紅魔館の風景を見て違和感を指摘しなさい、と言われたら、まずはどう答えるだろうか。窓ひとつ無い館の風貌、ある境界からぴたりと止む雨、なるほど、確かにそれらは違和感に違いない。しかし、今現在の風景に限っていえば、それらよりも先に指摘せずにはいられないことがあるはずだ。
あたたかい日差しが降り注ぐ青空の下、私は黙々とベッドメイキングを進めていた。屋外である、ということ以外、やっていることは普段通りの仕事だ。館の象徴である紅とは対照的な純白のシーツに包まれたベッドが門前に並ぶ風景は、紅魔館を知るものであればだれもが首を傾げるものだろう。
「咲夜さん、このベッド使ってもいいですか? うわぁ、ふかふかだぁ。こんなのに包まれたら3秒も経たずにぐっすりですよ。」
もちろん、館の象徴の紅とはこの門番を指しているわけではない。私はメイキングが済んだベッドの一つにもたれかかって幸せそうな顔を浮かべている美鈴に声をかける。
「だめよ、これは明日のための準備なんだから。あぁ、またメイキングやり直さないといけないじゃない。ほら、離れなさい。……美鈴? 美鈴?」
本当に3秒も経たずに眠ってしまった。幸せそうな顔ですぅすぅと寝息をたてている美鈴は、怒りの感情を通り越して呆れさせてくれた。仕方ない、このベッドはまた後で整えよう、と心に留め、私は作業を再開する。
そもそもなぜこのような作業をしているのか。理由などひとつしかない。お嬢様の気紛れな思いつきである。このような思いつきに至った過程は、数日前にさかのぼることになる。
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その日、私はお嬢様の散歩の付き添いをしていた。館の周りをのんびり散策する程度のものであって、散歩というよりはむしろ巡回といった方が正しいかもしれない。春告精の便りはまだとはいえ、徐々に日差しはあたたかくなり、風も心地よくなってきている。実に快適な散歩日和である。
「咲夜…… 美鈴の仕事は何だったか、確認してもいいかしら。」
「『門番』ですね。間違っても、『立ちながら眠るという大道芸を披露する』ことではありません。」
「まったく…… 羨ましいわね。仕事の最中に居眠りなんて。」
門の前では門番が立ちながら腕を組んで眠っていた。お嬢様は呆れた様子でため息をひとつつき、その肘をトントンと叩く。本当は肩をたたくべきところだろうが、若干の身長差があるためにこのような形で妥協しているらしい。
「すぅ…… すぅ…… はっ! お、お嬢様! これからお出かけですか?」
「いいえ、ただ散歩していただけよ。それにしても、あなた、この季節になると居眠りする姿を見かけることが多くなるわよね。」
「それは、その…… ほら、春眠暁を覚えずっていう言葉があるくらいですから。この時期になると、つい眠気に負けちゃうんですよ。あたたかくて、ぽかぽかした日差しを受けると…… つい…… すぅ……」
「美鈴!」
「はわぁっ! とと、すみません。会話の途中で眠ってしまうなんて。」
「気を扱うことができるなら、眠気をちゃんと管理しなさい。それじゃあ私はもう行くけど、ちゃんと仕事するのよ。」
そう言うと、お嬢様は日傘をくるくるとまわしながら歩いて行ってしまった。お嬢様を追いかける前に、苦笑を浮かべる美鈴に近づき、そっと囁く。
「わかるわよ、その気持ち。でも、仕事はちゃんとしないとね。」
軽く微笑みを送ってあげると、美鈴の顔も心なしか明るくなったように見えた。私の知る限り、眠りに誘うことで春の陽気に勝る存在は無い。そんな風に心地よいと感じるあたたかな日差しも、吸血鬼にとっては身体に障るもの。お嬢様に日向ぼっこの心地よさを説くわけにもいかないのである。
