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昨日は眠れそうにないと言ったな、あれは嘘だ。
いや、それが嘘だ。眠れそうにないと言っただけであって私は嘘を言ったつもりはない。よって私は正直者だ。QED。
それにしても、何だか懐かしいような、それでいて見ちゃいけないような夢を見た気がするぜ。
お月様も大きなお星様。
つき、ツキ、月。そう言えば、随分と前に月に行ったコトもあったっけか。
そこで戦ったお姫様が私の星を止めてしまったのを覚えている。止まった弾幕をひょいひょいと避けて、あまつさえそれを食べおったのだ。
§
『星が瞬いて見えるのは大気の揺らぎ。大気の少ない月の都では、星はほとんど瞬かない』
『甘……』
『瞬かない星の光の軌道は完全な直線です』
『等速度の攻撃は加速度系において止まっているに等しい』
『止まっている弾幕なら、誰にでも避けられるでしょう?』
『甘……』
§
――あまつさえそれを食べおったのだ。
――食べた?
――食べていたな?
その時、私に電撃走る。
ベッドから飛び起きて、顔を洗って、朝餉を食べて、身支度をして、いざ外出。
太陽さんさんまぶしいぜ。お日様の匂いがする。待て、お日様の匂いってこんな匂いでいいのか。
体にまとわりつくぽかぽか陽気を、胸いっぱい腹いっぱいに吸い込んでみたけど分からなくて、
「わからぁん!!!」
全部出してみてもやっぱりよく分からなかった。こんちくしょう。
とりあえず、霊夢の所へ茶をタカりついでに訊いてみよう。アイツなら「行き方」位知ってるんじゃないかな。
霊夢は何やら白くて丸いモノを間抜け面で頬張っていた。そして、普段ならば煎餅か饅頭が盛られているであろうお盆には、その白くて丸い、見知らぬ食べ物(であろう何か)が入っていたのだ。
「何食ってんだ」
「ほしがき」
ほし。
星だ。
「食わせろ」
「やだ」
「いただき」
お盆から一番大きいのをひっ掴み、口に運んだ。
お星様には程遠い味だった。
しかし、今はそんなコトをしている場合じゃないのだ。
「月へ行きたいんだ」
「は?」
間の抜けた声を発し、霊夢が初めて目線をこちらへ向ける。間抜け面は呆れ顔へと変わっていた。そんな事はお構いなしだ、今は行けるか行けないかを訊く。確かあの時は、レミリアの所が作った大きな三段積みの筒の中に入って、そのまま飛んで行ったんだっけか。その時に霊夢の力で神様を呼ぶのが必要不可欠だったのを覚えている。
「あン時みたいにさ、神様の力でこう、バシュッゴオオと」
「住吉様のコト? 無理に決まってるじゃないのよ。依代も準備もナシに」
むむ、困った事になった。
確かにあの時と同じ準備をしろと言われれば、とてつもなく面倒な上に時間もかかる。私はそんなに待てんぞ。今日に行かねば気が済まん。
しかし、霊夢の力を以てしても月には行けないと言うのか。頼みの綱が消えてしまう。かくなる上は……
「じゃあ紫か何かにさ」
「何か呼ばわりされたのは初めてよ」
にゅるりと登場隙間妖怪。呼べば出てきて便利だぜ。
私としても願ったり叶ったりだ。早速話を持ちかけるとしよう。
「紫よ」
「なあに」
「私をツキーに連れてって」
「んー、いいわよ」
即OK頂きました。霊夢見てるか。
「軽いな」
「軽々ですわ」
「どれくらい軽いんだ」
「上り60Mbps、下り40Mbpsくらいかしら」
「よくわからん」
「藍と同じくらいって所ね」
「なるほど。霊夢も行かないか」
「やだ」
「つれないぜ。……じゃあ紫、連れてってくれ」
「夜まで待って」
「何だと」
