アリスの大好物が豆大福だったとする。
別にそれは何らおかしいことではない。
実際そうかもしれないし、反対に豆大福に対して何のこだわりもないかもしれない。
しかし、少し異様な感じがする。
アリスがあの綺麗に整った顔立ちで何か憂い気な表情をし、
あらゆる小物にもこだわりを持ち整理整頓された小綺麗なあの部屋で
紅茶を味わいながら豆大福にかぶりつく姿。うーん、しっくりいかない。
そんなアリスは嫌だ。アリスはスコーンとかマカロンとか好きであって欲しい。
チルノの趣味がダーツだったとする。
うん、もう言わずもがな似合わない。
今日はちょっとブレ気味ね。ブルに嫌われてるわ、とかキャッチ安いわ。今日はダメダメね、とか
言っているチルノはなんか違う。そんなの私はチルノだと認めない。認めたくない。
頼むからチルノはカエルとか凍らせててくれ。最強とか言ってろ。その方がお前らしい。
つまり、私が言いたいのは「相応」であって欲しいということだ。
「相応」で無いものはなにか納得がいかない。ムズムズする。
カリスマの塊であるレミリアの好物が牛丼だったり、賢将であるナズーリンの趣味が戦隊物ごっこだったりしたらたまったもんじゃない。
皆ちゃんと自分にあった「相応」な考えを持ち、行動してほしい。
その点私は魔法使いだから黒い服も着るし、箒にもまたがる。それが魔法使い「相応」だから。
しかしその「相応」、つまりふさわしさというのは時と場合によって変わる。
先日、いつものごとく茶をたかりに神社に行った時のことだ。
代わり映えもなく小さな鬼が瓢箪片手に酔っ払っていて口を開けて寝転び、霊夢が茶を飲んで煎餅をばりばり頬張っている。
これが博麗神社「相応」だな。
だがしかし、異なる点が一つ。
いつも霊夢が寝癖を直すためだけにある鏡台の前に、化粧道具が置いてあったのだ。
私は化粧はしないが、アリスが家で化粧をしているのを見たことがあったのでわかった。これは化粧道具だ、と。
激しく動揺した。霊夢が? 化粧? どうして。
私は迷う。この事を霊夢に問いただすべきか。
迷う、悩む。
結局夕ご飯の時間まで悩む結果となる。
ちなみに神社に着いたのは昼頃だったので6時間近く私は悩んでいたことになる。
思い切って聞いた時には、既に食事も終了間近。
「……な、なあ、鏡の前にあるのって化粧道具だよな」
「そうよ。ほら、この前甘味屋のとこの娘さんが結婚式をここであげたでしょ。
そしたら甘味屋の女将さんがあんたも頑張りなさいよ、ってあれ一式もらったのよ。別にいらないのに」
霊夢は興味なさそうにほうれん草のおひたしを箸でつつく。
だが私は、先ほどの化粧道具が少し使われていたことを知っていた。
それに食事を取るために霊夢と向い合って座った時、霊夢の頬が少し人工的な朱に染まっていることにも気づいた。
興味ないふりをしているが霊夢はほんのり化粧をしている。
そしてついさっき、霊夢の様子を見に行った時だ。
霊夢の顔貌はいつもより大人びて見えた。
多分今度は目の周りにも何かしたのだろう。目元がいつもより明るく見える。
霊夢が化粧。それは相応か否か。
以前だったら笑って馬鹿にしたかもしれない。お子ちゃまが何をやっているんだと。
しかし今は違う。私と霊夢は少女とも、それ以上の女性とも言えない時期だ。
実際、私たちより少し年上であろう咲夜や早苗は化粧をしている。
あいつらがどのくらいから化粧をし始めたかはわからないが、女性たる者いずれ必須になるものだと私は思う。
霊夢とは小さい頃から一緒にいる。あいつの癖だって把握している。だからわかる。
霊夢は私より一歩先に大人に、大人の女性「相応」になろうとしている。
そしてここまでモノローグでありプロローグ。
悩んでもしょうがない。
私は困ったときのアリス頼み、ということで同じ魔法の森居住のアリスの家を尋ねた。
汝自身を知れ。果たして私は化粧をする相応の女なのか。
「よう、邪魔するぜ。少し聞きたいことがあってな」
「いらっしゃい。ちょうど私も外から帰ってきてティータイムよ。まさか狙ってきたの?」
決してそういう訳ではないが頷いておく。それがなんとなく私っぽいからな。
ランチョンマットを敷いたテーブルに置かれる紅茶と大学芋。
ん? 大学芋?