「咲夜、ひとつ聞いてもいい?」
「なんでしょうか?」
「どうして美鈴はよく居眠りをするのかしら? 何か心当たりでもある?」
だから、こんな質問をされると回答に困るのである。曖昧な回答ではぐらかすか、正直に説明すべきか。迷った末に私が苦笑を浮かべながら、残念ながら、と曖昧な回答を返すと、難しそうな顔をして考え込んでしまった。
そして、その日の夕食の後、私はお嬢様の部屋に呼び出されたのである。
「ねむりや?」
聞きなれない単語に、私は首をかしげる。
「そう、『眠り家』よ。幻想郷の住民を集めてお昼寝をさせるの。」
お嬢様の唐突な思いつきはこれが初めてというわけではない。ただ、これまでの企画のどれもが宴会のごとく騒ぎたてようというものであっただけに、今回の企画の意図をつかみとれないでいた。
「お嬢様、睡眠が目的で集めるということでしたら、賑わうというよりむしろ静かになるのではないでしょうか。宴会のような盛り上がりは、期待できないと思いますが……」
すると、お嬢様は顔の前で手をひらひらとさせて、今の言葉が見当違いであるという意思を伝えてきた。
「美鈴が居眠りの代名詞みたいに言われていることは、あなただって知っているでしょう? このままじゃ、紅魔館の名に傷がつきっぱなしになっちゃうわ。そうじゃなくて、紅魔館の門はお昼寝をするのに絶好の場所であるっていうことをアピールするの。そうすれば、美鈴の名誉は回復するし、ひいては紅魔館の名誉も回復することにつながるはずよ。それに……」
そこまで言って口ごもるお嬢様。少し俯き加減の顔の口元に、軽く握った手を持っていく。少しばかり思案した様子が見えたが、すぐに姿勢を正して私に向き直った。
「……まぁ、そういうわけだから、早速準備を始めなさい。私は、天狗あたりと連絡をとって宣伝してもらうから。」
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というわけで、このような奇妙な風景が完成しつつあるということだ。お嬢様の気紛れに振り回されることは多いが、今回の件については私もそれほど悪い気はしない。春の日差しに包まれて眠るあの心地よさを知るものであれば、誰もがこの企画を歓迎するだろう。
作業が一段落して、残すは例のベッドを残すだけとなった。相変わらず幸せそうな笑顔で寝息を立てている美鈴の姿は、今回の企画に太鼓判を押すに十分なもののように感じた。
「そんなに気持ちいのかしら……」
ふと、そんな興味が湧いてしまい、少ししわが寄っているベッドに倒れこむ。しばらくの間日差しを浴びていたこともあって、とてもあたたかい。一度誘惑に負けてしまうと、もう戻ることはできない。私の意識は少しずつ薄れて行った。
「さすが、紅魔館のメイド長が太鼓判を押すだけあって、気持ちいいなぁ。」
今、私の目の前では、白黒の魔法使いが幸せそうな顔でベッドに横たわっている。掛け布団の上に置かれた新聞には、私と美鈴がベッドに並んでもたれかかっている写真が載っていた。まさか、自分の寝顔が宣伝材料に使われるとは…… しかも、よりによって美鈴と一緒に写っているなんて、後悔しても後の祭りと言うしかない。
「レミリアも、たまにはいいことを思いつくもんだよなぁ。ここは雨が降る心配もないし、日向ぼっこには最適な場所だよ。はぁ…… いいなぁ……」
美鈴ほどではないが、ベッドに入って数分も経たずに寝息をたてはじめる魔理沙。そんな様子を見ていると、お嬢様の言うとおり、紅魔館の門の前は昼寝をするのに絶好の環境なのかもしれないと思ってしまう。
「どうやら、なかなかの好感触のようね。」