紫が言うには、夜になる、つまりはお月様が昇るまでは行けないのだという。無い物に手を伸ばす必要はないからな。お月様が手の届く距離になるまで、仕方ないからこのまま神社で夜まで待つ事にした。
待つ間暇になるかと思ったが、今日は話し相手が一人増えている。話題なら幾らでも作れるし、退屈はしなさそうだ。
――という訳で。
「星ってどんな味するんだろうな」
「は?」
またも霊夢は間の抜けた声を上げる。コイツはいつもそうだ。
「だからさ、お星様ってキラキラしてて美味しそうだろ。どんな味するんだろうなって」
「そりゃあ、土とか砂の味がするんじゃないの」
「夢のない奴だぜ」
「あんたに言われても悔しくないわよ」
霊夢には話が通じないと分かったので、今度はもう一人に頼るとしよう。
「紫はどう思うんだ」
「美味しいんじゃないの?」
「テキトーだな」
「食べられませんもの」
「お前も夢のない奴だな」
「そう思う?」
「そうだぜ」
「そう。――話題を変えて悪いのだけれど、霊夢。魔理沙。貴女達はどうやって月へ行ったのかしら」
突然の方向転換。しかし進展が無いのならそれでもいいか。
私達が月へ行ったのは――レミリアの所がロケットを造って、霊夢が神様の力で浮かばせて、って感じだった。
あの大筒が飛ぶ原理はよく分からんのだが、月に行くにはそれ相応の準備と時間が要るのだけはよく分かった。
「住吉三神を下ろして、筒を上・中・底の三つを切り離してどんどん上へ上っていったのよね。飛ばすのは別に問題ないのだけれど、正直あの狭い空間に十日も閉じ込められるのは嫌気が差したわ……って、紫ならもう知ってるでしょうが」
「確認の為ですわ」
「なんだ、他に方法があるってのか」
「あるもなにも……ここは幻想郷。幻想郷は全てを受け入れるコトをお忘れかしら」
霊夢が怪訝な顔をする。自分の苦労は何だったのか、とでも思っているのだろうか。私としては、あの妙ちくりんなロケットの中も悪くなかったと思うが。
「外の世界の魔法を真似る必要なんか何処にも無いのよ。惨めな思いをせずとも、月なんてあっという間に行けるんだから」
「どういう意味だぜ」
「今に解りますわ」
意識しないのであれば、時が経つのは意外にも早かった。
少し早い昼餉の後、食後の運動との名目で霊夢の神社掃除を手伝わされたり、おやつに干しぶどう(何と忌々しい響きよ)を摘んでいたりする内、あっと言う間に日が傾いてしまった。
「悪いけど夕餉まで用意する程私は気前良くないわよ」
「わーってるよ。そろそろ良い頃なんじゃないのか? 紫よ」
「ええ。でもここじゃ場所が悪いわ。お誂え向きの場所へご案内しましょう」
紫は宙に指を突っ込むなり、横に広げて隙間を作って見せた。仕事が早いぜ。
先は見えないが、信用に足る道ではある。そのまま隙間へと滑り込んだ。目指すは宇宙のお月様。
待ってろ私のお星様。今日の今日こそ食らいでか。
~
「あんたもワルよね」
「……何の事でしょう」
「昔の失態をチンケな嫌がらせにして晴らさせるなんて。それも自分の手を汚さずに。さぞ魔理沙を都合の良いヤツだと思ったんでしょうね」
「他意は御座いませんわ」
「どうだか。……まだ根に持ってるの?」
「さてさて」
「あっこら、逃げんな!」
~
隙間に滑り込むと、追って紫も付いてきた。
「悪いけど、私の隙間じゃ月に直接行けないわよ」
「何だと、じゃあこの隙間はどこに繋がってるんだ」
隙間に導かれるままに辿り付いたのは、湖。
紅魔館近くの湖だろうか。それとも幻想郷には私の知らない湖が他にあったのだろうか。辺り一面真っ暗で、宵闇の先は視えないままだ。
