Coolier - 新生・東方創想話

古明地姉妹の一月戦争!

2018/01/16 22:30:02
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 問。地底で最もどうしようもないヤツは誰か。
 
 鬼の連中ではない。嫉妬の怪物でもない。病巣の土蜘蛛も、人食いの釣瓶落としも違う。
 「冬だ!雪だ!姉ちゃんに雪玉投げ放題だぁっ!」
 こいつだ。古明地こいし。何も考えていない、いや、姉を虐げること以外何も考えていない私の妹。
 「何入れようかな? オーソドックスに石かな? カラーボールとか入れたら面白いかな?」
 朝っぱらでもいっさいお構いなしに、バカみたいに大声でバカみたいなことを言う。その声は内にも外にも響いている。我が地霊殿の近隣トラブルのほとんどはこうして引き起こされるのだ。
 「姉の部屋のドア蹴り倒しパーンチ!」
 それから五秒も経たずして、いきなり爆竹が弾けたような音が飛んできた。そこでは部屋の扉を蹴り開けたこいしが靴底を見せている。わざとらしく頬を膨らませながらズカズカと部屋へ踏み込んでくる。
 「おい姉貴、雪が積もって無いよ」
 ああまた始まった。こいしはいつもこうして言い争いを呼びに来るのだ。
 「だからぁ、地底で雪が降るなんて有り得……るのだけど、地下の気温は安定しているから積もる程には冷え込まないの。」
 「そうなのかー」
 その十字をかたどったようなポーズは控えた方が良いと思う。バカに見える。
 「でさ、昨日も一昨日も一昨々日も、何日前からか思い出せないくらいずっと前の日から同じことを教えてんだからさ、いい加減察しなさい」
 「同じじゃないよ。八回のうち三回は『い』抜き言葉を使ってたし、二回は『地底』と『地下』の順序が逆で、もう二回は両方『地底』だったし、その内一回は『い』抜きもやってたもん。」
 「そこまで詳細に覚えてたんなら余計に言わせるなよ!」
 「ごめんなさい。お姉ちゃんのかわいい妹はアホなんだ」
 ちっともかわいくなんかない。
 「へぇーそうですか。それはかわいそうに。」
 「うっわー! 姉ちゃん私をバカだって認めたなー! バカって認める方がバカなのよ!」
 「なんだその理屈は。第一、私はバカではなくアホだと……」
 「じゃあバカとアホの違い分かるの? 分かんないでしょ? チルノに言うと笑って流されるのがアホ、キレて氷ぶん投げてくるのがバカだよ。今更知ってたなんて言っても無駄だからね!どうせ見栄っ張りの嘘に決まってるもん」
 「そのチルノってのは何者なのよ。そんな聞いたこともない定義、いつ決めたの。何時何分何秒スキマ妖怪が何歳サバを読んだとき?」
 「今でしょ」
 「ネタが古い」
 こいしが地団駄を踏む。
 「もう!この姉貴、妹相手でも本気で言い負かしにくる。こんな大人気ない姉が居るところになんか居られない! 私家を出る!」
 ようやく諦めたか。こいしはヤケクソに雪玉かなにかを投げるふりをして後ろを向く。
 「扉は閉めていきなさい」
 「引き留めても無駄だよ!」
 「止めてないし」
 「私は決めたの。お姉さまの言うことは聞かないって。お姉さまに縛りつけられて、囚人のように暮らすのはもう嫌……」
 「止めてないんだよだから」
 「姉さんとは分かり合えないことくらい最初から気が付いてたはずなのにね。アハハ、私ったらバカみたい」
 「いいからさっさと出てけ」
 こいしが突然俯いて喋らなくなる。
 「な、なによ、どうしたのよ」
 コロコロ態度を変えて、こいし一体どういうつもりなのか。やきもきする間が続く。するとまた突然、掴みかかってきた。
 「止めてよー!」
