- 問題編からの続きになります。
未読の方はそちらを先にお読みください。
- Ⅲ -
『十二月○○日、永遠亭にて執り行われた第一回蓬莱山輝夜生誕記念感謝祭において、用意された酒が消失するという摩訶不思議な事件が起きた。
消えた酒は、熟成数百年の大古酒、神奈子一発。巷では幻の吟醸酒として知られていた。
某祭事は、午後七時より永遠亭旬風の間にて催された。この会では、主催者側の意図により通常の乾杯は行われず、代わりに終宴時に「献杯」という形で酒を交わす段取りであった。その際、本日の目玉として神奈子一発が参加者に振舞われる予定だったという。
祭事の開始時、神奈子一発の酒瓶は、後に第一発見者となる永遠亭住人、鈴仙・優曇華院・イナバ他何匹もの妖怪兎達によって隣室の酒蔵にあったことが確認されている。消失した詳しい時刻は不明だが、祭事中であることは証言から明らかである。
開催した永遠亭側では、同日事件調査委員会を発足。以後消えた酒の捜索を継続中。日を跨ぎ午前三時の段階で屋敷のほぼ全ての部屋を確認したが、未だ発見には至っていない。調査委は場合によっては物取りの線も見て捜査していく旨を述べている。主催者である八意永琳氏(年齢不詳)には、祭りに参加した全ての人間達に対し陳謝の言葉と、以後このようなことがないよう善処していく次第との意を表明した。
尚、当日献杯が行われなかった件について、主催である八意永琳は参加者に対し、配膳係である兎による手違いであると弁明している。しかしこれは、祭りを滞りなく遂行するための一時的な措置。つまりは方便だったことを述べている。これについての釈明は先の陳謝とは別に、後日日を改めての模様……』
以上、本日の文々。新聞朝刊の、第一面の記事だ。
ふうむ……。
予想に反して、さほどこき落とすような書き方はしていなかった。その辺は、永琳が丸く交渉したのだろう。エキサイティング新聞にしては、割とまともに書いている。久しぶりの事件らしい事件なものだから、あの天狗も気合が入っているのかもしれない。
一番知りたかった事項は、流し読みだけですぐわかった。やはり、昨日丸一日探しただけでは、『神奈子一発』は見つからなかったこと。そして、あの時の永琳の言葉は嘘だったこと。
結局……魔理沙の読み通りということね。
昨晩はよく寝付けなかった。お酒の後だっていうのに……いや、お酒の後だからというべきかしら。昨日はあれからアルコールが脳内でめざましく巡り、なかなか思考が停止してくれなかった。
本当は、夜更かしはお肌の敵だから普段はやらないんだけど。でもその甲斐あって、それらしい推理を組み立てることが出来た。
これが真実だという自信もある。魔理沙の言葉を借りるなら、個人的評価としては肉薄している、といったところだろうか。あいつの導き出したという推論も、おそらくは私のものと近いものだろうという確信がある。
玄関を二、三ノックしてから、扉の向こうに声をかけた。
「来てやったわよ。いるかしら?」
応えはすぐにあった。隙間から、魔理沙の顔だけ飛び出す。自分の家だというのに、こいつはトレードマークのいつもの帽子を被っていた。
「なんだ、早いな」
「……あなた、家の中でもその帽子してるの?」
「あん、これか? そんなわけないだろ。今しがた帰って来たってだけだ。まあいいや、あがっていいぜ」
なるほど言われてみると、肩からポーチなんかも提げている。
「言われなくてもあがってやるわよ。お邪魔します」
魔理沙の家は霧雨魔法店を自称しているけど、そこに店らしい構えはまったく無い。それは内部も同様で、廊下はこの通り、見たことも無いような魔導具や実験器具――というかゴミ――で埋め尽くされている。とりあえず足で寄せて道を作ったみたいな有様だった。
リビングに案内される。八畳程度の洋間の真ん中には、樫造りのテーブルが一式。隅っこには、作業用の机がある。私はテーブルに近づき、いつもの席に座った。
ひどく薄暗いので、魔理沙はテーブルのアルコールランプに火を灯した。照明はこれだけだ。客間としての用途もあるようで、通されるのはいつもここだった。雑多に物が溢れている霧雨邸で、唯一物が無く、片付いている部屋でもある。
この部屋は書斎もかねている、と以前魔理沙が言っていたきがする。四方の壁は出窓を除いて一面本棚となっており、ぎっしりと書物が詰まっていた。これだけの本を全て読んだのかと思うとちょっと圧倒されるけど、ほとんどが紅魔館の図書館から盗んだものなので褒められたものじゃなかった。
「昨日はよく眠れたようだな」
帽子やらポーチやらを片付けてから、魔理沙はそう切り出してきた。
よく眠れたといっても、よもや本気で言っているわけではないだろう。どうやらこいつ、私の目元のクマに気づいたらしい――このクマときたら、出がけに化粧品でどうごまかしても消えやしなかった。相変わらず、嫌味な言い方をする奴だこと。
「あなたは本当に快眠だったみたいじゃない?」
なにせ今日の魔理沙の肌は、炊き立ての新米みたいにツヤツヤだった。上機嫌のあらわれだろうか。テーブルランプのわずかな光量からでもわかるくらいで、なんにせよ私からすれば憎たらしいことこの上なかった。
「お前ら妖怪と違って一般的な人間は、この時期体調管理に気を使う必要があるのさ。夜更かしなんかしたら、もれなく風邪ひいちまうぜ」
魔理沙はどっかり、テーブルを挟んで向かいに座った。その手には、例の新聞が丸められている。
「とりあえずは、あなたの言うとおりになったみたいね」
「ん? 言うとおり?」一瞬、なんだかわからない顔をしてから、「ああ、新聞のことか。言っとくが、これは夕刊だぜ? ま、朝刊ももう見たけどな」
ふむ、夕刊だったのね。
そういえば家を出る時に一応玄関を確認したけど、うちにはまだ届いてなかった。私の家は森の中でも深い位置にあるから、天狗とは行き違いになったんだろう。
ひょっとしたら……何か事件について新しい情報が入ったのかもしれない。
手を伸ばすと、魔理沙はひょいと腕だけでかわした。
「おおっと、危ないな」
「ちょっと、なんで逃げるのよ。私まだ夕刊は読んでないんだけど」
「だからだよ。この記事には今回の件についての核心、その一歩手前とも言えるべき内容が記載されてある。答えを知りたい気もわからなくもないけどさ。先に見たらつまらないだろ?」
なるほど。つまり……。
そこには、すでに事の顛末が書いてあるということね。
「そんなものをこの場に持ってくるなんて、珍しいわね。あなたは推理するだけで十分で、答えなんていらないんじゃなかったの?」
「わたしには必要無いさ。でも、〝お前には〟必要かと思ってな」
ふん、言ってくれるじゃない。今回は私のため、というわけね。
でも……。
「言っておくけど、答えを知りたい気なんてないわよ」
「お?」
「だって……もう知ってるもの。そんなものを見るまでもなくね」
不敵に微笑んでやると、魔理沙もほほうと笑い返す。
「随分な自信で何よりだな。じゃあさっそくだが、聞かせてもらおうか?」
小さく、私は頷く。
テーブルのランプを、僅かに自分の側に寄せた。
*
さて……まず、どこから話せばいいものやら。
なにせ、自分の推理を他人に披露するなんて始めての経験だ。誰でもきちんと理解できるよう、手順を踏んで説明する必要がある。
ひとまず、無難なところから述べていくことにする。
「今回の……まあ、新聞に載るくらいだから事件と言って差し支えないでしょうから、そう呼ばせてもらうけど。私が持ったこの事件に対する初めての印象は、とても事件とは思えない事件だったわ」
いきなり、魔理沙はきょとんと目を丸くする。丸くした後で、軽く呆れたように告げた。
「ここは幻想郷ゆえ、日本語で話してもらわないと困るんだがな。のっけからそんな調子じゃ、先が思いやられるぜ」
「言ったでしょ。素直な印象を述べたまでよ。事件とは思えない事件、つまり出来事自体はよく日常にある、ありふれたことなの。だから、特別騒ぐような出来事には見えなかった。あなたに指摘されるまで、よくある日常の一風景だと疑わなかったのよ」
「わたしは気づいてたけどな」
いきなり余計な横槍を入れてからに……。相変わらず意地の悪い奴。以降こういうチャチャを入れるなら、無視してやる。今そう決めた。
「でも、やっぱりよくよく考えてみると、おかしいことに気づいたの。まず、お酒は配膳兎のミスで出してしまったって永琳が言ってたけど、それは嘘よ」
「昨晩わたしも言ったことだな。まあ、朝刊にもそう書いてあった以上確定だったわけだが」
「そうね。記事によると、あなたの言ってた通り、宴を無事終わらせるための方便という話だった。でも私は、朝刊を見る前、すなわち昨晩のうちから、あれが嘘だと確信してたわ」
「ほう。どうしてかな?」
いちいち気取った返し方をする魔理沙。予想はできていたけど、今日のこいつは昨日に増して機嫌がいい。この受け答え自体が、楽しくて仕方ないらしい。
「冷静に考え直すと、あの酒蔵から持ち出すのはとても難しいのよ。『神奈子一発』の外見は、派手だったから私もよく覚えているわ。黒瓶で大きさは普通の一升瓶だったけど、やたら大きい金色のラベルシールが張ってあった」
「覚えてたんだな。まあ確かに、一度見たらなかなか忘れられそうにないデザインだが」
「私が言いたいのは、『神奈子一発』がそれぐらい派手で目立つということ。つまり、あれを持ち出そうとするとその段階で、誰であろうと間違いに気づくのよ。酒蔵の中は暗室で薄暗いでしょうからまだいいとしても、広間に出れば誰でもそれが持ち出していけない酒だということに気づく。いえ、絶対に気づかなきゃおかしいの。そうじゃない?」
確認を求めると、尚も魔理沙はうんうんと楽しげに首肯する。
「不都合は無いと思うぜ。一応」
「なによ、一応って。不満でもあるの?」
「いや、不満っていうほどでもないけどな。だが、今お前は絶対と言ったな? 必ずしもそうとは限らないんじゃないか?」
「どういうこと?」
背もたれに体重を預け、こちらを見やってくる。
「こういうことはないか? 配膳間違いした兎はそれが『神奈子一発』であることに気づいていたが、それを出してはいけないものだとは知らなかった」
ほら来た。さっそくつっかかってきた。
「それって、献杯に『神奈子一発』が使われるってことをその兎は知らなかったっていうこと?」
ああ、と魔理沙は頷く。
まったく……見くびられたものね。その程度なら、考えるまでもなく即答できる。
「細かい批判するのね。そんなことはないでしょう。呼ばれたお客だって知ってるんだもん。いくら兎が馬鹿でも、運営側がプログラムを知らないはずがないわ。ましてや、あいつらにとって今回の宴は大事なもの。あのお酒はそのメインイベントに使われるはずだった。となれば、鈴仙や永琳もその辺を徹底させているはずよ」
「確かにな。だが可能性として、まったく無いってことはないだろう。一匹ぐらいは聞き漏らした奴がいても――」
「いたとしても、あり得ないのよ」
言葉尻をひったくり、そのまま続ける。
「言ったでしょ。『神奈子一発』は目立つの。それは周囲から見ても同じ。あの場には、ひっきりなしに兎達が詰めていた。間違えて出そうにも、他の兎が気づけば注意されて然るべきだし、そうでなくても客の誰かしらが覚えている。でも実際は、目撃証言の一つさえ出ていない」
「ふふふ、なるほどな。そういうことなら、反論の余地はないかな」
意見を引っ込める魔理沙だったけれど……まるで、私がこう答えることも織り込み済みというような顔だ。少し気に食わないけど、こいつがどこまで私の先を読めているのか、若干の興味も湧いてくる。
「以上の論拠によって、酒蔵から『神奈子一発』が消えたのは、配膳ミスなんかじゃない、と、主張することができるわ。きちんと言うなら、こんなところね」
「正しいと思うぜ。論理的にもな。だがそういうことになると、問題が出てこないか?」
言いたいことはわかっている。私は縦に頷いた。
「ええ。犯人がいるとすれば、そいつは〝どうやって人目につかずに『神奈子一発』を持ち出せたのか〟……」
瓶が目立つのは、手違いにしろ故意にしろ同じ。つまり、誰かがこっそり侵入して持ち出す場合も同条件と言える。この一点が、どう考えても不可解。この一件を考察するうえで、避けられない謎。
そう……まず〝この疑問に辿り着くこと〟が、この事件を考察するに当たっての、第一段階なのだ。
推理小説と違って、現実は謎を明確に提示してくれない。魔理沙もよくわかっているだろう。それはもう、昨晩ぼやいていたのだ。妄想で足りないくらいに。
この日常において、ミステリーの始まりは、まず謎を見つけること。いや、〝謎を謎として、認識することから始まる〟。土俵に上がる前に、自分で土俵を作らなきゃならない。
私はそこに気づくことができた。つまり、最初のハードルはクリアした。
では……犯人はどうやって持ち出したのか。
考えるとわかるけど、これが意外と難しい。
そもそも、酒蔵には客は入れない。お酒が欲しい時は、その辺の兎に声をかけるシステムになっているのだ。これは万が一客が酒蔵に入り、誤って『神奈子一発』を持ち出さないための措置でもあったのだろう。実際、酒蔵に兎以外の誰かが入っていたところは見なかったと思う。
「一応、あそこの間取りの確認もしとくか?」
魔理沙は椅子を引きかけ、立ち上がる素振りをする。筆記用具でも持ってこようかと訊いているらしい。
「別にいいでしょ。というか、確認するまでもないじゃない」
そう、確認するまでもない。昨日の会場である旬風の間。大仰な名前だけど、あんなもの、言ってしまえばただの大広間だ。
窓は無く、ただ広いだけの部屋。本当に宴会か、あるいは剣道場ぽい見た目だから、剣道しかすることがないのだろう。中は広いくせに入り口は小さい引き戸で、広間の隅っこにある。構造を説明するならそれで充分なぐらいで、上から見ればおそらく正方形をしているはずだ。
そして、肝心の酒蔵。場所としては、隅っこの入り口の対角線上にある。つまりは、反対側の隅っこだ。
扉が無いので、長期保存を目的としてはいないのだろう。宴会で振舞う酒を、一時的に保管しておく。それだけの意味合いだと思う。
