「ったく。騒々しい奴ら……」
四人が帰った後、霊夢はお茶を淹れ直す為に台所に立っていた。新しい茶葉を急須へと入れ替え、お湯が沸くのを待つ傍ら小さく文句を言う。誰にとも無く、なんとなはなし。だが、文句を紡いでいる割には、その表情は柔らかくて。
「……お節介なんだから」
そうして、唇の端を僅かに上げる。いつもだったら、下手に構われでもしたら逆ギレして当り散らしているところだが、今年は少し、みんなの心遣いを素直に受け止められていた。それはきっと、多分。
「……秋、か」
小さく小さく呟く。
台所に備え付けられた小さな窓からは、静かな木漏れ日が降り注ぎ、色付いた楓の葉がそよ風に乗ってひらひらと舞い散る様が見えた。
やかんがヒステリーでも起こしたような甲高い音を上げた。霊夢は火を止め、急須に湯を注ぐ。前に紫が持って来てくれた茶葉からは、奥ゆかしい香りが立ち上った。ヤマトナデシコ……というか、そんな事を連想しながら、茶葉が蒸れるの待ち、頃合を見て湯飲みに注いだ。
普段なら勿体無いと出涸らしで、そして面倒だからとテキトーにお茶を淹れるが、今はその行程を一つ一つ丁寧にやりたい気分……いや、してあげたい? そんな気分だった。
二つ分の湯のみを盆に置き、くるりと踵を返す。居間へと戻ると、紫は何処か疲れたような顔をして卓袱台に突っ伏していた。卓袱台の上には妖夢と早苗と咲夜が持ってきた菓子に、魔理沙が持ってきた果物が所狭しと広げられ、それらで腕の中をいっぱいにして、紫は突っ伏している。
「なーにやってんのよ?」
これじゃあお茶が置けないじゃない。と付け足しながら声を掛けて隣に腰を下ろす。紫は「ん~?」と気の抜けた声で返事をして、蜜柑と林檎の間から視線を上げた。
「幻想郷の秋の香りを堪能……かしらね?」
紫はそう囁くような声で言って、スキマに手を入れる。取り出したのは、魔理沙が持ってきた何かが入った袋だった。かさりと音を立てながら袋口を開けると、そこには綺麗に色付いた楓・公孫樹・ブナの葉がたくさん入っていた。その葉は、紅や橙、黄色、褐色などに綺麗に染まったものは勿論、緑から黄色、黄色から橙、橙から赤、赤から褐色に段々と染まった味のある色彩のものも多くあった。きちんと洗浄されているらしく、土や泥も、虫も付いていない。
紫は袋から紅葉した葉を両手で掬うように取り出すと、頭上に向けてばら撒いた。
秋の山道を歩いているような錯覚に一瞬陥る。緩い風に吹かれて、はらはらと舞い散る色付いた葉。舞う葉はかさりと音を立てて、卓袱台の上や畳の上、紫の頭や髪、膝の上に不規則な軌道を描いて落ちていく。
「……綺麗ね」
ひらひらと舞い落ちる色付いた葉。それを眺める妖怪の眼差しは何処までも柔らかくて、優しくて。
でも、少し淋しそうで。
(そんな顔、すんなっつーの……)
声には出さない。口の中だけで呟いて、霊夢は紫の頭についた葉を一枚取った。
「ったく。誰が掃除すると思ってんのよ?」
軽口を叩くと、紫は小さく笑って舞い落ちた葉を拾い、両手で抱えて鼻先を埋めた。そうして、目をそっと瞑り、静かに呼吸する。
「もみじって、匂いなんかすんの?」
「ん~。そうねぇ……」
紫がなんとなく幸せそうな顔をしているから、霊夢も手に持った葉に思わず鼻先を近付けてみる。すんすんと匂いをかぐが、感じ取れたのは草の匂いと土の匂いだけだった。
「秋の幻想郷の匂い?」
「それ、さっきも言ったじゃない」
