Coolier - 新生・東方創想話

全く、私の主人は

2012/04/11 01:34:31
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 私の主人は鈍感だ。
 想い人のアプローチをことごとくスルーする程度の能力を持っている。
 その例をひとつ紹介する。



「なぁなぁ今度ピクニックに行こうぜ? お弁当持ってさ」

 などと主人の想い人は積極的に主人にアプローチしてくる。
 私はそれは悪くないと思う。主人は彼女が好きだし、その彼女に誘われることは幸せだと思う。
 主人が幸せなら私も幸せだ。
 しかし、想い人がこんな提案をして主人と二人きりの場をつくろうと努力をしているのに
 当の主人は

「遠慮しておくわ。明日はこの子たちのお洋服を作らなきゃいけないの。
 この前の貴方との弾幕ごっこで破けちゃったから」

 と色気を微塵とも見せない、むしろ皮肉を織りまぜた返答をしてしまう。
 主人の性格上、仕方のないことかもしれないが。
 その性格というのが
 『几帳面』である。
 その性癖を持った主人は突如予定を変えることを嫌う。
 少し先の予定は頭の中で繰り返し、熟考してから行動に移す。
 たとえその変更先が想い人とのデートであってもそれは変わりはない。
 まぁ、それについては私は何も言わない。
 それが主人の考えで、自分で納得した結論なのだと思うからだ。
 だから、断ったデートの当日になって

「断んなきゃ、今頃はあいつとデートしてるかもしれないのよねぇ……」
「もし持っていくとしたらサンドイッチかしら? お手軽だし紅茶にも合うし」
「夜は二人でくっつき合って星を眺めるのも素敵だなぁ……」

 なんてブツブツ言わないで欲しい。
 後悔するなら行けばいいだろうに。
 そんな気持ちで作られた服を着るのは私たちだ、というのも考えて欲しい。



 そんな主人にチャンスが来た。
 今、主人はぜひぜひと苦しそうに呼吸をし、顔を真っ赤にしてベッドで横になっている。
 血肉が通っている生きているもの特有の『病気』という奴だ。
 主人は特にその『病気』に弱いと言われている人間とは違うので、
 死ぬ恐れはない。が、やはり不安になってしまう。
 先ほど命令が来て、冷たい水で絞った布を主人の額に乗せてやったときに
 主人の顔を見て、より一層不安にかられることになった。
 いずれは治るだろうが、何とかしてやりたいと思ってしまうのはしょうが無いことだ。
 なにせ、彼女は私の主人なのだから。

 主人が目をつぶり、呼吸が安定したときを見計らって私は紙とペンを用意する。
 口はあるが一定の言葉しかしゃべれないので、伝達は紙の上でやらないといけない。
 文字なら、書ける。
 私だって伊達に『生きている』わけではない。
 成長だってするものだ。
 
 『わたし びょうき たすけて』

 こんなもんでいいだろう。
 これを想い人に見せればすっ飛んで主人の元へ駆けつけてくれる。
 私は紙を持ち、できるだけ音を立てないように家を飛び出した。


 春の夜の少し強めの風に吹かれながら空を歩くように進む。
 私は元々早く飛ぶように作られていないのでゆっくりとしか進むことが出来ない。
 しかし歩いていったら知能のないバカ妖怪にでも見つかってしまう恐れがある。
 無駄な時間は食いたくない。ただでさえ移動が遅いのだ。
 それに空を駆ける者は私の姿を見ても、なんとも思わないだろう。
 主人は空を駆け、美しさ勝負をする者の中でもそこそこ有名みたいだから。

 
 想い人の家に明かりが灯っているのを見て私は安心する。
 私の十倍ほどもあるドアに向かって思い切り体当たりをかまし、来客を知らせる。
 最近作ってもらったばかりの服なので多少の躊躇いはあったが背に腹は代えられない。
 足音が近づいてきたので彼女の目線の辺りまで浮き、紙を広げる。
 私の出番はここまでだ。後は貴方が何とかしてちょうだい。

「んー なんだこんな夜に遅くに…… お前は…… な、なんだこれ? 病気だって?」

 私は彼女が紙を見終わえ顔色が変わったのを確認し、彼女の黒いスカートのポケットへ入り込む。
 疲れた。多分、疲れた。体が少しきしむ。あとはこの人間に任せて家に帰ろう。

