「我が運命は破壊の力と共にあり――結べ、神槍スピア・ザ・グングニル!」
お姉さまが壊れた。
原因は春の陽気で黒幕はリリーホワイト。実行犯は庭の桜だろうか。いくら頭がぼんやりする春半ばだからといって、安易にボケて壊れるのはやめてほしい。闇に生きて光を嫌う吸血鬼が、春の日差しにやられてどうするのだろうか。
私がお姉さまの部屋に足を踏み入れたとき、お姉さまは何故かベットの上でポーズをとって、何故かグングニルを構えていた。
見れば枕元には数十冊の薄かったり分厚かったりする文庫本が置かれていた。うずたかい無造作な積み方は、昨夜お姉さまが文庫本を読んだであろう事を雄弁に物語っていた。
お姉さまへの用など一瞬で忘れた私は、不穏な空気に毒される前に部屋を出るべく迷い無く踵を返した。
「あらフラン、何か用かしら?」
「聡明で知的で素敵なお姉さまに用があっただけで、春の陽気に屈した哀れなお姉さまに用はないわ。というか忘れたわ」
「さっきまで覚えていたことを忘れるなんて……何か衝撃的なものでも見たかのようね」
これ以上付き合うと問答無用で巻き込まれる気がしたので、無言で足を動かすことにする。
「フフフ……わかってるなら言わなくていいということかしら。まあ待ちなさいフラン、ちょうど話があったのよ」
「……自分の格好が衝撃的ってのは自覚してたのね」
なおも話しかけてくるお姉さま。どうやら無傷でこの部屋を脱することは不可能のようだ。くそう。
「……話って何? 後、そのポーズはなんなのよ」
向き直ってみれば、お姉さまは尚も謎のポーズをとり続けている。何故か。
「いえね、私は気が付いたのよ。そう――必殺技って、かっこいいでしょう?」
「返答に困るわね」
「そして必殺技といえばポーズが重要でしょう? 私、あらゆることに妥協しないタイプなの」
「今のお姉さまを見てかっこいいと思うかどうかは謎だけどね」
大体、幻想郷で今更必殺技も何もないんじゃなかろうか。スペルカードルールが制定されている現在、他者との決闘は、基本的に必殺技の応酬である。
死傷者を出さないためのルールで必ず殺す技というのもおかしな話だけど、やっぱりスペルカードルールは必殺技ありきのシステムだ。
そんな決闘が主流の幻想郷において、今更必殺技に着眼点を置くとはどういうことなのか。そんなことを思っていると、
「パチェはいい資料を提供してくれたわ。私に必殺技の重要性について、改めて考える機会を与えてくれたのだから」
「……ああ、要するに漫画か何かに影響されたのね」
「漫画じゃなくて小説よ」
「どっちでもいいわよ、そんなの」
人間の子どもじゃないんだから、すぐ本に影響されて何か言い出すのはやめてほしい。この間も典型的なファンタジーを読んだ後、私もドラゴンを倒してみたいと言いパチュリーにシルバードラゴンを召還させてドラゴン退治ごっこを楽しんでいた。途中で「私はここまでのようだな……だが我が妹が必ずやおまえを打ち倒すだろう……!」などとのたまい始めたのでとりあえずレーヴァテインをぶち込んでおいたが、今思い出してみるとお姉さまも巻き込んでいたような気もする。
ともあれパチュリーも美鈴もお姉さまに漫画や小説を貸すのは構わないけれど、被害は何故か私の方に来るのだから困った話だ。そもそも漫画や小説を読んだだけで被害が発生すること自体おかしいんじゃないかという説が有力だけど、そこは妹の温情で許すことにする。
「で、それが私への話にどう繋がるのよ」
まさか私にもポーズの練習をしろというのだろうか。いくら私が近年まれに見る引きこもりだといっても、他人とスペルカード戦をすることが皆無というわけではないのだ。謎ポーズを強要された日には身内以外と戦えなくなってしまう。
そんな私の懸念を知ってか知らずか、お姉さまは話を続けてくる。
「話っていうのはね、フラン。貴方には貴方独自の必殺技が足りないと思ったのよ。で、折角だから独自の必殺技を開発しなさいって話」
「それはまたおかしな話ね。スペルカードの備えは十分よ?」
弾幕ごっこは引きこもりでやや口下手な私にとって、重要なコミュニケーションツールの一つだ。当然いくつかのスペルカードは用意してあるし、お姉さまとも何度も戦ったことがある。それなのに、何故そんなことを言うのだろうか。
「これは本格的にボケ初めたかもしれないわね……」
「あらフラン、急に独り言を言い始めるなんて……ボケた?」
「うっわめっちゃ腹立つ」
「まあ聞きなさい。私が言ってるのは、貴方の能力が生かされたスペルカードを、貴方は持っていないでしょうということよ」
「私の、能力?」
私の能力。それは吸血鬼としての能力の話だろうか。
違う。それは――
「――ありとあらゆるものを破壊する程度の能力。貴方だけが持つ能力を、生かさない手はないでしょう?」
「……」
確かに、私が吸血鬼としての能力とは別に持っている能力、ありとあらゆるものを破壊する力を利用したスペルカードを、私は持っていない。
でもそれは、
「……無理だと思うわよ。私の能力は、スペルカード向きじゃないわ」
「それでも、よ。駄目元でやってみなさい。どうせ暇なんでしょう? それとも、パチェから借りた資料を読んでみる?」
「間借りするのはやめておくわ。一応、パチュリーに言ってからじゃないとね。それに、私が読むといつの間にか壊しちゃいそうだしね」
それにだ。
「あんまり、気乗りしないわね」
「気が向いたらでいいから。暇潰しの選択肢に入れておきなさいってことよ」
「……わかったわよ」
肩をすくめつつ背を向ける。話が終わったとなればここにいる理由は無い。とっとと自室に帰るに限る。
「まあ適当にスペルカードは考えておきなさい。宝の持ち腐れは良くないわよ?」
「お姉さまにだけは言われたくないけどね」
何ができるかわかっている私の能力と違い、お姉さまの能力なんて胡散臭いものだ。一応、運命の名を冠したスペルカードを作ってはいるようだけど、実際にお姉さまの能力が生かされているかは大いに疑問である。
まあ、いいけどね。
そうやって部屋を出ようとした私は、ふと気になったことを肩越しに聞いてみた。
「……お姉さま、いつまでポーズをとっているつもりなのよ」
「いや、咲夜が来るまで保っておこうと思ったのだけど中々来なくて」
「へえ……」
咲夜がさっき人里に買い物に出かけたことは黙っておこう。
「ま、適当に考えておくわ」
そう言いながら、私はさっさと部屋を出ることにした。
●
