Coolier - 新生・東方創想話

私は本である。

2015/04/17 00:50:20
最終更新
サイズ
41.05KB
ページ数
4
閲覧数
3532
評価数
6/10
POINT
600
Rate
11.36

分類タグ



私は本である。正確に言えばグリモワールの一種だ。
私はこれまでに、様々な持ち主のもとを転々としてきた。それこそ名高い魔導の者、あのジョナ・ファルコン司祭のもとにもいた事もある。偉大な魔導書である。
ジョナ・ファルコン司祭は私のことを「これまでに類を見ないほど珍しい魔導書である。この本の存在自体が大いなる魔法だ」と評している。繰り返して言うが、私は偉大な魔導書である。
そして今現在、私は『ヴワル魔法図書館』と呼ばれる場所に所蔵されている。所蔵なんていうのはかっこいい言い方で、ほとんど死蔵と同じと思われる。ここは全ての本の墓場だと思う。ここにいる本たちは皆、退屈そうにして「ケツがいてぇ」だの「たまには甘いもの食いてぇな。口ないけど」だの、聞くに堪えないことをブツクサと呟いている。
この前のことだ。私の、斜め下にしまわれている本二冊が何やら会話していた。
「この前、例の盗人魔法使いを見たよ」
「ほう。ここに来たのか?」
「ああ、気付かなかったのか?」
「どうやら居眠りをこいていたらしい。あまりに退屈なもので」
「それは無理もない」
「で、どんな感じだった?」
「小娘だった。金髪の、まだ二十歳にもなっていない。箒にまたがって、あっという間に飛び去ってしまった。私も、見たのは一瞬だったから事細かくは分からないが」
「一瞬だったって、魔法使いはここでなにをしていたんだ」
「どうやら、パチュリー・ノーレッジから逃げていたらしい。あとから同じ速度で魔法使いを追いかけていった」
「なるほど。に、してもか、盗人魔法使いかぁ」
「どうした?まさか本のくせに恋でもしたか?」
「いやなに、もし自分を読んでくれるんだとしたら、盗人でもいいから読んでくらないかなぁと」
「そうだなぁ。こんなところで退屈しているよりは、盗まれるでもして、誰かに読まれたいよなぁ」
「本というのは難儀だな」
「あぁ、難儀だ。今度生まれ変わったなら、私は人間になりたい。こんな、自分ではどうにも動かない体は不便で仕方がない」
「ははは、同感だな。しかし、ここにいる限りそれは叶わぬ夢だ」
「そうだな。ここは俺たちにとって死ねるところでも生きるところでもないからな。はぁあ、甘いものでも食べたいなぁ。口ないけど」
 聞いているだけで滅入ってしまう会話だ。しかし、彼らのいうことに不正解はない。ここにいる限り、私達は永遠の退屈と戦っていかねばならない。
 盗人魔法使いの姿は、その時私も見た。これも彼らの情報に嘘はない。ただ、魔法使いが本当に私達を盗んで、それを読んでいるのかは疑問がある。私も見たのは一瞬だったが、それでもやはり、年端もいかない小娘だった。私達を読んで理解できているとも思えない。もしかしたら、彼女は私達をどこかに売り飛ばしているのではないかと私は思う。風の噂では、いままで盗まれた本達は、まだここに帰ってきてはいないらしい。それでも、売られていくのであればまだいいが(というか、それが最善である)、別の意図があって私達を盗んでいく場合、これは怖い想像である。なんでも魔法の中には私達を材料にして発動する魔法もあるらしいのだ。盗まれていった者達はそれの材料にされているのではないだろうか。
 ま、考えようによっては、それもいいことなのかもしれない。ここで生きることも死ぬこともできないよりは、いっそ一回死んで、人間として生まれ変わるのもまた一興である。
 コツン。