「これ、どうしたんだ」
「貰い物よ。美味しいからどうぞ。紅茶には合わないかもしれないけど」
そうか、それなら納得。
うん、パリパリしてて美味い。甘さも控えめだしいくつでもいけそうだ。
菓子も味わったところで、本題を切り出そうか。それともアリスから聞かれるのを待つべきか。
「そういえば」
アリスは大学芋を咀嚼しながら喋り始める。意外にマナーがなってない奴だ。
お前はもっと上品であれ。その方が似合っているぞ。
「なんだ、飲み込んでから喋れよ。行儀悪い」
「……んく。あんたに行儀云々言われるとは思ってもみなかったわ」
「それでなんだ? 天気の話か?」
「なにそれ。いや、最近霊夢の様子がおかしいな、って。気づいてた?」
やはりアリスから見てもあの霊夢はおかしいか。
急に知人の変化を見るのは誰でも驚くからな。
「あぁ、知ってたぜ。私もそのことを聞きに来たんだ」
「そうなの?」
「それで、私も化粧をするべきなのかな」
アリスの大学芋が刺さったフォークを握る手が止まる。
意外だったのか? 化粧するのが、私相応じゃなかったのか。
「別に、いいんじゃない? 似合ってるわよ」
「……本当か? 私、相応かな」
「そんなこと気にしてたの? 全く気にすることないわ」
ふむ、私は気付かないうちに少女ではなくなっていたようだ。
なにか寂しい気がするが、これはこれで喜ばしい。
魔法使いたるものいつまでも子供でいられない。
こう、腰回りがしゅっ、としないもんかな。しゅっ、と。
そんでこう、胸もでっかくなって男どもを一目で魅了し……
ってこれはなんだ。魔女かそれとも淫魔か。
「それで、だな。私はまったくもって化粧などしたことがない」
「そうね、見たことないし。……嫌よ、めんどくさい」
まだ何も言ってないのに嫌がられた。
質問さえしてないのに否定されるとはこれいかに。
「アリス」
「何? 別に私じゃなくたって化粧をしている人なんていっぱいるじゃ」
「実はこんな本を持っていてな」
「まずは化粧水からね。人里に向かいましょう。あそこの化粧屋ならよく行くから勝手がわかるわ」
現金な奴。こんな時のために『人形繰りの歴史 ~あるるかん編』を持って来といて良かった。
物で釣られるとはこいつも以外にアレなんだな。まぁなにとは言わないけど。
なんやかんや私とアリスは人里の化粧屋に到着した。
途中、アリスは化粧水と乳液についての違いを説明してくれていたがあまり覚えられなかった。
なんで下地が二種類必要なんだよ。一個にまとめてくれ。
私が心のなかで誰かに訴えていると化粧屋についた。
化粧屋はなんとも言えない匂いがする。苦手な匂いだ。
「どうしたの?」
「変な匂いだな。うー、くさいくさい」
「これぐらい慣れなさい。これから一生来るところよ」
一生か。
それにしてもキツイ。
何で私がこんな目に……って私相応になるためか、しょうがない。
あ、香水も売ってるからこんなに匂うのか。
「うーん、どうしようかしら。魔理沙、こっち向いて」
なんとなく私には居心地が悪い場所だ。
このまま振り向くのもつまらない気がして顎をしゃくらせてみた。
「っ、くくっ……何その顔…… もう、普通の顔見せて。 ……うん。貴方素材はいいのよね。じゃあアレにしましょ。ナチュラルメイク」
確か初心者はナチュラルメイクなんだよな。本で読んだことあるぜ。
美少女は素材を活かすためにナチュラルメイク。
まぁ私にも詳しいことはわからないからもう全部アリスに任すか。
私はアリスの操りにんぎょうー。
「ファンデはこれにしようかしら。そうそう乳液も忘れないで買わないと。あ、魔理沙、眉毛のはさみ持ってる?」
「もってないー 全部買ってー」
なんだ眉毛のはさみって。
