【紅魔館:正門前】
「…んぁ?」
空
空が真っ暗
いや真っ黒
いや、紅い 紅黒い
木の葉の向こうに紅黒い霧
目の前には、木の枝の尖端
「!?ッあいぁあァァァァァァ!?」
額目掛けて槍の様に落下して来る木の枝を直前で白刃取り
「!?あァァだだだだだだぁぁッ!?」
…枝の棘がッ 掌に 掌にぃぃ…!!
「何をやってるのよ貴女は…」
ナイフを鞘に納めた咲夜さんが近寄って来た
大層飽きれ顔
「あイや…咲夜さッ、あだだだだ…」
身体を起こし、涙目で掌を診察しながら返事をする
「咲夜さ~ん…手が、手がぁ~…」
ほらほら見て下さいよぅ、真っ赤ですよ?真っ赤 穴だらけ!
「うん、近寄らないで 気持ち悪い」
一歩近付きゃ二歩下がり、三歩近付きゃ一跳び
「あぁん引かないで~ 手当てして下さいよ~…」
「何度言われても昼寝癖を直さないからそう言う罰がに当たるのよ」
(そう言われてもなぁ)
この紅魔館に攻め込もうなんてお馬鹿さんはいないだろうし
野良犬だって恐がって近寄らないんだもん
そもそもこの郷も空飛ぶ輩ばかりなんだから地上の門守ったってしょうがないだろうに…
まぁ空の番なんてさせられたらこうやって昼寝も出来ないけど…
とにかく、暇で暇で仕方無いッ
寝るもやむなしッ
「全く…毎度毎度、余程気持ちのいい夢を見てるんでしょうね?」
「…えぇ、まぁ」
「いい度胸してるわね貴女」
「ぇ」
「ちなみに今回はどんな夢?」
「んー… 館中、あちこちを駆け回ってました」
(馬鹿正直に答えるか…)
「咲夜さんやパチュリー様や、…妹様に話し掛けるんですけど、全然相手にしてもらえませんでした」
「あら ごめんなさい」
「…御嬢様には叱られました 『寝坊助』って」
「私もそうするつもりだったんだけど」
「あとは…」
振り返り見上げるは、最早我が家の紅魔館
赤みを帯びた外壁は高く、分厚く、そして気高くそびえ建っている
「……」
…何故か、あちこちの小さな傷や汚れが目についた
「?何よ?」
…古い建物なんだなぁ 当たり前だけど
「…私が、初めてここに来た時の事を…」
「思い出したの?」
そう言えば咲夜さんには話してたっけ
私がいつ紅魔館に来たのか全く覚えてないって
「ん~…見た気がしないでもないんですが…」
血の様に赤い夕日
砕け散った大地
ズタボロにされ、倒れ伏した私
「御嬢様にコテンパンにされたと言う事しか…」
そんな私の腹の上に、私よりは少ない傷や汚れを抱えた御嬢様が仰向けに倒れ、満足そうに高らかに笑い上げていた
「なぁんだ、私の想像通りじゃないの つまんない」
…口外したら殺される…
ただでさえただの夢でしかないんだし、黙っとこ
「あと、は…」
拳にぎにぎ
先の枝が刺さった穴達が悲鳴と血を洩らすが、強く強く強く握る
「…何でしょうね、今日は…何だかやる気出て来ました 門番の仕事」
全身の“気”が掌に集まり、毒素に喰らいつく像が浮かぶ
「思いっきり寝てたじゃないの」
うぐっ
「いえですからその間に見た夢のお陰か、何故、か…ッ」
ぁ 速い
「って事は何?普段はそんなにやる気出る様な事は無ッ…」
私の様子から事態を察したのか、私と同じ方向を睨み、右手がナイフに延びる
横目に盗み見た、細められたおめめに被さる睫毛が綺麗
「……」
数は…三人
違う二人
…若い
「…貴女ならもう気配で分かる距離、か…」
そう 人間の咲夜さんには気付けない距離だ
森の木々の向こうから、凄まじい“気”が迫っていた
無邪気でもあり、容赦無くも感じ
そして…強い
「この紅魔館を目指すだけの事はありますね」
「どう見てもここが霧の出処だからね…偵察位は来るでしょうね」
儀式については聞いてたし、それに伴い警戒体制の強化を言い渡されたが…
ホントに来ちゃうかぁ この紅魔館に ただの人間が
「私は館に戻るけど…任せていいわよね?」
「勿論!」
「頼んだわよ」
「えぇ!」
自覚出来る位には普段には無い明瞭な返事に、咲夜さんも若干面食らっていた
いいもの見れちゃった
「よぉぉぉ…っし!」
咲夜さんが館に飛び去った後も、正体不明の活力に身体が沸き立つ
普段はのんびりダラダラしていて、気を操る事を看板とする紅美鈴ですらも絞り出せないやる気が、悦びとも怒りとも区別のつかない激情となって美鈴を爆発させんと濁流の様に溢れ出る
これも御嬢様の広めた紅い霧の効能だろうか
「…不肖っ」
それを、拳と掌を打ち鳴らし 捌いた脚を踏み締め、腕を振るって纏めあげ、深く吐き出す吐息と呟きを以て手綱を引き絞る
「紅魔館守衛隊隊長 兼 正門専属守衛 …兼、終身名誉?庭当番 紅美鈴」
即席の間抜けな名乗りとは逆に、龍の形と成った活力が美鈴の芯から脳天へとブチ抜き、けたたましく吠えながら天へと昇っていく
掌からの出血が蒸発する
痛みが砕ける
「我らが主レミリア・スカーレットの御身と野望…と、皆さんの生活を御守りせんが為」
目が冴える 冴え渡る
たった一つの、しかし強大な使命感が燃え上がる
「大手を振って立ち塞がりましょう…!!」
守り抜く
主人も 友人も 同僚も この暮らしを
私が大好きな全てのものを
例えこの腹を壁の様に打ち抜かれようと
頭蓋を屋根の様に砕かれようと
目玉を硝子の様に割られようと
全身を消し炭になれまで焼かれようと
腹を一本貫くこの熱い柱がある限り、分厚い門となって永劫立ち塞がり続けよう
さぁて、始めよっか
「ほえ?」
誰かの声が聞こえた気がして振り返るが、門の柵越しに紅魔館がそびえ建つだけ
それだけだった
ぺージ変えて間を持たせないよ。