Coolier - 新生・東方創想話

第一回幻想郷ドッジボール大会

2017/12/13 21:41:12
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幻想郷第一回ドッジボール大会 準決勝 第二試合 
アンリミテッドパワーズ VS アルティメットゴッズ

 事実上の決勝である。実力的なことを考えれば準決勝、第一試合をはるかに超えるレベルの戦いが始まる。
 敵は鬼の頭領と四天王、そして現、幻想最速……物理的な強さであれば紫のチームすら超えている。
 武者震いをする。ここを勝てば残りは楽勝。幽香はボロボロだし、残りは一、二ボスの集団だ。うまく立ち回れば、早苗一人でも勝てるんじゃないか?
 選手入場の言葉を受けてコートに立つ。
 鬼の視線を感じる。二人共、気が早い。
「くくくく、勇儀、出てよかったなぁ」
「ああ、全く、本当に出てよかった。まさか軍神とやれるなんて楽しみだよ」
 鬼の視線でも問題なく流せる。鬼はそのまま射命丸を捕まえて話をしている。
 全部筒抜けなのは鬼の性格だからだろうか?
「射命丸、命令だ。ボールをとってくるように、そのあとは私に渡せ」
「ええ、分かりました。萃香様。
 勇儀様、そんな顔しないでください。次にボールをとったらあなたに渡しますから」
 命令しているのは萃香、勇儀は一応、頭領に対して一歩譲った。
 射命丸が笑って話をしているが、ボールねぇ……私がとってしまおうか。天狗が、射命丸が最速であろうと、その程度であればボールなら簡単に取れる。それに神の力を示すのはそんなに悪いことじゃない。
 コート上でアームを伸ばそうとしているにとりを止める。
「にとり、今回は私に任せてもらえないかな?」
「? いいんですか」
「ああ、ボールは私が抑えるよ。のびーるアームだと、“取る”スイッチを入れる動作だけで射命丸に先行されるだろうからな」
「確かに、反応の速さだけでも私の十倍を軽く超えますから……お任せしますよ」
 にとりの言葉に頷く。
 堂々とチームの中央に陣取る。ボールを挟んで射命丸が腕を伸ばしている。
 にとりは左の壁際、雛は右の壁際、左手に早苗、右手に諏訪子、……さて、こちらの陣は完成した。向こうはどうかな?


「なめられたものです」
 体を伸ばしながら文が何か戯言を言っている。私は白狼、鼻は利く、そして耳もいい。にとりがアームをしまったのを音で確認した。
「……一応、向こうは、のびーるアームをしまいましたね」
 文の顔を見る。
 馬鹿にしたような顔だ。
「そんな程度のことを報告しなくてもいいです。向こうに私に勝てそうな人はいませんからね。それにしてものびーるアームすらないとは……にとりの反応を叩き潰すつもりだったのに……やる気がなくなってしまいそうです」
 言うべきことは言った。もう下がろう。コートの隅に移動する。
 もう一方の隅にははたてが座っている。ようやく酒が抜けたとはいえ、病み上がりみたいなものだから無理はできない。多分この戦いも逃げ回るのがせいぜいで参加はできないだろう。
 文の右手に萃香様、左手に勇儀様……これが山の天狗社会にバレたらちょっとした騒動になるかもしれない。天狗の文が鬼を二人従えたような状況に見えるからだ。ただでさえ上下関係にうるさい天狗社会だ。当の本人は詰問ぐらい覚悟しているんだろうか?
 審判がホイッスルをくわえた。
 もう余計なことは考えてはいけない。チームの勝利が最優先だ。もし私が詰問されたら速さ順の配置だったと答えよう。
 どうせ、山の神であっても風神少女にはスピードで勝てない。そのぐらいには文は速い。納得してもらえるだろう。
 ホイッスルが鳴る。
 当然の様に爆風が吹いて文が飛ぶ。
 天狗であっても、術を使っても、移動方向がわかってないとみることすら困難だ。
 ボールは、……ボールは!? 相手コートに転がっている。馬鹿な!? 文が取りこぼした!?