『目』を見る。それは壊れやすいところ。そのモノが、一番緊張しているところ。
私はモノの『目』を見て、その『目』を手の中に移動させる。
そうして掌を握れば、『目』が壊れ、そのモノが壊れる。
きゅっとして、ドカーン。
「……はい、これでいいの?」
「はい! 有り難う御座います!」
駆け寄ってきた妖精メイド達に、私は手の中の小物入れを手渡す。
「全くもう。大事なものを入れておいた小物入れの鍵をなくすなんて、本末転倒じゃない。今度から気をつけたほうがいいよ」
「すみませんフラン様……大切なものでしたので厳重に鍵をしまったら、どこにしまったか忘れてしまって」
全くドジなんだから、貴方はいつもそうよね、えへへ、などと言いあっている妖精メイド達を前にしながら、私は密かに嘆息する。私だって、この能力を使うときは緊張するんだから。
私に小物入れの鍵の部分を壊してくださいと言うなんて、褒められたことではない。鍵をなくしたこともそうだけど、私なんかに壊してくださいと頼むなんて、できることなら避けたほうがいいことだ。
「本当に有り難う御座います!」
「ああ、うん。気をつけてね」
わいわいと喋りながら飛んでいく妖精メイド達を見送りながら、また嘆息を一つ。
……貴方達まで壊しちゃったらどうするのよ。
もはや姿の見えなくなった妖精メイド達に、心の中で一人ごちる。
「妖精メイド達は無邪気よねえ……」
「あら、私からすると妹様も十分無邪気に見えるけど?」
後ろから声をかけられる。振り返ってみれば、
「パチュリー、見てたの?」
「見てたわよ。妖精メイド達が貴方に話かけるところからね」
妙なところで出くわしたものだ。普段図書館に引きこもりがちなパチュリーにこんなところで会うとは珍しい。
もっとも、私が引きこもりなんて言えた立場じゃないけれど。
「でも、私が無邪気ってのはどういうことよ。少なくとも、お姉さまよりかは頭を使っているつもりだけど」
「頭を使っているかと無邪気かどうかは別の話よ。それに、レミィもああ見えて結構頭を使ってるのよ?」
そう言いつつパチュリーは歩き出す。私はそれに釣られて歩き出しながら、
「そうは言うけどね。私に邪気がない、なんてことあると思う?」
「妹様の弾幕ごっこを見ていれば、ある意味無邪気だと思うわよ。無邪気な子供が走り回る様子とそっくりだもの」
「そりゃあ弾幕ごっこのときは周りが見えなくなるときも多いけど」
確かに私は誰かと戦うとき、自分で自分のことを抑えきれなくなるときがある。それは子どもが遊びまわる様子に似てはいるし、その様子を無邪気だと言われても仕方がないかもしれない。
でも、それは。
「――周りが見えなくなって遊び相手を壊す子供が、どこにいるのよ」
私が気がふれていると言われている原因が、それだ。
遊びに夢中になって、周りが見えなくなって、自分のことしか考えられなくなる。
でも、普通の子どもは、自分のことしか考えられなくなっても、遊び相手を壊したりしない。どんなに遊びに夢中になっても、一線を越えない。
情緒不安定。
私は私が抑えきれなくなることがある。楽しい楽しい戦いの中、私は容赦なく相手を壊す。
「……私が無邪気だなんて、とんだ皮肉よね」
無邪気だから、邪気もなく相手を壊す。そんな私は、確かに無邪気と言えるかもしれない。
「本当、スペルカードルールがあってよかったわ」
予め攻撃のパターンが組まれているスペルカードならば、押さえきれずに出した全力でも、形式の中に納まる程度で全力を行使するに留まることが出来る。それでも危険がないわけじゃないけど、私は相手に恵まれているのかスペルカードルールで相手を壊しきってしまったことはない。
「……今日の妹様はネガティブなのね。またレミィにおかしなことでも言われたの?」
「ご明察。私の能力を使った私らしいスペルカードを作れって言ってきたのよね」
「破壊の力を使ったスペルカード、ね。レミィもまた唐突なことを言うわね」
全くだ。少しはこっちの身にもなってほしい。
お姉さまは、私のことをわかってるくせに。
「それで、何か案はあるのかしら」
「全然。だからとりあえず部屋に戻って寝ようかと」
「よかったら図書館に来る? 参考になると思うわよ」
図書館で弾幕の勉強をしろということだろうか。いや、そうではないだろう。わざわざ私を誘うということは、
「今、図書館にアリスと魔理沙を待たせているのよ。ちょっとした研究の発表会ね。スペルカード開発ということなら、参考になると思うけど」
「魔法使いの会合に、私なんかが行ってもいいの?」
「貴方だって魔法少女じゃない。大体、発表会といっても半分はお茶会みたいなものだしね。それに今日はこあのところに大ちゃんが遊びに来てるし――まあ、妹様が一人くらい混ざっても問題はないわよ」
「じゃあ私が四人混ざったら?」
「それはちょっと御免こうむりたいわね」
冗談を言って苦笑を一つ。本当は私の能力を使ったスペルカード作成なんてするつもりもなかったけど、折角だし少し行ってみるのもいいかもしれない。
「それじゃあ、お茶でも飲んでゆっくりさせてもらうわ、っと。」
「そんなこと言ってたら、ついちゃったわね」
足を止めてみれば、眼前には他の扉とは違う大きな扉がある。
「でも、本当にいいの? 私が来たら、皆迷惑するんじゃないかな」
「図書館の主がいいと言っているんだからいいのよ。それに、元々は魔理沙だって飛び入りで、本当は私とアリスだけで開くつもりだったんだから」
肩をすくめるパチュリー。そう言いながらも口元に困ったような笑みが張り付いているあたり、嫌というわけでもないのだろう。
パチュリーも素直じゃないわね。
「まあ、こあにお茶でも入れさせるわ。適当に座って待ってて――」
そう言ってパチュリーは扉を開き、
「――いいぜアリス! そこまで言うなら一勝負しようぜ!」
「いいわよ、受けてたつわ!」
無言で勢いよく扉を閉めた。
「……やっぱり私、部屋に帰ったほうがいいんじゃないかな」
「いやいや妹様、寧ろいてくれたほうが助かるわ」
ええい肩を掴むな。
「勝手に私の図書館で暴れないでほしいわね。どうせ魔理沙が原因なんでしょうけど、アリスも乗っからないでくれると助かるのだけど」
「なんだかんだで皆好戦的だよね」
私はうんうんと二度頷きを入れ、
「とりあえず止めたほうがいいんじゃないかな。なんか小悪魔の悲鳴が聞こえるし」
「ええ、そうね」
溜息を吐きながら扉を開けるパチュリー。
