楽園に住まう者は、悪辣であっても享楽と成る。
地獄に住まう者は、享楽であっても悪辣と成る。
鈍く響く痛みで魔理沙は目を覚ました。それ以外はなんの変哲もなく、違和感もなく、平穏な一日を予感させる魔法の森の朝だった。額を押さえながら立ち上がった魔理沙は、周囲の惨状を見てうんざりする。部屋がいつも以上に散らかっているのだ。本棚は倒れ、水瓶は割れ、窓にはヒビが入っており、机は焦げ、キノコもこんがり。まるで部屋の中で小規模な爆発があったかのようだ。
事実、あったのだと魔理沙は思い返す。
部屋の中央に描かれた魔法陣のさらに中央に、巨大な釜を置いて新たな魔法薬(椎茸が松茸の風味になる)の調合をしていたのだ。
魔法薬や毒薬や、トカゲの尻尾や蝙蝠の羽や、草や花や、毛髪や爪や、蛇の皮や蛙の油や、あのキノコこのキノコそのキノコ、様々なものを自分なりの研究データを参考に絶妙なさじ加減で混ぜ合わせ、途中で面倒くさくてうたた寝もしたけれど、調合の最終段階に入ったと思ったら薬が輝き出し、釜を破壊して白い閃光が部屋を満たしたのだ。
その後の記憶は曖昧だが、あれは多分爆発だったのだろう。この部屋の惨状はそのせいだ。決して普段から整理整頓をしていないせいではない。それにしてはあまり服が汚れていないし、火傷とかもしてないけど、きっと日頃の行いがいいせいだろう。そう決め込んで、魔理沙は床に落ちていた帽子をかぶると、家の外に出た。後片付けを後回しにしようという気持ちと、外の風に当たりたいなという気持ちが半々である。といってもここは魔法の森、漂う瘴気で深呼吸なんかしたくはない。玄関に立てかけてあった箒にまたがって、魔理沙は軽やかに飛び上がった。
とりあえず博麗神社に行って朝食でもご馳走してもらおう。そんな事を考えながら。
神社は、不思議と悲しそうに見えた。冷たい風が木々を揺らす音が、まるで無数の泣き声が重なっているかのように聞こえた。なぜだろう。賽銭すなわち参拝客と縁がない神社がさびれているのは毎度の事なのに。なぜだろう。慣れ親しんだこの神社を不気味と感じてしまうのは。
「霊夢ー。おーい、いないのか? 遊びに来たついでに朝ご飯食べにきたぜー」
返事はない。人の気配もない。留守なのだろうか、まだ朝方なのに。朝食の残りでもあればありつきたいが、来るかどうかも解らない魔理沙のために親切に朝食を残しておくような優しさも懐のゆとりも、霊夢にはない。だから、勝手に居間に上がり込んで『魔理沙の』と書かれた紙とともに結界で保護された朝食が置いてあるのを見た時には仰天した。朝食を包む青白い光に触れると、魔理沙の手だと認識したのか結界は霧散し、白いご飯と味噌汁と焼き魚から、ほかほかの湯気が立ち昇った。あまりにも親切すぎて逆に不気味だったが、お腹が空いていたので深く考えず朝食にありつかせてもらう。
「ガツガツ、モグモグ……むうう、なんだろう、いつもより丁寧に料理してあるな……」
なんだか落ち着かない。なにか、致命的なボタンのかけ違えをして、気づかないままでいるような。
「いや、気のせいだ」
口に出して否定し、食事をすませた魔理沙は賽銭箱の前に行った。ここにいれば、霊夢が帰ってきた時すぐ解るだろう。訳の解らない不安など、霊夢の顔を見ればすぐ吹き飛ぶはずだ。
賽銭箱を背もたれとして体重を預けると、妙に賽銭箱が重たい気がした。誰かが悪戯で石ころでも詰めたのだろうか? 上から覗き込んでみると、そこには底が見えないほどの賽銭が入っていた。まさか。見間違いだろうと、魔理沙はミニ八卦炉で明かりを灯し、賽銭箱の中を再び覗き込んだ。間違いなく、幻想郷で流通している硬貨で満たされている。馬鹿な。これは異変レベルの出来事だ。霊夢が見たら正気を失うほど歓喜するかもしれない。
「ん?」
ふと、箱の中身の硬貨に汚れているものが多い事に気づく。黒ずんでいる? なんの汚れだろう。まあ、汚れた硬貨を放り込まれているあたり、なんだかんだで博麗神社らしいのかもしれないと少しだけ安堵し、魔理沙は振り返った。石段を登ってくる足音が聞こえたから。
基本的に、この妖怪の巣窟にも等しい博麗神社に訪れる者は空を飛んでくる。わざわざ徒歩で、あの長く古びた石段を登ってくるような酔狂者はいない。だから、まさか、この賽銭箱の中身を考えるならば、リッチでおかしい参拝客でもやって来たのかもしれない。
石段を登り、鳥居をくぐって現れたのは和装の青年だった。人里にならどこにでもいる普通の人間だが、賽銭箱いっぱいに賽銭を入れるほどリッチには見えない。
青年は息を切らしており、蒼白な表情で魔理沙を見つめていた。博麗神社に急用でもあるのだろうか。
「よお、どうした?」
声をかけると、青年はなぜか表情を引きつらせ、身体を震わせた。
「あ、あ……霊夢様は、霊夢様に、お願いがあって……」
「霊夢なら留守だぜ」
「そんな」
