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幻想郷第一回ドッジボール大会 決勝
お花屋さん VS アルティメットゴッズ
アルティメットゴッズのメンバーが救急所に集まっている。早苗のことだ。
永琳が早苗を出場禁止と宣言した。魂を安定させるために早苗を二人の神から引き離すことを宣告している。
試合なんて言うテンションの上がりやすい舞台、それも決勝というシチュエーションで気持ちが連動しないわけはない。今度同じ負荷がかかったら魂が真っ二つでもおかしくないのだ。
「私にはあなた達が強制降臨しないっていう確証が持てないのよ。一回戦、二回戦って連続でやらかしていたしね」
二人共、ぐうの音も出ずに永琳の言うことを聞いている。
選手入場の声を聴いて四人がコートに向かって行く。まずはアルティメットゴッズがコートに入場だ。
続いてお花屋さんが入場してくる。リグル、ミスティア、ルーミア、メディスン、幽香……正直、よくこの程度のメンバーで残ったと思う。幽香だけは特A級の戦力だが、二回戦、準決勝では戦線を脱落した。
そのあとで、よくぞ盛り返した。私たちのチームでは特A級戦力は神奈子と諏訪子、二人が脱落したら恐らく盛り返せない。それに二人を呼び出せる早苗さんが脱落した。
私とにとりは戦力外だろう。
ボールを見つめる。視線の先はミスティアだ。ミスティアの視線は神奈子と諏訪子を見ている。私なんか見もしない。まあ、それが当然なのだが……仕方ないだろう。
選手入場が始まるちょっと前だ。お花屋さんでは最後の話し合いが行われていた。参加メンバーは幽香を除く四人、話の中心はルーミアだ。
「だからねー、幽香はボロボロで、力が出せないんだよ」
「嘘だ! そんなことあるわけない! 幽香さんはとっても強くて、私達が心配することだっておこがましい――」
そんなことを言うリグルの口をルーミアが抑える。
「そうやって頼りにした挙句、体がボロボロになった。戦う順番が最悪だったってのもあったけどな。もう、あてにできないんだ」
少しだけルーミアの口調がおかしいことに気が付いた。準決勝でリボンが取れてから、なんというか雰囲気が違う。
「だったら、私のゴールデンドロップで相手を倒すよ」
「うん、メディスンには期待してる」
ルーミアが期待した目で私を見ている。……おかしい、絶対にルーミアはこんな顔で相手を見たりしない。いつも、のんびりとのほほんとした顔をしているのだ。
疑惑の目をむければにっこり笑顔を叩き返す。この顔はルーミアなんだけどな。
「最初っから全力で行きたい。私が暗闇でコートを覆って視覚を全部つぶすからリグルには敵の探知、メディスンは空中炸裂型ゴールデンドロップをお願いする」
一応頷いて作戦を決めた。リグルがつかんだ位置にボールをこぼせるかはわからないが液化させてなるべく大きめにまき散らせばいい。一気にファイブアウトを取る!
ルーミアがミスティアには最初にボールをとるようにお願いしている。
「多分、ミスティアが一番早いよ。コート上の誰よりもね」
最後にリグルに触覚で機械の振動がないかをチェックしてもらう約束をする。
準備ができて試合開始五分前……私が幽香を呼びに行く。
「……幽香……」
幽香が振り返る。目がランランと光っている割には口から血が滴っている。薬は……飲まなかったのか?
