Coolier - 新生・東方創想話

博麗霊夢争奪野球大会「紅魔館スカーレッツ」対「魔法の森ゲットバッカーズ」 第壱話「フラン、はしゃぐ」

2011/07/11 00:11:38
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「ラジオの前の皆さんこんばんは。いつもは弾幕が飛び交う幻想郷の夜空に今宵は白球が飛び交います」
「これより紅魔館敷地内特設野球場よりお送りいたします、紅魔館スカーレッツ対魔法の森ゲットバッカーズの一戦」
「実況はわたくし射命丸文、解説は『あらゆるものの専門家』こと霧雨魔理沙さんです」
「どーも、今日は野球の専門家だぜ。……というか、お前こそ野球はわかるのか?射命丸」
「河童が良く野球をやっているのに参加してましたから、私も野球に関してはちょっとしたものですよ。毎試合のように代走屋で出場していましたし」
「……なんか、本当に『ちょっとしたもの』だな」

「おや、試合開始を前に両軍選手が一塁側ベンチ前にたむろしています。今日の球審を勤める上白沢慧音から何か講義のようなものを受けていますが……」
「あー。野球のルールがわかってない奴が多いからな。基本的なところを確認してるんだろう。打ったら一塁側に走る、とか」
「そ、その程度の野球知識で、はたして試合になるんでしょうか!」
「大丈夫。幻想郷は遊びの達人が揃ってるからな。まあ悪い試合にはならないぜ」

「正直なところ、私もいまだによくわかっていないのですが、そもそもこの試合はなんで始まったんでしょうか? 魔理沙さん」
「んー。例によってレミリアのワガママだな。『霊夢はいただいた 返して欲しければ野球で勝負しろ』って挑戦状を幻想郷中にバラまいて、釣られてやってきた馬鹿共チームと、紅魔館の身内とその他チームで、霊夢を取り合う試合をしてるという寸法だぜ」
「……わ、私より事情通がいるというのはなにか職業的に許せませんが、大変わかりやすい解説でした。ところで、問題の霊夢さんはいまどこに?」
「あー。あそこだ。センターバックスクリーンの上の方、『賞品』って書いてあるところに小さい座敷が作ってあるだろ。あそこで飲んだくれてるぜ。霊夢は」
「います!いました! 今晩の賞品こと博麗霊夢があぐらをかいて徳利を煽っています! ネット裏の放送席からでもはっきりとわかる泥酔っぷり! 尋常ならざる仕上がりです!」
「賞品扱いされてるのも、本人は酒が飲めれば気にならないらしいな」

「さて、後攻の紅魔館が守備位置に付きます。選手の紹介はウグイス嬢ならぬ夜雀嬢ことミスティア・ローレライです」
「ウグイスの合間に八目鰻焼いて売るらしいな。このあと」

  一回の表 守ります 紅魔館の選手を 紹介いたします

  ピッチャー レミリア・スカーレット様
  キャッチャー 紅美鈴
  ファースト パチュリー・ノーレッジ
  セカンド 十六夜咲夜さん
  サード フランドール・スカーレット
  ショート 小悪魔
  レフト ルーミア
  センター 河城にとり
  ライト チルノ

「名前が読み上げられるたびにメイド妖精と野次馬妖怪たちが大拍手、試合前から盛り上がりをみせております」
「一部に『様』とか『さん』が付いてるのは、やっぱりそういう命令なんだろうな」
「……では、わたくし射命丸からも改めて選手を紹介していきましょう」

「星の数ほど異変が起きても、宵の明星の輝きには及ばない。今宵もわがままなピッチングで打者をねじ伏せるのか!? 紅魔館の絶対4番で絶対エース、レミリア・スカーレット!」
「恥ずかしい紹介だなー。おい」

「門を守って幾星霜(いくせいそう)、今日は紅魔のホームを守る! 8番キャッチャー紅美鈴!」
「まあ、お嬢の球で死なないように気をつけろよー」

「その膨大な知識ははたして野球に通用するのか!? 5番ファーストにたたずむ月見草、パチュリー・ノーレッジ!」
「あんまり無理すんなよー」

「守備範囲にヒットを許さない完璧な守備はまさに『私の世界』、瀟洒な打撃で野球通をうならせる、2番セカンド十六夜咲夜!」
「お嬢のわがままにつきあうのも大変だな。本人は楽しそうだが」

