【回廊の夢――果テナキ螺旋ノ如キ】
「午後3時33分33秒から午後6時33分33秒までの3時間、私のみループしてもう15周目なのですが、脱出用の魔法を作っていただけませんか? これがパチュリー様が14周かけて考えられた術式です」
と、咲夜は右腕にびっしりと書き込まれた術式を見せた。
地下図書館にていつも通り本を読んでいたパチュリーは、きょとんしてと咲夜を見返し、彼女の腕に記された術式を流し見、それが時間と肉体と魔法に関わる高度なものであると見抜いた。
当然だ。当人が書いたものなのだから。
この反応も、もはや見飽きたものである。2周目に入った時点でメモを開始したのだから。
「えーと……もう少し詳しく。それと術式もよく見せて」
「はい。1周目の午後6時33分33秒、おゆはんの支度をしていたところ、突然、今日の午後3時33分33秒にタイムスリップして、その時間にいた大広間にワープしました。以来、どこでなにをしていようと、パチュリー様の時空対応結界の中にいようと、今日の午後6時33分33秒を迎えるたび、午後3時33分33秒の大広間へタイムスリップしてしまうのです」
「はあ……なるほど」
「でもなぜか、私の肉体だけはタイムスリップしないんですよ」
「……そうみたいね。腕に書いた術式が消えてないし」
「お腹が空いたままなので気づけました。おかげで腕に直接メモする方法を美鈴が考えてくれて。服をわざと汚したり小さな切り傷を作ったりして試してみたところ、服は戻っちゃうみたいなんです。だから紙にメモをして次周に持ち込むこともできません。このままだと3時間ループを積み重ねて寿命を迎えてしまいそうです。さすがに10年も経てば外見の変化で説明しやすそうですけど、それはちょっとご遠慮願いたく」
「時間を止めて6時33分33秒がこないよう……にしたところで、どうにもならないか」
完全で瀟洒なメイド十六夜咲夜は時間を操れる。
が、操れるというだけで理論に成熟しているわけではない。
ただ歩くだけでも非常に高度で複雑なメカニズムが働いているのだ。筋肉や神経がどのように動いているのか。事細かに説明するには相応の知識が必要だ。
「それなんですが、時間も操れなくなっているんです」
「そうみたいね。ここに、原因は咲夜の能力の暴走と推察されると記してあるわ」
完全で瀟洒なメイド十六夜咲夜は時間を操れる。
が、巻き戻すことはできない。
時間を止めたり、早めたりはお手の物だが、時計の針を戻すことだけはできない。
それができてしまっており、コントロールが利かないというのは、まさに暴走と言えよう。
そこまでは、14周目までのパチュリーが記した術式に追記してもらっている。
で、どうすればいいかだが。
「14周目のパチュリー様から15周目のパチュリー様に、このメモを読んでもらうようにと」
「ん……なになに?」
咲夜には知らない言語で書かれたひとつの文章を、魔女が音読する。
「私じゃ無理っぽい。15周目の私が謝っといて。14周目のパチュリーより……って、なによこれ」
ああ、道理で14周目のパチュリー様はバツの悪そうな顔をしていたわけだ。
得心のいった咲夜は梅雨のように表情を曇らせつつも、藁をも掴む思いで問う。
「それで、15周目こそなんとかできそうです?」
「無理」
「えっ」
「なんとかしようと思ったら、えーとこっちの追記によると100年くらいかかるので寿命END確定、よって無理」
「そんな」
「解決に100年かかると、わずか39時間で突き止めた自分を褒めて上げたいわ」
「2周ほど眠りっぱなしだったので、33時間です」
「ますますすごいじゃない。さすが私」
「はぁ……それで、私はどうすれば?」
「私以外には相談したの?」
咲夜は酷く疲れた表情で答える。
