弾幕には味がある。
大きく分けて二つの味があるのだ。
ひとつは命名決闘法案の本質である、弾幕の美麗さ。『味のある』といった意味合いとしての味だ。モチーフがある弾幕があれば、イメージを形にしただけの弾幕だってある。ただ好き勝手にバラ撒いているだけってのもあるな。要するに、けれん味って奴だ。聞こえは悪いが最重要。
もう一つは、味だ。そうとしか言いようがない。弾幕の表現には当然個人差が出る。その表現に味を付けるのも各の自由だ。味を付けるとすれば、さっき言ったような、けれん味を出す為の努力を出すだろう。しかし弾と言うくらいだから、飛んでいく以外に他の意味を持たせない奴も当然いる。ここまで言っておいて何が『味』だというのか? 最初に言ったとおり、味だ。それも、人間なら舌で感じる味覚だ。
酔狂な奴は、文字通り『味』のある弾幕を放ってくる。とある奴は弾幕に花の香りを付けていたりするし、またある奴は米を投げつけてきたりするのだ。
そのコトに何の意味があると聞かれれば、これもまた『味のある』弾幕を表現するのに御誂え向きだからだ。そして何よりも、避ける側にも楽しみを与えるコトが出来る。命名決闘法案が遊びであるコト、遊びとは何たるやを知っているからこそ、出来る芸当だな。現に私もいくつか経験したし、実際に味わってもみた(二重の意味で)。
キューカンバーは味噌を付けて食べるとおいしい。
ミラクルフルーツは食べると酸っぱい物を甘くする。ミラクルだ。
メルトダウンは……とろける位甘そうだ。
――そういえば、賢者の石弁当もまだ試してなかったな。
そんな事を自分で出した本に書いてみたりもした。
そこで私は思い立ったのだ。
星ってどんな味がするのだろう。
星を食べてみたい。
食らいでか、と一人でスペルカードを使ってみたりもしたが、私の出す星の弾幕は絶え間なく動いている。掴もうにも掴めないし、掴み損ねると痛い目を見る。口を開けて待ってみるのも悪くないとは思ったが、失敗して自分のスペルに被弾するのは中々して癪なのでやめておいた。
しかしながら、星はシュッと動いていて欲しいものだ。よって私が星を止める義理はない。
でも、それでは星が食べられない。困ったものだぜ。
ふと気になってからすーっと頭を離れない。たぶん今夜は眠れそうにないな。
――――――――
とりあえず、霊夢の所へ茶をタカりついでに訊いてみよう。アイツなら何か知ってるんじゃないかな。
霊夢は私より長く月に居たし、絶対知っていそうだ。もしかしたらお星様の味なんか知ってるんじゃないかな。
そう思って私は境内に降り立ったのだ。案の定霊夢は縁側で――――?
霊夢は何やら白くて細長いモノを間抜け面で頬張っていた。そして、普段ならば煎餅か饅頭が盛られているであろうお盆には、その白くて細長い、見知らぬ食べ物(であろう何か)が入っていたのだ。
「何食ってんだ」
「ほしいも」
ほし。
星だ。
「食わせろ」
「やだ」
「いただき」
お盆から一番大きいのをひっ掴み、口に運んだ。
お星様には程遠い味だった。
――――――――
とんだ無駄足であった。
やっぱりここは同業者に聞くに限る。お昼のタカりついでにと私はアリスの家に飛んだ。最も近い場所に住んでいる同業者とだけあって、面倒が少なくて済む。アリス本人は少々面倒だが。それに、満月が終わらない異変――永夜異変とか何とかで夜を止めていた上、偽りの月も見ていたし、星についても何か得られるかもしれない。
そんな訳で。
「実はかくかくしかじかでな」
「端折らない」
「とりあえず飯を食わせてくれ」
「駄目と言ったら」
「悲しくなるぜ」
「駄目」
「よよよ」
「食べたいなら手伝いなさい」
「やったぜ」
案の定昼餉にはありつけたのでめっけもんだぜ。
何だかんだ言って、アリスの料理は旨い。捨食の魔法を使っている癖に食事するだけはある。確かに、食べなくとも生きていけると解っていても、食の愉しさは忘れられそうにない。しかし、腹が減らないという感覚はどう捉えても解せぬ。私はイヤだ。他にも色々あるけれど、私は捨食の魔法は使わない。
何はともあれ、食後の口直しだ。しぶいお茶が一杯こわい。
「緑茶」
「ない。代わりにこういうのがあるけど」
そう言ってアリスはティーカップに注がれた紅茶と、何やらトゲトゲしい形をした果物らしき何かをお茶請けに出してくれた。
湯気を立たせるカップの横で存在感を放つ謎の果物。正直気持ち悪い。
「なんだこれ」