私には幽香が安いプライドで薬を飲まなかったということが理解できなかった。きっと大人の判断で“ダメージをため込んで”から、決勝を終えてから飲むものだと思った。
「大丈夫だよね? 心配は必要ないよね? 強さを信頼していいよね?」
幽香が口を拭って頷く。
「もちろん。あなたはただ私の強さを見ているだけでいいわ。邪神も軍神も私一人いれば十分よ」
その言葉を信頼する。幽香の強さは誰よりも近くで見てきた。
チームを呼ぶ映姫の声が聞こえる。
幽香を一番最後にして、入場する。敵はアルティメットゴッズ、すでに入場済みだ。両チームの整列をみて映姫が決勝を宣言する。
「観客の皆さん、ご注目下さい。第一回幻想郷ドッジボール大会の決勝が開幕します。
対戦カードはお花屋さんVSアルティメットゴッズ
メンバーを改めて紹介します。
決勝進出のチームは“お花屋さん”、チームメンバーはリグル・ナイトバグ、ミスティア・ローレライ、ルーミア、メディスン・メランコリー、チーム大将は風見幽香さんです。
対戦相手はチーム名“アルティメットゴッズ”、チームメンバーは鍵山雛、河城にとり、東風谷早苗、洩矢諏訪子、チーム大将は八坂神奈子さんです。残念ながら早苗さんはドクターストップで決勝に出られませんが、彼女にも届くように、見事、決勝まで進んだ両チームに拍手をお願いします」
審判のお願いで嵐のような拍手が降ってくる。
拍手が済めば最後のチーム調整だ。
全員整列する。ミスティアが中央、リグルはその右隣で触覚が地面につくほどの前傾姿勢を取る。私はミスティアの真横、そして隣には幽香、反対サイドにルーミアがいる。
ミスティアの正面は軍神と邪神だ。滴る汗が、すさまじいプレッシャーを物語っている。
相手の両脇の隅は河城にとりに鍵山雛だ。
リグルの合図はない。アームは使っていないようだ。みんなで視線をかわす。
全員の勝つ意思をそろえる。ミスティアの表情が硬くなっている。
「それでは両チームともに準備が整ったようですので決勝を始めます」
審判がホイッスルをくわえる。
緊張の一瞬……笛の高音が耳をつんざく。
思いっきり粘着質の毒を相手コートの足場に飛ばす。
瞬時に相手コートに闇が降りる。
行け! ミスティア! こっちのチーム最速を見せてやるのだ!
爆風がミスティアを後押しする。これは準決勝で見た奴だ! 風の力でボールを自分のコートに転がす技!
にたりと笑う。ざぁんねぇん! 私の粘着毒はボールにもかかっている。風圧程度で動きはしない!
ミスティアがボールをとると同時に破裂音がする。そして、こっちのコートだけがうねりを上げる! これは、二回戦のウォールジオグラフィ! うねりを上げる地面が衝撃で叩きのめされる。
コート端を見れば幽香が足で踏みつける形のアースクラックで地面を叩きのめす。そして即座にツタが強固に根を張り土壁を押さえつけた。
ミスティアがボールをもって私に渡すまで約十秒! 悪いがこれで全滅だ! 粘着性の毒は使い切ったけど後悔はない! 今度は消化系の毒だ!
超必殺ゴールデンドロップを構築する。白蓮に投げた時よりもドロドロになるように溶かす。そして空中高く放り上げる。
強酸の雨が降るように相手コートでボールを爆発四散させた!
思わず手を握る。これで勝てたはずだ。全員に命中してチームごとリタイアになったはず。
急激に相手コートで風が吹き上がる。
これはライジングストーム!? 風に巻き上げられたボールの破片がこっちのコートにかえってくる。慌てて毒を一か所に集めてボールの破片を集めた。
闇が晴れる。
腕組みした軍神と目の赤い邪神が立っている。
「ふふっ、馬鹿にしすぎたな。流石に決勝に残ったチームだ」
「雑魚共の分際でやるじゃないか」
神の視線を受ける。私の手元にはボロカスになったボールがある。それに神奈子が目を付けたようだ。
「ふふ、今度こそ
力任せに神風ぞ吹く
ボールは回収させてもらうよ」
ボールの破片がボロボロと神奈子に巻き上げられてしまう。
つかんでも毒で吸着したのは手のひらに載っていた分だけ、ほとんどを神奈子に持っていかれてしまった。
「審判、ボール交換をお願いする」
新品のボールは神奈子に渡る。
文句を言ってはいけない。破片の大半を回収された私のせいだ。
うつむきかけた私の前を通って幽香が前に出る。
チーム全員をカバーできる中央に進出する。そして、指先で神奈子を挑発した。
「ほほう、大将同士の一騎打ちか……悪くないな」
神奈子が指をはじいて御柱を呼ぶ。新品のボールを放り上げて構える。
一打入魂「ホームランスイング」
馬鹿みたいな音を立ててボールがかっとんでくる。
幽香はそんなものをまともに受けたりはしないトンと軽くジャンプして、空中でこれを受け止めた。技の威力に乗っかる。勇儀がやってた技だ。そして地面にはえたツタを衝撃吸収に使って止める。
やっぱり強い! 軍神だって問題にならない! 神の全力を余力を持って受け止めている!