青年は絶望の色に表情を染め、膝をついた。大袈裟すぎる反応に魔理沙は困惑する。
「なにかあったのか?」
「よ、妖怪が……人里に入り込んで、暴れて……」
「なんだ、そんな事か」
妖怪との弾幕ごっこが日常茶飯事の魔理沙にとって、それは事件とすら呼べない、日常レベルの出来事だった。
「でも人里には、お節介に護ろうとする奴がいるだろ」
「いないんだ! 紅魔館に話し合いに行って……」
「話し合い?」
人里の守護者、上白沢慧音。紅魔館とは特に関わりを持っていなかったはずだが、はて、話し合いとはなんだろう。歴史を記すための資料探しにパチュリーから本を借りようとでもしているのだろうか。
「まあいいや。人里だな? 私が行って、ちょちょいと退治してやるよ」
「あ、ああ、その、それは願ってもない事なのですが、あまり派手にやられると……」
「なに言ってんだ。弾幕はパワーだぜ?」
「と、とにかく! 妖怪退治は霊夢様に……」
「だから私が行くって。妖怪退治なら、私だって得意だからな」
そう言って、魔理沙は箒にまたがり飛び上がった。青年がなにかを喚いていたが、どうにもよく解らない心のもやもやを弾幕ごっこで晴らしたかった。元幻想郷最速は伊達ではなく、魔理沙は猛スピードで人里に向かって飛んだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
間もなく到着した人里は普段の活気がなく、しかも魔除けの結界に包まれていた。人間である霧雨魔理沙は結界を素通りしたが、なぜそんな結界が張ってあるのかまったく見当がつかない。そういえば永夜異変の際、慧音が人里を丸ごと隠した事があったはずだ。つまり自分が気づいていないどこかで異変が発生しており、人里を守る必要がある、という事なのか? それにしたって、こんな結界を張られたら無害な妖怪だって人里に入れないじゃないか。ていうか人里にやってくる妖怪はみんな無害だ。人間のテリトリーで暴れるようでは、幻想郷で共存などできない。
「さて……暴れてる妖怪はどこだ?」
様々な疑問を棚上げし、気持ちを切り替えた魔理沙は獲物を探そうとしたが、未遂に終わった。探す前に妖怪の方が視界に飛び込んできたのだ。それは黒い球体。
「なんだ、ルーミアか……」
呆れた調子で呟き、魔理沙は黒い球体へと近寄った。眼下では人間達が魔理沙を指さして何事かを言い合っている。来たのが巫女ではないのが不服なのだろうか、いや霊夢にそんな人気はない。
「おーい、ルーミア。こんな所でなにやらかしてんだ」
「んー? 誰ー?」
黒玉の闇から頭を出すルーミア。さらさらの金髪が風に揺れ、無邪気な子供のような笑みを浮かべている。
「私だよ私」
「んー……どちら様?」
「なんだ、急に記憶力が悪くなったな……」
呆れを加速させながら、魔理沙はミニ八卦炉を構えた。
「まあ、いいや。人里でオイタをしたそうじゃないか。巫女の代わりにお仕置きに来たぜ」
「……博麗の巫女の代わり? だったらあなたは、食べちゃダメな人類?」
「悪いな、今日はお喋りする気分じゃないんだ。スカッと楽しくイカせてもらうぜ!」
そう言って魔理沙は開幕直後のマスタースパークを放った。ほとばしるエネルギー、つんざく轟音、反動で腹の底まで響く快感が、魔理沙の精神を健やかにさせた。ああ、やはり弾幕ごっこは最高だ。そしてやっぱり。
「弾幕はパワーだぜ!」
魔力の奔流に呑み込まれたルーミアは、妖力の障壁を作りなんとか耐えていた。闇は払われ、ルーミアの全身があらわになる。黒い服が、さらに黒ずんでいるように見えた。そして、ルーミアが左手で持っているアレは、なんだろう。ルーミアはソレを放り捨てると、眼差しを鋭くして魔理沙を見つめた。
「まさか……この魔法……」
「毎度お馴染みマスタースパークだぜ」
「霧雨魔理沙……なのかー……!?」
ルーミアは表情を引きつらせておののく。魔理沙としては、どうしてそんなリアクションをするのか解らない。だから、次にルーミアが不敵に微笑んだ理由も解らなかった。
「マスタースパーク……噂には聞いてたけど、こんなものなら直撃したって死にはしない」
「あれ? お前マスタースパーク見るの初めてだっけ?」
紅魔異変の時、見せた気がするようなしないような。曖昧な記憶の糸をたぐろうとしたが、それをさえぎるようにルーミアが高速で接近してきた。両腕を広げ、十字架のような姿勢で牙を剥いている。
接近戦? 相手の弾幕パターンを読まずに行えば、スペルカードルールにおいて自殺行為に等しい。その程度の判断ができないほど、馬鹿なキャラクターはしていなかったはずだ。
とりあえず、開幕マスタースパークである程度スカッとしたから、次はルーミアに出番を譲ろうと魔理沙は決めた。パワーあふれる弾幕を放つのも楽しいが、相手の放つ美しい弾幕を華麗に避けるのもまた楽しいのだ。ああ、そういう事か。接近戦を挑もうとしているのは、間近で弾幕を放ってやろうという目論見か。