「スターフルーツ。茶葉と一緒にお母さんが送ってくれたの」
前言撤回。
スター。その名を聞いただけで、私はその果物らしき何かが途端に魅力的に見えて、いつの間にやら釘付けになっていた。
アリスは長細い果肉を果物ナイフで輪切りにしていく。するとどうだ、断面が綺麗に星形になっているではないか。濃い黄色であることもあり、実にスター。実にグッドだ。
「なんと」
「横断面が五芒星の形をしているからその名が付けられたそうよ。他にもカランボーラ、五斂子、羊桃、三稔って言い方があるみたいだけど……やっぱりスターフルーツが一番似合ってるわよね」
アリスのどうでもいい蘊蓄は聞き流し、私はその未知なる食物に一縷の希望を抱いていた。その希望は『もしや』としか言いようがない、とんでもなくちっぽけな物だが、ここまで来て食べぬ道理はない。私の求めた結果が此処にあるなら、永き旅(実時間にして半日弱という壮大さよ)も報われるのだろう。
今、万感の思いを込め。
私は今、星を咀嚼する。
「……どう?」
無心のまま嚥下し、もう一つ口に入れてみる。
「薄い」
「薄い?」
「それと酸っぱい」
「……ん」
アリスも同じように口に運ぶ。そして、恐らく私と同じ顔をするのであった。
詐欺の味がした。
やるせない虚しさが私の心にモノクロサイレントスパーク。
何かが違う。どうして違う。私のイメージとどうしてこうも違ってくれるのだ。
兎角この味を忘れたい。もっと別の味で私の口腔を蹂躙してくれ。そう思い、私は紅茶の入ったカップに手を伸ばした。
湯気の立つソレをゆっくりと持ち上げ、先ずは香りを愉しむコトにした。したのだ。したんだよ。
しないんだよ。
しないって何が。
香りが。
「その紅茶、エソテリアで取れた純魔界産の紅茶だって。私も魔界でお茶を作ってるなんて知らなかったもの」
よくわからんが震えが止まらない。未知との遭遇二連続で私の心にモサスパ(短縮型)の二射目が来そう。
よし解った。飲むのは最後にしてやる。とりあえずアリスから話を聞こう。
「名前はさ、あんのか? アールグレイとか、オレンジペコーとか」
紅茶に関しては知ったか程度の知識しか持ち合わせていない。遺憾ながらそれを遺憾なく発揮する。お前は何を言っているんだ。
「アステリア。神話に登場する女神の名から取ったそうよ」
「エソテリアで採れるアステリア。洒落か」
「知らないわよ」
「魔界ジョークか」
「おバカ」
アステリア。他にも小惑星の意味があったな。星揃いでいいじゃないか。
「なんでも、『何にでも合う理不尽な味が特徴』らしいわ。私も飲んだことないから、頂こうかしらね」
そう言い、アリスはカップを口にした。私もそれに倣い、琥珀色の液体を口に流し込む。
おう覚悟しやがれ。私が思う存分味わってやる。
口に含んだソレを舌で転がしてみる。転がして転がして転がし続けて、最早紅茶と唾液の比率が半々になったくらいで、飲み込んだ。
「味がしないな」
「ええ」
「そりゃ何にでも合うわな」
「ええ」
「魔法のメッカともあろう魔界も、お茶の作り方は幻想郷よりも遅れてるんだな」
「ええ」
「認めんなよ」
「ええ」
――――――――
得られた物はゼロであった。
そういえば、アリスは魔界の出だった事を忘れていた。
魔界、魔界と言えば法界に行ったっけな、法界と言えば星とか言う奴もそこに居たな。
星って言うくらいだから何か知ってそうだな。訊いた所で説法垂れるだけで終わりそうだが。それとも奴自身がお星様の味がするのかな。でも虎の肉はおいしくなさそうだ、やめよう。
帰宅。
そうだ、シャワーを浴びよう。
身に付けた物ほっぽって、あっついお湯を被って、気が済むまで浴びたらタオルで体を拭く。
そういえば、よく天日で干したタオルはお日様の香りがすると言う。
お日様の香りはあるのにどうしてお星様の香りはないのだ。お月様の香りだってそうだ。味ってのは要するに香りなんだし、嗅げさえすれば味の予想も付くだろう。ああもどかしいぜ。
考えていたら頭がおかしくなりそうだ。
洋服箪笥から上下の肌着を引っ張り出して、着る。パンツ一丁で寝ていた事も今まであったが、風邪をひくし、霊夢とアリスにその事を知られると案の定叱られた。今となってはこれが霧雨流の寝間着だった。
そのままベッドに飛び込んで、枕に顔を押しつける。
寝よう。寝られなくとも目を閉じていよう……
――――
―――
――
ー
大きく分けて二つの味があるのだ。