 はっとして相手を見る。
 八坂神奈子が手を上げている。その手で呼んでいるのは神風……勝利の爆風だ!
「はっはっは、どうかな? 少し強めに追い風が吹いた感想は? まあ、勢いでボールが転がっちゃったけどな」
「ぐっ!! よくもやってくれるものです! わざと強力に私を押しましたね!?」
「そうさ、これぞ
 力任せに神風ぞ吹く
 って奴だな。ボールはもらうよ」
 相手コートの中央で神奈子がボールをわしづかむ。
 文の顔を見る。悔しそうだ。自慢の速度と能力を逆手に取られた。戦術で負けたのだ。
 魔理沙の技術はすでに吸収した。フランドールなら一対一で絶対に後れは取らない。でもこれは簡単に埋められるような差ではない。
 完全に能力で上を行かれた。
 ショックを受けている文に対して八坂神奈子が振りかぶる。
「お前は速いし脇の二人よりも厄介だ。先に消えてもらうぞ」
 八坂神奈子が腰を入れてボールを投球する。そうせざるを得ないほど文の回避能力が高い。
「わたしをなめるな!」
 文が全力で避ける。
 仰天したのはこの時、ボールは見える。私ならパニック以外の反応はできないほどのすさまじい速さだ。だがおかしいのは文だ。完全に姿を見失った。
「おいおい、この速さをよけるか?」
「ふっ、当然です。最速は伊達や酔狂で名乗ってはいないのですよ」
 ボールは結界の壁を跳ね返ったところを文が踏みつけた。
「萃香様、一応ボールを抑えました。どうぞ」
 ポンとボールを投げ渡す。
「ほぉ、お前は投げないんだな」
「うちのチームには攻撃の専門家がいますから」
 そうして神奈子が笑って踏ん張る。
 見れば萃香様がボールをもって腰を入れて投げている。
 軍神に負けず劣らずの速さ……そしてそれを捕球される。
 萃香様のボールはわかりやすい狙い、軌道も正直、威力というただ一点を度外視すれば取れないことはないと思う。そして、それは勇儀様も同じだろう。
 軍神はターゲットを切り替えて萃香様を狙う。剛球と剛球がコート上を往復する。
 今大会で初めて、能力使用がない普通のドッジボールの戦いが行われている。
 しかし、その時間は一分もなかった。
「らちが明かんな。やはり能力は使うか」
 言うが早いかボールを握ってつぶす、萃香様の集める能力で強固に固める。メロンのような大きさのボールがテニスボールぐらいまで小さく圧縮された。
「こいつは取りづらいぞ」
 野球で言うところのオーバースローのフォームから全体重を乗せて鉛よりも重く、弾丸よりも速くボールが腹めがけて放たれる。
 神奈子が体をくの字に曲げて落とさないようにしながら両手でボールを抑え込む。
 そして、一気にボールが元に戻る。衝撃で神奈子がのけぞるが、そこまで、ボールをこぼしたりしない。
「いっつ、あざになったな、なるほど、普通にやってたら日が暮れそうだ、早苗、諏訪子一気に行くぞ」
 あっ、これはさっきの試合で見た奴だ。
 早苗さんが蛙符「手管の蝦蟇」をボールに込める。諏訪子が三軸に回転させる。そして神奈子が呼びつけた御柱で一打入魂「ホームランスイング」を解き放つ。
 ! 一瞬だけ迷った。退避の判断が遅れる。たとえ無駄でも萃香様の盾に、と考えてしまった。鬼は普通の考えはしていない。盾になったら、それで威力が落ちたら怒るに決まっている。
 体を小さくまとめる。盾を結界の隅に引っ掛けて剣を支えにする。
 直後に視界が真っ白になる。
 音の衝撃波で耳がいかれそうだ。
 盾からはみ出たところが痛い。
 ……ふぅ、萃香様は?