「上等! 受けて立ってやる!」
そう叫んで、いつでも急加速できるよう箒に魔力を込める。どんな弾幕だろうとお得意のスピードで避け切ってやる。だがルーミアは一向に弾幕を放つ気配がない。妖力は感じる、内側に溜め込んでいる。いつ、弾幕を撃ってくる? しかしルーミアが放ったのは、魔理沙をも包む広大な闇だった。
「な、なにぃ!?」
完全に視界をさえぎられ、これはルール違反ではないかと魔理沙は憤慨する。夜目にする能力を持つミスティアだって、ちゃんと近くは見えるように、弾幕を避けられるように調節している。だがこれでは、どんな弾幕が飛んでくるのか解らない。妖気を察知して避けるしかないが、弾幕の魅力は美しさのはずだ。見えない弾幕など価値はない。
「くそっ!」
暗黒空間から脱出すべく、魔理沙は箒を傾けた。次の瞬間、左肩に灼熱の線が走る。歯を食いしばって悲鳴をこらえながら、暗闇の外へと逃れた魔理沙は肩の熱さの正体を確かめた。
浅くだが、肉がえぐられている。鋭い爪で切り裂かれたようだ。あの暗闇の中でルーミアがやったのか?
「おいルーミア! どういうつもりだ、こりゃあ」
「あはははは! ヤれる、私が霧雨魔理沙をヤれる! 魔女の肉も、妖怪の格を上げてくれるのかな? 試してみよう! あはは試してみよー!!」
「な、なに言ってんだお前」
闇は一瞬で消失し、右手の爪を赤く染めたルーミアが、酷薄な笑みを浮かべてこちらを睨んだ。瞳の奥で渦巻いているのは狂気にも似た殺意。背筋を冷たくした魔理沙は、ルーミアの正気を疑った。
そうだ、妖怪が人里で暴れている程度で、わざわざ博麗神社まで助けを求めてきたのだ。ルーミアなら軽い悪戯程度しかしないだろうと思っていたが、想像以上に酷い事が起きているのかもしれない。
唇を開き、真っ赤な舌で、爪に付着した血液を舐めるルーミア。白く輝くはずの歯は、赤く、汚れている。まさか。先程の発言、まるで魔女の肉を食べようとしているかのような、嫌な予感がふくれ上がる。ルーミアの黒い服がさらにどす黒く汚れているのは、まさか。
「ルーミア、お前、ここで、人里で、ナニをしたんだよ」
「ナニって……妖怪が人間にする事と言えば、ひとつでしょう?」
「人間を襲う。でも、ここは人里だぞ? それは、マズイんじゃないか?」
「マズイ? なにを言ってるのかな。私は妖怪だもの……"オイシイ"に決まってるじゃない」
ハッと、魔理沙は眼下を見た。人里、こちらを見上げる人間達、その中、うずくまっている子供。なにかを抱えている。あれは、先程ルーミアが放り捨てた……? 目を凝らして、魔理沙は後悔した。それが、人間の腕に見えてしまったから。
「ル、ミア。なにを……いったいなにをしたんだ! あれはなんだ!? 答えろ!」
「もうお腹いっぱいだけど、あなたは特別に食べて上げる。霧雨魔理沙を食べ殺せば、いっぱいいっぱい自慢できるもの!」
ケタケタと笑うルーミア。殺意の混じった妖気が漂い、世界が暗くなっていく。
得体の知れないおぞましさに吐き気が込み上げてきた。
あの服は血を吸ってさらにどす黒くなっていたのか。
ルーミアが両腕を広げて迫ってくる。
闇が広がる。
なにがなんだか解らない。
「霧雨魔理沙の血肉は、どんな味がするのかなー!」
血で濡れた牙を剥いて叫ぶルーミア。
魔理沙の知らないルーミア。
「う、わあああぁぁぁっ!!」
咄嗟にミニ八卦炉を構え、魔力を全開にして放出する。
視界は白く染まり、大気は震え、轟音は天まで響いた。
白光と轟音が消え去ると、衣服を焦がしたルーミアが力を失って落下していった。人里の、家の、天井に落ちたルーミアは、さらに転がり落ちて、道の真ん中に這いつくばる。すると、ルーミアから離れようとする人間を押し分けて、若い男達がルーミアを取り囲んだ。男達の共通点は、手に、武器を持っている事。
仰向けに倒れていたルーミアは、表情を恐怖に歪め絶叫した。うるさいと言うように、一人の男が竹槍を真っ直ぐに振り下ろす。ルーミアの胸部に深々と突き刺さり、肺が駄目になったのか、絶叫は途切れた。その凶行に続くように、他の男達も得物を振り下ろす。
それは剣だった。ルーミアの足を貫き地面に縫いつける。
それは鎌だった。ルーミアの腹部を切り開く。
それは棍棒だった。ルーミアの顔面を強打し歯をへし折る。
それは斧だった。ルーミアの首を切断するべく高々と振り上げられる。
な、ん、だ、この光景は。
箒にまたがって、宙に留まったまま魔理沙は、その凄惨な光景を見下ろしていた。
なにが起きたのだ。ルーミアが地面に落ちて、人間が群がって、なにをしたのだ。見ていたから解るはず、理解しているはずだ。でも頭は否定しようとする。こんな事が幻想郷で起こるはずがない。こんなものが現実なものか。ルーミアが人里の人間を食い殺した? 報復でが殺されようとしている?
