Coolier - 新生・東方創想話

残された記憶、残した思い

2017/10/29 01:34:32
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 ああ、ついに、桜の咲く季節になったのね。
 桜は出会いと別れの象徴。そして、節目を迎える人にとって、従来の環境から新しい環境へと移り変わる一つの指標としての役割を持つ。なぜ、そのようなことを考えるのか。それはわたしが今まさに、人生でいくつかある節目を迎えたから。
 見慣れたはずのワンルームは普段よりも殺風景になってしまった。
 荷造りのための段ボール。
 不用品を処分するためのゴミ袋。
 わたしは、今後の生活に必要なモノと、そうでないモノを分別している。わたしに、最初に不必要なモノと判断されたのは大学での四年間を過ごしたこのワンルームだった。
 大学での四年間の蓄積をモノの分別を通してあらためて実感する。
 講義で使った教科書とノート。
 毎日使った、食器やシルバー。
 四季を迎える度に買った洋服。
 まだまだ、たくさん。懐かしいものから苦い思い出まで。
 部屋に付属していた家具と家電を除き、わたしが持ち込んだモノは自身が想像していた量よりも多くて。こんなにも大変だと分かっていたら、もう少し計画的に進めるべきだったかしら。来週にはイギリスに帰国しないといけないから、今週中に転居の準備を終わらせないと。
 部屋のモノひとつひとつに、四年間の思い出が詰まっていた。片付けを怠っていたのは、不必要なモノと判断する踏ん切りがつかなかったから。けれども、判断を下さないといけない時期がやってきた。桜がわたしにそれを告げた。わたしにはもう、思い出に浸る猶予は残されていなかった。
 早朝から始めたおかげで、だいぶ部屋のモノを分別することが出来た。片付けを始めたうちは、必要なモノと不必要なモノを分けるのに迷ってしまい、何度も段ボールとゴミ袋を往復させてしまった。でも、それでは二進も三進もいかないわ。今、ここで区切りをつけないと、帰国したときにわたしは心ここにあらずになってしまうから。
 一度、判断を下したら後の作業は早かった。今まで躊躇っていたモノでさえ一度、不必要と判断すれば、透明なゴミ袋に詰め込んだ。気が付くと、部屋には口を縛られパンパンに膨らんだゴミ袋がいくつも在った。
 とはいえ、気が滅入るのは確かだった。わたしは一息付こうと、ベッドに腰を下ろす。部屋着のあちらこちらにホコリが付いていたけれど、構わずそのまま横になった。
枕元に視線を移すと、一つのデジタルフォトフレームがあった。
 フォトフレームに収まっているのは、わたしと秘封倶楽部として共に活動したパートナーだった。
 毎朝毎晩、眺めたフォトフレーム。寂しいときは抱いて寝たりもした。部屋に写真を飾る趣味はなかったけれど、貴女との思い出をいつでも見たくて、内緒で買ったものだった。貴女が部屋に来たとき、隠し忘れて見つかってしまったのはすごく恥ずかしかったわ。
 寝転びながら、フォトフレームを手に取った。
 側面のボタンを操作すると、保存された写真が切り替わる。
 大学の食堂で秘封倶楽部の打ち合わせをするわたしと貴女。
 カフェテラスでサテライトコーヒーを飲む、笑顔の貴女。
 初めて秘封倶楽部の活動で行った蓮台野の満面の桜。
 貴女に言わるがままに墓石を回したけれど、あんなにも綺麗な桜が広がるなんて。貴女はわたしをいつも驚かしてくれたわ。秘封倶楽部として活動する貴女はいつも輝かしくて。引きこもりがちなわたしを照らす太陽だった。わたしはそんな貴女の傍に居たかった。貴女と居ればわたしも変われると思った。
 フォトフレームを通して蘇る、貴女と過ごした時間。
 ある時を境に、フォトフレームには貴女の写真が増えなくなった。
 貴女との思い出が詰まった写真。
 貴女と過ごした時間を映し出すフォトフレーム。
 わたしは、側面のボタンを押し、端末に保存された写真を抹消した。
 バックアップとしてクラウド上に保存されているデータも全て。漏れなく。
 何も映し出さなくなったフォトフレーム。中身がなくなり、入れ物だけ持っていても仕方なく、わたしは透明なゴミ袋にフォトフレームをそっと入れた。
 貴女と過ごした時間は、必要のないモノだから。

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