◇二日目◇
強い眠気を振り切りながらなんとか時計を確認する。時刻は五時前、もうそろそろ起きないといけない時間である。そこから三十分程でなんとか布団の誘惑を振り切り、朝の支度を済ませる。
いつも通り藍と橙は既におらず、二人の寝ていた布団はたたまれていた。支度を終えて外に出てみるが、経験上このタイミングに知人の人妖は来ない。初日の文は別として、基本的に私は朝起きてすぐの機嫌が良くないので、わざわざこのタイミングに参拝客は来ないのだ。しかしそれは事情を知っている知人のみの話で、ひょっとしたら人里から参拝客が来るかもしれない。そんな淡い希望を持っていると、小さいながら階段を上ってくる音が聞こえてきた。……えっ、マジ?いや一応待ってみたけどこれは建前であって……夢じゃない?ほ、ほんとに人里から参拝客来たの!?
「明けましておめでとうございます、霊夢。ほら芳香も挨拶して」
「おーめーでーとー」
「明けましておめでとう、青娥それに芳香」
やって来たのはいつもの格好の青蛾青娥と芳香だった。芳香がスローで挨拶してくれたおかげで危うく『あんたらかい!』って突っ込みそうなのを立て直して、ちゃんと挨拶できた。そういえばこいつらはこっちにきて初めての初詣だったんだ。まぁ知らなくても無理はないのかもしれない。
「あら?何かいいことでもあったのかしら。普段見ないくらいいい笑顔ね」
「もうちょっと時間をずらしてくれたらもっといい笑顔だったかもしれないわよ。全くあんたらが来たせいで仕事しないと……いや、いいことでもあるか」
この時間は毎年知人がなかなか来ないので神社を任せることができず、朝食が遅くなりがちなのだ。だから眠気と空腹でどんどん機嫌が悪くなるのだが、今回はこいつらに任せられそうだ。
「知らないかもしれないけど……」
「ふむふむ……」
青娥は私の話を興味深そうに聞いていた。これならもめることなく任せられるかもしれない。できるなら朝っぱらから面倒はゴメンである。
「そういうことなら別に構わないわよ。芳香、ちょっと来て頂戴」
「……ん?おー」
青娥は何を考えてるかわからない(まぁ何も考えていないのだろうが)様子でボーっとしていた芳香を連れて、巫女服のあるタンスを聞いたあと神社の中に着替えに行った。……部屋の奥からなんだか悩ましい声が聞こえてくるのはきっと気のせいだろう。
「どうかしら?」
「なんかエロいのはおいといて、まぁ似合ってるんだけど……なんで二人共着替えてるの?」
「せっかくの機会ですから」
まぁ二人共楽しそうだし、仕事をちゃんとこなしてくれるなら私は文句ないけど。
「じゃあよろしくね。私は奥で朝ごはん食べてるから何かあったら呼んでね。一応仕事終わったら朝食ぐらいは用意するし」
「わかりました。さ、少し仕事するわよ芳香」
「おー……」
返事に対して若干の不安を持ちつつも、昨日のうちに藍が作ってくれていた朝食のきつねうどんに火をかける。外では相変わらずボーッとしている芳香とそれを微笑みつつ眺めている青娥がいた。そして分かっていたことではあるが、食事中結局参拝客が来ることはなかった。
◇
「そういえばあんた達以外は来ないの?」
「えぇ。残念ですが豊聡耳様達も幻想郷に来て日が浅いので、年末年始は色々と大変なんですよ」
「じゃああんた達はなんでここにいるのよ」
「そういう面倒は嫌いなので逃げてまいりました」
「……まぁ別にいいけど」
既に元の服に着替え直し、青娥と芳香はきつねうどんを食べている(といっても腕が曲がらない芳香は自分で食べられないので食べさせてもらう形だが)。
「そうだ、あんたの知り合いに毎年一月三日の夜に宴会やるからうちに来るように伝えておいてくれない?」
