Coolier - 新生・東方創想話

第一回幻想郷ドッジボール大会

2017/12/13 21:41:12
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幻想郷第一回ドッジボール大会 三位決定戦 
フェアリーミックス VS アンリミテッドパワーズ

 臨時で一時間の休憩が入る。理由は準決勝第二試合がひどすぎたせいだ。決勝進出の神奈子が全身打ち身の上に額を切る大怪我、早苗が魂の亀裂、にとりが腰を強く打ってギックリ腰寸前だった。無事なのは邪神、諏訪子と吹き飛んだ衝撃を回転で殺した雛だけ。
 対戦相手のアンリミテッドパワーズのほうは文が翼の根本の飛翔骨(それも左右両方)にヒビ……永琳が主催者を盾にとって休憩時間を要求するわけである。
 私は文の傍に座っている。文は翼と体を完全にギプスで固定されて機動力が完全に死んだ。
「これじゃ飛べません」
「いい機会じゃないですか。少しは大人しくしていれば、永琳さん曰く“ギプスは一週間後に外す”とのことです」
「一週間も飛べないのですか!? あのやぶ医者」
 起き上がろうとするので肩を抑える。
「寝ててください。それより三位決定戦ですが、勇儀様は「フェアリーミックスはお前ら天狗に任せる」とのことです。流石に戦いにならないとのことで一応、大将代行で顔は出すそうですが、戦力としてあてにするなとのお達しです」
 こちらの戦力は萃香が出場停止、勇儀が試合放棄、文がリタイア……つまり、はたてと私しかいないってことになる。
 ああ、負けて後ろ指をさされる気がする。しょっぱなから二対五で、音声封鎖、視界錯視、環境変化をくらったら抵抗できずに全滅すらあり得る。しかも相手チームは全チーム中で最弱と言っていいチームだ。
 審判のコールが鳴り響く。三位決定戦が始まる合図だ。
 コートを見ればフェアリーミックスが入場済み。こっちのチームは誰も入場していない。
 ため息をつきながら入場する。
 ……そういえば、はたてさんは? あたりを見渡しても影すら見当たらない。コート上では自分ひとり……審判が疑惑の目を向けてくる。
「アンリミテッドパワーズ、ほかのメンバーはどうしました?」
 その声にこたえるように勇儀様が入場してくる。
「私らは椛に任せたんだよ。まあ、一対五でも勝てるんじゃないか?」
 そんな過度な期待はしないで欲しい。一人で勇儀様の前で赤っ恥を掻く覚悟をしろというのか……天狗社会は厳しい。
 さらに結界に入ってくる人影が見える。あれは文だ。
「あーあ、飛べないから機動力がガタ落ちです」
「……あんたは寝てろよ」
 思いっきり普段の口調が出てしまった。その言葉を耳ざとく聞きつけて鼻を鳴らして反論してくる。
「フェアリーミックス如き、足が生きてりゃ十分ですよ。翼は使わない……いいハンデじゃないですか。それとも、そんなに私が心配ですかぁ~?」
 満面の笑みでこっちを馬鹿にしてくる。確かに脚力だけで私よりは速いだろうが、傷に響くものがある。安静第一には変わりない。
 何時になく真剣な顔で向き直って警告を――。
「ぜっ、っぜっは、やっと、戻ってこれた。おまたせ椛! 私だって頑張るんだから!」
 なぜか、思いっきり文が舌打ちしている。はたてが掲げた手には自身のカメラが握られていた。
 ……なるほど、天狗のカメラであれば、もしかしたらサニーの光学分身をはぎ取れるかもしれない。
 全員で整列する。
「椛、作戦も含めてこの試合の全指揮を任せるぞ。文は怪我してるし、はたては実戦が足らなすぎる」
「……勇儀様は?」
「たまには、天狗の指揮下ってのも悪くはない。命令するなら従ってもいいぞ。お前が私を使いこなせるならな」
「遠慮します。勇儀様はコート端で我々を見ていてください。妖精五人なら天狗三人で勝てますよ」
 勇儀様は「ははっ、なら高みの見物としゃれこもう」と言ってコートの隅に移動して結界に寄り掛かる。
 私の指示は文が中央後方、はたてがコート中央、私がコート最前線である。しかしこれは試合が始まった後のことだ。
 試合開始直前のフェアリーミックスの陣は初期配置でチルノが中央、ボールを挟んで私が中央に立つ。脚力に任せてボールを奪う。
 短距離最速のクラウチングスタートの構え……文を頼るまでもない。白狼天狗に陸走で勝てると思うなよ!