でも……あの広い会場といえど、それでも七十人もいれば相当人口密度は高かった。加えて、立ち回っている兎も二十人程。それだけ人の目があった中、その全ての者に目撃されることなく、犯人は酒蔵から『神奈子一発』を持ち出したことになる。
言わば密室、なんてそこまで大層なものじゃないけれど。あの状況で、酒瓶を持ち出す方法……。
「どうやら、お前には見当がついているみたいだな」
無論だ。口で答える代わりに、私は薄く微笑んだ。
「昨晩のことを振り返るなら今のうちよ。ミステリで言えば、ここからが解答パート。悔いを残さない覚悟があるなら、始めるわ」
くくく、魔理沙はほくそ笑む。
「まるでミステリの作者が読者に言ってるみたいだな。面白い。じゃあ、聞かせてもらおうかな。お前の推理をさ」
*
と……その前に。
「そういえば、明かりがランプしかないのはいいとしても、お茶ぐらい欲しいんだけど。このまま話し続ければ、そのうち喉が渇くわ」
ふうむ、と魔理沙はなぜだかちょっと考えて、「そうか?」
「そうよ」
「生憎今は用意が無くてね。ま、少し我慢するぐらいいいじゃないか。そうだな、お前がいい推理したら、後で用意してやるよ。ちゃんとな」
後じゃなくて今欲しいのに……相変わらず気の利かない奴。まあ、今に始まったことじゃないけど。
「まあいいわ」
気を取り直して、コホン、一息区切る。それを開始の合図とした。
「では、単刀直入に。犯人は八雲紫」
…………。
は? と魔理沙の笑顔が凍りつく。
「犯人は紫。あいつは境界を操る能力を使って、永遠亭の外から次元の裂け目を通して酒瓶だけ盗んだ。どう、完璧でしょ?」
そら見たことか、と胸を張ってやる。これ以上無い、完璧な推理だ。
そんな具合に、きっぱり言ってやったのだけど……魔理沙はかえって表情を曇らせてしまった。
「紫って、お前……。そんな奴どこから出てきたんだよ」
「もちろん、あの会場にはあいつはいなかったわ。でも、外にはいたかもしれないじゃない。この方法で盗むことができるのは、幻想郷中探しても八雲紫のみ。だから現場にいなかろうがどうだろうが、犯人はあいつしかいないのよ」
「あのなぁ……お前の冗談はどこまで本気かわからんところがあるから、真面目に始めてほしいんだが」
「あら、私は大真面目よ」
言葉とは裏腹に、おどけて肩をすくめてやる。ようするにふざけてやった。
今回に限らず、こいつにはことあるごとに散々焦らされてきた。時にはこちらが焦らすのも一興というものだ。今の魔理沙の憮然顔は、とても私の御気に召すところだった。
「現に、これ以上に完璧な推理は無いでしょ。否定する余地なんてどこにあるのよ」
「お前はほんとに私の本を読んだのか? 間違えて三文SFでも拾い読みしたんじゃないだろうな?」
「日常がすでにSFな幻想郷で、そんな本ありがたがる奴なんていないわよ」
「そりゃ、ごもっともさ。だからこそ、この幻想郷はミステリの舞台としてそぐわないわけだが……」
「あら。そぐわないなんて、そんな理由にもならない理由で、私の完全無欠な推理を拒絶するつもり?」
魔理沙は急な発熱でも催したみたいに、額に手を当てていた。
「……やれやれ。お前も好きだな。まあいい。アンフェアってだけで否定するのもすっきりしないし……」
「そもそも、幻想郷じゃアンフェアの内に入らないしね」
ふんと魔理沙は鼻を鳴らす。
「お前にいい加減真面目に進める気がないようだから、きっちり理屈で否定してやる。犯人が紫。そんな線は無い」
「あら、どうして?」
「簡単な話さ。今は十二月。紫は冬眠している。よって、あいつが犯人であるはずがない」
……あれま、気づいてたの。
「もちろん、昨日に限って偶然目覚めていたって可能性は否定できないけどな。まあ、そこは後で藍にでも当たって真偽を問いただす以外に無い。だが、理論的可能性って観点から見れば、除外して然るべきってだけだ」
なによ、面白くない。冗談で口にしたこととはいえ、こうもあっさり論破されてしまうなんて。ちょっとぐらいいじめてみたかったのに。
「魔理沙のくせに真面目なのね。少しぐらい回り道してもいいじゃない」
「そりゃ、回り道は構わないさ。だが脱線は勘弁だ。時間の無駄にしかならない」
腕を組み、フンと魔理沙は鼻息を飛ばす。さすがに怒っているわけじゃないと思うけど、こういう冗談は本意ではないらしい。
「だから前提の意味でも、今の内に言っといてやる。今回の件に、魔法や能力の介在する余地は無い。もしあの状況で能力を使うとしたら、紫以外だとせいぜい時間を止めることができる咲夜か、あるいは歴史を操れる慧音ぐらいだろう。その二人の能力が不可能な理由は、少し考えればわかるからあえて言わない。いいな?」
わかるというなら、少しだけ考えてやると……まず十六夜咲夜。確かに彼女の能力で時間を止めれば、人の目を避けて物を盗むぐらいわけないだろう。しかし、彼女の能力には持続時間が限られている。永遠亭の内部は、広い上に入り組んでいる。侵入したのが玄関でなくとも、旬風の間に入り『神奈子一発』を持ち出す往復の間、能力を持続させなければならない。彼女の時間停止はせいぜい長くて十秒程度だったはずなので、能力を使ったとしても犯行は不可能だ。
上白沢慧音は、確か会場にも姿を見せていた。彼女は歴史を改竄して対象を見えなくすることができる。同じ要領で『神奈子一発』の酒瓶を兎達の目から隠すことは容易だろう。しかし、彼女の力は強力すぎる妖怪――例えば八雲紫のような――には効果が無いらしく、永琳の目までもごまかせたのかは判断しがたい。そもそも、酒瓶を見えなくしたとしても、酒蔵に入れないのだから意味が無い。
「何より決定的な点はな、アリスよ。わかるか? 能力を使うってことは、つまり〝その本人にしかできない〟ってことだ。特に今回みたいな特徴的な犯行はな。あいつしかできないってんで、消去法で簡単に辿り着いてしまう。つまり、自分が犯人ですって告白してるようなもんなのさ」
あら、ずいぶん頑なな言い方だこと。
にしても、ふうん、なるほどね。消去法。そんな考えもあるんだ。
まあ……こちらも冗談半分だったわけだから。ここは大人しく引き下がっておく。
「ま、確かに。能力を使えばどうにでもなるってわけじゃないわね。魔法が万能じゃないってことは、正直私もよく知るところだわ」
「わかってるみたいだな。いいか。なんでもかんでも能力で片付けてしまうのは、幻想郷の住民の悪癖ってもんだ」
「はいはい悪かったわよ。大丈夫、今のは冗談だから」
「当然だ。これで終わりなんて言われた日にゃ、今年からお前に年賀状送るのやめるからな」
……ちなみに、こいつから年賀状をもらったことなんて一度も無い――というか、こちらから送ったことも無い。まあ、いい加減茶化すのも飽きてきたところだし。そろそろ本題に入ることにしましょうか。
「じゃあ、私が結論に行き着いたきっかけから話すわね」
結論、という言葉を受けてか、魔理沙も若干表情を引き締める。
「ようやく本気モードに入ったか。待ちくたびれたぜ」
「あら、私が本気だなんてことは、私にしかわからないはずだけど?」
昨日の魔理沙の台詞をそのまま借りてやる。くく、とこいつは苦笑した。
「で、そのきっかけっていうのは?」
「嘘があったことよ。永琳と鈴仙の会話に」
「嘘?」口許を僅かに吊り上げて、魔理沙が訊き返す。「それって永琳が言ってた配膳ミスのことだろ? そんなの、新聞にも載ってたし、改めて言うことじゃないと思うが」
「そのことじゃないわ。私が言ってるのは、〝鈴仙の方〟よ」
「ほう」
「あいつがこんなこと話してたの、覚えてない? 『神奈子一発』を保存する際は、日の当たらない冷暗所に置けって店員に言われたって。紫外線は日光だけじゃなくて照明からも出ている場合があるからって」
「言ってたような気がするね」
素っ気ない返事だが、口許はやはり笑っている。
それはそうとも、こいつが覚えていないわけがない。なぜなら、この会話を聞いていたとき、魔理沙は微笑っていた――そう、ちょうど今と同じように。それを思い出した私は、その前後に何かヒントがあったのではないかと読んだのだ。その時から、こいつは気づいていたのだろう。
「実は、冷暗所に置く必要なんてないのよ。いくら数百年ものの大古酒といってもね。『神奈子一発』は〝黒瓶〟なの。黒瓶って、なんで真っ黒かっていうと、紫外線を防ぐ役割があるからよ。高温多湿や室外に置くのを避けるのは当然としても、わざわざ冷暗所に保存する必要はないわ。となれば、それをわざわざ店員に注意される可能性はもっと無い。そういうことよ」
「ほうほう。では、鈴仙は嘘をついた、と」
「間違いないわ」
「こんなに自信に満ちたお前もなかなか見られないな。では、鈴仙はなぜそんな嘘をついたんだ?」
「決まってるじゃない。あいつが犯人だからよ」
あっさり、告げてやる。だけど、魔理沙はさほど驚いたようには見えない。
「身内の犯行ってわけか。まあ、ミステリとしてはありがちなパターンではあるが」
「鈴仙の目的は、もちろん『神奈子一発』。鈴仙は会場にはいたけど、ウエイトレスとして働いていたから献杯時にも『神奈子一発』は飲むことができない。どうしても飲みたかった鈴仙は、いっそ独り占めしようと考えたのよ。あるいは、日ごろ散々こき使われた上司の顔に泥を塗るために、わざわざ皆のいる前で盗んだ。なんてことも言えるわね」
魔理沙は耳の穴を小指でいじりながら、「推論っていうより憶測に聞こえるけどなぁ」
「なによ。動機なんてそんなものでしょ」
いやまあ、と魔理沙は苦笑いする。
実際、動因なんてものはさほど重要なことじゃない。そもそもあの場にただ〝居ただけ〟の私達には、そんなところまでは推理できない。現実は小説とは違うんだから。
「とにかく。嘘をつくってことは、隠したい何かがあるからよ。この場合その何かとは、自分が犯人であるという事実に他ならないわ」
「うまいこと言うね。だが、ただ嘘をついたってだけで犯人っていうのは強引じゃないか? そもそも、その嘘によってあいつに何の得がある?」
それは今から話そうとしていた部分であり、今回の核心とも言える。どう切り出そうか考えあぐねていたところなので、その振りはありがたい。
「それははっきりしているわ。鈴仙は、〝あの酒蔵に『神奈子一発』を置いておきたかったのよ〟」
「ふうん。置いておきたかった、と」
「そう。そして、置いた結果として……つまり嘘をついた結果として、今回の事件が起きた。これを偶然をとらえるのは出来すぎているわ」
「なるほどな。じゃあ、置くのは酒蔵じゃなきゃダメだったってことかな?」
「そう。そうでなければ、お酒を持ち出すトリックが使えないからよ」
「トリック」
そう聞いて、魔理沙はクッと笑いをこもらせた。
「お前の口から、トリックとは。ついにそんな言葉までひっぱりだしてきたか。いやぁ、探偵ぶりが板についてきたな~」
ポンポン、と肩を叩かれる。でも馬鹿にされるのはわかっていて言ったので、こんなことで頭にきたりはしない。私はいつもの私らしく、あくまでクールに肩の手をはたいてやった。
「適切な表現であることに間違いはないからね」
「本当に自信満々なんだな。じゃあ、遠慮なく聞かせてもらおうか。そのトリックとやらを」
語尾のトーンを下げて言う辺り、こいつもこいつなりに神妙なつもりなのだろう。しっかりと、私は顎を引いて頷く。
「鈴仙が……」
椅子を引き、心持ち前かがみになる。魔理沙の瞳を見据えると、瞳孔の奥底にランプの炎が揺らめいていた。
「鈴仙がしかけたトリックは、それほど難しいことじゃないわ。むしろ聞いたら呆れるくらい単純なこと。〝ラベルシールを剥がした〟のよ」
「剥がした、だと?」
「鈴仙は宴の途中、酒蔵で『神奈子一発』のラベルシールを剥がしたの。あの目立つシールを取っ払ってしまえば、外見はただの黒瓶になるわ。これなら、悠々と持ち出して、会場を出ることができる。違って?」
「ははあ、なるほどね。そうきたわけか」
そうきた、とはまた捻くれた言い草だけど……。反論する気は無いようなので、そのまま続ける。
「永琳に嘘までついて酒蔵に置いておきたかったのは、このトリックを実行するために他ならないわ。ラベルを剥がしてただの黒瓶にすれば、他のお酒と見分けがつかなくなる。森の中に木を隠したわけね。そうなれば、もう焦る必要は無い。頃合を見て、いつでも会場の外に持ち出すことができるわ」
鈴仙は配膳係だから、酒蔵には違和感無くいつでも入れる。機を見計らってタイミングも選べるから、実行しやすい。そしてラベルを剥いでしまえば、他の兎だけでなく、客の目から見てもまったく目立たない。一見単純な方法だが、なかなかに理にかなったトリックと言える。
「ふうん。持ち出したのは、宴の最中か?」
「ええ。だってラベルを剥がした状態でいつまでも置いておくと、本当に他の兎が間違って出しかねないもの」
満腔の自信をもって、私は胸を張った。
もちろん、瓶自体は酒蔵でも奥の方に置いておいたのだろう。そうすれば少なくとも、少し目を離した時に他の兎が持っていった、なんてことはなくなる。
仮にこの推理を否定するなら、鈴仙があの宴の最中、旬風の間を出ていないことを証明しなければならない。でも、目撃証言をとろうにもあの日は皆お酒を飲んでいたし、兎が一匹どこに行ったかなんて覚えている奴はいないだろう。それは魔理沙も例外ではないはずだ。つまり、その線からこの説を否定することはできない。
なるほどね。と、魔理沙は顎を撫でる。
「で、今頃『神奈子一発』は?」
「さあね、そこまでは。昨日は一日中ごたごたしていたでしょうから、鈴仙もその日のうちにあれを飲んで処分したってことはないでしょう。まだどこかに隠してあるんじゃないかしら」
「どこかって?」
「そこまでは知らないわよ。自分の部屋じゃないの?」
「自分の部屋、ねぇ」
「なによ。じゃああなたなら、今『神奈子一発』がどこにあるか知ってるっていうの?」
「いやまあ、知ってるっていうか……」
にやにや笑いながら、語尾を濁す。魔理沙にしては煮え切らない。
自然と、こちらは声が大きくなる。
「言いたいことがあったらはっきり言いなさいよ。そんな柄でもないくせに」
「柄じゃないってのは大きなお世話だが……まあ、そうだな。及第点、てところかな」
及第点……?
