Coolier - 新生・東方創想話

達成の夢、永遠の夢、回廊の夢

2012/09/26 00:07:42
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【達成の夢――ママナラナイモノ】

「焼き鳥撲滅達成を祝して、カンパーイ!」
 その瞬間、短筒が火を噴いて彼女の掲げたグラスを砕いた。
「ミスティア・ローレライに制裁を! 焼き鳥に栄光あれッ!」
 そう叫びながら河童製連射式短筒を発砲するのは焼き鳥愛好委員会の残党であった。
 洋館のホールを借りたパーティー会場は一瞬にして混乱の坩堝となり、焼き鳥撲滅を祝う鳥類は一目散に逃げ出した。
 ミスティアも本能的に翼を羽ばたかせて逃亡。銃弾が髪の毛の端をかすめる中、ヒィヒィ言いながら会場の窓を割って出る。高いお金を出して借りた会場なのに、こんな騒ぎを起こしてしまっては弁済でさらに金が飛ぶ。畜生どうしてこうなった。
 念願の焼き鳥撲滅を果たした、人生最高の日であるはずなのに。
 ともかく安全な場所へ逃げなければ。そうだ迷いの竹林に逃げ込もう。あそこなら隠れるにはうってつけ。
 青空の下、羽根を散らして飛ぶ無数の鳥類。それに混じったミスティアの前方、待ち構えたように的確に、それは現れた。うねるそれは大蛇のようであり、しかし顔は無く、円形の口腔を広げ、牙の生えそろったグロテスクな内側で少女を迎えようとした。八目鰻だ。普段それを調理しているためすぐにわかった。しかしこんな大きい八目鰻がいるわけない。いたとしてなぜここにこのタイミングで。
 その八目鰻の化け物は高らかに名乗る。

「我は八目ウナゴン! 此度発足した焼き八目鰻根絶委員会のヒットマンであーる!」
「怪獣映画に帰れ!」

 外見のおぞましさと名前のアホらしさのギャップに思わずツッコミ弾幕を放つと、見事八目ウナゴンの口腔に流れ込み内部から焼き焦がした。
「ぎゃー」
 哀れ八目ウナゴン。こんがり焼かれてリタイアだ。
 ようし、この調子で目指せ竹林! 我が身の安全が第一さ。
 こうして一人こそこそ飛んでいき竹林が近づいてきた。



 竹林に到着しようという時に。
「いたぞ、ミスティア・ローレライだー!」
「兎角同盟全軍出撃ぃ~!」
 今度は兎耳を生やした少女が数十名、アサルトライフルを構えて竹林から現れた。
 編隊を組んでミスティア目がけて飛んでくる。
「ええー!? なななっ、なんで!」
「お前のせいで食用兎の需要が上がり、多くの同胞がさらわれ、飼われ、交配すら管理され、ただただ喰われるための兎小屋生活! その屈辱に苦しむ兎を開放するために兎の名誉のために、お前を、お前を、ミスティア・ローレライを成敗する!! 死ねぇー!」
 高らかに宣言するのは兎角同盟のリーダー、鈴仙・優曇華院・イナバである。
 真っ赤な闘志を燃やし、兎の耳を角のようにいきり立たせて発砲した。
 聖戦の火蓋が切られ、他の兎達もありったけの銃弾をぶちまける。
「そ、そんな! 同胞のため戦ってきたのは、あなた達も同じでしょう!? 私は鳥のため、鈴仙は兎のため!」
「兎のためにお前が邪魔だと言っている! 死ねぇー!」

 竹林は駄目だ。死ぬ。
 弾丸の雨に背を向けて一心不乱に北上する。こうなったら人里だ。あそこなら妖怪は争いごと禁止。八目鰻屋のツテもあり保護を期待できる。だが、それまで生き延びれるのか? 耳元を銃弾がかすめた気がした。ゾッと背筋が凍りつき、のどがカラカラに渇いてつばを飲み込もうとするも、つばすら涸れ果てていた。



