立待月の夜、子狐
墨でいっぱいになったノートを見つめて、子狐はため息をついた。
寺子屋から帰ったあとに今日の分の復習をしようと思いたち、ノートを引っ張りだしたのがいけなかったのか。その日は思いのほか筆が軽く、あと十数枚はあっただろうページを、気がつけばほとんど使い果たしていたのだ。いつもならページが無くなりそうなら寺子屋が終わったあとにノートを交換してもらいに行くのだが、まさか一日でこんなに使ってしまうとはまったくの誤算だ。
今やとっぷり日も暮れて、いつもノートを貰いに行っているあの貸本屋も閉店している時間であった。よしんば応対してくれたとしても、こんな時間に小さな子供が出歩いているのが見つかればいらぬ騒ぎになってしまうかもしれない。
そして運悪く、自分の正体がばれてしまったら……。
子狐はふるふると頭を振って想像を打ち消した。
「……明日は早起きしないと」
当然、明日も寺子屋がある。幸い、鈴奈庵の開店時間は寺子屋の授業が始まる時間よりもだいぶ早い。つまり、店が開いてすぐに貰いに行けば、遅刻で先生に怒られずにすむ。……怒られるのはもちろんイヤだけど、それ以上に頭突きされた拍子にしっぽでも出しちゃったら目も当てられないし。
そうと決まれば早く寝ないと。子狐は筆とノートを風呂敷に包むと、寝床に体を潜り込ませた。朝早く行ったらお姉さん、びっくりするかな。そうだ、時間が余ったら寺子屋に行く前にお姉さんとお話しよう。目を閉じて考え事をしていると、意識はすぐにまどろみの中へ落ちていった。