「11から14周目は術式の計算だけお任せして、時間ギリギリまであちこち相談に行きましたが、賽銭を入れて祈ればOKとか、十分間息を止めて十分間息を吐き続けろとか、鋭角を石膏で埋めろとか、八目鰻のかば焼き食べれば治るとか、ご飯を丸呑みにするとか、カップ麺にお湯を入れて3分待てとか、ラベンダーの香りで落ち着けとか、クリスタルを集めて混沌の神殿でリュートを弾けとか、空振りばかりで」
パチュリーは酷く疲れた表情で流す。
「レミィはなんて?」
「真っ先にご相談しようとしたのですが、行方をくらましてて……紅魔館中をメイド妖精ともども捜索しても、まったく手がかりが掴めませんでした。神社や人里にもいなくて、いったいどこにいるのやら」
「じゃあ、ループの解除はいったん後回しにして、レミィを探してみるべきかしら? 運命的な意味でなんとかなるかもしれないし」
パチュリーに匙を投げられて、がっくりとしながら腕を見る。
「この術式も無用の長物、ということでしょうか」
「ん、そうね。状況を伝えるためのメモだけに書き換えましょう。これは生態感応式のインクね? はい、さらさらっと」
軽く腕を撫でられると嘘のようにインクが消え、パチュリーは羽根ペンを取り出して改めて状況を記すメモが書き込む。こういった作業も15周の間に何度も体験している。新しいメモは3時間ループが事実であるとパチュリーが魔術的に保障するものであった。
これなら次周以降もパチュリーはすんなり理解と協力をしてくれるし、レミリアお嬢様を発見した時も説明がスムーズに進むだろう。
無駄になった術式を消し、要点をまとめたため、手の甲に三行書くだけですんだ。
なんか忘れ物の激しい子が、とりあえず手の甲にメモしたみたいで格好悪いのはご愛嬌。
「じゃ、レミィを探すわよ」
パチュリーはテーブルに水晶球を置いて手をかざし、怪しげな呪文を唱え出した。水晶の内側が揺らぎ、虹彩がきらめいたかと思うと、達筆な文字列が浮かび上がった。
うろちょろするな。
「……なんです、これ?」
「……さあ?」
咲夜は疑わしげに目を細めた。
パチュリーはしかめっ面で水晶球を覗き込む。
「お嬢様を探してくださったのですよね? もっとこう、居場所とか映らないんですか?」
「14周かけてレミィを見つけられていないのなら、人探しの占いくらいしたでしょう? 今回は精度を落として捜索範囲を広げてみたのよ。探し人が同じ部屋にいたとしても、漠然としたヒントしか掴めない程度の精度よ」
「大丈夫なんですか、それ」
「信じなくてもいいけど、私はうろちょろしないことにするわ」
「元からしないじゃないですか、うろちょろ」
言いながら、咲夜は適当に空いている椅子を探した。
生憎、テーブルの周りにある幾つかの椅子はすべて、平積みの本に占拠されている。やれやれと思いつつ本をどかして座る。
2周ほど睡眠を取ったとはいえ、39時間もループに囚われていては心労も溜まるというもの。うろちょろしないついでに少々休んでおこう。
「うろちょろしないため、雑用は小悪魔に任せましょうか」
懐中時計を確認。
午後3時45分40秒。
1、2、3がちゃり。
午後3時45分43秒。小悪魔が給湯室のドアを開けて現れた。
「あっ、咲夜さんいらしてたんですか」
「ええ。あなたが4時から行くつもりの永遠亭だけど、パチュリー様に一服盛るつもりの胡蝶夢丸ナイトメアタイプなら3時58分に売り切れるから行っても無駄よ」
「……はい?」
「大急ぎで行ってもあなたの飛行速度じゃ間に合わないし、今日の4時から5時にかけて紅白じゃない巫女が妖怪退治しながら紅魔館と竹林の間を飛び回ってるから危ないわ」
「え、ええっ?」
「それと今日はうろちょろしないことにしたから、私にも紅茶を淹れてくれる?」
「なにこれなにこれ」
小悪魔はすっかりたじたじ。
パチュリーは落ち着いた声色で呟く。
「本当にループしてるのね。ていうか、胡蝶夢丸ナイトメアタイプを、小悪魔が私に盛るって?」
曖昧にほほえんで返す咲夜。
これがイタズラだとはわかるが、嘘でも本当でもイタズラとして成立するので判断が難しい。