 それからどれくらい経っただろう。数分かもしれないし数時間かもしれない。
 お日様加減を見るにそれほど経ってないかもしれない。
 気がつけばミスティアは、人里のどこか大きな建物の庭木に身を潜めていた。
 助かったのか。
 息を吐いて安堵すると、かたん、物音がした。
 ぎょっとして枝の隙間から覗くと、誰かが縁側にお盆を置いたところだった。
「ん、どうも」
 その誰かの隣に座っている人物が礼を述べる。お盆にはお茶がふたつ。
 片方の人間に見覚えはないが、もう一方には見覚えがある。
 あれは憎き焼き鳥屋、藤原妹紅。茶を受け取ってすすり始める。
 お盆を挟んでもう一人の人間も座りお茶を手に取る。
 上白沢慧音だと思い出した。ここは寺子屋?
 会話が聞こえる。

「聞いたか妹紅。焼き鳥撲滅達成記念祝賀会、テロに遭ったそうだ」
「ふぅん。ま、仕方ないんじゃない? あいつはやりすぎた」
「焼き鳥屋をつぶされて、路頭に迷った者も出たという」
「私もな。家を襲撃されて、未だ慧音のご厄介になってる身の上だよ」
「健康マニアの焼き鳥屋なんて素性を隠すデタラメだと言えばよかったのに」
「いや……あの時は本当に、やろうと思ってたんだ。焼き鳥屋」
「へえ。竹林の鳥とは結構親しかったのではないか?」
「親しかったから、やろうと思ったんだよ。焼き鳥撲滅が成せば、他が暴走するから」
「兎角同盟、焼き八目鰻根絶委員会、沢蟹愛護団体」
「鳥の被害が減った代わりに、他の連中の被害が増えた」
「ままならないものだな」
「そうでもない。やり方を間違えたのさ。全員仏教徒にしちゃえばよかったのよ」
「ああ、生臭が禁じられているものな。焼き鳥だけじゃなく、兎も八目鰻も救われる」
「全人類がベジタリアンになれば世界はだいぶ平和になる」

 そうだったのか!
 ミスティアは衝撃のあまり口をあんぐり開け、心の中で大きく叫んだ。
 自分と鳥獣伎楽を組んでいる幽谷響子の所属する命蓮寺の仏教の教えの生臭禁止令!
 それこそが逆転の――。
 などと感動していると藤原妹紅が言った。

「でも生臭はおいしい。肉も魚も食べなきゃ力が出ないよ」
「同感だ。それに、あのミスティアが鳥以外の生臭を我慢できるとは思えないしな」

 もっともだ!
 好物の八目鰻を食べられない人生とかありえないよ。
 豚や牛だって食べたいし、魚だって食べたいよ。
 なんだ駄目じゃん仏教。

「で、妹紅。焼き鳥屋をやるつもりだったという話は?」
「うん。不死鳥さんがお肉を提供してくれるって言うから、焼き不死鳥屋を」
「つまり……不死鳥さんから何度でも肉が取れるから、他の鳥に被害が出ない?」
「そゆこと。不死鳥さんが痛い思いするから、色々融通する方向性で話を進めてたんだけど」
「焼き鳥というだけでミスティアに襲撃され、ご破算になったと?」

 まさかそんな。
 裏切り者として討った不死鳥さんにそんな理由があったというのか。
 妹紅も焼き鳥屋の味方だったとでもいうのか。
 だとしたら、だとしたら、ミスティア・ローレライの誇り高き戦いはなんだったのだ。

「ミスティアのためになると思って焼き不死鳥を買って出たのに、裏切り者って罵られながら踏みつけられたのが相当ショックだったらしくてな。人生に絶望して出家して羽毛も剃って鳥肌ブツブツでキモいって言われて命蓮寺を飛び出して行方不明になったままだ」
「不死鳥さーん!?」

 まさかの超展開を聞かされ思わず飛び出すミスティア・ローレライ。
 その頬は涙でぐしょ濡れだい。

「うわ!? ミスティア、なんでここに」
「妹紅ー! ごめん妹紅ー! ごめん不死鳥のおっちゃーん!」

 押し寄せる後悔の勢いそのままに、少女は妹紅に泣きつこうとして、突き飛ばされた。
 妹紅が両手を乱暴に突き出して。
 ミスティアは地面に尻餅をついて。
 慧音が悲鳴を上げて。
 妹紅の胸に槍が刺さって。

「外したか」

 ミスティアの後方、塀の上、左手に日傘、右手を振り下ろしたゴシック少女が立っていた。
「せめて苦しまず逝かせてやろうと思ったが、こうして存在に気づかれた以上、名乗って聞かせてくれよう」
 真紅の双眸を爛々と輝かせて。

