Coolier - 新生・東方創想話

達成の夢、永遠の夢、回廊の夢

2012/09/26 00:07:42
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【永遠の夢――ツキハテタサキニ】

 真の不死は決して減らない。減らせない。
 だからこれは予定調和。まさかお前は見越していたのか? こうなることを。
 決めていたのか? そうすることを。
 透明の壁の向こう、スリープカプセルの中で、お前は眠っている。ずっとずっと眠っている。
 いつか、遠い昔、幻想郷と呼ばれたらしい土地の、ハクレイの巫女とやらのように。
 お前は守っているんだな、この永遠の夢を――。

 彼女、藤原妹紅は、自分が今、蓬莱山輝夜に抱かれていると感じた。
 ここにいる全員が、ここに在るすべてが、蓬莱山輝夜に抱かれているのだ。
 永遠の抱擁を受けて、永遠の眠りの中、永遠の夢を見る。
 これは楽園なのか地獄なのか。

 竹林は静寂なる翠。地球の竹が翠だったから、翠に塗ったと、八意永琳が言っていた。
 竹は蓬莱山輝夜の象徴だ。

 空は黒い。宇宙の闇が黒かったから、黒く塗ったと、八意永琳が言っていた。
 蒼や朱では眼が痛むという意見があったからだ。

 大地は白い。地球の月が白かったから、白に塗ったと、八意永琳が言っていた。
 はて、月とはなんだったか?
 そういう名前の山か島が地球にあったかもしれない。

 幻想郷の迷いの竹林、という場所と同程度の敷地が、不老不死の最終地点となり、もうどれだけの歳月が流れただろう? 無量大数――とかいう歳月を超えてからはもう、数えるのをやめてしまった。



 藤原妹紅の知能、精神、魂魄の相乗キャパシティを総動員したところで、那由他の年月までしか記憶を保てない。それより前は忘れてしまう。平安という時代、日本という国家、幻想郷という土地。
 なにもかも、なにもかも。
 忘却の海に消えた、終わってしまった出来事。
 なにもかも、なにもかも。
 星も銀河も宇宙も空間も時間さえも尽き果てたあとに此処が、此処だけが残った。
 そこは不老不死に残された最後の楽園。
 科学や魔法、ありとあらゆる理論を駆使して、おぞましきイモータルが生み出した世界。
 虚無を漂う空間の内側に、人工の大地と空が広がり、無数のスリープカプセルが点在する。

 蓬莱山輝夜の眠る竹型のカプセルを中心に、それぞれ思い思いのデザインのカプセルの中で眠っている。
 永遠の生命を、夢の中ですごすために。

 真の不死は決して減らない。減らせない。
 だから増えていった。

 ある者は藤原妹紅達の生き胆を喰らい。
 ある者は蓬莱の薬を複製し。
 ある者は蓬莱の薬とはまったく異なる理論で不老不死に至った。

 ある者は長き探求を経て。
 ある者は一時の気の迷いで。
 ある者は単なる幸運あるいは不運で。

 ある者はみずから望んで。
 ある者はみずからは望まず。
 ある者は生まれつき。

 不死を得た。
 イモータルと化した。



 退屈を厭いあれこれしてたら天人ですらなくなっていた比那名居天子。
 無意識に暮らしているうちに原因不明の不老不死に陥った古明地こいし。
 愚か者の謝罪を聞いた石長姫。
 毛玉を極めた毛玉ことフサフサ太郎。
 など。
 などなど。
 地球出身の不老不死は他にも数名。

 同一次元の宇宙からもう9名。
 多次元宇宙からもう16名。
 出身世界不明の者が2名。
 合計33名が最後の此処へ行き着いた。

 多いのか少ないのか。
 33名で寄り添って生きていくのはつらすぎた、きっと少なかったのだろう。
 中には不死ではあっても不老ではない者もいた。
 老い果て、もはや機械の補助なしでは動けなくなった者達が、蓬莱山輝夜と同じ時期にスリープカプセルに入った。
 それからはまばらだ。
 それぞれ様々な理由でスリープカプセルに入った。

