涙に滲んだ手紙を読み、彼女との別れの日を思いだした。
あの日、慌てて彼女の部屋に行くと、既にもぬけの殻だった。管理人さん曰く、数日前に転居の手続きが終わっていたとのこと。
わたしはそのまま、彼女が過去に所属していた大学の研究室に駆けこんだ。彼女の師である教授は、宇佐見さんがより深く、専門分野を学ぶために世界的な権威である研究者の元で学ぶことになったとのこと。彼女がどこにいるのか知りたくて、教授に尋ねると、ハーンさんが尋ねに来ても絶対に教えないでと言われているから。どうか、宇佐見さんの気持ちを汲んで欲しい。そう言われてしまった。
突然の別れだった。
あの日を境に、彼女と連絡が取れなくなってしまった。
メールアドレスも、電話番号も。わたしと彼女が使っていた連絡手段は全て使えなくなってしまった。
なぜ、別れなくてはいけなかったの。
わたしは貴女が居たから頑張れたと言うのに、これからどうやって頑張れば良いの。
わたしは引きこもりがちな弱気な自分を脱却し、決断力のある強い自分になれた気がした。でも、それは常にわたしの傍に貴女が居てくれたから。貴女が居ないと、わたしは元の情けない自分に戻ってしまうわ。
窓の景色を見ると、見慣れた町並みは暗闇に包まれていた。
今日は大学の卒業式。
わたしは部屋の中で時間をかけて、四年間の整理を行いたかった。
卒業式に貴女は居ない。わたしの知らない、どこか遠くの地で研究に励む貴女。
わたしは貴女と一緒に卒業式に出たかった。貴女と一緒の未来が歩みたかった。なのに、なぜ。貴女と別れることになるなら、わたしは変わりたくなかった。ずっと弱いままで、貴女に見守って欲しかった。そうしたら、貴女は傍に居てくれたはずだから。
何度も涙に濡れて滲み、くしゃくしゃになった彼女の手紙。
わたしは、必要のないモノとして透明なゴミ袋に入れる。
手紙は、彼女との思い出が詰まったモノの上にそっと置かれた。
彼女との思い出の品々が詰まった、透明なゴミ袋。いつの間に、袋はパンパンに膨れ、ビニールに接する部分から中に詰まったモノの様子が伺える。
必要のないモノ。そう割り切れば、切り捨てられると思った。でも、そんなにも軽々しく捨てられるモノではなかった。
帰国して家業を継ぐわたしにとって、心残りになる彼女との思い出。
彼女との日々を思い出すと、家業に専念することはできない。だからわたしは捨てたかった。今後のわたしに必要のないモノとして。
頭では理解していても、感情が付いて来なかった。
わたしは、この感情を彼女との思い出と一緒にこの地に置いて行くことにしたわ。わたしの傍に貴女はもう居ない。貴女に付いて行く事は叶わない。貴女を頼ることも出来ない。わたしをメリーと呼んでくれる貴女はもう居ない。
わたしは、大学での四年間を過ごしたこの地に必要のないモノを置いて行き、イギリスに帰国する。
貴方との思い出を。貴方との記憶を。貴女が呼んでくれた名前を。
透明なゴミ袋に貴女が呼んでくれたわたしの愛称を詰めて、袋の口をきつく縛った。
救いのない話はたまに見たくなります。
蓮子側も読んでみたいですね。