 コート中央ではなく押し切られた果てに結界にめり込んでいる。突っ張った両手がボロボロになっているが、ボールをこぼしたりはしていない。目がランランと光って、戦意に衰えは全くない。
「チッ、紫はこれをワンハンドキャッチか、こんな状態じゃ鬼の名が廃るぞ?」
「こっちの三人がかりの技を止めてよく言うわ」
 ボールは今の状態じゃ投げられない。勇儀様の手に渡る。
「おっ、いいのかよ。萃香?」
「非常に腹立たしいことに手がしびれてる。私がしびれを取る二分の間だけ任せる」
 勇儀様が「ふっ」と笑って、「じゃあ二分で片付けちまうか」などと言っている。
 センターラインぎりぎりまで進む。思いっきり息を吸い上げる。
 えっ!? とっさに耳をふさぐ。相手チームに人間がいるのですが、勇儀様ッ!?
鬼声「壊滅の咆哮」
 相手チーム全員が神奈子を盾にして耳をふさぐ。
 衝撃が走った後に相手コートで立っているのは諏訪子、神奈子のみ、残りの三人は腰が砕けてのたうち回っている。ついでに言うなら審判も頭を押さえてうつぶせになっている。
「おいおい、やりすぎじゃないか?」
「馬鹿な、結界にたたきつけられたかったのか? 加減はしている。
 さて、これで純粋にタイマンができるな」
 勇儀様が力任せに振りかぶってボールを投げる。すごい、手元の加速度だけでボールが完全につぶれた。麺生地の如くたなびいている。
 神奈子が抑えた傍から伸びたボールが巻き付く。そのあとは元に戻ろうとする力で神奈子を絞り上げた。
「いってぇ~! 阿保か! 力を入れすぎだぞ!」
「キャッチしながら言うことじゃないね」
 この後、神奈子と勇儀の投げ合いが続く。どっちも化け物だ。私には介入不能の戦いである。しかし、力が拮抗しすぎて進展がない。この隙にはたてを起こしに行く。文とはたては蛙符「手管の蝦蟇」を果てしなく飛び上がることで回避した。はたてはそれで体力を使い切ったらしい。へたり込んでいる。
「ふぇ、椛は良く平気だね? こんな状況なのに」
「まあ、昔から勇儀様はこうでしたから。それに萃香様も」
 視界が急に陰った。しっぽを踏まれて情けない声が出る。
 このやり口は文だ。
 振り向けば知らないふりしてそっぽを向いている。
 そして視線に今気が付いたかのように「何です?」と聞いてくる。
「別に何でもないですよ」
 口答えしても仕方ない。今度は勇儀様を見る。
 相手コートではようやく衝撃を飲み込んだ残りの三人が起き上がり始める。


 ひどい目に遭った。信じられない。鬼は大声と聞いていたがナニアレ? 一声で三半規管がマヒした。人間には耐えられない。河童のにとりも神の雛も転げまわっている。
 ようやく結界に体重を預けて立ち上がることができた。
 目の前で信じられない戦いが続いている。
 神奈子様とまともにやりあう者がいたことにびっくりだ。
 衝撃音だけでまともなドッジボールでないことがわかる。
「全く、家の巫女は修行不足だねぇ」
 諏訪子様の声が聞こえる。
「修行も何も、大声に耐えるとか、普通やりませんが?」
「応用力の問題だよ。できることを組み合わせて、さらなる技を織りなす……まだ、早いとは言わない。身につけるならもう遅いぐらいさ」
 諏訪子が早苗の背中をトンと押す。
「いいか、早苗、神奈子を神降ろししろ、今すぐだ。そしてできることを探して来い。できることがあったら迷わず実行しろ。それで失敗しても私たちは何も言わないよ。ただ見ているだけより、そっちの方がためになるさ」
 諏訪子の顔は真顔に戻っている。邪心から死地に飛び込んで来いとは言っていない。
 全く、諏訪子様はこういう時いきなりこんな顔をするんだから……成長の機会なのかな?……息を整える。
 祝詞を上げて、神奈子の神霊を降ろす。丁寧に神奈子の意識と合わせる。
