春も終わり、夏の近づいたある晴れた日のこと。
正午を過ぎた頃。博麗神社の巫女、博麗霊夢は今日も今日とて縁側でのんびり茶を啜り空を見上げていた。
「はぁっ。境内の掃除も終わったし、暇だなぁ……」
空は雲ひとつない澄み渡った快晴。加えて気温も高くなく、暑くもなく寒くもないポカポカ陽気。
いつもは誰かしら訪れる博麗神社だが、今日はまだ誰も来ていない。のんびりまったり、あるがままの能天気巫女でも、急に誰も来ないとなれば退屈を感じるのは当然の事で。暇を持て余し茶を啜り茶菓子を口に入れ足をぷらぷら。湯呑みが空になれば急須を傾け出涸らしの茶を注ぎ、また空を見上げては退屈だなぁとぼやき、時間はそんな霊夢を嘲笑うかのようにゆっくりとしか過ぎていかず。あの完全で瀟洒なメイドが博麗神社の時間をおかしくしてるんじゃないかと疑ってみるも、霊夢と違ってそれなりに忙しい身の彼女がそんな無駄な事をする訳がないのですぐに頭からその考えは消え失せる。
そんな取り留めのない空想を一刻程も繰り返していた時。
「ふわあぁ~……ぁ――」
陽気にあてられたのか、霊夢は大口を開けて大欠伸。年頃の女の子がはしたないことこの上ないが、生憎この場には誰もいないので何も問題はなかった。
「うぅ、眠い……」
しきりに目を擦り、眠気で頭はゆらゆら揺れだしている。
しばしそうしていたが、耐えられなくなったのか霊夢は身体を後ろに倒して両手を広げ、縁側に大の字を描いた。
「昼寝でもするかなぁ」
独り言だろう、ポツリと自身にしか聞こえない程度の声音で霊夢は呟いた。
「でも寝間に戻ったらこの陽気は勿体無いし……布団敷くのめんどいし……」
本音の大半は後半部分に集約されてそうだが、眠い時というのは何もかもが面倒に感じるものなので、もしこの場に誰かいたとしても誰も霊夢を責めはしまい。
そうやって眠気でうとうとする頭でどうするか考えていた霊夢は、突如勢い良く上体を起こした。
「そーだ、いい事考えたっ」
ポンと手を叩いて何事か閃いた霊夢は、大急ぎで湯呑みと急須と茶菓子を盆に乗せて片付け、そのまま寝間へと急いだ。そしてえっちらおっちらと縁側に戻ってきた霊夢は布団を抱えていた。
つまり、陽気が勿体無いなら縁側で寝ればいいというものである。最早はしたないとかそういう問題でもなくなってきているが、霊夢は気にもしない。
布団を敷いて枕を置いて準備完了。寝転がって枕の位置を調整した霊夢はおやすみーっと誰にともなく声を掛けて目を閉じた。3秒後にはもう夢の世界、すーすーと寝息を立てて幸せそうである。
そうして霊夢が昼寝を始めてから一刻程経った時、博麗神社付近の上空を箒に跨った魔法使いが飛んでいた。ご存知、白黒の魔女ルックと大きな帽子がトレードマークの普通の魔法使い・霧雨魔理沙である。
境内に降り立った魔理沙は右手に箒を携えて周囲をきょろきょろ見回し、霊夢の姿がないのを確認する。それから「霊夢ー、いるかー」と少し大きめの声量で声を周囲に響かせる。が、反応は全く無し。いつもならば「はいはい、そんな大きい声出さなくても聞こえるわよ」と賽銭箱の奥の本殿扉、もしくは縁側の方から霊夢が現われるのだが、この日は何の反応も無い。
どうしたのだろう、と不審に思った魔理沙はもう一度「おーい、霊夢ー!」と今度はもう少し大きな声で呼びかける。が、同じく微塵も反応は無し。
「私が来てやったっていうのに、あの巫女は何やってんだか」
少々偉そうに言っているが、これは霊夢に聞こえないが故にだった。聞かれてたら「何偉そうに言ってるのよ」と殴られること間違いなしであろう。
それから「霊夢は一体どうしたのだろう」と顎に手を当てふむと考え込んでいた魔理沙だったが、考えが纏まったのか断りもなく賽銭箱の裏に周って扉を開け、靴を脱いで中に上がりこんだ。つまりは神社を探してみよう、という事だ。ちなみに箒は右手に携えたまま。
廊下を素足でペタペタと歩き、炊事場、客間、寝間と順次覗いてまわり、最後に辿り着いたのは居間から続く縁側だった。