「地下に眠る紅魔館の秘密兵器は、今日は何を破壊するのか! 3番サードに踊る悪魔の妹、フランドール・スカーレット!」
「ん。楽しんでこいよ」

「いつもは司書だが今日は6番ショートストップだ! 髪はロングの遊撃手、小悪魔!」
「なんかうまいこと言ったつもりなのか。それは」

「7番レフトだから背番号は7なのかー! 打球に喰らいつく好守を見たい、ルーミア!」
「まあ、外野連中は正直寄せ集めだけどな」

「なぜだ河童だ1番センターだ! 超妖怪核弾頭の実力はいかに、河城にとり!」
「野球場作るのに連れてこられて、そのまま選手にされたらしいな」

「打ったら三塁方向に走らないことを祈るばかり、9番ライトのお馬鹿妖精、チルノ!」
「紹介じゃないだろ。それは」

「マウンドではレミリア投手の投球練習が行われています。さて、この野球場ですが、改めて見ると、非常に特徴的な……というか、妙な形をしていますね? 魔理沙さん」
「まあ、紅魔館のだだっ広い庭の隅っこを無理矢理野球場に改装したからな。元々あった外壁をそのままフェンスに使ってるからフェンスにバラが生えてるし、右中間はフェンスまで90メートルそこそこなのに、左中間は130か135メートルはあるぜ。まあ、フランドールにレミリアと左の強打者に有利に作ったとしか思えないんだけどな。あと、センター左に外壁のカドが来てるから、あそこに打球が当たったらどう跳ねるか全く見当が付かないし、……ま、とにかくムチャクチャな球場だな」
「えー。球場も悪魔的だということは大変よくわかりました」
「あ、内外野とも天然芝だから選手に優しいぜ」
「それ以外の優しくなさで、差し引きは大幅なマイナスですね」

「……えー。なんかしっくり来ないということでレミリア投手が長めに投球練習を行っているので、先攻の魔法の森側の選手も紹介して参りましょう」
「わがままだなー。相変わらず」

「式の式なら式も同然、その実力は侮れない。グラウンドを飛翔する毘沙門天、1番ライト橙!」
「なんか、ネズミのほうの毘沙門天の紹介に聞こえるな」

「空気を読んでチャンスを作るか、あるいは電光石火の一撃か。2番センター永江衣玖!」
「天子を連れ戻しに来たんだが、一緒に試合に出させられてるらしいな」

「七色の魔法使いはやはり七色の変化球を操れるのか? 3番ピッチャーアリス・マーガトロイド!」
「レミリアの挑発に最初に乗ってきたのがアリスらしいな。チーム名が『魔法の森』なのもそういうことらしいぜ」
「あ、そういえば、魔理沙さんはなぜ選手として参加しなかったんですか?」
「パチュリーの図書館で夕方まで本を読んでたら、外でいつの間にか試合が始まってたんだ。本を読んでると時間が経つのが早くてなー」
「……そ、そうですか」

「紅魔の吸血鬼がエースだろうと、伊吹の鬼は飲んでかかる! 4番レフト伊吹萃香!」
「あー。ベンチで飲み始めてるな。まあ、萃香だからいいのか」

「お祭り騒ぎに有頂天娘が空から振ってきた。今日はグラウンドの要石、5番キャッチャー比那名居天子!」
「リードはまるっきりらしいが、妖怪連中に当たり負けしないキャッチャーってことで座ってるんだとさ」