 永遠の人生に飽きたから。
 現実より夢のほうが楽しいから。
 蓬莱山輝夜と同じ夢を見たいから。
 寝るのが好きだから。
 ゲームをクリアしたから。
 理解したから。
 空が蒼かったのを思い出したから――これは比那名居天子だったか――。

 ああ、そうかと藤原妹紅は思い出す。
 現段階で、最後にスリープカプセルに入ったのは比那名居天子だ。
 要石――どういう由来のものだったか当人も覚えていなかったが――をデザインしたスリープカプセルで彼女は眠っている。
 これでもう此処で眠っていないのは藤原妹紅と八意永琳だけだ。
 二人の分のスリープカプセルももう完成している。
 首の無い紅い鳥をデザインしたスリープカプセルで、胴体部分に入れる。八意永琳のはなんの変哲もない卵型の白いスリープカプセルだ。

 八意永琳はいつスリープカプセルに入るのだろう?
 蓬莱山輝夜の加護によってこの空間に存在するなにもかもが永遠と化しており、環境やスリープカプセルの維持の必要は無いのだ。だから藤原妹紅も八意永琳もその気になればスリープカプセルの中で永遠の眠りにつける。
 夢の方向性は、あらかじめ設定できる。

 家族の夢、友達の夢、故郷の夢。
 幸せな夢、不幸せな夢、とりとめもない夢。

 夢の中なら、余計なことを考えずにすむ。
 永遠の生を意識しない夢を希望した者も多かった。
 享楽だけを求める者はおらず、誰も彼も、夢の数%を悪夢に設定していた。

 藤原妹紅も自分のスリープカプセルに、夢の割合設定はすませてある。
 登場人物は此処に行き着いてしまった哀れな不死者32名。
 内容問わずの幸せな夢を99%と、軽めの悪夢を1%だ。
 随分と肝っ玉の小さい設定だが、藤原妹紅はもう疲れていた。疲れ果てていた。
 だから無難でいい。穏やかな夢に溺れていたい。
 そう思いながら、どうにもこうにもスリープカプセルに入る決心がつかない。
 そうして、そうして、なんとなく蓬莱山輝夜のスリープカプセルの前にあぐらをかいている。
 決心がつく日をぼんやりと待ちながら。

 そうして幾らかの時間が経ち、藤原妹紅はうとうととし始めた……。



   ◆◆◆



 天然の竹林の中、博麗神社で宴会をしていた。
 竹の葉の隙間から除く空は蒼く、酒の入った巫女と魔女が光を――撃ち合っている。
 あれはなんだったか。

「スペルカードルールだよ。さあこい焼き鳥屋、撲滅してやる」
 隣に座る、ミスティア・ローレライが言う。ミスティア? 誰だ?

「妹を、頼みますね」
 隣に座る、古明地さとりが言う。古明地さとり? 誰だ?

「総領娘様がどうも、蓬莱の薬について調べているようで……適当にあしらってください」
 後ろに立つ、永江衣玖が言う。永江衣玖? 誰だ?

「お前達の運命の糸は永すぎる。いつかもつれて絡まり、しっちゃかめっちゃかになるよ」
 竹林の中でこの頃は幼かった紅き月レミリア・スカーレットが言う。
「解きほぐすのには、私ですら寿命を削るほど疲れる」
 はて、彼女は誰だっただろうか?
「運命の糸の尽き果てた先に待つのは、ろくなものじゃない。始末つける方法、考えときな」
 大切なことを言っていた気がする。

「私は一生死ぬ人間ですよ」
 竹林の中でこの頃は若かったメイド十六夜咲夜が言う。
「大丈夫」
 はて、彼女は誰だっただろうか?
「生きている間は一緒にいますから」
 大切なことを言っていた気がする。