「正月早々宴会とは幻想郷はやはり賑やかなところですね。分かりました、伝えておきましょう」
「ほぉ、三日に宴会があるのか?儂も参加していいのかえ?」
声のする方を振り向くと、そこにいたのはぬえとマミゾウだった。
「明けましておめでとう、ぬえ、マミゾウ」
「「明けましておめでとう、霊夢」」
「ぬえは今年はマミゾウと来たのね。命蓮寺の連中はまた別に来るの?」
「いや今年は忙しいから多分無理って言ってた。だから私達が命蓮寺の代表として来たんだ」
『命蓮寺の代表』というのがよほど嬉しいのか、ぬえは顔がにやけているのを隠しきれていない。去年と違ってきちんと着物を着ているのも『代表』だからなのだろう。そういえば毎年このくらいの時間に二日の最初の参拝客が来る。そして私は朝食にありつけ、代わりに来た奴が博麗の巫女をつとめる。ぬえの様子から見れば、それを分かっててこのタイミングで来たのだろう。
「霊夢、巫女服は?」
「残念ね。今回はもう青娥と芳香がやってくれたから、朝食は済んでるわ」
「えー!じゃあ何のために早起きしたんだよ!」
「なんのことじゃ?」
やはりぬえはマミゾウに巫女服を着せたかったらしい。だがコイツは前提が間違っている。
「それにどのみちマミゾウは巫女服着れないわよ?」
「え!?なんで?」
「だからなんのことじゃ?」
「巫女服着るには条件があるのよ。羽や尻尾がある奴はアウト。服に穴あけないといけないから服もったいないし。まぁチルノ達みたいにそのまま買い取ってくれるなら構わないけどね。だからマミゾウは着れないし、去年もぬえの代わりにムラサが着たでしょ?」
「そっか、尻尾もダメなんだ……」
「なんだかわからんが、ぬえは儂に巫女服を着せたかったのか?……ふむ、ぬえにそういう趣味があったとは知らんかったわい」
「いやそういうのじゃなくて、恥ずかしがってるマミゾウを見たかっただけなんだけど……」
「そっちの趣味なのかえ?」
「いや趣味というか……うーん?」
「外の世界では『こすちゅーむぷれい』というのがあってな。いつもと違う特別な服を着る……遊び?があるのじゃ。だから別に恥ずかしくないが……きっと私には需要はないと思うぞ?」
「そんなことないんじゃないかしら?うちの巫女服、一部に割と人気だし」
巫女服を着たマミゾウ……別に問題ない気がする。うちに毎年来る連中ならだいたい見た目の問題で巫女服を着せれないということはないだろう。一応一人例外はいるが、それは別の話だ。マミゾウに巫女の代理の話をしていると、青娥から声をかけられた。
「あら、巫女服を着るのに他に条件はあるのかしら」
「そうね、あんたらは一応幻想郷では新入りだし説明しておこうかしら」
「仕事を押し付けられるのにここは条件がいるのかえ?」
「そこうるさい!着たいって子もいるんだから!」
「ぬえがどうしてもっていうなら巫女服を買って着てやらんこともないぞ?」
「いや別にいいです、はい」
「話を続けるわよ。まずさっきも言ったけど羽や尻尾があるのはアウト。次に咲夜より身長が高いやつもアウト。着れなかったり、着れてもいろいろ見えちゃったりするから。その身長の目安が経験上咲夜なの。低い方は制限は付けてないわね。チルノ達だってぶかぶかだけどなんとか着れてるし。あと人間も強い希望がない限り一応アウト。迷惑なことに前に魔理沙がそれで風邪ひいたのよ。『博麗神社に初詣に行ったら風邪をひく』なんて噂がたったら困るし、それ以来人間にはあんまり着せないようにしてるわね。あと男性もアウト。身長制限付ける前に霖之助さんに着せてみたんだけど、やっぱり似合わなかったから」
「へー」