 乗っ取られた時とは異なる。早苗が思う限界までの力しか再現できない。
 それでも……衝撃だけだったボールの影をとらえることができた。
 もっと、より強く神奈子の力を引き出す。
 投げ合っているタイミングが理解できる。
 神奈子の力強い意思も勝利への欲も感じ取れる。
 今ひとたび、神の心のままに、今度は自らそう思う。
 神の望みに自らの意思を乗せる。
 “ボールにあと一押しの力が欲しい”、そんなことを感じ取る。
 決して気負わず、できることが当然の様に、神奈子とシンクロする。
 神奈子の投げたボールに対して強く風を呼ぶ。
 爆風でボールを後押しする。
 ボールをとった勇儀が押された。
「!!! チィッ! 巫女か!?」
 勇儀が私を見る。その視線に笑って答える。鬼の直視を受け止めることができる。今、私は神奈子様と一心同体の状態だ。鬼に対して畏怖も、脅威も感じない。平常心で受け流すことができた。
 勇儀はそれに乗った。神奈子に投げていたボールを早苗に向けて投げる。
 手加減がない。本来なら反応すら許さない速度で当たれば致命傷になりかねない威力だ。
 それをよける。
 ボールではなく体に爆風を当てて横に自ら吹き飛ぶ。
 結界を跳ね返ったボールは諏訪子が抑える。
 その顔は満面の笑みだ。
「流石は我が直系、さあ、見せてやれ、守矢の巫女の実力をな」
 ボールを私に手渡ししてくれた。
 なんとなくだが今ならできる気がする。
 さらに祝詞を重ねる。諏訪子の神霊も呼び寄せて神降ろしする。
 神奈子と諏訪子の心を勝利への欲でまとめ上げる。
 軍神の純粋な勝利への渇望と邪神のどす黒い勝利への執念を束ねて力にかえる。
 神奈子の力を再現して、ボールを投げる。人間にしては速いそのボールを奇跡の爆風で後押しする。そして勇儀は捕球の構えだが、突如として膝まで沈む。早苗が足踏みして泥沼を構築している。
「!! クソッ、やられた!」
 沈んだ分だけ捕球位置が変わる。命中直前で腹の軌道が胸になる。そして容易に踏ん張れない泥沼だ!
 勇儀が真正面から投げられたボールを取りこぼす!
「星熊勇儀選手……アウト」
 泥沼にはまったまま、驚いた顔をしている。
「たはは、参った。まさか人間に負けるとはな」
「早苗は現人神さ。守矢の神の一柱だよ。人であり、人ではないのさ」
 ボールは泥沼に浮かぶ。
 そいつをすっと取り上げたのは伊吹萃香だ。
「ふふっ、まさか勇儀が沈むとはな
 くっくくくく、出し惜しみしている暇はないな」
 萃香が両手でボールをつぶす。
 巨大化する。
 拳にボールを張り付ける。
 思いっきり振りかぶったその拳はメテオハンマーだ!
 私は天に高く指先をかざしてはじく、その動作は神奈子とうり二つ。
 数十の御柱が降り注ぐ、早苗と神奈子が顔を見合わせて笑いあう。
 二人で風を集める。
 思えば二人同時にこんなことをしたのは初めてかもしれない。
 軍神二人分の力を合わせる。
 ツインゴッド・ライジングストーム
 二人で萃香の全体重を持ち上げるほどの上昇気流を巻き起こす。
 柱の隙間から風を集めて、気流は真上のみに開放している。
 そして一瞬、萃香が浮いた隙を狙って、早苗と諏訪子が泥沼を広げる。
 萃香ですら足を取られてひっくり返った。
「ぐっ! ば、馬鹿な!? この私が!?」
「これが守矢の巫女の実力さ。少しは思い知ったかい?」
 諏訪子の言葉を聞く傍でチクリと胸が痛む。
 邪神と軍神の二柱を同時に降ろしていたが、唐突に限界が来た。驚いた萃香をみて、軍神は勝利の予感し、邪神は優越感に浸っている。たったこれだけの差で二柱の神降ろしのバランスが崩れる。
「!!! ぶっ! げふっ……がふっ!」
「何だ、もう限界かい?」
