『なるほどマルマロス・ハーン、つまりこういうことだね。合衆国は幻想郷を征服しようとしているんだ』
『宇佐見、君は話を聞いていたのかい? 全然ちがうよ。全くちがう。あくまで我々は彼らとの対話と交流を目的としている。それ以上ではないよ』
『おいおい。この電話がどういうものなのか忘れたのか?』
『日米間における実務者レベルでの情報交換。法と条約に則った連絡用通信』
『確かに公式なものさ。でもね、このやりとりを記録する人間も、きみと僕共通の友人なんだぞ。融通はきく。もっとざっくばらんに話そうじゃないか』
『そのざっくばらんはどの程度までのものなんだ?』
『僕は妻と結婚してもうすぐ3年になる。子供もできた。ものすごく賢い子だ』
『私は最近まともに家に帰っていない。忙しくてな。でも今回の件が一段落したら、妻をカリフォルニアに連れていってあげようと思う。妻は海で泳ぐのが大好きなんだ』
『つまり、そういうことだ』
『家族と話すときのように、だな。嘘を付かず、心情を吐露しろと。本当に話してはいけないことは話さないからな』
『それにしても急な話じゃないかい? きみの例のレポートを読ませてもらったけれども、いますぐアクションを起こせ、とは書いてなかったぞ。いささか中身は過激だったけれど』
『あのレポートに多少の不備があったことは認めるよ。旧式爆弾を一斉に幻想入りさせるやりかた。同僚にも言われたけれど、その爆弾を八雲紫に送り返されたらどうしようもないよね。私が馬鹿だった。しかし、今回幻想郷に起こすアクションは平和的だよ。最低でも制圧する類のものじゃない』
『でもその対話の方法が少々過激だと思うよ? そういえば僕の国は、君たちの国と出会ったとき、同じような平和的交流を嗜んだと記憶しているけれど』
『今回の作戦名は〔アドミラル・ペリー〕だ。言っておくが私はこの名前に反対したんだぞ』
『しかし作戦そのものには反対しなかった』
『この数ヶ月で状況が恐ろしいほど推移した。世界中の霊的組織はおおわらわだ。原因はたった一匹の天邪鬼さ』
『まさか』
『鬼人正邪。あの女は幻想郷の大結界に小さな穴を開けたのさ。で、ロシアにこの事実を教えた。ロシアは大喜びで、友人の中国を誘いながら、幻想郷に入り込む準備を始めた。ああ、それからが実に噴飯ものなんだが、正邪はその後に合衆国へ接触した。露中に先をこされる前に急げ、ってね。ありがたい情報を教えてくれたのさ。自分が空けた穴の位置は伝えてくれなかったけれども』
『正邪についてはこちらも把握しているよ。彼女が起こした異変もその概要は知っている』
『その異変については珍しく、日本よりも合衆国が詳しく知っているよ。わたしは、彼女が自慢げに異変について話すのを、この耳で聞いていたんだ』
『止められない、だろうなぁ』
『止められないね。状況がここまで来てしまったのだから。ロシアと中国の動いていることをしっかり確認した。私も慎重論をかなぐり捨てたよ。ロシアと中国に霊的資源を奪われるわけにはいかない。幻想郷には大国の霊的技術のバランスを壊すほどのものが眠っているだろうからね。大統領がGOサインを出すのに、たいした時間は掛からなかったよ』
『うまくいくと思うかい、ハーン?』
『確証は、出来ない。けれど、今回の作戦はよくよく部内で話し合って決めたことだ。大きな穴はないと思う。それに』
『それに?』
『やはり幻想は現実には勝てないのだと思うよ。こんなファンタジーな部署で働いている私が言うのもなんだが。例えばギリシャ神話とエジプト神話、世界中で有名なストーリーだけど、この神話をいまも信仰している人間がいるかい?』
『古さで言うならうちの神話も二千年だ』
『きみたちの神話もいずれ何らかの形に変質するということさ。本質は消え去り、その外側だけが残る。どこが悪いというわけじゃない。長い長い時間の間に、様々な現実が幻想を変えて貶めてしまう。どうしようもない宿命なのさ』
『幻想郷という閉じられた楽園も年貢の納め時だと?』
『そう思ってかまわない。少なくとも今回の作戦が成功した場合、幻想郷は変質を余儀なくされる』
『ハーン、予定された時間が迫っている。今回の通信はここまでだ。この会話がお互いの不利益にならないよう注意しよう』
『宇佐見、私を軽蔑するかい?』
『人間はいつだって目の前の事態に対処しなければいけない。僕が思うに、きみも最善のことをしたのさ。それだけは確約するよ。ただ、少し驕りが見えるね』
『どういうことだい?』
『あまり幻想郷を甘く見ないほうがいい、ってことさ』
あきれるほど青い青い空が広がっている。魔理沙はその空を一直線に飛んでいた。
長かった梅雨も過ぎ去り、幻想郷は本格的な夏を迎えようとしていた。地表に残る湿気は太陽の光によって熱せられ、不快な水分のスーツを人間たちにプレゼントしている。だが、そんなありがた迷惑も空の上なら関係ない。箒のスピードを少し上げれば、爽やかな風が頬をなでる。
降り注ぐ光は力強く、世界をはっきりと映し出す。どこもかしこも色が濃く見え、目を楽しませてくれた。
やがて魔理沙は博麗神社に到着した。そしていつも通りに神社の縁側に向かう。
「よう、霊夢! 暑いなー……うん?」
「いらっしゃい魔理沙。今日のお客様はこれで二人目ね。どっちもあまりありがたくないけど」
魔理沙は、縁側に腰を下ろしいつも通りお茶を飲んでいる霊夢の横に、誰かが寝そべっていることに気がついた。
「橙じゃないか。どうしたんだ」
「知らないわ。今朝急に来たのよ。まったくこんなに暑いのに、どうして猫をそばにやらなくちゃいけないのかしら」
八雲の式の式、橙。彼女が仰向けになって寝ていたのだ。橙もよく神社にくる妖怪だが、いつもはチルノやルーミアなどの連中とたむろしているはずであり、一匹でやってくることは案外珍しい。
霊夢いわく、まだ陽が昇るか昇らないかの薄闇のころ、橙がふらふらと寝ぼけまなこで神社にやってきたらしい。「ねむいー」とだけぶつぶつ呟いて、霊夢が何かを尋ねるまえに縁側に身を投げ出し、後はただぐっすりと眠りこけてしまった。そして声を掛けても、蹴り飛ばしても、目を覚まさなかった。
「なんだこの化け猫? よっぽど徹夜でもしたのか?」
「魔理沙でもあるまいし。ああもう、そんなのどうでもいいのよ!」
霊夢はぐだー、と横になった。
「ひまねー」
「ひまだなー」
時間はちょうど正午を迎えようとする頃だ。ますます暑さは上がっており、魔理沙はさっきまでは気にしなかった湿気にも、盛大に包まれることになった。
昼飯でもたかろうかと考えていたのだが、霊夢もこの暑さにノックダウンされてしまい、準備をほとんどしていないらしい。食欲もないし、私もぐでー、とするか。
魔理沙も霊夢をみならって、縁側で横になった。
巫女と魔法使いが横になって空を見上げる。その傍で化け猫が丸くなって寝ている。奇妙な三人の周りを、けだるくも静かな時間が流れていった。
「……む」
先に『それ』を見つけたのは霊夢だった。
「どうした」
「魔理沙、あれ」
霊夢が青い青い空に指をさした。
「……あれ? 何か飛んでいるのか?」
空にきらりと光る点があった。注意深く見なければ気がつかないほどの小さい点。それが北から南へ向けて移動しているのだ。
小さい点とはいえ、恐らくこの場所から相当高い場所、遠い場所のように思える。ならばここからでも見えるということはかなり大きな物体が空中にあるという理屈になる。
「宝船の一件を思い出すな、霊夢」
「結局、抹香くさいやつらしかいなかったじゃない。それじゃ」
ばさっ、と霊夢は勢いよく起き上がったかと思うと、一気に空中に浮かび上がった。
「先にいくわよ! 魔理沙!」
そして空を移動する謎の点に向かって一直線に飛び立っていく。
「ばっ、ばかやろう! 私をおいていくな! 待てぇ、霊夢!」
魔理沙も負けじと、愛用の箒に手を伸ばし、飛び乗った。魔力を集中させる。そして、それを解き放った。
箒はめざましく加速し、先行する霊夢をおいかける。
こうして、神社には橙だけが残された。
「……」
「……」
霊夢と魔理沙は、目の前の状況に対してただ、唖然としていた。
なんだこれは。
二人は多くの異変を解決してきた、歴戦の猛者である。だが、その二人をして、目の前にある物体は理解不能のものだった。これが何なのかを推測することが出来ないほど、二人にとっては異質な存在だったのだ。
霊夢と魔理沙が勇んで空に飛び立ってからしばらくして、『それ』は雲の上にはっきりと姿を見せた。
『それ』はどうやら7つの巨大な物体であるようだった。きらりと光って見えたのは『それ』が全面を銀色に塗装されていたからだった。生き物ではない。人間がつくった人工物である。それが空を飛んでいたのだ。
『それ』はまず、どことなく葉巻に似たフォルムの胴体を持っている。その胴体にまるで鳥の羽を抽象化したようなものがくっついている。そしてその羽には、扇風機の羽(二人は一応知っている)のようなものがそれぞれ二つ、ぜんぶで四つあり、ばりばりと鼓膜が痛くなるほどうるさく回転している。
~のような、という言葉が連続するが、それだけ名称も分からないものが目白押しであるということだ。
大きさは、魔理沙の目測で全長三十メートル、翼長(この言い方が正しいかは分からない)四十メートル以上。そんな巨大なものが7つ、雁が夕焼け空をいくときにつくるような名並びで空を飛んでいるのだ。
威圧的だった。
「……おい! あれって!」
魔理沙のほとんど停止してしまった思考がようやく動きはじめる。目の前の巨大な空中物体に対して二人はなんとか並走していたのだが(時速数百キロは出ていた)、物体の前面、ガラス張りになっている場所をのぞいてみたところ、そこに人がいたのだ。
「あれは乗り物なんだ!」
物体のなかにいた人間(?)たちもこちらに気がついたらしい。なんと、手を振ってきた。
「これって……」
なんなのかしら。霊夢は考える。
これが人工の物体であることに間違いはない。そしてこの物体にはどうやら霊的な技術が使われている雰囲気がある。それを感じ取ることが出来た。だが、どうも霊的な技だけで飛んでいるわけではないようだ。それも雰囲気で分かる。
空を、魔法を使わず飛ぶことができる物体。もしかしてこれは。
「あれは!?」
魔理沙が叫ぶ。物体に変化があった。
後に二人は、そこがハッチと呼ばれる出入り口であると知る。
そのハッチから二人の人間が、飛び降りた。
「な……!」
「!」
なんどもいうが、ここは空中である。それも高い高い、雲の上だ。
「くそ!」
魔理沙は地面に向かって落ち続ける二人に向かって急加速する。どういう理由で飛び降りたかは知らんがたすけてやらねば。
そして、あっという間に落ち続ける二人のそばまで飛ぶ。
「手を!」
のばせ! 魔理沙がそう叫ぼうとした、瞬間。
「!?」
それは大きな花が急に咲いたようにも見えた。
二人は大きなリュックのようなものを背負っていた。それが開いたかと思うと、布でできたなにかが急速に広がり始めたのだ。
これも、霊夢と魔理沙が後で知ったことだが、飛び降りた二人はちゃんとパラシュートなるものを準備していた。
パラシュートを操る二人はなんらかの操作を行い、落下のスピードを殺しながら、ゆっくりと地上へ舞い降りていく。
着地場所としてぴったりな草原へ、実に優雅に向かっていく。
「魔理沙」
いつのまにか魔理沙の後ろに来ていた霊夢が言う。
「あの人たちたぶん」
「みなまで言わなくてもいいぜ」
その推測は、魔理沙も既に持っていた。
「あいつら外の世界の連中だ」
パラシュートは降下成功。
『彼ら』は急いでそれをたたみ、彼女たちが降りてくるのを待った。
『彼ら』にとって、これは重要なコンタクトである。最低でも、礼儀ただしくなければいけない。『彼ら』は国家にとって重要な案件を抱えているのだから。
巫女と魔法使いがやってきた。魔法使いは箒にのり、巫女は道具を使わず自由に空に浮かぶ。実にファンタジーな光景だった。
「はじめまして!」
その男は、はきはきと通りのよい声でそういった。にこにことした顔をしながらだ。
草原に降り立った霊夢と魔理沙は一瞬、まずどちらが第一声を相手に掛けるのかで悩んだ。だが、魔理沙は引き下がる。こういうのは巫女の仕事だ。なんとなくそう思った。
「あなたたち、だれ?」
「我々は、アメリカ合衆国から来ました。突然の訪問ご容赦ください。幻想郷と合衆国は長い間まともなコンタクトをとれなかったのです。もちろんこれからは違いますが。」
黒のスーツ姿できっちり白髪を整えた男、合衆国特務外交官ジョージ・ガイゼンははっきりとした日本語で言う。
「先に言っておきましょう。やはり気になるでしょうからな。さきほどあなたがたが見た物体は、我々が乗ってきた機体、B-29『スーパー・フォートレス』です」
例え外の世界であったとしても、この光景は少々異様なのだろうな。八雲藍は空を眺めながらそう思った。
B-29はもはや空の点ではなくなり、肉眼でもはっきりその姿を確認できる高度に降りてきていた。だいたい千メートルほどの高さだろうか。七機の戦略爆撃機が、雁が空を行くときのように間をつめて、「へ」の字で並んでいる。外の世界で飛行機が空を行くことは珍しいことではないが、しかしジャンボ旅客機のような航空機(実際には違いが大きいけれど)が同じ種類の機体一つ分の間隔で並ぶのは奇妙というか、威容であった。迫力がある。
B-29はアメリカ合衆国がかつて装備していた四発プロペラ爆撃機である。その巨体に9トンの爆弾を詰め込み、敵の頭上にそれらを投下することを任務としていた。第二次大戦のときはまさに空の要塞として君臨し、敵国の街々を火の海に、瓦礫の山に変えていった。日本もこの飛行機によって、酷い目にあった。
何もこんなのに乗ってやってこなくとも。藍は半ば呆れ果てながら目の前の男を見る。
こいつら、本当に話し合いにきたのだろうか?
