『瀟洒な従者の恋愛事情』
※このお話は作品集128にある拙作『 図 書 館 談 話 』の続き的なものです。
そちらを事前に読んでいただければ作者としては大変嬉しいですが、別に見ていなくても問題はないと思います。
紅魔館大図書館で少女たちが恋愛について語ったり考えたりぎゃふんとしたりした翌日。
共同研究の続きをするべくアリスはパチュリーのもとを今日も訪れ、魔理沙も昨日の続き本を狩るべく図書館にきていた。
今日は恋愛格言などではなく、魔導書を手にしている。
霊夢はいない。スキマ妖怪に出された宿題とやらは終わったのだろうか。
各自が夢中になって書物や研究に対峙し、一休みしたくなった頃。
それを見越したかのように大図書館の扉がノックされる。
「失礼します」
紅茶の良い香りやケーキの甘いにおいと共に紅魔館のメイド長の咲夜が入ってくる。
みな一様に読んでいた本や広げていた本を閉じ、脇によせて休憩の準備をする。
手際よく茶器やケーキを机の上に置いていく咲夜をなんとはなしに見ていた魔理沙だが、何か思いついたようにニヤリとする。
給仕している咲夜の姿は瀟洒そのものである。
そんな咲夜に昨日パチュリーに邪魔されて出来なかった質問をぶつけてみようではないか。
魔理沙の企みにアリスは気付いたが、こういうときのインターセプターであるパチュリーは読み終えた本を片付けるよう小悪魔に指示しており、魔理沙を見ていなかった。
アリスはアリスで釘をさすか迷っているうちに魔理沙が話し出してしまった。
「お、今日はショートケーキか。うまそうだな」
「ふふ。自信作よ。ただし泥棒に食べさせる気はないから、そこのところは重々承知しておいて」
「泥棒とは聞き捨てならないな。死ぬまで借りてるだけだぜ」
「ハイハイ。それももう耳タコだわ」
「ところで咲夜はさー、恋人に求める条件ってなんだ?」
ところで今日の紅茶の銘柄は?とでも聞くかのように、あまりにさらりと発せられた魔理沙の質問は一瞬図書館の空気を止めた。
アリスはやっぱり、というように呆れ、小悪魔は片付けの手を止めて、ニヤニヤしながら音もなく近寄ってきた。
おもしろそうだとかぎつけたのだろう。
パチュリーはそんな小悪魔にジロリと視線を送る。
小悪魔はそれをなんなく笑顔で躱した。
突然質問された当の咲夜は、一瞬間があいたが魔理沙の相手をしてやることにしたようだ。
「やぶからぼうになによ」
「いやいや、詳しいことは省くけどな?昨日みんなで自分の恋人に求める条件とはなにか、っていう話をしたんだ。外見とか性格とか…例えば霊夢は金って言ったぜ」
「さすがは万年貧乏巫女。言うことが違うわ。まさに金言ね」
うなずきながら咲夜が言う。
生真面目に言うところが咲夜らしい。
本気なのかボケなのかがわからない。
そこはつっこんでほしかったんだぜ、と魔理沙が乾いた笑いと共に呟く。
「そういうことなら……そうね、誇り高く威厳があって、カリスマに溢れてて……」
「おまえそれどこぞのお嬢様のことじゃないか。全然あの門番にあてはまってないし」
すかさず魔理沙のツッコミが入る。
「……なんでそこで美鈴が出てくるの」
「出てくるの、っておまえ……つきあってるんだろ、あいつと」
「えっ」
「「えっ!?」」
咲夜の驚きからくる発声に、今度は魔理沙に加えてアリスも声をあげる。
「「「…………」」」
沈黙が図書館を支配する。
魔理沙にとっては(アリスにとっても)これは意外な展開だった。
昨日の帰り、件の門番に問いかけたらばさらりと返され、こちらが思わず閉口してしまったというのに。
対するその門番と相思相愛だと思っていた目の前の瀟洒なメイドからは、戸惑いの声が発せられたとは。
このままでは、つきあっているという大前提がひっくり返されそうな雰囲気だ。
「咲夜は門番のことが好きじゃないのか?」
「えっ」
咲夜にとっては思いもよらぬ門番の登場に加え、唐突過ぎる魔理沙の追加質問(しかもだいぶんデリケートかつプライベートな問題である)に、さすがの咲夜も瀟洒が崩れる。
「えっ」と言った口の形のまま固まっている。
いくら昨日のことで、恋人の条件云々の話の内容が崩れても仕方ないとはいえ、あまりに直球過ぎる魔理沙の問いかけにアリスとパチュリーも思わず動揺する。
これではお遊びの心理ゲームなどではなく尋問に近い。
二人が心の中で魔理沙の名前を叫んだのは同時であった。
しかし咲夜に同情はすれど、興味深いことには変わりない。
いつの時代もどこの場所でも、少女たちが気になるのは他人の恋愛事情なのである。
この質問になんと答えるのか、誰もが固唾を飲んで見守っていた。
小悪魔だけは相変わらず笑顔のままだった。
「す……?」
そうつぶやく咲夜の顔が一瞬で真っ赤になり、全員が「あ」と思った時にはもう彼女の姿はどこにもなかった。
得意の時止めで逃げ出したらしい。
魔理沙が机に突っ伏して叫ぶ。
「なあぁんだよー。さくやー。逃げるなんて卑怯だぜ。にしても……」