ぬえは話を聞くのに飽きたのか、途中で芳香をからかって遊びだしたが、青娥とマミゾウは聞いてくれてたみたいだし命蓮寺の連中や神子達にも話は伝わるだろう。その中で巫女服が着れそうなのは一輪とムラサ、屠自古と布都ぐらいだろうか。……そういえば足がないやつの場合は考えていなかったか。
「さて私達はそろそろお暇しようかしら」
「なら儂らも用は済んだし帰ろうかの」
「しつこいけど三日の夜から宴会よ。忘れないようにね?」
お賽銭を入れるのを忘れて(ぬえはわざとっぽかったが)帰りそうだったので注意してやると、ぬえはマミゾウの分を合わせて二万円、青娥は万札を十枚以上入れていった。どちらもそれぞれの代表ということで来ているから自分達だけの分というわけではないが……どうも神子達はまだお金の感覚がずれているらしい。入れた青娥も若干苦笑していた。
◇◇
お昼を少し回った頃、神社に珍しいやつの気配がした。最後に初詣に来たのは……あの花の異変のあった年だっただろうか。
「明けましておめでとうございます、幽香さん、それとメディスンさんでしたっけ?」
「明けましておめでとう。あら、珍しいわね。あなたが巫女の仕事をやってるなんて」
やって来たのは幽香、それとそのあとをメディスンがちょこちょことついてきている。二人ともいつもの格好である。記憶違いでなければメディスンが初詣に来たのは初めてだろう。人形には初詣の習慣なんて無いだろうから当然といえばそうなのだが、その割に雛は毎年やってくる。まぁ人形それぞれなんだろう。
「私としてはあまり乗り気ではないのですが……まぁなんだかんだで毎年巫女の代わりをしてるんですよ」
「あぁ、食事中の霊夢の代わりね。そういえばそんなのもあったわね」
「幽香さんも着たことあるんですか?」
「私は身長制限の問題でギリギリ難を逃れたのよ。あんまり似合うとも思えないしね」
「そんなことないと思いますよ?」
「あなたは似合ってるわね。そこのこたつでお雑煮食べてる巫女がやるより神社が繁盛するんじゃないかしら?刀さえ持ってなければ」
「私は庭師ですからね。刀は必須なんです。それにそこのこたつで巫女と一緒にお雑煮を食べている主人がいる限り、転職するつもりもありませんし」
幽香と妖夢がこちらを見てなんだか呆れているようだが、別に気にするほどのことでもない。正面の幽々子も特に気にした風な様子はない。
「ねぇ幽香、なんでこの人霊夢の服着てるの?」
「霊夢がサボってるからその間巫女の仕事をするためよ」
「でも霊夢はいつもサボってるよ?」
「年始だけ少し仕事するのよ」
「その少ししか仕事しない年始なのにサボってるの?」
「霊夢はダメな巫女だから仕方ないのよ。ほらメディ霊夢が頑張れるように応援してあげなさい」
「霊夢ガンバレー!」
……あながち事実だから何も反論できない。『異変の時は仕事してる』と反論してもよかったが、これを言えば『異変以外はサボりの巫女』と自分で認めてしまうようでなんか嫌だ。私は悪くない。参拝客が来ないのが悪い。
「ねぇ幽香、私も霊夢の服着れたりするの?」
「あら、メディは巫女服を着てみたいのかしら?」
「たまには違う服も着てみたい!」
「ふむ……霊夢どうかしら?」
「うーん……まぁ初めての初詣ってことでサービスしましょうかね。巫女服持ってきてあげるからちょっと待ってなさい」
「ちょっと待って霊夢!」
「何よ幽々子?」
「おかわり」
「……ついでに持ってくるわ」
巫女服とお雑煮のおかわりを持ってきたが、やはりメディスンは着方が分からず、幽香が手伝うのかと思えばそんな様子は全くない。結局私が一緒に奥に行って着るのを手伝った。
◇
「そういえばあの庭師の子、妖夢っていったかしら。あの子が毎年巫女の代わりやってるって言ってたけど」