ここは幻想郷だ。殺し、殺され、なんて話題とは無縁のはずだ。そんなもん、弾幕ごっこで楽しく解決するはずだ!
殺意をあらわにした巨漢が、斧を力いっぱいルーミアに向けて振り下ろし――。
「やめろぉぉぉッ!!」
きらめく星屑弾幕がルーミアを囲む人間達に向かって放たれた。
物陰から用心深く魔理沙をうかがっていた若者が逃げるよう叫び、人間達は武器を持ったまま散り散りに逃げた。血みどろのルーミアは迫る星色の攻撃に悲鳴を上げる。大量の星屑は地面に衝突し盛大な土埃を上げ惨劇を隠した。
「殺ったか!?」
「巻き添えになった奴はいるか!」
「いや、今日はおとなしいぞ……?」
そんな人間達の声と、恐れを孕んだ眼差しを受けて、魔理沙は困惑した。まさか自分がルーミアを殺そうとしたと思われているのか? そんな人間だと思われているのか? 巻き添えを心配したり、おとなしいと言われたり、そこまでド派手な弾幕合戦を人里で見せた事はないはずだ。
自らの思考に絡め取られ宙を漂っていると、土埃が弾け黒い球体が大きさを増しながら飛び上がった。
「まだ生きてるぞ!」
「仕損じたのか!?」
「あれじゃ狙いがつけられん!」
民家の屋根に姿を現した大男が弓矢を構えながら叫ぶ。暗闇の中心にルーミアがいるのだとしても、暗黒球体は大きく、外部から中心を撃つのは至難だった。下手に撃てば矢は人里の中に落ちるだけだ。
ふいに、魔理沙は背筋を震わせた。人里の人々の視線が、ルーミアではなく自分に向けられている。マスタースパークのような広範囲を攻撃可能な魔法でトドメを刺す事を期待している? 星屑弾幕で仕留め損なった事を非難している?
元々魔理沙にルーミアを殺傷する気はなく、弾幕ごっこで磨いた腕前も伊達ではなく、星屑弾幕はすべてルーミアに当たらないよう調節されたものだった。傷ついた妖怪を土埃で隠すのも計算のうちだったし、こうして逃げてくれて安堵している。
だが、それでは人里の面々は納得してくれないらしい。それはそうだろう、ルーミアは人間を食い殺したらしいのだ。スペルカードルールを放棄し、人間の命を奪う妖怪。近い将来、霊夢に退治されるだろうと魔理沙は確信する。だがその退治が、しこたま弾幕を撃ち込んで懲らしめるためのものか、命を奪い返すまでのものになるか、判断がつかなかった。いや、霊夢なら絶対、殺したりなんかしない。凶行の原因を突き止め、元の愉快で気安いルーミアに戻してくれるはずだ。
「おい、そこでなにをしている」
背後から熱気と同時に声がして、まだ悪夢は続くのかと恐れながら魔理沙は振り向いた。そこには妖術で宙に浮く人間、藤原妹紅の姿があった。そして眼下からは、敬意の込められた声が次々に上がる。
「妹紅様!」
「妹紅様がお帰りになられた!」
「ご無事だったのですね!」
「妹紅様! 花屋が妖怪に襲われて……!」
「危険です妹紅様、お下がりください!」
危険? ああ、確かに危険だ。
妖怪が人間を殺したとはいえ、人間が妖怪を殺そうとしたのだから。
「霧雨魔理沙、お前が妖怪を……退治してくれたのか?」
すでに人里から離れ、彼方の空で収束していく暗闇を見つめながら、妹紅は淡々とした口調で訊ねてきた。
「あ、ああ……追い払おうと、して、だな……」
「お前が戦ったにしては、被害が少ないようだが……」
人里を見下ろしながら妹紅が言い、魔理沙も改めて人里の様子を見た。なぜか破損した家や、修理中の家が目立つ。焼け焦げて崩れた家もあった。
「なあ。人里でいったいなにがあったんだ。どうして、魔除けの結界が張られてるんだ? ルーミアが……ルーミア以外の妖怪もおかしくなってるのか?」
「……妖怪を退治してくれた事は感謝しよう。だが出てってくれないか? 人里はもう、お前を受け入れない。そう吸血鬼と約束した」
「なんだって? 吸血鬼?」
疑問を投げかけたら、さらなる疑問を与えられ、すっかり困惑する魔理沙。吸血鬼とはレミリアだろうか。しかしなぜ、レミリアが魔理沙を人里に入れないよう、なぜ、妹紅と約束をするのだ。まるで妹紅が人里の代表者みたいじゃないか。理由はまったく解らないが、そういう仕事は慧音にこそ相応しいと魔理沙は思った。
そうだ、慧音だ。幻想郷でもトップレベルの常識人。彼女なら力になってくれる。
箒の先端を寺子屋に向ける。
「悪いけど、訳も解らないのに『はいそうですか』と了解はできないぜ」
「おい、どこに行く気だ」
「寺子屋。慧音に会ってくる」
「魔理沙、お前……」