「私としてはB-36のほうが好きなのですがね。しかしどうしても七機そろえることが出来なくて。幻想郷で『停止』するためには霊的な技術を施さなければいけません。そのためには七、という数字が必須なのですよ」
ガイゼンは自慢のオモチャを見せた子供のように無邪気に言った。
狭い幻想郷で飛行機を飛ばしたら、あっという間に端から端へ行ってしまう。だから、なんらかの魔法で飛行機を空中で停止させなければいけないのだ。
なら車で来ればいい。なにもそんな手間をとって爆撃機でやってくる必要性がどこにある。藍は皮肉の一つでもかましてやろうとしたが、
「爆撃機というものには、まるで大宮殿を眺めるときのような興奮がありますわね」
主、八雲紫の一言でさえぎられた。
「女性で理解を示してくださる方がいるだけで、存外の喜びです。さて、それでは」
「ええ」
「会談をはじめましよう」
霊夢と魔理沙が、合衆国特務外交官を名乗るジョージ・ガイゼンという男と出会ってから、三時間。展開は急速に進んだ。
あの後、対面した両者の間に突如スキマが開き、八雲紫がぬっと頭を出してきた。
「いらっしゃいませ、米国の友人方。わたしたちは皆様を歓迎しますわ」
後に霊夢が語るところによれば、紫はいままでのなかで一番、うさんくさい笑顔をしていたらしい。
紫は既に会談場所を用意してあると言い、そこに案内しましょうとスキマを開いた。スキマの中にはいつものように気持ち悪い目玉たちがのぞいていたが、ガイゼンは臆することもなく、「サンキュー」の一言と共にその中に入っていた。一緒にパラシュートで降下したボディガードもそれに続く。
「紫、わたしも」
霊夢は紫の真正面の立ち、屹然と言う。
だが、しかし。
霊夢は薄々、紫になにを言われるのか分かっていた。勘づいてしまっていた。
「あなたは来なくていい」
それは嘲りを含んだ笑みだった。酷薄な、突き放した笑みだった。
「博麗の巫女は異変を解決するのだけが仕事ですわ」
もうこれは、あなたの手に負えることではない。
紫はさっと身を翻し、スキマに飛び込んだ。
魔理沙は紫に向けて何かを言おうとした。どういうことだ、と発現の意味を問いただしたかったのかもしれない。あるいは、そこまで大事なのかと聞きたかったのかもしれない。
しかし結局、頭は混乱したままで、何も言うことが出来なかった。紫はこの場から姿を消した。
頭上を聞いたこともない音が流れていく。B-29のプロペラ音だ。
そのにぶく重く響く音が、どこか不気味だった。
魔理沙は霊夢がどんな顔しているか見たかった。こいつは今、どんな顔をしているのだろうか。紫に役立たずだ、って言われたも同じだからな。
霊夢の顔を覗く。その顔は……
さて、スキマをくぐった一行のその後である。
スキマのトンネルが終わると、そこには立派な日本家屋が建っていた。
北の方角を見るとそこには雄大という言葉が似合う、妖怪の山が屹立していた。ここは幻想郷のなかなのだ。
紫いわく、妖怪の賢者が会合を行う際に使われる屋敷とのことで、多くの部屋を抱える、裕福な人間の大邸宅といった趣であった。
ガイゼンとボディーガードは一室に通され、そこで合衆国と幻想郷間における会談を行われることに相成った。畳部屋の真ん中に机が置かれ、それを間に挟み2対2で向かい合う。
ちなみにガイゼンの移動にともない、B-29の七機編隊もこの屋敷上空の移動してきた。
ガイゼンが懐からスマートフォンを出し、それで連絡を取ったのだ。
「どうかご容赦ください。私の母親は過保護なのです」
ガイゼンはまた無邪気に言った。くりくりとよく動く目玉がどことなく子供っぽさを表現している男だ。だがオールバックにした白髪が示すとおり、歳は老境を迎えているはずだ。もっとも、それが霊的な何かによるフェイクである可能性はあるが。
けれど、いまはまだそれを掴めないな。藍はそう思いつつ、ガイゼンに言う。
「それでは今回のご訪問の理由、それを少し整理しておきましょう」
「整理はとても大切ですね、ミス藍」
「おや、私の名前を?」
「無知が相手に対する失礼にあたることもありえます。ですから勉強させていただきました」
勉強ねぇ。はたしてそれはどのような学習方法をとったものなのやら。
「あなたがたの目的は友好、でしたわね」
紫が言う。
「その通り。より詳細に言うのなら、さらなる友好の深化、そのための方法の提案です」
幻想郷と外の世界は決して没交渉ではない。
博麗大結界というあまりにも大きな術は、えてして自分たちの存在を誇示してしまう危険性をはらんでいる。少しでも霊的な技術を持っているものからすれば、目立ちすぎて丸分かりなのだ。しかし、目立っているからこその利点もある。あそこまであからさまに存在を誇示しているのならば、相当の自信を持っているのではないか。相手にそう思わせることが出来るのだ。
だから、幻想郷を恐れず近づけるのは、国家などの巨大な組織に限られてくる。
アメリカが幻想郷と接触を持ったのは1945年、日本の敗戦の時期にさかのぼる。そのとき八雲紫はアメリカの幻想郷調査チームの前に現れ、とある交渉をもちかけた。
この世界においてほとんどの国家は秘密裏に、霊的な技術、分かりやすく言うなら魔法の技術を保有している。だが、それにも差というものが生じてしまう。各国は他の国に負けじと霊的技術の確保に汗を流しているのだ。
よって、恐らく霊的技術の宝庫であろう幻想郷からの提案、霊的資源の輸出に合衆国はイエスの返事を出した。その輸出量は非常に少なかったが、しかしその僅かな資源は合衆国が他国より有利になるのに充分だった。
八雲紫は律儀に、ソ連に対しては霊的資源を輸出しなかった。幻想郷は冷戦中、西側に属していたことになる。
輸出する側と輸入する側。幻想郷と合衆国はこの関係を七十年近く続けてきた。だが、しかし。この関係を揺るがす事態が、遂に発生した。
「安寧たる世界の秩序が壊されようとしているのです。これに対応するためには、我々は一歩踏み込んだ関係を再構築しなければいけません」
アイゼンはにこやかな顔を一転、緊張した面持ちに直すと、紫に対してそう言った。
「その秩序を壊したのは?」
「鬼人正邪という妖怪です。彼女はとある処置により博麗大結界に穴を開けたのです」
「……」
藍は眉を少しだけひそめた。それについてはよく知っている。なぜなら結界に穴が開いていることを最初に見つけたのは自分だからだ。その穴は巧妙に隠され、どこにあるのか探知することは出来なかった。
それを主に報告したとき、藍はこう言われた。
穴がどこにあるのか、それは私にも分かりません。ですが、いまはほうっておきなさい。それよりも、もうすぐお客様がいらっしゃるわ。
まえの第二次月面戦争のときもそうだった。藍は詳しい説明を紫に受けなかった。主は一体なにを考えているのか? 自分はそれを推察しなければいけないのだろう。それ自体には不満はない。だが、このような『外交』の場ではもう少し情報の共有があってもよいのではないだろうか。
外交、そう外交だ。ここで使われる武器は弾幕ではなく言葉だ。言葉を使い、慎重に慎重に少しでもよい条件を相手から引き出す。これはそんなデリケートな戦いだ。
藍は紫が、巫女に言った言葉を思い出す。確かに猪突猛進、見敵必殺な巫女には荷が重い。
「存じていますわ。その穴を開ける際に使われたのは、恐らくわたしが正邪に盗まれた傘でしょう」
紫がそう言った瞬間、藍は呆気に取られる。それを言ってしまうのか。
「おお……これは。少々驚きましたよ。そちらからそれを言われるとは」
ガイゼンも面喰らった顔をしている。
「以前、鬼人正邪は幻想郷において指名手配がされたことがありましたわ。その際正邪は私の傘を盗みました。その傘は私の力を一部ですが使うことが出来ます。それを応用して穴を開けたのでしょう」
紫は、ペコリと、頭を下げた。
「申し訳ありません。それは確かにわたしの責任です」
「……」
「……」
ガイゼンも藍も呆気に取られている。外交とはいわば、高度な口喧嘩のようなもの。口喧嘩において先に謝るとは。
「ですが、勝手を承知で発言します。確かに現在の状況は非常に危機的です。ロシア、中国は結界に穴が開いたことをよいことに、幻想郷にたいして軍事的なアクションを起こそうとしています。幻想郷と合衆国はこれになんらかの対処をしなければいけませんわ」
うまい、と藍は思った。つまり相手のペースを乱すために謝ったのだ。そして外の世界の情勢についても発言し、こちらが無知ではないことを示したのだ。
ガイゼンは一瞬、何かを考えている面持ちをした。しかし、すぐに破顔した。
「すばらしい! 我々はよきパートナーですな! 外の世界の混乱を私たちは等しく把握しているわけです。話がはやくなります」
「幻想郷の外交は、私に一任されております。私の言葉が、幻想郷の意思だと思っていてください」
「では、早速提案しましょう。幻想郷は世界に対してもっと開かれるべきなのです」
ガイゼンは一気に語りだした。やはり会談のキャスティングボードを相手に取られかけてしまったのを意識しているらしい。
「まず、幻想郷の立ち位置は非常に特殊であることを理解しなければいけません。単純に言ってしまえば他者との交流は少ないのに、他者より圧倒的な力を保有しているということです。無論、交流は我が国とはおこなっています。そして中露とも」
冷戦崩壊後、紫は中露の二カ国とも関係を持っていた。無論、合衆国と同じく、霊的資源の輸出は少なかったが。
「問題は交流が少ないというところです。現在中露はより多くの霊的資源を求め、幻想郷に押し寄せようとしています。ですが、その根底にあるのは自らの取り分が少ないのではないかという欲求不満です」
ここで、いったん言葉をきり、息を吸い込む。
「幻想郷は外交における接点がほとんど八雲紫、あなたしかありませんでした。あなたが指定した場所に赴き、何かしらの資源をいただく。それだけです。これでは我々が圧倒的に不利ではありませんか。そちら側のなんらかの事情、例えば霊的資源が今はどうしてもこれだけしかだせないといったもの、があったとしてもこちら側はそれを知ることが出来ません。もしかしたら、出し惜しみをしているのではないかと思ってしまいます」
幻想郷には各国の大使館も無いのですから。ガイゼンはそう言ってにこっと笑う。
「秘密主義は捨て去らなければいけません。もっとオープンに、もっと開かれた幻想郷を。外の世界に我々が話し合う恒常的な場所を設けましょう。幻想郷側からも代表を一人出してもらって、常駐していただきます。そこで様々な貿易のことを話し合うのです。そこで米中露があなたがたと腹を割って話し合えば、きっと問題は解決します。きっと」
「……」
藍は黙考する。出し惜しみか、確かにな。幻想郷は自分たちの手駒を小出しにしてきた。
少しでもこちらが有利になるためだ。だから、こいつらが幻想郷にやってきたとき、もっと取り分をよこせと言うのかと思った。だが、それとは少し違うらしい。
要するに幻想郷に開国せよというわけだ。たしかに幻想郷の状態は強く門をとざした鎖国であると言えるかもしれない。結界に覆われ、外の世界にまともに行けるのは紫様くらい。確かにそれでは相手側が不審に思うのも無理はない。だからもっと、開かれるべきだと。だから紫様以外の接点、外での対話の場所がいるのだと。
さきほどガイゼンは大使館という言葉を冗談交じりに言ったが、いい得て妙かもしれない。
幻想郷が外に大使館を置く。それが彼らの提案だった。
そしてこれを断れば、やがて中露が攻めてくる。科学と霊的技術を両用し、恐らくテレポートなどを使用して、日本に暮らす外界人に気づかれることなく、幻想郷を蹂躙しようとするはずだ。
「……」
紫は少しの間、何かを考えていた。
そして。
「ガイゼンさん」
「なんですかな」
「これは非常に大切な話し合いです。ですからわたしたちは常に正直であらねばいけません」
「まったくです」
「では、あのB-29に積まれた核兵器についても話さなければいけませんわ」
「!」
藍の顔が一気に青ざめる。こいつら、なにを。
「まったくです、我々は真摯でなければいけません。よろしい、正直に言いましょう。あの七機のB-29には七発の『ファットマン』が乗っています」
『ファットマン』、つまり長崎型クラスの原子爆弾のことである。
「わたしの能力については、どうやら非道く勉強されたようで」
「ええ、なんとか。といってもあなたが能力を使ったのを探知できる程度ですが。しかしそれでかまわないのです。あの『ファットマン』はあなたの能力が我々に危害を加えるために使用されたと察知した瞬間に、爆発するようセットしてあります」
「……」
紫は何もしゃべらず、ただガイゼンを眺める。その表情には相変わらず笑みが浮かんでいる。
「脅しと捉えてもって結構です。しかし、我々には時間がない、余裕がない。それだけは知っておいてください」
「……それでは、わたくしも正直に言うしかありませんわ」
「なんですかな」
「わたしはここまでの間に一つだけ嘘をつきました。ここから先は嘘はつきませんけれど」
豊聡耳神子が配下の物部布都を連れて、レミリア・スカーレットの居城である紅魔館にやってきたのは、幻想郷に鉄の怪鳥が飛来した日の夕暮れどきであった。
あかく染まった空には相変わらず怪鳥が七羽いすわり、その独特の形状を誇示している。
時折り、好奇心旺盛な妖精たちが近づいてくるが、怪鳥は機銃と呼ばれる武器で妖精の集団ごと吹き飛ばしてしまう。
神子は妖精たちが次々と一回休みになる光景を眺めながら、紅魔館の主に挨拶する。
「どうもお久しぶりです、レミリアさん。やれやれ大変なことになりましたね」
紅魔館のエントランス、神子、レミリア、布都、そして紅魔館の参謀パチュリー・ノーレッジの四人は、咲夜が淹れてくれた紅茶をすすりながら、机を囲んでいた。
「ふん。なあ聖人よ、どうして私のところにやって来たんだい?」
不機嫌であることを露骨に隠そうとせず、レミリアが言う。彼女が座っている場所はちょうど日陰になっており、夕闇せまる時間帯だけあって暗く、そこからドスの聞いた声がするのは妙に迫力があった。
「いやぁ、今回の騒動は外の世界が大きく関係しているんでしょ? だったらレミリアさんに話を聞こうかな、と」
しかし神子はそんな迫力をまったく気にすることなく、気軽な感じで返事をする。
「外の世界といったらこの幻想郷では守矢の連中、そう相場は決まっているだろう?」
「うーん、でももっと詳しいのはあなた方でしょう? なにせあなたがたもしばらく前に幻想郷にやってきて、なおかつ外の世界の闇をよく知っておられるとわたしは思うのですが」
「ぬかせ」
スカーレット家が貴族を自称しているという事実を決してあなどってはならない。外の世界においても力のある貴族として振舞っていたというのなら、それは多くの従属者を率いていたということであり、必然国家などの組織にマークされることになる。だが、スカーレットはそれでも生き残った。
神子は思う。それがいかなる苦難に満ちたものだったか。そして、そうであっても挫けることなく歩んできた彼女は途方もなく偉大であるのだと。
「どうかいろいろご教授いただきたい。この騒動なかなかめんどくさそうなので」
神子と布都が紅魔館を訪ねたのは、今回の幻想郷と合衆国の接触がどのような進展を見せるのか、見識あるレミリアの意見を聞いてみようと思い立ったからであった。
「……パチェ、あの紙ある?」
レミリアは横にいる親友に声を掛けた。
「はい」
パチュリーはポケットから折りたたまれた手紙を出した。彼女は相変わらずのように本を読んでいる。レミリアは憮然とした態度で手紙を受け取った。
「これに書いてあることって、全部本当なの?」
幻想郷の賢人八雲紫と、合衆国特務外交官ジョージ・ガイゼンの一日目の会談は、およそ三時間ほどで終わった。その後八雲紫は、合衆国が会談を申し込んできたこと、その会談のなかで外の世界に幻想郷の大使館を作ることが提案されたこと、会談は終始和やかなムードで進んだこと、などの内容が綴られた手紙を幻想郷の各勢力に配布していた。『ファットマン』については書かれていない。
「ああ、わたしも持ってますよそれ。良い紙使ってますよね」
「そ・れ・で、どう思う? 私は正邪が開けた穴を元に戻せないというところが嘘だと思うんだけど」
「うーん、どうなんでしょうね」
うさんくさい妖怪の代名詞であるとも言える八雲紫が、今回は珍しいことに、自らの非を認めた。正邪に開けられた大結界の穴は閉じることが出来ないと、手紙には書かれてあったのだ。
「八雲紫には何らかの意図があって、穴を開けっ放しにしている。確かに考えられることです。なにせ大結界に関しては八雲家の独壇場ですからね。わたし達には結界の仕組みすら全くよく分かっていない」
「一応霊夢も結界のあれこれには関わっているらしいが……八雲紫が何かを企んでいるとしても、その仔細が掴めないな」
「なんのメリットがあるのか、ですね。結果として合衆国の介入を招いてしまったわけですから……まず合衆国が、いや外の世界の人間が幻想郷に大きく介入をしてくるという事態は、良いことなのでしょうか、それとも悪いことなのでしょうか。それを考えてみましょう」
「続けろ」
「幻想郷は閉じられた世界です。そして人間は閉じられたものをこじ開けようとする性質があります。そうなると、我々はいつまでもこの桃源郷が同じままであると考えていいのでしょうか? 永遠に不変であるものはない。外の世界の人間の介入によって幻想郷も変質するのが当たり前なのではないでしょうか」
「おやおや」
ここでレミリアは不機嫌な表情を一転、ニヤニヤとした笑顔になった。どこか皮肉めいている。
「かつて隋の皇帝に喧嘩をふっかけるような手紙を出した方の言葉とは思えないお言葉だな」
「いやぁ、あれは」
神子の顔に朱がさす。夕焼けの紅い光だけではない。照れているのだ。
「あれは日本と隋の間に海があったからですよ。もし陸続きだったら、ああも堂々とした文章は書けません。もっと穏やかな何かだったでしょう。
昔といまは違います。いまはほら」
神子は空を指さす。
「あれでどこにだっていけますから」
怪鳥がやってきたときから、幻想郷は多かれ少なかれ、どこも混乱している。
野良妖怪はすくみあがっている。
人里は殆どの人間が家に閉じこもっている。
妖怪の山は一部過激派を抑えるのにてんてこ舞いだ。
鉄の怪鳥は幻想郷を睥睨している。
「外の世界の力、科学力は凄まじい。わたしもほんの少し学んだだけで嫌というほど理解しました。霊的な技術ならこっちが有利ですが、その差を埋めるほど、科学は強いのです」
「確かにな」
一瞬、レミリアの表情が曇った。
神子はいまこの瞬間の、永遠に紅い幼き月の全てを、自らの能力で感じ取ってしまおうか、そんな欲求に駆られた。なにがあったのかを知りたい。だが、それは駄目だ。常勝の者などはいないが、だからといって敗北が恥ではないというわけではない。
「話を戻しましょう。八雲紫がなにを考えているにしろ、外の世界の勢力が幻想郷に足を踏み入れた時点で、こちらは不利になるのです。ですから八雲紫の策略によってこの事態が引き起こされたとは考えにくい」
「幻想郷の有利は結界という壁があるからだ。私たちはひきこもっているからこそ強いと言えるかもしれない。壁があり、それが外の世界と幻想郷との間に距離をつくる。距離があるうちはいろいろと小細工が出来る。だが、距離が無くなりガチンコでぶつからなくなってしまえば幻想郷は」
「負けるわね、外の世界に」
パチュリーはそれまで読んでいた本を机に置いてからそう言った。
「前に興味があって考えてみたことがあるんだけど、幻想郷と外の世界の力の差、だいたい一対五くらいだと思う。もちろん五が外の世界ね」
喘息ぎみなので長くがしゃべれない。いったん息を吸い込む。
「実際に戦争になったらっていう感じでシュミレーションもやったことがあるわ。まず一年や二年は大暴れ出来ると思う。でも外の世界の人間も馬鹿じゃない。いずれ対策方法を考え付くわ。やがて幻想郷は日増しに戦力を削られていって、そうね五年ぐらいで全滅するんじゃないかしら」
「なんともかんとも」
神子は手をすくめた。
「では、話し合いしかありませんね」
「だが、相手がずっと有利だ」
レミリアは苦々しげに言う。
「そんな話し合い、こっちの負けにきまっている」
まとめよう。八雲紫の陰謀によって合衆国がやってきたという推測は成り立たない。なぜなら対話をしてしまった時点でこちらの不利だからだ。外交は口喧嘩であるということは前にも書いたが、ならば体の大きい相手と喧嘩すればどうなるかはすぐ分かるだろう。
あの賢明な八雲紫がそんなことをするとは思えない。ならば今回のことは彼女の予期していなかったことと言える。
「まあ、まだわたし達が知らない何かがある、それを八雲紫は狙っている、というケースも考えられますが」
「いまはまだ、横に置いておけばいい。証拠もないものを考えても余計に混乱するだけだ」
「ですね」
では、次だ。今の状況は圧倒的な力を持つ外の世界の勢力がやってきてしまった、というものだ。では、これからどうする?