「元が人間だと、記憶能力に難があるわね」
 比那名居天子が言う。覚えている。お前は最後の此処で眠っている。

「私には昔、姉がいたそうよ。そうなんだ。全然覚えてない。うふふ」
 古明地こいしが言う。覚えている。お前は最後の此処で眠っている。

「蓬莱山輝夜は、いつか、こうして眠りにつくことを理解していたのかしら」
 石長姫が言う。覚えている。お前は最後の此処で眠っている。

「不老不死なんかになるんじゃなかった」
 フサフサ太郎が言う。覚えている。お前は最後の此処で眠っている。

「妹紅」
 上白沢慧音が呼ぶ。藤原妹紅の名前を呼ぶ。
「宴会は楽しんでいるか?」
「うん」
「そうか、よかった」
 上白沢慧音が笑う。懐かしい懐かしい表情で笑う。
「こうして、私以外の者とも関わりを持つようになってくれて、本当に嬉しい」
「うん」
「永遠の生命を持つ妹紅にとって、私など一瞬の閃光にも満たぬ存在だろう」
「うん」
「もしかしたら私は、いっときの慰みの代わりに、永遠に残る心の傷を作っているのかもしれない」
「そんなことは、ない」
「卑怯な言い方かもしれない。でも、妹紅に逢えてよかったと……思うよ」
「友達でしょう?」
 その言葉に上白沢慧音が振り向いて――。



   ◆◆◆



 そこで目が覚めた。
 那由他より昔のことは理論的に思い出せないはずなのに、あれは、あの幻想郷は、那由他よりもずっとずっと昔の昔のそのまた大昔のことなのに、どうして夢に見れたのだろう。
 いや、あれは夢だ。今の夢に出てきた連中は、藤原妹紅の妄想が生んだ存在にすぎず、実在はしなかったに違いない。ただの夢。そうに決まっている。

 夢で逢えるさ。

 だがふいに、その言葉を思い出した。
 友達が、今際の際に遺した言葉だったはずだ。
 誰の言葉だったのだろう。
 もしかしたら、夢の中にいた誰かの言葉だったかもしれない。
 だとしたら、思い出してみたいと藤原妹紅は思った。
 立ち上がり、スリープカプセルの中の蓬莱山輝夜に向けて宣言する。

「随分待たせちゃったかな。私もそっちに行くことにしたわ、よろしくね」



 首の無い紅い鳥の形をしたスリープカプセルに入った藤原妹紅は、見送りにきてくれた八意永琳にほほえむ。
「ごめん。最後の一人にしてしまって」
「いいのよ。そのつもりで残っていたのだもの。私も遠からずカプセルに入るわ」
 ほがらかにほほえみ返され、藤原妹紅は、久しく忘れていたやすらぎを思い出した。
「夢の配分は、頼んだ通りにしてくれた?」
「今まで出逢った友達や家族の夢を99%。最後の此処に残った32名も、此処に残れなかった過去の膨大な人々もみんな、夢で逢えるわ」
「うん。残り1%は悪夢だよね」
「適度なストレスは必要なものよ。ではスイッチを押すわ。おやすみなさい、妹紅」
「おやすみ、永琳。夢で逢おう」

 スイッチが押される。
 カプセルが閉じ、藤原妹紅の意識は夢の淵へと沈んでいく。
 ついに始まるのだ。
 夢を夢と自覚せず、99%の幸せと、1%の悪夢による、永遠の生命を実感せずにいられる癒しの時間が。蓬莱山輝夜の加護によって永遠に。
 ああ、そうか
 夢に落ちる最後の瞬間、藤原妹紅は気づいた。

 蓬莱山輝夜は、この永遠の能力によって、不老不死と化したすべてのものを救おうとしていたのかもしれない。
 いや、それは考えすぎか。
 なんてね――。



   ◆◆◆



 最後の一人となった八意永琳は、さっそくスリープカプセルのコントロール室へ向かった。
 永遠の此処の外にまた新たななにかが始まった時、其処と触れ合うのを希望している者もいるため、スリープの解除なども可能だし、夢の変更もできる。八意永琳の目的は後者だ。
 まず藤原妹紅の夢を変更する。
 悪夢を100%に。