「我こそは蝙蝠防衛騎士団が長、レミリィィィアッ・スカーレットゥ!!」

 蝙蝠は栄養価が高く、食べている地域だってある。
 病気に気をつけないといけないのは他の動物だって同じだし、調理方法さえ普及すればポピュラーな食材として幻想郷に広まる可能性も高い。そこで立ち上がったのがレミリアだ。彼女は蝙蝠防衛騎士団を発足し、とりあえず焼き鳥撲滅運動のミスティアの討伐に乗り出したというあらすじがあるのだが、残念なことにこの場にいる誰も蝙蝠防衛騎士団の存在を知らなかった。
 ちなみにレミリア以外の団員は小悪魔だけである。

「よし、名乗りはすませたからもう殺していいな。そーれグングニル2本目だ!」

 小さな右手から膨大な魔力と破壊力を秘めた真紅の光槍が放たれる。
 なにもかもがスローモーションに見える中、それは真っ直ぐミスティアの胸に迫り――!!



   ◆◆◆



「んはあっ!?」
 ミスティアは飛び起きた。
 ここはどこだろう。自分は今、蝙蝠防衛騎士団に滅ぼされようとしていたはずだが。
「あら、起きたのね」
 黒髪の美しい女性が、やわらかな声をかけてくる。
 不思議に思ってあちらへこちらへ視線を向けるミスティア。
 和室だ。綺麗に清掃された畳の部屋に、布団を敷かれ、眠っていたらしい。
 隣に座っている黒髪は誰だろう。
「いい夢は見れたかしら?」
「は? あ……夢? あれが?」
「胡蝶夢丸フューチャータイプを、あなたは誤って飲んでしまったのよ」
「胡蝶、ふゅーちゃ?」

 胡蝶夢丸フューチャータイプ。
 それは胡蝶夢丸シリーズの実験作である。
 胡蝶夢丸を基本形とし、楽しい夢を見てストレスを解消する効果がある。
 胡蝶夢丸ナイトメアタイプはスリリングな悪夢を見れる。
 これはどちらも商品化されているが、この胡蝶夢丸フューチャータイプは商品化しないことを前提に作られたものだ。あまりにも与える影響が大きすぎるために。
 それはずばり予知夢!
 未来を予知できたら悪用し放題だもの、そりゃ取り扱いには注意が必要さ。

 永遠亭に二日酔いの薬を買いにきたミスティアは、経緯は覚えていないがその薬を飲んでしまったらしい。実験段階だったため睡眠効果もありすぐに熟睡というわけだ。
 そして面白そうだからという理由で様子を見にきたのが黒髪の彼女、永遠亭のお姫様の蓬莱山輝夜である。
「それで、どんな夢を見たのかしら?」
 無邪気に訊ねてくる輝夜だが、死の寸前で目覚めたミスティアはそれどころではない。

 兎角同盟はともかく。
 焼き鳥愛好委員会、焼き八目鰻根絶委員会、沢蟹愛護団体、蝙蝠防衛騎士団はまだ発足していない。
 焼き鳥撲滅運動もたいして進んでいないのだから。
 そして焼き鳥撲滅運動が進むということは。
 焼き鳥撲滅運動を達成するということは。

「私」
 ミスティアは決心した。
「焼き鳥撲滅運動をちょっとだけ、ほんのちょっとだけゆるめることにする」



 こうして。
 焼き鳥撲滅運動から端を発するはずだった人肉反対運動と、それを引き金とした人間開放運動、激しい妖怪弾圧によって深まる軋轢、ついに火蓋を切る第一次人妖大戦。そして外来人を巻き込んだ第二次人妖戦争がもたらす幻想郷滅亡。戦争が生んだ『博麗大結界を個人に張る禁術』により妖怪が外の世界へ侵攻を開始し、地球全土を巻き込んだ第三次人妖戦争がもたらす地球の荒廃が阻止されたのだが、それを知る者はこの世界に存在しない。
 ミスティアもそこまで予知夢を見れなったし、輝夜がやり遂げたような表情をしてるのも深い意味なんて無いだろうしね。

 ちなみに焼き不死鳥屋さんは開店されたのだが、妹紅は不死鳥の調理師免許を持ってなかったので即刻営業停止となったとさ。
 素人が調理してうっかり不老不死料理なんかになったら大変だもの。ちなみにうっかり食べちゃって寿命が不自然に延びた人間や妖怪もいたらしい。

 END

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