固形物の類を受け付けそうになかった。
半ばうんざりした心境で寝返りを打つと、三度ノックの音がした。返事をするのも億劫だったので無視を決め込むことにしたが、相手は気にすることもなく勝手に扉を開けてきた。
「失礼します。――よし、ちゃんと寝てますね」
「寝てるわよ。……何か、用かしら。小悪魔?」
半ば不機嫌、半ば苛立ちで構成されたパチュリーの低いボイスは、普通の相手なら恐怖なり委縮なりをする代物だが、目の前の使い魔は特に気にも留めず、いつものマイペースを保っていた。
「少し様子を窺いに来たんです。迂闊に目を離すと、すぐ研究を始めるんですから」
「……それだけなら、さっさと出て行ってもらえる?」
ただでさえ熱で煮えたぎるお湯のように気が立っているのに、マイペースな小悪魔の言葉が油を注ぐ。
「やだなー。もちろんちゃんとした用事があるんですって」
少しおどけたような口調でそう言うと、小悪魔は少し大きめな袋を取り出した。
可愛らしいリボンが巻かれている包みに、パチュリーはよく目を凝らした。
「小悪魔、それは?」
「これですか? 今さっき咲夜ちゃんが持ってきてくれたんですよ。手作りの焼き菓子ですね」
「……どういう、風の吹き回しかしら?」
「あー、やっぱり気付いてないですか。今日はそういう日なんですよ」
小悪魔はそう応えながら、一枚袋から取り出すと、そのままポイと自分の口に放り込み、美味しそうに咀嚼した。
「残念ですけどパチュリー様のクッキーはないですね。ご愁傷様です」
「……そう。で? あの子は、何を持ってきてくれたの?」
眉を顰めつつ小悪魔を見据えると、ニッと白い歯を見せて笑い返された。
「おや、少しはヘコむと思ったんですが」
「……どれだけの、付き合いだと思ってるのよ。お前の嘘には、もう慣れたわ」
「いやですね。悪魔は嘘をつきませんって。ただ表現に理解力が要るだけです」
小悪魔は悪びれる事無くそうのたまうと、袋に手を入れ、薄く透明な物を取り出した。
「蜂蜜とレモンの飴だそうです。少し形は崩れてますけど、味は悪くなかったですよ」
ヒラヒラと指先でかざすそれに、パチュリーは目を細めた。やや歪んだそれはよく見ると本の形に模った物であった。
「これを渡してきた時、咲夜ちゃんはついでだって言ってましたけど、何だかんだ気遣ってくれてたんでしょうね。可愛らしいじゃないですか」
「……それで、当の咲夜はどこにいるの?」
「厨房に用があるって出ていきましたよ。――まだ、渡したい方がいるようですからね」
「――そう……」
誰にとは敢えて尋ねず、本型の飴に目を向けた。
「この甲斐性を、もう少し勉強に廻してくれればいいの――――むきゅ!?」
飴を見遣りつい愚痴を零しかけると、唐突に一枚口の中に突っ込まれた。想像以上に大きなそれに、パチュリーは目を白黒させた。
「パチュリー様。こういう時ぐらい、口を甘くしたらどうですか? あんまり口を酸っぱくしてると、嫌われちゃいますよ?」
「…………」
トロリとした蜜の甘さに、柑橘系の爽やかな香りが鼻に抜けた。数日間寝込んで弱った身体には、その甘みが優しく感じられた。
その味を噛み締めながらも、パチュリーは苦い表情を浮かべたまま、小悪魔を睨みつけたままだった。

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