めったに外に出てこないパチュリー様ですら、こんな風に様子を見に来るほどである。
「えぇ、やはり、この季節の睡眠の誘惑は、抗うのが困難ですから。むしろ望んで受け入れようと思うのが自然なのではないかと。」
「春だけの特権ね。夏は暑すぎるし、秋は肌寒いし、冬なんてもってのほか。春だからこそ、この感覚が味わえるのよ。……というわけで、私も、この誘惑にのまれたいんだけど……」
私は笑顔でベッドを薦める。断る理由なんて、あるはずがない。求めるならば、平等に快適な眠りを提供すること。私がお嬢様から指示された内容はこれだけである。 パチュリー様がベッドにもぐってから、すやすやとした寝息が聞こえてくるまでに、そう時間はかからなかった。
「あら、一番乗りは逃しちゃったみたいね。」
声のする方に視線を向けると、そこには紅白の巫女が立っていた。軽くあくびをしている様子を見ると、眠る気満々といったところらしい。
「あわてなくても、ベッドは充分に用意してるから大丈夫よ。」
「そうは言ってもねぇ…… ふわぁ…… 場所取りって、結構重要なことじゃない?」
「条件はみんな同じなんだから、場所なんて気にするほどのことでもないでしょう?」
「わかってないわね、咲夜は。日向ぼっこは、明るすぎてもだめ、あたたかすぎてもだめ。お日様と自分の感覚が絶妙のタイミングでシンクロした時にこそ、至高の快楽に包まれるものなのよ。」
うっとりとした表情で語る霊夢は、ちょっと間違えれば誤解されるような危険な発言をしていることに気づいていないらしい。とにかく、来るもの拒まずという姿勢は崩すわけにはいかない。私は自然に見えるように愛想笑いを返してベッドを薦めた。霊夢はすぐにベッドに入り込むわけでなく、しばらくの間まわりを見渡して何やら吟味していたようだったが、結局のところ最初に勧めたベッドに落ち着いたようだった。ベッドに入ってから寝息が聞こえるまでの時間は、魔理沙以上パチュリー様未満といったところだろうか。やはり、霊夢も人の子なのである。
その後も、休暇をとれたからと言ってやってきた三途の河の死神や、主の狐と一緒にやってきた黒猫、竹林の兎、妖怪の山に住む天狗や河童、果ては湖で遊び疲れた妖精たちに至るまで、客足は絶えなかった。開始初日でこれほどの人気が出るとは、やはり誰もが睡眠欲を持て余しているということなのだろうか。
「まさか、こんなに集まってくるなんてね……」
声のする方に目を向けると、日傘をさしたお嬢様が様子を見に来たところだった。企画者であるとはいえ、これほどの来客は予想以上だったようで、少しばかり驚きの表情がうかがえた。なにせ、紅魔館の予備のベッドをすべて用意したにもかかわらず、そのほとんどが埋まってしまったほどであるのだから。
「たしかに、もう少しで定員オーバーですからね。でも、これで紅魔館の門は誰もがつい昼寝してしまう場所だということが証明されたわけですし、企画としては大成功ですね。」
そう言ってお嬢様に笑顔を向けるが、当のお嬢様の顔は若干暗かった。目的はほぼ達成したはずなのに、どうしてだろうと私は首をかしげる。改めて、お嬢様、と声をかけると、はっとした様子で笑顔を向けてきた。
「・・・そ、そうね。これだけの数がすぐに眠っちゃうんだから、きっと、そうよね。」
やはり、いま目の前にあるお嬢様の笑顔はぎこちない。しかし、それを指摘するにしてもなかなか言葉が見つからなかった。まごまごしているうちに、それじゃ、明日もよろしく、と言い残して、お嬢様は戻って行ってしまった。
「……ん、ふわぁ、よく寝た。」
お嬢様を追いかけようかという思考は、昼寝から目覚めた魔理沙の声で遮断された。両腕を上に持っていき伸びをする魔理沙に近づき、私は目覚めの言葉をかけた。
