Coolier - 新生・東方創想話

二ッ岩マミゾウの吃驚教室

2013/06/21 20:16:37
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◆ ◇ ◆ ◇ ◆

【吃驚教室へようこそ】

 夏の夕暮れ。
 どこかもの悲しく、そして目一杯にひぐらし達が鳴いている。
 命蓮寺の墓地に、一人の少女が姿を現した。無言で近づいてくる彼女に、マミゾウは手を上げる。
「おお、よく来てくれたな。待っていたぞ」
「うん。……来た。でも、何の用? 手伝って欲しい事があるって聞いたけれど」
 マミゾウの前で、秦こころは無表情に小首を傾げた。ここに来るよう頼みはしたが、用件はそのとき伝えていない。
「それに、その人達……」
 こころはマミゾウの傍らに立つ少女達へと視線を向けてきた。
「うむ、こやつらは儂の知り合いじゃ。安心していいぞ。こっちの唐傘お化けが多々良小傘。お主と同じ付喪神の妖怪じゃ。そして、こっちの黒髪の方が封獣ぬえ。正体不明の妖怪として知られておる鵺じゃよ」
「……どうも」
 マミゾウに紹介される少女達に、こころは頭を下げた。それに対して「よろしく~」と小傘が明るい声で返し、ぬえは黙って小さく頷く。
「実はな、頼みたい事というのはこやつらのことなんじゃ。こやつらが人間を驚かせるのを手伝って貰いたい」
「人間を? 驚かせるの?」
「そうじゃ」
 うむ、とマミゾウは頷く。
「ある種の妖怪にとって、人間の感情というのは糧となる。この小傘にとっては、人間の驚きの感情がご馳走でな。ぬえもまた、正体不明のものに対する恐怖というものが糧となるのじゃよ。お主も少しは分かるじゃろ? 能を人々の前で舞い、見て貰うことで満たされるものがあるのではないかの?」
「分かる。凄くよく分かる。みんなの前で舞うのは気持ちがいい」
 うんうんと、こころが頷いてくる。
「それと同じじゃよ」
 どうやら、この面霊気は今は充実した毎日を送っているようだ。それに、感情も大分安定してきているらしい。そのことにマミゾウは安堵する。
「じゃが、こやつら……特に小傘はそういったものがなかなか得られなくてのう。だから、お主にこやつらが人間を驚かせるのを手伝って欲しい。そういう訳じゃよ」
「そうなんだ。……でも、どうして?」
「うん? どうしてとは?」
「うーんと……」
 こころは虚空を見上げた。無表情なせいで、何を悩んでいるのか掴みづらい。
「まず、小傘さんはどうして人間を驚かせられないの?」
「……あぅ」
 あまりにも直球なその質問に、小傘が呻くのが聞こえた。マミゾウは苦笑を浮かべながら、どう答えたものかと考える。
「そんなん、見りゃー分かるじゃん? こんな格好で、驚く人間なんていないっての。見ろよこの傘? 間抜け面というか、緊張感が無いというか……人を驚かせる気無いだろこれ。子供を驚かせようとして、懐かれるくらいなんだから。二つ名が愉快な忘れ傘だよ? 愉快って何さ、愉快って?」
「う……ぐ、あぅあぅ」
 正確で辛辣なぬえの解説に、小傘がさっきよりも苦しそうな声を上げた。もうちょっと言葉を選ばんかいと、マミゾウは頭に人差し指を当てる。こころには、分かって貰えただろうが。
「……まあ、そういう訳じゃ。小傘はまだ妖怪として修行不足でな。修行を積めば、やがてはこの傘も時と場合に合わせて、より不気味な姿にしたりすることも可能なんじゃろうがな。化ける力がまだ足りんのじゃよ」
「なるほど」
 どうやら納得したらしい。一方でこころにあっさりと納得されて、小傘はしょぼんとしていたが。まあ、すぐに立ち直るだろう。
「それで、どうして私に手伝いを? 私は何をすればいいの?」
「ああ、それなんじゃがな。お主、あれじゃろ? 感情を操る事が出来るんじゃろ?」
「……少しだけなら。お面を被ると、周りの人間にも影響を与える」
「その力を借りたい」
「どういうこと?」
 うん、とマミゾウは軽く咳払いをする。
「人間を驚かせるにはな? 雰囲気作りというものが大切じゃ。夜中には抜群に恐怖を与える百鬼夜行も、真っ昼間にやればただの愉快で間抜けなお祭り騒ぎになってしまう」
「だというのに、こいつときたら、真っ昼間から町中で人間相手に『驚け~☆』って……」
 ぬえが小傘を指差し、呆れた口調でそう言ってくる。
「その辺で勘弁してやれ、ぬえ。あんまりやり過ぎると小傘がいじけるぞ?」
 というか、既に小傘はいじけモードになっていた。座り込んでいじいじと地面に人差し指でのの字を書いている。
「話がずれたが、お主のその力で人間を脅かす前にちょっぴり臆病というか不安にしてやって欲しいのじゃよ。雰囲気作りのサポート。標的の下拵えじゃな。そうすれば、格段に驚かせやすくなるじゃろうて」
「なるほどなるほど」
「それと、お主を誘ったのにはまだ他にも理由がある」
 マミゾウは人差し指を立てて、こころにウィンクをしてみせた。
「色々な感情を学んでいるお主にとっても、人間の驚きの感情は、きっとためになると思うぞ?」
「そうなの?」
「そうじゃよ。それに――」
「それに?」
「人間を驚かせるのは、楽しいぞ~?」
「楽しいの?」
 マミゾウは大きく頷いた。そして、にかっと笑ってみせる。
「どうじゃ? 儂らと一緒にやってみないか?」
「うん、やるやる~」
 こころの明るい返事に、マミゾウはよしよしと頷いた。
「じゃあ、具体的にやり方を説明しようかの」
 そう言って、マミゾウは付いてこいと少女達に手招きをして、その場から離れていった。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 それは、ある夏の暑い日。その夕暮れの事だった。
 少女は自宅へと一目散に走っていた。お腹が空いていた。夕ご飯には少し早いが、頼めば母親は味見と称して作りかけのおかずを分けてくれる。それが目当てだった。
 家への近道ということもあり、少女は狭く人気の無い路地裏をたった一人で駆けていく。
 そして、しばらく進んだところで、少女はふと我に返った。
 気付いてしまった。何にか? 今が、逢魔が時と呼ばれる時間帯になってしまっている事にである。
 夕日は山に隠れ、昼でもなく夜の闇でもない時間。そのはっきりとしない暗がりに、人間は夜目はいまいち利かない。見ているものの輪郭は分かるのに、人の表情といった細部は判然としない。
 そんな、人間が現実の認識力を落とす逢魔が時は、逆に妖怪達にとっては力ある時間となる。
 そんなことは、この幻想郷に住んでいる人間なら誰もが知っている事である。無論、少女も親達からよく聞かされていた。
 薄暗がりの中、ひぐらし達の物寂しい鳴き声だけが聞こえている。まるで自分以外の人間に出会う気配は無い。それは、町が死に絶えたかのような錯覚すら少女に覚えさせるほどに。
 少女は、無人の路地裏の中で立ち止まった。