「あぁ、あの子は毎年幽々子と一緒に食事時に来るからね。春雪異変の頃から……って言っても分かんないか。あんたと久しぶりに会った花の異変が起こった数年前からずっとやってるわね。だから私の代役を務めた回数はダントツのトップよ」
「だからかしらね、随分と様になってたわよ。幻想郷で一番巫女っぽいんじゃないかしら?」
「いや流石にそれはないでしょ」
「……あぁ、そういえば妖怪の山にもう一人巫女がいたわね。忘れてたわ」
「私は巫女っぽくないと言いたいわけね」
お雑煮を食べ終え、今は幽々子、幽香、私の三人でこたつでみかんを食べている。そして巫女服姿の妖夢とメディスンが境内を掃除してくれてる。
幽々子は食事時に毎回初詣に来るのはたまたまだと言っているが、妖夢が言うには『きっとそのタイミングで行けば食事を分けてもらえるからだと思う』と言っていた。けど私の勘が正しければ、それだけではないはずだ。なんだかんだ幽々子はここにいる間、妖夢の姿を目で追っているフシがある。妖夢の巫女服姿を見るのが楽しみになっているのはまず間違いな
「おかわり」
「……」
「みかんなくなっちゃった。おかわり」
「……とってくるから待ってなさい」
……間違いかもしれない。気がつくとそれなりに置いてあったみかんは全てなくなり、幽々子の前には大量のみかんの皮が綺麗に置かれている。……いや綺麗に置けば許されるというわけではもちろんないのだが。せっかくいつもより綺麗な着物を着ているのにこれはどうなのだろう。幻想郷で一、二を争うくらい着物をきれいに着こなすのに台無しである。
「そういえば幽香は今年はなんで来たの?」
「あら、来たらダメだったのかしら?」
「あんた今お金持ってる?」
「少しくらいならあるわよ」
「じゃあ歓迎よ。ようこそ博麗神社へ」
「別にお賽銭を入れると言ったわけではないのだけれど」
「拒否させないから問題ないわよ」
「私相手に力づくで?舐められたものね」
「いや、泣きつく」
「……めんどくさいからやめなさい。少しくらいなら払ってあげるから」
「女の涙はブレイン。常識よ。じゃあ逆に聞くけど、なんで今まで来なかったの?」
「暦なんて気にする生活をしてないからね。気が付くと年が明けてるのよ」
「どんな生活送ってるのよあんた」
「花の咲くところを悠々自適に回って過ごしてるわね。人間とは時間の感覚が違うのよ。そもそも暦なんて人間の作ったものなんだし、妖怪には関係ないわ」
「そういうものなのかしらね」
「今年はたまたまよ。メディスンが初詣に行きたいって言い出したの。あの子は永遠亭にも入り浸ってるから暦もちゃんと把握してたのね。そこで初詣のことも聞いたんじゃないかしら?」
「そういえばあんたなんでメディスンと一緒にいるの?なんか仲良さそうだし」
「それはあのk「おかわり」……」
「……ちょっと待ってて。持ってくるから」
みかんを取りに行きながら幽香とメディスンの共通点について考える。……特にないような気がする。強いて言うなら、姿を頻繁に見るようになったのは二人共花の異変からだっただろうか。それくらいだろう。
「みかん持ってきたわよ。でなんで一緒にいるの?」
「はっきり言って理由はないわ。あの子が勝手についてくるの。別に邪魔になるわけでもないし、花も大事にするから特に気にしていないだけで、別に連れて歩いているつもりはないわね。はぐれても探すつもりはないから、ちょっと前もあの子が私を探してけっこう彷徨っていたみたいだし」
「ふーん。でも割と懐いてるように見えるわね」
「こう見えても割と人望があるのかもしれないわね」
「自分で『かも』って言っちゃうあたりどうなのかと思うけどね。そういえばあんたって割と小さい子に好かれるイメージがあるけど、ロリコンなの?」
「メディスンは人形よ?」
「じゃあ……人形愛好家?」