「寝心地はいかがでしたか? お嬢様?」
「おいおい、なんだかくすぐったい言い回しだな。私は咲夜の主じゃないんだから、そんなに畏まらなくてもいいよ。」
「いえ、今回は『お客様』として迎えていますから。礼儀を尽くすのは当然のことです。」
「これまでも、図書館に用事がある『お客様』のつもりだったんだがな。まぁ、人生で5本の指に入るくらい快適な昼寝だった。これ、明日もやってるんだろ? また来てもいいか?」
「えぇ、お嬢様の気がすむまでは続くと思いますので、それまでの間は存分に堪能していただけたら、と。」
この様子だと、常連が増え続けて本当に定員オーバーになってしまいかねないな、という考えが頭をよぎり、その時の対策はどうしたものかと思った時、ふと、魔理沙がつぶやいた。
「しかし、企画者本人がこの心地よさを味わえないというのは、なんというか、皮肉なもんだな。」
ふと、さっきのお嬢様の暗い表情が浮かんできた。
「……お嬢様は、太陽の光よりも、月の光を浴びる方が心地良いというに決まってます。」
気がつくと、そんな言葉を口にしていた。目を丸くしてこっちを見る魔理沙に、私は続ける。
「お嬢様は吸血鬼です。種族として、太陽の光を好むということはあるはずがありません。」
絶対の自信を持って断言する私を見返して、魔理沙は質問を投げかけてきた。
「へぇ…… それじゃ、どうしてレミリアはこんな企画を思いついたんだ?」
「それは、紅魔館の門は誰もがつい眠ってしまう、昼寝をするのに最適な場所であることを証明するためであると……」
「そもそも、おかしいと思わないか? 昼寝をするのに最適だと言いながら、自身は参加できない。これまでのお祭り騒ぎのような盛り上がりもない。単に快適な眠りを提供するっていうなら、べつに月光浴だって良かったはずだ。月の光を好むんだったら、むしろそうするべきだろう。」
企画を提案した日、それに、と言って口ごもったお嬢様の表情が頭をよぎった。やはり、まだ私が気づいていない思惑が隠れている。そこまでは思い至るものの、やはりはっきりとした答えが浮かんでこない。
「そう難しい顔をするな。咲夜みたいに難しく考えすぎると、レミリアみたいな単純な思考は逆に読み解けないのかもしれないな。ま、私に任せてみな。明日、レミリアの真意とやらを暴いてみせるさ。」
じゃあ、また明日、よろしくな、と言い残して、魔理沙は箒にまたがって飛び去った。紅魔館の名誉のためではない、この企画に込められたお嬢様の真意。魔理沙が言うには単純なことらしいが……
私はとりあえず思考を中断した。魔理沙に続いて他のお客様達も目を覚ますことだろう。それぞれに挨拶をして見送った後は、明日に備えて改めてベッドメイキングをする必要がある。私はとりあえず、目の前に拡がる仕事に集中することにした。
翌日、『眠り家』が始まる時間より少しばかり早く魔理沙が訪れた。
「あら、早いわね。今日はまだ『眠り家』は始まっていないわよ。」
「あぁ、いいんだ。これくらいの時間の方が、準備するにはちょうどいいと思ってな。それより、フランは今どこにいる? あいつに用があるんだけれど。」
妹様に用事? 思わず首を傾げるものの、特に何か悪い方向に心当たりがあるわけでもなく、いつものところにいるということを伝える。準備という言葉が引っ掛かったが、推測する手がかりもなかったために、私は並べられたベッドの点検に向かうことにした。
一通り点検し終えた私は、今日の『眠り家』の開始を報告するためにお嬢様の部屋へと向かった。部屋の扉をノックしようとした時、部屋の中が何やら騒がしいことに気付いた。