「布都はどう思う?」
神子はそれまでずっと何かを考え続けていた布都に尋ねた。
「考えはまとまった?」
「はい」
布都はこれまで複雑な思考を展開し、それを整理するという行為を続けていた。
いうまでもないことだが。
布都は神子の最高の参謀である。
「我々はもう交渉をするしかありません。それも大分不利となりことが決定づけられた交渉を。八雲紫という反則じみた奴がいますが、あやつの力は逆に強大すぎるがゆえに警戒され、結果使いにくくなってしまうでしょうな。おそらくあのB-29? とやらのなかにはあやつの力を感知した場合に作用するなんらかの武器があると見てよいでしょう」
「では、どのように交渉する?」
レミリアが聞いた。
「もうこちらから全力で飛び込んでいくしかありません」
そして布都は一気にしゃべりはじめた。
「こちらが持っているカードはむしろ全部見せてしまってもかまいません。あちらがわに霊的資源もあらかたくれてやってもよいのです」
「あら、それでは全面降伏ではなくて?」
「その時のみは確かに全面降伏です。しかし、もし外の世界がそんなに一気に霊的資源を持ち、技術を向上させてしまったらどうなるでしょう?
大混乱が待っています。必ずやつらは技術を暴走させてしまい大勢の死人を出すことになるでしょう。子供に刃物を持たせるのと同じです。使いきれるわけがない。
無論、我らも外の世界がそうなるように誘導します。あやつらは幻想郷が気前よく資源を払ったことに多少警戒するでしょうが、結局は目の前にある宝に夢中になるでしょう。
混乱のなか、幻想郷は勢力を拡張させます。そして最終的に外の世界を乗っ取ってしまえばよいのです」
それはまるで神託のようだった。布都は確定した未来を語るようなはっきりとした口調であった。
「詳細については、また文書で提出します」
「……」
場を沈黙が支配する。
だれもが黙考していた。
「……そうなると」
レミリアが沈黙を破る。
「忙しくなって、静かに紅茶も飲めなくなるな」
それは少し、寂しそうな笑顔だった。
レミリアは外の世界で常に外敵に狙われていた。吸血鬼ハンターや、大国の霊的組織。幻想郷に来てようやくそれらの煩わしいものどもから逃れられたと思っていたのに。
「結局、こうなってしまうのかな」
こんな風にゆっくりと星を眺めるのは何年ぶりだろうか。ジョージ・ガイゼンは相変わらずの無邪気な目で、夜空の輝きに魅了されていた。
外の世界で、ここまではっきり星が見える場所は滅多にないぞ。そう思った。
『ジョージ、まったくずいぶんと気楽だなぁ。モンスターどもの巣のなかにいるというのに。俺は妖精たちの対処でてんてこまいなんだぞ』
だが、そんなガイゼンの素晴らしい時間を邪魔する困ったやつから連絡がきた。横においてあるトランシーバーを見る。
「大丈夫だよ、キッド。あいつらは、君のちかくで座っているふとっちょのおかげで、こっちに手を出してくることはないんだ」
『そのふとっちょのせいで俺は内心ビビりまくりだっていうのに。お前は気楽にアジアン・ナイトか?』
合衆国と幻想郷の会談初日は、合衆国側が提案を出しただけで終わった。八雲紫は明日提案に対する回答を行うことを宣言。その後ガイゼンたちに、会談が行われた屋敷の中にある一室を貸し与え、そこを本日の合衆国側の宿とさせたのである。
今は、もうまもなく日付が変わろうとする頃。昼間の蒸し暑さが嘘のように、ひんやりとした空気が満ちている。ボディーガードは部屋の机に置いてあったグリーンティーを楽しみ、ガイゼンは縁側で星を眺めていた。ちなみに、両者風呂上りの浴衣である。
「君が原爆でふっとんだとしても安心したまえ。その瞬間、私も八つ裂きにされ妖怪の腹の中へ一直線だ。」
『ほんと無茶な作戦だよなぁ』
キッドと呼ばれた男、ガイゼンの補佐官、は愚痴をこぼした。キッドは七機のB-29のうち一機に常時乗り込み、空中から幻想郷を監視する任務についていた。
その任務のうち、もっとも重要な仕事の一つが八雲紫の力の探査である。
合衆国がもっとも恐れているのは、八雲紫が保有する反則ともいえる能力の数々だ。だが、逆に言えば、八雲紫の力をなんとか封じてしまえばこっちのものなのである。
お前が外の世界で力を使えば七発の原爆を爆発させるぞ。合衆国は彼女にそんな脅しをかけていた。
「探査の方は確実なんだろ? なんせ合衆国の総力を挙げて開発した装置だ」
『まあな。現在のところ兆候は見られない』
合衆国は長年に渡って八雲紫の能力を研究してきた。その研究努力の結晶である装置を使えば、八雲紫、もしくは八雲家と呼ばれる勢力の誰かが境界の力を使用したことをすぐさま探知することができるのだ。
「まあ、でも。結局のところ我々は心配しすぎなのかもしれないな」
『どういうことだ?』
「八雲紫は、いや幻想郷は案に乗るしかないってことさ。実際、中露の侵攻が目の前まできているんだ。この事実だけは動かしようがない。侵攻を食い止めたければ、提案どおり、外の世界に対話の意思をしめさなければいけない。もうこれは確定事項なのさ。
むしろ幻想郷は我々に感謝するべきなんだよ。滅亡の危機を未然に防いでやったのだから」
むろん、大使館を置いたあとの安全は、全く保障できないが。
幻想郷がこちらのゲームルールにのってくればしめたのもの。その骨の一片にいたるまでしゃぶりつくしてやる。幻想郷は新たな、列強のエサとなる。
逆に霊的技術の過大化による混乱を招こうと考えても無駄だ。ある程度技術を絞ったら一気にお前らを潰してやる。
もしかしたらこの思考を妖怪どもに読まれているかもしれない。かもうものか。今を生き残りたければ、お前らは合衆国の話をおとなしく聞くしかないのだ。
ガイゼンはそう思うとにんまりと笑みをこぼす。
『なあ、そういえば昼間に八雲が言っていた、「嘘」ってなんだろうな』
「うん? ああ、あれか」
確かにあいつはそんなことを言っていた。ひとつだけついた嘘。
「はったりだと思う。会談が始まってからの発言を拾って考えてみたが、どれかが嘘だったしても全く意味のない嘘だった」
結界に穴を開けたのが正邪ではなく八雲だった場合。中露を引き入れてどうする。
幻想郷の外交が一任されておらず、他の奴がいる場合。だったらそいつがなぜ出てこない。まあ、そいつが裏で動いていたとしても幻想郷は監視されているから動きはすぐばれるのだが。
「まあ、負け惜しみだと思う。用心にこしたことはないが」
『OK、了解だ。じゃあ俺は自分の仕事を続ける。何かあったら知らせるよ。ジョージ、布団で眠れるかい?』
「結構快適なものだぞ、和室というのは。タタミもフスマもユカタもベリーグッドだ」
ただし。
「そういう日本文化というものもやがては我々の文化に飲み込まれていく。全ては強いものが勝つという歴史の必然だ。世界はアメリカが制するんだよ。
最後に残るのは、残念ながらコーラとハンバーガーってわけさ」
ガイゼンは夜空を眺めながら、合衆国の勝利を確信していた。
今日の夜空は随分と物騒だな。魔理沙はそう思わずにはいられなかった。
B-29というらしい。小山のように大きな物体であるそれら七つが、夜空の一部を隠してしまっている。さきほどまで攻撃を続けていた妖精たちもどうやら諦めてしまったようだ。
わたしは、そんな物騒な夜を、ただ眺めているだけだ。
今日何度目かの思考を、魔理沙は繰り返す。
わたしは弱くて、だから今回のことには対処できない。
舞台の端っこでぽつんと突っ立ている脇役のように振舞うしかない。
出来事が大きすぎて、ただそれに流されるだけ。
悔しかった。本当に悔しかった。
涙は流さなかったけれど。顔を歪ませ、机につっぷすには充分だった。
「……くそ」
「うるさいわねぇ。考え事をしているだから静かにしてなさい」
「……分かったよ」
紫に、ついてくるな、と言われた後。霊夢と魔理沙は博麗神社に戻っていた。
最初魔理沙は、霊夢が紫に言われたことでショックを受けたと思っていた。
だが、霊夢の顔を何度も見ていくうち、その推測が少し違うものだったのだと結論づけるようになっていった。
霊夢はずっと、何かを考えるような顔をしていた。考えて考えて、何かの答えにたどりつこうとしていたのだ。
「何を考えているんだ?」
そう、何度も尋ねたのだが。
「ごめん、もっと集中したいの」
という、よく分からない一言のみだった。
魔理沙が悔しいと思うことの一つに、これも含まれる。子供じみていることは分かっているが、なんだか霊夢にものけ者にされたような気がしていたのだ。
「……紫も言ってたが、これはもう異変じゃないのさ。外の世界との外交さ。もうわたしたちの様な単なる人間の出る幕じゃないのさ」
半ばやけになって、魔理沙は呟いた。
「……それは違うと思う」
「なんだって」
「魔理沙」
霊夢はじっと魔理沙を見つめた。どこか空気が張り詰めたような気がしてくる。
それはどこまでも真摯に。
どこまでも純粋に。
そんな雰囲気を霊夢はかもしだす。なぜかは分からないけれど。魔理沙はそんな霊夢が美しいと思った。
「これは異変なんだと思う。そして、わたしたちでなんとか出来ることだと思う」
「……お得意の勘か」
「うん」
「じゃあ、私達は何をしたらいい」
霊夢はある一点に指をさした。
「あれが、手掛かり」
「あれは……」
すやすや、という寝息が聞こえる。彼女は気持ちよさそうに眠っていた。
「ふにゃー、ふにゃー」
神社にはいま、三人いる。霊夢と、魔理沙と、そして。
「橙……?」
八雲の式の式。化け猫の橙は朝からずっと眠り続けていた。
さすがにちょっと変だな、とは思っていたが、魔理沙はこれが手掛かりとはとても思えなかった。
「すまん、何がなんやら……」
「いま、紫は自分の力を使えない状況にあるんだと思う」
霊夢は橙へと近づく。そして、横になっている橙に手をかざし、何か霊力を込め始めた。
「そうなのか?」
「いまのあいつはおとなしすぎる。あいつが力を使っていれば、いまごろもっと状況は動いているはずよ」
事実だった。現在、紫の力は核によって制御されている。
「でも、本当に? あいつは力を使えないの? いえ、もっと正確に言うなら。あいつは何の準備もしてなくて、それで力が使えないの?」
「……!」
「何らかの対策はしているはず。そして、わたしはこの式神がその対策だと思っている」
「さっきから変なことをしているが、何かわかったか?」
「あと少し……よし!」
その瞬間、橙の体が発光しはじめた。
「な!?」
目が眩むかと思うほどの輝き。
その輝きは霊夢の夢想封印のものと似ていた。
「本来は紫色の光なんだと思う。でもいまは、わたしの輝きよ」
「どういうことだ!?」
「橙の所有権を一時的にわたしへ譲渡した、ってことよ。もちろん普通ならそんなこと難しすぎるのだけれども、紫が橙の式に細工したみたい。だから、こんなに簡単にはやくできた」
魔理沙は呆然と目の前の光景を眺めるしかない。だが……橙を貸してもらっただけで、それでどうなるというのだ?
「次は……力の変換ね」
「変換……まさか紫の力をおまえの力に!?」
「その通り。橙の中には紫の力が溜め込んであった。この力をわたしの力へ変換できるよう式が組み込んであったわ」
「それに何の意味が?」
「もうすこし……ああ!」
橙を覆っていた虹色の光。それが霊夢へと飛び込んできた。矢のように鋭く霊夢の体を貫いたかと思うと、たちまち霊夢も虹色の光に包まれた。
「大丈夫か!?」
「大丈夫……制御はすぐ終わったわ。……紫のやつ、相当前から準備していたのね。……よし!」
光は……収まった。
「それで」
「うん」
「それで紫の力が使えるのか」
「正確には、紫に似た力だけどね。でも紫の力に気を取られているやつらは気づかない。だってもうこれはわたしの力だもん」
手をぐっと握る。霊夢は自分の中の力を確かめた。
「魔理沙、わたしの亜空穴は知ってるよね」
亜空穴。それは霊夢が瞬間移動的に元の場所から全く別の場所に移動してしまう技だった。
それはどこか、紫のスキマ移動に似ているかもしれない。
「知っているが……その技が強化されているということか?」
「そのとおり。この力を使ってあるところにとぶわ。ついてくる?」
そのとき、魔理沙はいいようのない喜びが全身を駆け巡るのを覚えた。興奮が胸に満ちていく。
おいおい、まさか異変解決にこのわたしを置いていくつもりじゃないよな?
「あたりまえだ!」
霊夢と魔理沙は手をつなぐ。これで亜空穴を使って二人でとぶことが出来るのだ。
日付が変わろうとする頃。
ようやくいつもの二人が異変解決に向かおうとしている。
「で、どこにとぶんだ?」
「決まっているじゃない」
霊夢は不敵に笑った。
「異変を起こした連中の親玉がいる場所よ」
CIAの霊的技術を担当する部門に所属するマルマロス・ハーンは、信じられないものを見た。
目の前がピカッ、と光ったかと思えばその一瞬後、そこに二人の少女が立っていたのである。
いや、ハーンの職務上、いきなり人が瞬間移動する光景など飽きるほど見てきた。だから彼が腰を抜かしそうになったのはそれが原因ではない。
彼の度肝を抜いたのは、少女たちが、ハーンの近くで腰掛けている『この人』のいる『この部屋』にいきなり現れたからであった。
恐らく霊的技術を持った存在を、なおかつ何を意図しているのか分からない存在を、『この部屋』に入れてしまった。これは明らかな自分たちの失態であり、一人の合衆国国民として決して許容してはいけない事態だった。
「ついたか……ってなんで陽が昇っているんだ!? 今は夜のはずなのに!?」
「うーん、なんでかしら。敵の親玉はそういう能力の持ち主なのかしら」
二人の少女は実に気楽さそうに会話している。自分は今にも卒倒しそうなのに。ハーンは自らの主の方を向いた。
黒い肌をした主も驚愕に目を見開いている。だが、決してパニックにはなっていない。必死に平静を取り戻そうとしている。
さすがは主。
合衆国の主だ。
「で……目の前にいる二人のうちのどっちかが異変の黒幕だと思うんだけど? 魔理沙はどう思う?」
「っていうかどうしてここがラスボスのいるラストステージだって分かるんだ?」
「うーん、てっとり早く黒幕のところいきたいなーって思ってとんだから?」
「相変わらずテキトーだなぁ」
主はハーンに目配せをする。
確かにそうだ。会話をしただけでダメージを与えてくる相手かもしれない。なら、自分が会話をしよう。主には傷一つ付けてはならない。
ハーンは決心して、目の前の少女たちに話しかける。
「……君達は、幻想郷の人かい?」
恐らく、そうだろう。自分は今日、幻想郷に対するアクションの状況報告をするために『この部屋』にやってきた。幻想郷の連中が何かをしでかしたのだろう。
しかし、なぜだ。八雲紫には何の動きも無かったのに!