「お、いたいた。……なんてとこに寝てるんだよこの馬鹿は……」
そこにあるのは当然、少々遠目でも分かる、紅白の改造巫女服を着たまま布団に大の字で眠る霊夢の姿。魔理沙が近づいて覗き込んだ顔は、涎垂らして幸せそうだったという。
「ったく、幸せそうに眠って……。起こそうにも起こせやしないじゃないか」
なるべく音を立てないように近づいて箒を傍らに置き、魔理沙は寝顔を再度覗き込む。そう呟いた魔理沙の顔は言葉とは裏腹に、不満などはなく代わりににやにや笑顔が浮かんでいる。
しばらくそうやって眺めていた魔理沙だったが、何か思いついたらしく、くっくと含み笑いを漏らしながら懐から何やら取り出した。取り出した物は円筒形の細長い物体で、片方にはキャップが付いている。ぶっちゃけマジックペン。
「へっへっへ……私を無視して幸せそうなヤツはこうだっ」
悪戯っ子の笑顔できゅっきゅきゅっきゅ~っと妙な節をつけて歌いながら、魔理沙は霊夢の鼻の下にペンを走らせた。ちなみに描かれたものは黒色のちょび髭である。
霊夢の顔を改めて見た魔理沙の顔は、だんだんとさっきの悪戯っ子の笑顔から心底愉快そうな笑顔に変わっていき、それとともに体は小刻みに震え始めて両手は腹を抱くようにし、体の震えがぷるぷるからブルブルに変わっていく頃には体はくの字に折れ曲がっていた。つまり声を押し殺して笑っているわけだ。
すかーっと大口開けて涎垂らした幸せそうな寝顔の女の子の顔にちょび髭が描かれていたら、それはもう滑稽なことこの上ないだろう。
やがてそれも収まった魔理沙は、霊夢の布団の横に胡坐をかいて座り、暇だぜーっとか呟きながら空を見上げていた。空は相変わらず青く澄み渡り、たまに鳥が数羽飛んでいく程度で雲はひとつもない。気温も相変わらず過ごしやすいもので、魔理沙の白黒のごてごてした服でも少々暑いと感じる程度だ。
「ん――あふ……ぁ―――」
しばらくそのまま空を見上げていた魔理沙だが、小さく欠伸をしてう~っと何やら小さく呻きながら眠そうに目を擦っている。
暇を持て余して隣に人が寝ていてこの陽気、とくれば自然と眠気も霊夢から移ってしまうわけで。しばらく眠気と格闘しつつ霊夢をちらちら見ていた魔理沙だったが、「私も寝るかー」と結論を出してゆっくりと立ち上がり、居間を後にした。
居間を出て向かった先は寝間。霊夢と同じように寝間の押入れから布団と枕を引っ張り出し、再度魔理沙は居間へと向かった。
えっちらおっちらと布団と枕を縁側に運んで霊夢の眠る布団に並べて敷き、枕を置いて大きな帽子を脱ぎ枕元に置いて準備完了。体を横にして枕の位置調整をして眼を閉じてから数秒、縁側からはふたつの寝息が響いていた。ちなみに布団の近くには魔理沙の持ってきたペンが転がっていたりする。
昼寝を敢行する少女が一人から二人に増えてから半刻。
博麗神社上空をまた一人、昼寝少女たちの顔見知りが飛んでいた。
その人物の容姿は青を基調とした半袖のワンピースに胸元に赤いリボン、やや大きな襟と袖は白地に少々のフリルがついていて、肩口に届くか届かないかの長さのショートカットで髪色はブロンド。つやつやの金髪の上にはその少女を印象づける赤色で淵に申し訳程度にフリルが飾られたカチューシャが鎮座している。つまりは七色の人形遣い、アリス・マーガトロイドである。
アリスは魔理沙と同じく、境内に降り立ち「霊夢ー、いるー?」と周囲に声を飛ばす。当然、返事はない。不思議に思ったアリスは、しばし腕を組んで境内の真ん中で考え込む。そして境内の真ん中でうろうろ、立ち止まって難しい顔で顎に手を当てて考え、そのままの格好で再度うろうろ、立ち止まって同じポーズで考え込み、またうろうろ。そんな事を数度繰り返していた。
「よしっ、探そう」
そうして出た結論は結局、魔理沙と同じ。
しかし行動に関してはやはり違いは出るものだ。
アリスにはずかずか他人の家に上がりこむ図々しさなどなく、故にそういった行動を取らずに探すことになる。
