Coolier - 新生・東方創想話

四畳半の中 或蚊帳吊り狸の事

2014/06/02 07:27:55
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 私は今までにない焦燥を感じていた。このままではレミリアお嬢様をがっかりさせること請け合いだから。
 状況を確認してみよう。
 私は「咲夜、折ると光る棒を買ってきて」と言われ、拒否する理由もないので里に向かった。
 お嬢様が名前でなく、使用法や抽象的な表現で物を頼むことは、ままある。ここで聞き返したり、無理だと答えるのは愚問。従者としてできるだけの事をするのだ。
 幸い何処ぞの亡霊や隙間の妖怪に比べれば、出される問題の難易度は緩い気がする。
 要はお嬢様が思い浮かべた物でなくても、それらしい物を見つけてくれば良かった。「血塗られた羽を持ってきなさい」と言われ、香霖堂で募金と交換するらしい羽を持って行ったら満足げだった。しかし折れると光る棒というのはそれでも難しいと頭を悩ませてはいた。

 まず紅魔館を出て、ランタンの明かりを手に、道なりに歩いた。まずは里に行こうと思った。お嬢様によると夜に売っている物らしいのだ。
 広いとはいえ窓の少ない館から外に出ると、風は無くともそれなりに気分が良かった。
 すると、急に蚊帳が吊って有るのを見つけたのだ。
 邪魔臭いが避けて藪に入ると虫に引っ付かれるかも知れないし、飛び越えるまでもないので捲って通ってしまえ。
 そう、それだけだったのに、今こうして出られなくなってしまったのだ。

 勿論、前後左右に進んで脱出を試みたが延々と蚊帳の中。試しにナイフで切っても暫く進んで戻って来ると元通り。それならと上を突き破ってもいつの間にか地面の上に居た。
 何言ってるか分からないだろうけど、私も良く分からない。きっとタネなし手品の一種だ。
 時を止めて進んでみたり、空間を拡げたり縮めたりして何処かに穴が開かないかも試した。今現在も、止めた時間の中を丸一日近く歩き通していた。でも景色は一向に変わらない。夜に蚊帳越しに外を見たところで何が何だか分からない。分からない尽くしだ。
 流石にこれが妖怪の類なのだと認めて、後悔した。

 今思えば無警戒過ぎたのだ。
 時間を止めれば手練の妖怪に合っても逃げるくらいは出来る。そんな風に考えていたのが原因だ。私自身が混乱させられているのか、異次元に飛ばされたのか知れないが、その類の事をされると時を止めた所で逃げられない。もちろんほっぺた位はつねってみたけど痛いだけ。

 仕方なしに上を見上げじっくり蚊帳を見る。木々の中からなので星の瞬きは見えない。でも月明かりだけはぼんやりと見えた。今宵の月は十三夜だ。
 蚊帳自体は麻でできているみたいだ。昔ながらの風情漂う萌葱色。広さは大体四畳半。歩くには狭くて休むにはちょっと広い。つまりは退屈きわまりない空間である。
 妖怪に楽しさを求める訳ではないが、折角だから閉じ込めた後に本体が追いかけてくるとか、そういうのがいい。退治も簡単だし。
 そうこう考えつつ、退屈なので懐中時計を見てみる。止めた時間を計るために動かしている時計なのだが、既に短針も二周してしまった。未だ妖怪に打つ手なしだ。

 一応、一つだけこの妖怪を倒す方法に心当たりがある。我が主よろしく、夜に現れる多くの妖は太陽に弱い筈だ。つまりは朝になれば自ずと姿を消してしまうはず。
 なら答えは簡単。時間を進めて朝を呼べば良い。一瞬で怪異とはおさらば。所詮は闇夜を利用しなくては何も出来ない愚図な奴ら。あ、お嬢様は傘でも有れば平気だから格が違います。
 しかし、それは私にとっても大きく明白なデメリットがある。

「朝に帰ったなんてお嬢様に顔向けできない……」
 ああ、溜息と共に不安が声になり漏れてしまった。でも紅魔館のメイドが朝帰りとはどういう了見か、と怒るだろう。仮に怒られ無くとも、今回は完全に自己完結の失態だ。霊夢達に負けるのとは訳が違う、こんなのリンゴの皮むきで手を切ってしまったのと同レベル。見えない所で勝手に自滅して、瀟洒なメイドなんて笑い種だ。そんな事考えると中々時間を進められないでいた。

 動き続ける時計を見つめていると、じんわり無力感が増してくる。
 今頃お嬢様達は何をしているだろうか。

 紅魔館にいる時は、自分も人間で無い気がすることも多い。なんせ自分以外に人間が居ないのだから。でもこうして何もできずに居ると私はまだまだ人間なんだなと実感する。
 私もずっと昔はこうでは無かった様に思う、人間だなと実感する事自体無かった。だって普通の人間はそんなこと思わないから。
 普通の人間だったら、こんな時どうするだろうか。妖怪は普通の人間が出会うものだ。普通の人間が出られる方法でしか出られない可能性もある。
 普通の人間は……時間を止めないだろうか。
 ふぅとため息が出る。