中を見れば、そこは星の海だった。
星屑の弾幕をばら撒き、海を生み出す魔理沙。星の海を泳ぎ数十の人形を繰るアリス。頭を抱えてうなだれる小悪魔。それをなだめる大ちゃん。
魔理沙の弾幕は、相変わらず綺麗だ。出しうる力を把握し、適切な魔法を適切に使って宙に星空を描く。ただの戦いでは非効率なその行為は、しかしこの場においては最適な動きを持って空を行く。
……スペルカード研究の第一人者って言ってもいいくらいよね、魔理沙は。
なにせ、スペルカードの専門書を自筆したほどの研究者だ。パチュリーの図書館にも一冊寄付という名の押し付けをして置いていったようで、私も読んでみたことがある。
「そういえば一枚禁止裁定出てたわね、私のスペルカード」
そう考えると、図書館に来てみたのは正解だったかもしれない。スペルカード開発において、魔理沙は結構頼れる存在だ。
「まあ、この戦いが終わるのを待たないと駄目だけどね」
「待つまでも無いわ。終わらせるのよ」
私としては魔理沙の弾幕をもう少しみていたかったのだけど、パチュリーが言うなら仕方がない。
言うが早いかパチュリーは二人の間に割って入りながら、
「――二人とも、図書館で暴れないでもらえるかしら!?」
「あー? パチュリーもかかってきていいんだぜ!」
「ちょっと今話しかけないで!」
ヒートアップしてるわね。
魔理沙と比べてアリスは冷静な魔法使いだけど、やっぱり熱くなるときは熱くなるようだ。
「ま、幻想郷の人間や妖怪って大抵そんな感じよね」
「あー、フラン様こんにちは。紅茶飲みます?」
「ん、お願い」
小悪魔と大ちゃんの近くに座りながら、そんなやり取りをする。見ればパチュリーが二人の戦いに介入してスペルカードを宣言していた。
「結局パチュリーもそうなるんじゃない」
「後で片付けるのは私なんですけどねー」
「私も後で手伝うよ、こあちゃん」
相変わらず大ちゃんは善良な性格をしている。魔理沙も見習ってほしいところだ。
「……で、ああなった原因はなんなの?」
「なんでも、スペルカード戦におけるレーザーの制限を設けるか否か、だそうで」
「光速の攻撃は少なくしたほうがいいんじゃないか、なんて言ってたよ?」
「魔理沙がレーザー推進派で、アリスが控えたほうがいいんじゃないか、ってところかしら」
確かに、スペルカードで回避不能攻撃を組み入れることは基本的に禁止されている。といっても、防御側の攻撃が攻撃側の弾幕を砕いてしまう以上、実際の意味での回避不能攻撃は存在しないと言っていい。私やお姉さまクラスの妖怪ならば、全方位かつ高威力の弾幕を作ることはできるかもしれないが、相手が同クラスの妖怪ならば意味はない。
その弾幕の中でも、レーザー系の攻撃は別格といえるかもしれない。なぜなら光速の攻撃は、光の速度であるがゆえに、目で認識してからの回避ができないからだ。
ゆえにスペルカードで光速の攻撃を用いるときは、そもそも相手を狙っていない道や壁としての役割を持たせた攻撃か、予めレーザー出す前にタゲッティングの光線を出しておくかの二つに限られる。
また、光撃ではあるが、そもそも速度として光の速さを持たせないという手もある。光弾や、剣のように振り回すレーザーなどがその代表だ。
直接相手に打ち込む光速の攻撃を担うのは、スペルカードを
「魔理沙、レーザー好きだもんね。マスタースパークとかよく使ってるし」
「アリスさんもよくレーザー使ってる印象あるんですけどね」
「三人とも怪我をしなければいいんだけど……」
間違えばスペルカードルールを逸脱することになる攻撃法であるがゆえに、レーザーの使用を控えたほうがいいんじゃないかという考えだろうか。
見ればアリスはレーザーのスペルカードを多用し、魔理沙はお得意のレーザーをあまり使っていない。おそらく魔理沙が狙っているのは、レーザーを多用する相手に対してレーザーを用いず勝利することで、レーザーが相手でも問題なく戦えることの証明をするといったところだろう。
しかしこの問題は――
「……今私が抱えてる問題と、似てるわね」
「フラン様、なにかお悩みでも?」
「んー、まあちょっとね」
本来は回避不能な攻撃の利用と、私の絶対破壊の能力の利用。この二つの問題は似ているのではないだろうか。
やっぱり、図書館に来てみてよかったかもしれない。
頭上でアリスが最後のスペルカードを宣言するのを見ながら、私はそう思った。
●
「な、アリス。私の言った通りだったろ? 使い方をしっかりしておけば、レーザーの一つや二つ問題ないのさ」
「んー、どうやらその通りのようね。この問題のためにレーザーをふんだんに使ったスペルを用意をしておいたのだけど、あっさり避けられるなんてね」
「それ、アリスのスペルカードの構築の仕方が逆に上手すぎただけなんじゃないかしら。もっとも、私は魔理沙の意見に賛成だけどね」
「まあ、光速攻撃の使い方を気をつけないといけないってのは同意見だけどな。狙って打ったとほぼ同時に着弾なんて、スペルカードとしてはお粗末だぜ」
「ちょっと考えすぎちゃったかしら。ま、一時の気の迷いということでお願い」
――つつがなく弾幕ごっこは終わり、今は少し遅い午後のティータイムである。
三人は紅茶を飲みながら、先ほどの戦いについて意見を交わしていた。パチュリーもさっきの表情はどこへやら、その顔は研究熱心な魔女そのものである。
「今日は咲夜さんがいないから私が淹れてみたんだけど……どうかな?」
「うん、とっても美味しいよ」
こっちの二人も相変わらず仲の良いことで嬉しい限り。確かに今日の紅茶はとても美味しい。残念ながら咲夜さんには負けるけれど。
話の内容はともかく、やっぱりお茶を飲むひと時は気分を落ち着かせてくれるような気がする。
「……それでフラン、お前がいるなんて珍しいな」
そちらの話が一段落したのか、こちらに話を振ってくる魔理沙。
「妹様もスペルカードの研究に来たらしいわよ」
「あら、そうなの?」
受けて言うのはアリスだ。私はうんと頷きを入れて、
「まあ、ね。ちょっとお姉さまに言われてね」
「またレミリアがなんか言い出したのか。お前も大変だな」
「いつものことよ」
魔理沙にさえ“また”扱いされるお姉さま。お姉さまの日ごろの行いが垣間見えるというものである。
「それで、レミリアに何を言われたの?」
「なんでも、ありとあらゆるものを破壊する程度の能力を使ったスペルカードを作りなさい、だって」
「また難しいことを言うわね」