まずは見下ろせば博麗神社全てが見える位置まで垂直上昇。この際真下に行けば中が見えるが、それはとりあえず関係ないので置いておくとする。
しかし縁側に眠る霊夢と魔理沙の姿は屋根に遮られて見えない。そんなわけで、アリスはそういった死角が見える位置まで移動する。角度と高度を変えつつ周囲をぐるぐる。そうやって半周ほどしたところで縁側に到着、着地。
「あーいたいた。……なんで二人して寝てるのよ」
呆れた声色と実際呆れた顔でアリスは二人に近づく。
「……ぷっ、何これ」
近寄り、霊夢の顔を見たアリスは小さく吹き出す。当然、そこには霊夢の顔に依然として魔理沙の落書きがある。むしろ魔理沙の反応より吹き出した程度で済んだのはマシなもんだろう。
そうしてしばし、アリスはクスクスと忍び笑いをしていたが、やがてそれも収まる。
収まれば、折角来たのに帰るのもなんか馬鹿らしいので居座ってしまう。
居座れば暇になるし天気も気温も相変わらずなわけで。
「あふ……ぁ…………」
霊夢の布団の横、眠気にも当てられて眠くなる。
他人の家で勝手に眠るなんてはしたない事に、アリスは羞恥心とプライドが先立ってしまう。当然、眠気を耐える。
「うぅ、眠い……」
そう愚痴を零し、暇潰しはないかと周囲をきょろきょろ。
「ん、あれなんだろう」
やがて目に付くのは当然、魔理沙の持ってきたマジックペン。
霊夢、魔理沙の頭の上を迂回して回りこみ、拾い上げる。
そしてペンと霊夢の顔をちらちら交互に見比べる事数度、最後に視線の行き着いた場所は魔理沙の顔。
ちなみに魔理沙の寝姿は、普段の態度とは似ても似つかなかったりする。なんせ幸せそうな顔で親指を咥え、比較的小柄な体の背を丸めて寝転がってる様は猫のようである。たまに寝返りうってころっと転がる様子も、えらく愛嬌があって微笑ましい。
そんな様子に、アリスの心に長い間眠っていた悪戯心がむくむくと頭を擡げた。
「ふっふっふ……覚悟しなさい魔理沙っ」
アリスは仕返ししてやる、とばかりにニヤリと笑みを浮かべ、ペンの頭に被さったキャップを外す。
「霊夢がちょび髭なら、魔理沙はこうよねー」
などと呟き、アリスは魔理沙の顔、詳しい箇所は顎にペン先を持っていく。
ちょいちょいちょちょいのちょいっ、などとまた妙な節をつけつつアリスはペンを走らせる。で、完成した落書きは顎を中心から外側に向かっての線で真っ黒に塗り潰した、所謂、顎鬚だった。
アリスがその顔を見てキシシと悪戯っぽく含み笑いをしていると、魔理沙が突然にゅっと両手を伸ばしてアリスの後頭部にまわし、一気に胸元に引き寄せた。寝ぼけてアリスの顔を枕と勘違いしたらしい。
その突然の行為に驚いたアリスは「ひゃあっ」と小さく悲鳴を上げ、自分が魔理沙に顔を抱き寄せられたと気づいた瞬間、頬を真っ赤に染めあげた。ちなみにペンはその拍子にそこらに放り出したらしく、既にアリスの手の中にはない。
しばらく魔理沙のあるのかどうか怪しい胸の中から抜け出そうとしていたアリスだったが、思いの外がっちりと掴まれているらしく抜け出せず、「仕方ないわね、起きるまで待とう」と頬を赤く染めたままじっとしている事にした。
うー……早く起きてよね魔理沙……。遊びに来ただけなのに、なんでこんな事に……はぁ…………。
それにしても天気いいなぁ。暖かいし……さっきの眠気が……魔理沙の胸の中、なんか……安心……する……。うぅ、もう限……界……寝ちゃ……ぉ………ぅ…………くー……。
こうして若干崩れた格好で川の字が出来上がった。ちなみに上述にある文句の割にアリスの顔は幸せそうである。
川の字が出来上がって半刻から一刻ほど経った頃、博麗神社の縁側すぐ傍の上空3メートル程の位置に突如空間に裂け目が出来、それが広がってスキマとなりそこからひょこっと顔がひとつ現れた。胡散臭い上に足も臭いと幻想郷中で評判の八雲紫である。