ひとつは命名決闘法案の本質である、弾幕の美麗さ。『味のある』といった意味合いとしての味だ。モチーフがある弾幕があれば、イメージを形にしただけの弾幕だってある。ただ好き勝手にバラ撒いているだけってのもあるな。要するに、けれん味って奴だ。聞こえは悪いが最重要。
もう一つは、味だ。そうとしか言いようがない。弾幕の表現には当然個人差が出る。その表現に味を付けるのも各の自由だ。味を付けるとすれば、さっき言ったような、けれん味を出す為の努力を出すだろう。しかし弾と言うくらいだから、飛んでいく以外に他の意味を持たせない奴も当然いる。ここまで言っておいて何が『味』だというのか? 最初に言ったとおり、味だ。それも、人間なら舌で感じる味覚だ。
酔狂な奴は、文字通り『味』のある弾幕を放ってくる。とある奴は弾幕に花の香りを付けていたりするし、またある奴は米を投げつけてきたりするのだ。
そのコトに何の意味があると聞かれれば、これもまた『味のある』弾幕を表現するのに御誂え向きだからだ。そして何よりも、避ける側にも楽しみを与えるコトが出来る。命名決闘法案が遊びであるコト、遊びとは何たるやを知っているからこそ、出来る芸当だな。現に私もいくつか経験したし、実際に味わってもみた(二重の意味で)。
キューカンバーは味噌を付けて食べるとおいしい。
ミラクルフルーツは食べると酸っぱい物を甘くする。ミラクルだ。
メルトダウンは……とろける位甘そうだ。
――そういえば、賢者の石弁当もまだ試してなかったな。
そんな事を自分で出した本に書いてみたりもした。
そこで私は思い立ったのだ。
星ってどんな味がするのだろう。
星を食べてみたい。
食らいでか、と一人でスペルカードを使ってみたりもしたが、私の出す星の弾幕は絶え間なく動いている。掴もうにも掴めないし、掴み損ねると痛い目を見る。口を開けて待ってみるのも悪くないとは思ったが、失敗して自分のスペルに被弾するのは中々して癪なのでやめておいた。
しかしながら、星はシュッと動いていて欲しいものだ。よって私が星を止める義理はない。
でも、それでは星が食べられない。困ったものだぜ。
ふと気になってからすーっと頭を離れない。たぶん今夜は眠れそうにないな。
――――――――
とりあえず、霊夢の所へ茶をタカりついでに訊いてみよう。アイツなら何か知ってるんじゃないかな。
霊夢は私より長く月に居たし、絶対知っていそうだ。もしかしたらお星様の味なんか知ってるんじゃないかな。
そう思って私は境内に降り立ったのだ。案の定霊夢は縁側で――――?
霊夢は何やら白くて細長いモノを間抜け面で頬張っていた。そして、普段ならば煎餅か饅頭が盛られているであろうお盆には、その白くて細長い、見知らぬ食べ物(であろう何か)が入っていたのだ。
「何食ってんだ」
「ほしいも」
ほし。
星だ。
「食わせろ」
「やだ」
「いただき」
お盆から一番大きいのをひっ掴み、口に運んだ。
お星様には程遠い味だった。
――――――――
とんだ無駄足であった。
やっぱりここは同業者に聞くに限る。お昼のタカりついでにと私はアリスの家に飛んだ。最も近い場所に住んでいる同業者とだけあって、面倒が少なくて済む。アリス本人は少々面倒だが。それに、満月が終わらない異変――永夜異変とか何とかで夜を止めていた上、偽りの月も見ていたし、星についても何か得られるかもしれない。
そんな訳で。
「実はかくかくしかじかでな」
「端折らない」
「とりあえず飯を食わせてくれ」
「駄目と言ったら」
「悲しくなるぜ」
「駄目」
「よよよ」
「食べたいなら手伝いなさい」
「やったぜ」
案の定昼餉にはありつけたのでめっけもんだぜ。
何だかんだ言って、アリスの料理は旨い。捨食の魔法を使っている癖に食事するだけはある。確かに、食べなくとも生きていけると解っていても、食の愉しさは忘れられそうにない。しかし、腹が減らないという感覚はどう捉えても解せぬ。私はイヤだ。他にも色々あるけれど、私は捨食の魔法は使わない。
何はともあれ、食後の口直しだ。しぶいお茶が一杯こわい。
「緑茶」
「ない。代わりにこういうのがあるけど」
そう言ってアリスはティーカップに注がれた紅茶と、何やらトゲトゲしい形をした果物らしき何かをお茶請けに出してくれた。
湯気を立たせるカップの横で存在感を放つ謎の果物。正直気持ち悪い。
「なんだこれ」
「スターフルーツ。茶葉と一緒にお母さんが送ってくれたの」