妹紅の声色が暗く沈んだのが気にかかり、魔理沙は妹紅を見つめた。
「なんだよ、お前までおかしくなってるのか?」
「……ああ、そうだな。みんなおかしくなってしまってるのかもしれない」
「さっぱり意味が解らないな。もういい、慧音に相談してなんとかしてもらう」
「もういない」
酷く平坦な口調で妹紅は言った。
「慧音はもう、ここにはいない」
「……どういう意味だ?」
「アリスの所に、いったよ」
言い回しが不自然だが、魔理沙は素直に受け取った。慧音はアリスの家に行っているため、今は留守。了解した理解した。頭の中がややこしくなってきたので、難しく考えるのは放棄する。
「解った、アリスの所に行けばいいんだな」
「いきたきゃ、いけよ。でもアリスの想いを無碍にするな」
「なんの話だ。さっぱり解らないぜ?」
「解らないなら、いい。お前をどうこうする気は失せた。でも人里からはとっとと出ていけ。もう来るな。無理に人里に入ろうとした時は、私が腕ずくで追い出す。人間側同士で争うのは、お前も本意じゃないだろ」
「人間同士でやり合っちゃダメだって? そんなのつまんないだろ」
当たり前のように魔理沙は言ったが、地雷を踏んでしまったのだろう、妹紅が熱風をまとった。
「……出てけ。けれどもし、それでもここに来るっていうなら、真っ直ぐ私の所に来い。私以外に手を出すな」
本当に、訳が解らない。
このまま妹紅と問答していても埒が明かないと思い、魔理沙は「じゃあな」と箒を高速飛行させ、あっという間に人里の上空から姿を消した。
そんな魔理沙の後姿を、妹紅は哀れみながら見つめていた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
慧音はアリスの家にいる。となれば、よき相談相手が二人そろっているという事だ。この二人なら、妹紅の訳の解らない言動の正体を教えてくれるかもしれない。それから、ルーミアが凶行に走った理由。ルーミアが殺されかけた理由も。
「……バカヤロー」
それは誰に対しての言葉だったのか、魔理沙は袖で目元を強く拭った。そして正面を真っ直ぐ見ると、湖越しに紅い館があった。
アリスの家に行けば、アリスと慧音、二人に助けてもらえる。そう思っているのは確かだ。しかし心のどこかで、もし二人も駄目だったらという恐怖もあった。
おかしいのは人里周辺だけであって欲しいと魔理沙は思う。だから、妹紅が話し合いに行ったという吸血鬼が気にかかった。魔理沙を人里に入れないよう約束させた吸血鬼。そういった約束事をするのはフランドールの立場じゃない、だからレミリアだろう。あの五百歳児もおかしくなっているのだろうか。
一言文句を言ってやろう。それを言い訳に、アリスの家を後回しにした。
紅魔館に到着すると、外壁に補修の跡が多く見えて魔理沙は戸惑った。フランドールが大暴れでもしたのだろうか。そんなの、今は些細な問題。揉め事を起こしたくないため、今日は行儀よく門に向かう。腕を組んで立っている門番、美鈴を見つけ、魔理沙は不安になった。美鈴が真っ直ぐこちらを、厳しい目つきで見ていたからだ。彼女の前に降り立った魔理沙は、不安を隠しながら軽く手を上げた。
「よっ」
美鈴は黙したまま魔理沙の挙動をうかがっている。
「ちょっと、お前のご主人様に用事があるんだ。通してくれるか?」
美鈴は黙したまま組んでいた腕を解いた。
「えっと……通してくれ――」
突如、美鈴の口元で硬いものが割れるような音がした。驚いた魔理沙は言葉をつまらせ、目を丸くする。美鈴は顎を震わせると、わずかにうつむき、唾を地面に吐き捨てた。いや、吐き捨てたのは欠けた歯だった。なぜこのタイミングで美鈴の歯が欠けたのか。
黙っていたのではなく、歯を食いしばっていた? 自らの歯が割れるほどに。
そんな想像はすぐに否定した。なぜか当たっている予感がしたが、魔理沙を前にした美鈴が取る挙動ではないと信じていたいからだ。しかしルーミア同様、紅魔館の住人もおかしくなっている可能性が高くなったと魔理沙は残念に思う。
「お館様になんの用だ」
敵愾心をあらわに美鈴が言葉を発した。やはり、紅魔館もおかしくなっているのだと魔理沙は確信する。
「お館様って誰だ。レミリアか?」
甲高い音が再び響き、美鈴がまたもや欠けた歯を吐き捨てると、息をゆっくりと吐いて気を整え、口元を軽く開いた。続いて、魔理沙に向かって一歩踏み出す。
「美鈴」