咲夜としては、してやったりだ。
だがその胸中は、酷く焦れていた。
小悪魔は紅茶を淹れたあと、パチュリーに命じられて美鈴のレミリア捜索を手伝いに向かった。
39時間。
1日半と少し。
ループに囚われた時間はそう長くなくはない。
だがこのまま午後3時33分33秒から午後6時33分33秒の間を永遠にさ迷うのではないかという恐怖は、重い。焦燥感が胸をきつくしめつける。
最大の希望だったパチュリーを失ったのは、本当は、絶叫したいほどのショックだった。100年かかる? では一生、この3時間ぽっちの世界の中で暮らさなくてはならないのか。
14周目のパチュリーが、結論を15周目のパチュリーに託したのもうなずける。
14周目のパチュリーは時間ギリギリまで咲夜のためがんばってくれた。その間、咲夜の不安や恐怖を感じ取る機会もあった。だから言えなかった。咲夜を絶望させてしまうとわかっていたから。
15周目のパチュリーがその深刻さを頭だけでなく心で理解する前に読ませるという姑息を、咲夜は責められない。
何周もした世界の中、もっとも真摯に取り組んでくれたのは、パチュリーと美鈴だ。
パチュリーには黙っているが今、美鈴は門前にいない。
『美鈴。今すぐお嬢様を探しに出かけて』
出会いがしらにそう命じた。
前周までに探した場所を告げ、そこを除外させて。
『今日の午後6時半までに必ず、地下図書館に戻って、私に報告して。詳しい説明はあとでするけど、私の、命がかかってるの』
術式の構築のため、また知恵を借りるため、パチュリーへの説明を怠ったことはない。だが美鈴には何度か説明を省いている。それは決して美鈴を軽視しているわけではない。
信頼しているからだ。
美鈴なら詳しい事情を説明せずとも、こちらの必死さが伝われば、必ず全力でことに当たってくれる。周回を重ねる前からそれは承知しているし、今までの周回、その信頼にはいつも答えてくれた。午後6時半までに戻ってこなかったことも一度しかないし、次の周で事情を詳しく説明して同行した時は、捜索先で向日葵畑を焼いた犯人と勘違いされて某フラワーマスターに襲われたので納得がいった。
事態解決のための話に行き詰まり、話の種にと、咲夜は酔っ払いの鬼に襲われた一件を話し始めた。ナイフも拳も通じないわで大変難儀し、通りすがりの天人が手伝ってくれなければ6時半までに紅魔館に戻れなかっただろう。今までのサイクルはパチュリーに術式の更新をしてもらうため紅魔館地下図書館への帰還が必須だった。
午後4時半頃まで話が続いて。
「で、最終的に天人を囮にして逃げ出したわけです」
「悪魔の狗らしくていいじゃない」
クスクスと笑って聞くパチュリーに、咲夜のささくれ立った心はなごんだ。
ループに入って以来、パチュリーとは頭の痛くなるような話ばっかりしてきた。
こういう、くだらない雑談をするのは随分と久し振りな気がした。
たった39時間で、ここまで追い込まれていたのかという
いや、もう40時間になるのか。
懐中時計が午後4時33分33秒を告げた。
「……レミィはどこにいるのかしら。妖精メイド総出で館を探しても、美鈴にあちこち探させても、手がかりはなにひとつ見つからない。水晶球に映ったのも、うろちょろするなという言葉だけ」
「テラスでお昼寝をしていたはずなのですが……こうも見つからないとなると、なにか、関係があるんでしょうか? この、果てなき螺旋の如き回廊を延々と歩き続けるような現状と」
「レミィのことだから、まったく関係のない気まぐれの可能性も高いのだけど……そうね、それも視野に入れて探さないと。次周以降も同じ占い結果が出るようなら、気にせずうろちょろ探してみなさい」
「はい……」
駄目と言われると逆にやりたくなってしまう症候群は、人間が普遍的に抱くものである。咲夜も今、うろちょろしたい衝動が高まっていた。16周目でやればよく、15周目では駄目、という現状がいっそうその思いを強まらせる。