 そんなこと言われても、無理だ。バランスが取れているときはまだいい。平衡が崩れた瞬間にとんでもない反動が来た。魂を勝利への高揚に押し上げられるのと同時に、小馬鹿にしたいと言うどす黒い感情に引きずられるような感じ。離れる心を保つ手段がない。
 魂のバランスが崩れた。立っていられない。せめてどちらか片方なら平静を保てたはずだが……もう、平衡感覚がない。
 音を立てて倒れる。
 諏訪子は頭を掻いている。
「審判、早苗はリタイアだ。
 早苗、この感覚を覚えておくんだね。いつかこういう技が必要になる時が来る」
「……ぎてほじぐない゛」
 この回答に諏訪子は肩越しに手を振ってこたえる。
 にとりに肩を貸してもらって退場する。


 私の見ている目の前で萃香様が元の大きさに戻る。現状四対四……勝つだけを目的とするなら、にとりと雛を倒すべき……だが、その案は却下されるだろうな。
 萃香様は勝負に夢中だ。意見具中したら邪魔者扱いされる。そして連携が取れない以上、二対一の状況、軍神&邪神VS鬼一人という状態だ。口には出せないが押し切られるだろう。
 萃香様がボールを野球ボールの大きさまで圧縮してぶん投げている。
 それを全身を駆使してキャッチされてしまう。……萃香様は正直すぎる。真正面へど真ん中……それ以外は勝ちではないみたいな戦い方……正直、私はこの戦い方が好きだ。でも、それでは勝てない。
 フォークボールでもスライダーでもナックルボールでもいい。変化を一つつけるだけで途端に捕球の難易度が上がると言うのにそれをしない。ただ込められるだけ力を入れる。ストレート一本のごり押しだ。
 そして、今、泥沼にはまった。膝まではまって、ボールをはじく。
 この試合はここで終了だ。残った我々では神を倒すことができない。
「まだ終わりませんよ!」
 風をクッションにして誰より早く落下点に潜り込む影がある。
 文だ。
 転がりながらも捕球成功!
 萃香様がそれを見て密の力を使う、高まったエネルギーを泥に打ち込んで水分をあっという間に蒸発させて泥を固める。
「……フン、雨降って地固まるか。文、ボールをよこせ」
「合点承知ですよ! 萃香様、思いっきりやっちゃってください! お任せします!」
 萃香がボールを握りつぶす。圧縮されてまたも野球ボールにまで小さくなる。
 萃香が笑う。思いっきり振りかぶってストレートを投げる。
 しかし突風が吹いた。文が風でストレートに変化をつける。まるでカーブの様に球筋が曲がる。神奈子はとっさに身を引いてボールをかわした。
 結界を跳ね返ったボールを萃香が密の能力で回収する。
「私は一人でやるぞ」
「ええ、どうぞ、ご勝手に、私も勝手にアシストしますよ」
 文が下がらない。萃香様のにらみを受けて更に前に出る。
「萃香様、どの道、勇儀様のかたき討ちに参加しなかったら、勇儀様の前に顔を出せませんよ。勝利の祝い酒に参加できません。山からも追い出されてしまいます。
 どうか、この哀れな天狗にかたき討ちに名を連ねる名誉をお与えください」
 この人は相変わらず口が上手い。
 酒と名誉をはかりに乗せられて萃香が舌打ちした。
「お前ら天狗は相変わらず口車が上手い。私一人でやりたかったが……まあいい、お前にはさっきカバーをしてもらったしな。それに協力を断ったら私の酒を飲まない気か……全く口八丁に手八丁だ。
 仕方ない。文、カバーとアシストを任せる。だが、攻撃だけは譲らんぞ」
「その言葉を待っていました。
 萃香様、ありがとうございます」
 文が頭を下げている。なんだか非常に珍しい物を見た気がする。
「どの道、我が意のままに我が道を行くってのが私の生き様だった。
 待たせて悪かったな。神・共!
 鬼の萃香、いざ参る!」
 鬼が改めてボールを圧縮する。握った指の痕がくっきりと残る。
 オーバースローからの全力投球! ……回転がない? これは、ナックルボール!?