「……なるほどな。お前は役割を終えたわけだ。よし、急いであいつのところに行かないと。
 おいお前、そこから落ちても拾わないからな。しっかり捕まっとけよ」

 それは困る。
 私は彼女のポケットの縁をつかみ、今から来る圧力に耐える準備をする。
 無事、着くといいんだけど……
 もちろん私の身が無事かどうかの話だが。


 彼女は早すぎた。いや、速すぎた。
 私がポケットの中で何回回転したことか彼女は解っていないだろう。
 せっかく最近主人が作ってくれた新しい服なのに、少し皺になってしまった。
 彼女は真っ暗な主人の家を勢い良く開けて、早足で寝室に向かう。

「勝手に入らせてもらったぜ。 うわ……顔、すごい真っ赤だな。汗もすごいし」

 私は彼女のポケットから這いでていつもの棚に戻る。

「……ん、あれ……? 魔理沙、なんで魔理沙がここに……」
「お前が呼んだんだろうが。飯はどうした? なにか食べたか?」
「夕方ころ、寝る前に少しだけ…… 鍋に入ってるおかゆ……」
「そうか、じゃあ今からそれ食べろ。あと服を脱げ、汗拭かないとよくならないだろ」

 服を脱げと。
 なんと大胆な。

「わかった…… 済まないわね」

 主人は薄目でぼうっとしながら受け答えしている。
 きっと今自分が承諾したことの大事さに気づいていないんだろうと思う。
 
「おいお前、タオルはどこにあるかわかるか?」

 また私に仕事をさせるのか。
 ……まぁいい、先程もやったことだ。
 そのくらいお安い御用だ。

「よし、これだな。じゃあ私はアリスを拭いてくるからお前は火の番だ。いいか?」

 答える術がないので私は大きく首を動かし肯定を示す。
 彼女は私が肯定したと受け取ると急いで寝室に向かっていった。
 いまから主人のむふふな姿を見れるのを、少しだけ羨ましく思った。


 鍋のおかゆがぐつぐつと泡を立ててきたので火を止めて手頃な皿を掲げて寝室に向かった。
 そして彼女の顔を見て少し後悔する。
 全く下心をなしに、本気で心配している顔で主人を拭く彼女。
 彼女に心のなかで謝っておくことにした。

「ん、なんだ。火の番はどうした」

 もうぐつぐつしているよ。
 先ほどそれをどうやって伝えようか迷ったが、
 彼女にお皿を渡すことでそれは解決した。
  
「お、わざわざ火も止めてくれたか。ありがとうな」

 主人に新しい服を着さして彼女はお皿におかゆを移す。
 途中、私の頭を撫でてくれたのが少し嬉しかった。


「アリス、ほら、ゆっくり食べろよ」
「……ん、ありがと……」

 彼女はスプーンで取ったおかゆを自分の息で冷まし、主人の口元に持っていく。
 主人は少しずつだが口にしているようだ。
 本当に、彼女を連れてきて正解だった。
 私一人では主人の服を脱がすことも、おかゆを冷ますことも出来ない。
 やはり主人に彼女は必要だ。
 これがきっかけで二人の中もうまくいくだろう。
 万々歳だ。

 皿のおかゆを半分だけ食べ終え、主人はまた眠りに入った。
 定期的に動く主人の胸の動きを見て私はひと安心する。
 心なしか、顔色も前よりマシになっている。

 想い人は主人が残したおかゆを台所に持って行き、しばらく水の音がしたかと思ったらすぐ戻ってきた。
 きっと、主人が起きるまでここにいてくれるのだろう。
 主人の手をしっかり握り、ベッドにもたれかかっている彼女を見て
 私はまた安堵し、主人が起きる、朝を待った。




 私は睡眠が必要ないのでその一場面を全て見ていた。
 まず主人が起きて、握られている手の先に自分の想い人がいた事に驚愕し、黄色い声を上げる。
 想い人はそんな声を聞いて飛び起き、主人に駆け寄る。

「な、なん、なんだ、どうした、どこか痛いのか」
「なんで、なんであんたが居るのよ。びっくりさせないでよ!」
「……は? 来たのは昨日の夜だぞ。会話もしたじゃないか」
「え、全然覚えてない…… ちょっと頭の中整理させて」

 主人はそう言ってまた目を瞑る。
 そんなに驚いているのに握った手は離さないのがまた面白い。
 しばらくして、主人の顔はどんどん赤くなっていることに私と彼女は気付く。
 多分、昨日のことを思い出したんだろう。

「……昨日、魔理沙、私のこと、脱がしたわね」
「へ、変な言い方するなよ。他意はなかったし、しょうが無いことだろう。お陰でお前凄く元気そうだぞ」
「あー恥ずかし ……本当、もう、あーもう」