 「出て行けぇぇぇ!」
 結局力ずくで放り出してやった。
 「はぁ…………はぁ…………」
 いけない、朝から動きすぎた。めまいがして、前が見えない。頭がぐるぐるする。猫に対するネズミ、あるいは日光に対する吸血鬼の、私は朝にめっぽう弱いのだ。それはもう、動脈を切っても深紅の血が流れ出さないくらいには血圧が低い。
 「さとりさま、聞いてます? さとりさま」
 ああ心なんて読めなくていいから、血圧を操る程度の能力を持って生まれ変わりたい。それこそ吸血鬼とかなら困ることはないんじゃないか。
 「大丈夫ですか?」
 「ふぇ? あ、え、お燐か」
 このお燐という娘は、猫っぽいペットだ。あと赤い。そして彼女が私の部屋に入ることは滅多にないはずだ。なにゆえこの猫娘が訪れてきたのか知りたいのだが、今は心を読むのもつらい。
 「あなたは何にしにここへ?」
 「そりゃあもう決まっているじゃないですか。新年を迎えたわけですから、当然さとりさまに挨拶をしなければと」
 「へぇ、しんねん。……しんねん?」
 新年……新しい年? 正月?
 「あけましておめでとうございます」
 「えっ年明けたの?」
 「知らなかったんですかぁっ!?」
 尻尾を踏まれた猫のごとく飛び上がるお燐。
 「いや冗談でしょまさか」
 「旧都では徹夜組がおかしくなって大騒ぎしてますよ」
 嘘ではないらしい。モニタリングでもないのか。年越しらしいことはまだ一つもこなせていないのに。そばだって食べていない。晩は白飯と余り物のお漬け物だけ。
 「ちょっと待って。じゃあ私は年越しの瞬間どうしてたんだ?」
 一年の始まり、今後を占う上でも特別な意味を持つ瞬間だ。もし縁起の悪い行動をとっていれば一大事だ。
 「ねぇお燐、どうしてた!」
 お燐の肩を掴んで前後に揺する。
 「わかりませんよ~」
 間の抜けた声が返ってくる。住まいは同じでも顔を合わせる時間も少ないのだから、知る由もないのだ、わかっていたことだろう。無意味なことはやめ、自分の脳に問い合わせよう。さあ思い出せさとり。昨日の夜半、日付の変わるとき……
 「…………あ」
 「思い出しました!?」
 「めっちゃお腹痛くなってトイレで呻いてた」
 「それは大変でしたね」
 まるで他人事だ。
 「『大変でしたね』じゃないわよ。色々やりたいことあったのよ! 空中で年を跨ぐとか、運気アップのポーズするとか、いっそ年越しセックスとか……」
 「まあまあいいじゃないですか。バカな若者みたいなノリ、さとりさまは似合いませんよ」
 「それを言っちゃおしまいだけどさぁ」
 私はお燐から目を逸らした。アンティークの戸棚の上に煤けた日記帳が見える。
 「今からでも遅くないです。たくさん新年らしいことをして、お正月を楽しめばいいんですよ」
 「ああ、そういえば門松も出してないしお雑煮も食べてないわね」
 その言葉を聞いた途端、お燐の顔に光が差した。
 「私がお雑煮作りましょうか! 今ならおつけものも――――」
 「ダメよ」
 地霊殿ではかつて食中毒事件が三件起きている。その10割がお燐の手料理に因る。
 「食べさせてあげるから待ってなさい」
 まだ少しふらつくが仕方ない。お燐をキッチンに送ればここは「旧」地獄ではなくなってしまう。私は扉を開けて部屋を後にする……つもりだったのだが。
 「扉は? どこにいったのよ」
 「さっきこいしさまがそれっぽいものを運んでいたような」
 「ああ、あのときに……」
 蹴ってブチ壊したなこいしのヤツ。その上扉を直させないよう嫌がらせか。私が貧血で朦朧としている間に、好き勝手してくれて。
 「あいつめ。来年の年越しはトイレに閉じ込めてやる」
 お燐が少し引いた。
 