「守矢神社の現人神も、今日は普通の野球少女だ! 6番ファースト東風谷早苗!」
「あ、言われるまで気づかなかったぜ。早苗もいたのか」

「長幼の序をわきまえたか、三姉妹の中ではトップバッター。鬱ならまかせろ、7番ショートルナサ・プリズムリバー!」
「魔法の森は内野三人がチンドン屋三姉妹だな」

「ムードメーカーは躁力ならピカイチ。8番セカンドメルラン・プリズムリバー!」
「二遊間とサードは三姉妹で固められてるからな。息のあった連携が見られそうだぜ」

「必要とされているからここにいる。9番サードリリカ・プリズムリバー!」
「サードは強い打球が来るからな。重要だな」

「さて……これで両軍の選手を一応紹介したわけですが、ベンチにはまだ見知った顔が何人もいますね? 魔理沙さん」
「ああ、急に人を集めたもんだからお互いベンチ入りのメンバーが決まってなくてな。追加のメンバーは試合中に発表するんだとさ」
「野球としてはかなりいい加減ですが、これが幻想郷のやり方です!」
「さて、レミリア投手の投球練習はとっくに終わり、試合前のお茶も飲み終わっていよいよプレイボールです」
「マウンドはお前の庭か! 庭だけどな!」

「バッターボックスには1番ライトの橙、左打席に入ります」
「足はあるからな。出塁できれば面白いぜ」

「球審慧音のプレイボールの声がかかりました!」
「ピッチャーレミリア、第1球投げた! おっと体に近い! 橙が体を引いて避けるが……判定はストライク!」
「おお、いきなりインコースからスライダーでえぐって来たか。えげつないぜ」
「小さな体から腕を一杯に伸ばして投げる左のサイドスローのレミリア、今見た限りではかなりキレのある球を投げ込んでいますね?」
「投球練習を見た限りでは、今みたいな速いスライダーと遅いカーブ、あと直球自体もシュート回転してるから、どの球もなかなかアクが強くて打ちにくそうだな」
「……なんかアホみたいなことばっかり言ってるようで、ちゃんと見てたんですね? 魔理沙さん」
「失礼だな、お前」

「レミリア第2球投げた! 外角ゆるい変化球、橙見送って……ストライク! 球審の上白沢慧音の右手が挙がりました」
「まあ、抗議なんてしたら即頭突きだからな。文句は言えないな」
「私がルールブックだと言い切られても違和感のない球審上白沢、迷いのない判定です」

「追い込んだレミリア、第3球投げた! ……高め直球空振り三振! 先頭の橙を三球三振で斬って取りました!」
「レミリアは身長が低くてしかもサイドスローだから、高めの球は浮き上がる感じになるんだよな。あの球筋は初見じゃなかなか打てないぜ」
「ベンチでは橙のヘルメットを八雲藍が外してあげています。まさに保護者といった雰囲気の八雲藍、このあとの選手登録はあるのでしょうか?」
「相変わらず過保護だなー」

「さて、打席には2番センター衣玖、少し考えて右打席に入ります」
「妖怪や天人には右も左もどうということはないんだろうが、左投手なら右打席に入った方が球が見やすいってことだろうな」

「腕を一杯に伸ばして投げるレミリアですから、球の出所は比較的見やすいと言えるでしょうか?」
「いわゆるアーム式の投球フォームだな。まあ、出所が見えたところでそう簡単に打てる球じゃないし、あえて見せつけてる部分もあるんじゃないのか。レミリアの性格的に」
「その挑発的な投球フォームから第1球投げた! 直球高め……わずかに外れてボール」
「美鈴はノーサインで好きに投げさせてるな」
「あ、そういえば普通のバッテリーとなにかが違うと思っていましたが、サイン交換がありません」
「まあ、サイン出されてその通りに投げるレミリアでもないだろうけどな」
「第2球投げた! 内角切り込んだスライダー……これもボール! 衣玖は微動だにせず見送っています」
「なんか力の入ってないふわーっとした構えだな。衣玖は」
「不満げなレミリアをなだめるように、キャッチャー美鈴が声をかけてボールを返します」
「すぐ投球に入るレミリア、0-2からの3球目、投げた……真ん中直球ストライク!」
「カウントがピッチャー不利になったからな。次も力押しで来るんじゃないのか」
「4球目、投げた! 真ん中高めストライク!浮き上がるような球筋でした」
「普通の投手なら『低めに丁寧に投げろ』って言われるが、レミリアの投げ方じゃ低めは角度が付かないからな。直球はむしろ高めに投げた方が良さが出るだろうな」
「2-2と追い込んで第5球。投げた! 見送って……ストライク! 見逃し三振は外からのスライダーで奪いました!」
「結局、衣玖は一回もバットを振らなかったな」
「3塁側のベンチでは天子が何か叫んでいますが」
「んー『バット持ってるんだから振りなさいよ!』だな。読唇術だが」
「信じていいんでしょうね? その読唇術」
「私はあらゆるものの専門家だぜ?」