紫にしては曖昧なことを言うので、霊夢は小さく笑ってしまった。
きっと紫は、色付いた葉の向こうで、紅葉した山の風景や、たわわに実った稲穂で染まる黄金色の大地、風に揺れる杉林、岩が剥き出しになった紅葉舞い散る川の上流……そういう、豊穣を喜ぶ幻想郷を感じていて。だから、そうやって幸せそうに頬を緩めて、笑っている。
「……仕方ない奴」
「ん?」
心の中で呟こうとしたのに、いつの間にか声に出ていたらしい。霊夢は苦笑して、
「どうしたの?」
「べっつにー」
そのまま紫に顔を近づけた。
紫の両腕から、はらはらと紅葉が落ちていく。
アップルパイとバニラアイスの味が、仄かに舌先に広がった。
(あ……)
ふと、とある夏の日のことを思い出した。
しょっぱいけれど甘い……海みたいな味が、心の奥を掠めて淡く消えて行く。
「秋の幻想郷にヤキモチ?」
「……分かってんなら、それしまいなさいよ」
どうせ、そういう食べれない物は紫の為の物だ。だからスキマに大事にしまっておけと、霊夢は視線で散らばった紅葉をねめつける。紫は「あとで栞にでもしようかしら」と上機嫌な様子で、紅葉をスキマへと格納した。
「秋の霊夢はヤキモチ妬きさんね」
美麗な線を描く紫の鼻先が、こっちの鼻の頭をちょんっと小突いてくる。その仕草は『動物染みた』と言うには少し言い過ぎな気がした。妖怪のクセに紫はそんなに野性っぽくない。怒っている時はやっぱり獰猛な獣のような鋭い気配を感じるけれど、普段はどっちかというと、毛の長い高そうな猫を連想させる。だから、今の仕草は猫の挨拶みたいで。その、なんていうか……ちょっと可愛かったというか。
霊夢はそう思ったことを誤魔化すように「妙に独占欲強くて悪かったわね」と早口で告げた。
「でも、しょうがないでしょ。秋は食い溜めしておかないといけないんだから」
そう。食い溜めておかないといけない。
だって、これから。
「食い溜めねぇ~」
紫は控えめに笑って、卓袱台の上へと腕を伸ばす。果物や野菜で犇めき合う狭い卓袱台の上から手に取ったのは、綺麗な橙色に染まった柿だった。スキマから果物ナイフを取り出して、紫は秋の陽光を丸く反射している艶っぽい皮を剥いていく。くるくると柿を回転させながら果肉から丁寧に切り離された橙色の皮は、途切れることなく紫の膝上に垂れた。裸になった柿を、手の平を俎板代わりにして器用に四等分にする。よく皮膚を傷付けないもんだ、などとぼんやり見守り続けていると、紫は次に、四等分された柿の種を丁寧に取り除いた。
「はい」
「んあ?」
そうして、口許へと差し出された。
霊夢は親鳥に餌を与えられる雛のようにパクッと柿を口に含む。ちょっと大きかったが頬張ってそのまま咀嚼する。蜜をたっぷりと含んだ果肉は柔らかく、噛むとじゅわぁっと糖分が詰まった果汁が溢れてきた。
「おいしい?」
「ん」
頷くと紫は満足そうに唇の端を上げて、自分も柿を口許に持って行った。霊夢は口の中いっぱいだった柿を嚥下しながら、もう一口くれと言おうと思って、やめる。同じ物の筈なのに、他人の所有している物の方が魅力的に見えることがある。それは食べているものでも一緒だ。
紫が銜えている柿の反対側に唐突に歯を突き立てる霊夢。唇が僅かに触れ合って、上手にはんぶんこが出来た。
(うん……柿味……)
甘くて、なかなかおいしい。
「人の分まで取らないの」
「ヒトじゃないでしょ?」