「うーん、たぶんあっちの黒人のほうじゃないかな? なんか偉そうに椅子にすわってるし」
「ああ、きっとそうだ。悪いやつは偉そうにしているもんだ」
「話を聞け! 君達は何をしに来たんだ!? ここがどこか分かっているのか!?」
ここは世界の中心だ。世界のリーダーたる合衆国の中枢であり、偉大なる王の家なのだ。
ハーンは、叫ぶ。
「ここは大統領執務室だ! ここはホワイトハウスだ!」
「紅い館は知っているけれど、今度は白い館? なんだかなぁ」
「はは! 紅白でめでたいが、ちょっとネタがかぶっちまったなぁ」
霊夢は呆れ顔になり、魔理沙はけらけらと笑った。
「ふざけるな! 何をしにきたんだ!」
「もちろん、異変解決よ」
霊夢はお払い棒を合衆国大統領へと向けた。
「わたしの勘が告げているわ。あんたをぶん殴れば全部解決する!」
「ふ、ふざけるなあああああああ!」
ハーンは戦闘を担当する局員ではない。だが、ある程度の攻撃用霊的技術は持っている。ポケットからスーパーボールくらいの大きさを持つ球状の物体を取り出す。これは、相手に投げつけてその動きを封じる魔術を展開するアイテムだ。
それを二人の少女に向けて、いきおいよく投げつける。
だが。
「おっと! 喰らいボムだ!」
瞬間、魔理沙が持っていた八卦炉から光の奔流があふれ出す。投げつけられたアイテムは消滅し、投げつけたハーンもその光に飲み込まれた。
「Gyaaaaaaa!」
ハーンは思いっきり壁に叩きつけられ、そして即座に気絶した。
「さて、それじゃ黒幕さん」
「……!」
大統領の顔からは幾筋も冷や汗が流れている。恐らく、自分の机に入っている拳銃でも、目の前の彼女たちには叶うまい。
ならば、警備のものが来るまで、時間を稼ぐ。
「……我々は、話し合いをしていたはずだ。これは、失礼ではないかね?」
「何を言ってるの。あんな物騒なもの持ってきて話し合いもなにもないでしょう?」
「この話は、きっとお互いにとって有利な」
「ああもう面倒くさい!」
巫女は空中高く飛び上がった。
これは異変解決なのだ。そして異変とは。
巫女が動き出せばあっという間に解決するものだ。
ならばぐだぐだ話し合うなど、そんなのナンセンスではないか?。
「ま、待ってくれ! どうしてこんなことをする!」
「それは!」
霊夢はこぶしを振り上げ、そして、
「やっちまえ霊夢!」
合衆国大統領の顔めがけて、
「NOOOOO!!!!!!!!!!!!!」
こぶしを叩きつけた。
「わたしが……博麗の巫女だからよ!」
「は?」
ガイゼンはキッドが何を言っているのか全く分からなかった。自分の補佐官の正気すら疑った。
「すまない、もう一度言ってくれ。どうやら私の耳がイカレたか、それとも君の頭がどうかしてしまったらしい」
『ぜんぶ本当なんだよ! 嘘でもなんでもない! 何度でも言ってやる! 大統領が博麗の巫女に襲撃された! 大統領はぶん殴られてのびちまった! 博麗の巫女および他一名はテレポートで逃走、追撃不能!』
「ふざけるな!」
ガイゼンはトランシーバーにむけて大声で叫ぶ。
「八雲紫の動向は掴めなかったのか!?」
『レーダーはぴくりとも動かなかったよ! わけがわかんねえ! とにかくこっちは大混乱だ! 上の方も混乱してやがるのか、各部署が全然違う命令を出してくる。撤退しろっていう命令かと思ったら、その場で待機しろっていう命令も同時に来るんだ! 一体どうしたらいいジョージ!?』
「と、とにかく落ち着け!」
とにかく落ち着かなければいけない。ガイゼンは必死に気を静め、思考を整理しようとした。整理はいつだってとても大切なはずなのだ。
だが、彼にはゆっくり考える時間は与えられなかった。
『ああ!』
「今度はなんだ!」
『どこかの部署が勝手にやりやがった……原爆が幻想郷の連中に奪われるのにびびって……いま、俺の目の前から原爆が消えた。たぶん、ほかの機体からも』
「な……」
そのときだった。
言いようのない恐怖感が突如として、彼の胸の内に生じた。それは暗い暗い場所を一人でいくような。冗談でもなんでもなく、ガイゼンは、幼いころに夜一人で震えながらトイレに行ったときの気持ちを想起した。
彼の後ろでスキマが開く。
「こんばんは。妖怪の時間に妖怪がやってきましたよ」
八雲紫は悠然と彼の隣まで歩を進める。
「あ、あなたは……あなたは一体なにを……」
自分でもこの期におよんで、とは思っていたが、ガイゼンは敬語で紫に話しかけた。
「合衆国特務外交官殿。お約束どおり、幻想郷の提案にたいする回答を表明いたします」
時間はちょうど、日が次の一日に移った直後であった。
「幻想郷は提案を拒絶します。つまり、おととい来やがれ、ってことですわ」
「し、しかし! 中露の侵攻が!」
「それも心配ありませんわ。いいですか? あなたがたは今、大慌てで大混乱、わめきちらしているといってもよいですわ。その大声はとうぜん中露の耳にも届くでしょうね。さあ、中露はどう思うでしょう。合衆国の大統領が襲われたのだから、自分たちの元首も襲われるのではないかと考えるのでは?」
「……!」
紫は狙っていたのはこれだった。つまり、橙を使ってブーストを掛けさせた霊夢に大統領を襲撃してもらい、それを幻想郷の示威行為とする。
最初から受身になるつもりなどなかった。巫女の一撃により、全ての列強を恐怖させることを画策していたのだ。
ある意味、博麗の巫女は、外の世界における核兵器のような役割を果たしたともいえる。
「だが、もし中露がやけになって幻想郷に攻め込んできたら!? 逆に彼らを刺激することになるとは考えていないのですか!?」
「もうすでに確認はとってあります。多少非力で、もちろん大統領を殴るような力はもっておりませんが、わたしにはスキマ以外にも外にたいするツテというものはあるのですよ。たったいま、中露は軍事的アクションを取りやめました」
ガイゼンは自らの体から力が抜けていくのを感じた。
なんなのだこれは。
まるでポーカーをやっていて最後の最後に、ロイヤルストレートフラッシュで負けた気分だ。
もう、呆然とするしかない。
「あら、始まりましたわね」
八雲紫がいきなり空を眺めたので、ガイゼンもそれにつられた。
夜空には相変わらず七機のB-29が浮かんでいる。
「……」
トランシーバーから声は漏れてこない。もう、察しはついていた。キッド含めその他の要員は本国からのテレポートにより無理やり幻想郷の外に連れ出されたのだ。そういえば、ボディーガードもさっきからいなくなっているようだし、彼も同じ感じなのだろう。
だが、自分とB-29はまだ幻想郷にいる。八雲紫の仕業だろう。何か用事だろうか。まあでも好きにしたらいい。
『ファットマン』もない今、幻想郷はやりたい放題なのだから。
夜空に変化が現れた。
紅い紅い閃光が、一直線に空を駆け上がる。轟音を立てながら征くそれは一振りの槍のようだった。
紅い槍は、一機のB-29を貫いた。
一瞬まばゆく光ったかと思うと、貫かれた機は爆炎をあげながら墜落していく。
「……デモンストレーションというわけですか。おそらく幻想郷向けの。外の世界のものを破壊することによって、あなたを権力を維持するために」
「いえいえ、違いますわ。あの魔槍はレミリア・スカーレット。彼女、相当鬱憤が溜まっていたみたいです。
どうやらB-29の中には原爆もないようですし、人間もいないみたいですから。まあ、要するに。これから始まるのは」
空で偉そうにふんぞりかえっていた要塞に対する、幻想郷住人の憂さ晴らしですわ。
八雲紫はにっこりと笑った。
それから、B-29は一機ずつ撃墜されていった。
豊聡耳神子は自らが持つ剣を振り上げたかと思うと、それを鉄の怪鳥の羽に向けて叩き付けた。羽は根元から折れ、そこから炎が生じ、たちまち地面に急降下を始めた。
八雲藍は、十メートルはあろうかという卍型の弾幕を繰り出し、B-29の鼻先におみまいした。これまた一瞬で爆炎につつまれた。
守矢神社の巫女東風谷早苗は、なぜか旧日本軍の戦闘機『震電』に乗り込んでいた。奇跡の力で空を疾駆した『震電』は、機銃によってB-29を穴だらけにして撃墜した。
幻想郷中の妖精たちはようやく叶ってB-29のなかに入ることが出来た。妖精たちは心のおもむくまま機内で遊び、そしてB-29を墜落させて満足した。
そして。
「さあ、主役の登場ですわ!」
空にまばゆい虹色が輝いたかと思うと。
そこには博麗霊夢と霧雨魔理沙がいた。
魔理沙が幻想郷中に響くかと思うほどの声で「マスタースパーク!」と叫ぶと、八卦炉は辺りを一瞬昼間にしてしまうほどの光量を吐き出した。光は一機のB-29を包み、やがて空の要塞の一片にいたるまで焼き尽くした。
霊夢はブーストされた力をふんだんに使った。夢想封印の弾幕は通常時と比べると十倍ほど巨大だった。弾幕はB-29を取り囲んだかと思うと……そのままそれを蒸発させた。
かくして七機の空の要塞は消え去り。
そして、いつもの幻想郷の夜空が帰ってきたのである。
「……」
そこにいるのはもはや、憔悴しきった一人の老人であった。ガイゼンは一言もしゃべらない。
「それでは、答え合わせをしましょうか」
紫は言う。もう相手が返事をする気力もないことを理解しながら。
「わたしはあのとき、『一つだけ嘘をついた』と言いました。その嘘とは……博麗の巫女に関することです」
これは異変ではない。あなたの手に負えることではない。
嘘だった。
これは幻想郷を襲う異変であり、だからこそ博麗の巫女の出番であった。
「この幻想郷においては博麗の巫女こそ主役なのです。彼女の前では、わたしすら狂言回しにすぎません。今回のあなたがたの敗因は、わたしにばかり注目したことです。あのなんでもありな巫女のことについてもっと研究しておけば、また違った結果だったかもしれませんね」
ああそうだ、と紫は何かを思い出した素振りをした。
「博麗の巫女は霊夢で打ち止めではありません。博麗の巫女は代替わりをします。この意味が分かりますね」
合衆国は八雲紫の研究に長い年月を掛けてきた。では、博麗の巫女の研究はどれぐらいの年月がかかるだろう? またも長い研究期間が必要であり、その間に巫女は全く別の人間に代替わりをする。そうなれば研究をいろいろとやり直さなければいけない。いたちごっこだ。
つまり幻想郷は、常に国家の中枢に打撃を与える武器を保有し続けるということである。
ガイゼンは胡乱な頭でそれを考え、やがて絞り出すように呻いた。
「……ちくしょう。くそったれな化け物どもめ」
「全くもって、そのとおりです」
『かくして戦いは幻想郷の勝利に終われり、と。いやいやまるで映画のように綺麗な終わり方じゃないか。そう思わないかい、マルマロス・ハーン』
『君はこっちの惨状を知らないからそんな気楽なことを言えるんだよ宇佐見。全く酷いものさ。上の人間はことごとくクビを切られた。幻想郷の研究もやり直さなければいけない。腹立たしいことに正邪は尻尾を巻いて逃げた。中露は一見おとなしくなったようだけれども、本当は何を考えているか分からない。なにせ、相手国のリーダーを直接攻撃するっていう発想を幻想郷に教えてもらったわけだからね。まったく、〔アドミラル・ペリー〕は大失敗さ』
『怪我のほうは大丈夫かい?』
『たいしたことはない。腕に軽いやけどをおったくらいだ。大統領も不思議なことに数時間したら公務に復帰できた』
『まったく摩訶不思議だよ、幻想郷の連中は』
『君の言った通りだったな。我々は幻想郷を甘く見すぎていた。結局のところ、私達は彼らをインディアンの一部族のように考えていたのかもしれない』
『今度のジェロニモには骨が折れる、ってわけか。ねえ、きみ。幻想郷は何がしたいんだと思う?』
『どういうことだい?』
『彼らの最終的な目標のことさ。外の世界を脅し続けて……それからどうしたいんだろうね?』
『そうだな……自分たちの永続?』
『まあ基本的にはそうなんだろうが、いまちょっとおもしろい推測をしたんだ。聞いてくれるかい?』
『どうせ嫌と言っても勝手に喋りだすんだろう?』
『その通り。いいかい、これまで僕達は幻想郷のことを動物保護区みたいなものだと考えてきた。つまり、否定された幻想の逃げ込み先だとね。でも正確に言うと違うんじゃないかな。確かに避難先であることに違いはない。でもずっとそこに潜んでいるだけなんだろうか?