「私はアリスじゃないわ」
「それはアリスに失礼……そうでもないのかしら?」
外を見るとメディスンは妖夢と楽しそうにしゃべっている。まぁ話している内容は『人間の撲滅』やら『人形に権利を』やら物騒で、妖夢も少し困った表情をしている。まぁ実際何か行動を起こさない限りは私は動くつもりはないから問題ない。願わくばそんな日は来ないで欲しいが。
「さてそろそろ休憩も終わりかな。妖夢、メディスン、もう上がっていいわよー。ありがとね」
「はい、じゃあ奥で着替えてきますね」
「えー!もっとこの服着てたーい」
「一応売ってあげることはできるけど、あんたお金持ってるの?」
「幽香お願いー」
「はいはい」
メディスンに言われて幽香は財布を取り出し、結構余分にお金を払う。
「なんだかんだで保護者やってるじゃない」
「違うわよ、これはメディのお金。永遠亭で一応働いてるからお金もらってるのよ」
「なんでそれをあんたが管理してるの?」
「あの子、毒を撒き散らすから人里に買い物に行けないのよ。だからもってても仕方ないし、なぜか成り行きで一緒にいる時間が長いと思われてる私が管理してるのよ」
「ふーん……。私が管理してもいいわよ。神社には素敵な貯金箱があるし」
「お賽銭箱に入れるつもりはないわよ。……そこまでしてお金が欲しいのかしら?」
「その同情を含んだ目やめて。あとこのお金いくらなんでも多すぎるわよ?」
「せっかくだから少し仕立て直してメディのサイズに合わせてくれない?」
「まぁ別にいいけど……。勝手に余分なお金払っちゃっていいの?」
「余分な分は私が出すわよ」
「しっかり保護者してるじゃない……」
幽香がどこからお金を得ているのかはわからないが、まぁ気にすることでもないだろう。とりあえず服の仕立て直しは……今日の夜にやってしまうか。そしたら明日の宴会で渡せるし。
「じゃあ明日の夜には仕上げておくから取りに来なさい。あと知っての通り宴会があるからたまには顔を出しなさい」
「はいはい」
「霊夢さん着替え終わりました。服はどこに置いておけばいいですか?」
「そのへんに適当に置いといて」
「わかりました」
「妖夢、ちょっとこっちにおいで」
「なんです、幽々子様?……むぐ!」
「さ、人里でみかんを買って帰りましょうか」
幽々子は妖夢の口の中にみかんをひと切れ放り込んで、そのまま一緒に帰っていった。おそらく妖夢が巫女をやっている間にこちらを何度か見てたのに気づいていたのだろう。それがみかんだったのは私にはわからなかったが。こっそりみかんを懐に入れていったのは……まぁ妖夢にはよく働いてもらったし見逃してやろう。お賽銭も妖夢の分と合わして三万円ほどもらってるし。
「さて私達も帰ろうかしら。お賽銭は……」
「服のお金もらってるし、別にいいわよ。そのかわり来年もちゃんと来なさいよ」
「……まぁ、そうね。少なくてもまだあなたたちが元気に飛べているうちにはまた来るわ」
「それと幽香」
「なにかしら?」
「明けましておめでとう」
「……おめでとう」
◇◇
空腹でまたお腹がなった。これで四回目だ。正直晩ごはんを早く食べたい。時間帯もそろそろ夕方と呼べる頃を過ぎ、辺りもどんどん暗くなってきている。この時間は人里の人間が里をでることは通常ではありえない。つまり今ここに来る可能性があるのは知人のみである。だからもうほっといて晩ごはんを食べていいんじゃないかという考えがさっきから頭を離れない。昼ごはん以来結局参拝客は一人も来ないし。
「一応三が日なのにこの神社は相変わらず廃れてるねぇ」
「なによ、そっちは繁盛してるって言うの?」
「ここと比較するのはかわいそうなくらいには繁盛してるよ。といっても立地条件の関係で人間はほとんど来ないけどね」