そう、難しいことだ。問題を難しくしている要因はいくつかあれど、その中でも大きいのは、
「私の能力は対象を直接破壊することなのよね……そんな能力を、どうスペルカードに生かせっていうのよ」
相手の『目』を壊すことで相手そのものまでをも壊す。そんな私の能力は、不必要に相手を傷つかせないようにするスペルカードルールとは真逆といってもいい能力だ。
殺し合いを遊びにするのがスペルカードルールである。そんな中で、相手を殺す能力を使うわけにもいかない。
眉をひそめた私を見て、魔理沙が声をかけてくる。
「うーむ。対象を壊す能力をスペルカードで使えか……例えば大きな弾幕を破裂させて、その破片を飛ばすスペルカードなんてのはどうだ?」
「それは最初に考えたんだよね」
でも、
「結局それくらいのことは能力を使うまでもなくできるのよね」
私レベルの妖怪となれば、飛ばした弾幕を遠距離から操作することは難しくない。勿論、予め一定時間後に破裂するようにした弾幕を作ることも、だ。
「妹様の能力は、確か物質しか破壊できないのよね」
「ん、そうね」
ありとあらゆるものを破壊するという触れ込みに対して、実は私にも破壊できないものはある。
当然だ。私の能力は、対象のもっとも脆い部分である『目』を破壊することにより、そのもの自体をも破壊する能力だ。
つまり、
「もともと私が干渉できないものに関しては破壊できないのよね……例えば、時間という概念なんかはね」
私は咲夜と違って時間に干渉することはできない。時間の『目』というものが仮に見え、移動できたとしても、私の掌で干渉できないならば、そのことに意味は無い。
所謂概念的なものを、私は壊すことができないのだ。
「昔色々あったのよね。それでまあ、私の能力は物質限定ってことがわかったわけ」
なるほどね、と頷く魔理沙とアリス。私の能力を誰かに説明するのは久しぶりだ。
「フラン様の能力は完全に物体しか壊せない能力なんですよね……むむむ」
「そいつは確かに難儀だな。ま、私としてはスペルカードに使えないほど能力を持ってるってのだけで羨ましいがな」
「あー、それは確かにありますね。私なんかスペルカード持ってないですけど、能力が強すぎてスペルカードに使えないってのは、ちょっと羨ましいですね」
「羨ましい、ねえ」
なんともまあ、複雑な気分である。
「弾幕を避ける側に回ったときに使ってみるってのはどうでしょうか」
「でもそれだとスペルカードを作ったわけじゃないしね」
さっきのレーザーの話ではないが、スペルカードを宣言されている側、相手に直接攻撃を打ち込む側ならばレーザーのような攻撃を放つことも許されている。
しかしそれでは、お姉さまの要求に答えたことにはならない。お姉さまが言っているのは、スペルカード戦に私の能力を生かすことではなく、あくまでスペルカードに私の能力を生かすことだ。
防御側に回ったときに能力を使ったからといって、お姉さまのお題をクリアしたことにはならない。
「難しいですねえ……」
「やれやれ、ね」
結局、私の能力はスペルカードには向いていないのだ。やれることが限定的過ぎて、応用に向いていない。ただ破壊するだけの能力では、弾幕に利用しようがない。
「どうしたものかしらね、と」
しかし。
「私なんかがお茶会にお邪魔して邪魔になるんじゃと心配してたのに、蓋を開けてみたら皆食いつきがいいわね」
「スペルカードの話とあっちゃ、参加しないわけにはいかないぜ」
「まあ、有り難いけどね。そういえば――」
私は小悪魔の隣の大ちゃんに顔を向ける。
「大ちゃん、さっきから話に参加してないけど……やっぱ私お邪魔だったかしら」
折角大ちゃんが小悪魔のところに遊びに来たというのに、私なんかが邪魔してるというのなら問題だ。
しかし大ちゃんはこちらの懸念とは全く別のことを言ってくる。
「いえ……私は大丈夫です。ただ……フランちゃん、気分悪いのかなって」
「え、私?」
決して、気分が悪いというわけではないのだけど。
「さっきからその……なんていうか、話をしているときに、あまり喋りたくないのかなって感じがして」
「……別に、そんなことはないよ」
「でもさっきから、なんか、少し辛そうな感じがするよ?」
……大ちゃんは、変なところで鋭い。
「確かにさっきからなんか歯切れが悪いな。大丈夫か?」
「乗り気じゃないように見えたけど、てっきりレミリアに言われて考えてるのが原因だと思っていたのだけど」
「大丈夫ですか、フラン様?」
皆が私なんかに心配の声をかけてきてくれる。
有り難い話だなと思いながらも、私は自分の様子の原因がわかっていた。
私は気分が悪いわけじゃないし、この話は私が持ち込んだ話題なんだから私が喋りたくないというのはおかしい話だ。
予想通り、図書館に来て相談したのはよかったと思うし、皆とこうやって話してるのも楽しい。
でも、
「ああ……うん、実はちょっとね。さっきから気分悪かったんだ。そろそろ部屋に戻ろうかな」
やっぱり駄目だ。きっかけがあったから試してみようと思ったけど、外から見れば私がなにかおかしいというのはわかってしまうようだ。
「小悪魔、紅茶有り難うね。それじゃあ――」
「ちょっと待って、妹様」
席を立った私に、パチュリーが声をかけてくる
「やっぱり、貴方の能力を戦いで使うのは嫌なのかしら?」
……なんでこう、皆変なところで勘がいいんだろう。それとも、パチュリーには最初からわかっていたのだろうか。
「別に、嫌ってわけじゃないよ。ちょっと気が進まないだけ」
「それを嫌というのよ」
パチュリー以外の皆が何事かと視線を向けてくる。
あんまり、こうなってはほしくなかったんだけどね。
「……まあ、ちょっとあの能力を誰か相手に使うのは気が乗らないってのがあるのよね」
私の能力を生かしたスペルカードが無いのは、別に能力の性質が原因じゃない。最初から、私が作ろうとしなかっただけだ。
最初から考えもしなかったし、考える必要もないと思っていた。だってそれは――
……やめよう。こんな私の事情を皆に話したって仕方がない。
「スペルカードならって思ったけど、やっぱり駄目ね。結局スペルカード作成自体上手くいかないようだし、素直に諦めるわよ」
「妹様」
「いいのよ、パチュリー。……じゃあね、皆」
そういって扉に向かう私。
結局、やっぱり皆に迷惑をかけてしまったかもしれない。
無言の背後を後にして、私は図書館を出ることにした。
●
妹様が図書館を去った後、私達は沈黙していた。