きっと今、紫がいつもしてるみたいな意地悪な顔をしてるかもしれない。まぁ、一緒にいれば似るっていうし。
そんな顔で揚げ足を取るが、紫は苦笑を漏らすだけだった。
霊夢も卓袱台の上に腕を伸ばして、適当に手に取る。掴んだものは小ぶりの梨。それを紫に渡して皮を剥けと促す。紫は先程と同じように皮を綺麗に剥いて、食べやすいように等分する。小ぶりだったので、さっきの柿と同じように四等分になった梨の一つを霊夢は引っつかんで、紫の口許に持っていった。
「ん?」
半ば強制的に銜えさせて、
「あむっ」
やっぱり反対側から噛み付いて。
「んっ……」
それから僅かに唇を擦り合わせる。
小ぶりな梨はその分水分と甘みが凝縮されていた。しゃりっと小気味良い音と共に、爽やかな香りと溢れんばかりの瑞々しさが口内を潤していく。
(……んっ……梨味……)
これも瑞々しくて、うまい。
奥歯でシャリシャリと咀嚼しながら、霊夢は次の果物を手に取った。卓袱台の上に転がったいっぱいの果物から次に選ばれたのは、まだちょっと熟れ足りなそうな蜜柑だった。
口の中が甘いから、ちょっと酸っぱいくらいが丁度良いかな、なんてそんなテキトー理由をつけて蜜柑の皮を剥く。霊夢は皮をぺろっと剥いて、大雑把に白い筋を取り除き、一房取って紫の口に運んだ。
「見るからに酸っぱそうだけど……」
霊夢の行動の意味はまだ曖昧だが意図は理解したらしい紫。口許に差し出された蜜柑を一瞥しつつ、遠回しに「遠慮したいです」と訴えるが、それで霊夢が退くわけもない。
「甘いもんばっかだと飽きるでしょ」
「飽きるとかの前に、もう結構お腹いっぱいなんだけれど」
割と短時間の間に、アップルパイふゅーちゃりんぐバニラアイス一切れに、柿と梨を詰め込んので、胃の中は結構満たされている。ましやこれから夕餉もあるというのに。でも霊夢は紫のお腹事情なんてまるで気にしてないように、蜜柑を紫の唇にぎゅむっと押し付けた。
「夕ご飯食べれるかしら?」とか紫は心配しながらも蜜柑を口に含む。皮に歯を立て果肉を咀嚼すると、つぶつぶが新鮮さをアピールするが如くにぷちぷちと勢い良く弾けて、仄かに苦味を含有した甘みの足りない果汁が口腔に広がった。
「……すっぱい」
甘い物を食べた後だから、余計に酸味を感じてしまう。
眉間に皺を寄せる紫を見て、霊夢は「毒見させて正解ね」なんて楽しげに笑った。
「もぉ。酸っぱいって解ってて食べさせた癖に」
霊夢が「まぁね」と頷こうとした瞬間、紫は食わされた酸っぱい蜜柑をごくんと飲み込み、すっと顔を寄せた。唇をぺろりと舐められて、柿や梨や蜜柑、秋の果汁で濡れた口許で食まれる。赤い舌の先端がちろりと覗く。
紫の舌は、よく知った知人の家にでも上がり込むように霊夢の口内へと上がり込む。
(ん……みかん、の……あじ……)
紫の舌が連れてきた蜜柑の香りが鼻へ抜ける。柔らかくて生暖かな紫の舌は予想以上の酸味を纏っていた。
かなり酸っぱかったんだろうなぁ、なんて考えていると、侵入してきた紫の舌は、こっちの舌の表面を一舐め浚(さら)って、歯裏をごく僅かな時間でぐるっと探索し、離れる。
視線の焦点を合わせると、まだ至近距離に紫の顔があって。その顔には艶やかな表情が浮かんでいた。
「良い口直し」
わざと舌なめずりをしながら、紫が言う。
霊夢は口の中にまだある紫の舌の感触を密かに舌先で追っていたが、しかめっ面を作ってそれを隠した。
「こっちが酸っぱいっての」
「じゃあ」
――もう一回する?