 いま、向こうの方で、物音が聞こえた。それは私だけではないようで、私の周囲の本たちも、その音の方向に神経を傾けた。
 コツン、コツン、コツン。
 そしてそれが一定のリズムで、しかも近づいてくることがわかると、誰かの足音であることは明白な事実のように思えた。
 そして、薄暗い空間の中からシルエットが浮かび上がって、黒いとんがり帽子に金髪のおさげまで確認できるところまで近づいてくると、本たちも忙しくざわついた。「盗人魔法使いだ」と誰もが不安と好機の目で彼女を見た。
 無論この声は、私達にしか聞こえないことであり、目の前の小柄な少女にはもの静かな本だらけのカビ臭い空間にしか見えてないだろう。
 彼女は静かに周囲を見回した。どうやら、視線で今日の獲物を物色しているらしい。
「俺を!俺を取ってくれぇ!」
そう叫んだのは、先日の盗まれたいと言っていたあの本だ。一瞬本たちはシーンとなると、一斉に「俺だ俺だ」「私よぉ!」と魔法使いに向かい自己主張を始め出した。
うるさい連中である。その声が彼女に届くわけがないのに。私はここに来てビビるわけではないが、やはり、処分される可能性のあるところになど行きたくはない。なるべくじっとしていようと思う。
あ、こっち見た。
こ、こ、これはまずい。べべべ別に、びびびびビビっているわわわけではないが、こここういう時になにもできないのだだだから、ししししょうがないのであって、そそその何だ。あぁこっち北!く、くく来るなって!手を伸ばすなって!
盗人は静かに私を広げた。
「なんじゃこりゃ」
第一声の感想はそれだった。なんじゃこりゃとはなんじゃ。
「おう、これどうなってる?おう!私の言った言葉がこの本に書かれていくぜ!」
 うるさい!早く元の場所に戻せ!
「すげぇ!もしかして会話してる!?」
うるさい!してない!できない!たかが一冊の本にそんなことできるわけない。だから早く棚に戻してくれ。
「できてるぜ!」
だ、だから、できないって!
「だから、できてるって!」
そう言いながら盗人は、私を
「盗人じゃねぇ。霧雨魔理沙な。魔理沙でいいぜ」
・・・魔理沙は、私をパラパラとめくった。
「盗人魔法使いって私のことか」
魔理沙は周囲を見渡し
「はん、死蔵ね」
とニヤリと笑った。面倒くさい事実を教えてしまったのかもしれない。
 魔理沙はもと私のいた場所から斜め下の棚を見て
「デザートのレシピ本?」
お前の正体それだったのか。だからずっと「甘いものが食べたい。甘いものが食べたい」って言っていたのか。というかなんでお前と私が同じ棚の中だったんだ!?
「ふーん、興味なし。本当に口があったら面白かったけどなぁ」
デザートのレシピ本を元の棚に戻した。魔理沙は私に目を落として
「お前は家に帰ったら、じっくり調べてやるから」
そう言って、私を自身のかぶっているとんがり帽子の中にしまいこんだ。当然だが、帽子の中は真っ暗であった。どうやら私は彼女の頭の上に直で置かれているらしい。なんて雑なんだ。
一瞬光りが刺した。私の上に、ドサッと、もう一冊の本が乗っかる。
「うわ、雑だなぁ」
彼は言った。
「本当、難儀ですね」
私がそう言うと彼も
「ええ、本当に」
それからドサドサ、ドサドサ幾つかの本が私の上に積まれていき
「うん、どっちにしようかな」
最後の本を手にとって、魔理沙はそう言った。ふわっという自分が上に動いている感覚がした。実際に彼女が宙に浮いているのだろう。上の段の本を選んでいるのだろうか。次の瞬間、今までとは違う素早い挙動で本を帽子にしまいこんだ。
「ごきげんよう。魔理沙。挨拶早々悪いけど、あなたの今日の収穫分、全部返してもらうわよ」