もしかしたら彼らは待っているのかもしれない。僕達外の世界の人間たちが幻想を許容するのを。そして外の世界の受け入れ準備が整ったら、彼らは大手をふって幻想郷から出てくるんじゃないかな』
『だから、それまで外の世界の従属にならないよう頑張っていると?』
『そう考えたほうが夢があるだろ?』
『君はロマンチストなんだな』
『褒め言葉として受け取ろう。まあ、今回の会談はそんな幻想郷が描く未来への第一歩だったんじゃないかな』
『会談?』
『そう、合衆国と幻想郷の首脳会談さ。滅多にない刺激的なものだったみたいだけれど』
『宇佐見、君は話を聞いていたのかい? 全然ちがうよ。全くちがう。あくまで我々は彼らとの対話と交流を目的としている。それ以上ではないよ』
『おいおい。この電話がどういうものなのか忘れたのか?』
『日米間における実務者レベルでの情報交換。法と条約に則った連絡用通信』
『確かに公式なものさ。でもね、このやりとりを記録する人間も、きみと僕共通の友人なんだぞ。融通はきく。もっとざっくばらんに話そうじゃないか』
『そのざっくばらんはどの程度までのものなんだ?』
『僕は妻と結婚してもうすぐ3年になる。子供もできた。ものすごく賢い子だ』
『私は最近まともに家に帰っていない。忙しくてな。でも今回の件が一段落したら、妻をカリフォルニアに連れていってあげようと思う。妻は海で泳ぐのが大好きなんだ』
『つまり、そういうことだ』
『家族と話すときのように、だな。嘘を付かず、心情を吐露しろと。本当に話してはいけないことは話さないからな』
『それにしても急な話じゃないかい? きみの例のレポートを読ませてもらったけれども、いますぐアクションを起こせ、とは書いてなかったぞ。いささか中身は過激だったけれど』
『あのレポートに多少の不備があったことは認めるよ。旧式爆弾を一斉に幻想入りさせるやりかた。同僚にも言われたけれど、その爆弾を八雲紫に送り返されたらどうしようもないよね。私が馬鹿だった。しかし、今回幻想郷に起こすアクションは平和的だよ。最低でも制圧する類のものじゃない』
『でもその対話の方法が少々過激だと思うよ? そういえば僕の国は、君たちの国と出会ったとき、同じような平和的交流を嗜んだと記憶しているけれど』
『今回の作戦名は〔アドミラル・ペリー〕だ。言っておくが私はこの名前に反対したんだぞ』
『しかし作戦そのものには反対しなかった』
『この数ヶ月で状況が恐ろしいほど推移した。世界中の霊的組織はおおわらわだ。原因はたった一匹の天邪鬼さ』
『まさか』
『鬼人正邪。あの女は幻想郷の大結界に小さな穴を開けたのさ。で、ロシアにこの事実を教えた。ロシアは大喜びで、友人の中国を誘いながら、幻想郷に入り込む準備を始めた。ああ、それからが実に噴飯ものなんだが、正邪はその後に合衆国へ接触した。露中に先をこされる前に急げ、ってね。ありがたい情報を教えてくれたのさ。自分が空けた穴の位置は伝えてくれなかったけれども』
『正邪についてはこちらも把握しているよ。彼女が起こした異変もその概要は知っている』
『その異変については珍しく、日本よりも合衆国が詳しく知っているよ。わたしは、彼女が自慢げに異変について話すのを、この耳で聞いていたんだ』
『止められない、だろうなぁ』
『止められないね。状況がここまで来てしまったのだから。ロシアと中国の動いていることをしっかり確認した。私も慎重論をかなぐり捨てたよ。ロシアと中国に霊的資源を奪われるわけにはいかない。幻想郷には大国の霊的技術のバランスを壊すほどのものが眠っているだろうからね。大統領がGOサインを出すのに、たいした時間は掛からなかったよ』
『うまくいくと思うかい、ハーン?』
『確証は、出来ない。けれど、今回の作戦はよくよく部内で話し合って決めたことだ。大きな穴はないと思う。それに』
『それに?』
『やはり幻想は現実には勝てないのだと思うよ。こんなファンタジーな部署で働いている私が言うのもなんだが。例えばギリシャ神話とエジプト神話、世界中で有名なストーリーだけど、この神話をいまも信仰している人間がいるかい?』
『古さで言うならうちの神話も二千年だ』
『きみたちの神話もいずれ何らかの形に変質するということさ。本質は消え去り、その外側だけが残る。どこが悪いというわけじゃない。長い長い時間の間に、様々な現実が幻想を変えて貶めてしまう。どうしようもない宿命なのさ』
『幻想郷という閉じられた楽園も年貢の納め時だと?』
『そう思ってかまわない。少なくとも今回の作戦が成功した場合、幻想郷は変質を余儀なくされる』
『ハーン、予定された時間が迫っている。今回の通信はここまでだ。この会話がお互いの不利益にならないよう注意しよう』
『宇佐見、私を軽蔑するかい?』
『人間はいつだって目の前の事態に対処しなければいけない。僕が思うに、きみも最善のことをしたのさ。それだけは確約するよ。ただ、少し驕りが見えるね』
『どういうことだい?』
『あまり幻想郷を甘く見ないほうがいい、ってことさ』
あきれるほど青い青い空が広がっている。魔理沙はその空を一直線に飛んでいた。
長かった梅雨も過ぎ去り、幻想郷は本格的な夏を迎えようとしていた。地表に残る湿気は太陽の光によって熱せられ、不快な水分のスーツを人間たちにプレゼントしている。だが、そんなありがた迷惑も空の上なら関係ない。箒のスピードを少し上げれば、爽やかな風が頬をなでる。
降り注ぐ光は力強く、世界をはっきりと映し出す。どこもかしこも色が濃く見え、目を楽しませてくれた。
やがて魔理沙は博麗神社に到着した。そしていつも通りに神社の縁側に向かう。
「よう、霊夢! 暑いなー……うん?」
「いらっしゃい魔理沙。今日のお客様はこれで二人目ね。どっちもあまりありがたくないけど」
魔理沙は、縁側に腰を下ろしいつも通りお茶を飲んでいる霊夢の横に、誰かが寝そべっていることに気がついた。
「橙じゃないか。どうしたんだ」
「知らないわ。今朝急に来たのよ。まったくこんなに暑いのに、どうして猫をそばにやらなくちゃいけないのかしら」
八雲の式の式、橙。彼女が仰向けになって寝ていたのだ。橙もよく神社にくる妖怪だが、いつもはチルノやルーミアなどの連中とたむろしているはずであり、一匹でやってくることは案外珍しい。
霊夢いわく、まだ陽が昇るか昇らないかの薄闇のころ、橙がふらふらと寝ぼけまなこで神社にやってきたらしい。「ねむいー」とだけぶつぶつ呟いて、霊夢が何かを尋ねるまえに縁側に身を投げ出し、後はただぐっすりと眠りこけてしまった。そして声を掛けても、蹴り飛ばしても、目を覚まさなかった。
「なんだこの化け猫? よっぽど徹夜でもしたのか?」
「魔理沙でもあるまいし。ああもう、そんなのどうでもいいのよ!」
霊夢はぐだー、と横になった。
「ひまねー」
「ひまだなー」
時間はちょうど正午を迎えようとする頃だ。ますます暑さは上がっており、魔理沙はさっきまでは気にしなかった湿気にも、盛大に包まれることになった。
昼飯でもたかろうかと考えていたのだが、霊夢もこの暑さにノックダウンされてしまい、準備をほとんどしていないらしい。食欲もないし、私もぐでー、とするか。
魔理沙も霊夢をみならって、縁側で横になった。
巫女と魔法使いが横になって空を見上げる。その傍で化け猫が丸くなって寝ている。奇妙な三人の周りを、けだるくも静かな時間が流れていった。
「……む」
先に『それ』を見つけたのは霊夢だった。
「どうした」
「魔理沙、あれ」
霊夢が青い青い空に指をさした。
「……あれ? 何か飛んでいるのか?」
空にきらりと光る点があった。注意深く見なければ気がつかないほどの小さい点。それが北から南へ向けて移動しているのだ。
小さい点とはいえ、恐らくこの場所から相当高い場所、遠い場所のように思える。ならばここからでも見えるということはかなり大きな物体が空中にあるという理屈になる。
「宝船の一件を思い出すな、霊夢」
「結局、抹香くさいやつらしかいなかったじゃない。それじゃ」
ばさっ、と霊夢は勢いよく起き上がったかと思うと、一気に空中に浮かび上がった。
「先にいくわよ! 魔理沙!」
そして空を移動する謎の点に向かって一直線に飛び立っていく。
「ばっ、ばかやろう! 私をおいていくな! 待てぇ、霊夢!」
魔理沙も負けじと、愛用の箒に手を伸ばし、飛び乗った。魔力を集中させる。そして、それを解き放った。
箒はめざましく加速し、先行する霊夢をおいかける。
こうして、神社には橙だけが残された。
「……」
「……」
霊夢と魔理沙は、目の前の状況に対してただ、唖然としていた。
なんだこれは。
二人は多くの異変を解決してきた、歴戦の猛者である。だが、その二人をして、目の前にある物体は理解不能のものだった。これが何なのかを推測することが出来ないほど、二人にとっては異質な存在だったのだ。
霊夢と魔理沙が勇んで空に飛び立ってからしばらくして、『それ』は雲の上にはっきりと姿を見せた。
『それ』はどうやら7つの巨大な物体であるようだった。きらりと光って見えたのは『それ』が全面を銀色に塗装されていたからだった。生き物ではない。人間がつくった人工物である。それが空を飛んでいたのだ。
『それ』はまず、どことなく葉巻に似たフォルムの胴体を持っている。その胴体にまるで鳥の羽を抽象化したようなものがくっついている。そしてその羽には、扇風機の羽(二人は一応知っている)のようなものがそれぞれ二つ、ぜんぶで四つあり、ばりばりと鼓膜が痛くなるほどうるさく回転している。
~のような、という言葉が連続するが、それだけ名称も分からないものが目白押しであるということだ。
大きさは、魔理沙の目測で全長三十メートル、翼長(この言い方が正しいかは分からない)四十メートル以上。そんな巨大なものが7つ、雁が夕焼け空をいくときにつくるような名並びで空を飛んでいるのだ。
威圧的だった。
「……おい! あれって!」
魔理沙のほとんど停止してしまった思考がようやく動きはじめる。目の前の巨大な空中物体に対して二人はなんとか並走していたのだが(時速数百キロは出ていた)、物体の前面、ガラス張りになっている場所をのぞいてみたところ、そこに人がいたのだ。
「あれは乗り物なんだ!」
物体のなかにいた人間(?)たちもこちらに気がついたらしい。なんと、手を振ってきた。
「これって……」
なんなのかしら。霊夢は考える。
これが人工の物体であることに間違いはない。そしてこの物体にはどうやら霊的な技術が使われている雰囲気がある。それを感じ取ることが出来た。だが、どうも霊的な技だけで飛んでいるわけではないようだ。それも雰囲気で分かる。
空を、魔法を使わず飛ぶことができる物体。もしかしてこれは。
「あれは!?」
魔理沙が叫ぶ。物体に変化があった。
後に二人は、そこがハッチと呼ばれる出入り口であると知る。
そのハッチから二人の人間が、飛び降りた。
「な……!」
「!」
なんどもいうが、ここは空中である。それも高い高い、雲の上だ。
「くそ!」
魔理沙は地面に向かって落ち続ける二人に向かって急加速する。どういう理由で飛び降りたかは知らんがたすけてやらねば。
そして、あっという間に落ち続ける二人のそばまで飛ぶ。
「手を!」
のばせ! 魔理沙がそう叫ぼうとした、瞬間。
「!?」
それは大きな花が急に咲いたようにも見えた。
二人は大きなリュックのようなものを背負っていた。それが開いたかと思うと、布でできたなにかが急速に広がり始めたのだ。
これも、霊夢と魔理沙が後で知ったことだが、飛び降りた二人はちゃんとパラシュートなるものを準備していた。
パラシュートを操る二人はなんらかの操作を行い、落下のスピードを殺しながら、ゆっくりと地上へ舞い降りていく。
着地場所としてぴったりな草原へ、実に優雅に向かっていく。
「魔理沙」
いつのまにか魔理沙の後ろに来ていた霊夢が言う。
「あの人たちたぶん」
「みなまで言わなくてもいいぜ」
その推測は、魔理沙も既に持っていた。
「あいつら外の世界の連中だ」
パラシュートは降下成功。
『彼ら』は急いでそれをたたみ、彼女たちが降りてくるのを待った。
『彼ら』にとって、これは重要なコンタクトである。最低でも、礼儀ただしくなければいけない。『彼ら』は国家にとって重要な案件を抱えているのだから。
巫女と魔法使いがやってきた。魔法使いは箒にのり、巫女は道具を使わず自由に空に浮かぶ。実にファンタジーな光景だった。
「はじめまして!」
その男は、はきはきと通りのよい声でそういった。にこにことした顔をしながらだ。
草原に降り立った霊夢と魔理沙は一瞬、まずどちらが第一声を相手に掛けるのかで悩んだ。だが、魔理沙は引き下がる。こういうのは巫女の仕事だ。なんとなくそう思った。
「あなたたち、だれ?」
「我々は、アメリカ合衆国から来ました。突然の訪問ご容赦ください。幻想郷と合衆国は長い間まともなコンタクトをとれなかったのです。もちろんこれからは違いますが。」
黒のスーツ姿できっちり白髪を整えた男、合衆国特務外交官ジョージ・ガイゼンははっきりとした日本語で言う。
「先に言っておきましょう。やはり気になるでしょうからな。さきほどあなたがたが見た物体は、我々が乗ってきた機体、B-29『スーパー・フォートレス』です」
例え外の世界であったとしても、この光景は少々異様なのだろうな。八雲藍は空を眺めながらそう思った。
B-29はもはや空の点ではなくなり、肉眼でもはっきりその姿を確認できる高度に降りてきていた。だいたい千メートルほどの高さだろうか。七機の戦略爆撃機が、雁が空を行くときのように間をつめて、「へ」の字で並んでいる。外の世界で飛行機が空を行くことは珍しいことではないが、しかしジャンボ旅客機のような航空機(実際には違いが大きいけれど)が同じ種類の機体一つ分の間隔で並ぶのは奇妙というか、威容であった。迫力がある。
B-29はアメリカ合衆国がかつて装備していた四発プロペラ爆撃機である。その巨体に9トンの爆弾を詰め込み、敵の頭上にそれらを投下することを任務としていた。第二次大戦のときはまさに空の要塞として君臨し、敵国の街々を火の海に、瓦礫の山に変えていった。日本もこの飛行機によって、酷い目にあった。
何もこんなのに乗ってやってこなくとも。藍は半ば呆れ果てながら目の前の男を見る。
こいつら、本当に話し合いにきたのだろうか?