「ほら、見ていいぜ」
差し出されたのは、先ほど読むのを拒否された夕刊だった。
テーブルに広げ、側にランプを寄せる。
『昨日永遠亭にて開催された第一回蓬莱山輝夜生誕記念感謝祭において、祭で使用するはずだった吟醸酒が消失した事件について、事件調査委員会は酒は消失したのではなく盗まれたことを明らかにした。
酒を盗んだのは、永遠亭住人である鈴仙・優曇華院・イナバ容疑者(年齢不詳)。イナバ容疑者は当日、運営側として現場で従業員達の指揮をとっていた。調査委は、宴の騒ぎに乗じてイナバ容疑者が『神奈子一発』を盗んだものとみている。
イナバ容疑者は容疑を認めており、「盗んだ『神奈子一発』は、すでに飲んでしまった」と供述しているが、動機については未だ口を閉ざしている。
現在、空の酒瓶は見つかっておらず、イナバ容疑者はこれについて「捨てた」と述べているものの、依然調査委は捜索を継続している。
尚この件について、調査委責任者である蓬莱山輝夜氏は、鈴仙容疑者を厳罰に処す意向を示した』
これは……。
容疑者、鈴仙・優曇華院・イナバ……。
間違いない。今話した推測の通りだ。
「今日の夕刊だ。ご覧の通りさ」
私の推理は、見事的を射ていた。
じんわり、胸に熱いものが広がってゆく。推理小説のトリックを解き明かし、探偵が自分と同じ推理を披露した時の、この感覚。胸が躍るような興奮。
「どうやら、間違いなかったみたいね」
内なる興奮を抑えて、あえてクールに、そっけない言葉を選ぶ。次に返ってくるであろう魔理沙の言葉も、当然賛辞のもの以外に無いと思った。
が、しかし……。
「ああ。間違いなく、大間違いさ」
…………。
「は……?」
間違いなく、間違いってことは……ええと。
「はっきり言ってほしいのがお望みみたいだし、この際きっぱり言ってやろう。お前の推論は〝ハズレ〟だ」
「……なんですって!?」
*
立ち上がった私は、椅子を後ろに弾き飛ばしていた。
私の推論が……ハズレ?
「どういうことよ、それ」
「ああ、いや。まあ座れって」
やぶ蛇くらった魔理沙は、どうやら飛ばされた椅子の心配をしていた――そういえば、後ろで派手な音がした気がしないでもない。
私は座りなおして、「どういうことよ」
「今の推理には、いろいろと穴があるのさ。穴あきチーズだな」
相変わらず飄々と、冗談か本音かわからないことを口にする。
本当にハズレだとすれば……どこが間違っているというのか。なんとしても説明してもらわなきゃならない。
「どこにあるってのよ。だいたい、新聞にも書いてあるじゃない。私の言ったとおりのことが」
焦れる余り、私は若干前かがみになってしまう。
「新聞にある、だから間違ってるのさ」
紙束を持ち上げると、魔理沙は手の甲でぱしりと叩いた。
「いいか、ここに書いてあることは〝でたらめ〟だ」
でたらめ……ですって?
……いやいや、落ち着くのよ、私。
感情的になっては駄目。これは論理のゲーム。なら、きっちり論理的に頭を整然としなきゃ。
さて、いきなりこいつは何を言ってきたのかしら。
新聞には、しっかり『文々。新聞』と書かれている。なら、これは射命丸文の書いたもので間違いないはずだけど。
でも、魔理沙がそんなことに気づかないはずがない。私は訝しげな視線を送ってみた。
「……あなたがでたらめ言ってるんじゃないの?」
「わたしは嘘はつくが、でたらめは嫌いでね。穴あきチーズは、往々にして具合が悪いのさ」
「また気取ったこと言いよってからに。とっとと説明しなさいよ。ほら、三秒以内」
指を折るポーズをとってやると、魔理沙は手の平を向けて制した。
「ああわかったわかった。じゃあ、てっとり早くお前の推論の穴から指摘してやる」
自分の顔の隣に拳を持ってくると、一本だけ立てた人差し指を並べる。
「一つ目。まず、お前のそのトリックだとイマイチだな。そんな方法は現実的に使えない」
……はっきり言ってくれるじゃない。
私は若干眉根を険しくする。
「なんでよ?」
「考えてもみろよ。そもそも、酒のラベルシールってのはそう簡単に剥がせるもんじゃないだろう。しかも『神奈子一発』のシールは、傍目でもわかるくらい大きくて目立つ。あれだけ大きいシールなら尚更難しいはずだ」
「言いたいことがよくわからないんだけど。大きかろうが難しかろうが剥がせるものは剥がせるんだから、私のトリックは可能じゃないの?」
「いいや、不可能だね。簡単に剥がせないってことは、時間がかかるって意味だ。つまり、その間に誰かに見つかる危険があるのさ」
それは……確かに。
言われてみれば、その通りだ。爪で引っかくにしろ、何か道具で削るにしろ、まっさらに取り除くとなればかなりの手間がかかる。その作業中、兎達がひっきりなしに出入りする酒蔵で、誰にも見つかることなくシールを削り取るなんて……。ううう……。
いいや、まだだわ。白旗はまだ早いはず。
「鈴仙は兎達の上司よ。だからもし見つかったとしても、釘を刺して口を封じるのは容易いはずだわ」
「それはそうだけどな。しかしアリスよ。口を封じている間にも、次から次へと兎が入ってくるんだぜ? 実際に中を見たわけじゃないが、宴会場の酒蔵ってのは、常識的に考えてそう広くないだろう。そいつら全員奥に引っ張り込んで、口外するなって釘を刺すってのか?」
「さっ、刺すかもしれないじゃない」
「だったら、かなりずさんな計画だよな。その口封じだって、結局事実を知る者が増えることには変わりない。となれば、どこかから漏れる可能性は右肩上がりで増えていく。そんな危険を平気で実行するほど、鈴仙は馬鹿じゃない」
……口を噤むしかなかった。
だけど、私だって一晩かけてこの推論に行き着いたのだ。そう簡単には撤回できない。
でも……わかっていたけど、簡単には思い浮かばない。魔理沙の論理を覆せるような、更なる推論が。
そして、更に追い討ちが襲った。魔理沙の中指が立てられる。
「二つ目。仮に、お前の言うとおり犯人が鈴仙だとして、だ。じゃあ鈴仙は、この結末をどうするつもりだったんだ?」
「結末?」
「シナリオを描くとしたら、結末を用意しなきゃならないだろう。犯行計画も同じさ。この場合、自分以外に『神奈子一発』を盗んだ犯人が必要だ。それをあいつはどう調達して、この件の終止符とするつもりだったんだ?」
「それは……部下の兎になすりつけたか、どこぞの見知らぬ泥棒のせいにでもするつもりだったのよ。きっと」
「きっと、ねえ。他には?」
「他には……って、今のじゃいけないの? 犯人はどこぞの泥棒で、結局捕まえることはできなかった。それじゃダメなの?」
「ダメだね。どうしてダメか、わからないか? じゃあ訊くが、お前の言うとおりに泥棒のせいにして、そいつは捕まえられなかったということにしよう。そうなった場合、責任を取らされるのは誰だ?」
それは……。
「鈴仙本人……でしょうね」
「そうだ。部下の失態は当然上司の鈴仙の責任だし、酒を酒蔵に保管することを提案したのも鈴仙なのだから、泥棒が入ったとしても鈴仙の責任になる。そんなことは、やる前から火を見るより明らかさ。つまりだ。もし鈴仙が犯行を計画したのなら、こんなふうに自分が割を食う計画にはしなかったろう、てことだ」
「…………」
……悔しいけれど、魔理沙の言うとおりだ。
もし、仮に自分が犯人の立場だとする。そして今回のような計画を練り上げたとして、目的を滞りなく果たしたとしても、結果的に自分の風当たりが悪くなるようでは、なにがなんだかわからない。どうせ計画するならば、必ず自分には火が回らないようにする。犯人の心理とすれば当然だ。
さっきまでの私の自信は、すっかり小さく縮んでしまっていた。
間違っていたのかしら、私は……。
客観的に見れば、きっと放心していたと思う。無意識が、事実を認識するためのインターバルを欲していた。
「おい、どうした?」
どきり、心臓が跳ね上がる。いつの間にか、魔理沙の顔が近くにあった。
「まさかとは思うが、今のがボディにきたか? 本当に落ち込んでるんだったら、珍しいし記念写真でも撮ってやろうか」
「おっ、大きなお世話よっ!」
一瞬、頭に血が昇りそうになる。椅子ごと横に回して、魔理沙の顔から逃れた。その後で、やれやれという魔理沙のぼやきが聞こえた。
ううう……まったく、なんてデリカシーの無い生き物なの! こいつは、こいつは、こいつは……!