 準備が完了して審判がホイッスルをくわえる。
 真横でガサっと音がする。
 目端でとらえた文が同じ体勢をしている。
「何の真似です?」
「椛の真似です」
 ホイッスルが鳴る。
 ちょっとイラっとしてスタートが遅れた。だけどこのぐらいの遅れはすぐに取り戻せる。四肢を使った全力加速! そして二の足だけで横に並んで文がいる。正面のチルノは問題にならない。残り距離五メートルでチルノの残りは十メートルだ。
 光学分身と音声封鎖が発動する。
 だが気配だけで横には文がいるのがわかるし、嗅覚だけでボールの位置はわかる。
 ボールを手で押さえる。
 バックステップで距離を取る。匂いではたてを追う。はたての手を捕まえてカメラごと握る。これはカメラで光学分身をはぎ取ってほしいというシグナルだ。
連写「ラピッドショット」
 相手コートの光学分身がわずか数秒はぎ取られる。
 良し! 見えた! ルナチャイルド!
 天狗の反射神経と運動能力は、他の並妖怪よりも頭一個分抜き出ている。迷わずショット!
 速球が飛ぶ、しばらくして歓声が聞こえた。
「ルナチャイルド選手アウト」
 これでようやく声が通じる。
 これが妖精でなかったら、敗北したであろう能力の集団である。君たちのことは一回戦から見ていた。きっと体が小さくて他の人より弱いことを自覚していたからだろうな。どの試合も強敵の連続だったはずだ。
 そうだとも、きっと私だって強敵のはずなのだ。全力で勝ち、君たちの考えが正しいことを証明する。
 ルナチャイルドが消えたことにより音で相手の動作を探る。大妖精の呼吸とパキリ、パリと凍り付く音……ハイアングルインビジブルショットだ。
 笑う。風見幽香レベルの扱いだ。恐らく連中には自分以上の相手のレベル差が理解できていない。自分以上を単純にひとくくりにしていると思う。
 衣擦れ音から大妖精が投球したことを察知する。
「はたてさん!! 今!」
 一瞬、光学分身も透明化をもはぎ取ってボールがあらわになる。地面を蹴って結界を蹴って、ボールをとり抑える。……冷たい! 流石に複数の術の上からだと冷気までははぎ取れないらしい。
 ちょっとはたてさんの準備を待つ。攻撃直前で相手の分身をはぎ取ってもらって、次はサニーを倒す。
 私の合図で光学分身がはぎ取られる。
 ? チルノしかいない! 正確にはチルノの陰に全員が隠れた! さすがは大将、頼りにされている!
 標的変更! 狙いはチルノ! 実力からして手加減不要! 全力投球だ!
 命中したチルノが転倒している。支えた大妖精も巻き込んで氷漬け! それでもボールを完全に抑え込んで立ち上がってくる。
 チルノが地面に手を添える。コートが凍り付いていく……委細問題なし! 我ら白狼には氷に打ち勝つ爪がある! 凍土にすら負けない体毛がある!
 フェアリーミックスが一気に道を開けた。氷の妖精がアイスホッケーで突撃してくる。……これは、ちゃんと見ていたよ! アイスアクセルフリーズショットだ!
 相手チーム最速最強の技だ! 瞬時に身を伏せる。四肢を氷に食い込ませる! 弾道を見切ってかわす! 油断はしない! どうせここから鋭角に……!
 ボールは曲がらず。はたてを直撃した!
 直撃したボールから凍結パワーが伝導しはたての服を凍り付かせる。
 はたては動けずにそのままひっくり返る。
「はたてさん! うっ、服が……」
「ご、ごめん椛、服を固められちゃって、取れると思ったのに」
「姫海棠はたて選手アウトです」
 相手コートでは敵を討ったみたいに大歓声を上げている。
「やった~、これでもう分身は破れないよ!」、「絶対にかあぁっつ!」、「あと三人だよ!」、「次、次は私にやらせて!」
 拳をぎゅっと握る。私を敵としてすら見ていなかったのか? はたての退場とともにボールに手をかける。
 凍土をかける。思いっきりボールを投げる。狙いは大将!