“もし、こんなところで妖怪に襲われたら”

 そんな考えが、不意に少女の脳裏に浮かんだ。
 自分に限って、そんなことは起こらないと思いたい。だが、そんな可能性が起こりえる状況下にあるというのも事実。この幻想郷では、妖怪による怪奇がすぐ隣にあるのだから。まだ自分が体験していないというだけで、妖怪に襲われたという話はあちらこちらから聞かされている。
 少女は自信の迂闊さを呪った。そして、余計な事を思いついてしまったと後悔する。
 外出時に家の鍵を閉めるのを忘れた事を思い出したような感覚に、少女は深く溜息を吐いた。
 だが、そうだと分かればさっさとこの道を抜けて人気のあるところに戻ればよい。何だかんだいって、人里の中なのだからすぐに人のいるところへは抜け出せるはずだ。
 気を取り直して、少女は再び足を前に踏み出した。
「……え?」
 少女は、背中を嫌な悪寒が駆け上るのを感じた。
 背後に、距離もよく分からないけれど……そう遠くも近くもないところから、くすりとした吐息が聞こえた気がした。
 生温い風が、少女の頬を優しく撫でた。
 得体の知れない不気味さを少女は感じ取る。言葉にするのなら、それはまさしく妖気を感じたとしか言いようが無い。そう思った。
 まさか、本当に?
 少女は唾を飲み込んだ。
 いつの間にか、心臓が痛いほどに脈打ち、背中からは冷たく嫌な汗が流れていた。落ち着けと言い聞かせながら、少女は深く息を吸った。
 ゆっくりと、意を決して首を背中へと回す。
 時間にすればほんの瞬きするような時間だが、その僅かな時間に少女は全神経を集中する。
「……誰も……いない?」
 明らかになる背後の様子に、少女は安堵する。首だけを回していたのを止めて、完全に踵を返して確認した。
 ホッと少女は息を吐いた。やはり、ただの気のせいだったようだ。ちょっぴり、臆病風に吹かれた。それだけだったのだろう。
 やれやれと、少女はもう一度、帰る方向へと体の向きを変えた。
 だがその瞬間、少女体が硬直した。
「……ひぃっ!?」
 少女の顔が引きつる。顔のすぐ前に、大きな一つ目と真っ赤な舌が――