「…………」
でも……一つ怒鳴り散らしたところで、少しショックも晴れた気がする。
本当は、わかってる。こいつがわざと今みたいな言葉を使ったのは、こいつなりの気の回し方なのだ。
そこそこ長い付き合いなだけあって、こいつは私が素直に気を使われると逆にプライドを傷つけることを知っている。だったらブラックなジョークで発破をかける方が、かえってすっきりする。そう踏んだのだろう。とんだ気の回し方もあったものだ。
私が不器用なのか、こいつが不器用なのか……はぁ。
なんだか、気が抜けた。
そのまま横を向きながら、テーブルに頬杖の肘をつく。
「まあ、言いたいことはわかったわ。この場は認めてあげる」
「認めてあげる? 何を?」
「私の推理が論理的に間違ってたことをよっ。いちいち言わせないでよ」
「繰り返し聞き返すことは、無条件の肯定的配慮へと繋がるのさ。カウンセリングの常識だな。ま、そうがっかりすることはないぜ。お前の推理、あながち全部が全部間違いってわけでもない」
「なんですって?」
反射的に訊き返す。魔理沙もまた、同じように頬杖をついていた。その唇の端が、ニッと吊り上げられる。
「当たらずも遠からずって意味さ。まあ、近いか遠いかでいえば、まだまだ山一つ分ぐらいあるが」
「山って……。全然遠いじゃないの……」
「ま、とにかく」
ひょいとランプを摘み上げる。魔理沙はそれを、今度は自分の側に置いた。
「ここらでターン交代だ。今度はお前が、私の推論を否定する側に回るといい。もっとも、反論の余地があるかは別だけどな」
- Ⅳ -
不敵で、挑戦的で、それでいてふてぶてしい。そんな魔理沙の、いつもの笑み……。
でも、挑発とは少し違う。きっと、こいつは楽しくて仕方ないのだ。
「ハァ……」
ターン交代、ね……。
あーあ、しょうがない。なら、ここは任せるとしますか。
「いつもながら、その自信はどこから沸くのか不思議ね。それとも単に、あなたの頭が沸いてるからかしら」
「単にの意味がわからんが、まあ関係ないから許してやろう。始めるぜ」
ここからが本番、とばかりに魔理沙はテーブルに両肘をつく。そして、からめた指を鼻の辺りに置いた。
もう一度、正面から向かい合う。少しでも論理の粗があれば、容赦なく指摘してやるつもりだ。その方が、こいつも望むところに違いない。
「いいわよ。どうぞ」
手の平を差し出して促すと、魔理沙はわずかに顎を引く。
「では最初から……いや、厳密には違うな。途中までは、お前の推理を借りる形になる」
「借りる、というと?」
「鈴仙の言が嘘だという点だ。『神奈子一発』は黒瓶であり、紫外線を避ける必要が無いにも関わらず、冷暗所に置かなければならない。鈴仙はそう店主に言われたと言っていた。この矛盾は如何ともしがたい以上、鈴仙は嘘をついた可能性が大だ。故意に嘘をつき、その結果、『神奈子一発』は消えてしまった。こうなるとどう考えても、鈴仙が犯人である可能性は高い」
「ちょ、ちょっと待ってよ。あなた、さっき私の推論はハズレだって言ったじゃない。あれって、鈴仙は犯人じゃないっていう意味だったんじゃないの?」
「そうは言ってないぜ? まあ、犯人だとも言ってないけどな」
……またよくわからない日本語を。
こちらの困惑なんてちっとも構う様子を見せず、魔理沙は続ける。
「しかしかといって、だ。先のお前への反論の通りの理由で、鈴仙が犯行をすすんで画策したとも考えがたい。鈴仙の台詞が嘘であるのは確定に近い以上、あいつが犯人あるいはそれに準じる立場であることはおそらく間違いないのに、だ。この場合、どういった推論が導き出せるか、わかるか?」
そんなの、わかってたら、さっき言っていたに決まってるけど……。
でも、魔理沙にふざけた様子は見られない。ならばと、もう一度思考に集中してみる。
「そうね……」
もし鈴仙が犯行を行ったのなら、自分が責任が負うのを覚悟の上。つまりどんな結果になろうと罰を受けてしまうということを知りながらも、それでも構わず実行したことになる。
ということは……。
「鈴仙の目的はお酒じゃなくて……罰を受けることそのものだった、とか?」
ほう、と魔理沙は唸った。
「発想の逆転だな。そういうのは嫌いじゃないぜ。だが、そうなるとかなり特殊な状況になるな。罰ってのは普通、くらいたくないから罰っていうんだ。それを自分からもらいたい、あるいはもらってもいいっていうのは、どういう状況になる?」
「うーん……ちょっと、すぐには思いつかないかな」
実は鈴仙は極度のマゾヒスティックな精神の持ち主だった、なんてことが浮かんできたけど、一応口には出さない――さすがに違うだろうし。
「まあ、状況次第ではとんでもない理由があるかもしれない。だが、やはりそれよりももっともらしい推論があるのさ」
「なによ。もったいぶらないで言えばいいじゃない。というかあなたが推理を披露する番なのに、なんで私に振ってんのよ」
「誰かと一緒に考えながらの方が、教えやすくわかりやすい。ミステリの常套だな。じゃあ言い換えてやろう。鈴仙は犯行を実行したが、それは鈴仙の意思ではなかった。だとしたら?」
だとしたら……。
「……自分の意思じゃないのなら、誰かに命令された?」
したり、と魔理沙は笑みを深くする。
「正解だ。じゃあ、さらにイマジネーションを膨らませてみようか。鈴仙は、誰かにいやいややらされたことになる。主人の面子に泥を塗ってまで、な。その辺を考慮するとしたら?」
導かれるままに、私は一つの回答に辿り着く。
「命令というよりも……鈴仙は〝脅迫されてやった?〟」
今度こそ大きく、魔理沙は縦に頷く。
「それがわたしの推論だ。実行犯は鈴仙。だが、裏にあいつを脅した人物がいる。犯行を計画した真犯人はそいつさ」
真犯人……。そんな……まさか。
意表をついた推論に、考えがまとまらなくなる。確認する意味でも、私は訊いた。
「ちょっと待って。もし本当にそんな奴がいるとしたら、よ? 目的はやっぱり、『神奈子一発』?」
「普通なら、そう考えるのが一番妥当で有力だろうな。昨日の祭りで『神奈子一発』が出されることは、前々から公表されていた。だから当然、真犯人――面倒だからまたこいつを《A》とでもしておくが、《A》も予め『神奈子一発』を鈴仙が仕入れたことを知っていた」
やっぱり……。
一見突飛に聞こえるが、これまでの筋道立った論理展開に矛盾は無い。むしろ消去法という観点から見ても、もっとも得心のいく推論に思えてしまう。
《A》は、なんらかの方法で鈴仙の弱みを握り、彼女に近づいた。昨日の祭りで『神奈子一発』が振舞われることは予め予告されていたため、それを自分に横流しするように脅迫した……。
いや、待った。
だとしたら……。
「妙よ」
「妙?」
「ただ単に『神奈子一発』が狙いだったのなら、なんでわざわざあの衆目の場で盗ませる必要があるの? お酒が欲しいなら、前日にでも、こっそり屋敷から持ってくるように言えばいいじゃない。わざわざ危険を冒す必要なんてないわ」
「いいところをついてくるな。今まさにその辺を説明しようとしてたところさ。いやぁ、出来のいい生徒を持って幸せだぜ」
「誰が生徒よ」
「おいおい、そこは生徒じゃなくて、出来のいいにツッコむところだろう」
「悪くないわよっ」
言い放ってやったけど、魔理沙はひょっこり肩をすくめる。
「じゃあその出来のよさに期待して、だ。お前の言うとおり、《A》は酒だけ欲しいのなら、脅していつでも手に入れることができただろう。そうしなかったということは、だ」
「《A》の目的は、『神奈子一発』じゃない。別の何かってことね」
パチン、魔理沙の指が鳴る。正解、と言いたいらしい。
「良し悪しはまんざらでもないみたいだなっ。それでこそアリス、芸術家の前にピカレストであれ、だ」
「探偵の前に推理小説家ってやつでしょ、それは」
「褒めてることに変わりないんだから、細かいこと気にしなくていいぜ。とまあ、こんな具合で、ここまでは論理的に一本道だ。お前の途中までの推理も含めてな。問題は、ここから」
私は腕を組む。魔理沙のいう問題は、おおよそ見当がつく。
「〝お酒以外の別の目的〟……それは一体何か」
「そうだ。まあ、他にもわからんことはまだまだあるけどな」
魔理沙は相変わらず気取ったように話す。前々から思っていたけど、こいつは機嫌がよくなると口調が芝居がかりでもするらしい。ナルシストの血でも混じってるんじゃないかしら。
「だが《A》がどこのといつかもわからないのに、そいつの狙いが何かなんて巡らせるのは厳しい。だから、ここで一つ、想像力を働かせよう」
「想像力?」
「ああ。時に必要だろう。ここを使うのさ」
ここ、と自分の頭を指で小突く魔理沙。脳みそ……というよりも、どうやら右脳のことを言っているらしい。
「んなこと言われても、私と人間じゃ脳の構造が違うんだけどね」
「同じ言語を話してる時点で、認知システムとしての処理能力は大して変わらんさ」
魔理沙のくせに脳科学を語るなんて……生意気な。とはいえ何も思いつかない以上、言い返す言葉は無い。
「まあ、いきなり言われてもわからないか。そうだなぁ……じゃあここで、推理小説における犯人探しの定石を使ってみようか」
「定石?」
「ああ。簡単さ。その事件が起きたことによって、誰が一番得をするかを考えるんだ。ミステリを読むに当たって、お前も一度ぐらいやったことあるだろう」
それは、まあ、あるけど……。
例えば、ある富家の家族が連続殺人に見舞われた、そんな事件があったとする。その場合、ただ一人生き残った者に、真っ先に疑いがかかる。唯一凶行を逃れ生存したから怪しい、というだけでなく、家族の遺産が転がり込むからだ。家族を殺されどれだけ悲嘆にくれていても、経済的に潤っていれば疑われる。
確かに、定石といえば定石といえなくもないけれど。今回の件で、一番得をした奴って……?
いや、それ以前に……。
「ちょっと待ってよ」
「ん?」
「鈴仙がただの実行犯に過ぎないとしたら、黒幕である《A》はなにも現場に出てくる必要は無いわ。むしろ、現場にはなるだけ関わらないべきよ。そうすれば、万一ということすらなく、絶対に安全でいられるんだから。ということは、《A》は幻想郷にいる奴なら誰でも可能性があるってことじゃないの。得をした人物っていっても、そんな中から、どう一人に絞り込むってのよ」
そうだ。むしろ、《A》は現場には来ない方がいい。顔を出さなければ、絶対に安全な場所にいられるのだから。そうなれば、万一ということも無い。
「それはつまり、逆に言うと、会場にいた中に《A》はいないって言いたいのか?」
「そうじゃないの?」
どうかな、と魔理沙は即座に切り返す。
「わたしはそうは思わない。むしろ逆だね」
「逆ぅ~? どうしてっ」
「だいたい、現場に行こうが行くまいが関係ないだろ。自分が直接実行に関わらない以上、鈴仙が喋りさえしなければ、なんであれ自分には絶対に繋がらないんだからな。もし私が《A》だったら、あいつが誰かに告げ口したり、きちんと命令通りこなしてるか現場で監視したいくらいだね」
なるほど……そういう考えがあるのね。
いや、改めて考えると、むしろその方が納得できる。鈴仙が喋らないかもそうだし、なによりこちらの計画通りにちゃんとこなしているのか確認しなければならない。《A》と鈴仙の関係は、ただ単に脅したか脅されたかに過ぎない。弱味を握られている以上反旗を翻すことはないだろうが、心からの行動ではない以上、《A》からすれば監視は必ず行わなければならない。
でも、待てよ。ということは……。
「じゃあ、〝《A》はあの会場にいた誰か〟ってこと?」
「わたしはさっきからそう言ってたつもりだけどな」
事もなげに、そう告げる。
そんな、まさか……。なんてことかしら。あそこにいた誰かが、本当の犯人……。
「そう考えれば、だいぶ絞れるだろう。難しく考える必要はないから改めて訊くが、昨日来てた奴の中で、一番得をした奴は誰だ?」
そう言われても……。一番どころか、お酒が盗まれて得をした人物なんているのかしら。
人間達の中に、永遠亭にケンカを売るような奴がいるとは考えにくい。そうなると、それ以外の人外ってことになるけど……。
あそこには、私と魔理沙を除けば妖怪――あるいは妖怪染みた奴――はわずかしかいなかった。輝夜や永琳、永遠亭の者達は論外だし、霊夢はほとんどそこで寝ていた。妹紅は輝夜とは仲が悪いから、当てつけのためって考えることはできるけど……でもそれだけといえばそれだけだし――そもそもあいつらはいつもケンカしているように見えて実は仲がよかったりする。あと、慧音は立場としては人間とかわらないし、文はせいぜい新聞のネタができたぐらいで……。
…………。
「まさか……」
「そうさ」
魔理沙は低く教える。
「鈴仙を脅迫した《A》は、〝射命丸文〟。それが私の結論だ」
*
「…………」
文が、真犯人ですって?