 半刻後のダイニングには、焼けた餅の香ばしい匂いが充満していた。
 我が地霊殿は樫の木を一枚板で切り抜いた豪儀なテーブルを備えている。ブタを丸焼きにして置くことさえ出来るのだが、その大きさを活かす機会はめっきり減ってしまった。
 お燐は食卓の隅に座っている。器を置いてやると、不思議そうに問いかけてくる。
 「さとりさまは食べなくていいんですか?」
 貧血でとてもじゃないがモノを食べる気分じゃない。
 「そうですか。食べれるときに食べて栄養を取っておくといいですよ」
 ペットに健康をアドバイスされてしまった。飼い主の名折れである。一応気を付けておこう、明日から。
 お燐は手を合わせて箸を取り、濡れたお餅を掴む。私の顔が歪んだのは、彼女の姿のせいではない。
 「お姉ちゃんお腹すいた! 今すぐお雑煮を食べないと健康が損なわれちゃうよ! 病名は餓死!」
 またこいつだ。両手でナイフとフォークを立ててテーブルを殴るこいし。
 「おめぇに食わせる雑煮はねぇ」
 「ひどいよお姉ちゃん。こいしは5時間何も食べてないんだよ」
 「夜中になんか食ってんじゃねーか」
 「そうは言いつつ2食分用意してるじゃない」
 いつの間にか雑煮がこいしの前に置かれている。
 「それは私が後で食べるために作ったの」
 「もー素直じゃないんだから」
 煽っているのかポジティブなのか、お餅みたいに頬を膨らませたこいし。手元では餅をナイフで切ろうとしている。
 「お餅っていうのは粘り強くていいね。なかなかに千切るのは難しいし、簡単には食われない。最後にもう飲み込まれるってところで喉に詰まって相手を殺せるし」
 「なに格言ぶったこと言ってんのよ。あなた餅を上手く切れないだけでしょ。箸で食べときゃいいのに」
 餅の粘り強さに苦戦するこいしは彫刻家のようにナイフの角度を変えては切り、という動作を反復していた。いっそ諦めて噛みちぎってしまった方が楽だろう。
 「あ、そうだ、こいしさま」
 お燐がなにやら思い出した様子だ。
 「うん? つけものなら要らないよ」
 「そうではなくて、あけましておめでとうございます」
 「そっかそっか」
 今はお餅だけが興味の対象であるらしく、こいしは口だけで適当に答える。
 「特にリアクションもないんですね」
 「うーんまあ、一年の刑は元旦にありって言うし、取り敢えず姉貴にどんな罰を下すか考えてはいるよ」
 ナイフをザクッと刺して、罪の無いお餅を処するジェスチャーをする。そっちの刑じゃないからな。
 「それとも正月だからそれらしいことをしろっての? だったら一緒に神社へ初詣に行こうよ。姉貴もお燐も暇だろうしさ。」
 「ええ、神社ですかぁ?」
 お燐は当惑の表情を浮かべ、箸が止まる。私にも同じく引っ掛かるものがある。
 「待ちなさいよこいし。初詣だって?」
 「うん」
 「どうして神社になんぞ行かなくちゃいけないのよ。神なんてものを信仰するのは人間だけよ」
 「じゃあもう異教徒を殺したりコーラン燃やしたりしちゃダメだよ」
 「そんなことは一度もしていない。だいいち神社なんて地底に存在するはずないでしょ」
 「あるよ神社くらい」
 こいしは、また口八丁で私を妙な場所へ連れていくつもりなのだろう。三ヶ月前、SMバーに1人放り込まれた痛みは二度と忘れぬ。ひどい思い出だ。じっとり暗い部屋、ぼんやり光るロウソク、岩肌のようにざらついた三角木馬。趣味ではないけど攻めるしかなかった、攻められたくはなかったから……
 「古明地さとり、後生ムチは振らないわ……」
 「会話を成立させてよ」
 「ふん、とにかく神社など無い。それが結論よ」
 私が腕組みする中、こいしの口は折角切った餅をまとめて丸呑みにした。
 「お姉ちゃんは私が嘘つきだと言うんだね。構わないさ。でも、人を嘘つき扱いするならばそれなりの、リスクと覚悟を背負うべきだよ」
 「そりゃ嘘を言う方が悪いわ」
 「他人を信頼する為に契約書や担保が要求されるんだから、疑うにも同じであっていいじゃない。だからさ、ひとつ約束をしてよ。もし本当に神社があったら一緒に来るって」
 「あーはいはい分かったわ勝手にどうぞ。どうせ無いものは無いの。さっさと食べて片付けなさい」
 そそくさとこいしは食器を置き、席を立った。
 「よし決まり! 30秒くらいで支度しな」
 「何言ってるのよ。まさか神社があるはずないわよね? ねえお燐」
 何故渋い顔をする。やめてくれ。口を開かないでくれ。
 「さとりさま、それが、言いにくいのですが……」
 

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