が、直後、彼女の背後に現れた者の声により静止した。
美鈴は振り向きもせず、前に出した足を戻し、また歯を噛み砕かぬよう口を半開きにしたまま魔理沙を見つめる。その隣に出てきた人間のメイド、咲夜は剣呑な表情で魔理沙と向き合った。
「お館様から客人としてもてなすよう仰せつかりました。霧雨魔理沙様、どうぞ中へ」
深々と礼をし、いつの間にか開いていた門へと手を差し向ける咲夜。
不吉な気配が充満するのを感じ、魔理沙は今すぐ引き返すべきか悩んだ。アリスの家か、あるいは博麗神社か、一度撤退して状況を確かめてから出直すべきだ。それが正しい選択だと解っていた。しかし。このまま帰すまいという執念が咲夜と美鈴から向けられているのを感じた。
「ああ、邪魔するぜ」
虚勢か、意地か、魔理沙は虎穴に足を踏み入れる。咲夜が先頭に立って案内し、後ろからは美鈴がついてきて、挟まれてしまったという恐怖が湧き上がった。ルーミアのように美鈴が襲ってきたら、咲夜は助けてくれるだろうか。
窓という窓すべてが固く閉ざされ、分厚いカーテンによってさらにさえぎられている。そのため完全に日光を遮断した室内は地下室のように暗く、廊下の端に並ぶ蝋燭が照らす薄暗い道しか見えなかった。ゴシックというよりホラーな雰囲気である。陰鬱な気配に圧迫されそうになりながら魔理沙はふと、先を行く咲夜が両手に白手袋を着用していると気づく。新しいオシャレだとしたらよく似合っている。
空間をいじったのか、迷路のように入り組んだ館はコツコツという自分達の足音しか聞こえない。妖精メイドはどうしたのだろう。「静かだな」と呟いてみたが返事はなく、ただ空気が重くなるだけだった。
しばらくして、大きな鋼鉄の扉の前で咲夜が立ち止まった。こんな部屋あっただろうか。
「お館様、霧雨魔理沙をお連れ致しました」
まるで合言葉を唱えたかのように、扉は手も触れずにゆっくりと開いた。重たい音を立てて。
部屋は広く、中央を走る絨毯の両脇には大きな燭台が炎を揺らめかせて並んでいたため、廊下よりは明るかったが部屋の隅まで明かりは届かず、高い天井は暗闇であった。奥には黄金にルビーをあしらった玉座があり、二メートルはあろうかという背もたれとは不釣合いな小さい人影が座っていた。体格からしてレミリアだろうと確信し、魔理沙は真っ直ぐに向かっていった。
「妹紅に……私を人里に入れるなって、約束させたんだって? どういうつもりだ」
返事はない。さらに魔理沙は歩み寄る。
「気づいたら人間も妖怪も、みんなおかしくなっちまってる。紅魔館もそうなのか? いや、そうらしいな。いくら吸血鬼の住処でも、これは暗すぎる。悪趣味だよ」
返事はない。さらに魔理沙は歩み寄る。
「おい、なんとか言えよ。レミ――」
返事はない。しかし魔理沙は立ち止まる。
薄明かりの中、ルビーの玉座に座る紅き悪魔の髪が、自分と同じブロンドであるのが解ったからだ。
つまりこの少女はレミリアではなく。
「フラン……か?」
「真正面から堂々とやって来たからなんのつもりかと思えば、輪をかけて頭がおかしくなっただけのようね」
玉座の両脇の燭台に炎が灯り、肘掛を使って頬杖をついているフランドール・スカーレットの姿が照らし出された。真紅の眼差しは真っ直ぐに魔理沙をとらえ、小さな唇の隙間から白い牙がわずかに覗く。
「まあ、いいわ。お前がどんな理由で来たのかは知らないけど、わざわざ食卓に上がってきてくれたのだから、ありがたく頂くべきよね」
「待てフラン。さっぱり状況が解らないんだ、ちょっと待ってくれよ。私は魔法の実験に失敗して、今朝目を覚ましてから、みんなおかしくなってるんだ。ルーミアが人里を襲って、人間を食い殺していたんだぞ? しかも、人間達もルーミアを殺そうとして……どうしてこんな、殺し合いが当たり前のようになっているんだ。スペルカードルールはどこにいった? なぜ弾幕で戦わない? それに、どうしてフランがお館様なんて名乗ってるんだ。レミリアはどこだ」
早口に言い切って、すぐ後悔した。フランドールの瞳の奥で尋常ではない魔力が渦巻き、全身からあふれ出した悪意が質量を持っているかのように魔理沙に叩きつけられる。魔眼により直接精神を掻き乱され、鋭利な刃のような恐怖が心臓を内側から引き裂いていく。
「もういいよく解った、わずらわしいくらいに……」
フランドールが、立ち上がる。