呆気にとられたといってもいい。私を除いた皆は、ただ閉じた扉を見つめていた。
あっさりとしているというか――
「――情緒不安定よね、あの子も」
かぶりを振りながら、私は言う。
「おいおいパチュリー、フランのやつどうしたんだよ」
「本当に調子が悪かったってわけでもなさそうだし、何か事情があるのかしら」
自然と私に視線が集まる。この中で事情を知ってるのは私だけだけど、
「あの子のことはあの子のことだからね……本人が言いたくなさそうにしているものを、私が喋ってしまってもいいのかしら」
そう言うと押し黙る二人。魔理沙も、この遠慮が普段から出てくれればいいのだけど。
「あの、パチュリー様」
そう言ってくるのは、こあだ。その顔は事情を聞きたいという表情でありながら、しかし同時に聞きづらいという表情も浮かべいていた。
「……何、こあ」
「いえ、あの……私も事情がよくわからなかったので、その」
「気になる、って?」
「……家族が辛そうにしていたら、気になりますよ」
家族。家族ね。
「……まあ、ここにいる皆なら言っても大丈夫かしら。魔理沙は怪しいところだけど、他の皆は信用できるしね」
「あー? 私だけ信用がないのはどういうことだ?」
「自分の胸に聞きなさい。で、まあ……そうね。妹様のことね」
魔理沙が不服そうな顔をしているが無言で無視だ。
やれやれと嘆息を漏らしながら、
「結論から言うとね。妹様は、誰かに対して破壊の力を使うことに抵抗を感じているのよ。それが直接相手を狙ったものじゃなくてもね」
「そう、なんですか?」
「ええ……隕石みたいな相手なら、嬉々として使うんだけどね」
言ってまた嘆息を漏らす。
「あの子はね、知っての通り情緒不安定なのよ」
「確かに、初めて私と戦ったときもやけにハイテンションだったしな」
「私が知る限り、あまり変わった様子はないんだけど」
「最近だと大丈夫ですけど……魔理沙さんや霊夢さんが来る以前は頻繁に、その、騒ぎが大きくなることが多かったですよね」
「そういえば私が顔を近づけるとフランちゃん顔が真っ赤になるけど、あれもそうなのかな」
「最後の一つは無視するわよ。でもまあ」
一旦言葉を区切りながら、
「小悪魔が来るより前にね、一度妹様が大暴れしたことがあったのよ。確か、私とレミィと美鈴が一つの館で暮らし始めてから少し経ったときのことだったわね」
「私が来る前、ですか?」
「そうね。その頃から妹様は地下室に住んでいたのだけど……そのとき妹様が本気で暴れてね。私とレミィと美鈴の三人がかりで押さえ込んだんだのよ。でもそのとき――」
一息。
「妹様がレミィを“壊した”のよね」
自分の言葉で皆が静けさを得たのを見ながら、私は言葉を続ける。
「レミィは吸血鬼だからね。肉体が壊れても死にはしなかったわ。まあ、腹から胸にかけて大きく壊されたから、吸血鬼でも危ない傷だったかもしれないけどね」
そして、
「その後目覚めた妹様に話を聞いたらね……自分のしたことを覚えているし、自分の意思でやったとも言っていて――しかし、自分では抑えきれなかったが故の行いで、本当は壊したくなかったとも言っていたのよ」
覚えている。自分の手で姉を壊してしまったのだと言ったときの妹様の顔を。その顔は、
……泣いていたわね。
「押さえ切れなかった、か」
「そうよ魔理沙。スペルカードなんてない時代の妹様は、よく暴れていたのよ。丁度、子どもが癇癪を起こすようにね。今でこそなりを潜めてるけど」
いずれ魔理沙と霊夢にはお礼を言いたいわねと思うが、今話すべきは別にある。
「それからね。妹様が自主的に引きこもるようになったのは。……妹様は、私やレミィが閉じ込めていたってだけじゃないの。妹様自身が閉じこもっていたのよね」
だから、
「今でも思っているんでしょうね……自分の能力は、制御しきれない未熟な能力だって。感情を抑えきれなくなる自分は、駄目な子なんだって。私からすれば、もうあの子の能力は完全に制御できてると思うのだけど」
言って答えるのは、やはりこあだ。彼女は頷きと共に、
「そう、ですよね。フラン様、妖精メイドの間じゃ人気者なんですよ? レミリア様よりも話しかけやすくて頼りがいがあるって」
「そうね……さっきも妖精メイドに頼みごとをされていたみたいだし」
そう言ったこちらに答える声があった。それは小悪魔の隣に座る大ちゃんのもので、
「頼られる、ですか? それはどういう……」
「妹様の能力を使って小物入れの鍵を壊して開けてほしいって頼みだったみたいね。ちゃんと壊せていた上に妖精メイドに駆け寄られていたし――全く、妹様はもっと自信をつけてもいいわよね。あのメイドの様子をみるに、とても喜ばれていたようだし」
言えば、何故か大ちゃんは押し黙った。それは何かを考えるような沈黙で、
「……どうしたの、大ちゃん」
「あ、いえ、なんでもないです」
ならいいけど、と言ったうえで周りを見渡す。
……まあ言ってはみたものの。
言われても困るわよねと、パチュリーは思う。結局は妹様の気持ちの問題だし、放っておいてもいずれは解決するかもしれないことだ。
今日、能力を使おうと思ったこと自体進展だし、焦ることも無いだろう。
「まあ、そういうことだから皆も気にしないでいいわ。いずれは私達で解決するつもりだから今日のところは帰って――」
言って気が付く。皆の目が、諦めや納得の色を持っていないことを。
この表情の意味するのは一体、どういう感情なのだろうか。
「――ええと、皆どうしたの?」
●
人里から帰ってきた咲夜は、主の部屋で主が槍を構える姿を目撃していた。
……ええとこれは……。
「……お嬢様、ただいま戻りました。それでこの状況、どのようにコメントすればいいのでしょうか」
「フ、フフ、咲夜。ありのままの感想をくれれば私は満足、よ」
「そうですか、では。――ずいぶんと疲れそうですね、その格好」
「ええもう本当疲れたわよこれ……」
言って弾幕を消し大の字でベッドに横たわったレミリアを見ながら、
「一体どうされたのですか――ああパチュリー様からまた何か借りてきたのですね――ああそれであんな格好を――ああ素晴らしいポーズだったと思いますわ」
「説明せずとも理解してくれるとは素敵よ、咲夜」
「私もその本は読んだことがありますので」
「あら、そうだったの。咲夜は木陰の下でミステリー文庫の頁でもめくっているようなイメージがあるのだけれど」
「私は知識は狙って仕入れますけど物語は乱読派なのですわ、なんて言ってみたり」