足が臭いは本人は大否定しているが普段が胡散臭いからと未だに誰も信じてくれない上に、自業自得だからと藍と橙は紫に協力しないらしい。
さてそんな事はともかく、上空に位置する紫からだと眠る少女三人が一望出来る。
「むー。折角人が昼間に起きて遊びに来てみれば、三人して寝てるなんて酷いわねぇ」
そんな事は寝てる三人は知ったこっちゃないのだが、紫にしてみればどうもそうではないらしい。
紫はスキマからよっこいしょっと声をかけて庭に降り立ち、再度三人の顔を見下ろした。
「ふむふむ。霊夢はちょび髭で魔理沙は顎鬚なのね。そしてこっちのアリスは何も描いてないか……とすると、私もそれに倣わなきゃね」
紫はそう勝手に結論付け、三人の周囲に目当ての物を探して視線を巡らせた。
相変わらずアリスの頭を胸に抱え込んで猫のように体を丸めた格好で眠る魔理沙のすぐ背中にその目的の物――即ちマジックペンは転がっており、紫はすぐにそれを見つけ手に取りキャップを外した。
「ちょっとごめんなさいね」と小さく魔理沙に声をかけ、紫はアリスの頭を魔理沙から引き剥がし、さて何を描こうとしばし思案顔でアリスの寝顔を見つめていた。
「そーねぇ……髭髭ときてまた髭っていうのも芸がないし。んー…………よし、これにしましょう」
何を描くか決まったらしく、紫は楽しそうに軽快な調子でアリスの顔にペンを走らせた。で、完成したものは両頬にうずまきひとつずつである。
紫はそれを見て「うんうん」と満足そうに頷いてしばし眺め、堪能したのだろう。アリスの頭を両手で少し持ち上げて魔理沙の胸に移動させ、先ほどと同じ体勢を作った。
「さて、例に倣ったならば最後まで例に倣えってことで。私も寝ましょうかね」
なんだかよくわからない理屈を抜かした紫は霊夢の隣にごろんと寝転がり、「おやすみー」と声を掛けて目を瞑り、数秒後には形のいい唇からすーすーと寝息を漏らしていた。
そうして三人の少女と一人のおば女性が縁側で眠り込んで数刻経った頃。空は既に赤く染まり、真っ赤な夕焼けは眠る四人の影を長く伸ばしている。
「へーちょっ」
夕方ともなれば周囲の気温は下がるもので、寒さを感じた霊夢は小さくくしゃみをして目を覚ました。そして寝ぼけ眼のままゆっくりと上体を起こし、しばし夕焼けを見つめぼーっとしていた。
「あー……もうこんな時間なんだ。よく寝たなぁ」
そう言いながら霊夢はんーっと大きく伸びをし、頭に僅かに残っていた眠気を追い出した。
「……なんでこいつら寝てるのよ。しかも顔に落書きされてるし」
一番最初に昼寝を始めた霊夢は寝てる間の出来事など知る由もない訳で、頻りに首を傾げている。
「あれ? 紫だけ落書きがない――――まさかっ!?」
何か思い当たったのだろう。霊夢は勢い良く立ち上がるなり、どたたたと大きな足音を立てて居間を出、奥へと駆けて行った。そして一分もしない内に戻ってきた霊夢の右手には、手鏡が握られていた。
「ふ、ふふふ……やってくれるじゃないの、紫……。覚悟しなさいよ~」
正しい経緯はともかく、状況だけ見ればそう思っても仕方ない訳で。怒り心頭の霊夢は魔理沙とアリスの肩を揺すって起こし始めた。
「んぁ?」
「ふぇ?」
二人はすぐに目を覚ましたが、体勢は未だあのままである。眠ったままアリスの頭を抱え込んだ魔理沙は状況がよく掴めておらず、頭上に疑問符をいくつも浮かべている。しかし抱え込まれたまま眠ってしまったアリスはすぐに状況を思い出してしまう訳で。
「魔理沙……あの……」
夕焼けとは違う赤で染まった顔を少しだけ俯かせたアリスは少し震えた、小さな声でそう呟いた。
「……ん? おぉ、アリスじゃないか。何やってるんだ?」
「何って……。魔理沙が抱き締めたから、動けなく……」
「あー、そうか。そりゃ悪い事したな。苦しかっただろ?」
そう言った魔理沙は後頭部にまわしていた両手を緩め、アリスが抜け出せるだけの隙間を作った。しかし、未だ真っ赤な顔を俯かせたままのアリスは動こうとしない。
「どうした? アリス」