「じゃあ誰が来るの?」
「殆どは天狗をはじめとした山の妖怪だね。あとは知り合いの妖怪がちらほら来てるくらいかな」
「甘い汁目当ての天狗たちを数に入れても仕方がないでしょうに」
「信仰は強さでもあるけど数でもあるんだよ。それに博麗神社は甘い汁すら出ないでしょ?」
「知り合い相手ならお茶くらいは出るわよ」
「んじゃもらおうかな?」
うまく言いくるめられたきがするが、言った以上は仕方がない。いつの間にか賽銭箱の横でしゃがんでいた諏訪子にお茶を出す。見た目がどんなであっても、年を重ねたやつらにはやはり口では勝てない。……一部頭がアレな奴らは除くが。だから口より先に手が出てしまうのは仕方がないことなのである。下手に言いくるめられる前にボコってしまわなければいけないのだ。決してヤクザ巫女ではない。
「ほい」
「ん、ありがと」
「で、その忙しい三が日に神様がこんなところに来ていいの?」
「ホントはダメなんだけどねぇ……。正直話しててもつまんないんだよあいつら。今晩はもう知り合いが来ることもないだろうし、ちょっとサボりに来たわけ」
「そんなんでいいの?」
「表向きの仕事はほとんど神奈子がこなしてるから私はいてもあんまり変わらないからね。むしろ今まではいることだけが大事だったから我慢してたけど、今年からはそういう仕事も少しずつ早苗にやらせてみてもいいかなって方針になったの。だから私はいらない子になっちゃった。慰めてー」
「子孫に嫌な仕事押し付けて逃げた神様を慰める必要はないでしょ。早苗も苦労してるのね……」
「まぁ帰ったら愚痴を聞く羽目になるだろうね。あれはストレス溜まるし。だから愚痴を聞くために私は前もってストレス発散するの。ほら、私いい神様じゃん」
よくわからない理屈を言って諏訪子はケロケロ笑っている。
「まぁとりあえず……明けましておめでとう、諏訪子」
「うん、明けましておめでとう、霊夢」
私の挨拶に諏訪子も同じようにいつもは見ないようなくらいいい笑顔で返す。ストレスから逃れられたこともあるのだろうが、やはりどこの神社でも三が日ではこう決まっているようだ。
「ところで早速だけどよろしくね」
「へ?何を?」
「三が日の決まりごとでね……」
食事中の巫女の代理の話をしてやると諏訪子は驚いていた。まぁ今までは忙しくて期間中にここに来れたことがなかったのだから知らなくても無理はないだろう。
「あんたなんちゃってとはいえ神に仕える巫女でしょ?それなのに他所の神様に巫女の格好させるってどういう神経してるのさ」
「今まで鬼や閻魔、それに厄神にだって着せたのよ?今更何言われてもねぇ」
「図太い神経してるねぇ……」
「博麗の巫女だからね。で、着るの?着ないの?」
「いいよ。面白そうだし着てあげる」
一応相手は神様だしスペルカードの準備をしていたが、思いのほか素直に了承した。力づくは嫌いではないが面倒事は嫌いなのだ。
「えらく素直だけど、そんなんでいいの?」
「まぁ所詮は暇つぶしだしね。何事も経験じゃない?それにどうせもう参拝客来ないだろうし」
「まぁ……それもそうだけど。一応仕事はしっかりやりなさいよ」
「参拝客来ないのに何するの?」
「あんたのところといっしょ。いることが大事なの」
諏訪子はそれを聞くとケロケロ笑いながら奥に着替えに行った。まぁ神様がフランクなのも幻想郷らしいし、別に問題ないだろう。さっき例に挙げた奴らも割とノリノリで来てたし。
「着替えてきたよー。どう?似合ってる?」
「うーん……なんだろう、なんか……」
「あれ、似合ってないかな?まぁサイズがぶかぶかだし仕方ないといえばそうだけど」
「……これが原因か」
諏訪子のかぶっている特徴的な帽子をとって自分がかぶる。