 萃香様が文にあわせた!?
 文が突風を巻き起こす。
 ナックルボールの変化はまさに神のみぞ知る。真正面からのランダム軌道変化!
 さすがの神奈子でも上にはじいてしまった。
 思わず手を握る。やった!
 ボールに諏訪子が追いすがっている。相変わらず邪悪な笑みで、ボールをとってしまう。
 ……クソ、こいつら連携していたのか? どうしようもない変化に対して、とにかく上にはじいてボールの滞空時間を稼ぐ、その間に邪神が捕球をする。
 見れば軍神の後ろで邪神が三体に分身している。どうあっても取りこぼさない気だ。ボールは軍神に渡っている。
 向こうが連携を取るならば、こちらも力を合わせよう。
 文の横に出る。
「何です?」
「右翼は任せてください」
「あなたのミス一つで――」
「構わねぇさ、もしこぼしたなら責任は私にある。もともと私が取り損ねる前提だからな。ミスしたって文句はねぇよ」
 初めて鬼の萃香と共同戦線を張る。
 大刀、隠し武器を捨てて、盾と鎖帷子のみを装備する。
 準備は万端、軍神のボールに備える。
 神奈子はこちらの体制が整うのを待っていたようだ。
「そっちも総力戦か……ま、いいだろう。軍神の強さ見せてやろう」
 ボールに風の守りが付く、足を高々と振り上げて、オーバースロー、軌道はど真ん中から浮き上がってくる。
 いきなり地形が変わる。諏訪子の仕業だ!
 足場が盛り上がって浮き上がったはずのボールがひざ下を狙うものになる。
「チィッ! 射命丸! 任せるぞ!」
 とっさの判断でボールを風の守りすらぶち破って蹴り上げる。ボール自身は萃香の後方にやや押され気味で跳ね上がっている。
 文が結界とボールの間に潜り込んで捕球をする。
 速度とボールの威力で結界をさらに上に向かって転がっていった。
「今のが続くとシャレになりません」
 文がボロボロになりながら降りてくる。
 萃香の手に渡ったボールは圧縮されていく。今度はピンポン玉ほどに縮む。
「本当なら小細工なしがいいんだが、そうも言っていられんようだ」
 今度はサイドスローだ。しかし、風で文がつけた変化もむなしく、神奈子が同じように上にはじく、諏訪子がとる。前と変わらない。
 今度は相手のターン、神奈子が御柱を一本引き抜く、諏訪子がボールを回転させる。一打入魂「ホームランスイング」でボールがかっとんでくる。
 捕球をした萃香様が回転の威力で転がる。
 文はそれをよけずに受ける。竜巻で衝撃を和らげようと全力で風を放つ。
 ヤバイ!! とっさに文の後ろにまわりこんだ。
 結界―私―文―萃香様でボールが突き刺さる。
 萃香様―当然の如く無傷、私―背中におおあざ、射命丸文―飛翔骨にヒビ!