そんな中で、ただ一つ輝きを放つのは、空に浮かぶ満月と、水面にたゆたう水月。
その僅かな光だけを頼りに、紫を見つける。奴は水月のすぐ側で私を手招いていた。それに倣い、急ぎ向かう。
「それじゃあ、はじめましょうか」
「やってくれ」
「――湖に映った満月は手の届く幻」
爪先で触れた水面が揺らぐ。
「遠くに見える月は天蓋に描かれた絵」
指差された満月が湖を照らす。
「その幻と絵の境界を――」
紫が傘を水月に突き刺す。
突き刺した傘を横に動かし、飴細工かの如く折り曲げ、いびつな形にし始めた。
するとどうだ。
「はい、できあがり」
湖が、ぽっかりと大きな口を開けたのだ。
その先に見えるは――
「水……か?」
「ここから静かの海へ行けるわ」
「こうも簡単にか」
「効率を最優先とするヒトとしての本能。最短の方法で楽して手に入るのであれば本望。幻想郷の人妖が求めた結果が、この私、この力、この道」
「つまりはさ、レミリアみたいなロケットは時代錯誤にも程があるってか」
「苦労を愉しもうとする余裕の心。現世で忘れられた感情を、あの吸血鬼は持っていた。貴女がそれに感化されただけ。決して悪いコトではないのよ」
馬鹿にされている訳ではなさそうだ。まあ、現に私が愉しかったから、それはそれで良い。それで良かったのだ。だが、こうも簡単に月へ行けるのであれば最初からこの道を通りたかったのも事実だ。苦労よりは効率を取りたい。故に私は人間だ。
兎角、今は先に進む。この大口の向こうに、私の欲しいモノがあるに違いないのだ。
「――悪いな。土産は月の石でいいか? 土か砂の味がするんだろうけどな」
「お構いなく。帰り方は教えたわね?」
「水面に移った地球だな。分かってるさ」
湖に開いた口に飛び込んだ。
見送る紫の顔がやたらご機嫌だったのは気のせいだろう。たぶん。
――――――――
水月に飛び込んで辿り着いたのは、見紛うコト無く「あの時」の海岸だった。
空は果てしなく深淵が広がっているにも関わらず、大地は明るい。夜が降りてくる宵闇とは違う、不思議な空の色だった。
砂浜めがけ飛んでみると、いつぞや会った月の姫が、変わらぬ姿でそこに居た。
一振りの刀を腰に差げ、結わえた髪を風に靡かせている。
「優曇華が咲いたと騒ぎになったから何事かと思ったけど……まさか貴女が来るとは思わなかったわ」
彼女の名は綿月の……よっちゃん。確かそんな名前だった。
「よォ…四年ぶりだな……」
「……単身で乗り込んで来たというの?」
「進撃の魔法使いだぜ。反撃の嚆矢を放つぜ」
「再戦? 殊勝な心掛けね」
「やり方は前と同じでいいか」
「命名決闘法案でしたか、良いでしょう」
「話が早くて助かるぜ。いざ――」
懐から八卦炉とカードを取り出す。
奴が刀を鞘から引き抜く。
――撃つと動くだ。私は先に動かせてもらう。
八卦炉が火を噴くと同時に、カードをそれに重ね合わせた。
閃光が月の大地を灼いていく。
奴と戦うのは二度目なだけあって、私も学習したのだ。
ノンディレクショナルレーザー。
アースライトレイ。
マスタースパーク。
瞬かぬ星の代わりに、光を迸らせる。直線的だが、直線的だからこそ、力を持つ光は消える事がない。私は知っている。光は早さを失おうが、輝きを失せる事なく敵を穿たんとするのだ。
しかし――――
「『天之闇戸神』よ! 天上を穿つ巨光を伏し、その淵へと還せ!!」
奴がこの程度の攻撃を意に介しないのも、知っている。
放たれた閃光は神の力によって、有るはずのない「暗き」へと全てを無に還された。