数秒前までその場を支配していた異常なほどの緊張が、一気にほどけていった。全員が大きく息をつく。
しかし魔理沙とて、言いながら本当はわかっている。
咲夜のあの真っ赤になった顔を見れば、あれが答え以外の何だと言うのだろう。
いくら魔理沙でもわかるというものだ。
咲夜は自分よりもずいぶん年上な気がしていたが、あの顔を思い出すと瀟洒な仮面の裏の素顔が垣間見れた気がして、なんだか心が温かくなる。
素直にかわいいな、と思った。
なんとなくほっこりした気分で、行儀悪く突っ伏したままケーキを食す魔理沙に、冷水が浴びせかけられた。
物理的にではない。パチュリーによる警告としてである。
「魔理沙、アンタいい加減にしなさい。さっきのこと言いふらしたり、あんまり咲夜にちょっかいかけ過ぎると、あとで面倒なことになるわよ」
「そうそう。グングニルとかレーヴァテインとか体術自由組み手制限時間なし参ったなしとか。咲夜さんは愛されてますからねぇ」
小悪魔がやっぱりにこにこしながら恐ろしいことを言う。
「そうね。もしくは出入り禁止とか」
アリスも便乗して釘をさす。
「ああ、そうね。それならむしろ助かるわ。図書館としては」
「おいおいあんまりいじめるなよ。わかったわかった言わないって。私だって命は惜しいからな」
ほっこりとした気分から一転、たたみかけられるように非難され一気に居心地が悪くなった。
全員が魔理沙を見ている。
アリスはいつも魔理沙をたしなめるときのような、咎める顔で。
パチュリーは本当かしらという疑惑の目線を。
小悪魔は相変わらず笑顔である。
アリスやパチュリーはなんだかんだで魔理沙に甘いので警告だけだろう。
しかし小悪魔の笑顔は怖い。
今日のこのやり取りを、レミリアやフランドール、美鈴に密告するとしたら絶対こいつだ。
それも、そのほうがおもしろそう、という名目で。
ここは悪魔の居城なのだと言うことを思い出した魔理沙は、ガツガツと残りのケーキと紅茶を片付けあわただしく席を立つ。
「おっと用事を思い出した。今日はここで失礼するぜ」
そう言うやいなや、窓の方へ行き、立てかけておいたほうきにまたがると、あっという間に飛び出していってしまった。
今日は手ぶらだ。
パチュリーにしてみれば被害がなくて悪くない結果となった。
魔理沙の一連の百面相ぶりがおかしくなって、パチュリーが少し楽しそうに言う。
「まったく魔理沙は騒がしいこと。集中してる時くらいね、静かなのは」
「あの様子だと霊夢のところに行きそうね」
「そうね。まぁ霊夢は昨日もいたし。霊夢に話して気が済むのなら、それでよしとしましょう。あれだけ脅されてれば言いふらしたりはしないでしょうよ。小悪魔のおかげかもね」
「いえいえ。私はなんにも」
「こちらが慌てるくらいのド直球で質問するからハラハラするわ。まったく白黒の魔法使いだから、魔理沙は白黒つけたがるのかしら」
「そんなの彼岸の閻魔様だけで十分よ。でもまぁそうね。魔理沙は性格的にもハッキリしてるから、関係性も曖昧なままなのは納得がいかないんでしょうよ。恋愛ごとなんて曖昧なことだらけだったりするのに」
「気持ちや感情ばかりはね。ホント、なかなかどうして難しいわ」
「難しいこと、理解できないこと、がなかったら世の中は退屈すぎるらしいわよ。さぁ、アリス。研究の続きをする?それとも帰る?」
雑談はおしまい、のパチュリーの問いかけにアリスは目の前の難しい研究の続きをすることを選択した。
パチュリーが乗り気なのは珍しい。
気が乗らないときは帰らされたり、あとは一人でがんばってと言われてしまうのだ。
パチュリーが疲れやすいから仕方がない。
窓から入る風によって空気が動いては、パチュリーの喘息が出てしまうかもしれないと小悪魔が魔理沙が出ていった窓を閉めにいく。
外はまだ明るい。
良い天気だ。天気も良いが、小悪魔の機嫌も良かった。
一連のやり取りが楽しかったのもあるが、何よりパチュリーの機嫌が良い。
パチュリーに免じて今日のことは秘密にしてあげようと小悪魔は思った。
咲夜のために。魔理沙のために。
――場所は外、紅魔館裏門付近。
顔のほてりも冷めた咲夜は門の近くで一人反省会をしていた。
いくら動揺したからって敵前逃亡など瀟洒な従者には許されない。
同じ時間を止めるにしても、その静止した時の中で平静を取り戻し、改めて魔理沙の質問を優雅に切り抜け、逆に魔理沙を翻弄してやるくらいのことができて然るべきなのである。
……それが確かに理想だが、とてもじゃないが今の咲夜にはそのコマンドは行使できそうになかった。
なにより、恋人の条件が云々言っていたから、「好き」と答えたら今度は「どこが好きか」などという質問に発展しかねない。
等々落ち着いて考えてみるとやはり逃げてよかったかもしれない。
何度時を止めて冷静を装ったとしても、太刀打ちできるとは思えなかった。
さて、ここはどこだろう。
