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彼女が彼女として認識し始めたのはいつの頃だったろうか。
狛犬に宿る神霊となって神社を見守り続け、あの異変がきっかけで受肉を果たした身ではあるが、意思が芽生えたのはどれくらい前だったか。感情をもつようになったのは天啓だとしても、彼女は深く考えないようにしていた。
役目も使命も変わらない。変わったのは、体という便利なものが手に入ったくらい。
たくさんできることが増えた。さっきみたいに見回りもできるし、主人に挨拶もできるようになった。
ただし、掃除の手伝いは拒まれる。居座る条件として、参拝客には挨拶しないようにと注意された。妖怪神社と呼ばれるのを気にしているらしく、新しい妖怪が住み着いたと噂されるのを防ぐためだと主人は言った。
あうんは霊夢を優しい人だな、と思った。
妖怪神社と呼ばれるのがイヤなら自分を追い出せば良いのに、博麗霊夢はそれをしない。
あうんも、博麗神社だけでしか生きられないわけではない。
守矢神社。命蓮寺。人や妖怪が集まるところならば狛犬としてそこに住むこともできる。
そうしないのは、高麗野あうんという狛犬自身、博麗神社を居心地よく思っていることに他ならないわけで。