Ⅲ 屍の行方
冥界の屋敷、白玉楼には毎日多くの花見客が詰めかける。
その広大な庭園に咲き乱れる桜はちょうど見頃を迎えていて、会場の盛り上がりも最高潮となっていた。
しかし――そんな賑わいの中、明らかに場違いな行動をとる庭師が一人。
「何も出てこないっ!」
スコップを足元に放り、地べたに座り込む妖夢。
一刻ほど前から西行妖の近くを掘り始め、今も深さ六尺を超える大穴をこしらえたところだ。
式神の助言を受け手当たり次第に掘ったのだが、結果は花見の景観が著しく損なわれただけだった。
近くにいる花見客は妖夢に対し怪しい物を見る視線を送っているが、そんなことを気にしていられるほど妖夢の心に余裕はない。
何とかしてヒントを掴まないと、そこから先へは進めない。しかし、
「何も、出てこない……」
地中にヒントはなかった。流石に宝の地図のようなものが出てくるとは思っていないが、何か変わった物が埋まっているのではと確信していたのに、結果はこれである。
(これじゃあ封印し直すことはできない……。……?)
封印し直す。
すなわち、封印を保っていた何かが無くなり、その結果封印が解けたのではないか。
「っ! そうかっ!」
突然大声を上げた庭師に、周囲の花見客が驚き振り返った。
「……あっ、すいません」
周りの客に詫びを入れる。しかし確実なヒントが掴めた。何かが埋まっているのではなく、何も埋まっていないことこそがヒントだったのだ。
(すると、ここに何が埋まっていたんだろう……。何者かを封印するために埋めるもの……)
封印から連想される物といえば、剣や鏡などの宗教道具、剣や盾などの武器、人形など人の形をした物で封印することもあるそうだ。雛人形や藁人形もその例である。
(人の形……まさか、人っ……!?)
人。正確には遺骸。藍はこの桜が屍を糧に成長したと言っていた。その屍が桜を封印していたのだとすれば、それが無くなり西行妖の開花へと繋がったことは納得がいく。
現に多くの者がこの桜の下で亡くなっている。幽々子もそのうちの一人だ。これだけ掘ったのだから白骨の一本でも出てきておかしくないはずだが、しかしそれらしきものは何も出なかった。
幽霊でもないのに、死体が勝手に動き出し、地上に這い上がることがあるのだろうか。その様子を少し想像した妖夢だが、なんだか百鬼夜行のような光景が浮かんだので想像を止めた。
死体が意思を持って動き出せば、それはゾンビやキョンシーに当たる。しかし、ゾンビなどは単体で動き出すのではなく、何らかの術式を受けることで意思を持つようになるものだ。
少なくとも妖夢の近辺にそのような術を操れるものはいないので、この説はここで行き止まりとなってしまう。
(やっぱり、私一人の力じゃ無理か……)
穴から這い出て溜息をつく。主人が一大事だというのに、何もできない自分があまりにも無力に感じ、憂鬱になる。
(ならば……)
一人が駄目でも、二人なら、三人なら、解決の糸口が掴めるかもしれない。妖夢にはまだ頼れる当てがある。
掘り返した地面を埋め直すことも忘れて、妖夢は顕界へと繋がる桜花結界へと向かった。目的地は、異変解決のプロがいる神社である。
*
「ゾンビを生み出す術者? あいつのことかしら」
妖夢が呆気にとられるほど、事態は簡単に進展した。
幻想郷の東に位置する神社、そこの巫女である博麗霊夢は異変解決の専門家である。結界を潜った妖夢は霊夢を尋ねて博麗神社まで訪れたのだが、こうも簡単に容疑者を挙げてくれるとは思わなかった。
「誰のことなんですか! そいつは今どこに!?」
「いつになく慌ててるのね。質問は一つに絞ってよ」
いつでも暢気な巫女さんは、妖夢がどれほど慌てていようと冷静である。
「術者の名前は霍青娥。仙人よ。仙人と言っても、落ちぶれた邪仙だけど」
「霍青娥……仙人ですか。それで、そいつの居場所を知りませんか?」
「うーん、いつもふよふよ漂ってて、気が付くと居たり居なかったりするし……住所不定ってやつね」
何とも嫌なことを聞いてしまった。これは当人を探すのに一苦労しそうである。
「青娥を倒せばいいの? そんなら私も手伝うけど」
「いえ、倒すのではなく盗まれたものを返して貰わないといけないんです」
「盗まれた? 何を?」
「死体です」
「……うわー」
露骨に引く霊夢。無理もない。妖夢や幽々子と違って、霊夢は今を生きる生身の人間である。幻想郷などというところに住んでいても、死体が出てくるような事件に首を突っ込みたくはなかった。
「一刻も早く回収しないと幽々子様が危ないんです! 協力してください!」
頭を下げる妖夢。決して広くはない幻想郷だが、特定の人物を探し出すためには一人の力では到底賄いきれない。一人でも多くの人に協力してほしいところだ。
「……分かったわよ。その代わり、この件が解決したらそっちで花見の宴でも開かせてもらうわよ。勿論あんたの出費で」
「お安い御用です!」
主人の命には代えられない。元々死んでいるが。
「じゃああんたは山の方探してよ。私は森と竹林をあたってみるわ。魔理沙にも声を掛けておくわよ」
「恩に着ます」
二人の少女は飛び立った。西行妖を封印していた亡骸を取り返すために。
*
博麗神社から西へ向かうこと数分。霊夢は魔法の森に建つ一軒の道具屋を訪れていた。
「魔理沙ー、いるかしら?」
勝手にドアを開けて侵入する。鍵が掛ってないので入って構わない。向こうが開けるのを待っていると、すこぶる鬱陶しそうな表情で出迎えてくれるからだ。
「よおー霊夢か。どうした?」
魔理沙が寝転がっている部屋は、さまざまなマジックアイテムで床の大半が埋め尽くされている。この道具が弾幕だとしたら、突破は困難を極めるだろう。
「ちょっと青娥を探すのを手伝ってほしいのだけど」
「ええー、果てしなく面倒くさいぜ。ここは丁重にお断り――」
「報酬は白玉楼での花見付き宴会よ」
「――承ったぜ。霊夢は北を、私は南を探す」
「ちょ、ちょっと落ち着きなさいよ……」
魔理沙も相当に宴会好きである。
「そもそも何で青娥を探すんだ?」
「妖夢が探してくれって依頼してきたのよ。なんでもあそこの桜の木が開花したとか何とか……」
「あの妖怪桜が? そもそも開花しない筈じゃなかったのか?」
「ええ、封印していた死体を持って行かれたらしいの。封印が解かれると何が起こるか分かったもんじゃないし、私としても厄介ごとは未然に防いでおきたいのよね」
「成る程な……。その死体、青娥が持って行ったってのは確かなのか?」
「え? ……確か妖夢はゾンビやキョンシーを生み出せる術者と言っていたけど……他にもいたっけ?」
「そういう条件なら青娥は容疑者筆頭だろうが、単に死体を持って行くってだけなら他にも有力候補がいるだろう?」
「死体……ああ、そういえば」
ポンと掌を打つ霊夢。妖夢の考えは、いささか早計だったかもしれない。
「青娥も気になるけどそっちは妖夢に任せて……」
「私らはあいつを探してみようぜ!」
妖夢には悪いが、複数の可能性があるならそれらすべてをチェックするべきだ。霊夢と魔理沙は森を出て、妖怪の山の方へと舵を取った。
*
一方その頃、妖夢は思いのほか早く目標を確認したのだった――