 今の私には此処を抜け出す策が無いのも事実。朝まで進めなくとも、時間だけ進めてみようか……。

 私は時間を元に戻した。先程とは別の懐中時計の秒針がチッチと規則正しく進み始める。これは元の時間を覚えているための時計。確かに時は刻まれ始めたのだ。
 髪を指に巻き付けたりして、適当に時間が経つのを待った。
 外の景色は余り見えないので変化してる気がしない。辛うじて葉音が聞こえる様になったが、私と周りが変わるわけではなく、ただ時計だけが変化を重ねていく。
 その内居てもたっても居られなくなり、もう一度蚊帳を捲って進んでみた。

 三十分程歩いたが、流石にただ進んでも駄目なのは認めるしか無さそうだ。少し考えたが、結局できることがない。暇つぶしにナイフをジャグリングしてみる。これも昔は練習したもんだが、今はお手の物。お嬢様に会う前からやっていた気もするが、定かではない。
 五分もするとそれも飽きた。というかもう時間は有限なのだ、無駄に体力を使うのはやめるべきではないだろうか。
 というわけで蚊帳の真ん中で寝転んでみた。多分一番体力を使わない格好である。

 でもこんな夜に格好をしていると次第に眠気がやって来るのが人間というもので。私もそれに漏れずに、一日歩いた疲れもあって、まぶたが急激に重くなった。
 いっそこのまま朝まで寝てしまおうかな。そんな弱気で適当な気持ちに成ってくる。
 時を刻む時計は朝を目指して一歩一歩と進んでいく。一方の私の進まなさったらないのだ。
 時間を待たせて自分が動くことも多いが、今日は立場逆転。たまには、自分が止まって時間が動くのも、いいかも。
 夢の世界に、片足踏み込んでいる、が、やっぱり野道は寝るのに適していない。髪に小石が入りそう、ほこりっぽい。服も汗でへたっているので、体がむずむずする。ちゃんとベッドで寝たいなぁ。


「こんなとこで寝てると風邪引いちゃうわよ」
 突然声をかけられて反射的に体を起こした。
 何事かとキョロキョロ見回したが誰も居ない。と思ったら「うしろ」と言われ振り向く。
 居酒屋の暖簾でも潜ってるかのポーズで、霊夢が覗いていた。
「霊夢?」
 慌てて立ち上がり服を整えて、きっと誤魔化しきれないがそれとなく平静を装う。
 霊夢は中に入ってくると、やれやれと肩をすくめた。あまり見られたくない所を見られてしまったようだ。
「さては出られなくなったんでしょ。あんたも意外と抜けてるわね」
「知らなかったんだからしょうがないじゃない……貴女こそ、何してるの」
 眠りに半歩踏み込んでいた頭を軽く叩いてどうにか覚醒させる。
「……あんたみたいなのが居るかもと思ったから、入ったのよ」
 霊夢はあくびすると首を左右に傾ける。あちらはあちらで少し気だるそうだった。
「私みたいなの、というと出られなくなるという……」

 霊夢はこの妖怪について教えてくれた。蚊帳吊り狸と言うらしい。大体は私の思っていたとおりの妖怪らしく、霊夢は引っかかっている人が居ないかと思って、見回っているのだとか。

「正直助かるわ、時間止めたりしたけど全然出られなかったのよね」
「そんな事してたの? こんなおかしな空間なのに、時空間弄ったりして大丈夫かしら……」
 霊夢が少し顔を曇らせる。しかし、私としてはそんな場合ではない。
「それより私急いでるから、出られるなら早くして欲しいのだけれど」
 時計をちらりと見やる。散々時間を止めていたので、夜も深くない。現物は無くともこの時間なら開いている店も点々とある筈だ。何か見繕うのは、まだ間に合うかもしれない。急がなくてはならないのは変わらないのだ。

「あんたが時計を気にするなんてね。でも心を落ち着けないと、此処からは出られないのよ」
「え?」
「蚊帳吊狸から抜けるには、心を落ち着けて、丹田に力を込め、三六枚押し捲れば出られるの」
 そんなものが分かるか。と、言いたくなる対処法だが、慌てて居ては抜けられないというのは憎いが道理にも思える。できるだけ心を落ち着かせるように努めた。
「失敗すると余計に焦るでしょうし。もう少し休んでからの方が良いかもね」
 霊夢の言うとおり、理解はしても、一度感じた焦燥感は意外にも尾を引いて、うまく心が落ち着かないのが人らしい。私は懐中時計をしまって時計を見るのを辞めた。霊夢の言った様に、時計を気にすることは、らしくない。適当に会話することにする。
「狸って名が付いてるなら、何処かに本体とか居ないの?」
「蚊帳吊狸は阿波とかの妖怪だけど……その辺りは何でも狸の所為にされてしまう面も有るから、本当に狸の仕業かは分からないのよね」
「へえ。妖霧が出てるからって、関係ない紅魔館に突入してきた巫女もどこぞに居たけど」
「その節はどうも。あの時はどうなったんだっけ?」
「こうなった……って、今は遊んでる場合じゃないの」
「そっか」
 霊夢は悪戯っぽく笑った。