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 人気の無い路地裏。その物陰に隠れて、マミゾウは人差し指を立てて、笑みを浮かべた。
「――そして『うらめしや~☆』と、こういう具合じゃ。どうじゃ、小傘? やれそうか?」
「うんうん、凄い。凄いよマミゾウさん。私、考えただけで……じゅるり」
「おい小傘、涎垂らすなよ。まったく~」
 キラキラと目を輝かせる小傘に、マミゾウはよしと頷く。
「お主もどうじゃ? やれそうかの?」
「……頑張る」
 こころはひょっとこのお面を被りながら、親指を立てて見せた。こちらも任せて大丈夫そうだ。
「でもさ~。そう簡単に獲物が来るかな~?」
「大丈夫じゃよ。確かにここらは人通りが少ないが、全く人が来ないわけじゃない。まさに、驚かせポイントとしては絶好の場所なんじゃよ。まあ、上手くタイミングを見計る必要はあるが……。お? とか言っている間に、いい奴が現れたのう」
 マミゾウはにんまりと目を細め、舌舐めずりをした。
「……誰?」
 こころが首を傾げる。
「そうか、お主は知らなかったか。あいつは、魂魄妖夢といってな。冥界で庭師をやっている娘じゃよ」
「でも、マミゾウさん。あの子、強いよ? 上手くいくかな?」
 顔を強ばらせる小傘に、マミゾウは嘆息した。
「小傘、お前が不安がってどうするんじゃ? 大丈夫じゃよ。確かに彼女は強い。剣術にかけてはこの幻想郷でも指折りの強さじゃろうて。だが、安心しろ。あの娘……実はかなりお化けが苦手なんじゃ」
「え? そうなの?」
「うむ、狸達によるとな? 以前に博麗神社で肝試しをやっていたことがあったそうじゃが、そのときはもう泣き叫んで逃げ回って、相当愉快な姿を見せていたそうじゃよ?」
「そ、そうなの?」
 むぅ、と小傘が眉根を寄せる。決心が付かないらしい。
「おい、悩んでいる時間は無いぞ? モタモタしていたら通り過ぎちゃうって」
「う、うん……」
「取り敢えず、こころよ。どんな感じか試して貰ってよいか? 決めるのは奴がそれでどんな反応をするかを見てからでもよかろう?」
「分かった」
 こころは頷いた。
 そして、お面の一つを被る。
 途端、妖夢が……何かを思い出したかのように立ち止まった。不安げに、何かを探すようにきょろきょろと周囲を見渡す
「ほぅ……。くくく、やはり感受性が高いようじゃのぅ。効果は抜群じゃ。見ろ、あの顔を」
「うん、どうやら本当に恐がりみたいね」
 緊張した面持ちを浮かべる妖夢に、小傘は勇気づけられたようだ。ぎゅっと、傘を握りしめる。
「じゃあ、行ってくるよ」
「うむ、頑張れよ。儂もサポートはするからの。見つからないよう、ちゃんと高く飛ぶんじゃぞ?」
 ふわりと、小傘は音も無く空へと飛んだ。ふよふよと、ゆっくりと妖夢へと近付いていく。
「しっかし、どんだけ警戒しているんだよあいつ? よっぽどの恐がりなんだな」
 刀から決して手を離さず、念入りに何度も周囲を凝視する妖夢の様子に、ぬえが呆れたような呟きを漏らした。
「しっ、声が大きいぞぬえ。気付かれたらどうする」
「ごめん」
 そうこうしているうちに、小傘は妖夢の頭の上まで辿り着いた。
「よし、今じゃな」
 途端、妖夢が素早く、背後を向いた。
「気付かれた?」
「いや、そうではない」
 見ると、妖夢が大きく肩を落とした。地面を見て、苦笑いを浮かべている。
「あれは?」
「儂が用意した、付喪神の赤ん坊じゃよ。あの子にも手伝って貰っておる」
 妖夢の視線の先には、足の生えた小皿がちょこまかと歩いていた。妖夢はしゃがんで、その付喪神に手を伸ばした。ちょんちょんと突きながら「まったく、人騒がせな」とか何とかそんなことをぼやいているのだろう。
 そんな、緊張感の抜けた妖夢の背後に、小傘は降り立った。
 よしっ、とマミゾウとぬえは握り拳を作った。ここまでくれば、もうほとんど成功したも同然だ。
 背中に立つ何者かの気配に気付いたのだろう。妖夢の顔が凍り付く。それとは正反対に、小傘は期待を隠せない、緩んだ顔をしていた。
 べろ~んと、傘が伸ばす大きな舌で、小傘は妖夢の背中から首筋を舐め回した。
 声も上げずに、妖夢の口が大きく開かれる。
 がたがた震えながら、妖夢が恐る恐る背後へと振り向く。そして、傘の一つ目と見つめ合った。
「あ、固まった」
 こころの呟きを聞きながら、マミゾウは笑いを必死に堪える。

“うらめしや~☆”

「きゃああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁ~~~~っ!? お化けえええええええええええええええぇぇぇぇ~~~~っ!?」
 路地裏に悲鳴が響き渡った。
 一足飛びに妖夢がその場から離れる。
 そして、素早く立ち上がり刀を抜いた。
「うわあああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁ~~~~~っ!?」
「ぎゃっ!? ぎゃあああああああああああああああああぁぁぁぁ~~~~っ!?」
 そのまま、妖夢が滅茶苦茶に刀を振り回しながら小傘へと襲いかかっていった。
 今度は小傘の表情が恐怖に染まった。
「うわっ!? ちょっ!? まずいよマミゾウ」
「分かっとる。助けに行くぞ。こころよ。お前も付いてこいっ!」
「うんっ!」
 三人は急いで妖夢へと駆け出し、弾幕を雨霰と浴びせた。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 小傘はしゃがみ込み、両手の甲で両目を覆っている。
「えっく……ひっく……。恐かった。恐かったよぅ。私、死ぬかと……ひっく……うぅ」
「あ~。泣くなよ小傘。そりゃあ、いきなり斬りかかれたらそりゃあ恐いだろうけどさ」
 よしよしと、ぬえが小傘の頭を撫でる。
「そっちはどう?」
「どうやら上手く逃げおおせる事が出来たようじゃな。安心しろ小傘、あいつはもういないぞ」
 路地の様子を眺めて、マミゾウは頷いた。
「いや……すまんのう小傘。恐がりだとは思ったが、まさかあれほどとは思わなんだ」
「でも、吃驚は大成功」
「まあ、それはそうなんじゃがな?」
 こころの指摘に、マミゾウは頬を掻いて苦笑する。
「そうだよ小傘。吃驚は成功したんだぞ? どうだったんだよ?」
「ひっく……それは、気持ちよかったけど……。えっく……」
「お腹は?」
「……いっぱい」
「じゃあ、よかったじゃん。喜べよ」
「……うん」
 ぐしぐしと涙をぬぐいながら、小傘が頷く。少しは落ち着いてきたようだ。
「そうじゃな。あとはあんな反応が返ってきたときに、冷静に対処する方法を考えることじゃな。そっちは今後の課題としよう」
 さてと、とぬえは小傘の頭から手を離した。
「それじゃあ、次は私かな」
 にしし、とぬえは笑みを浮かべる。
 小傘でも驚かせる事が出来るという事実に、彼女もまた期待に胸を膨らませている様子が見て取れた。
「さて、次の獲物は~と。お、これは……」
「どれどれ? どんな奴……って、むぅ」
 マミゾウは顔をしかめた。
「守矢のところの巫女か……。ぬえよ、あやつは止めておいた方がよくないか? ちと、今のお前さん達にはハードルが高すぎる。もっとこう……別の奴にしよう」
「やだ。あいつには、借りがあるんだ。正体不明が売りの私を鴉天狗の前に連れて行って、無理矢理に写真を撮らせたんだ。この借りは、きっちりを返させて貰わないと私の気が済まない」
「それは、まあその気持ちは分からなくもないがな」
 だが、ぬえがそんな言葉で決めた事を曲げるような性格をしていない事も、マミゾウは長年の付き合いで理解していた。説得は無理だろう。
「大丈夫だよマミゾウ。そんな心配そうな顔すんなって。今日は私一人じゃない。みんなが付いている。だから……うん、何も恐くない」
 そんなことを笑顔で言ってくるぬえに、マミゾウは嫌な予感しかしなかった。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 マミゾウと小傘、そしてこころは物陰に隠れながら、早苗とぬえの様子を伺っていた。
 こころの能力が影響しているのか、早苗もまた裏路地で立ち止まり、きょろきょろと周囲を見渡していた。
 そして、ぬえがさっきの小傘と同様に、音も無く早苗の頭上へと浮かんでいる。彼女も成功を疑っていないのか、大きく笑みを浮かべていた。
 フィョーフィョーと、近くのはずなのに、どこか遠くの場所から響いてくるような、人工的な音が、早苗を中心に一帯に響いている。
 音源は早苗の周囲に浮かぶ小さなガラクタである。正確には、ぬえがガラクタに正体不明の種を取り付けたものだ。早苗には得体の知れない、不気味な代物に囲まれているように見えている事だろう。
 早苗はそんな中、わなわなと震えていた。
 若干俯いていて、表情はあまりよく見えない。
「ねえ、マミゾウさん?」
「うむ……これは……あれじゃの」
 マミゾウは半眼を浮かべて、嘆息した。