小悪魔に淹れてもらった紅茶を飲んで、冷めていたが、やや心がやすらいだ。
パチュリー、小悪魔、妖精メイド達……それに美鈴。紅魔館のみんなは咲夜のためにがんばってくれている。ただしフランドールを除く。
霊夢や魔理沙、妖夢なども力になってくれた。他にも色々、顔見知りにしか頼っていないが、最悪、3時間を駆使して幻想郷中のありとあらゆる者に頼ることになるかもしれない。
まだ頼っていない者の中にも、頼りになる者はまだまだいる。インチキくさいスキマ妖怪なんかは相談さえできてしまえば一発解決してくれるかもしれない。
それでも。
それでも。
十六夜咲夜がこの世でもっとも頼む相手は、主、レミリア・スカーレット以外ありえない。
お嬢様、どこにいるんですか。
お嬢様、どうしていらっしゃらないんですか。
お嬢様、お嬢様。
甲高く、割れる音が。
ぎょっとして咲夜とパチュリーはテーブルの上、水晶球を見る。
真っ二つに割れた水晶球の内側で、うろちょろするなという言葉もまた引き裂かれ、インクが滲むようにして広がっていた。
文字は次第に赤く染まっていき、まるで、水に落ちた血のようであった。
血が広がる、じわじわと。
何事が起きているのか、咲夜は身体を強張らせた。
しかし眼が離せない。
瞠目し、注目し、その瞬間を目撃する。
血のような赤が、あざやかな紅に輝き、瞳と化す。
真っ二つに割れた水晶球、左右、ひとつずつ。
半月状に割れた水晶球、左右、それは釣り上げた眼差しの如く。
真紅の眼。
お嬢様の眼。
そう悟った瞬間、水晶球の断面から紅霧が嵐のように噴出し、小さな人の形を成すよう集まっていく。それはまさに紅魔館の主の姿であった。
永遠に紅き幼い月。
レミリア・スカーレットが顕現した。
「ああ、やっと掴めた」
無色透明に戻った水晶球の隣、テーブルの上に、腕組みしながら仁王立ちする。
傲慢に。
堂々と。
なぜか愛用の帽子はかぶっておらず、みずからの発する魔力の奔流で髪を揺らめかせながら。
「お嬢、様……?」
「まったく、こんなにもややこしく糸がもつれちゃって、手のかかる子ねぇ」
呆然と、最愛の主を見上げる咲夜。
唐突すぎて感情が麻痺し、歓喜も驚愕も湧いてこない。
ただただ呆然とするしかない。
「レミィ」
横合いから、パチュリーが。
「任せていいのかしら」
問われ、レミリアは。
「愚問ね」
自信たっぷりに。
その短いやり取りでもう、パチュリーは完全な安堵を浮かべていた。
完全な信頼を預けていた。
レミリアはニッと笑って咲夜を指さす。
まっすぐ伸びた指は、今にも眉間に触れそうな距離。
「こら咲夜。お仕事ほっぽり出して、なにこんなところでサボってんの」
「えと、いえ、お嬢様、決してサボってるわけでは。というかあのですね、私は」
「うん、私は?」
「今日の午後3時33分33秒から、午後6時33分33秒の3時間、恐らく能力の暴走でループしっぱなしで、もう15周目で。ずっと、ずっと探していたんですよ」
ぽろぽろと、完全で瀟洒なメイドは涙をこぼす。
けれど表情は梅雨明けの空のように晴れ晴れとしている。
「お嬢様どうすれば、どうすればこの果てなき螺旋の如き時の回廊から脱け出せるのですか。次の周でもお嬢様にお逢いできるのですか」
「私とのつながりが切れるくらいしっちゃかめっちゃかにしといて、よく言うわ。まっ、私にかかればちょろいもんだけど」
「それではお嬢様、私は、脱け出せるんですか? このループから」
「いや」
短く強くレミリアは否定し、小馬鹿にするように嘲笑して鼻を鳴らす。
「そもそも時間のループなど起きていない」
「えっ……?」
「冷静に考えなさい。能力の暴走? あのねぇ、あなたはそもそも、時間を巻き戻したりできないでしょう?」
問題の根本さえもバッサリと否定された。
咲夜のみならずパチュリーまで眼を丸くしている。
あれ、これ、お嬢様、適当に言ってない?