「とにもかくにも簡単に2アウトを取られた魔法の森ですが、3番アリスは左打席に入ります」
「前の二人を見てあえて左に入るわけだから、何か考えはありそうだな」
「そのアリスはどんな打撃を見せてくれるのか。おや、ベースギリギリに近づいて、上体を軽くベースにかぶせるようなフォームです」
「外角に逃げるスライダーやカーブは打ちやすいだろうが、内角はアレじゃさばけないだろうな。ましてや直球が抜けたら避けられないぜ?」

「そのアリスに対して、レミリア第1球投げた! 内角にえぐった! おっとバットに当てて打球はフラフラっとレフトの前、ルーミア前進前進……飛びついたが捕れない! 打球が転がる間にアリス1塁を蹴って2塁に向かう、バックアップのセンターにとりが拾って投げられない、ツーベースヒット! 魔法の森の初安打はアリスから生まれました」
「これはもう、完全にアリスの注文通りだな」
「……と言いますと? 魔理沙さん」
「あのアリスの打撃フォームは『内角に投げられるものなら投げてみなさいよ、ちょっと抜けたらデッドボールになるわよ?』って挑発だぜ。その挑発にまんまと乗ったレミリアの奴は、橙に投げたのと同じ内からえぐってストライクゾーンに入るスライダーを投げたんだが、アリスは投げる瞬間にベースから一歩離れてたな。つまりアリスにとっては内角の甘い球が来たことになるわけだ。あとはボールに逆らわずにレフトに流せば、まあヒットを打つことはそんなに難しくはないだろうな」
「ボールがぶつかりそうになったんで、アリスが適当にバットを出したらレフト前に落ちた……ように見えますが、違うんですね?」
「そ、そんなことはないんだぜ」

「さて初回から得点圏にランナーを進めた魔法の森、4番レフト萃香が右打席に入ります」「あ、バットに酒しぶきをかけたということで、球審上白沢に注意をうけています」
「萃香にとって酒は体の一部だから、あのぐらいは許してやってほしいけどな」
「そ、そんなものでしょうか? しかし先ほどのアリスの弱い当たり、結果は2塁打ですが普通はシングルヒットになりそうな打球でしたね? 魔理沙さん」
「ルーミアも無難に前に落とせばシングルヒットだったんだけどなー。ダイビングは余計だったな。出番が少ないと思ってはりきりすぎたか」

「レミリアは2塁を見向きもせずに投球動作に入ります。第1球投げた! ……ゆるーい変化球で萃香は大きな空振り。ストライク!」
「萃香が力んでるのを見て、ゆるいカーブでタイミングを外しにきたな。さっきの挑発に乗ったレミリアと同じ投手とは思えないぜ」

「レミリア第2球投げた! 外の球打って……ファウル。ライトスタンドに入ります」
「外からのスライダーだな。一応ピンチだから、慎重にカウントを整えて来てるようだぜ。基本が馬鹿なお子様なんだけど、要所要所で機転が利くのがレミリアだな」
「い、いいんですか? 紅魔館には魔理沙さんもよくお世話になっているのでは?」
「どうせこんな放送は本人達は聞いてないから問題ないぜ」

「レミリア、追い込んで第3球投げた! 緩いカーブを打って引っ張った当たり! レフトポール際……切れた! ファウル! 大きなファウルにスタンドが一瞬ざわめきました」
「コースは内角のボール球なんだけど、強引に打っていったな。まあ打ってもファウルのコースだぜ」
「萃香はホームランと確信したか、一度バットを投げてしまいましたので拾いにいきます」
「あー。これは相当かっこわるいなー」