 私はまだ動けるが、文が翼の根本を抑えて震えている。
 くそっ、クッションが足らなかったか! 鴉天狗という種族上どうしても、速さを優先するあまり体が華奢だ。
「おい、文、退場しろ。それじゃ無理だ」
「い、いけますよこのぐらいなら」
「アホか、飛べなくなるぞ? おい、椛、文を救急所に連れていけ」
 頷いて文を捕まえて引っ張る。
「審判、退場二名だ。椛と文、後、そこで役に立ってないはたて、お前はどうする?」
 はたてが顔を上げる。
「わ、わたしは……」
「萃香様、はたてさんも退場です。二日酔いでふらふらになっても来てくれました。もう十分活躍してくれましたよ」
 萃香に対して口ごもるはたての手を取って結界を出る。
 コート上は鬼がただ一人……これが最後の攻防だろう。
 恐らく救急所に行くまでに決着してしまう。だから少しの間だけ立ち止まって観戦しよう。
「四対一か、まあ、私らしくていいかな。
 っと、待たせて悪いな。これが最後だ」
 萃香様がボールを圧縮する。これまでよりも小さく、強く、ビー玉よりも、パチンコ玉を超えて小さくなる。
 はたから見ていて引力を感じるほどに密度が高くなる。ちょっと嫌な予感がする。
 突如黒い球体が萃香様の手に出現する。
「これが最後だから、思いっきりやらせてもらう。近くに天狗はいねぇし。ここで体力使い切っても、決勝を捨ててもかまわねぇ。これが私の全力だ」
 観客席のごみがコートに向かって飛んでいく。私も萃香様に引き付けられる。
 相手コートでは雛とにとりが地面にへばりつき、神奈子と諏訪子は足を地面にくるぶしまで踏み込んで仁王立ちしている。
超魔球「ブラックホール・ダウン」
 萃香様の全妖力を込めた漆黒の玉が放りあがる。今までのような直球ではない。見ていて気持ち悪いほどゆっくり上に飛んでいく。
 そして相手コート中央に到達すると突如として落下する。
 ボール自身は質量を追跡する。万有引力の法則で質量の大きい相手……つまり神奈子をめがけて墜落していく。
「はは、こいつは上にはじくなんて無理だぞ。つぶれてしまえ!!」
 両手で落下するボールを支える神奈子だが……どんどん地面にめり込んでいく。
「ぐっ!! お、重い! がっはっ!」
 腰までも地面にめり込む。
 もはや耐えているだけで拍手喝采ものだ。
 しかし、やはり軍神、神通力を全開にしてボールを持ち上げようとしている。
 体の沈みが止まる。徐々にだがボールがもち上がり始めた。
「流石は軍神様だ。
 だったらこれもいいよな?」
 ゲェッ! 萃香様!! 申し訳ありませんがやりすぎです!!!
 萃香が巨大化する。振りかぶった狙いの先はもちろん軍神!
 超魔球「ブラックホール・ダウン」×必殺「メテオハンマー」イコール、
超必殺「ブラック・メテオ」
 鉄拳が容赦なく落ちる。そして相手コートが吹っ飛んだ。
 結界があるだけ無駄と言わんばかりに割れる。
 観客が無事だったのは白蓮、藍、霊夢、神子たちが防護壁を構築したからだ。
 爆心点にはボールだけが埋まっている。
 にとり、雛は爆風で吹っ飛んでいった。……直撃でないから大丈夫……だと思いたい。
 そして邪神が呆然と立っている。
 萃香様が勝利の咆哮を上げる最中、ボールが動く。
「い・ぶ・き、萃香ぁ~!!!」
 ボールを押しのけて軍神が出てくる。
 服がボロボロ、頭も怪我したのか血が滴っている。それでも怒気を巻き散らかして顕現する。
「はっ、良い度胸じゃないか! 悪鬼退治だ!! 粉々にしてくれる!!!」
 普段の丁寧な語調が崩れて、キレッキレの状態になっている。邪神ですら、何も言わずに道を開けた。
 そして、ホイッスルが鳴り響く。
「試合、終了、伊吹萃香選手失格! 同時に大会規定違反により追放! 三位決定戦は参加を認めません。四対ゼロにより勝者、アルティメットゴッズ!」
 決着がついたにもかかわらず神奈子が止まらない。
 「叩きのめす!!!」、荒れる神を止めたのは依姫、正確には「建御雷大神」だ。
 「いい加減にせんか!!!」、神同士の怒号が飛び交う。……向こうは向こうに任せよう。
 文には少しだけ我慢してもらう。この状態で萃香様を放っておくことはできない。
「萃香様、まずはおめでとうございます」
「おお、椛か、いや~楽しかった。思いっきりやって敵を叩き潰す。全力全開で暴れられて私は満足だ」
