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――愛するモノを知っている。
それは人間であり、妖怪であり、幻想郷であり、世界のこと。
――その悲しみを知っている。
巫女として活動するより以前の幼い頃、彼女はいつも泣いてばかりだった。
両親はいない。知らない。存在しない。
誰に命令されているのか判然としないまま、彼女は毎日、眼を泣き腫らしながら修行していたのを覚えている。
――その努力と成果を知っている。
彼女の幸せは彼女自身がつかみ取った確かなもの。
幼い頃から独りであろうとも日々鍛錬を怠らず、御幣を振りまわし、歯を食いしばり、小さいながらも退魔の力を練りあげ、そして力をつけていった。そのひたむきさか……それとも人柄か才能か。噂はどこから流れたのか、稽古をこなしていくうちに彼女の周りには同志や友と呼べる者ができていた。
肩を並べる仲間と供に、彼女は幻想郷に平定をもたらしていく。
――その孤独を知っている。
幻想郷の規律。人と妖怪の関係を保つための、巫女にしか出来ない役目。
妖怪になろうとした人間、人妖の処断。
守るべき人間をその手で殺めたとき、彼女の胸のうちは計り知れない。幻想郷という世界の仕組みを保つための犠牲。そのときの彼女は冷たく、慈悲も憂いも憐れみもなくそれを執行する。
しかし、断罪者として神社に戻ってきたときの彼女は、枯れ木の枝のように弱々しい。少しの風でもポキリと折れてしまいそうな、そんな面持ち。
どこを見ているかもわからない眼は足下を不安にさせる。彼女はきちんと立てているのだろうか、自分を嫌いになっていないだろうか、と。
寄り添いたいと思う。暖めてあげたいと思う。
誰にも告げられない想いを抱え、彼女は今日も世界を救う。
――そんな彼女を誰が救う?
幸せは周囲の仲間がくれる。守るべき者、愛すべき人間が分け与えてくれる。彼女自身が望めば、誰かを幸せにすることも。
だがそれとは真逆の感情は、誰がすくい上げてくれるのか。
その問いが生まれたとき、同時に、高麗野あうんという神霊は存在の形を得た。
見てきた。
博麗霊夢という少女の生涯を。
理由はそれだけで充分。
主人を守る理由。
肉体を得たその想いを、寂しさを、愛を、あうんは今日も育み続ける。
主人の幸せを願う、ただただそれだけのために。
いいお話でした。
霊夢さんとあうんちゃんに光あれ。