 ボールは命中した後に空中で止まる。衝撃を殺された後のボールはパーフェクトフリーズで凍ってしまう。跳ね返った後でも凍らない威力は勇儀様しか出せない。しかし勇儀様では……恐らく貫通する。運がよくて腕が骨折……だからこの試合は戦力外を自覚されていた。
 今度は相手のターン、スターサファイアがにたりと笑う。大妖精が手を添えてボールと一緒に姿を消す。ボールは見えない。光学分身。そしてスターの超ピンポイント攻撃!
 衣擦れの音なら聞こえる……が、弾道予測なんてまだ無理だ。これを予測するなら藍クラスの頭脳が必要、私にはないのだ。
 動き回ってかわす以外にない!
「そんなだから、貴方は敵とみなされないのですよ」
 文の一言に合わせて風が私に向けて吹く。
「少しだけ、手伝ってあげます。狼さんの鼻は良いでしょう?」
 文の能力で風が私を吹き抜ける。もちろんボールの匂いもわかる。そしてその位置も。
 見えないはずのボールを空中でとらえる。
 そしてそのまま投げ返す。
 インビジブルショットのお返しだ!
 直撃したスターサファイアがポカンとしている。
「えっ? え?」
「スターサファイア選手アウト!」
「え? ま、待ってよ。私が投げたはずなのに!」
 大妖精の出現とともにボールが現れる。大妖精は苦虫をかみつぶしたような顔だ。事実がわかってスターはポロリと涙をこぼして退場する。
 悪いことをしたとは思わない。相手は強敵なのだ。
 風と匂い、これがあれば光学分身も、透明化も問題でない。でも風がなかったら、文がいなかったら、当たらないことを祈りながら逃げ回ることしかできなかった。
 相手はさらにみんなで連携して前に出る。大妖精がボールを消して、そのボールをチルノが冷やし、サニーが分身でチルノをシャッフルする。
 シャッフルドインビジブルアイスアクセルフリーズショット、ここにきてまた新必殺技とは恐れ入る。
 そして強力な風が吹く……ボールの匂いがしない!? 
 し、しまった! 氷でボールを覆いやがったな!? 反応が遅れ――
 ボールが跳ねる。全天狗最速が私の前に潜り込んできた。
 射命丸がボールの盾になってアウトになる。
「全く、風切り音で弾道を読めないとか。落ちこぼれすぎますね」
「……ありがとうございます」
「あーあ、この失態はどう責任取ってもらいましょうか?」
「肩でももんであげますよ」
「いいえ、一週間みっちり私の代わりをこなしてもらいます。私が飛べない間のネタ探しをね」
 最悪の雑用を押し付けられた! さっと背を向けるので力いっぱい肩をつかんで振り向かせようとする。悲鳴を上げてへたり込んだので思わず手を放した。
 文の震えた「一週間ですからね」との声に頷かざるを得ない。……くそっ、やっぱり無理してたんだな? たとえ、私が勇儀様の前で無様に散ろうと貴方には寝ていて欲しかったよ。
 これにて三対二、勇儀様の前でこれ以上の無様をさらすわけにはいかないが……次の攻撃を私は取ることができない。チルノを倒したところで、風がなくては光学分身と透明化を破ることができない。……狙うべきは大妖精かサニーミルク、どちらがより厄介かだ。
 サニーミルクかな……たった一つの見えないボールよりも、虚偽が混じったボールのほうが危険なにおいがする。
 目をつぶる、耳に意識を集中する。私ならチルノ以外であれば確実にアウトを取れる。相手は一直線に並んでいる。チルノを正面にして大妖精、サニーミルクの順番だ。声の大小、聞こえ方の違いで配置を読む。さらに集中して位置をつかむ。
 コートを端から端に移動し、連中のフォーメーションをばらけさせる。中央からなら全身をチルノに隠していても、コートの端からなら半身は飛び出しているはず。
 三人がギャーギャー言いながら隊列の向きを変えている。
