秋の博麗神社。
一日のお勤めを一段落させて、巫女が社務所で茶を沸かす。
参道はガランと人気が無く、迫りくる冬を感じさせる冷たい風が時折吹きぬけていた。
「なんだなんだ、閑古鳥もいいトコだな」
そう無遠慮に博麗霊夢に声を掛けるのは、箒にまたがった魔女。
霧雨魔理沙は器用に境内に降り立つと許可を得るまでも無く縁側に座り込んだ。
「しばらくは仕方ないわね」
それを咎めるでもなく当たり前のように湯呑を二つ用意して、魔理沙の傍にお茶を置く。
霊夢も座布団の上に座り込んで西の空を仰ぎ見た。
幻想郷の東の端に位置する博麗神社から見える西の空には、夕日を背に大きな山がそびえている。
通称『妖怪の山』と呼ばれる、幻想郷のランドマークだ。
そこにまさに昨日、完成したものが博麗神社の閑古鳥の原因だ。
「なんだっけ……架空索道……だっけか?」
「何でも、外の世界じゃ『ろーぷうぇい』とか呼ばれてるモノらしいけどね」
妖怪の山にロープウェイを通し、山頂付近にある守矢神社と人里を結ぶ。
二柱の神とその巫女が幻想郷に来てからずっと取り掛かりきりだったその計画が、ついに完成したのだ。
そのエネルギー確保の為に水力発電を作ったり、地底で核融合エネルギー実験を行ったりして、ちょっとした異変を起こしたのは……も
うずいぶん懐かしい話になる。
「まさか、本当に完成しちまうとはなぁ」
妖怪の山でも天狗をはじめ反対派の意見が大きかったはずだが。
最終的には二柱が多少強引な手を使ってでも完成させたらしい。
また守矢か、と言われればそれまでだが。
しかし。
「秋も深まったこの時期に運用開始とは、良い時期にぶつけたもんだな」
「そうね、きっと紅葉も見頃だわ」
守矢神社への信仰はともかく、今の人里はロープウェイの話題で持ちきりだ。
新たな観光スポットとして、しばらくは人混みで溢れ返るだろう。
と、言う訳で。
「しばらくウチはこのとおりね」
湯呑を抱えたまま、人っ子一人通らない境内を眺めて霊夢が溜息を吐く。
その言葉に境内をぐるりと見回して。
「いつも通りじゃん?」
魔理沙の頭にチョップを叩きこみ……霊夢がふと口を閉ざす。
「……どした?」
ん……ちょっと、ね。
「昨日の開通セレモニー……」
人里の里で行われた、ロープウェイの記念式。
そこへ一応境内に守矢神社の分社を構える霊夢、そして魔理沙も招待されていた訳だが。
その時。
「……なんか、変じゃ無かった?」
「変? 何が?」
「んー……、あくまでも勘、だけど……」
口籠る霊夢にずずいと近付き。
この幻想郷で、博麗の巫女の勘ほどアテになる物は無い。
期待の眼差しでこちらを見る魔理沙に、視線を泳がせながら。
「あそこの、神様たち……」
言いかけて。
「霊夢さん! 魔理沙さん! 助けてください!!」
上空から切羽詰まった声が降ってくる。
その主は。
「……早苗じゃないか?」
意外そうな声を上げる魔理沙の視線の先に、飛んでくる緑色の巫女の姿。
まさに噂をすれば何とやら、守矢神社の風祝。
東風谷早苗が思いつめた顔でこちらにやって来ていた。
「どうしたの? 今日は初日でしょう?」
「助けてくれって……参拝客が捌ききれないぐらい来てるのか?」
何それ……ウチへのあてつけ?
魔理沙の言葉に剣呑な視線を向ける霊夢。
だが、その二人の前で早苗は膝に手を付き、大きく息を吐く。
言葉にならない言葉を紡ごうとして、頭を振って。
何事か?
普段とは明らかに違う彼女の様子に、二人が目を合わせる。
と、真摯な視線を二人に向けて、早苗が霊夢にすがった。
おかしいんです! あってはならないんです!
これは……。
「異変なんですよ!」
参道に人々がごった返す。
今日の為に開いた縁日が盛況を見せる。
今まで妖怪しかまともに訪れたことの無い守矢神社の境内。
本殿の両サイドには二柱の神々が神々しい姿を見せて。
鳴り止まぬ鈴尾、次々と放り込まれる賽銭。
そこに溢れ返る人里の人々の姿に、早苗は頬を紅潮させていた。
そして、なにより。
人の身でありながら現人神としてその力を現しつつある早苗にも分かる。
自らの体、そして二柱の身体に流れ込む温かい力。
これが、信仰。
これを求めて、彼女たちははるばる幻想郷の外からやって来た。
ついに自分たちの宿願の時。
確固たる信仰を得て、再び消滅の危機に瀕することが無いように。
「諏訪子様、神奈子様……おめでとうございます!」
敬愛する二柱に、背後から近づいて早苗が胸の内を爆発させる。
これが始まり。今日からが第一歩。
お二方が、幻想郷の神としてますます力を得る為に。
「力及ばずながら、不惜身命でお仕えします!」
大幣を握りしめて宣言する早苗を振り返り、八坂神奈子が何かを口にしかけて……瞳を伏せる。
その瞳に映るのは……。
「神奈子様……?」
いつもと違うその様子に、洩矢諏訪子が言葉を受け継ぐ。
「早苗……」
はい、なんでしょう?