“これは、妖怪の仕業ですねっ☆”

 路地裏に早苗の歓声が響き渡る。
 そして、早苗は勢いよく顔を上げ、大幣を胸の前に構えた。
「秘法『九字刺し』っ!」
 早苗の周囲に真っ白なレーザーが檻状に展開されていく。
「ぬえええええええええええええぇぇぇぇ~~~~~~っ!?」
「ふはははははははははっ! 妖怪は消滅だ~っ!!」
 レーザーに続いて光弾が渦を巻きながらまき散らされていく。
 慌ててぬえは早苗から距離を取り、上空へと逃げていった。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 ぬえは憮然とした表情を浮かべていた。いくらか被弾して、ところどころ服は傷ついている。
「そんなにいつまでもむくれるでない、ぬえ。ちゃんと、助けに行ったではないか」
「そりゃ、そうだけどさ~」
「そうだよ。今回は相手が悪かったから失敗しちゃったけど、また頑張ればいいじゃない」
「うっさいっ!」
 小傘も慰めるが、ぬえにしてみれば成功者の余裕にしか思えなかったようだ。よりにもよって、いつも失敗ばかりの小傘が(部分的にしろ)成功しているという事実が更に神経を逆撫でているのだろう。
「ごめんなさい。あの人、何だかこう……うまく感情を操れなくて、影響を与えるのが難しかった」
 肩を落として、こころは老婆の仮面を被っていた。責任を感じて、意気消沈しているらしい。
「そうだよ。もっとこう、こころがちゃんととやってくれていれば」
「……うん」
 不機嫌にこころを責めるぬえに、マミゾウは顔をしかめる。
「その辺にしておけ、ぬえ。元はといえば、儂の制止も聞かずに早苗に挑んだのが悪い。志を高く持つのもいいが、己の力を過信せず、相手を選ぶというのも大切な事じゃ。ああいう、常識に囚われていないようなけったいな奴を相手にする難しさが分かったじゃろう?」
 ぬえは黙って、ぷいっとマミゾウから顔を背けた。
 だが、反論はしてこない。感情としてはまだ納得できないが、理屈の上では理解しているのだろう。しばらくすれば、分かってくれるはずだ。
 ぽん、とマミゾウはこころの頭に手を乗せた。
「お前も、そんなに自分を責めるでない。妖怪として自我を持って、まだそんなに時間が経っているわけでもないのだろう? お前も、まだまだ修行不足だというだけの話じゃ。それに、さっき儂が言った通り、あの巫女は相手にするのが難しい。肝が太いというか、恐いもの知らずというか……天性のものなのか知らぬが、好奇心のままに動いて、陽気で陰気や妖気を払ってしまうんじゃろうな。だから、そんなに落ち込むな」
「……うん」
 こくりと、こころは頷いた。
「でもさ~、そんなに言うならマミゾウがお手本見せてくれよ」
「何? 儂がか?」
 どうやら、ぬえはまだ拗ねているようだ。いつまでも子供っぽい性格が直らないというか……安い挑発だとは思うが、ここで逃げてはそれこそ面倒な事になりかねない。
「……よかろう。この二ッ岩マミゾウの化かし術。しかと見ておけ」
 マミゾウは歯を剥いてぬえに笑みを返した。
「じゃあ、あいつらを脅かしてみてよ」
「ん? おう……どれどれ?」
 マミゾウはぬえが指差す物陰の外を見る。
 そして、目を見開いた。思わず吹き出す。
「おい、……あれはダメじゃ」
 視線の先、まだ遠いが……博麗霊夢と霧雨魔理沙が談笑しながら歩いていた。
「え~? なんでさ~? マミゾウは誰だって化かせる大狸なんだろ~? こないだ言っていたじゃんか~? 『化かせぬものなど、あんまり無いっ!』てさ~。嘘だったのか-?」
「儂、そのときは酔っ払っていたじゃろうが? いや、確かに嘘を言ったつもりは無いがな? いくらなんでも準備が足りなさ過ぎる。こんな仕込みであやつらを相手にしても、狸鍋にされるだけじゃ。ええい、じゃからむくれるなというに。相手を選べと何度も言っているじゃろ? わざわざハードルを上げてどうする? 何の意味がある?」
 そう、ぬえに言い聞かせるが、彼女ははまだ顔を背けたままだ。まるっきり駄々っ子のそれである。これは一度、見せてみない事には当分機嫌を直しそうにない。
 やれやれと、マミゾウは大きく嘆息した。
「ぬえ、そのまま壁から慎重にあやつらを見ておけ。危ないから、絶対に表に顔を出すんじゃないぞ? 小傘とこころ、お前達はそのまま隠れておれ」
 ぬえは言われたとおり、顔を出す事無く、曲がり角の縁から横目で路地の様子を覗き見る。そんなぬえのすぐ後ろに、マミゾウは立っていた。
「それじゃあこころ、やってみてくれ」
「うん」
 こころが頷いて、仮面を被った。
 そして、そのきっかり一秒経つかどうかというところでマミゾウはぬえの襟首を掴んで引っ張り込む。
 その直後、ぬえの鼻先を掠めて御札と光弾が撃ち込まれた。もう少し顔を出していたら、首から上が無くなっていたかも知れない。
「お…………おおおおお!?」
 パクパクと、餌をねだる鯉か鮒のようにぬえが口を開ける。
「まずい、やはり気付かれたか。お前達、逃げるぞっ!」
 霊夢と魔理沙のものと思われる足音が高速で近付いてくる。
 マミゾウはぬえの襟首を掴んだまま彼女を引き摺って、その場から駆けだしていった。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 肩で息をして、マミゾウは路地裏の中でへたり込んでいた。霊夢達は、ただの気のせいか、それこそ付喪神の赤ん坊か何か、そんなものの仕業だとでも思ったのかも知れない。それほどしつこく追ってきたりはしなかった。
 小傘とこころもはぁはぁと肩で息をしている。ぬえはまだ顔が強ばっている。