そういえば、と前置きしながら、
「私が帰るまでずっとそのポーズをされていたのですか? 誰もいない中お疲れ様です」
「咲夜が言うと嫌味に聞こえないからいいわね……でもまあ、誰も来なかったわけでもないわよ。途中でフランが来てね、ちょっと話をしてやったわ」
「そういえば出かけるときに妹様に会ったような」
「フランのやつそれを言いなさいよ……!」
主がひときしり呻くのを待った後、落ち着き払って咲夜は言った。
「それでお嬢様、妹様になんの話を?」
「ああ……ほら、この間から話してたことよ。とても良いきっかけができたからね」
「良いかどうかはおいておくとして、やっと切り出されたのですね」
最近その話ばかりでしたからねと、咲夜は思う。
前々から考えてはいたのだろう。こちらに相談してきたのは一週ほど前だったと思うが、そうしたのも自分の中での整理ができたからだろう。
自分にさえやっと話してくれたことだ。このタイミングで妹様に切り出したのは、寧ろ早かったほうなのではないかと思いながら、
「それで、どう言って話されたのですか?」
「簡単よ。ありとあらゆるものを破壊する程度の能力を使ったスペルカードを作ってみなさいと言っただけよ」
……あら。
「思っていたことと違いましたわ」
「メイドに予想される程度のことを言ってどうするの? 主はメイドに予想できないようなことをしなきゃね」
「それではせめて命令される前に動きますわ」
そういって肩をすくめて手を後ろにやった直後に
「あら有り難う。流石は咲夜ね」
「それほどでもありませんわ……それで妹様のことですけど、それだけで大丈夫なので? お一人で解決できるようなことではないような気がしますけど」
「まあ大丈夫でしょ。たぶん」
お嬢様も割りと適当ですわよねと思いながら、咲夜は主の言葉を聞いた。
「それに、フランは一人ってわけじゃないしね」
「というと?」
「自分に構う人がいないなんて思ってるのは、フラン本人くらいしかいないのよ」
「はあ」
こちらの言葉に対し、主はあっけらかんと言った。
「どいつもこいつも――変なときだけお節介なやつが多いのよね、全く」
●
ぎい、という扉を開く音。何時も通りの暗い音と共に、私は自分の部屋へと潜り込む。
はあ、と溜息を地面に落としながら、ベッドに横たわる。
「全く……また迷惑かけちゃったわね」
そういいながら、部屋を見渡す。
私の部屋にある家具は少ない。机に椅子に本棚、それに今横たわっているベッド。あるのはそれくらいだ。
机と椅子はワンセットの勉強机とでもいうべきもの。本棚は簡易的な軽いもの。ベッドは木製の、やはり軽めのもの。
本棚には数冊だけ本が置いてある。このサイズの本棚にしては不釣合いな冊数で、置かれた本は力なく倒れ、横になっていた。
それらの家具のどれもが新しい。種類は少なく、長い時間部屋に篭っていたにしては、それらの家具は使い込んだようには見えない。
何故かという、問いの理由は明白だ。
「私が、壊しちゃうからよね」
ふとした弾みで自分を押さえきれなくなって、モノを壊す。だから私の部屋の家具は最小限にしてあるし、取り替えも頻繁に行なわれる。本棚も、借りてきた本を一時的に置いておく場所としての機能以上のものを持っていない。本を溜めておいても、本を壊してしまう恐れがあるという理由で、だ。
壊し方は色々だ。手を叩きつけたら机が砕けたこともあったし、感情に任せて弾幕を放ったら部屋が滅茶苦茶になったこともあった。
そして壊すモノも色々だ。それは机であったり、椅子であったり、枕であったり、ベッドそのものであったり、本棚であったり、自分であったり、
「……お姉さまであったり、ね」
お姉さまも、私に壊されておきながら、どうして私の能力を使ったスペルカードを作れなんて言うのだろう。
私は、もうお姉さまを壊したくないのに。
「私は、壊したくなくても壊してしまうのに」
ああ全く、こんな気分なのもお姉さまのせいだ。こんなときは一眠りしてしまうに限る――
そのときだ。トントンと、私の部屋がノックされたのは。
「こんな時間に、誰?」
私の部屋に来るのは、大抵は妖精メイドだ。来る理由は食事の準備が整ったという知らせであることが大半であるが、しかし今はまだ夕飯には早い時間だ。
また、誰かが私に頼みごとをしに来たのだろうか。もしそうなら悪いけど、今日のところはお引取り願おう。
そう思って、私はベッドから降りて扉を目指す。
「本当、私なんか頼らないほうがいいのに」
そう言って扉を開けた先には、妖精がいた。
しかしそれは館の妖精メイドではなかった。
メイド服とは違う、鮮やかな白と青。白いシャツに青の服。
扉の前には、大ちゃんが立っていた。
●
「え……どうして」
言葉が続かない。大ちゃんは私の部屋を知らないはずだし、そもそも来る理由だってないはずだ。
どうしてと、頭の中で連呼する。
「えと、フランちゃん。中、入っていいかな?」
「え、え、あ、うん。どうぞ……?」
思考が追いつかないまま、大ちゃんを部屋に入れて椅子を勧める。
「い、いらっしゃいでいいのかな……?」
私はベッドにすとんと座って大ちゃんのほうに視線を向ける。見れば、大ちゃんは両手を膝の上において私のほうを見ていた。
自然、見つめ合う形になる私達。戸惑いを隠せない私に対して、大ちゃんはしっかりとした視線をこちらに向けている。
これはなんというか、
……はずかしい。
思わず視線を逸らそうとした、そのときだ。
「フランちゃん。私、レーザーと一緒だと思うの!」
「……、えっ?」
「レーザーと一緒で、使い方を間違えなければ、大丈夫だよ!」
一体何を言い出すのだろう。レーザーと一緒とはどういう――
ああ、そうか。たぶんそれは、
「私の、能力のこと?」
「えっ? あ、うん、ごめん。そう、フランちゃんの能力のこと」
主題を言っていないことに気が付いたのか、少し慌てて言う大ちゃん。
「……そのことで、私の部屋に来たの?」
「……うん。私達、パチュリーさんに聞いたんだ。フランちゃんのこと」
聞いたとは部屋のことだろうか。それとも、私の事情について聞いたのだろうか。
「知っちゃったの? 私が、気が触れてるってこと」
「気が触れてるなんて……昔、フランちゃんがレミリアさんのことを、壊しちゃったときのことを聞いたんだよ」
あのときのことか。でも、
「それを知ったならわかるでしょう。――私はね、狂ってるの。大好きなお姉さまを壊してしまうほどに、ね」