しばらく、呆然としていたと思う。でもふいに、お腹の底から笑いの衝動が押し寄せてきた。
「ぷっ。あはははははっ」
「おーおー、よくこんな夜中に馬鹿笑いできるな」
笑い飛ばされても、魔理沙は平然と笑みをたたえている。そんあ余裕を見せられても、なかなか抱えたお腹を戻すことはできなかった。
「なにそれ。新聞のネタができたから、あいつが犯人だっていうの?」
しかし、魔理沙はいたって真顔で、「そうだよ」
「だよって……強引過ぎるでしょ。たったそれだけで、あいつを犯人だなんて」
そう。強引というか、苦し紛れに聞こえる。これまで理で埋めてきた魔理沙にしては、あまりにもチャチな推論だ。
「でも実際、得らしい得をしたのはあいつだけだぜ?」
「得、得っていうけど、新聞が書けるってだけじゃないの。それだけで犯人とか、ねぇ」
嘲笑ってやったつもりだった。けれど魔理沙は、ふふんと余裕で笑い返す。
「お前はそういうが、最近あいつがネタに困ってたのが事実ってことは知ってるだろ? 最近のやる気の無い記事からも明らかだし、昨晩本人の口からも言ってたしな」
「あいつならやりかねない。そう言いたいの?」
「やるならあいつしかいない。そう言ってるのさ。新聞記者にとって、記事をかけるかどうかは死活問題だ。となりゃ、自作自演も已む無し。漁師だって、クラゲしか捕れなきゃ廃業だろ?」
「大袈裟よ。あいつの新聞はただの趣味って聞いたわよ。記事が書けないからって、そんな切実になるものかしら」
「趣味を馬鹿にするもんじゃないぜ。気持ちの入れ込みによっちゃ、趣味はそいつにとって人生そのものにもなる。それくらい崇高な場合もあるのさ。お前の人形遊びみたいなもんだ」
遊びと言われて、普段は胸倉を引っつかんでいたかもしれないけれど――でもまあ、ここは話の続きが気になるので抑えておく。
言われてみれば文は、天狗の身内で新聞の大会なんかもやってるらしいし……。そう考えれば、あながち無いとも言い切れない。その大会ももうすぐだなんてことも言ってた気がする。それにあの天狗は無茶苦茶だから、自作自演の一つや二つはやりかねない。というか、すでに今までも何度かやってそうだと思ったこともあるし。
「もちろんわたしだって、最初から本気でそう思ったわけじゃない。だがあいつが《A》だと前提として考えてみると、後々いろいろ都合よく解釈ができるんだよ」
そう言われても……どこをどう考えれば都合がいいのやら。
…………。
あっ、まさか。
「あははっ。わかった。あれでしょ。文が背中に『神奈子一発』を入れて盗みおおせたって、そう言いたいんでしょう」
文は昨日、天狗だとばれないための名目で、背中の翼を服の中に詰めていた。まあおかげでラクダみたいに膨らんでたので、名目なんてあって無いような方便だったけど。
でも、その方便に別の意味があったとしたら。翼と一緒に、酒瓶も隠したとしたら。すなわち頃合を見て酒蔵に入り、背中に『神奈子一発』を隠す。後は、周囲の者に悟られないように……。
…………。
なぁんてことを魔理沙が言い出すとしたら、失望もいいところだけど。
「背中だと? そんなわけないだろ。確かに、あの背中は一見怪しいさ。傍から見て、いかにも何かが入ってそうだしな。だが逆に言えば、そんないかにもな場所に、決定的な証拠を隠そうとするか?」
あら、やっぱり違った。まあ当然っちゃ当然か。さすがに魔理沙もそう思うわよね。
「しないでしょうね。少なくとも、私が犯人の立場なら」
わかってるじゃないか、と、魔理沙は肩をすくめる。
「当然、永琳の奴も不思議に思わないはずがない。私達はその現場を見てないが、おそらく文の背中は真っ先に調べられただろうな」
「だいたい、酒蔵には永遠亭の兎達しか入れない。侵入すらできないんだから、犯行の余地なんて無いものね」
「だな。そもそも、さっき私は言ったよな。実行犯はあくまで鈴仙の方だ。文は犯行計画の考案者ではあるが、自分では手を下していない……って、お前。わかってて言っただろ」
なんだか斜めに睨まれたので、私は肩をすぼめた。
「ま、焦ることはないでしょ。時間は有限だけど、充分にある。まあ、話しっぱなしでそろそろ喉が渇いてきたけどね」
「それはもう少し我慢するんだな。じゃあ焦る必要が無いってことで、ここでちょっと話を戻そう」
「なんで戻すのよ。まあいいけど」
「《A》が文であれそれ以外であれ、鈴仙は脅迫されている。脅迫ってものは、何かしら相手を強請るためのネタがなければできない。つまり、弱味だ。鈴仙は《A》に強請られる弱味を握られていたことになる。とすれば、その弱味とは何だ?」
「弱味?」
「ああ、弱味だ。これがな、意外と推理できるものなのさ」
こいつはそう言うけど、そんなのわかるわけ……。これまでだって、推論に推論を重ねてきただけなのに。
「無理よ。だいたい、一応文は新聞記者だもの。三流だけど、それなりに情報には通じているはず。とすれば鈴仙に限らず、常にいろんな妖怪のスキャンダルを持ってるでしょ。スキャンダルは誰にも知らない事実だから、スキャンダルって言うのよ。そんなの私達がわかるはずないじゃない」
「スキャンダル? そんなもの、あいつがまだとっておいてるはずがないだろう。あったらそれをとっくに記事にしていたはずじゃないか」
あ……そっか。
納得すると同時に、新たな疑問が浮き上がってくる。
「待って。だったらその弱味っていうのは、文は最近になってそれを手に入れたっていうこと?」
「そうなるね」
最近の文の新聞は一応目を通してはいるけど、スキャンダルと呼べるほど大きなネタは無かった。もしかつてから知っていたことなら、すでに記事にしているはず。なら、その弱味を入手したのは、タイミング的には……。
「わかったわ。文が鈴仙に関わり、弱味を手に入れたとすれば、タイミング的に、〝鈴仙が『神奈子一発』を探しに里を歩き回った、祭り前日の一日〟、その期間しかない」
「ご名答。つまり、ここで重なるわけだ。祭りの前日、あいつら二人に〝何か〟あったのさ。そして、その何かによって、鈴仙は文に弱味を見せてしまった。そう考えるのはごく自然で、論理的なことだ。問題は、その何かが何か、なんだが……」
何かが何か、なんて……うーん、ややこしい。
「で、その何かって? それも論理的に推測できるんでしょ?」
「いや、できないよ」
あっさり、そんな言葉を口にする。椅子に座っていなかったら、たぶんすっころんでいたかもしれない。
「……はああ? でも、あなたは……」
「あ~せるなって。わたしが言ったのは、あくまで論理段階的には無理ってことだ」
「いちいち気取った言い回ししないでってば。だいたい、一緒じゃないの」
「違うんだな。段階を踏んで論理展開できないなら、跳躍させればいい。すなわち、インベスティゲイションさ」
インベスティゲイション……調査?
…………。
「……インスピレーションじゃない?」
ピタリ、それまで身振り手振り加えて、嬉々として講釈を垂れていた魔理沙の動きが止まる。
「図星?」
そしてその固まった表情のまま、みるみる、顔が赤く染まっていく。
「図星なんでしょ、ねえ」
プイと魔理沙は顔を逸らして、「……まあ、そうとも言うかな」
…………。
「……ぷぷぷぷぷ」
「あっ、お前っ。今っ、笑ってっ。このっ」
今度はなにやら、一人で勝手に大騒ぎしだした。これだけ慌ててくれると……さっきまでクールに机上論だのなんだの語ってたのに。このギャップときたら……。
「ぷっ、くくくくく……あははははっ」
ああ、もう駄目。こいつってば、発光してるんじゃないかってぐらい、顔赤くして。それがまた余計に笑いを……。ああ面白い、面白い。
「あのー、アリス……さん?」
いつの間にか魔理沙は、なんだか心配するような視線をくれていた。こちらもようやくお腹の痛みもおさまってきたところだったので、とりあえず目尻の水滴を拭う。ごしごし。
「……ああー、ごめんごめん。で、何の話だっけ? インスクライブレッドソウルがどうとか?」
はあ、と魔理沙は消沈したように息を吐く。
「そりゃ咲夜のスペカだろうに。なあ、悪かったよ。調子に乗ってたのは謝るから、機嫌直してくれ」
「別に、わざわざ直すほど悪いつもりなんてないわよ。むしろアンタの人間らしいシーンが見れて、安心したわ」
「こちとら、ずっと健全に人間してたつもりだがな」
まあまあ。と、私は魔理沙の肩を叩いてやる。
「ずっと話し話されを続けてたからね。ちょうどいい息抜きになったわよ。礼を言うわ。くすくす、ぷっくくく……」
「あっ。お前、今のっ、思い出し笑いだろ。絶対っ」
絶対、とぶんぶん立てた人差し指を振り回してくる辺り、こいつの焦りようは相当なものらしい。
まあ、笑ってばかりじゃ話が進まないのも確か。とりあえずさっきの魔理沙は、ちゃんと長期記憶に保存しておくとして……そろそろ、次に進みましょうか。
「で……インスピレーションって?」
「論理的跳躍ってことさ」
魔理沙は気を取り直そうと、少し腰を上げて椅子に座りなおす。でも顔は渋顔のままだったので、あんまり取り直せてはいなかった。
「ここまでは、論理的に一本の道だった。だがここで道の先に、ちょいと厄介が崖に行き当たった」
「崖?」
「そう、崖さ。先へ進むには、これを飛び越えなければならない。つまり、論理的跳躍が必要なんだ」
「ふむ。直感と閃きを使うってことね」
「そもそも推理ってのは、左脳と右脳、すなわち論理と直感の両方を駆使しないとできない芸当だ。例えば、直感でこいつが怪しい、犯人だって決め付けることはできるが、その途中の筋道が無ければ断定はできない。かといって、今までみたいに論理的に考えていくだけでは、どこかで息詰まってしまう。論理によって方向性を決定づけ、直感によって着地点を見定める。それがミステリーを紐解く基本なのさ」
「つまり今までの論理の積み重ねは、最後の崖を飛び越える前の足がかりってこと?」
「いい例えだな。そう、足がかり。言わば助走だ。全てが一つに丸くおさまる、とっておきのアクロバットを決めるためのな」
アクロバット……飛躍推理。
魔理沙はまた、不敵な笑みを浮かべている。なんだかこれまでで一番悪そうな顔なのは……自信の表れと見るべきかしら。
なら……聞かせてもらおうじゃない。
ばらばらに積み上げられた論理のピースが、どう組み合わさり、文が《A》だという地点に着地するのか。
自分の喉が一つ、鳴るのが聞こえた。
「……いいわ。どうぞ」
*
魔理沙はまた前かがみになると、組んでいた両肘をそのままテーブルに預けた。
「ではちょっと大変かもしれないが、これまでの前提を踏まえたうえで、わたしの結論を明確を述べるにあたり、鈴仙が『神奈子一発』をどうやって手に入れたかの経緯と関係している。話す必要がある」
この期に及んで、まだ話さなきゃならない前提が……と、落胆しかけたのは一瞬だった。
〝鈴仙が『神奈子一発』を手に入れた経緯〟ですって?