「ほれ見ろ……。これで……はぁ……分かったじゃろ? あやつらは、ああ見えても正真正銘、妖怪退治の専門家なんじゃ。そんじょそこらの連中ならいざ知らず、この程度の策で挑むとこうなる」
「う、うん……。よく分かった。ごめん、マミゾウ」
「分かればよい。じゃが――」
「何だよ。マミゾウ?」
 息を整えて、マミゾウは顔を上げた。
「確かに、考えてみれば今日の儂はお前達に手本を見せてはいなかったな」
 ぬえと小傘、そしてこころを見渡す。
 指導をする立場にありながら、外野であれこれ言うだけでは説得力に欠ける事だろう。ぬえの挑発を気にしているというのも多少はあるが、ここで一度正しい驚かせ方を教えておかないと、彼女らはまた無茶をしかねない。そうマミゾウは思った。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 ほぅ、と呟いてマミゾウは目を細めた。獰猛にその瞳を光らせる。それはまさしく、獲物を見つけた肉食獣のものだ。
「これはよい。いい獲物が来たのう」
 マミゾウの脇や下から、ぬえ達も路地裏の様子を眺める。
「……誰?」
「稗田のところの娘じゃ。名前は稗田阿求という。幻想郷縁起という、この幻想郷の人妖についてまとめた本を書いている。だから、妖怪には詳しいが……妖怪退治をするような能力は持ってはおらん。物事を忘れないこと以外はただの娘じゃよ」
 訊ねてくるこころに、マミゾウは答えた。
「じゃが、妖怪に詳しいが故に、妖怪の恐怖もまたよく知っているという事じゃ。こういう奴は、化かしやすいのじゃよ」
「なるほど」
 こくこくと、こころは頷いた。
「それじゃあこころよ。もう一度頼むぞ」
「うん、任せて」
 そう言って、こころは仮面を被った。無表情ではあるが、声の調子から判断するに、気合いは入っているようだ。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 マミゾウの眼下で、阿求がびくりと背筋を振るわせた。
 妖怪の発する妖気というものが、どのようなものか多少は心得があるのだろう。懐からお守りを取り出し、しきりに何事かを唱えている。
「博麗神社のお守りかの? ふふん、そんじょそこらの小童共には効果があるかも知れないが、残念じゃが儂には効かぬよ」
 どれだけ祈っても妖気が晴れる様子が無い、むしろ濃くなっていく事に阿求の焦りが益々強くなる。既にその顔は蒼白だ。
 よほどお守りを頼りにしていたのだろう。そうでなければ、こんな場所にのこのことやってくるようなことも無いはずだ。何だかんだでこの路地裏は人里の中にあるということから、妖怪が事件を起こすという噂は立っていないということもあるだろうが。
 妖怪にとって盲点だったように、人間にとってもここは比較的安全な場所だと認識されている。故に、マミゾウはここを穴場だと思った。
 にたにたと嫌らしい笑みを浮かべながら、マミゾウは眼下で怯える少女の姿を堪能する。
 いつまでも立ち尽くしていても仕方ない。そう判断したのか、阿求はおっかなびっくり、周囲を慎重に見回しながら路地の中を再び歩き始めた。
 そんな阿求の一挙手一投足すべてをマミゾウは見逃さない。
 阿求が歩みを再開して数十秒。その間、マミゾウは何もしない。泳がしておくだけだ。
 濃密な妖気の中、何も起こらない様子に、徐々に阿求の歩くスピードが速くなる。慣れてきたのだろう。
 そう、妖気がただの自分の錯覚。臆病風だったのかという疑いが確信に変わり、緊張が解けてきたということだ。その表情にも若干の余裕が生まれてくる。
「じゃが、そこが突くべき隙なんじゃよ」
 マミゾウは片目を瞑った。
 その瞬間、短く悲鳴を上げて阿求の動きが止まる。
 阿求は自分の足下を見下ろした。
 真っ白な手が地面から生え、阿求の足首に絡みついている。
 体が竦んでいるのか、必死に首を横に振っているものの、駆け出そうとはしない。
「さて、仕上げじゃの」
 マミゾウが呟く。
 その次の瞬間、阿求の周囲から煙が吹き出し、その中から異形の化け物達が姿を現した。土色の肌をした鬼に、鬼火をまとった化け猫、眼球だけを残した骸骨に、宙に浮かぶ生首、蛇頭の女……その数はどんどん増えて、阿求を完全に取り囲んだ。阿求の場所からはもう、周囲の壁すら見えない事だろう。
 けたけたげひゃげひゃと下卑た笑い声と共に、化け物達が阿求へと近付いていく。
「いや……いや……。お願い……来ないで。いや……」
 ガチガチと歯を鳴らしながら、阿求が身を震わせる。だが、それでマミゾウは異形達の歩みを止めたりはしない。
 そして――
「いやああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~っ!?」
 異形の化け物達は一斉に阿求へと飛びかかり、彼女を地面へと押し倒した。あっという間に、阿求の姿は化け物の山の中に埋もれていった。
 と、そこでマミゾウは地面へと降り立った。来い来いと、物陰に隠れていたぬえ達に手招きをする。
 彼女らが駆け寄ってきたところで、マミゾウは術を解いた。積み重なっていた化け物はたちまち雲散霧消し、中からぐったりとした阿求が姿を現す。恐怖に引きつった表情で、白目を剥いている。
 マミゾウは少女達に向いて、胸を反らした。
「ま、儂にかかればざっとこんなもんじゃな」
 呵々とマミゾウは大笑した。
 口々に賞賛の声を上げながら、マミゾウを除いて少女達が阿求へと群がった。
 このお手本を見て、彼女らも真面目に修行に励む事だろう。
 だが、そんな心地よい気分はほんの数秒で終わった。
 それまでぺたぺたと阿求の頬を軽く叩いていたぬえが、血相を変える。
「ま、マミゾウっ!? ちょっと待ってっ! この子、何だか様子が変だよ?」
「何?」
 マミゾウは眉根を寄せた。