魔理沙の問いにも、アリスはただふるふると小さく首を振るだけで、動こうともしなければ何も言おうとしない。
「……アリス?」
挙動を訝った魔理沙は、アリスの顔を両側から軽く掴み、俯いた顔を上げさせた。
そうして上げさせたアリスの表情は、いつもの何処か澄ましたようなものでも、からかった時に見せる怒った顔でもなかった。顔中を真っ赤に染めて瞳を潤ませた、見たら誰でも抱き締めずにはいられない、そんな表情がそこにはあった。
「……ぷっ」
「……ぷっ」
しかしそれも一瞬の事。お互い至近距離で顔を見合わせれば、嫌でもソレが見えてしまう。つまりはまぁ、落書きである。
先ほどの雰囲気は何処へやら、二人はそのまま声を上げて笑い出した。
「あはははは……ア、アリス、なんだその、うずまきはっ……あは、あはははははっ」
「あんたこそ、その……え? うずまき?」
「なんだ、気づいてなかったの? ほら、見てみなさい」
アリスに手鏡を手渡した霊夢の顔は一部始終をずっと見ていたせいだろうか、若干赤くなっている。
「……ちょっと何よこれ!」
「何って、見ての通りよ。魔理沙も見てみるといいわ」
そう言って霊夢は視線をアリスから魔理沙へと移し、アリスに魔理沙へ手鏡を手渡すよう指示を出し、アリスはそれに従って魔理沙へと手渡した。
「ほうほう。霊夢はちょび髭、アリスはうずまきときて私は顎鬚か。すると、犯人はそこに寝てる何も顔に描かれていないやつだけってことだな」
そう言って、魔理沙は未だ昏々と眠り続けるスキマ妖怪を見やる。霊夢に描いたちょび髭まで紫に押し付ける気らしい。もっとも、アリスも魔理沙に描いた事を言い出さないあたり、同じく押し付ける気らしい。
知らぬは当人ばかりなり、とはよく言ったもんである。誰にとっても。
「それで、霊夢。どうやって仕返しする気なの?」
「決まってるじゃない。落書きには落書きよ」
「だったら私にいい案があるぜ」
「どんなのよ?」
霊夢がそう聞くと、魔理沙はくっくっくと含み笑いを零しながら布団の傍に置いていた帽子を取り、くるっと引っくり返し、そこに手を突っ込んだ。
「何がでるかなっ、何が出るかなっ」
などとお昼時にサイコロを転がすアレよろしくリズムをつけつつ非常に楽しそうである。
「さーておいでませ幻想郷! 妖力封じの縄!!」
そうして魔理沙は帽子に突っ込んだ手を勢いよく抜き放った。
しかしその手に握られたモノは到底”縄”と呼べる物ではなく―――
「妖夢ラーメンおかわりー!」
食事中の西行寺幽々子であった。
「……?」
「……?」
実に不思議そうに見つめ合う魔理沙と幽々子。
実に不思議そうに二人を見つめる霊夢とアリス。いや、この場合は固まってると言った方が正しいのだが。そりゃ魔女帽から上半身だけ出ている幽々子なんぞ見たら、固まる以外にリアクション可能だろうか? いや、不可能である。などと反語を使ってしまうぐらい摩訶不思議な光景である。
尚、白玉楼側の幽々子の下半身を見た妖夢がどうなったかはあまり関係ないので置いておくとしよう。何にしろ、妖夢にとってはとんでもない事なのだし。
「あー失敗失敗。悪かったな幽々子」
「別にいいわよー。向こうにいる妖夢がちょっと可哀想だから早く戻してねー」
そうして何事もなく幽々子は帽子の向こうの白玉楼へと戻された。
「今度こそ……妖力封じの縄ゲットだぜー!」
再度帽子に突っ込まれて再び出てきた魔理沙の手には、名称通り”縄”が握られていた。
「おー」
「おー」
感嘆の声と共に、霊夢とアリスはパチパチと賛辞の拍手を魔理沙に贈った。
「何だ何だー? 二人とも反応悪いじゃないか」
その魔理沙の問いに「最初のが凄すぎたのよ」とはとても言えず、霊夢とアリスはただただ苦笑いを浮かべ空笑いを漏らすしかなかった。
「それはともかく、縛ってどうするつもりよ」
「そりゃ勿論、縛り上げて妖力を抑えた上で起こすに決まってるぜ」
「起こすの?」