顔は真っ赤、頭は真っ白になってしまったので、とりあえず逃げ出したが、図書館からどの経路をたどってここにたどりついたのか。
まったく記憶がない。
紅魔館は咲夜が内部の空間をいじっているせいもあり、中と外の位置関係がちぐはぐだったりする。
周囲を見回すと、今いるこの場所は咲夜が時々サボるというか、人目を気にせず休憩することがある物置き小屋のすぐ側だった。
図書館からはけっこう離れている。深く考えたくはないが、件の門番の近くでもある。
しばし迷う。
昨日と違い、今日は手ぶらだ。
おやつを届けるという名目以外で訪れるには、今の自分にはハードルが高すぎる。
美鈴を前にして、変なことを口走ってしまいそうだ。
会いたくはない。けれどなんだか姿は見たい。
…仕方がない、と咲夜は再び時間を止めて門に近寄っていく。
やはりというかなんというか、寝ていた。
いつもだったらここで叱り飛ばすところだが、今日はなんだか感謝したくなった。
安堵して、美鈴から少し離れた木陰にしゃがみこむ。
じつと目の前で眠る美鈴を見つめる。
見ているうちに、少し落ち着いてきた。
魔理沙に問われたことを思い出す。
『つきあってるんだろ、あいつと?』
『咲夜は門番のことが好きじゃないのか』
思い出しても心がざわっとする。
後者の質問は皆の前では恥ずかしすぎて答えられなかったが、イエスだ。
好きか嫌いかで聞かれたら好きに決まっている。
美鈴もたぶん、自分を好いてくれていると思う。
嫌われているなんて、少しも考えたくはなかった。
つきあってるか、と美鈴が問われたら、なんと答えるのだろう。
知りたい気もするが、怖い気持ちの方が大きい。
否定的なことを言われてしまったら、きっと自分は傷つくだろう。
自分とてすぐ肯定の言葉は出てこないのに勝手なものだ、と呆れる。
好きあっている二人が恋仲になるまでの、紆余曲折を描いたパチュリーオススメの恋愛小説は読んだことがある。
好きあう二人が恋仲になるのであれば、自分と美鈴はつきあっているのだろうか。
しかし、その小説で主人公が好きな相手に告白したように、どちらからもつきあってください、はいわかりました的なやりとりをした覚えはない。
かといってはっきり「つきあっていないわ」とも言いかねる。
なぜなら世間一般の、恋人同士がするようなことなどは、確かに自分たちもしているからだ。
ハグや口づけ、一緒の部屋を与えられ(これは咲夜が紅魔館に来た頃からずっとだが)、同じベッドで寝ている。眠るだけでなく肌を合わせることもある。
他の人と仲良さげにしていると嫉妬する。特に妹様とか。妹様とか。妹様とか。
そういえば、夕べも美鈴にじゃれついたりなんかして……や、それは今は考えないこととして。
いや待てよ、と咲夜はハッとする。
そうなのだ。キスやハグや伽といったことは紅魔館内ではとりたてて珍しいことではない。
挨拶や習慣に近いものだ。
咲夜だってされるしすることもある。
そうなると恋人同士がおこなう行為をするからといって恋人、という定義はあてはまらないんじゃ――そもそも自分はレミリアのものである。
それはゆるぎない事実であり咲夜の存在理由と言っても過言ではない。
だけれど、と思う。美鈴が「特別」であることも間違いないのだ。
お嬢様に対してのものとは異なる「特別」。
最初は親で―――家族だった。家族の一員。
それから今に至るまでに色々と物語があったわけだが、思春期の頃のことなどは思い出すだに恥ずかしくて仕方がないので時を止める要領で思考を停止する。
考えすぎてどうでもよくなってきた。
つきあってるかどうかはもういい。
わからない。
恥ずかしすぎるし結果が怖いので美鈴に問いただすのもやめる。
美鈴のことが好き。美鈴は特別。それだけで十分だ。
問題は――
「なんでかしら」
思わず口から思考が飛び出してしまった。
思わず美鈴の方を見るが、時を止めていたのだと安心する。
咲夜が疑問としたのは、なぜ周囲が二人は恋人同士だと思っているか、ということだった。
先ほど図書館では魔理沙だけでなくアリスまでが驚いていた。
ということは、少なくとも二人はそう思っているということだ。
昨日いた霊夢もそう思っているのだろうか。そうだろう。あの三人は仲が良いのだから。
ブン屋にすっぱ抜かれたことはないと思うが、もしブン屋がそう思っていれば、幻想郷中の人妖もまた然りという気がしてくる。
つきあいましょうというやりとりをしたこともなければ、私たちつきあってます宣言もしたことがないというのに。
お嬢様や妹様が何か言ったのかしら、と思うものの、それを言及したところでまともな返答があるとは思えない。
むしろやぶへびになるだろうことは容易に想像できた。
これも、やめておこう。
ふう、とため息が思わず出る。
手詰まりだ。考えてもわからないことなら考えても仕方がない。
ここで美鈴を眺め続けているのも悪くはないが、求める解答が天啓のようにひらめくはずもない。
周りが二人を恋人同士と思っているのならむしろ都合がいいじゃないかと咲夜は考える。悪い虫がつきにくくなるだろう。