“こいつ……息してないよ?”

「何……じゃと?」
 こころもぬえの隣にしゃがみ込み、そして耳を阿求の胸に当てた。
「心臓……動いてない」
「え? それって……まさか……本当に? 死んで?」
 小傘が不安な声を漏らす。
「ひょっとして……驚いたショックで心臓が止まったって事?」
「あり得るかも、阿礼乙女は体が弱いって話だし」
 緊張した声を漏らす少女達を前に、マミゾウの額に大量の汗が浮かんだ。
 阿求の白い顔は、ぴくりとも動かない。
 “阿礼乙女殺人事件。犯人は化け狸”“「殺す気は無かった」そう何度も抗弁する二つ岩マミゾウ容疑者”“「今夜は狸鍋ね」巫女は包丁を研ぐ”“「狸は殺せ」人間達に狸撲滅運動の気運が高まる”そんな新聞の見出しや、自分の首から下だけが宙ぶらりんになった写真がマミゾウの脳内を駆け巡った。
 妖怪は人を襲ってなんぼのもの。そういう理屈では、人の法で縛られなければいけない理由は無い。殺人を犯したからといって、人の法で裁かれるいわれは無いのだ。だが、逆に言えば……無法の存在故にどんな酷い目に遭わされても文句が言えないということでもある。
 それこそ、脳内を駆け巡ったイメージが実現してもおかしくないのだ。というか、高確率で起こり得る。
「お前達っ! しばらくここでじっとしていろっ! 儂はそいつを医者に連れて行くっ!」
 慌ててマミゾウは人間の姿へと変異し、阿求を背負った。一目散に医者のいるところへと走って行く。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 マミゾウは墓場の中で深く溜息を吐いた。
 「急患だ。妖怪に襲われたらしい。早く診てくれ」と医者に駆け込んだところ、医者は阿求の脈を取って、ベッドに寝かせた彼女の目をそっと閉じさせた。
 マミゾウはその場に崩れ落ちた。手遅れだったのだと。速く逃げなければ。だが、どこに? ほんの少し早いか遅いかの違いだけだ。失意と恐怖に、マミゾウは震えた。
 そんなマミゾウに医者は言った。「ん? 気絶しているだけですよ?」と。すかさずマミゾウは「紛らわしい真似するんじゃないわっ!」と医者を殴りつけた。
 それが、だいたい一時間ほど前の出来事である。
 ぬえ、小傘、こころの三人は両手と両足を縛られた格好で座っている。というか、座らせている。阿求を驚かせた路地裏に戻ると、とっくに彼女らは逃げ出していて、マミゾウは見つけ出して捕まえるのにあちこちを走り回る羽目になった。
 マミゾウは彼女らの前で腕組みをして仁王立ちになっていた。こめかみには血管が浮いている。
「お前達……誰が儂を吃驚させろと言ったっ!? この馬鹿者がっ!!」
 しゅん、と項垂れている小傘とこころ。それに対して、ぬえだけは明後日の方を向いて口笛を吹く真似をしてみせた。
「痛っ!? 痛たたたたたたたたたたたたっ!?」
 無言でマミゾウはぬえの頭を拳骨でぐりぐりと挟んでやる。
「痛いってマミゾウっ! 何で私だけっ!?」
「喧しいわっ! どうせまたお前が主犯なんじゃろう? 真面目にやらんか、真面目にっ! そんなんじゃから、いつまで経っても能力が生かし切れないというんじゃ。まったく、才能だけなら儂にも劣らぬというのに……お前ときたらっ!」
 涙目で訴えるぬえに、マミゾウは怒鳴る。
「小傘も、ぬえの悪巧みに付き合うなと言っておるじゃろうが? 真面目にやらんと、いつまで経っても成長せんぞ?」
「……はい」
 神妙な表情で、小傘は頷いた。反省しているらしい。
 もっとも、それでもまたしばらくするとケロリと忘れ、ぬえに言葉巧みに乗せられて、付き合ってしまうのだろうが。
「こころもじゃ。まあ、初めてじゃからの。勝手の分からぬまま、ぬえに付き合ってしまっても無理は無いが……。もう、やらぬようにな」
「うん」
 こころも頷いた。素直な性格をしているようだから、彼女はこれで分かってくれることだろう。いや、まだ赤ん坊みたいなものだから、変な方向に成長しないか気がかりではあるか。それこそ、ぬえに変な影響を受けかねない。当分、目を離せそうにない。
「よし、じゃあお説教はここまでじゃ」
 そう言ってマミゾウは縄を解くため、彼女らの後ろへ回ろうとした。
「でも、面白かった」
 ぽつりと、こころが呟く。
「ん? 何がじゃ?」
 立ち止まったマミゾウに、こころが見上げてくる。