 良し! ここだ! 結界の壁を蹴って右から左に急反転! 全速力で回り込んで相手の防御の穴をつく。
 私のショット力は恐らく……いや間違いなく、我がチーム最下位。それでもアウトは取れる。相手が弱いからじゃない。相手の光学分身という油断、位置を的確にとらえる耳、正しく相手を理解し、自分の力を把握して攻撃方法をくみ上げる知恵、それらの総合力があったからだ。
 アウトは自分の行動・判断が正しかったと言う結果に過ぎない。それでも握りこぶしを作るぐらいにはうれしい。これまで身につけたことは間違ってはいないし、本番で存分に発揮できた。その証明ができたんだ。
「サニーミルク選手アウト」
 油断はしない。この後のボールは必ず見えない魔球が来る。それが相手の正しい選択で私にはそれを抑えることができない。
 白狼天狗として構える。全神経を集中する。太刀と盾を掲げて睨むように目を細める。
 チルノがボールを凍らせた。……よし、嗅覚は不要。
 大妖精がボールと一緒に見えなくなる。……ならば視界もいらない。
 瞳を閉じて、音だけに集中する。
 歓声を無視する。自分の呼吸を殺す。相手の投げたタイミングだけならわかる。
 ああ、凄いなこの二人は、多分フィギュアスケートのペアダンスだろう。
 チルノが凍結させたコートの上をすさまじいスピードで動いている。大妖精と手をつないで二人で協力しているのが音からだけでも十分に伝わる。
 インビジブルアイスアクセルフリーズショット!
 大妖精が見えない軌道で投げ、パーフェクトフリーズで鋭角に曲がる。隙の無い二段構え!
 投擲の瞬間を音から察知して真横に飛ぶ。そしてバキリと音を立てて曲がったのも聞こえた。
 わからないのは速度だけ! 曲がった位置から飛んでくる方向を直線とすれば大体の弾道もわかる!
 抱きしめるように両手を広げる。ボールが体に触れた瞬間に反射だけで取り押さえて見せるよ!
 ボールが当たる。くそっ、膝上か!
 あっけなくボールを取りこぼした。胸か腹だったなら……いいや愚痴か。相手は私が取りづらい所に狙って当てた。ただそれだけの事だ。
「犬走椛選手アウト」
 不思議と悔しさはない。純粋に相手が強かった。チルノと大妖精に拍手を送り、退場する。
「勇儀様、力及ばずお役に立てませんでした。申し訳ありません」
「ふっ、まあ仕方ないな。ありゃ私にも取れん。私はお前ほど耳は良くないしな」
 コートの退場間際での会話だ。
「ま、曲がりなりにもお前ら天狗を倒してきた連中だ。それなりに相手をするさ」
「勇儀様……あまり無茶苦茶は――」
「わかってるさ。優しくアウトを取らないと永久追放されるからな」
 勇儀様は笑っている。その剛腕をぶん回しながらボールをとりに行った。
 私はそれを見送って試合場から降りる。あとは観戦だけになる。


 時間を見る。残り時間は五分、たった十分の間に、怪我をしていたとはいえ文が、警戒していた椛が、チームに貢献しようとしたはたてが散った。
 少しぐらいは遊んでもいいかもしれない。
 まずは、軽く息でも吹き付けてみるか。
 口を上に向けて息を深く吸う。軽く止めて。相手コートを見る。
 審判が何をする気かと疑惑の視線をぶつけてくるが無視、無視。
 一息に相手に向かって吹き付ける。“鬼声「壊滅の咆哮」”から声を取り去ったものだ。声を入れたらそれだけで妖精がつぶれる可能性がある。
 木の葉の如く二人の妖精が舞い上がった。
 しかし、それでも必死に姿勢を整えている。そこを狙い撃ちにする。手の平にボールを乗せて、もう片方の手でデコピンを打つ。これだけでチルノの全力投球を超える速度が出ている。これに相手が耐えられないのなら仕方ない。
 よけきれなかった大妖精が悲鳴を上げる。ボールに巻き込まれて羽が傷つく。勢い余ってチルノにもぶち当たったそれはパーフェクトフリーズでようやく止まった。