もしかしたら、まつげのはさみやもみあげのはさみもあるかもしれない。
いろいろな用途があるんだよ。はさみだもの。
「口紅は…… これはさすがに好みの問題ね。ねぇ魔理沙」
「あー、口紅は要らない。飯の時に気を使いたくないからな」
「あらそう。じゃあこんなものね。これください」
ちーん、とレジが私に値段を告げる。
げっ、結構するもんだな。
流石大人は金がかかる。
アリスが全部払ってくれたらいいのに。大人なんだから。
あーでかい出費だなあ。これだけあったら美味いもの食えたぜー
休まずそのままアリスの家へ。
私が言い始めたことなのに疲れてきた。アリスのほうがノリノリじゃないか。
そして私はアリスのキャンバスになる。
「なあ」
「ほら、動かないで。ちょっと、眉毛上げて。ぶっ、顎はしゃくらないでいいの」
退屈だ。なんとなしに顎をしゃくらせてみる。
というかアリスがやったら意味ないじゃないか。
あー眠くなってきたー
お、それが眉毛のはさみか。変な形。
ひまだー
眠いー……
「はい、完成! 我ながらよく出来たわ。私、人をメイクする才能あるかも」
はっ、出来たのか。ついうとうととしてしまった。
それにしても人の顔をいじくっといて「完成」は酷いんじゃないか。
もっと違う言い方はあるだろ。「成功」とか。……あんまり変わらないか。
……と、おう。
「ほー」
「どう? あまり派手ではないけど結構変わったでしょ」
鏡には絶世の美少女、もとい美女が映っていた。
こんな美しい人間が幻想郷に存在したなんて。まぁ私なんだけど。
「やるじゃないか、アリス。これはまるで生きるコノハナサクヤビメだ」
「それって神レベルってこと? よくそこまで自分を褒められるわね。これを自分でできるようになりましょうね」
ふむ…… 確かにこんなになるならおしゃれにハマってみてもいいな。
だけど自分でやるとなるとだるいな。毎日やらなきゃいけないのか。
「サンキュ、アリス。ちょっと霊夢……は、まだいいや。パチュリーに見せてくるぜ」
「いってらっしゃい。本は置いてきなさいよ」
ちっ、覚えていたか。
まぁいい。その約束だからな。
せっかくよく出来たんだからもったいない。
いろいろな人にみせてこよう。
――――――――――
「うぇーい」
「え、あら、ほう、やや、こいつは」
「なんだ喋れなくなったのか門番。ちょっとパチュリーにこの顔見せてきていいか」
「へー、なかなか。ふーん」
どうやらこの門番は会話というもっとも便利なコミュニケーション方法を放棄したようだ。
ふむふむ言いながら門を開けてくれる。これから化粧をすれば開けてくれるのかな。化粧ってすごいな。門を開けられるなんて。
「おーい、パチュリー。私だ」
「私という名の知り合いは私にはいないわ。そもそも私という…… 魔理沙?」
「そうよ、うふふ。似合う?」
パチュリーは私のあまりの美しさに言葉を失ったのか口をあんぐりあけている。
それとは関係ないけど私もなぜか変な汗が出てきた。なぜだろう。uhuhu
「へえ、貴方もおめかしするような歳なのね。少し驚いたわ」
「パチュリー様、紅茶を…… ってあら」
パチュリーが珍しく素直に褒めるのでなんとなく顎をしゃくらせてみる。
咲夜が来たのは私の見えない魅力にひきつけられたからかな。
こいつはこいつでいつもの化粧顔だ。化粧顔っていうのも変な感じがするが。
咲夜がメイクを取ったらどんな顔になるんだろう。
見てみたい気もする、メイドの秘密。
「いいじゃない。それどこのファンデーションよ。ていうか何よその顎」
「おお! それそれ!」
「な、何」
咲夜が紅茶を入れながら何気なくした質問に反応してしまう。
これぞ大人の女性の質問。それどこの化粧水? いい感じねー えーそのリップ綺麗ー どこで買ったのー? 人里ー?