 握られていない方の手で恥ずかしそうに顔を隠している主人。
 片手だと上手く隠せてないのでわかったが、主人の顔は少し嬉しそうであった。

「……魔理沙」
「なんだよ、別に怒られる道理はないぜ」
「違うわよ…… ありがと、助かったわ」

 あ、素直な主人少し可愛い。

「あー、急に素直になられると困るぜ…… ま、どういたしまして」
「ふふ、照れちゃって。可愛い」
「な、お、お前が柄にもないことするからだろ」
「あら失礼ね。仮にも病人に怒鳴ることないでしょうに」

 あーあーすっかり仲良くなっちゃって。
 まぁ私の思惑通りにいったわけだけど。

「私はお前が死ぬんじゃないかって結構心配したんだ。それなのに……」
「私はまだ死ねないわ。まだやりたいことだってあるし、夢だって叶ってないし」

 やりたいこと?
 そこの想い人とちゅっちゅすることでしょうか。

「夢……? 自立人形がどうとかってやつか」
「えぇ、それが出来なければ死んでも死に切れないわ。……何その顔」
「……いやな、昨日私が来たとき、お前は寝てたよな、最初」
「うん、確か起きたら今にも泣きそうな魔理沙の顔があったわ」
「……おかゆを食べたのっていつだ?」
「えーと、夕方くらいね。ちょっと食べたらすぐ寝ちゃって、それであんたに起こされたのよ」
「……じゃ、じゃあ、あの人形は誰が操ってたんだよ!」
「人形? 何のことよ」
「私の家に来たんだよ、ほ、ほら、この紙持って。そういえばここに来てからだっておかしいぜ。
 なんで意識朦朧で私に体拭かれてる状態で火の番なんか出来たんだよ」
「ちょっと、それどういう事? 『わたし びょうき たすけて』…… これ誰が書いたのよ……」
「私が知るか! ま、まさか……」





 彼女はそう言って、私が先程から休んでいる棚に視線を持ってきた。
 主人も私の方を唖然としたような顔でこちらを見てくる。





 全く、私の主人、アリスは鈍感だ。
 今頃気づいたのか。

 私は手を持ち上げて
 やれやれ、
 と呟こうとしたがそれはかなわず
 私の口から出た言葉は


「シャンハーイ」


 ……今度、アリスに発声機能をつけてもらうことにしよう。










『全く、私の主人は』
終わり
感情が『生まれた』ら、それは『生きている』ことになるとおもうんです。
血肉は通っていませんが。

にしても上海人形って原作で「シャンハーイ」なんて言ってないですよね?
たしか「バカジャネーノ」とかは言ってた気するけど。
正直最後までどちらにしようか迷いましたが結局こっちに。

どうもここまでありがとうございました。
ばかのひ
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コメント



0.2790簡易評価
1.90奇声を発する程度の能力削除
>アリスに発生機能をつけてもらうことにしよう
発声?
上海の頑張りが可愛かったです
3.無評価ばかのひ削除
>>奇声さん
誤字修正しました
最後の最後でミスとか早め気づけてとても助かりました
6.90名前が無い程度の能力削除
全体的に良かったんですが、最後の上海が自律してるのに気付く二人の会話の流れが不自然で急に冷めました
読者にとって新しくもない情報を長々と語りたくないのは分かりますが……
9.100名前が無い程度の能力削除
主人思いの上海GJ!
良い作品でした。
14.100名前が無い程度の能力削除
上海がしゃべれるようになったら、第一声は何て言うんでしょうね・・・
なんだかんだで「ありがとう」だと思う
20.90名前が無い程度の能力削除
シャンハーイ
24.100名前が無い程度の能力削除
イイネ
28.100名前が無い程度の能力削除
面白かった
33.100名前が無い程度の能力削除
とても温かい気持ちになれました

上海人形可愛いなぁ
37.100名前が無い程度の能力削除
良いマリアリ+でした。
40.100名前が無い程度の能力削除
あまりにも自然に動いていたから気付かなかったんだぜ
45.100名前が無い程度の能力削除
上海かわいい
50.100名前が無い程度の能力削除
やれやれしてる上海かわいい
56.100名前が無い程度の能力削除
ナイス上海!
62.100名前が無い程度の能力削除
最後まで読ませていただいて、シャンハーイで一気に力が抜けました。
いい意味で。

面白かったです。
71.100I・B削除
これは素敵なマリアリ。
上海も、アリスも魔理沙も可愛くて、和みました。
面白かったです!
72.80名前が無い程度の能力削除
シャンハーイ
75.90おちんこちんちん太郎削除
上海人形視点ということで、一風変わっていますね。 面白かったです。
77.90名前が無い程度の能力削除
最初はマリアリだったのに、気がついたら上海を愛でていた…