 墜落しそうな大妖精をチルノが支えて二人で地上に舞い降りてくる。
「よくも! よくもっ! 大ちゃんをやってくれたな!!」
 大妖精が弱々しくチルノの名前を言っている。まあ、あのダメージなら大妖精は戦闘不能だろう。
 しっかし、チルノはいい顔をする。怯えが見えない。戦意満々で敵を倒すって意思しか感じない表情だ。私の好きな顔だよ。ちょっと組み伏せて勝ってみたい。
 前に出ようとしたチルノを大妖精が止める。
 ああ、止めてくれるな。こういう間合いは戦士にしかわからない。戦いに酔うってことがどれほど楽しいことか……ま、大妖精にはわからないか。
 必死にチルノにしがみついて耳打ちしている。内容は集中すれば聞こえるかもしれないがそれは野暮だ。
 チルノが大妖精の手を握る。二人で立って仲良く消えた。ボールも一緒にだ。
 ふふ、相手コートで冷気が収束している。インビジブルアイスショットか……少しだけ大妖精にけがをさせたのが惜しく感じる。ペアダンスなんてできないだろう。
 パキパキと凍っていく音が聞こえる。ボールかな?
 息を深く吐く、吐息を吹きつければボールは防げるだろうが、大妖精も吹っ飛んで私は退場になるな。だから吐息は無し。同時に拳圧もなし。
 ……それで、この星熊勇儀にボールが取れないわけはない。見えないボールで、どのタイミングでボールが来るか、たとえわからなくても取れる。
 目をつぶって全神経を触覚に集中する。物体が体に触れた瞬間をとらえる。相手は妖精のボールだ。レミリアのグングニルじゃない。接触から落ちるまでのごく刹那につかみ上げてみせる。
 目を閉じて着弾を待つ。
 ……肩か!!!
 とっさに右手でつかみ上げる。 ! 手ごたえがおかしい! やられた、氷の塊! フェイクだ!!!
 目を見開く、わずかに光を反射する見にくい氷の玉が降ってくる。
 いったいどれが本物だ! 必死に手足を動かして体に触れたフェイクボールを撃墜する。背中に落ちた物も弾き飛ばす。これだけ手ごたえがおかしい! こいつがボールか!
「たはは、参った」
 拳ではじいたボールが転々と転がる。それを確認すると同時に審判の声がした。
「星熊勇儀選手アウト」
 アウトコールと同時に大妖精とチルノが現れる。二人共満面の笑みだ。
「流石、大ちゃん! 頭の良さは天下一だ! 見たかよ勇儀! これがあたいの大参謀だぜ!」
「そ、そんなに褒めないでよ。恥ずかしいよぅ」
 大妖精はチルノの肩にもたれている。それをチルノが手を握って大妖精の手を高く掲げる。歓声が降る。私に勝った二人のために。私も私を力なしに倒したその手腕をたたえよう。
「ドッジボールトーナメント、三位決定戦、試合終了。二対ゼロ! 勝者フェアリーミックス!」
「よくやったぞ。素敵な強さだった。ドッジボールは力じゃない。スポーツだ。ルールがある。ルールの中でよく頑張った。見事だったよ」
 二人のために拍手をして試合コートを降りる。
 コートの外では椛が膝をついて待っていた。
「ご無事ですか勇儀様?」
「おう、無事も無事、優しくアウトを取るってことを教えてもらったよ。やさしいチームだった。怪我一つないぞ」
「それは何よりです」
 そう言って頭を下げる椛、その頭に手を伸ばす。わしゃわしゃと頭を撫でる。椛には頑張ってもらった。文が敗退した後、自力でワンアウトを取ってきた。ふっ、大将代理でも一個も取れなかったのにな。
「椛、お前もよくやったぞ。日ごろから訓練をこなしていればこそだ」
「おほめいただき光栄です」
 嬉しそうな顔だ。少しは成長したくせにかわいい顔をするもんだ。
 ひとしきり撫で終えるとそのまま首をつかむ。
 椛は疑問の表情だ。
「!? ゆ、勇儀様?」
「私はつい最近知ったんだが、狼は逃げ足が速くてな。このまま、残念会と行こうか。萃香もいるし、お前は“はたてよりも頑張ってくれる”よな?」