前言撤回。
スター。その名を聞いただけで、私はその果物らしき何かが途端に魅力的に見えて、いつの間にやら釘付けになっていた。
アリスは長細い果肉を果物ナイフで輪切りにしていく。するとどうだ、断面が綺麗に星形になっているではないか。濃い黄色であることもあり、実にスター。実にグッドだ。
「なんと」
「横断面が五芒星の形をしているからその名が付けられたそうよ。他にもカランボーラ、五斂子、羊桃、三稔って言い方があるみたいだけど……やっぱりスターフルーツが一番似合ってるわよね」
アリスのどうでもいい蘊蓄は聞き流し、私はその未知なる食物に一縷の希望を抱いていた。その希望は『もしや』としか言いようがない、とんでもなくちっぽけな物だが、ここまで来て食べぬ道理はない。私の求めた結果が此処にあるなら、永き旅(実時間にして半日弱という壮大さよ)も報われるのだろう。
今、万感の思いを込め。
私は今、星を咀嚼する。
「……どう?」
無心のまま嚥下し、もう一つ口に入れてみる。
「薄い」
「薄い?」
「それと酸っぱい」
「……ん」
アリスも同じように口に運ぶ。そして、恐らく私と同じ顔をするのであった。
詐欺の味がした。
やるせない虚しさが私の心にモノクロサイレントスパーク。
何かが違う。どうして違う。私のイメージとどうしてこうも違ってくれるのだ。
兎角この味を忘れたい。もっと別の味で私の口腔を蹂躙してくれ。そう思い、私は紅茶の入ったカップに手を伸ばした。
湯気の立つソレをゆっくりと持ち上げ、先ずは香りを愉しむコトにした。したのだ。したんだよ。
しないんだよ。
しないって何が。
香りが。
「その紅茶、エソテリアで取れた純魔界産の紅茶だって。私も魔界でお茶を作ってるなんて知らなかったもの」
よくわからんが震えが止まらない。未知との遭遇二連続で私の心にモサスパ(短縮型)の二射目が来そう。
よし解った。飲むのは最後にしてやる。とりあえずアリスから話を聞こう。
「名前はさ、あんのか? アールグレイとか、オレンジペコーとか」
紅茶に関しては知ったか程度の知識しか持ち合わせていない。遺憾ながらそれを遺憾なく発揮する。お前は何を言っているんだ。
「アステリア。神話に登場する女神の名から取ったそうよ」
「エソテリアで採れるアステリア。洒落か」
「知らないわよ」
「魔界ジョークか」
「おバカ」
アステリア。他にも小惑星の意味があったな。星揃いでいいじゃないか。
「なんでも、『何にでも合う理不尽な味が特徴』らしいわ。私も飲んだことないから、頂こうかしらね」
そう言い、アリスはカップを口にした。私もそれに倣い、琥珀色の液体を口に流し込む。
おう覚悟しやがれ。私が思う存分味わってやる。
口に含んだソレを舌で転がしてみる。転がして転がして転がし続けて、最早紅茶と唾液の比率が半々になったくらいで、飲み込んだ。
「味がしないな」
「ええ」
「そりゃ何にでも合うわな」
「ええ」
「魔法のメッカともあろう魔界も、お茶の作り方は幻想郷よりも遅れてるんだな」
「ええ」
「認めんなよ」
「ええ」
――――――――
得られた物はゼロであった。
そういえば、アリスは魔界の出だった事を忘れていた。
魔界、魔界と言えば法界に行ったっけな、法界と言えば星とか言う奴もそこに居たな。
星って言うくらいだから何か知ってそうだな。訊いた所で説法垂れるだけで終わりそうだが。それとも奴自身がお星様の味がするのかな。でも虎の肉はおいしくなさそうだ、やめよう。
帰宅。
そうだ、シャワーを浴びよう。
身に付けた物ほっぽって、あっついお湯を被って、気が済むまで浴びたらタオルで体を拭く。
そういえば、よく天日で干したタオルはお日様の香りがすると言う。
お日様の香りはあるのにどうしてお星様の香りはないのだ。お月様の香りだってそうだ。味ってのは要するに香りなんだし、嗅げさえすれば味の予想も付くだろう。ああもどかしいぜ。
考えていたら頭がおかしくなりそうだ。
洋服箪笥から上下の肌着を引っ張り出して、着る。パンツ一丁で寝ていた事も今まであったが、風邪をひくし、霊夢とアリスにその事を知られると案の定叱られた。今となってはこれが霧雨流の寝間着だった。
そのままベッドに飛び込んで、枕に顔を押しつける。
寝よう。寝られなくとも目を閉じていよう……
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