「頭をかきながら戻ってきた萃香に、レミリア第4球、投げた! 高め直球空振り三振! 魔法の森初回のチャンスを逃しました」
「完全にボール球なんだが、さっきのファウルで気が抜けちまったっぽいな。萃香は」

「さて、攻守交代で魔法の森の各選手が守備位置に付きます」
「夜雀嬢のミスティアの選手紹介は……おや? ないようですね」
「さっきライトスタンドのほうで焼きヤツメ売ってたからな。忙しいんじゃないのか?」
「萃香のファウルのときに何か煙が見えたような気がしましたが、ミスティアでしたか」

「マウンド上では先発のアリスが投球練習中です」
「天子や萃香など、力のある球を投げそうな選手は他にもいますが、なぜピッチャーがアリスなんでしょうね? 魔理沙さん」
「まあ、レミリアの『野球しようぜ!』って誘いに最初に乗ってきたからじゃないのか? だいたいのメンバーはアリスが声をかけて連れてきたって話だぜ」
「……失礼ながら、あまりそういう図が思い浮かばないのですが」
「いやまあ、私も思い浮かばないんだが、極秘の交渉術とか使ったんだろうな。たぶん」

「そのアリスですが、投手としてはどんなタイプでしょうか? 魔理沙さん」
「投球練習を見る限りでは、ごく普通の右投げオーバースローですが、やはり変化球を主体にかわすピッチングでしょうか?」
「これが、なんとも言えないのがアリスだな。相手に合わせて投げてくるだろうから、振り回す相手にはかわすピッチングだろうし、慎重に見極めてくる相手にはどんどんストライクを取ってくるとか、そういう投球なんじゃないか?」
「なるほどー。やはり長いつきあいがあると、そのへんも良くわかっているわけですね? 魔理沙さん」
「いやまあ、それはそれだな。うん」

「さて、紅魔館の攻撃は、『超妖怪核弾頭』こと、1番センターにとりからです。バットに怪しい仕掛けがないか、球審上白沢が入念にチェックを行っています。……今チェックを終えて、にとりが左打席に入りました」
「絶対に『核弾頭』ってキャッチフレーズだけで1番やらせてるよな。にとり」

「さて魔法の森バッテリー、初球のサインは……あ、ありません? こちらのバッテリーもノーサイン投球なのか?」
「天子がサインとか覚えるとも思えないしな、『投げたら捕ればいいんでしょ?』ぐらいの気楽な気持ちなんだろう。たぶん。実際捕っちまうだけの身体能力はあるだろうしな」

「さてアリス、ノーワインドアップから第1球投げた! 外角直球見送って……ボール」
「糸を引くようなストレートでしたが、外角わずかに外れました」
「まあ、アリスだけに糸を引くような球筋というわけか。アリスだけに」

「えー。特にプロテクターもつけず、いつもの桃帽子に七色スカートで気楽に構える比那名居天子。ミットは真ん中に構えています」
「本当はミットも要らないとか言ってそうだけどな……って、さっきの無視するなよ」
「さてアリス第2球投げた! 内角直球引っ張った! ……が、一塁線右に切れてファウル」
「最初から変化球ではかわさずに、強く直球を投げてあとは流れで討ち取るつもりかもな。アリスは」
「ではこちらも力で打ち返しますよー、と言わんばかりに、一度打席を外してブンブンと二度素振りをした河城にとり、バッターボックスに戻ります」
「力めば力むほどアリスの術中だとは思うけどな」
「アリス第3球投げた! 今度も内角打って、ファウル! 低めの直球を打って打球は天子に当たりましたが……」
「どうということはないな」
「まさに文字通りの鉄面皮。恐るべきは天人の耐久力です」