そうだ。正常な思考をしている者ならば、決して、あんなことはしない。
「……大ちゃんも、もう帰ったほうがいいよ。今私気分悪いから、大ちゃんも壊しちゃうかもしれないよ」
「そんなことないよ!」
――大声を出して立ち上がる大ちゃん。それだけじゃない、大ちゃんはこっちに近づいて私の肩を掴んで、
「――フランちゃんは、絶対に私のことを壊さないよ!」
言われる。それは精一杯の声を出した叫びで、大ちゃんの目は私の目を真っ直ぐに見ていた。
私は驚く。どうしてそんなことが言えるのかと。どうしてそんなに必死になって言うのかと。どうしてそんなに泣きそうな顔になっているのかと。どうして――
「――どうして。私が、怖くないの?」
口から出たのは純粋な疑問。私が狂えば、貴方も壊してしまうかもしれないのに、どうして怖くないのかと。
「……怖くないよ。だって、フランちゃんは私を壊さないもの」
「どうして、そんなことが言えるの」
「パチュリーさんが言ってたよ。妹様は、最近じゃ暴れることもないし、もっと自信を持っていいんだって。それに、メイドの皆からも信頼されてるって」
確かに、最近は意識もはっきりしている。それに誰かに頼られることも多くなった。けれど。
「……駄目だよ。いくら意識があったって。私の狂気は、無意識の領域で誰かを壊してしまうんだもの」
「駄目じゃ、ないよ」
言われる。大ちゃんは私の両手を取って握り締めながら、
「だってフランちゃん。無意識のうちに、皆を壊さないようにしようって考えてるもん」
「そんなこと――」
「あるよ。だって、パチュリーさん言ってたもん。フランちゃんに鍵を壊してってお願いしたメイドさん達が
それは、
「フランちゃんがメイドさん達から無意識のうちに離れてたから、駆け寄らなければいけない距離が空いていたんだよね。フランちゃんが、メイドさん達まで壊してしまわないようにって離れてたから」
「――」
「無意識のうちにそんなことができるんだもの。大丈夫だよ。フランちゃんは、私を壊したりなんかしない」
私の手を取っている大ちゃんは、その身体を近づけてきて言う。
「大丈夫だよ」
再度言われた言葉は、私の中に響いてきて、
「……本当に、そう思うの? 私は、もう心配することなく私の力を使っていいって。私は、もう狂わないって」
「思うよ。フランちゃんは、もう、自分自身を抑えられるって」
なんでだろう。ずっと自分じゃ駄目だと思っていたのに、大ちゃんの言葉なら信用できる気がする。
なんだかおかしい。自分のことなのに、他人に言われてやっと納得できるなんて。
「あっ。でも、一つだけ約束してほしいことがあるかも」
「えっ、何?」
「ええとね。できるだけ、私から離れないようにしてほしいんだ。だってもう、フランちゃんは自分の力を、ちゃんと制御できるんだもの」
「どうして、離れないでなんて言うの?」
「当たり前だよ。だって――」
もはや間近に見える大ちゃんの顔は笑みを浮かべていて、
「大好きな人が離れて行ったら、悲しいもん」
今度こそ、私は言葉を失った。
そんなの、ずるい。そんなこと言われたら、いやがおうにも受け入れるしかないじゃないか。
「え、え、そんな、大好きだなんて、だって私も、いや、そうじゃなくて」
妙に冷静な頭と違って、私の口はおかしなことしか喋らない。
ああもう、本当にずるい。
「……はあ。誰に文句を言えばいいのよ、これは」
やっぱりお姉さまだろうか。でもパチュリーあたりに言ったほうがいいかもしれない。でもあの場にいた魔理沙やアリスや小悪魔にも責任が――いやいやそもそもどうして大ちゃんだけが――
「……フランちゃん?」
「え、あ、ううん。なんでもないのよなんでも」
仕方がない。ここは素直に私の負けということにしておこう。
「……あいつらには、完成したスペルカードの実験台になってもらおうかしら」
ここまで言われたら、破壊の力を使ったスペルカードを意地でも完成させてやろう。こうして信頼してくれる人もいるわけだし。
「ああでも、結局魔理沙やパチュリーを頼らないと駄目かもね」
「スペルカードのこと?」
「そうそう。まあ、近いうちには作ってやるわよ」
なにせ、妙にやる気が起きているのだ。さっきまでの憂鬱な気分とは打って変わって、まるで青空のような気分。なんて、吸血鬼がそんなことを言うのもおかしいけれど。
「見てなさい皆! 私のスペルカードを!」
大ちゃんと二人で笑いあいながら、私はそう叫びを上げた。
●
「……どうやら上手くいったみたいだな。大妖精のやつに任せてよかったぜ」
「ちょっと魔理沙、盗み聞きはよくないわよ」
「そういうアリスも盗み聞きしてるじゃないか」
「私は仕方がなく付き合ってるだけよ」
「よく言うぜ」
妹様の部屋の前は、どう見ても人口過密だった。一つの扉に四人が張り付いているのだから当たり前だけど、全く悪びれずに聞き耳を立てているのはどうかと思う。
「……でもまあ、仕方がないわよね。妹様が心配なんだもの。そういうことにしておきましょう」
部屋の中からは妹様の元気な声が響いてくる。
「しかし大妖精も上手く言うもんだな。私じゃ、ああはいかないぜ」
「彼女の場合は根が純粋なのよ。あんたや私と違ってね。そもそもありのままの思いを伝えただけで、最初から上手く言おうだなんて考えてなかったんじゃないかしら」
「そうだな。アリスとは違うよな、アリスとは」
「なんで私だけ強調して言うのよ」
「特に他意はないぜ」
「……あんた達、少しは静かにしなさいよ。妹様と大ちゃんに聞こえるでしょう」
そもそも大ちゃんは私達がこうして聞き耳を立てていること自体知らない。誰かが妹様の部屋に行こうとなったとき、真っ先に飛び出して行ってしまったのだから。
「いやあしかし、ああ言われちゃあ私もスペルカードの開発を手伝わないわけにはいかないな。頼りにされてるやつはつらいぜ。なあアリス?」
「……なんで私の名前を言わなかったのよ、フランは」
「アリスさん、落ち込んでます?」
「そんなことはない。そんなことはないわよ」
俯きながら言う台詞じゃないと思うのだけど。
「まあ、協力はしたいわね。折角妹様がやる気を出したのだし。具体的な案が思いつかないのが問題だけど」
「ああそうだ、ちょっと聞きたいことがあったんだ」
「なによ魔理沙、藪から棒に」
にやりと笑いながら聞いてくる魔理沙。この顔は何かを思いついてる顔ね。
「フランの能力なんだがな。あいつが目に見える物体しか壊せないのは何故なんだ?」