そう囁かれて、霊夢は視線を逸らして口を尖らせた。
(どうしてわかんのよ……)
口内に広がる熟れ足りない蜜柑の酸っぱさよりも、紫の甘い舌感触に気を取られている。なんて事は、どうやらバレているらしい。
「んなの口直しになんないっつーの。どっちの口ん中もすっぱいんだから」
「でも、気分は紛れるでしょう?」
反論する前に唇を食まれる。マシュマロみたいな感触の唇に、優しく挟まれて、それから典型的で王道な音を立たせて吸われる。紫がやると、その音は気軽な挨拶のような音にもなるし、酷く可愛らしくもなるし、それから艶やかな気配を纏ったものにもなる。口が達者だからか、二枚舌だからか。それとも紫だからか。分からないけれど、紫の唇が奏でる『ちゅっ』の音は本人の意思で自由自在に変わるのは知っている。
「……ん……んっ……」
紫の頬を片手で包んで、もう片手は首に回す。猫っ毛な細い髪に手を潜らせて後頭部を手の平で支えるように当てる。そうすると、紫の唇は少しだけ離れて、くすぐったそうな吐息が漏れて来た。
「……すっぱい」
離れた唇に対する不満は、未だ口腔を占拠している酸っぱい蜜柑の味に対する不満で隠蔽されて、口から吐き出された。
「自業自得でしょう?」
呟いて微笑む紫に、霊夢は不貞腐れたように唇を尖らせ、紫の膝の上に乗った。
顔と唇だけじゃなくて、体の距離も近くなる。だから紫の膝の上に乗るのは、抱っこされるのは……結構、というか……その、すごく好き……だったりする。
(素直に言ったことはないけど……)
こんなこと素直に言えるわけがない。
霊夢は卓袱台の上へまた手を伸ばす。今度取り上げたのは、早苗が持ってきた四角い箱だった。
「まだ食べるの?」
「口直しよ」
「太っちゃうわよ?」
まぁ、抱き心地は良くなりそうだけど。とか笑う紫の鼻先を指で弾いて黙らせて、霊夢は箱を開けた。
手掴みでモンブランを引っ張り出して、そのまま齧り付けるようにと、周りを覆うカップ型のアルミ紙をペリペリと捲る。
「太んないわよ。あとで運動するし」
「運動ねぇ……」
それって私も巻き込んだ運動の事なんでしょうねぇ~。と、紫が何処か困ったように独り言を言っているから、その言葉を霊夢はちょっと不敵な笑みを作って肯定しておいた。
霊夢は天辺に乗った甘く煮られた栗をひょいっと指先で攫って口に放り入れつつ、大事なシンボルを失くしてちょっと間抜けな姿になったモンブランを紫の口許へ差し出した。
「もうお腹いっぱい」
「一口でいいから食べなさいって」
果汁百パーセントの甘酸っぱいミカン味もいいけれども、やっぱり甘い方が良い。
柔らかくて甘いのを食べて、寒い季節に備えたいから。
紫が眉尻を下げて困った顔をする。でも「折角作ってきてくれたし……」と、何処か自分に言い聞かすように呟いて、口を開けた。それに合わせて霊夢も口を開いて、反対側から齧っていく。
一口齧ると、綺麗に渦を巻いたマロンクリームに柔らかく閉じ込められた生クリームに舌が到達した。栗独特の甘みと舌触りの良いマロンクリームと、程よい甘さの生クリームは、咀嚼の必要無しに口の中で蕩けて混ざっていく。
「……甘いわね」
一口にも満たないごく僅かだけを齧った紫は、微苦笑しながらもぐもぐと反対側から徐々に、というよりは速いペースで迫ってくる霊夢の顔を見た。
「そりゃそうでしょうよ。お菓子だもん」
酸っぱいものを食べた後だから甘くは感じるが、早苗の事だ。きっと神奈子の好みに合わせてそれなりに甘さ控えめに作られている筈だ。と、霊夢の勘が告げる。
霊夢は、綺麗な微苦笑で誤魔化されている紫の片頬が、若干引き攣っている事に気付いていた。
(実は甘い物苦手だもんね、あんた……)
言わないし態度にも出さない上に、よく甘い物を差し入れてくれるし、それで一緒にお茶を共にしたりするからますます気付きにくいけれど。紫は濃厚なのに無加糖な珈琲か、口に含んだ瞬間に湯呑みに戻したくなるような渋いお茶がなければ食べれないくらいには、甘い物が苦手なのを知っていた。