私がこう思っていた傍から、邪神の声が聞こえた。
「はは~ん、やっぱり弱ってるね。それもかなり重傷みたいだ」
「そうだな。今の威力で口から血がこぼれている程度ならリタイアしたほうがいいんじゃないか? 次は内臓に響くぞ?」
はっとして幽香の顔を見た。
口がへの字に曲がって、血を拭った跡がある。
「別にいいのよ。どうせ神奈子はここで終わりだしね」
改良版「穿・孔・Λ」
もう、攻撃モーションに入っている。ボールは硬質化して蹴り上げとかかと落としで大回転している。
回転の中心をこぶしでぶち抜いてそのままマスタースパーク!
ドリルミサイルみたいなものが神奈子に向かって飛んでいく。
神奈子はそれを御柱を使ってほぼ真上に打ち上げた。自身はマスタースパークの余力を受けて結界まで吹っ飛んだが、威力が大幅に落ちたボールは空中で諏訪子が取り押さえてしまう。
「はっはっはっは、けふっ、やっぱり弱ってるな。マスタースパークに大した威力がないぞ」
「くふふふ、もういいかな、とどめを刺すよ?」
諏訪子がボールを三軸に回転させる。前に、縦に、横に、だ。そのボールが今度は御柱によって打ち出される。先ほどの威力を数倍にした奴が飛んでくるのだ。
狙いはもちろん幽香……幽香は多分踏ん張ろうとしたんだと思う。回転の威力で転がされた。直線の威力で結界にたたきつけられる。
視線の先で幽香が血を吐いた。ボールは腹にめり込んでいる。
だ、大丈夫っていったよね? 立ち上がれるよね? だ、ダメージなんてないよね!?
私の想いに答えるように、よろよろと立ち上がる。足が笑っているのが私にもわかる。その上、よろけてしりもちをついた。
幽香を心配したリグルが手を貸そうとするがはじかれる。
「ガキども、ガフッ、私の心配なんて千年早、ゲブッ、早いわ」
血を吐きながら言うセリフじゃない。
幽香の剛腕が見るも無残な状態だ。多分ボールは硬質化できてない。それでもかまわず蹴り上げたそれは当たり損ねて相手コートに転がっていった。
「チャンスをくれてやるわ。……グフッ」
軍神がお手上げといった表情で幽香を見ている。哀れみの目だ。
「強いと不便だよなぁ。弱い奴の前で虚勢を張らなきゃいけないなんてな」
「く、くふふふふふ、子供の前でみじめに散るといいよ」
諏訪子が増える。ボールを拾ってあっという間に直交三軸に回転をくわえてしまった。そして四の五の言わず分身体も含めた三人同時のトリオシュート!
神奈子のホームランスイングにも引けを取らない速さだ! ふらふらの幽香を直撃する。回転したままコート端の結界を縦に転がりあがる。はるか上空から力なく墜落した。
それでもボールをこぼさないのはさすがだ。煌々と光る眼がまだ負けていないと叫んでいる。
頭を打ち据えたうつぶせの状態から寝返りを打って体を丸めて上体を起こす。その動作だけで数十秒がかかる。
思わず手を伸ばした。その手を払うような動作で手が重なる。
信じられないぐらい力がない。いつも、いつでも、私より強かったのに……手を肩に乗せさせて、体重を半分支える。
幽香が幽香じゃない。いつもの圧倒的なパワーが、不動の存在感が感じられない。素の幽香はこんなに、私だけでも支えられるほど軽かったのか……。
「おせぇ、審判。退場させろ。遅延行為だぞ」
邪神の物言いに審判が幽香の意思を確認する。
「幽香さん、大丈夫ですか」
「ぁ゛、ォレで……ガブッ、こぇで、大じょうぉ」
幽香の顔が白い。限界だ。血が抜けすぎて吐く物がなくなってきている。大体何を言っているのか全く分からない。審判が高々と手を上げる。
「風見幽香選手、テクニカルノックアウトにより退場!