「私としてはB-36のほうが好きなのですがね。しかしどうしても七機そろえることが出来なくて。幻想郷で『停止』するためには霊的な技術を施さなければいけません。そのためには七、という数字が必須なのですよ」
ガイゼンは自慢のオモチャを見せた子供のように無邪気に言った。
狭い幻想郷で飛行機を飛ばしたら、あっという間に端から端へ行ってしまう。だから、なんらかの魔法で飛行機を空中で停止させなければいけないのだ。
なら車で来ればいい。なにもそんな手間をとって爆撃機でやってくる必要性がどこにある。藍は皮肉の一つでもかましてやろうとしたが、
「爆撃機というものには、まるで大宮殿を眺めるときのような興奮がありますわね」
主、八雲紫の一言でさえぎられた。
「女性で理解を示してくださる方がいるだけで、存外の喜びです。さて、それでは」
「ええ」
「会談をはじめましよう」
霊夢と魔理沙が、合衆国特務外交官を名乗るジョージ・ガイゼンという男と出会ってから、三時間。展開は急速に進んだ。
あの後、対面した両者の間に突如スキマが開き、八雲紫がぬっと頭を出してきた。
「いらっしゃいませ、米国の友人方。わたしたちは皆様を歓迎しますわ」
後に霊夢が語るところによれば、紫はいままでのなかで一番、うさんくさい笑顔をしていたらしい。
紫は既に会談場所を用意してあると言い、そこに案内しましょうとスキマを開いた。スキマの中にはいつものように気持ち悪い目玉たちがのぞいていたが、ガイゼンは臆することもなく、「サンキュー」の一言と共にその中に入っていた。一緒にパラシュートで降下したボディガードもそれに続く。
「紫、わたしも」
霊夢は紫の真正面の立ち、屹然と言う。
だが、しかし。
霊夢は薄々、紫になにを言われるのか分かっていた。勘づいてしまっていた。
「あなたは来なくていい」
それは嘲りを含んだ笑みだった。酷薄な、突き放した笑みだった。
「博麗の巫女は異変を解決するのだけが仕事ですわ」
もうこれは、あなたの手に負えることではない。
紫はさっと身を翻し、スキマに飛び込んだ。
魔理沙は紫に向けて何かを言おうとした。どういうことだ、と発現の意味を問いただしたかったのかもしれない。あるいは、そこまで大事なのかと聞きたかったのかもしれない。
しかし結局、頭は混乱したままで、何も言うことが出来なかった。紫はこの場から姿を消した。
頭上を聞いたこともない音が流れていく。B-29のプロペラ音だ。
そのにぶく重く響く音が、どこか不気味だった。
魔理沙は霊夢がどんな顔しているか見たかった。こいつは今、どんな顔をしているのだろうか。紫に役立たずだ、って言われたも同じだからな。
霊夢の顔を覗く。その顔は……
さて、スキマをくぐった一行のその後である。
スキマのトンネルが終わると、そこには立派な日本家屋が建っていた。
北の方角を見るとそこには雄大という言葉が似合う、妖怪の山が屹立していた。ここは幻想郷のなかなのだ。
紫いわく、妖怪の賢者が会合を行う際に使われる屋敷とのことで、多くの部屋を抱える、裕福な人間の大邸宅といった趣であった。
ガイゼンとボディーガードは一室に通され、そこで合衆国と幻想郷間における会談を行われることに相成った。畳部屋の真ん中に机が置かれ、それを間に挟み2対2で向かい合う。
ちなみにガイゼンの移動にともない、B-29の七機編隊もこの屋敷上空の移動してきた。
ガイゼンが懐からスマートフォンを出し、それで連絡を取ったのだ。
「どうかご容赦ください。私の母親は過保護なのです」
ガイゼンはまた無邪気に言った。くりくりとよく動く目玉がどことなく子供っぽさを表現している男だ。だがオールバックにした白髪が示すとおり、歳は老境を迎えているはずだ。もっとも、それが霊的な何かによるフェイクである可能性はあるが。
けれど、いまはまだそれを掴めないな。藍はそう思いつつ、ガイゼンに言う。
「それでは今回のご訪問の理由、それを少し整理しておきましょう」
「整理はとても大切ですね、ミス藍」
「おや、私の名前を?」
「無知が相手に対する失礼にあたることもありえます。ですから勉強させていただきました」
勉強ねぇ。はたしてそれはどのような学習方法をとったものなのやら。
「あなたがたの目的は友好、でしたわね」
紫が言う。
「その通り。より詳細に言うのなら、さらなる友好の深化、そのための方法の提案です」
幻想郷と外の世界は決して没交渉ではない。
博麗大結界というあまりにも大きな術は、えてして自分たちの存在を誇示してしまう危険性をはらんでいる。少しでも霊的な技術を持っているものからすれば、目立ちすぎて丸分かりなのだ。しかし、目立っているからこその利点もある。あそこまであからさまに存在を誇示しているのならば、相当の自信を持っているのではないか。相手にそう思わせることが出来るのだ。
だから、幻想郷を恐れず近づけるのは、国家などの巨大な組織に限られてくる。
アメリカが幻想郷と接触を持ったのは1945年、日本の敗戦の時期にさかのぼる。そのとき八雲紫はアメリカの幻想郷調査チームの前に現れ、とある交渉をもちかけた。
この世界においてほとんどの国家は秘密裏に、霊的な技術、分かりやすく言うなら魔法の技術を保有している。だが、それにも差というものが生じてしまう。各国は他の国に負けじと霊的技術の確保に汗を流しているのだ。
よって、恐らく霊的技術の宝庫であろう幻想郷からの提案、霊的資源の輸出に合衆国はイエスの返事を出した。その輸出量は非常に少なかったが、しかしその僅かな資源は合衆国が他国より有利になるのに充分だった。
八雲紫は律儀に、ソ連に対しては霊的資源を輸出しなかった。幻想郷は冷戦中、西側に属していたことになる。
輸出する側と輸入する側。幻想郷と合衆国はこの関係を七十年近く続けてきた。だが、しかし。この関係を揺るがす事態が、遂に発生した。
「安寧たる世界の秩序が壊されようとしているのです。これに対応するためには、我々は一歩踏み込んだ関係を再構築しなければいけません」
アイゼンはにこやかな顔を一転、緊張した面持ちに直すと、紫に対してそう言った。
「その秩序を壊したのは?」
「鬼人正邪という妖怪です。彼女はとある処置により博麗大結界に穴を開けたのです」
「……」
藍は眉を少しだけひそめた。それについてはよく知っている。なぜなら結界に穴が開いていることを最初に見つけたのは自分だからだ。その穴は巧妙に隠され、どこにあるのか探知することは出来なかった。
それを主に報告したとき、藍はこう言われた。
穴がどこにあるのか、それは私にも分かりません。ですが、いまはほうっておきなさい。それよりも、もうすぐお客様がいらっしゃるわ。
まえの第二次月面戦争のときもそうだった。藍は詳しい説明を紫に受けなかった。主は一体なにを考えているのか? 自分はそれを推察しなければいけないのだろう。それ自体には不満はない。だが、このような『外交』の場ではもう少し情報の共有があってもよいのではないだろうか。
外交、そう外交だ。ここで使われる武器は弾幕ではなく言葉だ。言葉を使い、慎重に慎重に少しでもよい条件を相手から引き出す。これはそんなデリケートな戦いだ。
藍は紫が、巫女に言った言葉を思い出す。確かに猪突猛進、見敵必殺な巫女には荷が重い。
「存じていますわ。その穴を開ける際に使われたのは、恐らくわたしが正邪に盗まれた傘でしょう」
紫がそう言った瞬間、藍は呆気に取られる。それを言ってしまうのか。
「おお……これは。少々驚きましたよ。そちらからそれを言われるとは」
ガイゼンも面喰らった顔をしている。
「以前、鬼人正邪は幻想郷において指名手配がされたことがありましたわ。その際正邪は私の傘を盗みました。その傘は私の力を一部ですが使うことが出来ます。それを応用して穴を開けたのでしょう」
紫は、ペコリと、頭を下げた。
「申し訳ありません。それは確かにわたしの責任です」
「……」
「……」
ガイゼンも藍も呆気に取られている。外交とはいわば、高度な口喧嘩のようなもの。口喧嘩において先に謝るとは。
「ですが、勝手を承知で発言します。確かに現在の状況は非常に危機的です。ロシア、中国は結界に穴が開いたことをよいことに、幻想郷にたいして軍事的なアクションを起こそうとしています。幻想郷と合衆国はこれになんらかの対処をしなければいけませんわ」
うまい、と藍は思った。つまり相手のペースを乱すために謝ったのだ。そして外の世界の情勢についても発言し、こちらが無知ではないことを示したのだ。
ガイゼンは一瞬、何かを考えている面持ちをした。しかし、すぐに破顔した。
「すばらしい! 我々はよきパートナーですな! 外の世界の混乱を私たちは等しく把握しているわけです。話がはやくなります」
「幻想郷の外交は、私に一任されております。私の言葉が、幻想郷の意思だと思っていてください」
「では、早速提案しましょう。幻想郷は世界に対してもっと開かれるべきなのです」
ガイゼンは一気に語りだした。やはり会談のキャスティングボードを相手に取られかけてしまったのを意識しているらしい。
「まず、幻想郷の立ち位置は非常に特殊であることを理解しなければいけません。単純に言ってしまえば他者との交流は少ないのに、他者より圧倒的な力を保有しているということです。無論、交流は我が国とはおこなっています。そして中露とも」
冷戦崩壊後、紫は中露の二カ国とも関係を持っていた。無論、合衆国と同じく、霊的資源の輸出は少なかったが。
「問題は交流が少ないというところです。現在中露はより多くの霊的資源を求め、幻想郷に押し寄せようとしています。ですが、その根底にあるのは自らの取り分が少ないのではないかという欲求不満です」
ここで、いったん言葉をきり、息を吸い込む。
「幻想郷は外交における接点がほとんど八雲紫、あなたしかありませんでした。あなたが指定した場所に赴き、何かしらの資源をいただく。それだけです。これでは我々が圧倒的に不利ではありませんか。そちら側のなんらかの事情、例えば霊的資源が今はどうしてもこれだけしかだせないといったもの、があったとしてもこちら側はそれを知ることが出来ません。もしかしたら、出し惜しみをしているのではないかと思ってしまいます」
幻想郷には各国の大使館も無いのですから。ガイゼンはそう言ってにこっと笑う。
「秘密主義は捨て去らなければいけません。もっとオープンに、もっと開かれた幻想郷を。外の世界に我々が話し合う恒常的な場所を設けましょう。幻想郷側からも代表を一人出してもらって、常駐していただきます。そこで様々な貿易のことを話し合うのです。そこで米中露があなたがたと腹を割って話し合えば、きっと問題は解決します。きっと」
「……」
藍は黙考する。出し惜しみか、確かにな。幻想郷は自分たちの手駒を小出しにしてきた。
少しでもこちらが有利になるためだ。だから、こいつらが幻想郷にやってきたとき、もっと取り分をよこせと言うのかと思った。だが、それとは少し違うらしい。
要するに幻想郷に開国せよというわけだ。たしかに幻想郷の状態は強く門をとざした鎖国であると言えるかもしれない。結界に覆われ、外の世界にまともに行けるのは紫様くらい。確かにそれでは相手側が不審に思うのも無理はない。だからもっと、開かれるべきだと。だから紫様以外の接点、外での対話の場所がいるのだと。
さきほどガイゼンは大使館という言葉を冗談交じりに言ったが、いい得て妙かもしれない。
幻想郷が外に大使館を置く。それが彼らの提案だった。
そしてこれを断れば、やがて中露が攻めてくる。科学と霊的技術を両用し、恐らくテレポートなどを使用して、日本に暮らす外界人に気づかれることなく、幻想郷を蹂躙しようとするはずだ。
「……」
紫は少しの間、何かを考えていた。
そして。
「ガイゼンさん」
「なんですかな」
「これは非常に大切な話し合いです。ですからわたしたちは常に正直であらねばいけません」
「まったくです」
「では、あのB-29に積まれた核兵器についても話さなければいけませんわ」
「!」
藍の顔が一気に青ざめる。こいつら、なにを。
「まったくです、我々は真摯でなければいけません。よろしい、正直に言いましょう。あの七機のB-29には七発の『ファットマン』が乗っています」
『ファットマン』、つまり長崎型クラスの原子爆弾のことである。
「わたしの能力については、どうやら非道く勉強されたようで」
「ええ、なんとか。といってもあなたが能力を使ったのを探知できる程度ですが。しかしそれでかまわないのです。あの『ファットマン』はあなたの能力が我々に危害を加えるために使用されたと察知した瞬間に、爆発するようセットしてあります」
「……」
紫は何もしゃべらず、ただガイゼンを眺める。その表情には相変わらず笑みが浮かんでいる。
「脅しと捉えてもって結構です。しかし、我々には時間がない、余裕がない。それだけは知っておいてください」
「……それでは、わたくしも正直に言うしかありませんわ」
「なんですかな」
「わたしはここまでの間に一つだけ嘘をつきました。ここから先は嘘はつきませんけれど」
豊聡耳神子が配下の物部布都を連れて、レミリア・スカーレットの居城である紅魔館にやってきたのは、幻想郷に鉄の怪鳥が飛来した日の夕暮れどきであった。
あかく染まった空には相変わらず怪鳥が七羽いすわり、その独特の形状を誇示している。
時折り、好奇心旺盛な妖精たちが近づいてくるが、怪鳥は機銃と呼ばれる武器で妖精の集団ごと吹き飛ばしてしまう。
神子は妖精たちが次々と一回休みになる光景を眺めながら、紅魔館の主に挨拶する。
「どうもお久しぶりです、レミリアさん。やれやれ大変なことになりましたね」
紅魔館のエントランス、神子、レミリア、布都、そして紅魔館の参謀パチュリー・ノーレッジの四人は、咲夜が淹れてくれた紅茶をすすりながら、机を囲んでいた。
「ふん。なあ聖人よ、どうして私のところにやって来たんだい?」
不機嫌であることを露骨に隠そうとせず、レミリアが言う。彼女が座っている場所はちょうど日陰になっており、夕闇せまる時間帯だけあって暗く、そこからドスの聞いた声がするのは妙に迫力があった。
「いやぁ、今回の騒動は外の世界が大きく関係しているんでしょ? だったらレミリアさんに話を聞こうかな、と」
しかし神子はそんな迫力をまったく気にすることなく、気軽な感じで返事をする。
「外の世界といったらこの幻想郷では守矢の連中、そう相場は決まっているだろう?」
「うーん、でももっと詳しいのはあなた方でしょう? なにせあなたがたもしばらく前に幻想郷にやってきて、なおかつ外の世界の闇をよく知っておられるとわたしは思うのですが」
「ぬかせ」
スカーレット家が貴族を自称しているという事実を決してあなどってはならない。外の世界においても力のある貴族として振舞っていたというのなら、それは多くの従属者を率いていたということであり、必然国家などの組織にマークされることになる。だが、スカーレットはそれでも生き残った。
神子は思う。それがいかなる苦難に満ちたものだったか。そして、そうであっても挫けることなく歩んできた彼女は途方もなく偉大であるのだと。
「どうかいろいろご教授いただきたい。この騒動なかなかめんどくさそうなので」
神子と布都が紅魔館を訪ねたのは、今回の幻想郷と合衆国の接触がどのような進展を見せるのか、見識あるレミリアの意見を聞いてみようと思い立ったからであった。
「……パチェ、あの紙ある?」
レミリアは横にいる親友に声を掛けた。
「はい」
パチュリーはポケットから折りたたまれた手紙を出した。彼女は相変わらずのように本を読んでいる。レミリアは憮然とした態度で手紙を受け取った。
「これに書いてあることって、全部本当なの?」
幻想郷の賢人八雲紫と、合衆国特務外交官ジョージ・ガイゼンの一日目の会談は、およそ三時間ほどで終わった。その後八雲紫は、合衆国が会談を申し込んできたこと、その会談のなかで外の世界に幻想郷の大使館を作ることが提案されたこと、会談は終始和やかなムードで進んだこと、などの内容が綴られた手紙を幻想郷の各勢力に配布していた。『ファットマン』については書かれていない。
「ああ、わたしも持ってますよそれ。良い紙使ってますよね」
「そ・れ・で、どう思う? 私は正邪が開けた穴を元に戻せないというところが嘘だと思うんだけど」
「うーん、どうなんでしょうね」
うさんくさい妖怪の代名詞であるとも言える八雲紫が、今回は珍しいことに、自らの非を認めた。正邪に開けられた大結界の穴は閉じることが出来ないと、手紙には書かれてあったのだ。
「八雲紫には何らかの意図があって、穴を開けっ放しにしている。確かに考えられることです。なにせ大結界に関しては八雲家の独壇場ですからね。わたし達には結界の仕組みすら全くよく分かっていない」
「一応霊夢も結界のあれこれには関わっているらしいが……八雲紫が何かを企んでいるとしても、その仔細が掴めないな」
「なんのメリットがあるのか、ですね。結果として合衆国の介入を招いてしまったわけですから……まず合衆国が、いや外の世界の人間が幻想郷に大きく介入をしてくるという事態は、良いことなのでしょうか、それとも悪いことなのでしょうか。それを考えてみましょう」
「続けろ」
「幻想郷は閉じられた世界です。そして人間は閉じられたものをこじ開けようとする性質があります。そうなると、我々はいつまでもこの桃源郷が同じままであると考えていいのでしょうか? 永遠に不変であるものはない。外の世界の人間の介入によって幻想郷も変質するのが当たり前なのではないでしょうか」
「おやおや」
ここでレミリアは不機嫌な表情を一転、ニヤニヤとした笑顔になった。どこか皮肉めいている。
「かつて隋の皇帝に喧嘩をふっかけるような手紙を出した方の言葉とは思えないお言葉だな」
「いやぁ、あれは」
神子の顔に朱がさす。夕焼けの紅い光だけではない。照れているのだ。
「あれは日本と隋の間に海があったからですよ。もし陸続きだったら、ああも堂々とした文章は書けません。もっと穏やかな何かだったでしょう。
昔といまは違います。いまはほら」
神子は空を指さす。
「あれでどこにだっていけますから」
怪鳥がやってきたときから、幻想郷は多かれ少なかれ、どこも混乱している。
野良妖怪はすくみあがっている。
人里は殆どの人間が家に閉じこもっている。
妖怪の山は一部過激派を抑えるのにてんてこ舞いだ。
鉄の怪鳥は幻想郷を睥睨している。
「外の世界の力、科学力は凄まじい。わたしもほんの少し学んだだけで嫌というほど理解しました。霊的な技術ならこっちが有利ですが、その差を埋めるほど、科学は強いのです」
「確かにな」
一瞬、レミリアの表情が曇った。
神子はいまこの瞬間の、永遠に紅い幼き月の全てを、自らの能力で感じ取ってしまおうか、そんな欲求に駆られた。なにがあったのかを知りたい。だが、それは駄目だ。常勝の者などはいないが、だからといって敗北が恥ではないというわけではない。
「話を戻しましょう。八雲紫がなにを考えているにしろ、外の世界の勢力が幻想郷に足を踏み入れた時点で、こちらは不利になるのです。ですから八雲紫の策略によってこの事態が引き起こされたとは考えにくい」
「幻想郷の有利は結界という壁があるからだ。私たちはひきこもっているからこそ強いと言えるかもしれない。壁があり、それが外の世界と幻想郷との間に距離をつくる。距離があるうちはいろいろと小細工が出来る。だが、距離が無くなりガチンコでぶつからなくなってしまえば幻想郷は」
「負けるわね、外の世界に」
パチュリーはそれまで読んでいた本を机に置いてからそう言った。
「前に興味があって考えてみたことがあるんだけど、幻想郷と外の世界の力の差、だいたい一対五くらいだと思う。もちろん五が外の世界ね」
喘息ぎみなので長くがしゃべれない。いったん息を吸い込む。
「実際に戦争になったらっていう感じでシュミレーションもやったことがあるわ。まず一年や二年は大暴れ出来ると思う。でも外の世界の人間も馬鹿じゃない。いずれ対策方法を考え付くわ。やがて幻想郷は日増しに戦力を削られていって、そうね五年ぐらいで全滅するんじゃないかしら」
「なんともかんとも」
神子は手をすくめた。
「では、話し合いしかありませんね」
「だが、相手がずっと有利だ」
レミリアは苦々しげに言う。
「そんな話し合い、こっちの負けにきまっている」
まとめよう。八雲紫の陰謀によって合衆国がやってきたという推測は成り立たない。なぜなら対話をしてしまった時点でこちらの不利だからだ。外交は口喧嘩であるということは前にも書いたが、ならば体の大きい相手と喧嘩すればどうなるかはすぐ分かるだろう。
あの賢明な八雲紫がそんなことをするとは思えない。ならば今回のことは彼女の予期していなかったことと言える。
「まあ、まだわたし達が知らない何かがある、それを八雲紫は狙っている、というケースも考えられますが」
「いまはまだ、横に置いておけばいい。証拠もないものを考えても余計に混乱するだけだ」
「ですね」
では、次だ。今の状況は圧倒的な力を持つ外の世界の勢力がやってきてしまった、というものだ。では、これからどうする?