「気が触れていると思っていたけれど、どうやら脳みそが物理的に腐っているようね。魔理沙よりも、まだ言葉を覚えたての子供の方が話が通じるというもの……顔についた尻の穴から糞を吐き出すのは勝手よ、でもお姉様の名を語るな。汚らわしい」
燃える瞳を魔理沙に向けたまま、フランドールは魔理沙を囲む者達に問う。
「咲夜、咲夜、お姉様にもっとも忠実であった人間、人類の裏切り者、悪魔の従者、十六夜咲夜。この屑野郎の肉体を、私はどうすべきかしら」
「冷たく凍るナイフですべての爪を剥いでから、指を一本一本丹念に落とし、熱く燃えるナイフで全身の皮を剥いで目玉をえぐり、千のナイフで切り刻んで焼却処分するのがよろしいかと」
「美鈴、美鈴、お姉様にもっとも長く仕えた妖怪、拳を紅く染める悪魔、紅魔館の門番、紅美鈴。この屑野郎の精神を、私はどうすべきかしら」
「恐怖の権化にも等しい吸血鬼の魔性の狂気にて精神を凍らせ、暴虐と蹂躙の限りを尽くして精神を引き裂き、憤怒と憎悪の劫火によって精神を焼き尽くすのがよろしいかと」
「パチュリー、パチュリー、お姉様のもっとも親しき友人、図書館を任された魔法使い、本物の魔女、パチュリー・ノーレッジ。この屑野郎の魂を、私はどうすべきかしら」
フランドールの呼びかけに、薄紫の衣装に包んだ魔女が開いた本で表情を隠しながら、フランドールのかたわらに煙のように現れた。
「ただ殺すだけでは彼岸に行き閻魔に裁かれ地獄に落ちるだけ。ならば禁断の魔術によって骸に魂を留め低俗なアンデッドとして幾千幾万幾億の罰を与え、魂が消滅するまで我々の手で紅魔地獄に落とすのがよろしいかと」
フランドール、咲夜、美鈴、そしてパチュリーまでもが、憎悪と殺意の虜となっていた。魔理沙はようやく理解する、ここは紅魔館ではなく悪魔の胃袋の中なのだと。
「なんで、なんでみんな、そんな事を言うんだ! 私がいったいなにをしたっていうんだ!?」
悲痛な叫びを無視して、フランドールは自らの手に膨大な魔力を集め、物質化させる。それは真紅の刀身、傷つける魔の杖、レーヴァテインであった。
「では決を取る。咲夜の案に賛成の者、美鈴の案に賛成の者、パチュリーの案に賛成の者、忠義の剣を掲げよ」
次の瞬間、フランドールの持つレーヴァテインが眩く輝き部屋を照らした。炎では照らしきれなかった部屋の隅々まで、そして、重力が反転したかのように逆さまになって天井に立ち整列して埋め尽くす、百の妖精メイドの武装集団を。
彼女達は皆、レーヴァテインを模した真紅の剣、フランドールへの忠義の証を持っていた。その剣をいっせいに地面に向けて掲げて叫ぶ。
『殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ!』
『殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ!』
『殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ!』
百の怒号、百の憤怒、百の憎悪、百の敵意が、豪雨となって霧雨魔理沙の一身に降り注ぐ。なぜだ、なぜこれほどまでに憎まれているのだ。きっかけは、レミリアの名を口にした事だ。レミリアはどこだ。なぜ姿を見せない。なぜフランドールがお館様と呼ばれている。レミリアはどうしたのだ。レミリアは。紅魔館の主レミリアは。
魔理沙の脳裏に妖怪ルーミアが暴行を受けている様がフラッシュバックする。ああ、まさかという予感が生まれた。姿を見せないレミリア。もしかしたらすでに紅魔館にはいないのではないか。なぜいないのか。それはルーミアより酷い末路をたどったからではないのか。だとしたら、彼女達の怒りと憎しみの重さは理解できる。だとしても、なぜそれが霧雨魔理沙に向けられているのだ。レミリアに害を成した心当たりなど一切ない。
「満場一致。宴を開くわ、お姉様に捧げる悪魔の謝肉祭を!」
大歓声の雨の中、フランドールは真紅の剣を高々と振り上げて跳躍した。スペルカードと違い、完全に物質化したレーヴァテインの殺傷力は本物だ。一撃でも受ければ魔理沙の肉体など一瞬で両断され、破壊の魔力により粉微塵にされかねない。いたぶるんじゃなかったのかよと内心毒づきながら、魔理沙はミニ八卦炉を構えた。だが、本気になったフランドールの一撃を迎撃できるような魔法、とてもじゃないが使えない。
死をこれほど身近に感じた事はなかった。
背後で轟音がし、部屋を満たしていた魔力と興奮が、清浄な気によって吹き飛ばされていく。
(今度はなんだ!?)