(こっちが勧めれば口にするけど、おかわりって言ったことなんて一度だって無いし……そういう時って食べるのすごい遅いし……それに、勧めない限りは自分から食べようとはしないしね……)
それは、気を付けて見てないと気付けない些細なやり取りの中で見つけた、一つのコト。
大切な一つ。
紫のひとつ。
全容解明までにはまだまだ時間がかかりそうだけれど。
(ま、その内……ひとつ、ひとつ、ね……)
急ぐのはあんまり好きじゃないし、疲れるから。
だからゆっくりでいい。
一つ一つ知って、ひとつ識(し)って。
そうやってちょっとずつ解っていければいい。
心の中だけで笑って、緩慢にチビチビと口を動かす紫を見て笑って、霊夢はモンブラン齧る。一口齧る度に口の中にモンブランが押し寄せて、その分だけ距離が近付く。霊夢の前歯が中心に埋め込まれた甘く煮た栗に辿り着いた。モンブランの山を崩すのは一旦やめて、栗を咀嚼する。栗と一緒に頬張っていたクリームや底辺のタルトも噛み砕いて胃へと流し込みながら、本当に『目の前』にある紫の様子を確認した。紫は顎の動きを半ば止めて、視線を畳へと向けていた。お腹いっぱいのところに、苦手な甘い物というのはさぞかし辛いんだろう。
(いつも意地悪されてるし……たまにはこれくらいの意地悪したって罰は当たらないっしょ)
語尾に音符を付けてしまいたくなるくらいの軽い調子で、霊夢は内心で呟く。
紫の顎に手を添え、残った分を一口で頬張った。眼差しと眼差しが交錯して密着して、紫紺色の瞳の中に自分しか映っていないことを認めてから、唇をくっ付ける。甘ったるいクリームに塗れた口許をぺろっと舐め上げて、唇を少し開く。もぐもぐ食むように唇を重ね合わせると、紫の体がギクッと強張った。
(……そんなに嫌なんだ、甘いの……)
なんか……可愛い、かも。
ほっぺが勝手に緩んでしまう。
口の中いっぱいにモンブランを頬張っていたから、当然口内はクリームで満たされているわけで。だから舌を伸ばすついでに、マロンクリームと生クリームが混ざり合ったトロトロの混合物を流し込んでやったら、紫が「ぐっ」と呻いた。
喉の奥から、堪えるような小さな呻き。
声帯が発した振動がこっちの口腔にも伝わって、少しくすぐったい。
「んっ……ふふっ……ん、ん……」
だから、くっつけた唇の隙間から笑い声を漏らしてしまった。
紫は流し込まれた蕩けた甘ったるいクリームを飲み込めずに、どうしようかと思案するように口の中で持て余している。顔の角度を変えて深く口付け、嚥下させるように意地悪く舌を絡ませると、
「く……ふっ……れい……」
いつもより弱気な声で呼ばれた。
肩口をとんとんと指で叩いてくる。
(……んな声出しちゃって………)
誘ってんの?
秋なんだから、容赦出来ないわよ?
(食欲の秋だし、スポーツの秋だし……)
それから、冬に備えなきゃいけない秋だから。
限界まで堪えていた紫は、唇の端から唾液混じりのクリームを一筋零して、そこで漸く口の中の物を飲み込んだ。
紫の喉が小さく動くのを感じて、それを知る。けれど、唇はまだ放さない。
とろとろに甘ったるくなった紫の唇を味わうことに専念する。
(……んっ、っ……あまぁ………)
二人の間で、甘い秋の味が混ざり合って溶け合う。
紫の首に腕を絡めて頭の位置を固定すると、紫の手の平が背中と腰辺りにあって、体を支えてくれている事にふと気付いた。
嬉しくなって、調子に乗ってちゅーっと唇を吸う。そしたら、ちゅーっと吸い返されて。それだけじゃなくて、今までした事全部をそれ以上にしてやり返される。
甘い舌と唇に霊夢の背筋が蕩けきるまで、それは緩やかに、でも確かな感触とどうしようもない妖艶さで、優しく続けられた。
くちびるが、ゆっくり離れる。
「……甘いわね」