しみじみ感じてしまう。私はもうその段階に来てしまったのか。
もう、子供には戻れない。
さて、霊夢のところに行くか。
あいつに私の魅力を見せつけてやろう。
そうと決まれば。
「私、霊夢のところに行ってくるな! だから悪い、紅茶は次来た時用に取っておいてくれ」
「いや、そもそも用意してなかったんだけど……」
咲夜がなにか言ったけど私は気にせず箒に飛び乗り神社へ向かう。
帰り際、門番が私の顔を見てまだうんうん頷いていたので一発ぶっぱなしておいた。
「あー! あー、あ?」
門を離れてすぐにチルノに出会う。
全く、会話できない奴が多くて困る。
こいつ、わかっていないな。
「あれー? 魔理沙? んー、違うか。魔理沙はそんなに綺麗じゃないし、顎はしゃくれてない。いいや、ばいばい」
急に突っかかってきて一人で納得して悪口言うなんて自分勝手な奴だ。
私は氷精の後ろ姿に魔砲を放つ。大丈夫、控えめにしたから。
さ、神社神社。
――――――――――
今はもう夕方、博麗神社。
本日二回目となる神社は夕焼けで赤く染まっている。
霊夢は今頃境内を掃除をしてるか、縁側でお茶を飲んでるかだな。
というか霊夢のそれ以外の姿はあまりみたことがない。他の作品でも。
……ん? あれは、アリスか。霊夢と何か話しているみたいだ。
「よう、アリス。本を読んでるかと思ったんだが」
「げ、魔理沙。パチュリーのところに行ってると思ったんだけど」
げ、ということは私に内緒でなにか話していたのだろう。
分かりやすい奴め。霊夢は私を見てはっとしている。
あら、お化粧に気づいたのかしら。褒めていいのよ。
「ごめん、アリス。二人で話させて」
「あー、はいはい。じゃあ私は中にいるわよ。勝手にお茶でも飲んでるわ」
そういってアリスは神社の中に入り、ふすまを少し開けてこちらの様子を伺っている。
あれは、ツッコミ待ちなのか。そうなのか。
「ふぅ、アリスは行ったわね」
いや、すごい覗いてるけど。
伺われてるけど。
「アリスから聞いたわ。魔理沙、気づいてるんだって?」
「あぁ、まあな。そんなもん、見りゃわかるだろ」
というか見られるために化粧してるんだろ?
霊夢の頬は一目見てわかるほど赤く染まっていく。なんだ、息でも我慢してるのか。
それはどうでもいいが、私も化粧してるのに言ってくれないな。少し寂しいな。
「そう、じゃあ、改めてだけど言うね。貴方が好きなの」
まず、私の体がした反応は腰が抜ける、だった。
感情よりも先に体が動くなんて初体験だ。
そして遅れてやって来るのは感情。驚愕、焦燥、羞恥、疑問。
は? え、何がどうなってこうなった。好きだって?
「それでね、別に返事をくれってわけじゃないの。伝えられただけで、今は満足。えへへ」
以前とは比べものにならない程、大人びた顔で笑う霊夢。
な、誰だこいつ。
やば、可愛いすぎる。いや、綺麗過ぎる。
うわーマジかよ、霊夢。てか誰だよこいつ綺麗だな。
「魔理沙も今日は化粧してるんだね。似合っているわよ…… うん、可愛いわ」
駄目だ、嬉しい。
嬉しいけど訳が分かんなすぎて今ものすごい表情をしているんだろうな私。
まて、整理しよう。何故こうなったか。
アリス、アリスだ。困ったときのアリスだ。
私はアリスが覗いているだろうふすまの方に顔を向ける。
ふすまがかたんと動く。ちょっとこちらに来いとジェスチャーで伝える。
「どうしたの、魔理沙。あっちになにか……」
私は、ぱぁちぃぃぃんと霊夢に思い切り猫騙しをする。
目を白黒させる紅白。よし、これで三分間は大丈夫だな。
「おい、アリス、ちょっと来い」
「なによ。せっかくいいところだったのに」
「どういうことだ。今どうなっている。私は今暗がりの中で耳と鼻をふさがれて彷徨っているようだ」
「どうなってるって…… 私はただ魔理沙が霊夢のこと気づいたわよ、って伝えただけよ」
「化粧のことだろ?」