もし今度似たようなことを聞かれたら「恋人は仕事」と答えよう。
つまりは紅魔館が恋人ということ。
ひいてはお嬢様と同義となり、レミリアの心証も悪くないだろう。
うん、名案だ。
一人納得した咲夜は立ち上がり、館の方へ向かう。
ぐるぐるしていた頭もそれなりにスッキリした。
いい加減仕事に戻らねば。
他にもやることはたくさんある。
館に入ろうとした時、止めていた時を戻そうとして、気付く。
既に、時が、動いている。
(あれ!?いつから!?えっ?なんで)
慌てるが、過ぎた時は戻らない。
自分の能力ゆえに誰よりも実感しているのが咲夜だ。
おそらくいつの間にか解除していたのだろう。
しかし考え事をしていたせいで、時が動いていたことに気付きもしなかった。
一瞬サッと血の気が引いたが、気を取り直す。
美鈴は寝ていたんだし、自分はじっと動かなかったのだし、大丈夫なはずだ。
考えない。考えても仕方ないことは考えない、と先ほど別のことでも似たようなことを思った気がするな、と思いながら咲夜はそのまま台所に入った。
一番近くにいた妖精メイドに図書館に行き、茶器食器を下げてくるよう指示をした。
いくら自分なりに納得したとはいえ、流石に今図書館に行くほどの度胸もなかった。
咲夜が普段どおりの自分を取り戻しかけていた一方門前では、美鈴が一人今の咲夜の行動について思い悩んでいた。
ふと気がついたら咲夜がいた。
そういうことは、よくある。
いつものことだ。
いつもと違ったのは木陰にしゃがみこんだ咲夜が怒ることもなく、じっと自分を見つめていたことだ。
いつもなら勤務中に寝るなとお仕置きされるところであるのに、何もせずただ見ているだけ。
咲夜の意図がわからず、起きるタイミングも逃し、美鈴にとってはなかなか苦しい数分間だった。
そして結局咲夜が何も言わず、何もせず去っていってしまったので、さらに悶々として過ごすこととなった。
そして30分後、今度は美鈴のおやつを持った咲夜が「仕事の一環」として再び美鈴のもとを訪れる。
遠目から見てまだ先ほどと同じ位置に座り込んでいるのが見えたので、まったくもう、と思いながら再々度時間を止めて今度は目の前に陣取る。
目と鼻の先の距離から見ると、なんだか眉間にしわを寄せて苦悶の表情だ。
うなされているのだろうか。
勤務中にうなされるほど居眠りをしているなんて、いい気なものだ。
人がいじられたり赤くなったり悩んだり青くなったり大変だったというのに。
咲夜はすうと息を吸い込み、能力を解除する。
解除と共に強めの声を発する。
「美鈴!!」
パチリと開いた目。
深い森の色。
咲夜の大好きな色。
「勤務中に居眠りするなって何度…ぎゃあ!」
叱る口上の途中でいきなり美鈴に抱きすくめられる。
それにビックリしてまったく瀟洒でない声が咲夜の口から発せられる。
「咲夜さんよかったぁぁぁ!!!」
「はっ?ちょ、な、なにするのよ、いきなりっ!!離して!!」
「いやです!ありがとうございます!!」
「意味わかんないし!!お、怒ってるのになんで喜んでるのよ!!」
門へと向かっていた図書館帰りのアリスの足がピタリと止まる。
何を叫んでいるのか詳細はよくわからないが、確実に数メートル先の門ではピンク色の空気が漂っているだろうことは予想できた。
こういったことはいつものことでもあるが、今日は邪魔しない方がいいだろう。
あんなことがあった後なので、咲夜になんと声をかけていいかもわからなかった。
自分も魔理沙に習って門まで歩かずに図書館から飛んで帰ればよかった。
ここまで歩いてきて損した気分だ。
門に背を向け、飛び上がる。
高度をあげつつチラと視線を送ってみれば、美鈴は咲夜を抱きすくめながらにこにこと器用に片手を振っていた。
咲夜はといえば真っ赤な顔で美鈴を引き剥がそうとしていた。
やれやれ、昨日に続きまたもやあてられてしまった。家路へと向かいながら思う。
咲夜はわかっていないのだろうか。
二人のかけあいやかもし出す雰囲気が、恋人同士のそれと変わりないということを。
咲夜は無意識かもしれないが、美鈴はわかってやってる気がする。
今日は違うようだが、時々ギャラリーのいる前でわざと咲夜をからかったりしている。
美鈴はけっこうな古参妖怪の一人だと以前噂で聞いたことがある。
ということは相当な年寄りだということだ。
だのにいい年をして、咲夜よりも少ない年月しか生きていない魔理沙や霊夢に対して牽制してくる時があるのだ。
しかしそれこそどこぞの花の妖怪も似たようなことをよくしているわけだから、あまり非難することも出来ないのだが。
帰ったらその花の妖怪が我が物顔で紅茶を飲んでるといい、とアリスは思ったとか思わなかったとか。
※このお話は作品集128にある拙作『 図 書 館 談 話 』の続き的なものです。
そちらを事前に読んでいただければ作者としては大変嬉しいですが、別に見ていなくても問題はないと思います。