馴染みのある声。パチュリー・ノーレッジ氏である。現在の私の主人、死蔵の主だ。
「ごきげんよう。パチュリー。ちょっとなに言ってるかわからないけど、これから私は大事な用があるんだ。面白いものを見つけてしまったんでね。お前とここで遊んでいる暇はないんだな。残念ながら」
「その面白いものを返せっつってんのよ!」
とても大きな音がして、帽子の中は右に左にグラグラと揺れていた。ジェットコースターという乗り物には乗ったことがないが、多分こういう感じなのだろう。
「危ないやつだぜ。本当ケチだな。だから本たちにも死蔵とか言われるんだよ」
魔理沙はぶつくさそう言いながら器用にかわして、いるのだと思う。なにせ見えないのだからこれは私の想像である。しかし、彼女の余裕の口ぶりから察するに多分そうなのだろう。
右に左にぐらつきながら私達はわーぎゃー喚いていたが、一冊だけ
「魔理沙たんハスハス。魔理沙たんハスハス」
と気色の悪い声を発する本がいて、ダブルパンチで私は嫌な気分になった。
 しばらくすると揺れも落ち着いて、パチュリー氏の声も聞こえなくなった。風をきるような音が目立っている。どうやら逃亡は成功したようだ。そこからは大した揺れもなくわーもぎゃーも言わなくなったのだが
「魔理沙たんの汗の匂いがぁ。クンカクンカ、クンカクンカ、柑橘レモンの匂いぃ」
という声は収まらず、私は諸行無常、明鏡止水の心で聞き流すことに励んだ。
しばらくすると体が下っていく感覚がした。どうやら、目的地はもうすぐのようだ。
地面に降り立った感覚がして、ぎぃ、という扉を開ける音がした。
彼女はいきなりとんがり帽子を上に上げた。私達はドサドサドサと地面にたたきつけられた。
「うぅ、痛い」「ざ、雑だなぁ」という呻き声が私達の中で広がる。私も例外ではない。
「本当に、難儀だ」
私も呻くように言った。
「さてと」
魔理沙は崩れた本の中から私を拾い上げた。
「お前のことを話してもらうぜ。・・・雑で悪かったな」
詫びている様子もなく、彼女はそう言った。
「なんだよ。詫てるって。悪いと思ってるよ」
いちいち、私の『語り』に反応するな。気持ち悪いだろ。
「こっちのセリフだぜ!なんだよ魔理沙たんハスハスって、どの本だ?」
わからん。なんせこっちは積み重ねられたうちの、一番下だったんでな。
「だから悪かったって、で、どの本だ」
話を聞いていないのか!?
と言いながら、それを見分けるのは簡単だった。未だに「魔理沙たんの白ドロワァ!」と叫んでいるのだ。
「あぁ、この足元のやつか」
ドロワーズを見られたことに対して恥ずかしがる様子もなく
「まぁ、そんなこと気にしてたら箒で空なんか飛べないしな」
・・・魔理沙は私を広げたまま机に置き、って部屋汚いな!ま、まぁいい。机に置いて、その本を見た。
「生贄の魔術?こんな本取ったっけなぁ」
最後じゃないか?
「最後?」
ほら、パチュリー氏が襲いかかってきた時、君慌てて本入れただろう。その時に迷っている本の、多分どちらでもないその隣の本を間違えて取ってしまったんじゃないか?
「あぁ、そうかもしれん」
魔理沙はその本を開いた。
「あぁ!魔理沙たんが僕の中を見ているぅ!ま、ま、魔理沙たぁん!」
「あぁ、あのよ」
魔理沙は顔を赤くしながら、誰も居ない空気に向かって喋った。
「お前に言ってんだよ!頼むから、この生贄の本の事は書かなくていい」
それは無理な相談だ。私は事実のみを語るようにできている。
「気色悪いんだよ!これからどんな目で魔導書を見ればいいんだ」
畏怖畏敬の念を込めて見ろ。
「さっきまでめちゃくちゃびびってたくせに!」
びびびびびびびビビってないわ!
で?そいつにはどんなことが書かれてるんだ?