「そうよ。霊夢が最近化粧するようになったのは貴方に綺麗に見てもらいたいから、ってことよ」
「……え?」
「え? 違うの」
…………うん。
なるほど、ふむ。
「だからあんたも化粧したかったんでしょ? 霊夢の事好きだから、霊夢にふさわしくなるために」
よし、わかった。
つまりこうだな。
霊夢は私が好きで綺麗に見てもらいたくて適当な理由をつけて化粧をする。
私は勘違いして霊夢は大人の階段を登るべく化粧したと思う。
アリスもまた、霊夢の化粧の理由と私の化粧の理由のズレを知らずに勘違いする。
それを勘違いしたまま霊夢に伝えてこうなった。
うん、納得がいった。
「なんだ、私の勘違いだったのね」
「そうだ。よしアリス、神社に戻ってお茶でも飲んでろ。今度は覗くんじゃないぞ」
「わかったわよ、そういう事だったのね、良かった。お茶でも飲もうかなーっと」
アリスが再びに神社に戻る。もちろん、ふすまは少し開いていた。
あとで覚えておけよ。
……ふむ、それにしても私の気付かないところで霊夢と両思いにされているとは。
どうするべきか。私は霊夢の事をそういう目で見たことがないからな……
「はっ、なによ魔理沙、びっくりするじゃない」
猫騙しの効果時間も過ぎてしまった。
これはピンチだ。まだ結論は出ていない。
「あ、それでね。今日はうちに泊まっていかない? ほら、お布団並べてさ。夜遅くまでお話ししましょうよ」
どうやら私の貞操もピンチのようだ。
今の霊夢に迫られたら私は拒否出来ないかもしれない。
ちくしょう、綺麗だな。
「じゃあご飯にしましょう。せっかくだしアリスとも一緒にね」
とりあえず時間の猶予は出来た。
さて、これからどうするのが正解か……
――――――――――
「じゃあ霊夢を化粧したのもアリスだったのか」
「えぇ。霊夢もメイクしがいがあったわ」
「私は何も分からなかったからアリスの操り人形になっていたわ。眉毛用のはさみなんてあるの初めて知ったし」
「私もだ。ん? 口紅はしないのか?」
「ご飯食べるとき邪魔かなーって思って」
小さい頃から一緒にいると行動や言動が似てくると言うが、ここまで一緒の反応だったとは。
アリスも気づいたのか小さく笑っている。
そうなんだよな、こいつとは小さい頃からずっと一緒だった。
だから急に好きだと言われても私は……
「ご馳走様、じゃあ私お風呂沸かしてくるから、どっちが先に入る?」
「私はもう帰」
「魔理沙、入ってきなさいよ。私は後でいいわ」
アイコンタクトでおせっかいを飛ばしてくる七色。
こいつ自分のミスを正しくしようとしてないか……?
「魔理沙、お先にどうぞ。湯加減は任せてね!」
ほら、霊夢張り切っちゃったじゃないか。アリスのバカやろう。
なんだその目は。「お礼なんかいいわ。貴方達幸せになっちゃいなさいよ、めんどくさい」ってか。
心のそこから余計なお世話だ。
「魔理沙ー 湯加減はー」
「あぁ、熱いくらいだ」
湯船に入り、この後のことを考えなくてはいけない。
顔の化粧はクレンジング(メイクを落とすこと。さっき教えてもらった)をアリスが無理矢理してくれた。
早く落とさないと肌が荒れるそうだ。
ふぅ……
このままだらだら流されてしまっては駄目だ。
多分アリスは気を使ってか風呂から上がったら泊まらずに帰るだろう。
私もその時一緒に帰ろう。そしてまずは、アリスの無駄なお世話を注意しよう。
これ以上色んな意味で世話になるわけにはいかない。
「ふぅ、もうあがるぜ。アリスー入っていいぞー」
「アリスならもう帰ったわよ。なんかあんたから借りた本読みたいんだって」
なるほど、これが絶望か。
ヤバいヤバいヤバいヤバい。
「じゃあ私も入ろうかな。はい、寝巻き」
ふーん、私が泊まることは決まってるんだ。そうなんだ。
というか何も言わずに脱衣所に入ってくるなよ。
そして服を脱ぎ始めるな。
あのままあそこに居るとまずい気がしたので居間に戻る。