幽香選手、そんな顔をしても無駄です。ドクター永琳! あとをお願いします」
幽香の手が震えている。私を押しのけて審判に対してつかみかかったが、情けなく崩れ落ちただけ……永琳が「自業自得」と断言して首根っこを捕まえて引きずっていく。
退場させられる幽香が永琳に何か言っている。でも、何を言っているかはわからなかった。視線だけが合う。幽香が焦って、動揺していて、それでいて悔しそうに口をゆがめる。泣く一歩手前の表情だった。
幽香は体の痛みじゃ泣かない。それだけは断言できる。だったら、何のためにあんな切なそうな顔をしたのか? 答えはきっと……。
頭を振って試合を考える。幽香の退場で現状四対四、だが絶望的に厳しい。ゴールデンドロップは通用しないし、軍神と邪神が丸々残っている。
幽香が私たちが心配だからって泣きそうだったとか考えちゃいけない。
勝つのだ。勝って、幽香の心配を振り払って、初めて私は“幽香が安心して任せられる存在”になる。
「これで試合は決まったな。諏訪子、後は全部任せるぞ」
「くふ? 神奈子、何を言っているんだ?」
「審判、八坂神奈子、リタイアする」
何!? 今、なんて言った!? 神奈子がリタイア!?
諏訪子が神奈子を捕まえて問いただしている。
「お前、寝言を言ってるんじゃないよな?」
「諏訪子~、たまにはうまい酒が飲みたいじゃないか。私は仲間の優勝を肴に酒を飲みたい。いいじゃないか。こんなにうまい酒はめったに飲めないんだぞ?」
「本気かっ!? この馬鹿!」
「ああ、馬鹿さ。
(大体お前ひとりで勝てるだろう? 私がいたらやりすぎだ。子供の集団だぞ?)」
神奈子の最後の方の言葉は小声で聞き取れなかった。
「こ、この飲んだくれがっ!!」
思いっきり腹にパンチを入れて諏訪子が神奈子を叩き出す。
「こほん、八坂神奈子選手、リタイアにより退場」
コートの外では神奈子が早速、酒盛りを始めている。
「ちっ、あの馬鹿が! “残りカス”を押し付けやがった!!」
ぎゅっと握りこぶしを作る。諏訪子の奴、誰が“残りカス”だって? 力が足りないことは明白でも、技が通用しないであろうことがわかっていても、幽香を安心させられるようになるのだ。私は断じて“残りカス”ではない。
幽香が残してくれたボールを拾う。
ありったけの毒を送り込んでや――
腕をつかんで止められた。
止めたのは真剣なまなざしのルーミアだ。
「私に任せてくれないか。最悪、相打ち程度には持ち込む」
私はこの申し出を断る。誰かのためにこんなに熱い気持ちになったのは初めてなのだ。それに幽香の仇は私が討ちたい。
「私も敵討ちをしたい。
あの幽香が、誰に対しても傍若無人の怪物が、最後に誰かにすがろうとしていた。
ほかでもない、私達のためにな。
メディスン、お前の気持ちもわかる。だけど、ほんの少しだけ私に任せてくれないか。
君があいつらをぼこぼこにする前に私も活躍しておきたい」
お前は、本当にルーミアなのか? 口調と語呂が違いすぎる。でも、友達を馬鹿にされたときは確かにこんな顔だった。
ここで仲間割れをしている暇はない。この顔を信頼する。
私よりも強い腕力を信じている。思いっきり毒を込めて「やってみろ」とボールを渡す。
クスリと笑ってルーミアが構える。ボールを高々と掲げた。
突如として闇が収束する。すさまじいエネルギーが収束している。対戦相手の邪神ですら目をむいた。神奈子がコート外で酒を吹き出しているのが見える。
「よくもまあやってくれたよな。そして“私たち”を馬鹿にしてくれたもんだ。特別扱いのツケは千倍にして返してあげるよ」
絶対にこいつはルーミアじゃない。こんな力は持っていなかったし、こんなに早口じゃなかった。
「ボールには猛毒のコーティングをかけてもらったし、より暗くなったボールの中の暗がりを利用して闇をありったけ詰めさせてもらった。もうただのボールじゃないぞ」
ふとボールの影に目を向けてしまった。コート上の誰の影よりもボールの影が暗い。闇そのものだ。ルーミアがボールを放り上げる。高く上がったボールよりも注目しなくちゃいけないのは影だ。全然、闇の色濃さが落ちる気配がない。
あれと重なったら、邪神だろうと、何だろうと影を食い破られる。そんな直感がある。
「河童! のびーるアームだ! ボールの影と重ねて見ろ!」
邪神の指示でにとりが機械を伸ばす。影が通過したところだけがきれいになくなる。命中したら即死級のボールだ!