「アリスはここまでストレートを3つ続けて追い込んだから、決め球としては変化球が欲しいところだけどな」
「さて、そろそろ変化球はあるのか? 1-2からの第4球投げた! 外角抜いた球……打った!打球が伸びて、伸びてセンターフェンス直撃! あっと打球がフェンスのカドで大きく跳ねてレフト後方へ、センターのバックアップに回っていた萃香が慌ててレフトポール際まで走って戻る! にとりは二塁を回って三塁まで行く! ボールは中継ショートに返しただけ、3ベースヒット!」
「紅魔館、初回いきなり3ベースヒットで絶好の先制機を作りました」
「にとりは内角を引っ張ることしか意識がないと見せかけておいて、最後は外角のチェンジアップを腕をいっぱいに伸ばしてうまくすくったな。河童らしい姑息な技術を見せてくれたぜ」

「おっと? アリスから球審上白沢になにか抗議があるようです」
「『チェンジアップを打ったとき、にとりの腕が伸びてたんじゃないの?』だな」
「魔理沙さんお得意の読唇術が出ました! 上白沢はとくに取り合わず、試合続行です」
「まあ、バットに仕掛けをしたわけじゃないし、これは許される範囲内だな」
「妖怪の能力は使っても構わない……と。 なら、フライを飛行して捕るのも許されますかね?」
「あん? 何言ってんだ射命丸? そんなの許されるわけないだろ!」
「お、怒らないでくださいよ……。 常識に囚われない幻想郷野球、何が起きても不思議はないということでしょうか」

「ともかく、いきなりピンチを背負った先発アリス。バッターボックスには2番セカンドの咲夜が右打席に入ります」
「何でもできるって意味ではにとり以上のものがあるからな。面倒な打者が出てきたぜ」
「アリス第一球投げた! 内角これは当たったか!? ボールは転々と咲夜の前に転がりますが……おっとにとりが突っ込んでくる! ホームを踏んだ!? 今アリスが慌ててボールを拾って1塁早苗に送球、咲夜はスカートを広げて一礼、ベンチに帰りますが……これはいったい?」
「スクイズだな」
「仕掛けておいた私のカメラで高速連射したものがありますので、もう一度見てみましょう」
「便利だな。それ」
「アリスが内角厳しいところに投げたボール、咲夜がのけぞって避けたように見えますが……」
「バットのグリップに当てて転がしてるな」
「あっとたしかにグリップです! デッドボールではありません! フェアグラウンドに転がりましたから当然これはインプレー」
「アリスは完全にぶつけたと思って謝ってるな。天子はそもそも何が起きてるかわかってない顔だぜ」
「バッテリーの動きが止まっている間に、3塁からにとりが走り込んでホームイン。これで1点が入っています。アリスが気づいて慌ててボールを拾いますが時すでに遅し。スクイズ成功です」

「まあ、これは咲夜の演技力で入った1点だな。慧音はちゃんとグリップに当たったのを見て『フェア』って宣言してるんだが、咲夜がバットを置いて手をさすってるもんだから、アリスも天子も完全に当たったと勘違いさせられてるぜ」
「相変わらず、いろんな意味で人間離れしたところを見せてくれる瀟洒なメイド! 十六夜咲夜のスクイズで紅魔館が先制しました!」
「静まりかえっていたスタンドも、今ようやく歓声が起きました」
「観客は誰も何が起きたかわかってないと思うけどな」

「釈然としない表情のアリスですが、立ち上がりいきなり失点してしまいました」
「1アウトランナー無しと変わって、迎える打者は3番サードフランドールが左打席に入ります」
「集中して投げないと、一発どかーんがあるから要注意だな」
「試合前の練習では、素振りでバットが折れたという規格外の壊し屋っぷりの伝わってくるフランドールですが、この打席ではどうか」