「お姉さま! だからこれがあれば大丈夫なんだって!」
「そういうことじゃなくて…… もぅ、余計なことをしてくれたわね、魔理沙。」
妹様とお嬢様の声、そして、魔理沙の笑い声が聞こえてくる。さっきの様子からして、魔理沙が騒動の火種を持ちこんだのであろうことは明らかだ。頭を抱えてため息をひとつつくと、トントンと軽くノックをして扉を開いた。
「ほんとにあなたは、頼んでもいないのにこんなことを…… あ、咲夜……」
まず目に入ったのは困り顔のお嬢様だった。次に、おねだりをするときのような上目づかいでお嬢様を見る妹様、そして、その横でにやにやと笑顔を浮かべている魔理沙を確認した。
「お嬢様、これは一体、どういうことなのでしょうか。」
「どういうことも何も、魔理沙がフランをけしかけたんでしょう?」
そう言って魔理沙を睨むお嬢様。視線を受けた魔理沙の表情も、さすがに少し硬くなる。とにかく、問題は当人に聞くに限る。私は魔理沙に問いかけた。
「魔理沙…… 一体何をしたのか、教えてもらいたいんだけれど。」
「そんな大したことはしてないって。『眠り家』のことを、フランにちょっとだけ話しただけだ。」
「それだけじゃないわよね。さっきからフランが押しつけてくるこれ、あなたが持って来たんでしょう?」
妹様の手元を良く見ると、ちょうど手のひらサイズのコンパクトのような容器が見えた。
「妹様、それは一体……?」
「日焼け止めのクリームだって、魔理沙は言ってたよ。これを使えば、私たちも日傘なしでお日様の光を浴びれるんだって。だから、ほら、お姉さま!」
そう言ってお嬢様に抱きつく妹様。お嬢様はとても困っている様子だ。一体どうすればこの場を纏められるのかがわからずおろおろしていると、魔理沙がそそくさと部屋を出て行ってしまった。
「ちょっと、待ちなさい! 魔理沙!」
この場は魔理沙を追うのが先決だと考えた私は、お嬢様達に一礼してから急いで魔理沙を追いかけた。魔理沙は思ったよりも足が早いらしく、玄関を出たところでようやく追いつくことができた。
「魔理沙! 一体どういうことなの? 説明してちょうだい。」
「説明はさっきしただろう。フランに『眠り家』のことを話しただけさ。」
「妹様にも、『眠り家』をするということくらいは伝えてあるわよ。つまり、知らなかったわけじゃあない。あなたが何を話したのか、その内容が大切なのよ。」
すると、魔理沙は軽くため息をついた。まるで呆れたような表情をこちらに向けてくる。
「なぁ、本当にまだ気づいていないのか? レミリアがこの企画を思いついた理由。」
「いきなり何を。それじゃあ説明になってないわよ。はぐらかさないで。」
「まぁ聞け。さっきのフランの様子を見ただろう。私には、レミリアよりも充分素直な様子だったとおもうんだけどねぇ。」
素直、といわれても、今一つピンとこない。どこを差して素直と言っているのだろうか。むむむ、という声をだして思案をしだした私にとうとうしびれを切らしたのか、魔理沙はひときわ大きな声を浴びせかけてきた。
「じれったいなぁ! 日向ぼっこがしたいってことなんだよ! レミリアは素直じゃないからな。フランをとおして説得すれば、すぐにでも折れると思ったんだが、なかなかにしぶといみたいだな。説得しきる前に咲夜が入って来たってことだ。まぁ、あそこまで押しきれば、後は時間の問題ってとこまで持って行ったんだけどな。」
私はただ目を丸くして呆然とするしかなかった。だって、その説明だと明らかな矛盾が出てくる。例えば、日光が苦手なはずのお嬢様が日向ぼっこを望むという点。
「魔理沙、どうしてお嬢様が日向ぼっこを望むと言えるの? 論理的にありえないわ。」