「ですが、現に時間が巻き戻っているわけで……3時間、ループして」
「だから、暴走しようがなにしようが、原理的に、あなたの能力じゃ時間の逆回転はできないの」
「でも、あの、その、じゃあこの現象は?」
「夢」
唇の端を釣り上げて、獣のように鋭い牙を剥いてレミリアは笑った。
「仕事中に居眠りしてるあなたが見ている、ただの夢よ」
「夢……これが?」
「そう。その通り。だから目を覚ましたサクヤは、時間を巻き戻すなんてできない」
「まきもどす、なんてできない」
幼子を説き伏せるように言われ、すんなりとその言葉が心身に行き渡り、無意識にレミリアの言葉をオウム返しする。
真紅の瞳が、咲夜の瞳の奥底を見透かして、魂に言霊を刻み込む。
「ああ、そういうことに? なるほどね」
パチュリーが何事か呟いたが、咲夜の耳には届かない。
届くのはレミリアだけ。
「能力の暴走なんてものも、起きないし起こせない。起きないし起こせない」
「おきない、おこせない」
「そう、これは夢だから」
「ゆめ」
レミリアは手首をくるりと返し、手の甲を咲夜にまじまじと見せつけるようにする。
小指と薬指はしっかり折り畳んでいるが、人さし指と中指はなにかを摘むように弧を描き、その後ろ側で親指も立っていることは想像に難くない。
「4時44分44秒」
ふいに、レミリアが現在時刻を告げる。
懐中時計を確認しようとし、しかし咲夜の身体は金縛りに合ったように動かない。
手足の感覚が薄れ、主の手と、その奥で輝く真紅の眼差しから逃れられない。
心臓の音が聴こえ、悪魔の声が聴こえた。
真紅の瞳がきらめき、真紅の唇が最後の言葉をつむぐ。
「お前は目覚めた」
パチンと、小さな指が鳴らされた。
◆◆◆
咲夜は目覚めた。
大広間の壁にもたれかかって、冷たい床を見下ろし、高い天井を見上げ、ハッと意識を浮上させる。視界の端で妖精メイドの羽が見え、大広間から伸びる廊下の奥へと逃げていった。眠りっぱなしですごした2周の間も、妖精メイドは咲夜を見つけながら単なる居眠りと決めつけ、親切心か悪戯心か、起こさないままそっとしておいたのだと推察される。
無意識に立ち上がった咲夜は、ふと、自身の右手の甲を見る。
無い。パチュリーに書いてもらった、時間ループを証明するメモが。
――仕事中に居眠りしてるあなたが見ている、ただの夢よ。
夢。あれが、40時間にも及ぶあれが夢。
そう、なのか。
そう、なのだろうか。
そう、なのかもしれない。
意識の表面ははっきりしているが、裏面は酷くぼんやりしており、霞がかかったようだ。
まるで、そう、まるで寝起きに夢を思い出そうとしているかの如く。
次第に、40時間に及ぶ出来事が遠のき、記憶の奥底に埋もれていく。
ああ、夢だったの。疲れているのかしら。
嘆息をつく。
――4時44分44秒。
「お前は目覚めた」
レミリアの言葉を思い出し、自身の唇で語りながら懐中時計を取り出す。
時計の針は、4時45分58秒、59秒、4時56分。
逆算すれば、恐らく目覚めたのだろう、4時44分44秒に。
「うー、しゃくやー……」
寝惚けた声が、大広間に通じる廊下から聞こえた。
ハッと視線を向けると、目をこすりながらふらふらと浮いているレミリア・スカーレットの姿があった。いつも通りの姿だが、なぜか帽子はかぶっていない。
「お嬢様」
条件反射で駆け出して目前まで迫るや、レミリアは落下するようにして胸に飛び込んできた。
軽く、小さく、やわらかな感触に抱きしめられる。
細い腕が咲夜の首に回されて、お嬢様の香りを感じ、咲夜も主の身体を抱きかかえる。
「お嬢様、どうなさいました?」
「……つかれた、ねむい……」
耳元を、甘い吐息がくすぐる。
「だっこ」
「もうしてます」
「つれてってー……」
「あ、はい」
返事をし、このまま部屋へ連れていっていいものかと思案する。
さっきまでのあれは、夢だ。
夢だから、気にする必要はない。
でも、あれは本当に?