でも、違う。神様を拝ませてくれるのは有り難いコトなんだが、私が見たいのは神様じゃない。
「何か違うんだぜ、あん時みたいな神様に頼らない戦いを魅せてくれよ」
「……良いでしょう」
「さすれば!」
この時の為だけに用意した、とっておきのパターン弾幕。私だけのオリジナルだ。
「魔符! それから天儀! 纏めてブチまける!!」
スターダストレヴァリエ。
オーレリーズユニバース。
カードを二枚ひっつかみ、握り潰して天高く放り投げた。それは瞬く間に光となり、四つの天儀となり、私の周りをゆっくりと廻り始める。
これはただのオーレリーズではない。放つのは閃光ではなく、「星」だ。
天儀はその速度を更に高め、ありったけの星を吐き出し始めた。
私のお師匠に教わった、星弾と天儀の会わせ技。あの頃のままをイメージしたが故に名前はまだない。カードにもなっていない。だから無理矢理に作り上げた。
四方八方に飛び散っては空を覆う星のカーテンは、依姫を押し潰さんとするが、その依姫はふと動きを止めていた。
「ふむ……」
抜刀していた刀を鞘に納めてしまう。
暴れ回っていた星は、徐々にその速度を落としていき、仕舞いにはぴたりと止まってしまった。
「同じ事をまた言うのは好きではないのですが……」
依姫は手を胸の前で交差させると、空間を確かめるかのように掌を握っては開くを繰り返す。
その間にも星は宙に浮いたままで、依姫はその間を舞うように抜けていく。
「星が瞬いて見えるのは大気の揺らぎ。大気の少ない月の都では、星はほとんど瞬かない」
星の迷路を難なく抜けていく依姫。しかしその双眸は私を捉え続けている。
「瞬かない星の光の軌道は完全な直線、等速度の攻撃は加速度系において――」
「隙あり!」
隙なんてなかったがこの際どうでもいい。私は全速力で依姫に肉薄した。
依姫は纏わり付く星を払い、すかさず此方へ刃を向けるが、そんな事は気にも留めない。私から視て最も手近な星――依姫のすぐ隣――に目を付けると、それに手を伸ばした。
もうすぐ届く。私の星に、私の夢に、私の欲しかった答えに。
すれ違い様に、星の一つをひっ掴んだ。
奴も奴で、自分への攻撃が無いと悟っていたのだろう。すれ違った際も手出しをして来なかった。
「……何の積もり?」
「実を言うとリベンジというのは冗談でな、元よりこれが目当てだ」
冗談も方便だ。私はちゃんと「冗談である」と正直に言ったぞ。やっぱり私は正直者だ。
瞬いてはいないが、鈍く光を帯びたままの星を掲げる。これは私の星だ。私の夢が生み出した産物だ。空に浮かんだお星様とは似て非なる、私だけのレヴァリエだ。
「星?」
「以前お前が私の星を止めた時に、これを食べていただろ? かく言う私も食べてみたかったんだ」
「星が食べたくて態々月に来た、と?」
「ん」
「……八意様、地上人の考えは理解出来ません……」
依姫は頭を抱えてなにやらブツブツ言っていたが、ちゃっかり星を一つ摘んで囓っていた。こやつめ私より先に食べやがった。
何はともあれ。
私の、私だけのお星様。
夢にまで見たソレを、私は口いっぱいに頬張るのだった。
読んでて楽しかったです
つまり、この作品はハッPターンの味がする。素晴らしい。
とてもテンポ良く読めました。面白かったです。
ズルいwwwwww
なんて実に幻想の乙女ですねぇ
オチでその余韻も台無しですがね。畜生め!
百点
星もとろけるくらい甘いのかと予想したのですが・・・スナック味とはまた、しょっぱさがにじみでていますな。
興味深い魔理沙の心情描写から
ジェットコースターのようなオチ最高でしたw
魅力的な魔理沙を見せて頂きました。良かったです。