「目に見えなくても物質なら壊せると思うけどね。……その答えは簡単よ。結局妹様の能力は、その物体のもっとも緊張しているところ、『目』を手で握りつぶすことで、対象を壊す能力なの。だから、元々妹様が干渉できないものは壊せないのよ」
「なるほどなるほど」
そういって腕を組み、扉に寄りかかる魔理沙。
「つまり、フランのやつが干渉できさえすれば、本当の意味でありとあらゆるものを壊すことができるんだよな? 例えば、時間や運命なんかを」
「ええ、そうよ。でも、咲夜やレミィじゃないんだから、そんなものに干渉できるわけが――」
言って気が付く。魔理沙の言う意味を。それは、
「――咲夜やレミィの力を込めた品ならば、時間や運命の『目』に干渉できるんじゃないか。そういうことね?」
「ああ、そういうことだ。咲夜のスペルカードで投げつけてくるだろ、当たった相手の時間を止める懐中時計とか。ああいうものみたいに、あいつらの能力の力を込めたものであれば、時間なんかの『目』にも干渉できると思うぜ」
「なるほど、それは考え付かなかったわね」
「流石ですね、魔理沙さん」
「へえ、なるほどね。そういう方法があったんだ」
「魔理沙さん、そんなことを思いつくなんてすごいです」
……あら、最後の二人は誰の声だろう。どうやら魔理沙の後ろから聞こえてきたのだけど。
いや、わかっている。その声が誰のものなのかは。
見れば、したり顔でうんうんと頷いている魔理沙とは別で、アリスとこあはどうやら事態に気が付いたようだ。
「まあ後でフランのやつに教えてやるかな。ばれないように図書館で待機することにするか」
「どうして私が図書館に行くと思うのかな?」
「そりゃあお前、あのやる気の出しようを見れば、今日のうちにでも相談に来そうなのがわかるってもんだ」
「よくわかったね。私も今から図書館に行こうとしてたんだよ」
「ああ、来るがいいさ……あれ?」
頷きをやめてはたと顔を上げる魔理沙。当然のように私とアリスとこあは扉の前から退避しており、ただ魔理沙だけが取り残されていた。
「あれーおかしいなー。なんか扉が開かないなー。なにかが扉の前にあるみたいなんだけどなー」
「はははフラン、そりゃあ当たり前だぜ。今扉の前には魔理沙さんがいるからな」
「……もしかして、全部聞いてた?」
「……ははは」
「……うふふ」
「……」
「……」
「えーと、フラン?」
「きゅっとして、ドカーン」
直後、盛大に壊れる扉。吹き飛ぶ破片。壊れた扉の向こうには、妹様と困ったような表情を浮かべる大ちゃんが佇んでいた。
「ええとだな、フラン。これはその、お前のためを思ってだな――」
「魔理沙」
びくりと身体を振るわせる魔理沙。遠くに退避しているこちらに視線を向けてくるけど、無視。無視だ。
「ええと……」
「なにか、言い残すことはある?」
視線を妹様に戻す魔理沙は、さながら死刑宣告を受けた犯罪者のようだ。まあ、泥棒に定評のある魔理沙はある意味犯罪者なわけだけど。
魔理沙は暫しの無言の後、冷や汗をかきながらどうしたものかと悩んだ末、大きな頷きと共に右親指を上げ、開き直ってこう言ったのだった。
「――しどろもどろになってたお前、かわいかったぜ!」
「馬鹿っ!」
直後、大振りのレーヴァテインが辺り一面をなぎ払った。
わあ、と声を上げながら退避する私達は、確かに見たのだった。妹様の、怒りながら、しかし笑っている顔を。
……言ったでしょう、妹様。レミィも、ああ見えて結構頭を使ってるのよ。
皆と一緒に逃げながら、私は一人そう思った。
●
「ポーズも重要だけど、やっぱり一番重要なのは中身よね。フランもそう思わない?」
「何時間もポーズの練習をしていた人の言うことかしら、それ」
真夜中にお姉さまの部屋を訪れると、お姉さまは優雅に紅茶なんて飲んでいた。
開口一番の台詞がそれなのはどうなのだろうとは思うけど、今更お姉さまに突っ込んでも仕方がない。
「……まあいいわ。お姉さま、経過報告だけしておくわ」
「なんの報告かしら」
「スペルカードよ、スペルカード。なんとか作れそうな感じだから、それだけ言っておこうと思って」
そう言うと、お姉さまはわざとらしく驚いて、
「あら、もう見通しがたったの。これは驚きね」
そんな無駄なリアクションを取るお姉さまを見て、私は溜息を一つ。全く、この姉は素直じゃないんだから。
そういうところだけ、私と似ている。
「ま、そういうことだから。じゃあ私は部屋に帰るわ」
言うだけ言って背を向ける私。お姉さまは特に何を言うでもなく、ゆったりと椅子に座っている。
……本当、素直じゃないんだから。
「……お姉さま、有り難うね。お姉さまも、私がもう大丈夫だって思ってくれたから、私の能力を使ったスペルカードを作りなさいなんて言ったんでしょう?」
「経過報告だけじゃ、なかったのかしら」
背を向けている私は、お姉さまの表情を見ることはできない。でも、
「これも経過報告よ。もう、大丈夫だから」
「……そう」
声のトーンが、少しだけ変わる。
少しはわかりやすく感情を表に出してくれてもいいんじゃないだろうか。いつもは子どもっぽいくせに、こんなときだけ大人のような対応をしてくるから困る。
でもまあ、
……お姉さまが気遣ってくれたっていう事実だけでも、十分よね。
だから私は、そんな素直じゃないお姉さまの意を汲んで、部屋を出て行ってあげることにしたのだ。
「それじゃあね。近いうちに、新しいスペルカードを見せてあげるからね」
「ふふ、期待してるわ」
今度こそ、部屋へと戻ろうとする私。
スペルカード開発のヒントは得た。協力してくれる仲間もいるし、信じてくれる人だっている。
こんな状況でスペルカードを作れないはずがない。
「ふふ」
明日からまた考えよう。一日も早くスペルカードを完成させてやるんだ。
「あはは」
そうだ、明日から楽しくなる。お姉さまの言う通り暇潰しとして、私は私を否定せずに楽しくスペルカードを作ろう。
皆でスペルカードを作るのはきっと楽しい。だってスペルカードルールは、楽しみを得るためのものなんだから。
そして、
「お姉さまに見せてあげるわ、私が、もう大丈夫だって姿を!」
素直じゃないお姉さまのために、私は高らかに宣言したのだった。
実に面白かったと判断します
特に大ちゃん。
短編でもいいので後日談が読みたいですw
他の18作品も読ませていただきました。
どれもこれも素敵なお話でした、ありがとうございます。