「アリス、第1球投げた! 外角緩い球、空振り! 思い切って振ってきましたが当たりません」
「ホームランしか考えてないスイングだな」

「第2球投げた! 内角高めこれも空振り! 勢い余って尻餅をついています」
「完全にボール球なんだけど、打ちたくてしょうがない感じだな」

「アリス、追い込んで第3球投げた! 高め直球きわどいが……ボール! 球審上白沢の手は挙がりません」
「ここまで振り回してきたフランドールですが、今の吊り球は見極めました」
「いや、1塁側のベンチから『よく見ていきなさいよー』って言われたから、フランが『はーいお姉様!』って、後ろ向いて返事してる間にボールがミットに入ってたな。それだけだぜ」
「なんともフリーダムな姉妹ですが、結果としてフランドール助かりました」
「2-1からアリス第4球投げた! 落としたがバットは出ない……ボール!」
「空振りしそうないい高さから落ちるフォークだったんだが、フランはまったく反応しなかったな」
「追い込まれてもこの動体視力、これが吸血鬼なのか! カウントは2-2となってアリス第5球投げた! 今度も落とした! な、なんだ今の爆発音は! 打球は高く上がった! たかーく上がった打球が……フラフラっとライトへ、ライトへ、伸びるぞ、力のない打球だが落ちてこない、フェンスを越えるのか? どうか? ギリギリ越えた! 入りました、ホームラン! フランドールのソロホームラン、紅魔館に2点目が入ります!」
「いやー。ムチャクチャやりやがったなー」

「フランドールは大喜びでバットをぐるぐる振り回しながらダイヤモンドを一周、ホームベースの手前でバンザイしながらホームイン! ベンチ前で全員とタッチして……おっと! バットにサインして、ライトスタンドに投げ込みました! はしゃいでいます! 大はしゃぎのフランドールはちょっとやり過ぎな傍若無人、これにはアリスの目が険しくなっているのも無理なからざるところか! 天真爛漫にはしゃいでいるぞフランドール! 背中のキラキラも光っている!」
「あー。完全にやりすぎてるな。これはちょっと恨みを買うぜ」

「球審慧音に捕まりまして、軽く頭をぐりぐりされているフランドールですが、全く反省の色は見えません!」
「しょうがないなー」
「さて魔理沙さん、先ほどの『ムチャクチャやりやがった』というのは、どういう意味でしょうか?」
「ああ、打った球はワンバウンドするフォークなんだが、地面ごとボールを打ち上げて無理矢理スタンドまで持って行きやがった。あの爆発音と土煙はそういうことだぜ」
「あ、あのどかーんという音はそういうことでしたか!」
「まあ、それでも普通の球場ならライトフライで終わるんだが、なにぶんここは右中間が短いからな。左打者有利の球場設計がモロに紅魔館に有利に働いたってわけだ」

「さて打順はその左打者が続きます。4番ピッチャーレミリア、やや神妙な面持ちでバッターボックスに入ります」
「まあ、さすがに姉としてなんか責任とか感じてるんじゃないのか? レミリアも」
「アリスの目はちょっといまだに直視しがたいほどの険しさ。第1球投げた! 直球に合わせたバッティング、ゴロがピッチャーの横を抜けて……センター前ヒット!」
「紅魔館、ホームランのあとはヒットで出塁です」
「んー。ホームランボールみたいな真ん中の棒球が来たんだけど、なんかレミリアのほうが拍子抜けして思わず軽く打っちゃった、てな感じだな」

「いらだちを隠せないのか、マウンドをがりがりとブーツで削るアリスに、ショートのルナサが見かねて声をかけています」
「クールな都会派に見えて、一回イレ込んじゃうと結構アレだからなー。アリスも」
「アレの詳細な内容は聞きたいような聞きたくないような微妙なところですが、迎える打者は5番ファーストのパチュリーが右打席です」

「……おっと? スタンドがざわめいていますが、これはどういうことでしょうか?」
「まあ、一番スポーツとかそういうのから縁遠そうな奴が出てきちゃったからだろ。私はわりとやると思うんだが」
「そのパチュリー、日傘でも差すようにバットをちょこんと肩に乗せて可愛らしい構え。アリス第1球投げた! 外角直球打った! ファウルがバックネット上段に当たる! スタンドはざわめきと歓声でなんだかとっても大騒ぎだ!」
「『バットに当たった!』ってことで大騒ぎなんだろうが、騒ぎすぎだぜ」
「私も正直やや驚いておりますが、パチュリー本人はいたって冷静、パジャマのような例の服のホコリを払っています」
「そういや、野球するってのに誰もユニフォーム着てないんだよな。まあ、今日思いついて今日始めたんだから、間に合うわけもないんだけどな」