机はよけられ、布団が二組敷いてあったのであえてど真ん中に寝転んでみる。
うはは、どうなるんだこれから。
って駄目だ。ここでこそ落ち着いて次取る行動を選ばねば。
ここで絶世の美女、霧雨魔理沙は四つの選択肢を導き出す。
一、このまま帰る。
ニ、霊夢が来る前に寝る。
三、実は勘違いだったと告白する。
四、諦める。
まずは一から。
これは無いな。逃避であって問題の解決にはならないからだ。
いや、この際逃避でもいい気がしてきたけど。
そしてニ。
これは最も良い選択肢だ。
結局のところこれも逃避なのだが一番後味が良い。
さっきアリスに化粧をしてもらっているときに
少し眠ったから全く眠くないという点に目をつむれば完璧な案だな。
よし、却下だ。眠れん。
お次は三。
……霊夢泣くかな。泣いちゃうかな。
それは嫌だ。
四。
だめじゃん。選択肢とか全く意味無いじゃん。
八方塞がりじゃん。
だが、現代のコノハナサクヤビメこと霧雨魔理沙ちゃんは五つ目の選択肢を思い付く。
「眠くないなら寝たフリをすればいい」これで解決だ。
えー、なんだ魔理沙寝ちゃったのか、残念。とか独り言をつぶやく霊夢を尻目に嘘を付くというのは少々心が痛むがしょうがない。
これは自分を守るためだ。
「ほら、なに真ん中に寝てるのよ。髪梳かしたいからちょっとどいて」
「あぁ、悪い悪い」
そうとなれば霊夢が来る前に布団に入り、二ッ岩もびっくりの狸寝入りをしなければならない、
筈だったんだけど意味なくなっちゃった。あはは、会話しちゃったよ。ばーか私ばーか。
ちくしょおおおおおお。
「あんたも乾かしてから横にならないと癖になるわよ……ってなに悶えてんの」
「なんでもない。この世は全てうまくいかない。この世は非情である」
「あ、あそう」
冷静になろう。
そして霊夢のことを考えよう。
見つめ直すんだ。私は、霧雨魔理沙は博麗霊夢のことをどう考えているかを。
霊夢は、私の親友だ。
たまにここにお泊りだってするし、異変解決にも一緒に行く。
人里にうまい甘味屋ができたと聞いたら、一緒にでかけたりする。
先日のバレンタインも当たり前のようにチョコを交換したし、誕生日には忘れずにプレゼントを渡す。
用がないときでも一緒に茶を飲み、駄弁る。
……確かに、傍から見たら恋人同士かもしれない。
そもそも、友人と恋人の境界線はなんなのだろうか。
あぁ、話がどんどん難しくなっていく。
逆に私が霊夢に「私もお前が好きだ。恋人同士になろう」といったらどうなるのか。
多分、なにも変わらないだろう。
まぁ、ちゅーとかなんかそれ以上のなにかとかするかもしれないけど、別に霊夢となら。
……あれ? これってもしや、私は霊夢のこと好きなんじゃないのか。
いままで意識してなかっただけで私は霊夢とそれ以上のことをしたかったんじゃないか?
まさか、いや、でも。
「魔理沙、電気消すわよ」
「あ、あぁ」
これが俗にいう「一度意識すると」って言う奴か。
霊夢…… 私は……
「今日はびっくりしたわ。アリスが報告してきてくれて良かった」
「そうか、うん……」
私はお前の気持ちに答えるべきなのか。
私はお前を好きになっていいのか。
「なんかすきま風が入ってきて寒いわね…… ごめんね、ボロ家で」
「うん。……なぁ、霊夢」
もう、いいよな。
霊夢が私の事を好きなんだ。
そして、私も霊夢のことが好きだってわかったんだから。
「なに?」
「寒いなら、私がそっちの布団に行こうか?」
「…………うん、きて」
私は霊夢に覆いかぶさる。
わかるだろ? 言葉で言わなくても。
霊夢に目で訴える。
「……何してんの。早く布団に入りなさいよ」
「あぁ。…………なぁ、目つぶってくれよ」
一瞬、顔がこわばり目をつぶる霊夢の眉は、少し震えていた。
大丈夫だ霊夢。私も少し怖い。これからどうなるのか分からない。
私も目をつぶり、霊夢に顔を近づける。
そして、お互いの顎が触れ合う。
は?