「あの、お嬢様。さっき……」
「あれー? お嬢様、どうかしたんですか」
背後から声がし、振り向くと、大広間にいつの間にか美鈴が立っていた。
この時間ならまだ、お嬢様を探しに出かけているはず。
「美鈴、どうしてここに?」
「お嬢様が帽子を、テラスにお忘れになっていたので届けに」
その帽子をかざして見せる美鈴。
これはどういうことだろう。
お嬢様はテラスで昼寝をしていて、でもループが始まってからはどこを探しても見つからなくて、美鈴には毎回お嬢様を探すよう頼んで、帰ってくるには早すぎる。
じゃあ、やっぱり。
「美鈴。私は今日、あなたになにか頼みごとをしたかしら?」
「頼み? ええと……なにもされてないはずですけど。忘れてたらすみません」
心当たりが無いらしい美鈴は、しゅんと身を縮ませながら歩み寄ってくると、咲夜の肩にあごをかけて眠っている小さな主に、忘れ物の帽子をかぶせた。
「お嬢様寝ちゃってるんですか? さっきテラスでお昼寝したばかりだというのに……」
「なんだか疲れているみたい」
「ほんの1時間かそこらで? どうしたんでしょう……あっ、私への頼みごとがどうのっていうの、それと関係あります?」
「……いえ、私の勘違いだったみたい」
自嘲して咲夜は笑い、その笑みの意味を感謝へと変える。
「美鈴、いつもありがとう。今日はもう休んじゃっていいわよ」
「は……はえっ?」
意図が掴めず返事をし損ねた親しき門番を置いて、咲夜は歩き出す。
この小さく愛しいご主人様を早く、ベッドに連れて行って上げねば。
日陰の魔女パチュリー・ノーレッジが本を読んでいると、地下図書館の扉が開いた。
親友の姿を想像して視線を向けるも、そこにいたのは小悪魔だった。30分ほど前に買い物へ出かけたはずだが、戻ってくるには早すぎる。なぜか服があちこち破れているし、弾幕ごっこで一戦交えてきたように見える。
「ただいま戻りました」
「おかえり。どうしたの、その傷」
「道中で紅白じゃない巫女に襲われまして、帰ってきました」
「ああ、そう」
「それと、さっき大広間近くの廊下でお嬢様にお会いして」
テーブルの前まできた小悪魔は、居心地悪そうにもじもじしながら、あるものを差し出した。
「これを、返しておくようにと」
小悪魔の手には、一時間ほど前に親友に貸したはずの、愛用の水晶球があった。
なぜか、真っ二つに割れて。
パチュリーは呆然として水晶球を受け取った。
「……小悪魔。この水晶球は、いつから割れていたのかしら?」
「お、お嬢様から渡された時には、すでに」
「そう。いったいなにをやらかしてきたのかは知らないけど……」
眉を釣り上げ、冷え冷えとした声色でパチュリーは宣言する。
「レミィ、あとでロイヤルフレア」
END
2番目はおのオチがちょっと唐突に感じたかな
その内別の不死とか迷い込んできたら、きっと機械を操作してみんな目覚めるんだろうから永遠の悪夢ではないんでしょうが。
でも天子辺りは悪夢でも楽しめ、いややっぱり無理か。
しかしカップ麺にラベンダーて、アリスじゃないんだからwww
悪夢100%にしたところでぞくっときました
きっと単体じゃあダメなんですよね。この形式だから良い
しかし、不死者達は……絡まり過ぎだろう。やっぱり永琳には輝夜がいないとダメだったんだな。
明晰夢を選んだ奴がいたら……。
特に夢と永遠が合わさるなんて恐ろしいにもほどがあります
夢という題材で一本筋が通っているのが感じられます
短篇集としてとても良かった
さすがに連日見るようなことはなかったですが、何度かそういう夢を見たことが
本編も面白かったです。個人的には3番目が好み
そんな2番めが一番好き。インパクトあった。
1番目が好きだなあ、みすちーかわいい
面白い
二番目の、取るに足らない些細な原因で
大事なものが壊れてしまう感じの表現が
すごいな〜と思いました(小並感)
三番目で夢?から醒めて終わるところは
インセプションを思いだしました。
夢にまつわる話の終わりとしてカッコ良いですね。
ラベンダーとか小ネタも良かった。GJ!
伏線がどうのではなく、雰囲気やら設定やらよくわからない何かが
蠱惑的な魅力を持つ。イムス氏の作品はやっぱ良い。
ところで悪夢といえばアリスを探して三千里の印象です。あれは夢がテーマじゃないのになあ。