「アリス第2球投げた! 外角スライダーこれは空振り! 2-0と追い込みました」
「アリスもなんだかんだで優しいからな。外角だけ投げて、間違ってもパチュリーがケガしないように討ち取るつもりだろ」
「愛憎渦巻くフィールドは、まさに幻想郷の縮図! アリス第3球投げた! 外角直球打った! ファースト鋭い当たり……捕った! ファーストライナー早苗が捕球、レミリアもほとんどリードを取っていませんでしたがこれは戻れずゲッツーです!」
「パチュリーも自分が非力なのはわかってるからな。最短距離でバットを出してコツンと当てる打ち方をしたんだろうが、外角高めの球にはああいう打ち方がわりとよくハマるんだぜ」

「安打こそなりませんでしたが、ベンチにさがるパチュリーに大きな拍手! フランドールのホームラン以降殺気立っていたグラウンドに、なにか暖かな風が吹いているような、そんな雰囲気です!」
「愛されてるなー。パチュリー」

「初回2失点という立ち上がりになってしまったアリスですが、ベンチにマスコットとして置いてある3頭身の巨大な霊夢ぬいぐるみをぽこぽことげんこつで叩いています」
「可愛いなー。アリス」

「野球は筋書きのないドラマだが、これからの展開は昼メロか、あるいはハードコアアクションか! 注目の一戦はまだ1回の表裏を終えたばかり、紅魔館が2点をリードしています!」

  【続く】
【次回予告】
本塁打に無邪気にはしゃぐフランドールに、森の魔女の碧眼は鈍く、怪しく光るのだった。次打席に待つのは報復か? それとも……。

地の文がないのは、ラジオの野球実況という設定だからです。
地の文って地霊殿に潜入した文ちゃんスネークって感じでなんかドキドキしますね。

【突発!フランちゃんクイズ】
今回のフランちゃんのモデルとなった、現実のプロ野球選手は? (難易度Normal)
ヒント:現役選手。パリーグ在籍の日本人野手。左打ちの強打者だがベンチスタートも多い。応援歌が「U.Nオーエンは彼女なのか?」
屋敷犬
[email protected]
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コメント



0.680簡易評価
3.100名前が無い程度の能力削除
野球嫌いだけど面白かった
4.90名無し程度の能力削除
放送席の二人がラジオの中継みたいですごく良かった
12.80W削除
次打席が楽しみだね(ニッコリ
15.70名前が無い程度の能力削除
おもしろかったです。次回作も期待。
16.60ヤマカン削除
まあまあ面白かった
地の文でも楽しませてくれたら更に良かった
次回作も頑張れよ
18.100名前が無い程度の能力削除
評価低いのでなかなか手を出さなかったけど、これはかなり面白い。幻想郷らしさと野球成分の配合が絶妙の上手さ。実況の掛け合いとか意外な河童打法とか可愛いパチュリーとアリスとか、色んな小ネタも良かった。
ぜひ今の感じで続けて欲しい。次を待ってますよー!
22.無評価屋敷犬削除
>>3 野球が嫌いな人に悪い人はいません! ……あれ?
>>4 仲良くケンカしてる射命丸と魔理沙ですが中継終了まで持つんですかね。いろんな意味で。
>>12 良い勝負を期待したいですね(ニッコリ
>>15 次のイニングだけに次回作ですね。なるほどー。
>>16 地の文って(以下略
>>18 小ネタ満載なので色々発見してくれると幸いですがとくにご褒美とかはないですよ。

フランちゃんクイズの答え合わせはもう何日かお待ちくださいね。
23.100名前が無い程度の能力削除
第二話が面白くて来ました
なるほど、ヒントの追加でようやくわかったけど、ロッテの神戸かww
24.100名前が無い程度の能力削除
某イカれた掲示板のネタ満載なのかなと
ちょっと不安だったけど、何これ面白いじゃないか!