相手コートの全員が即座に飛びのく。ボールは地面に落ちると自身の影にのまれて消えてしまう。そして訳が分からないことにルーミアの影からボールが吐き出される。遅れてのびーるアームの切り取られた残骸がきれいに吐き出される。
「原理はわかったか? 次はとどめだ!」
今度もフワッと浮かび上がるとそのまま黒い影を地面に投影しながら相手コートの真ん中に飛んでいく。
そして誰もがあっけにとられた。ボールが膨らんでいる。ボールが大玉スイカになり、特大鏡餅を超えて、コート一面に広がる。もちろん影もだ。……違うな、影が広がったからボールが大きくなったんだ。原因と結果が真逆になる。結果があって原因が発生している。
にとりが悲鳴を上げながら、闇にのまれてしまう。雛も邪神も闇に沈んで消えた。そしてボールも自身の影に溶けて消える。
元の大きさのボールがルーミアの影から吐き出される。
続いてにとりが無傷で飛び出す。そして、雛も……最後は…………出てこない!?
ルーミアが胸を抑える。
「ぐっ!! こ、この、化け物め!! 私を内側から食い破る気か!!! 流石に祟り神を自称するだけはある。
悪食めぇ!
この体じゃだめだ! 力が出し切れない!」
ルーミアが私を見る。
「め、メディスン、大口叩いて、申し 訳 ない。
ルーミア、お前の願いかなえたかった。
私ともあろうものが、食い散らかされるとは……ゲフッ!」
ルーミアが体をびくつかせて転倒する。ボールは転がって私のところに来た。
直後に闇を巻き散らかして諏訪子が顕現する。
「く、くふふふふふ、ちょいと量が足りなかったね? げっぷ、久しぶりにこんなに闇を喰ったよ」
うつぶせに倒れたルーミアを指さして笑う。
「しかし、これでお前らの隠し玉は終了だ。大人しく念仏でも唱えてろ」
邪神が手をついて起き上がろうとしたルーミアを踏みつけている。私に背を向けてだ。
こんな風に体が衝動に駆られたのは初めてだった。流れるような動作でボールをすくい上げて、諏訪子の背中に投げる。
「馬~鹿、丸見えだっつの」
ひらりと邪神はかわしたつもりだった。とっさにルーミアが足をつかんでいる。
ボールは足に当たったが、落ちるその刹那をつかまえられてしまう。
「阿呆が、超反応ぐらいできるんだよ。マヌケめ」
邪神自身すごく不格好な姿勢だがボールを片手でつかむ。
それを承知の上で、ボールの上の猛毒をコントロールして落とそうとする。
そこにリグルとミスティアが同時にとびかかった。二人共、ボールを狙ってキックとクローで攻撃する。きっと私と同じ気持ちだったんだろう。期せずして三人同時攻撃になったわけだ。
結果、ミスティアのクロ―がボールを叩き落とした。リグルの蹴りは諏訪子の顔面に刺さっている。
ホイッスルが響く。
「洩矢諏訪子選手アウト!」
「何だと!? おい、審判、この蹴りの責任はどうしてくれるんだ!?」
「あなたがルーミアを踏みつけなかったらアウトは取り消しましたけどね? 他人をさんざん小馬鹿にしてきたあなたらしい末路じゃないですか」
諏訪子が憤る。先に手を出したのはルーミアだと、闇でこちらを攻撃してきたと、主張している。
しかし、審判には通用しない。その闇にもきっちり食い散らかすなどの仕返しをしているのは見抜いているのだ。ルーミアを踏みつけた分が過剰で余計だった。
「ちっ、この私を馬鹿に――」
「私はあなたを“馬鹿”などと特別扱いする気はありません。邪神だろうと、妖精だろうとルールのもとに平等、そして今回貴方はルールを守らなかった。だから、私が審判の権限を持って裁断を下した。不服でも?