「何言ってるのよっ。そんなの……」
「あー、お前が言いたいことはわかるぜ? そんなのはもう知ってるってんだろ?」
「知ってるもなにも、だって、永琳が話してたでしょ。『神奈子一発』は鈴仙がどこかの店で買ってきたって。鈴仙だって、ちゃんと店員から保存するときの注意を聞いてたし……」
言いかけ、私はハッとする。
いや、違うわ。あの台詞は……。
「あの鈴仙の言葉が嘘だってことは、すでに論理的に証明されている。『神奈子一発』は黒瓶だから、紫外線を気にする必要はない。一番最初に、お前が話してたよな」
「……じゃああなたは、鈴仙は『神奈子一発』を酒屋で買ったんじゃないって言いたいの?」
そうさ、と魔理沙は力強く頷く。
「ああいや、まあ証拠が無い以上、百パーセントってわけじゃないけどな。そもそも、おかしいと思ってたんだ。神奈子んところの酒は確かに委託した酒屋でしか買えないが、二、三日里を駆けずり回ったところで、あんな貴重な酒がそうそう見つかるはずがない。それはわたしも実際に足を棒にして経験済みだ」
確かに、それは以前魔理沙自身から聞いたことだ。間違いは無いのだろう。
「永琳は……確か、鈴仙は前日の一日で調達してきたっていってたわよね」
「そう。たった一日じゃ、いくらなんでも無理がある。奴が酒を手に入れたのは、里の酒屋じゃない。別のルートからだ」
なるほど、別のルート……。
確かに。思えば、魔理沙が鈴仙にどうやって手に入れたか訊ねた時も、彼女は答えなかった。単に疲れていて取り付く島も無かっただけかと思っていたけど、それとは別に他人にはいえない事情があったからなのかも。
それにしても別ルート、となると。考えられるのは……。
「誰かから譲ってもらったってこと?」
「かもな。だが、あれだけ貴重な品を、簡単に譲ってくれる奴がいるかな」
「うーん……じゃあ、盗んだ?」
ちょっと表現は悪いけど、そう考えるのが妥当のはず。なにせ、どこにも売っていない貴重品なんだから。こっそりが駄目なら、無理やりにでも誰かから奪うしかない。
「そこまでくれば、もうさすがに見当がつくだろう。鈴仙が『神奈子一発』を盗んだとしたら、その先は?」
その先は……。
「……守矢神社だわ! 鈴仙は店を探したけど、結局見つからなかったから直接神社に乗り込んだ!」
魔理沙は笑みを深くする。
「自然な思考の流れだよな。お前も知っている通り、あそこは委託でしか売りはしない。だが鈴仙は、酒を持ってこなければ、家には入れされないとまで言われたんだ。当然、あいつも必死になる。手段を選ぶ余裕は無い。悪いとはわかっていても、神社に直接忍び込んで、盗むしかなかった。で、実際に『神奈子一発』を手に入れられたってことは、ばれずにうまいこと盗みおおせたってわけだ」
なるほど……。
推論である以上、魔理沙の言うことには確かな証拠は無い。でも、理には適っている。
「とりあえず、いいわ。で、それから?」
「うむ。わたしが主張したいのはここだ。ただうまく盗めたなら、万事問題は無かっただろう。鈴仙にしてもな。しかし、そうはならなかった」
魔理沙の声に、自然と熱がこもる。
そして次の決定的な一言のために、軽く、息を吸い込んだ。
そうはならなかった、それはなぜか……。
「〝盗みの瞬間を、《A》に見られたからだ〟」
「なんですって!?」
いつのまにか発していた声は、今日一番の大声だったかもしれない。言ってから、室内に響いた自分の声の大きさに、自分で少しびくりとしてしまった。
今度は心持ち小声で、「まさか、鈴仙の弱味っていうのはそのこと?」
「その通り。いやぁ、ようやくここまで辿り着いたぜ。そう、鈴仙は『神奈子一発』を盗んだことをネタに、《A》、つまり文に脅迫されたんだ。このことを口外されたくなければ、自分の指示に従え、てな」
それが言いたかったのね……。
アクロバット……か。なるほど。
一見聞いただけでは突飛に聞こえるけど、決して矛盾は無い。全てがその日一日で起こったという前提、そしてその時鈴仙の置かれていた状況、それぞれの要因がうまくかみあって、論理を補強している。
「でも、それなら誰でも《A》になり得るじゃない。なんで真犯人が文だって言い切れるのよ?」
「むしろ、文じゃなきゃダメなのさ。わからないか?」
文じゃないとダメ、ということは……。
「まさか……〝カメラ〟!?」
「イエス。文は鈴仙が盗んだ瞬間を、カメラで撮った。決定的瞬間をな。それをネタに脅迫したんだ」
そうだったんだ……。
たしかに、脅迫するとなれば、決定的なものでなければならない。ただ言葉でバラすぞと脅しても、永遠亭側がデマだと言い張ればいいだけだ。しかし、写真があれば揺るぎのない証拠になってしまう。
振舞われたお酒が盗難品などと知れたら、当然宴も台無しになる。永遠亭の里での評判も地に落ちるかもしれない。鈴仙としては、従わざるを得なかっただろう。
「そういうことだったのね。だから、文だと……」
「わかってくれたかな。ではまとめの意味で、今度は鈴仙じゃなく文の視点で動きを振り返ってみるか。
文がその日の鈴仙の動きを知ったきっかけは、さっきも言ったとおり特定はできない。おそらく里中を必死に駆けずり回ってるのを、偶然見かけたんだろう。鈴仙の切迫した表情から、文は何事かと思う。少なくとも、ついていけば何か記事になるようなものが書けるかもしれない、そう判断した。後を尾行していくと、酒屋ばかり入っていくから、『神奈子一発』を探してるんだなと誰でも感づくだろう。『神奈子一発』が出るってことは、前々から発表されてたしな。
鈴仙の足は、やがて守矢神社へ向いた。文は尚も尾行を続けている。勘がよければ、この時点で鈴仙が盗みに入る気なんだと気づくよな。で、決定的瞬間を写真に収める。あとは永遠亭に帰る時に鈴仙に近づき、話を持ちかけたってわけだ。
こんなところだな、わたしの推論は。なにか質問はあるか?」
*
とりあえず、いくつか気になる点があった。
「訊いていいかしら?」
「ん。遠慮なく」
「真犯人、《A》は文。それはわかったわ。でも、文の目的は事件そのもの、つまり、新聞記事のネタだったわよね?」
魔理沙は余裕気に、頭の後ろで腕を組んで椅子に寄りかかっている。
「そうさ」
「だったら、おかしくない? 事件を起こすために鈴仙に犯罪を強要したって言ってるけど、そんなことしなくても、〝もう事件は起きてる〟じゃない。鈴仙が『神奈子一発』を盗んだってことをそのまま記事にすれば、それで十分でしょう。文が《A》だとするなら、どうしてそうしなかったのよ」
記事を書きたいだけなら、わざわざ自分が荷担する必要なんてない。手っ取り早いし、わざわざ自分の身に及ぶ面倒を抱えなくてもいい。ここを突かれれば、いくらこいつでも答えに窮するはず……。
しかし魔理沙は、たいして驚くでもなく……むしろ感心したみたいに鼻を鳴らす。
「ほほう、なかなかいいところをついてくるな」
「……余裕ね。で、どうなのよ?」
「確かに、鈴仙が神社から盗んだにしろ、祭りで盗んだにしろ、いずれにせよ同じ物取りの事件にはかわりがない。だが、実は違うのさ。視点を変えてみればわかるぜ」
「視点ですって?」
「そう、黒幕である文の視点さ。今回の事件は――言うまでもないが、永遠亭で起きた方な――、文のこの新聞、少なくても今日の夕刊によれば、まだ完全には解決していない。言わば未解決事件だが、これはおかしい。なぜおかしいか? これは言われなくともわかるだろう。事件を起こしたのは、文自身。つまり、あいつは真相を全て知っているんだ。自分で仕組んだんだから当然だよな。なのに、新聞には全てを記載せず、未解決としている」
言われてみれば……。
文が真犯人なのなら、魔理沙の言うとおり知らないことなんて無い。なのに、あえて新聞には全てを書いていないということになるけど。
「でも、それって情報操作してるってことよね。どうしてそんなことを?」
「今言ったとおり、視点を変えれば簡単なことさ。文の立場になって考えてみなよ」
文の立場……。
もし私が文だったら。どういう場合、情報を操作するだろう?
私は新聞が書きたい。そのためには、なにか事件が起こってほしい。特に、最近はろくでもない記事しか書けていないから、余計になんとかしなきゃならない。
そんな折、うまいこと鈴仙がやらかしてくれた。このことを記事にすれば、とりあえずは明日の朝刊分を凌げるけど……。
……凌げる?
「……そうか、わかったわっ」
思わず、私は快哉の声をあげた。
「お?」
「新聞のためよ。公開する情報を幾つかに分けて、本来一回分の新聞記事を、複数回に分けたの。情報を選定、小出しして未解決として引き伸ばすことで、記事を何日分にも膨らましたのよ!」
頷いた魔理沙は、実に満面の笑みだった。
「その通り。ただ鈴仙が守矢神社から酒を盗んだ、てな事件だと、事件としてはなかなかだが、記事にすれば一回分で終わってしまう。文は、それだけじゃもったいないと思ったのさ。それこそが、文が真犯人となった真の動機。これなら、理屈として矛盾はないだろう」
思わず、私は唸った。
この夕刊だけを見れば、まだ明らかにされてないことが幾つもある。例えば、鈴仙の動機。そして『神奈子一発』が現在どこにあるか。これらの事実が新たにわかったことにすれば、明日、明後日の分まで新聞が書けてしまうだろう。そのことがより、魔理沙の主張を裏付けている。
「さて。もう質問はないか?」
魔理沙の声に我に返った私は、慌てて割り込んだ。
「ま、まだあるわよ。あなた、肝心なこと説明してないじゃない」
「はて、肝心なこと。何かあったっけか?」
「とぼけないで。事の経緯とか、背景はわかったけど、大きな謎はまだじゃない。結局、〝『神奈子一発』はどこにどう消えた〟のよ?」
ああ~。と、本当に今思い出したかのような顔をする魔理沙。
「そういや、まだ説明してなかったっけか。その辺は。いや、てっきりもう説明しなくてもいいと思ってな~」
「……冗談は嫌いじゃないけど、時と場合によるわよ」
低く唸るように言ってやると、魔理沙は悪びれるでもなく肩をすくめた。つくづくこいつは性格がひんまがっている。
「新聞にも書いてあるわ。あの日は『神奈子一発』が消えたことに永琳達が気づいてから、永遠亭の中は隈なく捜索されてる。それでも見つからなかったって、そう書いてあるじゃない。記事を書いたのが文だとしても、この点は事実に違いないわ」
「そうだな。だが一箇所だけ探してないところがあるのさ。あの宴の間、『神奈子一発』はずっとそこにあったんだよ」
「それって、どこのことなの?」
あの時永琳は、『旬風の間』から近い順に、永遠亭内を探したと言っていた。妖怪兎達を総動員しても見つからなかったっていうのに……。
「〝酒蔵の中〟だよ」
「……はああ??」
何を言い出すかと思えば……。酒蔵から消えたから、皆必死になって探してたんじゃないの。
「初めから消えてなんていなかったのさ。そもそも、無くなったって言い出したのは鈴仙だ。元々あったって場所から消えたのなら、そこはもう誰の気にも留められない。心理的死角ってわけさ」
心理的死角……。
言いたいことはわかるけど……でも、なんだか納得がいかない。
「いくら盲点だとしても……元々あった場所をまったく調べないなんて保障は無いでしょ。もし調べたならあんな目立つラベル、すぐに発見されるわ。わたしが文だったら、怖くてそんなとこに置きっぱなしなんてさせないわよ」
「もちろん、永琳だって馬鹿じゃない。一度ぐらいは調べさせただろう。しかし鈴仙が率先して自分でその役をかってでればそれまでだ。自ら探す振りをして、ありませんでしたって言うだけさ。それにだ。もし別の兎が探したとしても、見つからないように細工がしてあった」
「細工……って、ようするにトリックってこと?」
うんうん、と魔理沙は腕を組んで頷く。
「いいねぇ、トリック。実にいい響きだ」
「響きなんかどうでもいいから答えなさいよ」
「ったく、情緒の無い奴だぜ。まあ、今回使われたトリック。ミステリにそこそこ慣れた奴なら、そう難しくはない。なにせ、考えたのは文なんだからな。所詮素人考えさ。実際、わたしはあの状況だけで考えれば、いくつか考えついたぜ?」
その素人のトリックを見抜けなかった私の立場は……。まあ、口には出すまい。
それより、今こいつはさらりととんでもないことを言った気がする。〝いくつか考えついた〟ですって……?