 軽く伸びをしつつ、霊夢はくだらない話にしばし付き合ってくれた。私と霊夢が話す機会も少ないが、話そうと思えば紅魔館のこと、神社のこと、案外、種は尽きないものだ。
 おかげで心も幾分静まって来た様に思う。

 私は深呼吸すると、蚊帳の側に立った。時間は分からないけど、長居しすぎたらそれはそれで心も落ち着かないだろう。
「じゃあ一枚一枚捲って行ってね。あ、そうそう……今度さ、ちょっと蚊帳作るの手伝ってくれない? ただ面を合わせるだけだからさ」
 急に変な要求をされて戸惑う。
「買わずに作るの? そりゃ大変ね、行けたら行きます」
「何か本当に来るか怪しい返事ね」
「じゃあ担保としてこれでも持って行って」
 私はナイフを一本渡した。たかがナイフ一本なのと言われたが、銀で出来た高貴なものだ。
 まだ抜けられた訳ではないが、これで抜けられるなら手伝う位の義理立てはしたい。
 もしかしたら吸血鬼の生き血を啜ろうとする貪欲な蚊も居るかもしれないし、作り方を知っておくのも悪くない。そんな事考えつつ、蚊帳に手をかけた。
 
 捲った人が外に出られるだろうと、私が先に一枚一枚捲って進む。
 霊夢も後から付いてきて捲って来てくれた。丹田に力を込めて、というのは要するにヘソに力を込めれば良いらしい。言われた通りお腹に力を込めているが、如何せん手応えには変わりが無く少し不安だ。
「三六枚って結構あるわね、普通の人は絶対分からないでしょう」
「どうかしら、時間止める人ができないってだけで、案外普通の奴はできるのかもよ」
 一枚、また一枚。
「時間止めても駄目なこともあると、今回は痛感しましたわ」
「そもそも時間止めるってそんなに良いことでもないでしょう。悪魔に仕えるくらいしかできないわよ」
 もうすぐ三十枚。
「結構、便利だけれど」
「でも時間が止められるから、ずっと歩いてたんでしょ」
 そう言われると、そうなのかしら。時間を止めなければすぐに霊夢が来て、助けてくれたのだろうか? でも、そんな運命は私には見えないのだから、しかたない。
「時間止めるなんて……普通の人よりよっぽど大変よ」
「そう言ってくれるのは霊夢だけかもね」
「一応友人として同情してあげただけ」
 
 最後の一枚を捲った。


 広がったのは蚊帳の網の目越しでない、ただひたすらに普通としか言えない景色。夏のにおい、蚊帳越しで無い葉音。
 やっと外に出られたのだ。
 胸をなでおろし時計を取り出す。結局当初よりだいぶ遅くなってしまったが、仕方あるまい。

「良かったよ咲夜。まだこんなとこ居た」
 今度は何事かと驚き茂みのほうを見れば、薄紅色のシルエットが闇夜にたたずんでいる。
「あれ、お嬢様?」
「いやね、咲夜に頼んだやつなんだけど、パチェに聞いたら外の世界にしかないらしいからさ、そんな物買いに行かせるのも悪いと思ってね。この変な蚊帳にいたんだ、この蚊帳編み目いくつかな?」
 レミリアお嬢様は蚊帳に興味津々のようで、じろじろと見ている。
「あ、その蚊帳入らない方が良いですよ。でも、それをわざわざ言いに?」
「気まぐれだよ、散歩もしたかったしね」
 蚊帳を一通り見渡すと、お嬢様はこちらを向いて。
 気まぐれでも来てくれたのはうれしく思う、先程まで私は散々
「私は今理解しました。レミリアお嬢様の言っていた折ると光る棒というのは、私の事だったのですね!」
「は?」
「私は木偶の坊すなわち棒だったんです。先程まで心が折れていたのに、今はお嬢様の言葉を聞いて、何か胸の奥から光がこみ上が」
「えっ、なんか咲夜気色悪い……」

 一日も歩いているとよく分からない心持ちになるものである。ウォーカーズハイと言うべきか。
 はっと思いだし、振り返ったが霊夢は居なかった。力を入れないと抜けられないのだから、力を入れてなかったのかもしれない。出てくるまで待とうとも考えたが、お嬢様も散歩は興が削がれたと仰ったので、私も帰ることにした。今度蚊帳作りする時にゆっくり御礼も述べよう。しかし私は何のためにびくびくしていたのか。馬鹿らしい……。
 とにかくその日の内に紅魔館に戻れたので、一件落着ではあった。

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