ああ、それと食い散らかしたルーミアの闇を返しておきなさい」
審判の視線を受けて諏訪子が文句を言いながら闇を吐き出す。その闇はルーミアにかえっていった。
観客の見る中で諏訪子が退場する。
ルーミアは愛おしそうに闇を撫でていたが、体の中に闇をしまい込むと審判にリタイアを宣言した。
「“闇”がもう動けないって」
映姫もその言葉に頷く。
「ルーミア選手、ドクターストップによる退場です」
ルーミア自身はいつも通りの顔と声で「ごめんね~」とペコリと頭を下げて退場する。
これで三対二だ。
雲の向こうだった優勝が見えてきた。
それにボールはこっち側、絶対有利だ。勝てると思ってボールを探す。
……あれ!? ボールは?
「のびーるアームが一本だけなんて思いこんでいないかい?」
河童の声!!! 会話中に持って行ったのか!?
河童を見る。すでに直撃コースで飛んできている。
粘着の毒は使い切った!!!
ボトリとボールをこぼす。
「メディスン・メランコリー選手アウト!」
くそう! ちくしょう!! こんな気持ちの隙をつかれるなんて悔しい!!!
これでコートの中は二対二だ。仲間に最後の声をかけて退場する。
「絶対に――」
「うん、勝つよ」
「負けないからね」
二人の自信を確かめて任せる。ああ、歯がゆい。ラストバトルに参加できない悔しさがこんなものだったとは。
せめて声がかれるまで幽香とルーミアの分まで二人を応援する。
とんでもない状況になってしまった。神の一人とはいえ、優勝を背負ったこの舞台で全責任が降りかかってくるとは思っていなかった。主力は壊滅、そしてそれは向こうもだ。八坂様が自らリタイアしなければこの事態はなかった。
仲間の河童を見る。両手に勝利への執念を燃やしている。プレッシャーにつぶされないだけ凄い。
ボールはミスティア、準決勝で繰り出された夜雀の歌が聞こえる。手で両耳をふさぐと同時に河童がヘッドホンを渡してきた。
「ふふ、ふはははは、見よ! これが河童の科学! ヴォイスキャンセラーだ!」
確かにすさまじい性能だ。何も聞こえない。横で叫んだ河童のセリフも含めてキャンセルされている。
ミスティアは歌が通用しないのを理解できていない。叫ぶような声の絞り方で歌っている。それをリグルが止めた。ボールを奪い取って投げてくる。
飛んでくるボールを見る。
私を狙ったのはわかる。
そして、私でもよけられるのがわかる。……良く、このままの強さで決勝の舞台に駆け上がってきたと思う。
身をかわしてボールをよける。結界を跳ね返ったそれは地面を転がってすぐに止まる。しゃがんでそれを拾い上げた。何ら変わらない普通のボールだ。このボールをつきたての餅の如く変形させる連中に紛れて、リグルはここまで来たのだ。
私だって神だ。ボールに残された思いが感じ取れる。力を持った仲間に負けないだけの強い感情を乗せたボールだった。「私が勝利をつかむんだ」という思いを受け止める。
その願いのような思いを受け取って、答えないわけにはいかない。
私だって勝ちを逃すわけにはいかない。リグルがくれた思いに自分の思いを上乗せして、投げ返す。スピンをくわえて、螺旋を描き、必勝の願いを込めて飛んでいけ!