 頷く。鬼というのはこういうものだ。力の限り暴れるバトルジャンキー……戦いでならこれほど頼もしい存在はいない。だけど、今日はスポーツだ。ルールがある。
「萃香様が満足されて私共も出場した甲斐がありました。
 最後に一つお願いがあるのですがよろしいでしょうか?」
「なんだ? 気分がいいから聞いてやらなくはないぞ」
「穏便に後始末をお願いできますか?」
「後始末? ああ、会場のことか、任せろコートも観客席も直す」
「あともう一つ、人妖の輪の修復もお願いします」
 萃香が眉を上げる。私は猛っている神奈子を指さす。
「ああ、なるほど……まあ、確かにやりすぎたか、頭を下げてくる」
 すっと体が元通り小さくなる。
 神奈子の罵声の前で、潔く頭を下げているのが見えた。神奈子は謝られて矛を収めざるを得ない。再戦の約束だけしてようやく引き下がっていった。
 あと、二回頭を下げてもらう。
「萃香様、あと二回です」
 萃香様がショックを受けたように私を振り返る。それに答えるように審判を指さす。
「下手をすると、永久追放をくらって二度と出られなくなりますよ?」
「何!? そいつは困るぞ!」
 審判の前に手をついて謝っている。そして、巻き込んで悪かったと、謝るから永久追放だけはやめてくれと叫んでいる。
「……正直、あなたは永久追放がふさわしいと思っています。ですが、観客と主催者の意見も聞きましょう。主催者が“呼ぶ”となったら、私一人が反対しても意味ありませんしね」
 萃香様がはっと顔を上げる。そして、観客に対して座りなおし、手をついて頭を下げる。観客は今の衝撃に驚きすぎている。萃香様の機嫌を損ねることはできない。呆然自失のまま、永久追放を否定する。そして次はチルノだ。
 チルノはフランドールと一緒にいる。衝撃波はフランドールが防いでいた。
「あ……主催者殿……この伊吹萃香、かしこみ申し上げる。
 暴れて申し訳なかった」
「お前、自分でフランに大会をぶち壊すなって言っておいてさぁ、意味ないじゃん」
「も、申し訳ない。この件、ご容赦願いたく」
 いつになく萃香様が丁寧になっている。戦闘狂であるがゆえに戦いを取り上げられることが恐ろしくて仕方ないのだろう。加えてチルノは子供だ。怖いと思わせた時点で永久追放が確定する。チルノがため息をつき視線を審判に向ける。
「なぁ、映姫、萃香は三位決定戦には出さないのか?」
「審判権限で絶対に出しません。萃香選手がコートに上がった時点でアンリミテッドパワーズはチームごと失格処分にします」
 この審判はすごいな。萃香様にここまで言い放てる奴は妖怪の山には居なかった。そしてチルノもすごい、萃香様に対して脅威を抱いていない。
「じゃあ次、次回大会でお前を叩き潰す。萃香、必ず出ろよ。あたいが勝つんだからな」
 萃香様の顔がパァッと明るくなった。飛び上がるように立ち上がると腰を折って頭を下げる。
「裁量に感謝する。次も変わらぬ力と技をご覧にいれましょう」
 言い切るが早いか黒い霧となって霧散してしまった。
 審判を見れば、「やはり追放が妥当か」と小言が聞こえる。
 まあ、一応、謝ってほしい人には全員頭を下げてもらった。穏便に試合の始末がついて何よりだ。会場よりも、コートよりも、関係の輪の修復が一番難しいのだから。
 袖が引っ張られた。
 いつの間にか袖の口に小鬼がいる。萃香様は大きさ自在の鬼、大きくもなれば、小さくもなれる。
「……萃香様、どうしました?」
「あと誰に謝ればいい?」
「審判のおかげで謝ってほしい方には全員謝っていただきました。もう大丈夫ですよ」
「そうか、ならば、最後に天狗を集めろ。お前達にも一言謝る」
「それは必要ありません。我々はあなたの配下ですから、頂点が決めたことに異論はありません。皆そういいますよ」
 小鬼はそれを聞いて、頷く。
「椛、ではお前から、私が”迷惑かけて悪かった”と言ったことを伝えてくれ」
 そうして黒い霧となって霧散する。
 私は考えを切り替える。さあ、文を救急所に連れて行こう。
 
 幻想郷ドッジボール大会、いよいよクライマックス。
 アンリミテッドパワーズ、三位決定戦へ。そして、アルティメットゴッズ、決勝へ。

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