部屋着の裾で目元を拭い、片付けを再開する。思い出に浸ってばかりではいつまでたっても終わらない。そう、頭では理解していても、彼女との思い出が詰まったモノを見つけると、共に過ごした時間が蘇って心苦しかった。
彼女との思い出を捨てるなら、大切なアレも忘れてはいけない。
わたしは立ち上がり、旅券を見つけたタンスの引き出しを再び開けた。
ポーチが入っていた棚と同じ場所、小さく区切られ、小物が仕舞える部分にそれはあった。
彼女からもらった、ピンキーリング。
二年前のわたしの誕生日に、お互いに送りあったモノ。
ピンク色の花冠のデザイン、彼女とお揃いのデザインで色違い。
彼女のモノはシルバーの色をしていた。
二年前のあの日のことは今でもぼんやりと、覚えている。
「メリー。誕生日おめでとう!」
「……ありがとう、蓮子。わたし、貴女に祝ってもらえて、とても幸せだわ……」
「うん。私も、メリーにそう言ってもらえて嬉しいよ」
蓮子がわたしの誕生日を祝ってくれた。
華々しく飾られたテーブル。あまりの輝かしさに、わたしが普段使うテーブルとは思えない、ホテルのレストランのように感じた。
華々しいのはテーブルだけにはとどまらない。
わたしと蓮子の小指には、お揃いの指輪がはまっていた。
蓮子とわたし、二人で選んだお気に入りの指輪。
「ねえ、メリー。ピンキーリングの意味って知ってる?」
「……あまり良く知らないわ」
「幸せってね、右手からやって来て、左から逃げて行くって言われているの。新しい幸せを掴みたい人は右手の小指。今ある幸せを逃したくない人は左手の小指に着けるのが良いって言われているんだよ」
「ピンキーリングにそんな意味が……。だからお店で左手の小指の号数測ったのね」
「そうゆうことよ!」
「もう、蓮子ったら……」
わたしの左手の小指には、ピンク色の花冠を模した指輪。
蓮子の左手の小指には、シルバー色の花冠を模した指輪。
あまりの嬉しさに頬が緩んでしまう。でも、それを直そうという気は起きないわ。だって、大好きな蓮子の前だから。蓮子がわたしを幸せにしてくれるから。ちゃんと伝えたいって思うから。
「蓮子……ありがとう。大切にするわ」
「メリーもありがとう。私も大切にするね」
蓮子はそう言うと、わたしの左手を取り、握ってきた。
わたしのリングと蓮子のリングが重なり合う。
ああ、わたしって、幸せ者だわ。
わたしの誕生日を祝ってくれて、こんなにもわたしのことを思ってくれて。
「ねえ、メリー。これからも一緒だよ」
「ええ、ずっと一緒よ。蓮子」
わたしたちはお互いの気持ちを目一杯、伝えあった。
ピンキーリングを見ると流れる様にあの日のことを思い起こした。
彼女と一緒に探したお気に入りの指輪。
毎日欠かさずつけた。倶楽部の活動日だけじゃない。大学に行く時も。ゼミのメンバーで飲み会に行く時も。家に居る時も。
大切に、丁寧に手入れをされた、二年前と変わらない輝きを放つ指輪。
わたしは指輪を、水を掬うように大事に持つ。
今思えば、あの時が幸せの絶頂だったのかもしれないわ。倶楽部の活動を始めて、お互いの気持ちに気付いて、ずっと一緒に居ると誓ったあの日が。
わたしは、心から彼女と一緒に居たかった。けれども、一緒に居られなかった。永遠なんてなかった。
耐えようとした。割り切ろうとした。踏ん切りをつければ、わたしの中で整理がつく気がした。でも、そんなのはただの願望だった。
わたしの心は、バラバラに崩れ落ちてしまった。
指輪は手から零れ、透明なゴミ袋に落ちた。
それがゴミ袋の底に落ちると、虚しくカサッ、と軽い音を立てた。
わたしにはもう必要のないモノ。ただ、そう言い聞かせることしか出来なかった。