「布都はどう思う?」
神子はそれまでずっと何かを考え続けていた布都に尋ねた。
「考えはまとまった?」
「はい」
布都はこれまで複雑な思考を展開し、それを整理するという行為を続けていた。
いうまでもないことだが。
布都は神子の最高の参謀である。
「我々はもう交渉をするしかありません。それも大分不利となりことが決定づけられた交渉を。八雲紫という反則じみた奴がいますが、あやつの力は逆に強大すぎるがゆえに警戒され、結果使いにくくなってしまうでしょうな。おそらくあのB-29? とやらのなかにはあやつの力を感知した場合に作用するなんらかの武器があると見てよいでしょう」
「では、どのように交渉する?」
レミリアが聞いた。
「もうこちらから全力で飛び込んでいくしかありません」
そして布都は一気にしゃべりはじめた。
「こちらが持っているカードはむしろ全部見せてしまってもかまいません。あちらがわに霊的資源もあらかたくれてやってもよいのです」
「あら、それでは全面降伏ではなくて?」
「その時のみは確かに全面降伏です。しかし、もし外の世界がそんなに一気に霊的資源を持ち、技術を向上させてしまったらどうなるでしょう?
大混乱が待っています。必ずやつらは技術を暴走させてしまい大勢の死人を出すことになるでしょう。子供に刃物を持たせるのと同じです。使いきれるわけがない。
無論、我らも外の世界がそうなるように誘導します。あやつらは幻想郷が気前よく資源を払ったことに多少警戒するでしょうが、結局は目の前にある宝に夢中になるでしょう。
混乱のなか、幻想郷は勢力を拡張させます。そして最終的に外の世界を乗っ取ってしまえばよいのです」
それはまるで神託のようだった。布都は確定した未来を語るようなはっきりとした口調であった。
「詳細については、また文書で提出します」
「……」
場を沈黙が支配する。
だれもが黙考していた。
「……そうなると」
レミリアが沈黙を破る。
「忙しくなって、静かに紅茶も飲めなくなるな」
それは少し、寂しそうな笑顔だった。
レミリアは外の世界で常に外敵に狙われていた。吸血鬼ハンターや、大国の霊的組織。幻想郷に来てようやくそれらの煩わしいものどもから逃れられたと思っていたのに。
「結局、こうなってしまうのかな」
こんな風にゆっくりと星を眺めるのは何年ぶりだろうか。ジョージ・ガイゼンは相変わらずの無邪気な目で、夜空の輝きに魅了されていた。
外の世界で、ここまではっきり星が見える場所は滅多にないぞ。そう思った。
『ジョージ、まったくずいぶんと気楽だなぁ。モンスターどもの巣のなかにいるというのに。俺は妖精たちの対処でてんてこまいなんだぞ』
だが、そんなガイゼンの素晴らしい時間を邪魔する困ったやつから連絡がきた。横においてあるトランシーバーを見る。
「大丈夫だよ、キッド。あいつらは、君のちかくで座っているふとっちょのおかげで、こっちに手を出してくることはないんだ」
『そのふとっちょのせいで俺は内心ビビりまくりだっていうのに。お前は気楽にアジアン・ナイトか?』
合衆国と幻想郷の会談初日は、合衆国側が提案を出しただけで終わった。八雲紫は明日提案に対する回答を行うことを宣言。その後ガイゼンたちに、会談が行われた屋敷の中にある一室を貸し与え、そこを本日の合衆国側の宿とさせたのである。
今は、もうまもなく日付が変わろうとする頃。昼間の蒸し暑さが嘘のように、ひんやりとした空気が満ちている。ボディーガードは部屋の机に置いてあったグリーンティーを楽しみ、ガイゼンは縁側で星を眺めていた。ちなみに、両者風呂上りの浴衣である。
「君が原爆でふっとんだとしても安心したまえ。その瞬間、私も八つ裂きにされ妖怪の腹の中へ一直線だ。」
『ほんと無茶な作戦だよなぁ』
キッドと呼ばれた男、ガイゼンの補佐官、は愚痴をこぼした。キッドは七機のB-29のうち一機に常時乗り込み、空中から幻想郷を監視する任務についていた。
その任務のうち、もっとも重要な仕事の一つが八雲紫の力の探査である。
合衆国がもっとも恐れているのは、八雲紫が保有する反則ともいえる能力の数々だ。だが、逆に言えば、八雲紫の力をなんとか封じてしまえばこっちのものなのである。
お前が外の世界で力を使えば七発の原爆を爆発させるぞ。合衆国は彼女にそんな脅しをかけていた。
「探査の方は確実なんだろ? なんせ合衆国の総力を挙げて開発した装置だ」
『まあな。現在のところ兆候は見られない』
合衆国は長年に渡って八雲紫の能力を研究してきた。その研究努力の結晶である装置を使えば、八雲紫、もしくは八雲家と呼ばれる勢力の誰かが境界の力を使用したことをすぐさま探知することができるのだ。
「まあ、でも。結局のところ我々は心配しすぎなのかもしれないな」
『どういうことだ?』
「八雲紫は、いや幻想郷は案に乗るしかないってことさ。実際、中露の侵攻が目の前まできているんだ。この事実だけは動かしようがない。侵攻を食い止めたければ、提案どおり、外の世界に対話の意思をしめさなければいけない。もうこれは確定事項なのさ。
むしろ幻想郷は我々に感謝するべきなんだよ。滅亡の危機を未然に防いでやったのだから」
むろん、大使館を置いたあとの安全は、全く保障できないが。
幻想郷がこちらのゲームルールにのってくればしめたのもの。その骨の一片にいたるまでしゃぶりつくしてやる。幻想郷は新たな、列強のエサとなる。
逆に霊的技術の過大化による混乱を招こうと考えても無駄だ。ある程度技術を絞ったら一気にお前らを潰してやる。
もしかしたらこの思考を妖怪どもに読まれているかもしれない。かもうものか。今を生き残りたければ、お前らは合衆国の話をおとなしく聞くしかないのだ。
ガイゼンはそう思うとにんまりと笑みをこぼす。
『なあ、そういえば昼間に八雲が言っていた、「嘘」ってなんだろうな』
「うん? ああ、あれか」
確かにあいつはそんなことを言っていた。ひとつだけついた嘘。
「はったりだと思う。会談が始まってからの発言を拾って考えてみたが、どれかが嘘だったしても全く意味のない嘘だった」
結界に穴を開けたのが正邪ではなく八雲だった場合。中露を引き入れてどうする。
幻想郷の外交が一任されておらず、他の奴がいる場合。だったらそいつがなぜ出てこない。まあ、そいつが裏で動いていたとしても幻想郷は監視されているから動きはすぐばれるのだが。
「まあ、負け惜しみだと思う。用心にこしたことはないが」
『OK、了解だ。じゃあ俺は自分の仕事を続ける。何かあったら知らせるよ。ジョージ、布団で眠れるかい?』
「結構快適なものだぞ、和室というのは。タタミもフスマもユカタもベリーグッドだ」
ただし。
「そういう日本文化というものもやがては我々の文化に飲み込まれていく。全ては強いものが勝つという歴史の必然だ。世界はアメリカが制するんだよ。
最後に残るのは、残念ながらコーラとハンバーガーってわけさ」
ガイゼンは夜空を眺めながら、合衆国の勝利を確信していた。
今日の夜空は随分と物騒だな。魔理沙はそう思わずにはいられなかった。
B-29というらしい。小山のように大きな物体であるそれら七つが、夜空の一部を隠してしまっている。さきほどまで攻撃を続けていた妖精たちもどうやら諦めてしまったようだ。
わたしは、そんな物騒な夜を、ただ眺めているだけだ。
今日何度目かの思考を、魔理沙は繰り返す。
わたしは弱くて、だから今回のことには対処できない。
舞台の端っこでぽつんと突っ立ている脇役のように振舞うしかない。
出来事が大きすぎて、ただそれに流されるだけ。
悔しかった。本当に悔しかった。
涙は流さなかったけれど。顔を歪ませ、机につっぷすには充分だった。
「……くそ」
「うるさいわねぇ。考え事をしているだから静かにしてなさい」
「……分かったよ」
紫に、ついてくるな、と言われた後。霊夢と魔理沙は博麗神社に戻っていた。
最初魔理沙は、霊夢が紫に言われたことでショックを受けたと思っていた。
だが、霊夢の顔を何度も見ていくうち、その推測が少し違うものだったのだと結論づけるようになっていった。
霊夢はずっと、何かを考えるような顔をしていた。考えて考えて、何かの答えにたどりつこうとしていたのだ。
「何を考えているんだ?」
そう、何度も尋ねたのだが。
「ごめん、もっと集中したいの」
という、よく分からない一言のみだった。
魔理沙が悔しいと思うことの一つに、これも含まれる。子供じみていることは分かっているが、なんだか霊夢にものけ者にされたような気がしていたのだ。
「……紫も言ってたが、これはもう異変じゃないのさ。外の世界との外交さ。もうわたしたちの様な単なる人間の出る幕じゃないのさ」
半ばやけになって、魔理沙は呟いた。
「……それは違うと思う」
「なんだって」
「魔理沙」
霊夢はじっと魔理沙を見つめた。どこか空気が張り詰めたような気がしてくる。
それはどこまでも真摯に。
どこまでも純粋に。
そんな雰囲気を霊夢はかもしだす。なぜかは分からないけれど。魔理沙はそんな霊夢が美しいと思った。
「これは異変なんだと思う。そして、わたしたちでなんとか出来ることだと思う」
「……お得意の勘か」
「うん」
「じゃあ、私達は何をしたらいい」
霊夢はある一点に指をさした。
「あれが、手掛かり」
「あれは……」
すやすや、という寝息が聞こえる。彼女は気持ちよさそうに眠っていた。
「ふにゃー、ふにゃー」
神社にはいま、三人いる。霊夢と、魔理沙と、そして。
「橙……?」
八雲の式の式。化け猫の橙は朝からずっと眠り続けていた。
さすがにちょっと変だな、とは思っていたが、魔理沙はこれが手掛かりとはとても思えなかった。
「すまん、何がなんやら……」
「いま、紫は自分の力を使えない状況にあるんだと思う」
霊夢は橙へと近づく。そして、横になっている橙に手をかざし、何か霊力を込め始めた。
「そうなのか?」
「いまのあいつはおとなしすぎる。あいつが力を使っていれば、いまごろもっと状況は動いているはずよ」
事実だった。現在、紫の力は核によって制御されている。
「でも、本当に? あいつは力を使えないの? いえ、もっと正確に言うなら。あいつは何の準備もしてなくて、それで力が使えないの?」
「……!」
「何らかの対策はしているはず。そして、わたしはこの式神がその対策だと思っている」
「さっきから変なことをしているが、何かわかったか?」
「あと少し……よし!」
その瞬間、橙の体が発光しはじめた。
「な!?」
目が眩むかと思うほどの輝き。
その輝きは霊夢の夢想封印のものと似ていた。
「本来は紫色の光なんだと思う。でもいまは、わたしの輝きよ」
「どういうことだ!?」
「橙の所有権を一時的にわたしへ譲渡した、ってことよ。もちろん普通ならそんなこと難しすぎるのだけれども、紫が橙の式に細工したみたい。だから、こんなに簡単にはやくできた」
魔理沙は呆然と目の前の光景を眺めるしかない。だが……橙を貸してもらっただけで、それでどうなるというのだ?
「次は……力の変換ね」
「変換……まさか紫の力をおまえの力に!?」
「その通り。橙の中には紫の力が溜め込んであった。この力をわたしの力へ変換できるよう式が組み込んであったわ」
「それに何の意味が?」
「もうすこし……ああ!」
橙を覆っていた虹色の光。それが霊夢へと飛び込んできた。矢のように鋭く霊夢の体を貫いたかと思うと、たちまち霊夢も虹色の光に包まれた。
「大丈夫か!?」
「大丈夫……制御はすぐ終わったわ。……紫のやつ、相当前から準備していたのね。……よし!」
光は……収まった。
「それで」
「うん」
「それで紫の力が使えるのか」
「正確には、紫に似た力だけどね。でも紫の力に気を取られているやつらは気づかない。だってもうこれはわたしの力だもん」
手をぐっと握る。霊夢は自分の中の力を確かめた。
「魔理沙、わたしの亜空穴は知ってるよね」
亜空穴。それは霊夢が瞬間移動的に元の場所から全く別の場所に移動してしまう技だった。
それはどこか、紫のスキマ移動に似ているかもしれない。
「知っているが……その技が強化されているということか?」
「そのとおり。この力を使ってあるところにとぶわ。ついてくる?」
そのとき、魔理沙はいいようのない喜びが全身を駆け巡るのを覚えた。興奮が胸に満ちていく。
おいおい、まさか異変解決にこのわたしを置いていくつもりじゃないよな?
「あたりまえだ!」
霊夢と魔理沙は手をつなぐ。これで亜空穴を使って二人でとぶことが出来るのだ。
日付が変わろうとする頃。
ようやくいつもの二人が異変解決に向かおうとしている。
「で、どこにとぶんだ?」
「決まっているじゃない」
霊夢は不敵に笑った。
「異変を起こした連中の親玉がいる場所よ」
CIAの霊的技術を担当する部門に所属するマルマロス・ハーンは、信じられないものを見た。
目の前がピカッ、と光ったかと思えばその一瞬後、そこに二人の少女が立っていたのである。
いや、ハーンの職務上、いきなり人が瞬間移動する光景など飽きるほど見てきた。だから彼が腰を抜かしそうになったのはそれが原因ではない。
彼の度肝を抜いたのは、少女たちが、ハーンの近くで腰掛けている『この人』のいる『この部屋』にいきなり現れたからであった。
恐らく霊的技術を持った存在を、なおかつ何を意図しているのか分からない存在を、『この部屋』に入れてしまった。これは明らかな自分たちの失態であり、一人の合衆国国民として決して許容してはいけない事態だった。
「ついたか……ってなんで陽が昇っているんだ!? 今は夜のはずなのに!?」
「うーん、なんでかしら。敵の親玉はそういう能力の持ち主なのかしら」
二人の少女は実に気楽さそうに会話している。自分は今にも卒倒しそうなのに。ハーンは自らの主の方を向いた。
黒い肌をした主も驚愕に目を見開いている。だが、決してパニックにはなっていない。必死に平静を取り戻そうとしている。
さすがは主。
合衆国の主だ。
「で……目の前にいる二人のうちのどっちかが異変の黒幕だと思うんだけど? 魔理沙はどう思う?」
「っていうかどうしてここがラスボスのいるラストステージだって分かるんだ?」
「うーん、てっとり早く黒幕のところいきたいなーって思ってとんだから?」
「相変わらずテキトーだなぁ」
主はハーンに目配せをする。
確かにそうだ。会話をしただけでダメージを与えてくる相手かもしれない。なら、自分が会話をしよう。主には傷一つ付けてはならない。
ハーンは決心して、目の前の少女たちに話しかける。
「……君達は、幻想郷の人かい?」
恐らく、そうだろう。自分は今日、幻想郷に対するアクションの状況報告をするために『この部屋』にやってきた。幻想郷の連中が何かをしでかしたのだろう。
しかし、なぜだ。八雲紫には何の動きも無かったのに!
