Coolier - 新生・東方創想話

小さな狐のお店番

2017/08/07 21:00:17
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居待月の朝、子狐

 小鈴と店番を代わった子狐がまず最初にしたのは、本棚の調査であった。よくよく考えると、自分は彼女に比べてこの店の本について詳しくない。……全くといっていいほど。どんな本がどこら辺にあるのかくらいは知っておかないと、来たお客さんに怪しまれてしまう。

「……ここは語学の本……と」

 背表紙をざっと眺めて、一、二冊を手に取り中身を確認する。そうして大まかなジャンルを貰ったノートにメモしていく。そんな作業を続けてしばらくすると、玄関の鈴が音を立て、子狐に来客を告げた。

 ……ちょっと早いなあ。でも、これでもいっぱしの狐だもん。よーし、見事に化かしちゃうんだから!

「こんにちは」

 そう言って現れたのは、子狐にも見覚えのある人だ。たぶんこのお店の常連。つまり、半端なじゃあ騙せない。

「いらっしゃいませ! 本日はどんな御用でしょうか?」

 子狐は気合いを入れて小鈴の接客を模倣する。

「……あんた、何言ってるの?」

「……はい?」

 ところが反応は予想外で、なにやら怪訝な眼差しを向ける客。接客がおかしかった? いや、普段どおりのお姉さんを真似したはず。この人はよくお店でも見かける人だし、ちょっとした違いも分かるのかもしれないけど、ここまで言われることは……。

 ……よく、見かける人?

「……あ」

 ここへ来てやっと、子狐は目の前の「客」が誰であるか理解した。上品な和服、綺麗な紫の髪。その人の名は阿求。稗田阿求。本居小鈴の、

 ……丁寧語なんて、使うわけない!

 顔から血の気が引いていく。阿求。稗田阿求。求聞持。妖怪研究家。里の有力者。バレたら……もう里にはいられない……?

 阿求は険しい表情で子狐を見つめた。完全に子狐のことを疑っている。ご、誤魔化さなきゃ! どうしよう、どうしよう。一瞬で喉が渇き、舌先がひりつく。もうだめ、と諦めかけた瞬間、小鈴が寝ている屋根裏から、ケホケホと咳の音が聞こえた。

(……そうだ!)

 はっとひらめく。時間がない、問い詰められる前に……! 子狐は無理矢理に口を開いた。

「あ、阿求だったのね……。ごめんなさい、いま風邪ひいてて……」

「風邪え?」

 阿求の表情がさらに険しくなる。

「そ、そう。朝から熱っぽくて、それでぼんやりしてたから、来たのが阿求さ……阿求だって、気付かなかったの」

 そう言って、子狐はコンコンと咳込んだ。少しわざとらしかったかな、と思いつつもちらりと阿求の顔色をうかがう。張り詰めた空気の中、やがて阿求はため息をついた。

「……分かったわ。じゃあこれ、前に借りてた本、返すから」

「う、うん。確かに受け取ったわ」

 子狐は心の中でホッと胸を撫で下ろす。

「……余計な物に手を出すんじゃないわよ」

「た、ただの風邪だってば。コホッ」

 阿求が店を出てからたっぷり五秒待って、子狐は大きく息をついた。

「あ、危なかったぁ……」

 とはいえ、一応誤魔化せたようだし。そもそも阿求さまは例外。接客としては間違ってないわけだし、むしろ次のお客さんの自信がついた。

 そう思い直し、次のお客に備えて本棚の把握に戻る。するとすぐに、屋根裏から足音が聞こえ、小鈴が顔を出した。

「……そっちは大丈夫?」

「お、お姉さん……寝てなきゃ駄目、だよ」

 子狐は慌てて小鈴を戻そうとする。心配なのもあるけど、同じ人間が二人いるなんて、誰かに見られたら騒ぎになってしまう。

「……やっぱり、私がやるわ」

「そ、そんな! さっきのは少し危なかったけど、ちゃんと……」

「さっきの、っていうのは……ッ。……よく聞こえなかったけど。どの本がどこにあるか分からないでしょ?」

「だ、だから今……」

 だから今覚えてるの。そう言う前に、小鈴の声が遮った。

「ううん、それでなくても、よ。……もう八時半よ?」

「……あ」

 子狐はようやく、なぜ朝早くから鈴奈庵に来たのか思い出した。一応、急げば始業には間に合う。……だけど。

「で、でも。お姉さんが無理するくらいなら、一日くらい行かなくても……んう!?

「だーめ」

 こつん、と。小鈴が子狐の頭を軽く小衝こづく。自分と全く同じ身長の相手を小衝くのは、少し苦労したようだ。

「そんなことされたって、お姉さんちっともうれしくないわよ」

「な、なんでぇ……?」

 子狐は少し涙目になりながら頭を押さえた。大して痛くはないが、自分の気持ちが否定されたような気がして、胸がきゅぅ、と締め付けられる。

「お姉さんの力になろうとしてくれたのは、素直にうれしいわ。でもね、そのために寺子屋をおさぼりするのは感心できないな」

「お、お姉さんには、関係ないでしょ」

 小鈴の物言いに子狐は口を尖らせる。そんなことより、自分の心配をしてほしいのに。どうして分かってくれないの?

「……あなたと同じよ」

「……ふえ?」

 子狐は目を丸くする。同じって、どういうことだろう。

「お姉さんだって、力になりたいの。お勉強、したかったんでしょ? お姉さんにも、応援させて。ね?」

「……どうして?」

「ん?」

「どうして、そこまで言ってくれるの?」

 子狐が尋ねると、小鈴は困ったように笑った。

「……なんでかな。お姉さんにもよくわかんないけど」

「……」

 どろんっ。

 子狐は変化を解いて、ぺこりと頭を下げた。

「……わかった。お姉さん、ご迷惑かけてごめんなさい」

「そんな。迷惑なんて思ってないわ」

「……これ、さっき返ってきた本」

 机に置いたままの本を示すと、小鈴は分かったわ、と言ってそっと子狐の頭を撫でた。

「さ、行ってらっしゃい。みんなが待ってるわ」

「……ん」

 先程ノートにメモした配置図を、ばらけないよう紐からそっと千切り、折り畳んで隠しに仕舞うと、子狐は寺子屋に向かった。

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