「これでよし。似合ってるわよ、若干誰かわかりにくいけど」
「帽子と服合ってなかった?」
「いや単に帽子のインパクトが強すぎただけ」
「ふーん、そっか。ひとついい?霊夢」
「何かしら?」
「その帽子似合ってないよ」
諏訪子は笑顔でそう言うと、お賽銭箱の上に腰を下ろし、形だけとはいえ仕事を始めた。とりあえずやっと代理が見つかったので、私は晩ごはんを食べることにする。明日も早いから作るのがめんどくさいし、残り物(といってもお節料理の残り物なのでかなり豪華になっているが)で済ました。
◇
「あんた晩ごはんはどうするの?」
「早苗が作ってるからいいや」
「そっか」
食事を終え、すでに諏訪子はいつもの格好に着替え終えている。もう外も完全に暗くなってしまっていた。今日の仕事はもうこれで終わりだろう。
「結局ここにいてもなんにも楽しいことなんてなかったと思うけど、よかったの?」
「ある意味貴重な体験も出来たし、それなりに楽しかったよ」
「そっか。そういえばあんたのところは天狗以外の知り合いは誰が来たの?」
「いっぱい来たよ。山に住んでる連中はほとんど全員挨拶には来てるし、あとは泥棒、天人、化け狸に仙人もどき。今年は月の連中も来たね。まぁ印象としては山の連中を除けば幻想郷に馴染もうとしてる連中が挨拶に来る感じかな。八雲の式や桜の亡霊みたいなのは博麗神社だけで十分だって思ってるんじゃない?」
「ま、幻想郷で神社と言ったらやっぱりうちってことよ」
「参拝客は全然来ないけどね」
「うるさいわね。私は明日も早いからそろそろ寝るけど、あんたはどうするの?」
「うーん……とりあえずもう少しそのへんブラブラしてようかな」
「じゃあお賽銭入れてから行きなさい」
「もはや神様にお賽銭要求しようと驚かないよ」
そう言って諏訪子は守矢のマーク(簡単に言ってしまえばカエルとヘビ)のついた長財布から五万円ほど取り出してお賽銭箱に入れようとする。財布が見るからにいいものを使っていたのでちょっと皮肉を言ってやる。
「そっちは繁盛してるんでしょ?もうちょっと奮発してくれてもいいのよ?」
「いや神様だしこれでも結構奮発してるつもりだけど?一応個人でこれ以上の額を相談なしに出すのはどうかと思うし」
「冗談よ。……え?一人分?神奈子と早苗の分込じゃないの?」
「勝手に抜けてきたって言ったじゃん。なのになんで神奈子と早苗の分払わないといけないのさ」
「そりゃあそうだけど……。だったらいくらなんでも多すぎない?」
「これが幻想郷では普通なんじゃないの?差はあるけど平均すれば天狗達はみんなこれよりちょっと少なめくらいもってくるよ?」
「そんな額を山中の天狗が持ってくるの?……守矢は金持ちねぇ」
「形だけだけどね。まぁそれでも信仰には変わりないんだけど、ここと違って少し寂しい気もするけどね」
同じ神社でもこの差は一体なんなんだろう。
「……」
「……どうしたの?」
「んや、ちょっと気が変わった」
そう言うと諏訪子は長財布をしまい、懐から子供用のがま口の財布を取り出してお賽銭箱に五円玉を放り込んだ。
「……なんで安くなったの?」
「さっきの財布は守矢の共同資産。まぁ信仰集めたりするために使う公的なお金なの。それでこの財布は私の少ないお小遣い。簡単に言えば守矢の形式的な挨拶としてのお金じゃなくて、私個人の気持ちとしてのお賽銭ってわけ。神様からもらったお賽銭だよ?レアじゃない?」
「里で払っても駄菓子一つ買えないけどね」
「そこまで困ってたら助けてあげるさ。なんたって私は神様だし」
そう言ってケロケロ笑いながら夜の闇に消えていった。最初のお金が共同資産なのに、なんで神奈子と早苗の分が含まれてないのかというのは、あの陽気な神様にとってはどうでもいいのだろう。