紅魔館大図書館で少女たちが恋愛について語ったり考えたりぎゃふんとしたりした翌日。
共同研究の続きをするべくアリスはパチュリーのもとを今日も訪れ、魔理沙も昨日の続き本を狩るべく図書館にきていた。
今日は恋愛格言などではなく、魔導書を手にしている。
霊夢はいない。スキマ妖怪に出された宿題とやらは終わったのだろうか。
各自が夢中になって書物や研究に対峙し、一休みしたくなった頃。
それを見越したかのように大図書館の扉がノックされる。
「失礼します」
紅茶の良い香りやケーキの甘いにおいと共に紅魔館のメイド長の咲夜が入ってくる。
みな一様に読んでいた本や広げていた本を閉じ、脇によせて休憩の準備をする。
手際よく茶器やケーキを机の上に置いていく咲夜をなんとはなしに見ていた魔理沙だが、何か思いついたようにニヤリとする。
給仕している咲夜の姿は瀟洒そのものである。
そんな咲夜に昨日パチュリーに邪魔されて出来なかった質問をぶつけてみようではないか。
魔理沙の企みにアリスは気付いたが、こういうときのインターセプターであるパチュリーは読み終えた本を片付けるよう小悪魔に指示しており、魔理沙を見ていなかった。
アリスはアリスで釘をさすか迷っているうちに魔理沙が話し出してしまった。
「お、今日はショートケーキか。うまそうだな」
「ふふ。自信作よ。ただし泥棒に食べさせる気はないから、そこのところは重々承知しておいて」
「泥棒とは聞き捨てならないな。死ぬまで借りてるだけだぜ」
「ハイハイ。それももう耳タコだわ」
「ところで咲夜はさー、恋人に求める条件ってなんだ?」
ところで今日の紅茶の銘柄は?とでも聞くかのように、あまりにさらりと発せられた魔理沙の質問は一瞬図書館の空気を止めた。
アリスはやっぱり、というように呆れ、小悪魔は片付けの手を止めて、ニヤニヤしながら音もなく近寄ってきた。
おもしろそうだとかぎつけたのだろう。
パチュリーはそんな小悪魔にジロリと視線を送る。
小悪魔はそれをなんなく笑顔で躱した。
突然質問された当の咲夜は、一瞬間があいたが魔理沙の相手をしてやることにしたようだ。
「やぶからぼうになによ」
「いやいや、詳しいことは省くけどな?昨日みんなで自分の恋人に求める条件とはなにか、っていう話をしたんだ。外見とか性格とか…例えば霊夢は金って言ったぜ」
「さすがは万年貧乏巫女。言うことが違うわ。まさに金言ね」
うなずきながら咲夜が言う。
生真面目に言うところが咲夜らしい。
本気なのかボケなのかがわからない。
そこはつっこんでほしかったんだぜ、と魔理沙が乾いた笑いと共に呟く。
「そういうことなら……そうね、誇り高く威厳があって、カリスマに溢れてて……」
「おまえそれどこぞのお嬢様のことじゃないか。全然あの門番にあてはまってないし」
すかさず魔理沙のツッコミが入る。
「……なんでそこで美鈴が出てくるの」
「出てくるの、っておまえ……つきあってるんだろ、あいつと」
「えっ」
「「えっ!?」」
咲夜の驚きからくる発声に、今度は魔理沙に加えてアリスも声をあげる。
「「「…………」」」
沈黙が図書館を支配する。
魔理沙にとっては(アリスにとっても)これは意外な展開だった。
昨日の帰り、件の門番に問いかけたらばさらりと返され、こちらが思わず閉口してしまったというのに。
対するその門番と相思相愛だと思っていた目の前の瀟洒なメイドからは、戸惑いの声が発せられたとは。
このままでは、つきあっているという大前提がひっくり返されそうな雰囲気だ。
「咲夜は門番のことが好きじゃないのか?」
「えっ」
咲夜にとっては思いもよらぬ門番の登場に加え、唐突過ぎる魔理沙の追加質問(しかもだいぶんデリケートかつプライベートな問題である)に、さすがの咲夜も瀟洒が崩れる。
「えっ」と言った口の形のまま固まっている。
いくら昨日のことで、恋人の条件云々の話の内容が崩れても仕方ないとはいえ、あまりに直球過ぎる魔理沙の問いかけにアリスとパチュリーも思わず動揺する。
これではお遊びの心理ゲームなどではなく尋問に近い。
二人が心の中で魔理沙の名前を叫んだのは同時であった。
しかし咲夜に同情はすれど、興味深いことには変わりない。
いつの時代もどこの場所でも、少女たちが気になるのは他人の恋愛事情なのである。
この質問になんと答えるのか、誰もが固唾を飲んで見守っていた。
小悪魔だけは相変わらず笑顔のままだった。
「す……?」
そうつぶやく咲夜の顔が一瞬で真っ赤になり、全員が「あ」と思った時にはもう彼女の姿はどこにもなかった。
得意の時止めで逃げ出したらしい。
魔理沙が机に突っ伏して叫ぶ。
「なあぁんだよー。さくやー。逃げるなんて卑怯だぜ。にしても……」
数秒前までその場を支配していた異常なほどの緊張が、一気にほどけていった。全員が大きく息をつく。
しかし魔理沙とて、言いながら本当はわかっている。
咲夜のあの真っ赤になった顔を見れば、あれが答え以外の何だと言うのだろう。