魔理沙は気を取りなおして『生贄の魔法』読んだ。
「ふん、えーと・・・この魔法を行うには、まず、この世に産み落とされてからまだ二十の年を過ぎていない処女の体を必要とする・・・気色悪い本だな」
なるほど、つまりお前は『この世に産み落とされてから二十年経っていない処女』なわけだ。
「は、はぁ!?」
魔理沙は先程以上に顔を真っ赤にした。どうやら図星である。
「しょ、しゅしょ処女って、た、確かにそうだけど、その」
処女と言われただけでそこまで動揺するとは。ま、その本もお前のそういう処女の部分に反応していたわけだ。
「ぐぬぬぬ、くっそ!こんな本!」
魔理沙は懐から七角形の箱のようなものを出した。表面には魔法陣にようなものが書かれている。魔理沙はその魔法陣を表に、私の隣に置き、その上に『生贄の魔法』を投げた。
「喰らえ!」
その時私は恐ろしい光景を目にした。その魔法陣から縦に強力な光が飛び出たかと思うと『生贄の魔法』を包みこんだ。そしてそのまま「魔理沙たぁぁぁぁぁぁん!」と断末魔を上げながら最後に「それでも、す、き」と言って『生贄の魔法』は消滅してしまった。
 質はどうであれ、同じ同胞のあのような結末を見て私は震え上がった。やはり、こいつは私を燃やすつもりなのだろうか。
「燃やさねぇよ」
魔理沙は「はぁ」と溜息を付きながら私の前の席に座った。
「さてと、それじゃあ、話してもらうぜ」
話すってなにをだ?
「まず、お前はどういう魔導書なのか。題名は何だ?イマイチ読めないが、なんかの暗号か?どうやればお前のようなものが作れる?どういう魔法なんだ?」
 そんなに嬉しそうな目で顔を近づけるな鬱陶しい。質問は1つずつしろ気色悪い。少しは自分で考えたらどうなんだアンポンタンめ。
「何だ、いいじゃないか」
フフン、ま、教えてやらんこともないが、なんだか、ただで教えるのももったいない気がするな。
「なんだそりゃ。ケチだな。持ち主に似たか?」
 ドンドンドン。
玄関のドアからノックの音が聞こえた。
「魔理沙ぁ?いるんでしょう?」
「げ、アリスだ」
魔理沙は面倒臭そうな顔をした。・・・早く出たほうがいいんじゃないのか。
「いいよ。大丈夫さ」
がちゃがちゃ、ガチャン。
鍵開いたんじゃないか?
「ま、まさか」
そのまさかであった。ぎぃ、と扉が開くとそこには、まるでフランス人形を思わせるような美しい少女が立っていた。
「私の時と偉い違いじゃないか」
事実なのだから仕方あるまい?
「誰と話しているの?」
アリス、と呼ばれていた少女は魔理沙を怪訝に見ながら言った。
「いや、あぁ、いいんだ。で、なんのようだ?」
魔理沙は仕方なしにと玄関に向かった。
それにしても、だ。改めてこの部屋を見ていると、汚い。と言うよりかは物と物がひしめき合っている。整理整頓されていない。ジャングルのようだ。それにここに来てから、妙にざわついているというか、落ち着かない。これは一体?
「おぅい」
ん?
「こっちです。下を見てください」
見ると、先ほどの私の次に積み重なった本だった。『追尾魔法の論理』と書かれている。さぞ整った、読み応えのある魔導書なのだろう。
「どうしました?」
「いやぁ、聞こえませんか?」
「と、言いますと?」
「あぁ、耳を済ましてみてください」
こ、これは、呻き声か?それもあちらこちらから聞こえる。
「こ、この声は一体?」
「同胞ですよ!私達と同じ!この部屋のいたるところで本たちが呻いているのです!あなたのいるテーブルの上だとうまく見えないかもしれませんが、下からだといろんなところに埋もれている同胞がよく見えるのです!」
「な、なんということだ!」
 意識してよく聞いてみると、なるほど確かにその声達が明確に聞こえてくる。
「う、うわぁぁ、助けてくれぇ、み、み、水が、し、染みる。う、うわぁぁぁ!」
「きのこがぁ、俺の腹からきのこがぁ」
「僕はもうだめだ・・・。き、君だけでも・・・い、生きて、く、れ」
「いや、いやぁぁぁああああ」
 地獄絵図とはまさにこの事である!なんて恐ろしいところに来てしまったのだろう!