「いくつかって、どういうことよ」
「いや、どういうことも何も、そのまんまだが」
「だって、鈴仙が使ったトリックは実際に一つしか……」
「真実は一つ、なんてケチなことを言わず、あの状況下で現実的に実現可能な方法はいくつあるかって訊かれたら、複数あるっていうだけさ。といっても、私が思いついたのは、実際に使われたトリックを含めてせいぜい二、三個だがな」
せいぜいって……それでも二つ以上考え付いたっていうの? 私なんか、一つしか……。それも魔理沙に完膚なきに否定されたっていうのに。
むー、ほんとかしら……。
「…………」
「なんだよその疑り深い目は」
「そりゃ、だって、深く疑ってるもの。陥没したカルデラ湖ぐらい」
それがどれぐらいの深さなのか、魔理沙はわかったのかわからなかったような顔をして、「とにかく」
「その中でわたしが有力だと思っている推理……そのトリック自体は、さほど難しくはない。というのも、さっきのお前の推理。実は結構いい線いってた」
私は跳ねるように、言葉を返す。
「そうなのっ?」
「ああ。考え方の方向性としては間違ってないぜ。お前の推理だと、黒瓶にラベルシールを剥がして、普通の瓶に見せかけたんだったな?」
「そうだけど……。でも、確かに魔理沙の言うとおり、シールを剥がす作業がネックだと思うわ。今考えると」
「それだよ。シールを剥がすんじゃない。〝貼る〟んだ」
「えっ?」
「鈴仙はラベルシールの上から、重ねてシールを貼って隠したんだよ。瓶にあわせて、より大きな黒いシールをな。これなら剥がすのと違って、一瞬で終わるから誰かに見つかる危険性は少ない。機を見計らって酒蔵に行き、シールを貼るだけで終わりだからな。他の酒瓶と見分けがつかなくなり、『神奈子一発』はさっぱり消えたように見えるってわけさ」
「ちょっと待ってよ! いくら瓶が黒瓶で同じ色だからって、さすがに気づくでしょ。シールの部分は紙なんだから光を反射しないし、誰でもおかしいと思うわ」
「ところがそうでもないのさ。それに、酒蔵の中は暗いからな。見た目じゃまずわからんぜ」
「本当に暗いとは限らないでしょ。あなたが実際入ったわけじゃないのに」
「〝冷暗所〟って言ってただろう。少なくとも、照明の類は置いていない。後は他の瓶に紛れて一番奥にでも移動しておけば、他の兎に勝手に持ってかれることもないぜ」
打てば響くような、魔理沙の解答……。たちまち私の方が、次の言葉に窮してしまう。
「……黒のシールを被せて、その後はどうしたの?」
「さっき言ったとおりさ。ほとぼりが冷めるまで、酒蔵に置いておいたんだろう」
「ほとぼりって、宴が終わって、兎達が探し疲れるまでってこと? なら、持ち出すのは朝までかかっちゃうじゃない」
「いや。お前は気づいてたかわからないが、わたし達が帰る前あたりから、鈴仙の奴はずっと酒蔵のところにいた。傍目にはあそこで待機して部下どもに指示を送ってたように見えるが、しっかり見張ってたのさ。他の誰かが酒蔵に入って、中を探さないようにな。部下が中を探そうとしたら、自分がやるから他を探して来いとでも言って追い払う。あとは、頃合を見計らって持ち出して、あとは自分の部屋にでも隠しとけばいい。とはいっても、いつまでも永遠亭に置いておくわけにはいかないから、もうあの屋敷には無い。昼にでもなればもう捜索も諦めるだろうから、外に運ぶなら午後だろうな」
「外って、どこに……?」
「あれだけ貴重な酒だしな。ただ捨てるのももったいないだろう。運ぶとしたら妖怪の山。文の部屋しかないな」
「…………」
「ちなみに、祭り前日なのに、たった一日で黒いシールをどう準備したかだが……これは説明するまでもないよな。文は新聞屋だ。そんなもの、いくらでも都合がつくってわけだ」
魔理沙の推論には隙が無い。否定しようとすると、より強固な理論となって返ってくる。
でも、決して不快な気はしない。
むしろ理論の応酬は心地よく、見事な返しに感嘆すら覚える。まるで、魔理沙にわからないことなど何一つないような、一種の全能感すら錯覚してしまう。ただの推論が、紛れもない真実に見えてしまう……。
「と、まあ。論理的妥当性を突き詰めるなら、こんなところだ。何か、質問は?」
…………。
「……無いわ」
- Ⅴ -
「……ふう」
無音の溜め息を浴び、ランプの炎が踊った。
今……もう何時になっただろうか。
そういえば、この書斎には時計は無いんだった。ぼんやりと思い出す。読書をする時は時計の無いところがいいと、以前魔理沙に聞いたことがある。針の音が気に障るし、なにより時間を気にしては読書に集中できないというのが、こいつの持論らしい。
ランプに残るアルコールの量を考えると……二時間は経っているのかしら。
昨日やらかしたばかりなのに、またしても時間が忘れる感覚を味わってしまった。まったくもって、思考に没頭するのはおそろしい。哲学者の生涯は一瞬、なんていうけど、今ならわからないでもない気がする。
「……でも、なんだかやるせないわね」
「なにがだ?」
魔理沙はちっとも疲れを知らない顔で聞き返す。これだけぶっつづけで喋りとおしてたのに……きっとこいつも時間の流れなんて、とっくに感じちゃいないのだろう。
もっとも、私がやるせなさを感じているのは、疲労からくるものじゃなくて――
「文のことよ」
「お?」
「あなたの推論が正しいのなら、今『神奈子一発』は結局あいつが持ってるんでしょ? なら、全部あいつの思惑通りになったってことよね。当面の分の記事もかけて万々歳。おまけに幻の吟醸まで独り占めできて……。あいつただ一人が得したってことじゃない。あの性悪天狗、今頃一日遅れの献杯……もとい乾杯でもしてるに決まってるわ」
あさっての方向に悪態をくれてやる。もちろん、あいつのいるであろう山の方角に。
実際、腹立たしい限りではある。あのお酒は私達だけじゃなく人間達も、いいえあそこに集まっていた者達全員が楽しみに待ち望んでいた。それを自分の都合で、それも至極勝手な理由で台無しにするなんて。だいたい自分で事件を起こしてそれを記事にするなんて、新聞記者が聞いて呆れる。
こんなことを知って、怒り心頭なのは私だけじゃないだろう。魔理沙だって……と思って横顔を見たけれど、そういえばこいつも事件が起きて有頂天なクチなんだった。下手したら怒りどころか、感謝したくて今年から年賀状でも送るかもしれない――私を差し置いて。
案の定、魔理沙はハハハと高らかに笑った。
「お前らしいな」
「なによそれ。馬鹿にしてるの?」
「わたしはしてないが、お前に馬鹿にされてる自覚はあるんだな」
「ほら! 今したでしょ。どう考えても」
いやいや、と魔理沙は人差し指で頬をかく。
「ほんとにしてないよ。ちょっと思い出しただけさ」
「何をよ」
「昨日、お前が言ってたことだよ。ミステリーにおいて、過程よりも結論を楽しむ読み方もある。それがお前の価値観だって、そう言ってたよな?」
「あ……」
覚えてたんだ……魔理沙。昨日の事、うやむやになったと思ってたけど。
「しかしだ。これがゲームだってこと、忘れてないか? 私達が交わしているのはただの机上論。結末の用意されている小説ですらない。わたしの推論では犯人は文だが、必ずしもそうである必要はない。現に証拠なんて無いしな。推定無罪って言葉もあるだろ。現実のあいつを悪く思うのはお門違いってやつだぜ?」
…………。
こいつの言いたいことはわかる。ようするに、魔理沙はこう言っているのだ。
〝現実と履き違えるな〟、と。
言われなくても、わかってる。私達が話しているのは、あくまで机上論。言わば、ただの知的な遊戯だ。昨晩魔理沙が話した、妄想の延長線上のものに過ぎない。
机の上では、現実も切って並べた材料でしかない。ただの思考材料でしか無い以上、物理的な証拠なんて存在しないし、ましてやそれを求めること自体主旨に反している。それこそが魔理沙の言う楽しみ方であり、そこに高尚な美徳が存在すると、昨日こいつの話を聞いて改めて思った。
「……わかってるわよ。でも」
「でも?」
でも……。
でも、私が言いたいことはそんなことじゃないのだ。
こんなこと、お酒の場でもなきゃ言えないけれど……。
言ってしまえば、魅入られたのだ。こいつの才能に。
今日、またしてもその才能が輝く瞬間を目の当たりにした。
でも、このまま机上論ばかりを続けても、この才能が世に出ることはない。それでは、なんというか……もったいない、というのは違うのだけれど。どういうわけか、悔しいと感じた。
昨日の別れ際、魔理沙は言っていた。真相かどうかはわからないし、別問題。でも、肉薄はしていると思う、と。謙遜に聞こえるけど、こいつは本当にそう思っているのだ。
ゲームの中でも、魔理沙は解答を導き出した。ううん、机上論である以上、本来解答と呼ぶべきものは存在しない。でも、もし解答があるとしたら極めて近い論理だと、私は思う。実際、推論と事実を錯覚しかけたほどだ。
あなたの論理には力がある。仮想と現実の枠を乗り越え、超克する力が。
そして、〝現実を舞台にしているのだから、現実に置き換えることも可能〟なのだ。
……魔理沙。
あなたはそれに気づいているの……?
「お? でも……なんだよ?」
……わからない。
心の内を忖度するには、こいつの笑顔は無垢すぎる。
「なんでもない。ごめん」
私は微笑し、視線を外す。ついでになぜだか謝ってしまった。自分でも、よくわからない。
魔理沙にしてみれば、もっとわからなかっただろう。ちょっと首を捻ると、この件はもう終わりと捉えたらしい。
「ま、いいや。こんなことばっか言ってると、また押し付けになっちゃうしな」
押し付け。まさか、昨晩のことをまだ気にしてるのだろうか。
「違うわよ。そんなことないったら」
「まあ聞けよ。昨日から、わたしも考えてたことがあるんだ」
「……考えてたこと?」
「よくよく考えて、このゲームはわたしだけじゃない。わたしとお前、二人でやるものだ。なら、楽しみ方も二人で共有する方がいい。その方がフェアってもんだ」
フェアって……。
「言ってることが、よくわからないんだけど……」
「そうか。じゃあ、お前に最後の問いかけをしよう。これがわかれば、今わたしの言った意味も理解できるんじゃないか?」
一拍置いて、ゆっくりと魔理沙の唇が動く。
「お前は今、あの『神奈子一発』はどこにあると思う?」
……え?
今さら、何を言ってるのかしら。
「どこって。そんなの、文のところしかないんじゃ……」
言い忘れたことを付け足すように、ああ、と魔理沙は続ける。
「前提として一つ言っておくが、これは机上論じゃない。〝今現実にどこにあるか〟を訊いてるんだからな?」
*
机上論じゃない……??
「これが可能性だけの知的遊戯なんじゃなく、現実を前提にするならば。『神奈子一発』は、今どこでどうしているとお前は思う?」
どういう意味かしら。なんで、そんな前提を?
「それって、どういうこと? お酒はもう文が持ってるんじゃないの?」
「机上論では、そうだったな。だが、今回は現実の話だ。ゆえに、明確な〝正解〟が存在する。だからあえて断言するが、今酒は文のところには無い。だとしたら、どこか? さあ、当ててみな」
じゃあ……やっぱり、これはさっきまでの机上論ゲームとは違うってことらしいけど。でも、文のところじゃないですって?
いや、その前に……。
「どうして、あなたに文のところに無いってわかるの? なんでそんな断言ができるのよ」
魔理沙は決して、根拠も無しにこんなハッタリは言わない。嘘や冗談は日常茶飯事だけど、こういうゲームや勝負事では、不公正なことは口にしない奴だ。
でも、魔理沙の言に嘘が無いとしたら、なぜ――
「〝なぜ、あなたは正解を知っているの?〟 今まで話してたのは机上論。だったら、本当に正解といえる正解なんて、きっぱり言えるものは無いじゃない」
くくくっ、と魔理沙は声を抑えるように笑う。
「そこに気づいたんなら、答えもすぐにわかるよな。さあ、どこだ?」
「そんなこと言われても……」
文のところじゃないとすれば、考えられるのは永遠亭しかない。まだ屋敷を抜け出す機会がなく、鈴仙がまだ持っているのだろうか。
それを口にしようとしたのだけど、先に機先をとられた。
「言っとくが、永遠亭でもないぞ。あそこからはとっくに持ち去られてる」
魔理沙の言い方は仮定ではなく、やはりきっちりとした断定を含んでいた。でも、他にわからないものはわからない。というより、もう思い当たる節が無い。
「もう~、じゃあなんなのよ。他にどこがあるっていうの」
「わからんか。まあいいか。実際そこまで気づけば、ほとんど正解みたいなもんだし……」
告げると、唐突に魔理沙は椅子を引く。なにやらモグラさながらに、テーブルの下に潜った。
「ちょっと……魔理沙?」
いきなり何してんのよ。と、そう続けようとした時……。
ドカリ。テーブルが震動する。
「……あいたたた。頭ぶつけたぜ」
「ほんとに何やってんのよ……」
呆れていると、にょっきり、魔理沙の頭が生えてきた。そして、「よいしょ、と」
ドカリ。またしても派手にテーブルが揺れる。
でも、今度は揺らしたのは魔理沙の頭じゃなかった。
魔理沙がテーブルの下から取り出したもの、そのずんぐりとした黒い胴体には、でかでかとした金色で、名前が書いてあった。
……えっと。
「これって……」
「見ての通り、『神奈子一発』さ」
にょき、と瓶の横から魔理沙の満面の笑みが生え出す。
いや、それは……こんなに目立つラベルなんだから、一目瞭然だけど……。
「…………」
なっ、なんで……!
「なんでこれがここにあるのよっ!?」
思わず、立ち上がってしまう。ほとんどテーブルをぶっ叩くような勢いで。
魔理沙は一瞬表情を凍らせたけど、またすぐにやけ顔になり、「参考にさせてもらったんだよ」
「……参考?」
「お前、昨日言ってたじゃないか。ときに現実に逸脱してこそ、机上論は机上論足りえるって。だから、ちょっと実践してみたんだよ。昼間、答え合わせに行って来たのさ。文のところにな」
答え合わせ……。行ってきたって、まさか……!