いくら魔理沙でもわかるというものだ。
咲夜は自分よりもずいぶん年上な気がしていたが、あの顔を思い出すと瀟洒な仮面の裏の素顔が垣間見れた気がして、なんだか心が温かくなる。
素直にかわいいな、と思った。
なんとなくほっこりした気分で、行儀悪く突っ伏したままケーキを食す魔理沙に、冷水が浴びせかけられた。
物理的にではない。パチュリーによる警告としてである。
「魔理沙、アンタいい加減にしなさい。さっきのこと言いふらしたり、あんまり咲夜にちょっかいかけ過ぎると、あとで面倒なことになるわよ」
「そうそう。グングニルとかレーヴァテインとか体術自由組み手制限時間なし参ったなしとか。咲夜さんは愛されてますからねぇ」
小悪魔がやっぱりにこにこしながら恐ろしいことを言う。
「そうね。もしくは出入り禁止とか」
アリスも便乗して釘をさす。
「ああ、そうね。それならむしろ助かるわ。図書館としては」
「おいおいあんまりいじめるなよ。わかったわかった言わないって。私だって命は惜しいからな」
ほっこりとした気分から一転、たたみかけられるように非難され一気に居心地が悪くなった。
全員が魔理沙を見ている。
アリスはいつも魔理沙をたしなめるときのような、咎める顔で。
パチュリーは本当かしらという疑惑の目線を。
小悪魔は相変わらず笑顔である。
アリスやパチュリーはなんだかんだで魔理沙に甘いので警告だけだろう。
しかし小悪魔の笑顔は怖い。
今日のこのやり取りを、レミリアやフランドール、美鈴に密告するとしたら絶対こいつだ。
それも、そのほうがおもしろそう、という名目で。
ここは悪魔の居城なのだと言うことを思い出した魔理沙は、ガツガツと残りのケーキと紅茶を片付けあわただしく席を立つ。
「おっと用事を思い出した。今日はここで失礼するぜ」
そう言うやいなや、窓の方へ行き、立てかけておいたほうきにまたがると、あっという間に飛び出していってしまった。
今日は手ぶらだ。
パチュリーにしてみれば被害がなくて悪くない結果となった。
魔理沙の一連の百面相ぶりがおかしくなって、パチュリーが少し楽しそうに言う。
「まったく魔理沙は騒がしいこと。集中してる時くらいね、静かなのは」
「あの様子だと霊夢のところに行きそうね」
「そうね。まぁ霊夢は昨日もいたし。霊夢に話して気が済むのなら、それでよしとしましょう。あれだけ脅されてれば言いふらしたりはしないでしょうよ。小悪魔のおかげかもね」
「いえいえ。私はなんにも」
「こちらが慌てるくらいのド直球で質問するからハラハラするわ。まったく白黒の魔法使いだから、魔理沙は白黒つけたがるのかしら」
「そんなの彼岸の閻魔様だけで十分よ。でもまぁそうね。魔理沙は性格的にもハッキリしてるから、関係性も曖昧なままなのは納得がいかないんでしょうよ。恋愛ごとなんて曖昧なことだらけだったりするのに」
「気持ちや感情ばかりはね。ホント、なかなかどうして難しいわ」
「難しいこと、理解できないこと、がなかったら世の中は退屈すぎるらしいわよ。さぁ、アリス。研究の続きをする?それとも帰る?」
雑談はおしまい、のパチュリーの問いかけにアリスは目の前の難しい研究の続きをすることを選択した。
パチュリーが乗り気なのは珍しい。
気が乗らないときは帰らされたり、あとは一人でがんばってと言われてしまうのだ。
パチュリーが疲れやすいから仕方がない。
窓から入る風によって空気が動いては、パチュリーの喘息が出てしまうかもしれないと小悪魔が魔理沙が出ていった窓を閉めにいく。
外はまだ明るい。
良い天気だ。天気も良いが、小悪魔の機嫌も良かった。
一連のやり取りが楽しかったのもあるが、何よりパチュリーの機嫌が良い。
パチュリーに免じて今日のことは秘密にしてあげようと小悪魔は思った。
咲夜のために。魔理沙のために。
――場所は外、紅魔館裏門付近。
顔のほてりも冷めた咲夜は門の近くで一人反省会をしていた。
いくら動揺したからって敵前逃亡など瀟洒な従者には許されない。
同じ時間を止めるにしても、その静止した時の中で平静を取り戻し、改めて魔理沙の質問を優雅に切り抜け、逆に魔理沙を翻弄してやるくらいのことができて然るべきなのである。
……それが確かに理想だが、とてもじゃないが今の咲夜にはそのコマンドは行使できそうになかった。
なにより、恋人の条件が云々言っていたから、「好き」と答えたら今度は「どこが好きか」などという質問に発展しかねない。
等々落ち着いて考えてみるとやはり逃げてよかったかもしれない。
何度時を止めて冷静を装ったとしても、太刀打ちできるとは思えなかった。
さて、ここはどこだろう。
顔は真っ赤、頭は真っ白になってしまったので、とりあえず逃げ出したが、図書館からどの経路をたどってここにたどりついたのか。
まったく記憶がない。
紅魔館は咲夜が内部の空間をいじっているせいもあり、中と外の位置関係がちぐはぐだったりする。