問い返す風祝に諏訪子が口を開く。
瞳を閉じて、眉間に皺を寄せて。
再び開く。
こちらは視線を逸らさない。
大きな帽子を被り、早苗を真正面から見据えて。
その口から出る言葉に、早苗の心が凍りつく。
「……貴女の役目は、もう終わりだよ」
一日のお勤めを一段落させて、巫女が社務所で茶を沸かす。
参道はガランと人気が無く、迫りくる冬を感じさせる冷たい風が時折吹きぬけていた。
「なんだなんだ、閑古鳥もいいトコだな」
そう無遠慮に博麗霊夢に声を掛けるのは、箒にまたがった魔女。
霧雨魔理沙は器用に境内に降り立つと許可を得るまでも無く縁側に座り込んだ。
「しばらくは仕方ないわね」
それを咎めるでもなく当たり前のように湯呑を二つ用意して、魔理沙の傍にお茶を置く。
霊夢も座布団の上に座り込んで西の空を仰ぎ見た。
幻想郷の東の端に位置する博麗神社から見える西の空には、夕日を背に大きな山がそびえている。
通称『妖怪の山』と呼ばれる、幻想郷のランドマークだ。
そこにまさに昨日、完成したものが博麗神社の閑古鳥の原因だ。
「なんだっけ……架空索道……だっけか?」
「何でも、外の世界じゃ『ろーぷうぇい』とか呼ばれてるモノらしいけどね」
妖怪の山にロープウェイを通し、山頂付近にある守矢神社と人里を結ぶ。
二柱の神とその巫女が幻想郷に来てからずっと取り掛かりきりだったその計画が、ついに完成したのだ。
そのエネルギー確保の為に水力発電を作ったり、地底で核融合エネルギー実験を行ったりして、ちょっとした異変を起こしたのは……も
うずいぶん懐かしい話になる。
「まさか、本当に完成しちまうとはなぁ」
妖怪の山でも天狗をはじめ反対派の意見が大きかったはずだが。
最終的には二柱が多少強引な手を使ってでも完成させたらしい。
また守矢か、と言われればそれまでだが。
しかし。
「秋も深まったこの時期に運用開始とは、良い時期にぶつけたもんだな」
「そうね、きっと紅葉も見頃だわ」
守矢神社への信仰はともかく、今の人里はロープウェイの話題で持ちきりだ。
新たな観光スポットとして、しばらくは人混みで溢れ返るだろう。
と、言う訳で。
「しばらくウチはこのとおりね」
湯呑を抱えたまま、人っ子一人通らない境内を眺めて霊夢が溜息を吐く。
その言葉に境内をぐるりと見回して。
「いつも通りじゃん?」
魔理沙の頭にチョップを叩きこみ……霊夢がふと口を閉ざす。
「……どした?」
ん……ちょっと、ね。
「昨日の開通セレモニー……」
人里の里で行われた、ロープウェイの記念式。
そこへ一応境内に守矢神社の分社を構える霊夢、そして魔理沙も招待されていた訳だが。
その時。
「……なんか、変じゃ無かった?」
「変? 何が?」
「んー……、あくまでも勘、だけど……」
口籠る霊夢にずずいと近付き。
この幻想郷で、博麗の巫女の勘ほどアテになる物は無い。
期待の眼差しでこちらを見る魔理沙に、視線を泳がせながら。
「あそこの、神様たち……」
言いかけて。
「霊夢さん! 魔理沙さん! 助けてください!!」
上空から切羽詰まった声が降ってくる。
その主は。
「……早苗じゃないか?」
意外そうな声を上げる魔理沙の視線の先に、飛んでくる緑色の巫女の姿。
まさに噂をすれば何とやら、守矢神社の風祝。
東風谷早苗が思いつめた顔でこちらにやって来ていた。
「どうしたの? 今日は初日でしょう?」
「助けてくれって……参拝客が捌ききれないぐらい来てるのか?」
何それ……ウチへのあてつけ?
魔理沙の言葉に剣呑な視線を向ける霊夢。
だが、その二人の前で早苗は膝に手を付き、大きく息を吐く。
言葉にならない言葉を紡ごうとして、頭を振って。
何事か?
普段とは明らかに違う彼女の様子に、二人が目を合わせる。
と、真摯な視線を二人に向けて、早苗が霊夢にすがった。
おかしいんです! あってはならないんです!
これは……。
「異変なんですよ!」
参道に人々がごった返す。
今日の為に開いた縁日が盛況を見せる。
今まで妖怪しかまともに訪れたことの無い守矢神社の境内。
本殿の両サイドには二柱の神々が神々しい姿を見せて。
鳴り止まぬ鈴尾、次々と放り込まれる賽銭。
そこに溢れ返る人里の人々の姿に、早苗は頬を紅潮させていた。
そして、なにより。
人の身でありながら現人神としてその力を現しつつある早苗にも分かる。
自らの体、そして二柱の身体に流れ込む温かい力。
これが、信仰。
これを求めて、彼女たちははるばる幻想郷の外からやって来た。
ついに自分たちの宿願の時。
確固たる信仰を得て、再び消滅の危機に瀕することが無いように。
「諏訪子様、神奈子様……おめでとうございます!」
敬愛する二柱に、背後から近づいて早苗が胸の内を爆発させる。
これが始まり。今日からが第一歩。
お二方が、幻想郷の神としてますます力を得る為に。
「力及ばずながら、不惜身命でお仕えします!」
大幣を握りしめて宣言する早苗を振り返り、八坂神奈子が何かを口にしかけて……瞳を伏せる。
その瞳に映るのは……。
「神奈子様……?」
いつもと違うその様子に、洩矢諏訪子が言葉を受け継ぐ。
「早苗……」
はい、なんでしょう?
問い返す風祝に諏訪子が口を開く。
瞳を閉じて、眉間に皺を寄せて。
再び開く。
こちらは視線を逸らさない。
大きな帽子を被り、早苗を真正面から見据えて。
その口から出る言葉に、早苗の心が凍りつく。
「……貴女の役目は、もう終わりだよ」