「だから咲夜は頭が固いって言われるんだよ。いいか? 単純に考えて、誰かが気持ちよさそうな体験をしてたら、自分もしてみたいって思うのは自然だろう?」
「それは、そうかもしれないけれど……」
私が口ごもると、魔理沙は少し俯き、それまでよりも少し落ち着いた口調で話し始めた。
「今でこそ、幻想郷を飛び回っているわけだが、私だって、昔は空を飛ぶことなんてできなかった。空を見上げて、天狗とか、鳥だとか、羨ましく思ったもんだ。その頃の私は、ただ、羨ましいと思うことしかできなかった。たまに群がってる鳥の中に走りこんで、一気に空に飛び上がっていく中で、ぴょんぴょんととび跳ねたりもしたもんだ。……とと、なんだか、こんな話をするのは恥ずかしいな。」
すこしばかり、魔理沙の頬が紅く染まる。真面目な口調で話していただけに、私は笑顔を向けて誠意を示す。その様子に安心したのか、魔理沙は再び話し出す。
「まぁ、そんなことがあって、私は空を飛ぶことに憧れてたんだ。なんとなく、今回のレミリアの企画は、その頃の私と重なってな。自分には味わえない幸福を堪能する存在を見ることで、少しでも、自分が満足したいっていうところがな。まぁ、こんなのは私の想像だ、本当はどんな風に考えてるかなんて、私なんかにはわかるはずがない。」
いつもそばにいる、咲夜でさえわからないんだからな、と付け加えて、魔理沙は一つため息をつく。お嬢様の気持ちを代弁しているようなところは、少しばかり気に障るものだったが、これくらいのことであれば流してしまう方がいい。改めて、魔理沙は話し始める。
「ただ、そんなもので満足しているようじゃあだめだ。私だって、いろんな方法を試して、今では空を飛ぶことができるようになった。その試行錯誤に比べれば、レミリアの障害を取り払うことなんてたやすいことじゃないか。」
「……なるほど、だから、妹様に日焼け止めを渡したということなのね。」
「永遠亭でもらってきた特製のやつだからな。効果はお墨付きのはずだ。……さて、そろそろいい時間になってきたみたいだし。そこのベッド、使っていいよな。」
それじゃ、おやすみ、と言って、近くのベッドに歩いて行く魔理沙。その姿を茫然と眺めていると、背後から二人分の足音が聞こえてきた。振り返ると、お嬢様と妹様が歩いて来るところだった。二人とも手持無沙汰で、日傘を持っている様子はない。
「お嬢様……」
それを指摘しようとすると、お嬢様は手を振って言葉を遮った。そして、ついに玄関を出て、陽光の下に姿をさらしてしまった。思わず息をのむ私だったが、お嬢様は振り返って笑顔を向けてきた。
「日の光も、悪くないものね。」
そう呟いて、ひとつのベッドに歩いて行く。お嬢様には、多少気恥ずかしさがあるのだろう。一方の妹様は、初めての経験にどことなく気分が高揚しているようだった。ベッドに入ってからも、しばらくの間は興奮してはしゃいでいた様子だったが、やがて、すやすやという二人分の寝息が暖かな日差しに溶け込んでいった。
今、紅魔館の風景を見て違和感を指摘しなさい、と言われたら、誰もが口をそろえて言うことだろう。吸血鬼が太陽の下で昼寝をしていることである、と。といっても、容姿だけ見れば幼い姉妹が仲良く添い寝をしているというだけであるのだが。
どうやら、今回の気紛れは春の間はずっと続きそうだ。油断していると出てきそうになる欠伸をこらえながら、私はお客様の対応に勤しむのであった。
ところでお昼寝中の姉妹の写真はどこで買えますかね?
素敵な内容もあいまって感動した。
姉妹でお昼寝・・・見かけたら間違いなく癒される。
居眠りしてた美鈴に怒るのではなく優しく注意する咲夜に好感を持てた
咲夜さん頭固すぎw