 大好きな幻想郷に還り、笑顔でみんなに迎えられ、罵られ、石を投げつけられ、追われ、ぶたれ、汗と垢の染みついたボロを着せられ首輪をかけられ、豚小屋に放り込まれる夢を見せよう。家畜として扱われ、汚物を喰らい、汚物の布団で、汚物を恋人として飼われるのだ。真冬に冷水をぶっかけて綺麗にしたら、素っ裸にして四つん這いにさせ、実の父と兄に豚として扱われる。それから宇宙船の中で水も食料も空気も尽き果てて、古明地こいしに好物の焼き不死鳥フルコースセットとして喰われ続けるのだ。紅い空の星で起きた虐殺に加担させよう。騙されて血と肉と骨の山を築かされたのに、信じた仲間からすべての責を背負わされて尋問にかけられるのだ。一族を皆殺しにされ復讐のため不死の肉体を得た少年が、虐殺の遠因を作った比那名居天子と殺し合う。藤原妹紅は二人の殺し合いを止めようとして、偽善者の横槍を咎められて二人から延々と殺され続けるのだ。硫酸をかけられて。心臓を凍らされて。石で殴りつけられて。原子を分解されて。赤紫の沼に沈められて。誤解から仲間に見捨てられ、100の文明を滅ぼした太古の怪物に喰われ、信じてついてきた義理の娘と孫は不死でなかったためそこで死ぬ。二人が溶けていく姿をなにもできず見守らされ涙が涸れる。蓬莱山輝夜に裏切られてブラックホールに置き去りにされて、あろうことか盲目白痴の神を信仰する。666の星に冒涜的な知識をばら撒いて破滅へ導き、罪悪から逃避しようにも耳元で岩笠が怨嗟の呪いを囁き、悔恨の血涙が己が身を焼け爛れさせる。

 まだまだ、まだまだ。
 もっともっと、もっともっと。
 なにもかも、なにもかも。
 思いつく限りの悪夢を体験してもらおう。

 と、作業の途中で八意永琳は手を止める。
 そうだ、藤原妹紅ばかりにかまけていられない。
 先に32名全員の夢の設定をすべて、悪夢100%にしよう。
 それからみんなに色んな悪夢が見られるよう設定しよう。
 十分な量を設定し終えたら、どうせ夢だと気づかず忘れてしまうのを利用して、悪夢をループさせておけばいい。そうすれば永遠に永遠に悪夢だけを見ていられる。
 その作業が終わったら、自分もスリープカプセルで眠ろう。
 もちろん悪夢を100%に設定して。

 33名の不死者が、永遠に悪夢だけを見続ける。
 そうしようと思い至った理由を、八意永琳はもう覚えていない。

 33名の中でもっとも記憶力に優れるのは八意永琳だった。
 藤原妹紅が那由他の昔の記憶から失っていくように、ここに集った不死者達は、それぞれの限界によって一定から先の過去を次々に忘れていった。
 だが八意永琳は忘れられなかった。
 此処でスリープカプセルに入った人数が23を数えた時、八意永琳は限界を迎え、破綻した。
 だが破綻してなお聡明な頭脳は元の自分を演じ続ける。そこに悪意はない。条件反射のようなものにすぎない。今こうしてスリープカプセルの設定をいじっているのも、悪意あっての真似ではなく、ただの条件反射のようなものだ。32名が眠りについたらそうしようというだけの。

 破綻する瞬間、八意永琳が考えていたのはくだらない妄想だった。
 もしスリープカプセルの設定を全部、悪夢100%にしたら。
 そんな他愛のないイタズラを妄想している最中に、八意永琳の属する運命は尽き果て、絡まり、もつれてしまった。
 尽き果てた先に待っていたのは、ろくでもないものだった。
 尽き果てた瞬間に考えていたくだらない妄想が、今の暴走につながっているのだろうか?
 それを知るすべはもうない。
 八意永琳は一心不乱に作業を続け、いつか、彼女自身も悪夢の中に眠るだろう。
 永遠に。


 END

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