“吃驚させるの、凄く面白かった”

「だろ? 仮面被るだけじゃなくて。マミゾウの……目の前の相手の反応がさ? やってて面白かっただろ? スリル抜群でさ~☆」
 満面の笑顔で、そんな事を言ってくるぬえに、こころがうんうんと頷いた。小傘も「そうだよねー」と相槌を打つ。
 朗らかに笑う小傘とぬえ。まるで反省している様子が無い。というか、もうそんなものは忘れたようだ。
「お前ら~」
 わなわなとマミゾウが体を震わせる。怒気を孕んだ声に、彼女らはぎくりと背筋を伸ばした。
 だが、それだけでマミゾウは溜息を吐いて怒りを抑えた。
「ま、いいわい」
「あれ? 怒らないのか? マミゾウ?」
 不思議そうな声を上げるぬえに、マミゾウは肩をすくめて苦笑する。
「ああ、さっきお説教はしたしの。それに――」
「それに?」
 マミゾウはこころの頭の上に手を置いた。わしゃわしゃと撫でてやる。
「どうやら、お前達のおかげでこやつにも吃驚の楽しさが伝わったようじゃからの」
 それもあって、ぬえ達はこんな真似をしたのだろう。
 ぬえと小傘、そしてこころが打ち解けたようで何よりだとマミゾウは思った。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

【さらば、吃驚教室よ】

 憮然とした顔で、阿求は霊夢の前に座っていた。出したお茶に手を着けようともしない。
「はぁ? お守りが効かなかった?」
「そうですっ! 山の奥まで行っていたというのならいざ知らず、人里でですよ? それも、これまでそんな妖怪が出るなんて噂、ほとんど立っていなかったところで妖怪に襲われたんです。沢山のっ! これ、覚えてますよね? 高いお金払ったんですよ?」
 よほど恐かったのだろう。その恐怖を怒りに変える形で、どんと阿求は畳を叩いた。
 そんな阿求を前に、霊夢はまるで動じる事も無く頭を掻いた。
「おかしいわねー。確かに、そんじょそこらの妖怪は寄ってこないはずなんだけど? ちなみに、どんな連中に襲われたの?」
「化け提灯とか、生首とか、骸骨だとかそんなのがウジャウジャとっ! どういうことですか? 私、本当に死ぬかと思ったんですよっ!?」
「ふ~ん?」
 霊夢は首を傾げた。
「何ですかその態度は? 仮にも妖怪退治をする巫女のお守りが効かなかったなんて、それこそ幻想郷のパワーバランスに影響を与えそうだから、言いふらしたりはしていませんけど、でもそっちがそういう態度だというなら――」
「……有り得ないわねー」
「なんですって?」
 眉を跳ね上げる阿求を前に、霊夢は嘆息した。
「有り得ないわよ。そんな、まともに人の姿もとれないような程度の妖怪が、そのお守りを持っていても襲いかかってくるなんて」
「はぁ? 何を言っているんですか? まさか私が嘘を言っているとでも――」
「そうは言っていないわ」
 そう言って、きっぱりと霊夢は阿求の言葉を遮った。
「……阿求。ちょっとそのお守り、渡してくれない?」
「え? あ……はい」
 差し出されたお守りを受け取って、霊夢はそれを自分のすぐ目の前に持ってきた。そして、凝視する。
「あの? 霊夢さん?」
 怪訝な表情を浮かべてくる阿求に、霊夢は自分の座布団から身を乗り出し、四つん這いのまま近付いていった。
「ちょっとごめん、阿求」
「あ、あのっ? 霊夢さん? いったい何を?」
 霊夢は阿求の顔へと自分の顔を近づけた。そして、彼女の匂いを嗅ぐ。阿求の顔が赤く染まり、そして引きつった。
「……臭うわね」
「し、失礼なっ!? ちゃんと毎日お風呂に入っていますよ?」
「そういう意味じゃないわよ」
 霊夢は阿求から顔を話し、嘆息した。