「あなた、〝文を逆に脅迫した〟の!?」
適当に肩をすくめる魔理沙。そのすくめ方には、悪びれた様子なんて微塵も無い。
「脅迫だなんて、人聞きが悪いな。答え合わせしたら、どうやら正解みたいだったからさ。正当な報酬をいただいたのさ。もちろん、バラされたくなかったらっていう条件はつけたけどな。ほら、クイズに正解したら景品くれるじゃんか。そんな感じだよ」
「条件つけたのなら、恐喝と一緒でしょ」
「恐喝と収賄は一応違うんだけどな、法的に見れば」
唖然とするしかなかった。こいつったら……なんて奴。
ひとしきり思考がホワイトアウトしていたところ、やがてふと、また笑いの衝動が突き上げてくる。私は思わず、ぷっと噴き出した。
「あははははっ。さすがね。泥棒から総会屋に転職したわけか。いいんじゃない、向いてると思うわ」
「おいおい、誰が総会屋だ。だいたい泥棒だったつもりもないぜ」
「何言ってるの。ここにある本は、ほとんど紅魔館の図書館のやつでしょ」
「盗んだんじゃなくて借りてるんだよ。返す予定は未定だがな」
「ああ言えばこう言う。やっぱり総会屋ね」
きっとこいつは、昨日私と別れる段階で、文から『神奈子一発』をせしめる気だったんだろう。私と会う約束を夜に取り付けたのも、昼間に山に行ってたからに違いない。
「でも、あの性悪天狗をよく丸め込んだわね。あなたの推論は机上論には違いないから、あいつが黒幕だって確かな証拠は無いはずなのに」
「確かに証拠は無い。だが、文の方にも否定する証拠は無いのさ。新聞屋は客商売だ。特に永遠亭はお得意様だしな。噂でもこれが輝夜や永琳の耳に知れたら、必ず鈴仙が追求される。もともと脅されていた鈴仙は、隠すこともなくすんなり喋るだろう。文には否定する証拠がない。あいつらを敵に回したら、新聞なんか書いてる暇はないぜ」
確かに。今回の件では、永琳はひどくお冠だろう。昨晩は顔は笑っていたけど、あの笑顔には明らかにプレッシャーがあった。さすがの文も、永琳は敵に回したくないらしい。
「それに、わたしはとりあえず、この酒さえいただければよかったからな。記事はそのままお前の好きなように書けばいいって言ったら、あいつもすぐ引き下がったぜ。あいつにとって、優先事項は新聞が書けるかどうか。『神奈子一発』はおまけみたいなもんだ。だから誰にも口外しないことを条件に、こいつをいただいたってわけだ」
「誰にもって、私には喋っちゃったじゃないの」
ひょい、と魔理沙は肩をすくめた。
「細かいこと気にしてると将来ハゲるぜ。いやぁ、実はわたしも、さっきから喉渇いてたの我慢してたんだ。さあ、ちゃっちゃと始めようぜ」
ハァ、なるほど。飲み物を出さなかったのも、無かったのではなく、このお楽しみの為にあえて控えさせていた、と……そういうわけね。
まあ確かに、日本酒の前に紅茶なんて考えたくない取り合わせだけど。変なところで気が回るというか、なんというか……。
「まったく、細かいこと気にしてるのはどっちなのかしらね」
「あん? なんのことだよ」
「別に」
そうこうしている間に、魔理沙はテキパキ、あっという間に目の前にお銚子とお猪口セットを揃えて見せた。初めて知ったけれど、どうやらこのテーブルには魔理沙側に引き出しがついていて、そこから取り出したらしい―――ホコリでもついてなければいいのだけれど。
『神奈子一発』の酒瓶は、魔理沙の胸に抱かれていた。きゅぽんと気持ちのいい音とともに、蓋が開いたところだった。
鼻を近づけると、魔理沙は喉に梅干でもつっこまれたみたいに顔を引き攣らせた。
「ん~、さすが究極の大吟醸。たまらん香気だな。この香ばしさ、鼻の奥が引っ張り出されるみたいだぜ」
そのままお銚子に、そして互いのお猪口に注がれる。芳醇な香りが、こちらにも伝わってくる。
「さて、じゃあ乾杯といくか」
「二日連続だけどね。まあ、構わないけど」
「違うな。昨日は酒は飲んだが、本当の意味で乾杯はしていない。したとしても、昨日は献杯だった。おかげでほら、お前の失態も水に流せたんじゃないか」
私はぶっすり膨れてやった。遅刻の件を出されると、こちらは返す言葉が無い。
「構わないって言ってるじゃない。それより、私も一ついいかしら? 最後の質問」
「あー? なんだ、いよいよって時に、タイミング悪いなぁ。まだ何かわからない点があったか? それとも反論?」
正直、もう疑問に残ったところは無い。推理を含む魔理沙の言には、もう納得がいった。
私が訊きたいのは、事件についてじゃない。もっと言えば、質問というわけでもなく、どちらかといえば確認だ。これだけは聞きたい。魔理沙の口から、直接。
「どう? 自分の机上論理が、現実でも通用した感想は?」
一瞬、きょとんとする魔理沙。
「なんだ? その質問は」
「いいから、答えて」
有無を言わさず詰め寄ると、魔理沙は――
「ときに現実に逸脱してこそ、机上論は机上論足りえる。そういうことだろ?」
参ったような苦笑いを浮かべる。今の私には、その顔がとってもお気に召した。
<了>
こういうミステリーもあるんだなと新鮮に思いました。
個人的には、『神奈子一発が現代入り』と『経年100年を超えた酒が付喪神化、神奈子をママと呼ぶ』の合わせ技が自信のあるダメ推理だったんですけどね。
推理小説は、登場人物の思考と感情の流れを楽しむ事にしているので、魔理沙の思考とアリスの狼狽がとても楽しかったです。
良い作品をありがとうございました。
しかし、霊夢にも話を聞いてみたい案件ですね。
「何となく態度が怪しかった」とか言って、直感で犯人だけピンポイントに当てそうです。
これを気に他のミステリー系にも少しずつ手を出そうかなと思いました
前作の奴も読んで来ようかと思います
以下レスの方させていただきます。
>>2
ありがとうございますm(_ _)m
マニアックな部類なのは承知なのですが、スラスラ読めたのでしたらよかったです。
>>3
楽しんでいただけて幸いですm(_ _)m
う~ん、付喪神とは。なるほど。その発想は正直冗談抜きで素晴らしいと思います。
やっぱり舞台が東方ともなれば、そういった超常現象を疑うのかもしれないですね。
勘のいい霊夢さんなら、たぶん「アンタよ」って一発でしょうねw
そういう意味では、ロジックガチガチの魔理沙とは正反対かも。
>>4
ありがとうございます。変わったミステリーの紹介、という意味合いも兼ねているので、そういっていただけると何よりですm(_ _)m
今しがた、前作の方も読みやすいように改行してきたので、よければどうぞ~。
やっぱミステリーはいいですね。次があるならまた楽しみにしてます。
私は鈴仙は最初から手に入れられなくて、永琳もグルという推理でした。
出禁のくだりが逆にに強調してる気がしましてねぇ……見事引っ掛かりました。
これからもこのシリーズ楽しみにしてます。
それにしてもこの問題、ヒントなしではかなり難しいのでは、よくこんな話を作れるものだと感心します。
まあ最終的な酒の在処については前編の最後で「夜までいない」って言ってたあたりで直球に想像付くけど。
とても面白かったです。
前作から読んでいただいてるなんて、感謝の極みですm(_ _)m
創想話ではミステリーの数自体が少ないみたいで馴染みが薄いかもしれませんが、楽しんでいただけたら幸いです。
>>13
ありがとうございます~。
実は可能性としては、自作自演も否定できません。
ただ論理的に反論するとすれば……もし自作自演だとしたら、鈴仙ではなく名も知らぬ泥棒のせいにしただろう、ということです。
鈴仙一人に罪を押し付けるなら、結局永遠亭の不手際には変わらない。つまり自作自演である意味が無くなるわけです。
もっとも、問題編の段階では鈴仙が盗んだことはまだ明かされてないので、そう考えるのも無理はありません。
というか、その辺はこちらのミスですね。すみませんorz
>>16
ありがとうございますm(_ _)m
普段ミステリーは読まれないとのことでしたが、にもかかわらずこの長さに付き合っていただいたことに、まず感謝したいです。
この容量もあって、ミステリーに興味無い人はクリックもしてくれないだろうなぁと思ってたので(´∀、)
>>17
うーん凄いですね。
正直酒の在り処は最後のとっておきの謎なので、あの時点でわかっただけで、霊夢並の勘のよさと言わざるを得ませんw
本文では書いてませんが、魔理沙があそこで「夜にしよう」と言った理由は……
昨晩の段階で魔理沙は、文から神奈子一発をせしめてアリスと二人で酒盛りしようと計画していた。
文のところにいって脅迫するだけなら、時間的に午前中でも充分だったけど、
その後すぐにアリスと会うとしたら、昼間に酒を飲むことになってしまう。
どうせ飲むならやっぱり夜だろう、という理由でした。
五時からだと若干早いから、八時ぐらいにしよう、てな具合ですね。
>>19
ありがとうございます~。
自作自演に関しては、13さんへのレスの通りですね。
でも、結局お酒は買えなかっただろう、というところまでわかったならば、かなり惜しいところまでいってたということになります。
鈴仙を犯人に名指ししたのは、過去と死別したのは輝夜ではなく鈴仙であり、正式に地上の兎となったポーズかと思ったけど全然違いましたねw
やられました
結局手に入れられなかったうどんげが文に「ずっと家に帰れないよりは
盗まれてしまったお仕置きの方がマシじゃないですか?」と唆されて・・・とか。
まさか守矢本殿に乗り込むとはうどんげさんさすが元軍人。
ミステリーの類は普段全然読まないんですが、前作に引き続き楽しめました。
普段ミステリを推理しながら読むタイプではないのですが、キャラクタという取っ掛かりがあると入り込みやすくて。
ううむ、これからはミステリの読み方を変えてみようかなあ。
う~ん、なるほど。
自ら罰を受けることで、けじめをつけろと、そういうわけですね。
なんだかそうした方がいい話になりそうですね(´∀、)
>>22
ありがとうございます。
そこまでくれば、ほとんど正解ですね。
実際、文が鈴仙を脅した時は、そんな甘い言葉をかけたことでしょう。
>>25
ありがとうございます~。
アリスが屁理屈魔神とまで呼ぶように、この魔理沙は原作以上に口が回るかもしれませんw
>>26
ありがとうございます。
話のほとんどが謎解きに重点が置かれてるので、ミステリのなかでもかなり難しい部類だと思います。
今回は前回に引き続き書きたいことばかり書いてしまったので、次は物語の方に重視した読みやすいのを書いてもいいかも。
帰れないから自分でお酒を偽造している涙目うどんげを妄想していた自分が恥ずかしい。
これほどの話を考えられる作者に脱帽。
うどんげも文も真実は知られたくないはずなので偽の自供で誤魔化すつもりだとは思いますが、ではみんなを納得させられるような嘘の真実はどのようなものだったのかということです。
うどんげがみんなを誤魔化しきれると確信できるような筋書きがない限り、文に脅されていたと自供されて終わりになってしまうような気がしたので。
他にも気になった部分はありますが、破綻しているわけではないので良く出来た話だと思います。
文個人の犯行の線も考えましたが、鈴仙と繋げて考える発想が足りませんでした…。
うわー、すごい悔しい!!悔しいけど負けたからこの点数にしちゃう!
黒い感じの探偵魔理沙、かっこいいですねー。好きです。
うまい具合に軸をズラしてきましたね。
しかし、魔理沙はこういうしたたかなキャラが似合いますね。
犯人に行き着くまでの、論理がしっかりと構築されていて、作者様はよく考えてらっしゃるなあと、舌を巻きました。
次回作も期待して待っております。
でも考えてみれば理由が無いですしね。うーん。
難しかったです。でも楽しめました。
でもちゃんとおちゃめなところもあって、詠唱組らしいよさが出てました。
たしかに、世界観的にこういうまったりしたミステリーは合ってるかもしれませんね。
次回も期待させていただきます。
ミステリー作家って凄いんですね。素直に尊敬します。
雰囲気もあり、かつ中身は本格というすばらしい作品だった。
ミステリとストーリーがうまくマッチしている素晴らしい作品だと思います。
れーせんが酒用意できずビンに水か何か入れてそれを誤魔化す為に盗難騒動起こしたんだと思ってたよ。
これだけ考えられていたとは。おみそれしました。
ミステリーとしては100点です。
が、物語の中で、神奈子一発の紛失による輝夜の怒りが、妖怪兎をくびり殺さんほどのものとして描かれていたことが引っ掛かりました。怒りを抑え、冗談めかした永淋の台詞とは言え、事実それがどの程度の真実を帯びていたのかを考えると、また、そうでなくとも後の鈴仙の処遇は、現状を鑑みれば軽いものにはならないでしょう。
文にしっぺ返しが行くのであれば、それは因果応報。しかし、鈴仙を含め兎たちに厳しい処罰が及ぶのであれば、少々可哀相に過ぎる気もします。
終いについて、お気楽な方にしか言及されず、上記のようなしこりが残りましたので、僭越ながらこの点数で。
長々と失礼しました。
次も楽しみにしています。
非常に素晴らしい出来でした。
酒が無いなら盗まれたことにすればいいじゃないですかっていい顔で言いつつ
新聞のネタにしようと画策する文とか
あと文の背中に隠すのも考えましたが
さすがにあまりにも露骨なので違うと思いましたね
あと魔理沙が回収は何となく予想ができてました
答え合わせに行ってそれで終わるわけ無いなって
最初はそんなレアな酒買えるわけないじゃないと思ってたんで鈴仙が騙していたんだと思ってました
でも結果としては大ハズレ・・・
悔しいっ!でも面白かったから100点入れちゃう!
わざわざ主人の顔に泥を塗るようなこと従者にはできないだろうしな~…。
おk解った、夢オチだ。
と推理しておもっくそ外れました^_^;
面白かったです。
そして、優曇華は結局お酒を手に入れられず、お酒を盗まれたことに。
つまり、最初からお酒なんてなかった。
と推理したのですが、違ったようです。
思い込んでしまいました。
無条件の思い込みをどれ程排除できるかが論理的な推理の基本なんだと
改めて実感。
次はこの失敗から学びますw
やっぱ実際目の当たりした事件を推理したほうが面白いですね。
ではまた時間のある時に読み進めていきましょう、さらば!
やはり文と魔理沙はなんらかの重い罰でも受けないと
スッキリしないので30点で。