「うーん、たぶんあっちの黒人のほうじゃないかな? なんか偉そうに椅子にすわってるし」
「ああ、きっとそうだ。悪いやつは偉そうにしているもんだ」
「話を聞け! 君達は何をしに来たんだ!? ここがどこか分かっているのか!?」
ここは世界の中心だ。世界のリーダーたる合衆国の中枢であり、偉大なる王の家なのだ。
ハーンは、叫ぶ。
「ここは大統領執務室だ! ここはホワイトハウスだ!」
「紅い館は知っているけれど、今度は白い館? なんだかなぁ」
「はは! 紅白でめでたいが、ちょっとネタがかぶっちまったなぁ」
霊夢は呆れ顔になり、魔理沙はけらけらと笑った。
「ふざけるな! 何をしにきたんだ!」
「もちろん、異変解決よ」
霊夢はお払い棒を合衆国大統領へと向けた。
「わたしの勘が告げているわ。あんたをぶん殴れば全部解決する!」
「ふ、ふざけるなあああああああ!」
ハーンは戦闘を担当する局員ではない。だが、ある程度の攻撃用霊的技術は持っている。ポケットからスーパーボールくらいの大きさを持つ球状の物体を取り出す。これは、相手に投げつけてその動きを封じる魔術を展開するアイテムだ。
それを二人の少女に向けて、いきおいよく投げつける。
だが。
「おっと! 喰らいボムだ!」
瞬間、魔理沙が持っていた八卦炉から光の奔流があふれ出す。投げつけられたアイテムは消滅し、投げつけたハーンもその光に飲み込まれた。
「Gyaaaaaaa!」
ハーンは思いっきり壁に叩きつけられ、そして即座に気絶した。
「さて、それじゃ黒幕さん」
「……!」
大統領の顔からは幾筋も冷や汗が流れている。恐らく、自分の机に入っている拳銃でも、目の前の彼女たちには叶うまい。
ならば、警備のものが来るまで、時間を稼ぐ。
「……我々は、話し合いをしていたはずだ。これは、失礼ではないかね?」
「何を言ってるの。あんな物騒なもの持ってきて話し合いもなにもないでしょう?」
「この話は、きっとお互いにとって有利な」
「ああもう面倒くさい!」
巫女は空中高く飛び上がった。
これは異変解決なのだ。そして異変とは。
巫女が動き出せばあっという間に解決するものだ。
ならばぐだぐだ話し合うなど、そんなのナンセンスではないか?。
「ま、待ってくれ! どうしてこんなことをする!」
「それは!」
霊夢はこぶしを振り上げ、そして、
「やっちまえ霊夢!」
合衆国大統領の顔めがけて、
「NOOOOO!!!!!!!!!!!!!」
こぶしを叩きつけた。
「わたしが……博麗の巫女だからよ!」
「は?」
ガイゼンはキッドが何を言っているのか全く分からなかった。自分の補佐官の正気すら疑った。
「すまない、もう一度言ってくれ。どうやら私の耳がイカレたか、それとも君の頭がどうかしてしまったらしい」
『ぜんぶ本当なんだよ! 嘘でもなんでもない! 何度でも言ってやる! 大統領が博麗の巫女に襲撃された! 大統領はぶん殴られてのびちまった! 博麗の巫女および他一名はテレポートで逃走、追撃不能!』
「ふざけるな!」
ガイゼンはトランシーバーにむけて大声で叫ぶ。
「八雲紫の動向は掴めなかったのか!?」
『レーダーはぴくりとも動かなかったよ! わけがわかんねえ! とにかくこっちは大混乱だ! 上の方も混乱してやがるのか、各部署が全然違う命令を出してくる。撤退しろっていう命令かと思ったら、その場で待機しろっていう命令も同時に来るんだ! 一体どうしたらいいジョージ!?』
「と、とにかく落ち着け!」
とにかく落ち着かなければいけない。ガイゼンは必死に気を静め、思考を整理しようとした。整理はいつだってとても大切なはずなのだ。
だが、彼にはゆっくり考える時間は与えられなかった。
『ああ!』
「今度はなんだ!」
『どこかの部署が勝手にやりやがった……原爆が幻想郷の連中に奪われるのにびびって……いま、俺の目の前から原爆が消えた。たぶん、ほかの機体からも』
「な……」
そのときだった。
言いようのない恐怖感が突如として、彼の胸の内に生じた。それは暗い暗い場所を一人でいくような。冗談でもなんでもなく、ガイゼンは、幼いころに夜一人で震えながらトイレに行ったときの気持ちを想起した。
彼の後ろでスキマが開く。
「こんばんは。妖怪の時間に妖怪がやってきましたよ」
八雲紫は悠然と彼の隣まで歩を進める。
「あ、あなたは……あなたは一体なにを……」
自分でもこの期におよんで、とは思っていたが、ガイゼンは敬語で紫に話しかけた。
「合衆国特務外交官殿。お約束どおり、幻想郷の提案にたいする回答を表明いたします」
時間はちょうど、日が次の一日に移った直後であった。
「幻想郷は提案を拒絶します。つまり、おととい来やがれ、ってことですわ」
「し、しかし! 中露の侵攻が!」
「それも心配ありませんわ。いいですか? あなたがたは今、大慌てで大混乱、わめきちらしているといってもよいですわ。その大声はとうぜん中露の耳にも届くでしょうね。さあ、中露はどう思うでしょう。合衆国の大統領が襲われたのだから、自分たちの元首も襲われるのではないかと考えるのでは?」
「……!」
紫は狙っていたのはこれだった。つまり、橙を使ってブーストを掛けさせた霊夢に大統領を襲撃してもらい、それを幻想郷の示威行為とする。
最初から受身になるつもりなどなかった。巫女の一撃により、全ての列強を恐怖させることを画策していたのだ。
ある意味、博麗の巫女は、外の世界における核兵器のような役割を果たしたともいえる。
「だが、もし中露がやけになって幻想郷に攻め込んできたら!? 逆に彼らを刺激することになるとは考えていないのですか!?」
「もうすでに確認はとってあります。多少非力で、もちろん大統領を殴るような力はもっておりませんが、わたしにはスキマ以外にも外にたいするツテというものはあるのですよ。たったいま、中露は軍事的アクションを取りやめました」
ガイゼンは自らの体から力が抜けていくのを感じた。
なんなのだこれは。
まるでポーカーをやっていて最後の最後に、ロイヤルストレートフラッシュで負けた気分だ。
もう、呆然とするしかない。
「あら、始まりましたわね」
八雲紫がいきなり空を眺めたので、ガイゼンもそれにつられた。
夜空には相変わらず七機のB-29が浮かんでいる。
「……」
トランシーバーから声は漏れてこない。もう、察しはついていた。キッド含めその他の要員は本国からのテレポートにより無理やり幻想郷の外に連れ出されたのだ。そういえば、ボディーガードもさっきからいなくなっているようだし、彼も同じ感じなのだろう。
だが、自分とB-29はまだ幻想郷にいる。八雲紫の仕業だろう。何か用事だろうか。まあでも好きにしたらいい。
『ファットマン』もない今、幻想郷はやりたい放題なのだから。
夜空に変化が現れた。
紅い紅い閃光が、一直線に空を駆け上がる。轟音を立てながら征くそれは一振りの槍のようだった。
紅い槍は、一機のB-29を貫いた。
一瞬まばゆく光ったかと思うと、貫かれた機は爆炎をあげながら墜落していく。
「……デモンストレーションというわけですか。おそらく幻想郷向けの。外の世界のものを破壊することによって、あなたを権力を維持するために」
「いえいえ、違いますわ。あの魔槍はレミリア・スカーレット。彼女、相当鬱憤が溜まっていたみたいです。
どうやらB-29の中には原爆もないようですし、人間もいないみたいですから。まあ、要するに。これから始まるのは」
空で偉そうにふんぞりかえっていた要塞に対する、幻想郷住人の憂さ晴らしですわ。
八雲紫はにっこりと笑った。
それから、B-29は一機ずつ撃墜されていった。
豊聡耳神子は自らが持つ剣を振り上げたかと思うと、それを鉄の怪鳥の羽に向けて叩き付けた。羽は根元から折れ、そこから炎が生じ、たちまち地面に急降下を始めた。
八雲藍は、十メートルはあろうかという卍型の弾幕を繰り出し、B-29の鼻先におみまいした。これまた一瞬で爆炎につつまれた。
守矢神社の巫女東風谷早苗は、なぜか旧日本軍の戦闘機『震電』に乗り込んでいた。奇跡の力で空を疾駆した『震電』は、機銃によってB-29を穴だらけにして撃墜した。
幻想郷中の妖精たちはようやく叶ってB-29のなかに入ることが出来た。妖精たちは心のおもむくまま機内で遊び、そしてB-29を墜落させて満足した。
そして。
「さあ、主役の登場ですわ!」
空にまばゆい虹色が輝いたかと思うと。
そこには博麗霊夢と霧雨魔理沙がいた。
魔理沙が幻想郷中に響くかと思うほどの声で「マスタースパーク!」と叫ぶと、八卦炉は辺りを一瞬昼間にしてしまうほどの光量を吐き出した。光は一機のB-29を包み、やがて空の要塞の一片にいたるまで焼き尽くした。
霊夢はブーストされた力をふんだんに使った。夢想封印の弾幕は通常時と比べると十倍ほど巨大だった。弾幕はB-29を取り囲んだかと思うと……そのままそれを蒸発させた。
かくして七機の空の要塞は消え去り。
そして、いつもの幻想郷の夜空が帰ってきたのである。
「……」
そこにいるのはもはや、憔悴しきった一人の老人であった。ガイゼンは一言もしゃべらない。
「それでは、答え合わせをしましょうか」
紫は言う。もう相手が返事をする気力もないことを理解しながら。
「わたしはあのとき、『一つだけ嘘をついた』と言いました。その嘘とは……博麗の巫女に関することです」
これは異変ではない。あなたの手に負えることではない。
嘘だった。
これは幻想郷を襲う異変であり、だからこそ博麗の巫女の出番であった。
「この幻想郷においては博麗の巫女こそ主役なのです。彼女の前では、わたしすら狂言回しにすぎません。今回のあなたがたの敗因は、わたしにばかり注目したことです。あのなんでもありな巫女のことについてもっと研究しておけば、また違った結果だったかもしれませんね」
ああそうだ、と紫は何かを思い出した素振りをした。
「博麗の巫女は霊夢で打ち止めではありません。博麗の巫女は代替わりをします。この意味が分かりますね」
合衆国は八雲紫の研究に長い年月を掛けてきた。では、博麗の巫女の研究はどれぐらいの年月がかかるだろう? またも長い研究期間が必要であり、その間に巫女は全く別の人間に代替わりをする。そうなれば研究をいろいろとやり直さなければいけない。いたちごっこだ。
つまり幻想郷は、常に国家の中枢に打撃を与える武器を保有し続けるということである。
ガイゼンは胡乱な頭でそれを考え、やがて絞り出すように呻いた。
「……ちくしょう。くそったれな化け物どもめ」
「全くもって、そのとおりです」
『かくして戦いは幻想郷の勝利に終われり、と。いやいやまるで映画のように綺麗な終わり方じゃないか。そう思わないかい、マルマロス・ハーン』
『君はこっちの惨状を知らないからそんな気楽なことを言えるんだよ宇佐見。全く酷いものさ。上の人間はことごとくクビを切られた。幻想郷の研究もやり直さなければいけない。腹立たしいことに正邪は尻尾を巻いて逃げた。中露は一見おとなしくなったようだけれども、本当は何を考えているか分からない。なにせ、相手国のリーダーを直接攻撃するっていう発想を幻想郷に教えてもらったわけだからね。まったく、〔アドミラル・ペリー〕は大失敗さ』
『怪我のほうは大丈夫かい?』
『たいしたことはない。腕に軽いやけどをおったくらいだ。大統領も不思議なことに数時間したら公務に復帰できた』
『まったく摩訶不思議だよ、幻想郷の連中は』
『君の言った通りだったな。我々は幻想郷を甘く見すぎていた。結局のところ、私達は彼らをインディアンの一部族のように考えていたのかもしれない』
『今度のジェロニモには骨が折れる、ってわけか。ねえ、きみ。幻想郷は何がしたいんだと思う?』
『どういうことだい?』
『彼らの最終的な目標のことさ。外の世界を脅し続けて……それからどうしたいんだろうね?』
『そうだな……自分たちの永続?』
『まあ基本的にはそうなんだろうが、いまちょっとおもしろい推測をしたんだ。聞いてくれるかい?』
『どうせ嫌と言っても勝手に喋りだすんだろう?』
『その通り。いいかい、これまで僕達は幻想郷のことを動物保護区みたいなものだと考えてきた。つまり、否定された幻想の逃げ込み先だとね。でも正確に言うと違うんじゃないかな。確かに避難先であることに違いはない。でもずっとそこに潜んでいるだけなんだろうか?
もしかしたら彼らは待っているのかもしれない。僕達外の世界の人間たちが幻想を許容するのを。そして外の世界の受け入れ準備が整ったら、彼らは大手をふって幻想郷から出てくるんじゃないかな』
『だから、それまで外の世界の従属にならないよう頑張っていると?』
『そう考えたほうが夢があるだろ?』
『君はロマンチストなんだな』
『褒め言葉として受け取ろう。まあ、今回の会談はそんな幻想郷が描く未来への第一歩だったんじゃないかな』
『会談?』
『そう、合衆国と幻想郷の首脳会談さ。滅多にない刺激的なものだったみたいだけれど』
やはり幻想郷は強し。安易な介入は控えるべきですね。霊夢さんチート過ぎます。
しかし早苗の戦闘機特攻は吹いたwww
どこから保有したんだかwww
非常にインパクトがあって面白い作品でした。
誰であろうと・・・八雲を越えることは、不可能だ。
正邪の行方が気になるところです
ただ、いくつか気になる点がありました。
>あの『ファットマン』はあなたの能力が外の世界で使用されたと探知した瞬間に、爆発するようセットしてあります
この重要な文章で誤解してしまいました。
能力が「外の世界で使用された」ことを探知するものと思ってしまいました。
また、科学と幻想が5対1という点について、もう一歩説明がほしかったところです。
そもそもB-29やファットマンが幻想郷にとって脅しにならない可能性もありました。
例えば起爆装置を遠隔で破壊される他、時間操作でパイロットが全員謎の失踪を遂げるなど、考えるときりが無くなるほどです。
いっそのこと、B-2の機密情報って実は霊的技術に関することなんだ! 霊的攻撃に対してもステルスで何だか無効化されちゃうぞ! というぐらいがほしかったです。
というより、B-2が好きなだけです。
アメリカ、中露の侵入ルートに関する情報がないことも気になりました。
そもそも幻想郷は日本の中にあるため、そのまま攻めた場合、日本が武力介入されているように見られます。
非常にチャレンジングな分、細かい点に綻びがあるように見えたのがもったいなく思えてしまいました。
ただ、全体的にアメリカンなノリや、何だかんだで王道なストーリー構成は読んでいて安心しました。
震電には吹かざるを得ない。幻想郷的にはサムライソードを出していたんですかね・・・
感動しました。
大統領が襲撃されたくらいで混乱するとはふがいないアメリカさんです。が、未知のエイリアンとの接触というのはだいたいにおいてこういうものなのかもしれません。相手の力がどれくらいか測りきれないから、「最悪」を想定して身を引かざるを得ない。
紫がこんな賭けに出たのは、ガイゼンが言ったように「最後に残るのは、残念ながらコーラとハンバーガーってわけ」だからでしょう。今外の文化の流入を許せば、そしてB29をはるかに超える機械たちが妖怪への畏怖を取り払ってしまえば、妖怪は死に絶える。
軍事力にできることはせいぜい街を焼き人を殺すくらいですが、ソフトパワーは人々の考え方と社会組織に作用する。「外の世界の人間たちが幻想を許容する」というのは幻想郷のソフトパワーが外の世界に作用するようになるということであり、その点、今回行われた戦いはイデオロギー同士の戦いだったと言うことができます。
つかこの幻想郷って多分日本のことだよね
アメリカにこういう中露の脅威に付け込まれ支配されるんじゃないかという脅威を感じてる感じがヒシヒシ伝わる
し、アメリカの言ってる友人だなんだのは全てまやかしだろ騙されねえぜ!感がよくわかりますね
多分凄く率直な現代日本の世界での立ち位置に対する感想なんでしょう
作者のみならず多くの日本人の
あと対話とは喧嘩であり、強い者と対話したら支配されることを意味するから強い敵とはそもそも触れるべきじゃないし、閉じているからこそなんとか交渉出来るというのも日本人が今抱いている思想な気がします
開け開けいうが開いたら終わりだ騙されん的な
僕自身はそれに皮肉的な感想より啓蒙された的な感想を今抱いています
確かに強い敵と対話したらいいようにされちゃいますね
自分達を保持するためには鎖国的な対応もまた必要なのです
向上心に呼びかける(アメリカみたいに)相手には良く良く注意が必要なんでしょうね 自分達が自分達であることを守るためには下手な向上心で自分達以外と交わることは危険なのかも知れません
個人的に夏目漱石のこころのKも向上心を煽られてせいで主人公に負けて死んだだけだと思っています
今日本も外国から向上心のない奴は馬鹿だと言われてるようなものだと思います
この作品はこれに対する反発みたいなのを感じますし、個人としても向上心のない奴は馬鹿だと言われてもどのように考え振る舞うべきかの一つの参考になると思います
向上心と服従心は割と近い気がします
だから人間は服従するのでしょうそれが向上なので
だから人間はあえて向上心を捨てるのでしょう服従しないために
話が脱線しまくりましたが要は面白かったです
最後で一気に霊夢が解決するあたりあくまで霊夢と魔理沙はヒーローなんでしょうね
電話してる二人は、やっぱり秘封倶楽部のお父さんたち……?
本当のところは作者様の胸の中でしょうけども。
私的には幻想郷の魔法は現代よりも進んだ科学ではないかと妄想してます。
妖怪はバイオテクノロジーの完成形だったり、、、
しかし最後は博麗の巫女の論理で黒幕をぶん殴って解決というこのカタルシスたるやもうね。
執筆お疲れ様です。とても面白かったです。
最後は暴力で強引に解決というのが実に残念