「ど、ど、どうすれば!」
「いや、もうどうしようもありませんよ」
下から何か悟ったような声が聴こえる。
「まだ諦めてはいけません。まだ何かあるはずです」
「私も、長い間生きてきました。いろんな人に読まれて来ました。あの図書館に移されてから、誰にも読まれることもなくなり、ここが私の墓場と思っていました。でも、今になって気付きました」
知っての通り、本に涙腺はない。涙が出ても滲んでしまう。
「墓場を過ぎれば、底にはまだ地獄があるんですね・・・」
私はもう声が出なくなっていた。
玄関の方から魔理沙、いや、憎むべき悪魔が小走り気味に戻ってきた。
「借りた上海、どこ置いたっけな」
そう言いながらそのまま奥へ行ってしまった。すると、玄関から別の足音が聞こえてきた。
「うわ、汚い」
アリスが眉間にしわを寄せて入ってきた。
「ん?なにこれ。うわ」
そして私に目を落とした。
「なにこれ、勝手に字が・・・」
私を持ち上げて、いたるところを好機な目で見ている。
「ふーん。なるほどね。面白いわ」
ペラペラとページをめくりながら、彼女はそう言った。
「ねぇあなた。ここにシミが付いてるわよ」
彼女はそう言っ・・・なに!?
「表紙の端っこのところにぽつんと」
なんということだ。この偉大なる本にシミが付くなど・・・。やはりここは地獄に違いない。
「大丈夫よ。私が消してあげるわ」
彼女は指で表紙の端、しみがあると思われる場所をそっとなぞる。確かに何かが消える感じがする。非常にありがたいことである。と言うかありがとう。
「いえいえどういたしまして。その代わり」
彼女の人差し指がわずかに細かく動くのが見えると、どこからともなく妖精と思われる小型の人の形を成したものが私を掴んだ。人形のようである。
「あなたは私が面倒をみるわ」
そのまま私は宙に浮かび、開いているドアに連れ去られた。下に転がる『追尾魔法の論理』を見た。
「お元気で!」
本に表情はない。だから、彼が今なにを感じているかはわからない。とうとう室内から出て、彼も見えなくなるかならないかのところで
「また会いましょう!」
私は、そう言うことしかできなかった。
 なんだか、変に寂しい気持ちになってしまった。彼はこの先どうなってしまうだろう。この偉大なる本を持ってしても、未来のことばかりはわからない。
 考えても仕方のないことなのだ。たかだか本なのだ。生き物とは違う。天から生を受けている者とは違う。者ではなく物なのだ。全てのもの物は皆、生を受けた者のためにあり、人が満ちれば、物の必要性などなくなる。それが私達の全てだ。
 彼女の好機の目を思い出す。あれは『使う者』の目だった。決していい持ち主とは言えないが、きちんと彼女は彼を本として使ってくれることだろう。そう信じよう。うん。
 いやいや、彼の未来を案じている場合ではない。私のほうがどうなるのかわかったもんじゃない。今私はこの大空の中、アリスが呼び寄せたこの人形に宙ぶらりん状態である。私より小さい人形一体が、私の命運を握っているのだ。物だ者だと言っている場合ではない。下には森の海が大きく広がっている。こんなところに落ちたらたまったものではない。
 ん?なんだ!あれは!真っ黒い丸い塊のようなものがふよふよと浮いている。
 あ、こっちに来る!え、ちょっとどうするのだ。避けろ、避けろって。え?必死に避けている?ごちゃごちゃうるさい?少し黙ってろ?お前、私の言葉がわかるのか!ならば最初からフンとかスンとか言ったらどうなんだ!って、あ、ぶつかるって、あ、うわ、ちょ・・・。
・・・ぶつかることはなかった。どうやら私達はあの黒い塊に飲み込まれたようである。
「なんだー?これー?」
真っ暗でなにも見えないが、間近から幼女の声が聞こえた。って、うわ!
 か、噛み付かれた・・・。
「たべられないー。いらないー」
私は人形ごと、黒い塊から宙に投げ飛ばされた。

コメントは最後のページに表示されます。