“この臭い……狸ね”

「え? 狸?」
 霊夢は頷いた。
「阿求。あんた、狸に化かされたのよ」
「え? えええ?」
 困惑した顔を浮かべる阿求に、霊夢は肩をすくめた。
「いい? このお守りは正真正銘、ちゃんと妖怪除けの効力は持っている。話の通じないような連中は寄ってこないわ」
「そんな。でも、確かに――」
「そうね、あんたの目の前にはそんな妖怪が現れた。でも、そんなことは普通なら有り得ない。人里なら尚更ね。あんたが見たのは、強い力を持つ狸が見せた幻よ」
 呆気にとられたように、阿求は答えない。まだ言われた情報を整理して、納得できる説明なのかどうか、考えているのだろう。
「阿求? あんたさ、いったいどうやって助かったの?」
「え? あ、はい。それは……気を失っていたところを偶然通りかかった人が見つけて、それでお医者様のところまで連れて行ってもらったようなんですが」
「ふ~ん。どんな人?」
「私は気を失っていてお礼も言えなかったんですけど……。眼鏡を掛けて、栗色の髪をした女の人らしいです」
「馬鹿。そいつが狸よ。おおかた、脅かしたはいいものの、気絶したあんたを死んだかどうかしたと勘違いして、慌てて医者に連れて行ったってところなんでしょうね」
「え? えええええええええええええええええええええええぇぇぇ~~~~っ!? 嘘っ!? どこかでお会いする事が出来たら、今度こそちゃんとお礼をしようと思っていたのにっ!」
「よかったわね~。化かした相手にお礼を言うなんて間抜けな真似しなくて」
 あんぐりと口を開ける阿求を見て、霊夢は苦笑した。
 そして、霊夢は部屋の外と向かっていく。
「あれ? 霊夢さん。どちらへ?」
「ん? ちょっとね。人間様を化かす悪い狸を退治して、鍋にする用意をしないと?」
 そう言って、鼻歌交じりで霊夢は台所へと向かう。背中から「私もお手伝いします」という声が聞こえてきた。

 ―END―
 格ゲーは苦手なのですが、こころちゃんが可愛いかったので心綺楼は大満足な漆沢刀也です。そして、他に書こうと思っていたネタをすっ飛ばしてこっちを先に書いてしまったという。小傘は前からお気に入りだったのですが、ぬえと小傘とこころの三化けトリオは、結構書きやすいかも知れません。
 そんなわけで、お気に入りキャラが更に増えました。今度人気投票があれば、そのときはもっと投票枠を増やして欲しいと思うのは俺だけでは無いはず。10人くらいに増えて欲しいなあ。
 ではでは、ちょっとでもお楽しみ頂けたなら幸いです。
漆沢刀也
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コメント



0.760簡易評価
1.90名前が無い程度の能力削除
マミさん逃げてー!
2.90奇声を発する程度の能力削除
面白くとても楽しめました
5.80名前が無い程度の能力削除
>愉快って何さ、愉快って?
その昔、愉快痛快怪物くん、という妖怪(?)がいてだな…
6.100url削除
誤字報告です。
「マミゾウに哨戒される少女たち」

小傘ちゃんかわすぎる天使か。
マミゾウさんのお母さんっぷりと霊夢のプロっぷりに惚れた。
8.100名前が無い程度の能力削除
首から下ぶらりんってそういうww
奇跡も魔法もありゃしないマミゾウの運命…………
9.100名前が無い程度の能力削除
ほのぼの可愛い。次はこころちゃんのびっくり作戦も見たいな。
11.無評価漆沢刀也削除
>1さん
大丈夫ですよ。きっと熱湯コマーシャル程度で済むんじゃないかと……いやどうだろう?(汗
拙作をお読み頂き、有り難うございます。

>奇声を発する程度の能力さん
有り難うございます。拙作をお読み頂き、多謝です。

>3さん
怪物ランドのお坊ちゃんも愉快でしたね。カリスマ(笑)でしたし。
ただ、親からの仕送りも無い小傘にとって、驚かせスキルは死活問題かと。
拙作をお読み頂き、多謝です

>urlさん
誤字報告、有り難うございます。修正いたしました。
小傘は保護欲をそそる可愛さですね。こんな可愛い子を忘れるなんてとんでもない。
拙作をお読み頂き、多謝です。

>8さん
首から下ぶらりん……マミってます(笑)。
助かるには奇跡の力を持つ方の巫女か、魔法使いに頼み込むしかなさそうですね。
やっぱり、退治されちゃう可能性大ですが。
拙作をお読み頂き、多謝です。

>9さん
まだまだ妖怪として駆け出しなので、こころはまだしばらくは受け身かなあと。
でも、修行を積んでいけばきっと自らびっくり作戦を実行してくれる事でしょうね。
拙作をお読み頂き、多謝です。
12.90名前が無い程度の能力削除
マミゾウさんが良いキャラしてますね。面白かったです。
19.90名前が無い程度の能力削除
まぁ・・・マミゾウさんは化ければ霊夢すら騙せるレベルだから・・・。先制攻撃で制圧されないことを祈りましょう。
21.803削除
コミカルで楽しいSSですね。
人気投票の枠に関しては本当にそう思いますね……
25.100名前が無い程度の能力削除
逃げて!マミゾウさんにげて!