「起こすぜ。起こした上で落描きするぜ。嫌がる紫に無理やり落描き……くっくっく……。いいと思わないか? なぁ霊夢」
「ふふふ……あんたもたまにはいい提案するじゃない。乗ったわ」
「無抵抗……落描きし放題……仕返し……大義名分……霊夢と一緒……魔理沙と一緒……うふふふふふ……」
非常にタチの悪い提案である。それに乗り気な霊夢も非常にタチが悪いと言えよう。アリスはアリスで何かスイッチが入ってしまったらしい。顔を俯かせていて表情はイマイチ読めないが、口元が笑いの形に歪んでいるあたり、あまり直視したくない類の表情であることが窺える。落描き含めて。
「私を本気にさせた事、後悔させてやるぜ……。くくく……ははは……はーっはっはっはっはっはァーーーーーーーッッッ!!」
「紫、あんたの嫌がる顔が目に浮かぶわ……。く、くくく……くふふふふふ……ふふふふふ……あはははははははははははッッッ!!」
「今日こそ、今日こそは弄る側に立つのよ……。ふ、うふふ……ウヒャーッハッハッハッハッハァァァァーーーーーッッ!!」
夕日の朱に染め上げられた縁側に響き渡るは、阿鼻叫喚の地獄絵図を彷彿させる三つの壊れた笑い声。聴いた者は例外なく恐怖に恐れ慄き逃げ出さずにはいられないだろう。
そんな中、未だスースーと幸せそうに眠りこけるスキマ妖怪・八雲紫は大したものである。
「さて、縛ったはいいとして。どうやって起こすのよ、二人とも」
アリスのこの質問は至極当然と言えよう。なんせこの年増妖怪、先ほどの経緯を見て判る通り、一度寝たら滅多な事じゃ起きやしない。
「それなら私に考えがあるわ」
縄で縛って転がされた状態で尚グースカ眠り続ける紫の耳元に、霊夢は口を寄せる。
「足洗え年増妖怪」
「年増言うな足ぐらい洗っとるわボケー!!」
効果覿面、霊夢のその一言で紫は飛び起きた。生憎、両手が使えない為に腹筋だけで上半身を起こす事になったようだが。
「あら三人とも。お早う。――あら、どうして私は縛られてるのかしら?」
「お早う紫。さて、縛られてるのはなんでだと思う?」
絶対的な優位を示すかのように、霊夢は腕を組み仁王立ちで紫を見下ろす。後ろの二人は紫を囲むように左右に立ちはだかる。
「さ、さぁ? 私にはちょっと見当がつかないわねぇー……」
この3人の異様な雰囲気に飲まれてか、紫の声にはいつもの余裕が消えてしまっている。
「私たちの顔見て何か思い当たらない?」
「えーっとそうねぇ……なかなかユニークだと思うわねぇあははは……」
苦笑いで誤魔化そうとするも3人の視線がより一層厳しくなるだけでむしろ逆効果。
そうこうしている間に紫はどうにか3人に気づかれないように封じ込められずに残った妖力でスキマを開こうとする。しかしどうやってもスキマを開く事が出来ず、紫の内心は焦りが増していく。
「今スキマ開こうとしなかった?」
霊夢にそう指摘され、紫は全身を硬直させる。しかしそれも一瞬の事で、驚きを押し隠しすぐに平静を装った。
「やあねえ。妖力封じられててスキマ開く余裕なんかないわよぉ」
そう言った瞬間、紫は左頬に湿り気と生暖かさと柔らかい感触を感じて「ひっ」と小さく悲鳴を上げた。その感触の正体は霊夢の舌である。
「おかしいわねぇ……この汗は嘘を吐いてる味よ?」
ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド
紫の双眸を鋭い視線で射抜き、霊夢はそう指摘する。
とりあえずなんで五部なんだよとかむしろその役どころは紫のが適任なんじゃないかとか突っ込みどころは満載なものの、紫はもとより霊夢や魔理沙、アリスにとってはまったく気にするとこではないので置いておくとしよう。
「そ、そんな汗なんかでわかるわけ――」
「そう、あくまでとぼけるってわけね。言っておくけど、あんたが寝てる間にこの部屋は二重結界で覆っておいたわ。普段のあんたならこのぐらいいとも簡単に抜けてスキマを展開出来るだろうけど、スキマを開くので精一杯の状態じゃ抜け出せやしないわよ」