多分、厄を込め忘れた最初で最後のボールだろう。リグルを直撃し、そして捕球された。
私はただの頭数だった。一つのアウトも取れない。このチームは神奈子と諏訪子のチームだったのだ。元から“残りカス”が活躍できるようなチームじゃなかったのだ。
リグルが投げ返したボールをにとりが止める。のびーるアームでやすやすとキャッチしている。
「全手起動! あはっ! 起動できるアームは三本! 一本壊れた程度、問題ない! いけぇ!」
両手で三本のアームを操っている。ずんずんと前進して相手コートに手を伸ばす。
一本の腕でボールを持ったまま、二本の腕でミスティアを追い立てる。
元々コートの端から中央まで伸ばせるアームだ。試合場中心に立てば全域をカバーできる。縦横無尽にアームが躍っている。ミスティアの飛翔能力でも捕まるのは時間の問題だろう。
ふと視線を下に向ければリグルがにとりに急接近している。
アームの最大の弱点、伸ばしたアームの懐に潜り込まれている。
そしてにとりは飛び上がったミスティアを追ったままで、体を丸めたリグルに気が付いていない。
「にとりさん! 正面にリグルが!」
叫んでから気が付く。ヘッドホンをしていた! にとりの肩をつかもうと前に出る直前、リグルの両手が濡れていることに気が付く。右手はルシフェリン、左手がルシフェラーゼ……混ぜ合わせて蛍の発光に使われる液体だった。猫だましの要領でにとりの顔面に炸裂する。
閃光弾が直撃する。にとりが前触れなしの光に腰を抜かしている。アームからボールがこぼれて即座にミスティアが拾い。ボールが当たってにとりが脱落する。
「これが私の隠し技、ライトショックだ!」
私にはヘッドホンのおかげで何をしゃべっているかわからない。でも、自信満々できっと素敵なことを叫んでいたと確信できる。そして、素晴らしい連携だった。日ごろから協力していた友達だからだろう。仲間の勝つ意思をくみ取れる。ピンチを助けてあげられる。とっても素敵なことだと思う。
ヘッドホンを外して、歓声を聞く。決勝の当事者とはいえ、相手への声援がほとんどでも、これからきっと負けてしまうだろうけど……素晴らしいほど気持ちがいい。今までため込んだ厄がかき消されてしまうほどの活気だ。
観客から“ラストワン”コールが聞こえる。
不思議と絶望はしていない。
ボールは相手コート、二人で拾って、最後を飾るにふさわしい連携を取る。
手を重ねてのツインショット!
ああ、体が動かない。よけようと思うことすらおっくうだ。
衝撃とともにしりもちをつく。
審判の試合終了の声が遠く聞こえる。
「試合終了! 鍵山雛選手アウトにより二対ゼロ!
第一回幻想郷ドッジボール大会、優勝はお花屋さんです!」
リグルとミスティアが声を上げて飛び跳ねて喜んでいる。
観客は優勝者に惜しみない万雷の拍手を送る。その拍手の中、万感の思いを込めたハイタッチが響く。
審判としてもこの二人が最後に優勝を飾ってくれてうれしく思う。観客席へ優勝パレードを始めた二人を見送って、一人、敵陣で座り込んでいる雛を起こす。
「最後、どうしました? 厄が観客にかき消されて動けなくなりましたか?」
「ええ、自分でもどうしようもないくらい力がなくなってしまって、動けませんでした。完敗ですよ。完全に観客を味方につけてました。お手上げです」
「その割には、満足そうですね」
「ええ、自分たちの力で困難を乗り越えていく、そんな姿を見られたものですから。降りかかった厄を自分の力で蹴散らしていく……それがとても気持ちよく感じられました」
私もその言葉に頷く。正しい道を自分の力で歩いて行った。それが見られただけでもこの大会に意味はあったと思う。
さてこの後は、全チームあげての開催記念パーティだ。私は個人成績の集計をして大会MVPを決めないといけない。パーティで最優秀選手を発表するのだ。まあ大体の目星はついている。共同撃破を除く単独撃破数“六”は二名しかいないのだ。