私はとっさに目を開ける。お互いの顎がぶつかり合い、唇が触れ合えない。
なにこれ、何この状況。
霊夢も異変に気づいたのか目を開ける。
多分、過去未来これ以上にない気まずい雰囲気ってやつだ。
え、なんで私も霊夢も顎しゃくれさせてんの。
いやいや、いくら小さい頃から一緒にいて反応も癖も似てるからって
お互いこのタイミングで顎がしゃくれるっておかしいだろ。
「魔理沙」
地底にまで響いただろう、はらわたをえぐるような重低音で霊夢が私の名前を呼ぶ。
頼むからいつものかわいい声で話しかけてくれ。
「なに、これ、この状況」
「え、…………キス?」
「へぇ、あんたの頭の中では顎と顎が触れ合うことをキスって言うんだ。へぇー…………」
あ、霊夢が震えてる。
緊張してるのかな。多分違うよな、いや、絶対違うよな。
「期待してたのに…… こんな時にふざけるなんて……」
「いや、霊夢、誤解だ。なんか体が勝手に、というか顎が勝手に…… そう、きっと誰かに操ら」
「顎が勝手に動くわけ無いでしょバカあああああああああああああああああああああ!!」
霊夢のビンタで部屋の端から端までぶっ飛ばされてふすまにたたきつけられる。
痛すぎて意識が飛びそうだぜ(星)
っていうかなんなんだ。
何がおきたんだ。
「もう話しかけてくんな! バカにしてるの?! 乙女心を何だと思ってるのよ!!! もう知らない!!!!」
霊夢はそう言って布団にもぐりこんでしまう。
やばい、頬が痛いだけなのに体が全く動かない。
肉体的にも精神的にもダメージを与えるのかあのビンタは。ぐぬぬ。
というか風が入ってきて寒い。せめて布団に入らな……
ん、すきま風?
お、おい、まさか……
――――――――――
風が入ってくるふすまの隙間には、二つの「人形」を操るための糸が伸びている。
「うふふ、成功成功。二人は私の操り人形。無事魔理沙は霊夢に嫌われたわね。
残念ねぇ霊夢。魔理沙は私のものなのよ。渡すもんですか」
そう、全てはアリス、彼女が操作していた。
『お化粧魔理沙と勘違い霊夢』
~全ては彼女が操作していた~
おわり
レイマリいいよレイマリ
なかなか面白かったです。
ZENRA?(ゴクリ
10点は、レイマリの2人に幸せになって欲しかった分です
決してマリアリ反対なわけじゃないですが、ラストで折られるのは泣けます
ラブコメが一気に暗転したような気分になりました
途中までいい雰囲気だっただけにすげえ裏切られた気分になったわ
負けず嫌いの化粧合戦になるのかと思ったら、
ほのぼの百合でした…じゃなかった。
乙女魔理沙のモノローグは良かったです。
「私もお前が好きだ。恋にと同士になろう」
>「私もお前が好きだ。恋人同士になろう」?
ラストはあれでしたがたまにはこんなのもいいですねw
ただオチは予想外すぎて嫌いじゃない。
誤字報告ありがとございます
こだわりと言いつつも意固地にはならず、霊夢が化粧するなら自分も……と挑戦する柔軟さやふざけて顎をしゃくってみたり、楽しげに化粧を見せびらかしたり。
魔理沙の仕草や思考そのものが、少女と大人の間にあるアンビバレンツな可愛さを余すところなく表現していたと思います。
なんですが、霊夢の告白シーンから急にその辺の魅力がストーンと落とされてしまったように感じました。
急に百合モノのテンプレート化してしまって、前半の化粧云々の行も全然生かされていないんじゃないんでしょうかね?
最初から最後まで、魔理沙の化粧初体験に焦点を当て続けて、少女達の化粧事情を知るお話とかだったら一層面白かったかなーなんて。