「さて、もう一度聞くぜ。思い当たる事はあるか?」
いつの間に背後にまわっていたのか、紫の両肩に手を置き、魔理沙は再度問いかける。
霊夢の背後ではアリスが腕を組んで自信たっぷりに紫を見下ろしている。いつの間に現れたのか、上海人形・蓬莱人形が両肩に乗って同じポーズを取っている。その姿は愛嬌たっぷりで、アリスの威圧感は半減しまくっているがアリス本人はまったく気づかない。――落書きされた顔で威圧感も何もあったもんではないが。
「う……わかったわよ、白状するわ。そうよ、落書きしたのは私よ。わかったなら解いて頂戴。妖力をほとんど封じられちゃってて意識保つのも辛いんだから」
逃げ場のない事を悟った紫はあっさり白状するも、口調や声色からあまり反省は見られない。ただ、いつもの人を小馬鹿にして飄々と逃げるような状態に比べると落書き対象を言い忘れている事も加えればよっぽど余裕はないと言えるだろう。
「何も白状させるだけなら縛ったりしないわよ。ちょっと問い詰めればあっさり白状して逃げるでしょ、あんたなら。縛った意味は他にあるわ」
しかし白状しただけで開放するなどこの3人の復讐計画に含まれていない。
3人は無言で懐やポケットに手を突っ込む。そして出てきた手に握られているのは同種のマジックペン。
魔理沙が前にまわり込んだのを合図に、3人はにやぁっと見たものの背筋をぞくりと震わせる笑顔を浮かべながらマジックペンを紫の顔へと近づけていく。
「ま、まさか――やめて、いややめてーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!」
藍の混じり始めた空に響き渡るスキマ妖怪の悲鳴は復讐を続ける3人の他の誰の耳にも届かず、虚空へと消え去った。
スキマ妖怪の惨状が3人以外に知られなかったのは不幸中の幸いと言うべきなのかもしれない――まぁ、日ごろの行いの悪さに比べれば幸いと言っていいかもしれないが。
-FIN-
つか魔理沙の帽子どうなってるのですか。四次元○ケット?
まぁ、なんだ。結論から言うと魔理沙の寝姿が可愛すぎるのでどうしよう、ッと言った感じですか。いぇい。
ですが、やはり私としては最後の紫様の御顔がどうなっているのかが非常に気になるところ。
なんだ、要約すると博麗神社は万年春と。そういうことですね。
落書きといったら額に肉!何故、何故それをしないんだっ!!
ああ、紫様にするのか。
メンバーを変えた場合も見たいなぁ。
これ以上はノーコメントで
ブローノ・ブチャラティ→スティッキィ・フィンガーズ→(ジッパーによる)空間操作
・・・なるほど、紫様のほうが適任だなぁ
それにしても、魔法使いの帽子は取り寄せバッグかよ!
猫ひげ。
想像すると、大変グロテスクな事態になってそうですが…。
しかし、紫はどんな落書きされたのやら…やられすぎて真っ黒になってたりして。
…この後我に返った三人の顔がとても楽しみデスヨ?
個人的には額に骨がよいかな。
落書きの内容に関しては額に肉とか猫髭とか確かにやってみたかったのですが、魔理沙とアリスが霊夢に起こされた直後のシーンをやる場合、かなり目立つものじゃないと不自然かなぁなんて思ったので一目瞭然なものを選ぶ事に致しました(笑
んで魔理沙の帽子から出てきたゆゆこ様の下半身はきっと白玉楼側では上半身が自然と消えちゃってるように見えてると思われます(笑
それを見た妖夢がどうなったのかは……ご想像にお任せします(笑
しかし色々とネタに走りすぎちゃったなぁ('A`)
YESYESYES
NONONO
魔理沙ですかー!?
NONONO
ま、まさか3人ですかー!?
YESYESYES
紫の落書きされた顔を見てみたい。
アリスの変なテンションも嫌いじゃないです。
密かなマリアリフィーバーーー!
帽子から幽々子を取り出す魔理沙の方が適任かも
霊夢の腋を舐めると嘘をついてるかどうかわかったりして