紫が微笑む。
霊夢は「甘い物は苦手じゃなかったの?」とは聞かずに、素直に頷いた。
「ん。甘い」
赤い顔で、笑いながら。でも目尻にうっすら涙を溜めながら。
それは口付けによって齎されたもので、紫の体温や感触によって与えられたもので、それから『秋』によって生まれた感情だった。
「食い溜めさせてよ」
「まだ食べる気なの?」
紫は呆れたような表情を作ったが、霊夢は鼻先を紫の鼻の頭にちょんっとくっ付けて「そうよ」と肯定する。
「冬でも、寒くないように……春をちゃんと迎えられるように……食い溜めとくの……」
まだ「寒い」とは鳴かない。
まだ「さむい」とは啼かない。
だってまだ秋だから、泣くのは早い。
冬になっても、なきたくない。
だから、その為に。
紫が苦笑しながら、唇を軽く重ねてくる。
唇だけじゃなくて、鼻の頭にも、頬にも、瞼にも。前髪を掻き上げて、おでこにも。
「んっ、もぉ……くすぐったいっつーの」
体ごと捩ったら不意に抱き締められた。きゅっと優しく、でもしっかりとその両腕で包まれて、またキスをされる。
ぎゅっとしてちゅっとされて、霊夢はくすぐったさと嬉しさに「ばーか」と笑いながら、包み込んでくれるその体に体重をかけた。紫は抵抗もなく、そのまま後方に倒れて霊夢を受け止める。
紫の上で、霊夢は悪戯っぽく笑みを漏らした。
「おやつ食べるついでに運動しよっか?」
「それ、おやつを食べる行為が運動なんでしょう?」
霊夢の言葉に苦笑で答え、紫はその黒い髪を愛おしそうに撫でる。
さらさらと撫で付けて、その指は霊夢の頬に触れて、そっと包み込む。
「私も、貴女を見習って食い溜めておこうかしら」
霊夢の言葉の意味も、行動の意図も全て把握した上で、紫は静かに言う。
その声は穏やかで、触れる指は優しくて、口の中に残る紫の味はとても甘い。
「……いいんじゃない」
甘ったるく笑えているといいなと願いながら、霊夢は自分の片頬を包む手に、片手を重ねた。
目元が少し熱くて、鼻の奥がちょっぴりツンとする。きっと出来損ないの笑顔が、そこにはあるんだろうと頭の隅で理解するけど、もうどうしようもない。
紫は霊夢をそっと抱き寄せて、ころりと転がるように二人の位置を反転させた。
「いっぱいにしてあげる」
見上げた先の紫はとても優しそうな顔をしていて。
微風(そよかぜ)に揺れる稲穂の柔らかな囁きよりも、もっともっと柔らかい声で囁く。
お腹をいっぱいに?
それとも、心を?
そんな無粋な質問は、紫の唇に消えた。
甘い甘い、秋の味がする。
甘くて甘くて。
こんなにも甘いのに、何処か切ない。
そんな秋の味が。
「ん……甘い……」
まだ「寒い」とは鳴かない。
まだ「さむい」とは啼かない。
だから、甘いと精一杯に嘯く。
紫も、甘いと囁く。
冬になっても、なきたくない。
だから、その為に。
「いっぱいにしてよ」
冬になっても、尽きないように。
枯れないように。
寒くないように。
……泣かないように。
紫は穏やかに頷いて、ただ抱き締めてくれた。
食い溜めという言葉で遊ぶ豊穣の秋が、豊穣を喜ぶように染まる紅葉の秋が、紅葉に季節の移り変わりを感じて寂寥が混じる秋が、ゆっくりと過ぎていく。
今年はそんなに寒くないといいなという、ささやかな願いを連れて。
END
ピクッ
甘すぎるよ…甘すぎです
これは良いものだ
次は冬でしょうか?
ゆかれいむは俺の、俺たちのロードぉぉおおお!!!
ゆかれいむ最高!!
でしょうか?
わざとだったらすみません
甘過ぎて見てられない!(良い意味で)
口の中が砂糖まみれだ!
甘いっ!
誤字っぽいのを
>苦笑する輝夜に、魔理沙と妖夢は
話の流れから見るに、妖夢>早苗でしょうか?
甘いもの苦手な紫様も知っててわざと意地悪する霊夢もいいですな!!!111
ゆかれいむは俺達のロードォォォォォォ!!!!11!!
甘い、甘すぎるよ……ゆかれいむ最高……だ、ぜ……