周囲を見回すと、今いるこの場所は咲夜が時々サボるというか、人目を気にせず休憩することがある物置き小屋のすぐ側だった。
図書館からはけっこう離れている。深く考えたくはないが、件の門番の近くでもある。
しばし迷う。
昨日と違い、今日は手ぶらだ。
おやつを届けるという名目以外で訪れるには、今の自分にはハードルが高すぎる。
美鈴を前にして、変なことを口走ってしまいそうだ。
会いたくはない。けれどなんだか姿は見たい。
…仕方がない、と咲夜は再び時間を止めて門に近寄っていく。
やはりというかなんというか、寝ていた。
いつもだったらここで叱り飛ばすところだが、今日はなんだか感謝したくなった。
安堵して、美鈴から少し離れた木陰にしゃがみこむ。
じつと目の前で眠る美鈴を見つめる。
見ているうちに、少し落ち着いてきた。
魔理沙に問われたことを思い出す。
『つきあってるんだろ、あいつと?』
『咲夜は門番のことが好きじゃないのか』
思い出しても心がざわっとする。
後者の質問は皆の前では恥ずかしすぎて答えられなかったが、イエスだ。
好きか嫌いかで聞かれたら好きに決まっている。
美鈴もたぶん、自分を好いてくれていると思う。
嫌われているなんて、少しも考えたくはなかった。
つきあってるか、と美鈴が問われたら、なんと答えるのだろう。
知りたい気もするが、怖い気持ちの方が大きい。
否定的なことを言われてしまったら、きっと自分は傷つくだろう。
自分とてすぐ肯定の言葉は出てこないのに勝手なものだ、と呆れる。
好きあっている二人が恋仲になるまでの、紆余曲折を描いたパチュリーオススメの恋愛小説は読んだことがある。
好きあう二人が恋仲になるのであれば、自分と美鈴はつきあっているのだろうか。
しかし、その小説で主人公が好きな相手に告白したように、どちらからもつきあってください、はいわかりました的なやりとりをした覚えはない。
かといってはっきり「つきあっていないわ」とも言いかねる。
なぜなら世間一般の、恋人同士がするようなことなどは、確かに自分たちもしているからだ。
ハグや口づけ、一緒の部屋を与えられ(これは咲夜が紅魔館に来た頃からずっとだが)、同じベッドで寝ている。眠るだけでなく肌を合わせることもある。
他の人と仲良さげにしていると嫉妬する。特に妹様とか。妹様とか。妹様とか。
そういえば、夕べも美鈴にじゃれついたりなんかして……や、それは今は考えないこととして。
いや待てよ、と咲夜はハッとする。
そうなのだ。キスやハグや伽といったことは紅魔館内ではとりたてて珍しいことではない。
挨拶や習慣に近いものだ。
咲夜だってされるしすることもある。
そうなると恋人同士がおこなう行為をするからといって恋人、という定義はあてはまらないんじゃ――そもそも自分はレミリアのものである。
それはゆるぎない事実であり咲夜の存在理由と言っても過言ではない。
だけれど、と思う。美鈴が「特別」であることも間違いないのだ。
お嬢様に対してのものとは異なる「特別」。
最初は親で―――家族だった。家族の一員。
それから今に至るまでに色々と物語があったわけだが、思春期の頃のことなどは思い出すだに恥ずかしくて仕方がないので時を止める要領で思考を停止する。
考えすぎてどうでもよくなってきた。
つきあってるかどうかはもういい。
わからない。
恥ずかしすぎるし結果が怖いので美鈴に問いただすのもやめる。
美鈴のことが好き。美鈴は特別。それだけで十分だ。
問題は――
「なんでかしら」
思わず口から思考が飛び出してしまった。
思わず美鈴の方を見るが、時を止めていたのだと安心する。
咲夜が疑問としたのは、なぜ周囲が二人は恋人同士だと思っているか、ということだった。
先ほど図書館では魔理沙だけでなくアリスまでが驚いていた。
ということは、少なくとも二人はそう思っているということだ。
昨日いた霊夢もそう思っているのだろうか。そうだろう。あの三人は仲が良いのだから。
ブン屋にすっぱ抜かれたことはないと思うが、もしブン屋がそう思っていれば、幻想郷中の人妖もまた然りという気がしてくる。
つきあいましょうというやりとりをしたこともなければ、私たちつきあってます宣言もしたことがないというのに。
お嬢様や妹様が何か言ったのかしら、と思うものの、それを言及したところでまともな返答があるとは思えない。
むしろやぶへびになるだろうことは容易に想像できた。
これも、やめておこう。
ふう、とため息が思わず出る。
手詰まりだ。考えてもわからないことなら考えても仕方がない。
ここで美鈴を眺め続けているのも悪くはないが、求める解答が天啓のようにひらめくはずもない。
周りが二人を恋人同士と思っているのならむしろ都合がいいじゃないかと咲夜は考える。悪い虫がつきにくくなるだろう。
もし今度似たようなことを聞かれたら「恋人は仕事」と答えよう。
つまりは紅魔館が恋人ということ。
ひいてはお嬢様と同義となり、レミリアの心証も悪くないだろう。