 椛の顔が壮絶に引きつった。
「や、山の仕事が――」
 ほほう、言い訳する気か、なら権力を使って上からつぶすか。
「文! 椛の仕事は何だ!」
 声を聞きつけて、そそくさと物陰から文が現れる。
「椛の仕事はありません。私が私の権限で椛の仕事をつぶします」
 椛が文に向かって歯を鳴らす。ふふ、元気があっていいことだ。椛を抑えれば文もセットでついてくる。決勝はチーム全員で勝負を肴に観戦しよう。負けたからって楽しむ方法がないわけではない。スポーツってものはいいものだ。


「三位おめでと。チルノちゃん」
 フランドールが目の前にいる。眼力だけで後ずさりしてしまった。手をつないだチルノちゃんはその威圧をまるで感じていないようにフランドールに話しかけている。
「すごかっただろ? あたいはどんな戦いでも手抜きはしないからな。ああ、でもリグルとミスティアには勝ちたかったなぁ。あいつら強かったなぁ」
 フランドールの手が衝動を抑えきれないのか震えている。
「私はチルノちゃんと戦いたかったよ」
「でも寝ちゃダメだろ?」
 チルノちゃんが恐ろしいことにフランドールのミスを指摘している。
「うん、わかってたんだけどね。
 “明日が待ちきれない”そんな感覚が一週間もぶっ続けだったからさ。試合前に体力使い切っちゃった」
「馬鹿だなー、そういうのは溜めて溜めて溜めて当日に爆発させるんだよ」
 フランドールが苦笑いしている。ゆっくりと人差し指をチルノの額に乗せる。
「ごめんね。チルノちゃん、それをやってたら、食い殺してたよ。今日の朝だって抑えきれなかったし、チルノちゃんの全部が欲しかったからさ」
 ピシリと空気が凍る。今、フランドールが本音を言ってしまった。
 他人を食べたいと言ったのか?
 チルノちゃんの視線をくぎ付けにして吸血鬼の目が真紅に輝く、凄い力を感じる。魅了なんだろうか?
 怖くてチルノちゃんの手を強く握ってしまった。
 フランドールのすうっと細くなった瞳がこっちに向く。
 術を邪魔しちゃった?
 不意に近くで柏手を打たれた。びっくりして飛びあがってしまう。
 音に視線を向ければさらに凶悪なレミリアが立っている。
「やめろ、フラン。少しは自制したらどうだ」
「姉さまは良く平気だよね? なんとなくだけど、姉さまも咲夜を食べたいんでしょ? 好きな人のすべてを取り込んでしまいたい。血も肉も魂だって……だよね? 大好きな人ができたからすごくよくわかるよ」
 腕組みしたままレミリアがため息ついて反論をしないってことは肯定ってことだ。
「……そうだな。だから、食べてしまった後のこともわかるよな?」
「うん、そうだね。わかるよ。もう好きな人はいないのだから残りに意味はない、だよね?」
 すっと指を離す。
「ごめんチルノちゃん。今のこと忘れてね。
 あと大妖精、お前がこのことを口外したら殺す」
 ず、随分、チルノちゃんと私の扱いが違いませんか?
 フランドールはこの後、ちょっとだけ前借と言ってチルノちゃんの肩をつかんで軽くついばむようなキスをして目の前から掻き消えた。
 チルノちゃんの様子がおかしい、さっき抑えられた姿勢のまま身じろぎ一つしない。
 「チルノちゃん!」と名前を呼ぶ。はっと意識を取り戻したチルノがフランドールを見回して探す。
 ……多分さっきのことは覚えてないんだろうな。なんで私だけこんなことになったのだろう。完全にフランドールにロックオンされた。絶対に口には出さないけど、どうせならこっちの意識も吹き飛ばしてくれればよかったのに。
 ため息をついてチルノちゃんと一緒に観客席に向かう。観客席では仲間が待っている。みんなと一緒に仲良く楽しい思いでこのくらい気持ちを吹き飛ばしてしまおう。

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