うん、名案だ。
一人納得した咲夜は立ち上がり、館の方へ向かう。
ぐるぐるしていた頭もそれなりにスッキリした。
いい加減仕事に戻らねば。
他にもやることはたくさんある。
館に入ろうとした時、止めていた時を戻そうとして、気付く。
既に、時が、動いている。
(あれ!?いつから!?えっ?なんで)
慌てるが、過ぎた時は戻らない。
自分の能力ゆえに誰よりも実感しているのが咲夜だ。
おそらくいつの間にか解除していたのだろう。
しかし考え事をしていたせいで、時が動いていたことに気付きもしなかった。
一瞬サッと血の気が引いたが、気を取り直す。
美鈴は寝ていたんだし、自分はじっと動かなかったのだし、大丈夫なはずだ。
考えない。考えても仕方ないことは考えない、と先ほど別のことでも似たようなことを思った気がするな、と思いながら咲夜はそのまま台所に入った。
一番近くにいた妖精メイドに図書館に行き、茶器食器を下げてくるよう指示をした。
いくら自分なりに納得したとはいえ、流石に今図書館に行くほどの度胸もなかった。
咲夜が普段どおりの自分を取り戻しかけていた一方門前では、美鈴が一人今の咲夜の行動について思い悩んでいた。
ふと気がついたら咲夜がいた。
そういうことは、よくある。
いつものことだ。
いつもと違ったのは木陰にしゃがみこんだ咲夜が怒ることもなく、じっと自分を見つめていたことだ。
いつもなら勤務中に寝るなとお仕置きされるところであるのに、何もせずただ見ているだけ。
咲夜の意図がわからず、起きるタイミングも逃し、美鈴にとってはなかなか苦しい数分間だった。
そして結局咲夜が何も言わず、何もせず去っていってしまったので、さらに悶々として過ごすこととなった。
そして30分後、今度は美鈴のおやつを持った咲夜が「仕事の一環」として再び美鈴のもとを訪れる。
遠目から見てまだ先ほどと同じ位置に座り込んでいるのが見えたので、まったくもう、と思いながら再々度時間を止めて今度は目の前に陣取る。
目と鼻の先の距離から見ると、なんだか眉間にしわを寄せて苦悶の表情だ。
うなされているのだろうか。
勤務中にうなされるほど居眠りをしているなんて、いい気なものだ。
人がいじられたり赤くなったり悩んだり青くなったり大変だったというのに。
咲夜はすうと息を吸い込み、能力を解除する。
解除と共に強めの声を発する。
「美鈴!!」
パチリと開いた目。
深い森の色。
咲夜の大好きな色。
「勤務中に居眠りするなって何度…ぎゃあ!」
叱る口上の途中でいきなり美鈴に抱きすくめられる。
それにビックリしてまったく瀟洒でない声が咲夜の口から発せられる。
「咲夜さんよかったぁぁぁ!!!」
「はっ?ちょ、な、なにするのよ、いきなりっ!!離して!!」
「いやです!ありがとうございます!!」
「意味わかんないし!!お、怒ってるのになんで喜んでるのよ!!」
門へと向かっていた図書館帰りのアリスの足がピタリと止まる。
何を叫んでいるのか詳細はよくわからないが、確実に数メートル先の門ではピンク色の空気が漂っているだろうことは予想できた。
こういったことはいつものことでもあるが、今日は邪魔しない方がいいだろう。
あんなことがあった後なので、咲夜になんと声をかけていいかもわからなかった。
自分も魔理沙に習って門まで歩かずに図書館から飛んで帰ればよかった。
ここまで歩いてきて損した気分だ。
門に背を向け、飛び上がる。
高度をあげつつチラと視線を送ってみれば、美鈴は咲夜を抱きすくめながらにこにこと器用に片手を振っていた。
咲夜はといえば真っ赤な顔で美鈴を引き剥がそうとしていた。
やれやれ、昨日に続きまたもやあてられてしまった。家路へと向かいながら思う。
咲夜はわかっていないのだろうか。
二人のかけあいやかもし出す雰囲気が、恋人同士のそれと変わりないということを。
咲夜は無意識かもしれないが、美鈴はわかってやってる気がする。
今日は違うようだが、時々ギャラリーのいる前でわざと咲夜をからかったりしている。
美鈴はけっこうな古参妖怪の一人だと以前噂で聞いたことがある。
ということは相当な年寄りだということだ。
だのにいい年をして、咲夜よりも少ない年月しか生きていない魔理沙や霊夢に対して牽制してくる時があるのだ。
しかしそれこそどこぞの花の妖怪も似たようなことをよくしているわけだから、あまり非難することも出来ないのだが。
帰ったらその花の妖怪が我が物顔で紅茶を飲んでるといい、とアリスは思ったとか思わなかったとか。
霊夢とかのエピソードも期待してます
ただ、閻魔様がいるのは地底ではなく彼岸ではないかと
レスが大変遅くなってしまって申し訳ございません。
閻魔様は彼岸、そうですよね、間違えてました。修正いたしました。
申し訳ございません、えーきさま・・・。
別の作品からこちらもきていただけるとは大変光栄です!
ご指摘ありがとうございました。何かありましたらまたお願い申し上げます。