魔理沙の横を無数の霊力の球が駆け抜け、前方のフランドールに迫った。
その攻撃の名前を、魔理沙は知っていた。
「夢想封印――」
そのスペルの名前が後ろから聞こえた。
「――瞬」
フランドールに着弾し閃光がほとばしると同時に、魔理沙の眼前に見覚えのある背中が現れた。なびく黒髪に紅白の巫女装束、自分よりわずかに高い背。
彼女は、まさしく。
「博麗の巫女!」
「博麗霊夢ッ!」
咲夜と美鈴が同時に叫び、同時に人間二人に向かって飛びかかる。直後、霊夢は地面に札を叩きつけた。
「封魔陣」
静かに宣言したそのスペルにより、霊力の結界が構築され、咲夜の投げたナイフと、美鈴の放った飛び蹴りを弾き飛ばした。頭上からは武装妖精メイド達の戸惑う声がし、閃光を振り払ったフランドールは剣の届かぬ距離に着地すると、わざとらしく嘲笑する。
「あれぇ、おかしいなぁ……博麗の巫女は、妖怪に殺されない代わりに妖怪も殺さないから、中立に近い立場って聞いてたけど」
「なに寝言ほざいてんの。私は人間、いつだって人間の味方よ」
魔理沙に背を向けたまま、霊夢は無数の札を指に挟んだ。フランドールは眉を釣り上げてレーヴァテインを握る手に力を込め、一足飛びに霊夢の眼前に迫った。甲高い音が響き、火花が散る。悪魔の刃は封魔陣の結界を木っ端微塵に粉砕した。しかし追撃を加えるよりも早く、霊夢は札を弾幕のように放った。螺旋軌道で広がっていく札は、フランドールや美鈴、そして天井の武装妖精メイド達に貼りついて、活動力を封じていく。
玉座の隣に立っていたパチュリーは咄嗟に魔法で炎の壁を作り、札を焼き払って防いだ。
「お館様!」
妖力や魔力を封じる札は人間咲夜まで封じる事はできなかったが、咲夜はナイフを手に疾駆しながら悔しそうな舌打ちをした。札によって進路が防がれている。もちろん紙の札程度が咲夜の歩みを止められるはずがない。しかし咲夜の真骨頂である時間の停止した世界の中では、空中に固定された障害物と化してしまうのだ。しかも札はただの紙ではなく霊力が込められている、妖怪でなくとも強い霊力に触れればただではすまない。
一瞬で咲夜以外を無力化し、さらに咲夜の能力をも阻む霊夢の手腕には敬意さえ覚える。だが。
「邪魔をするなら相応の対応を取らせてもらうわ!」
霊夢は宙返りをして魔理沙の頭上を飛び越えると、背後から迫っていた咲夜と上下逆に向き合う形となった。放たれる無数のナイフはすべて、霊夢の指先から放たれた小さな霊力の弾丸が自動追尾能力によって確実に撃ち落していく。ならば直接突き刺すまでと咲夜は疾風の速度でナイフを持った腕を伸ばしたが、その手首を正確無比に霊夢の爪先が蹴りつける。さらに咲夜の手首を支点にして霊夢は空中で身を回転させ、咲夜の尖った顎へ鋭い蹴りを絶妙な角度で打ち込んだ。脳を激しく揺さぶられた咲夜は、はっきりと意識を保ちながらも糸の切れたマリオネットのように崩れ落ちてしまう。
紅魔館全戦力を相手に優勢に立つ霊夢の姿に、魔理沙は嫉妬と羨望と信頼と、様々な感情の入り混じった視線を向けた。その中でもっとも強く込められていた感情はきっと、喜びだろう。霊夢が、自分を守ってくれた。この狂った世界で、霊夢は味方でいてくれた。
「逃げなさいッ!」
その霊夢が叫ぶ。
「こんなの奇襲が成功しただけ、こいつ等相手じゃ魔理沙を護り切れない。逃げて」
「で、でも、霊夢は……」
しどろもどろになりながら言うと、霊夢はギョッとしたように振り向き、困惑気味に魔理沙の瞳を見つめた。しかしそれはほんの一瞬の出来事で、すぐに霊夢は元の調子に戻る。
「幻想郷に住まう何者も、博麗の巫女を害する事はできない。私を殺せば博麗大結界が消えて、幻想の住人である妖怪達もただではすまない」
「けど」
「こんな札すぐ破られる! 真っ先に殺されるのは魔理沙よ!」
有無を言わさぬ霊夢の迫力と、死への恐怖、紅魔館すべてから向けられる敵意が、魔理沙に逃げるという選択肢を強要した。すぐさま箒にまたがり飛行準備、同時にフランドールの絶叫と魔力と闘気が紅魔館を震わし次々に札を破壊した。直後、天井から無数の武装妖精メイドが忠義の剣を振りかざして飛び降りてきた。魔理沙は札の切れ端が舞う中を素早く突っ切り、開けっ放しの扉から脱出した。背後から膨大な気配が追ってきたが、開いているはずの扉に激突して悲鳴を上げた。すでに霊夢が妖怪と妖精が通れぬ結界を張っておいてくれていた? そう思いながら廊下を飛んでいると、近くに外から破られた窓があったため、それが霊夢の侵入路だろうと想像しながら潜り抜けた。太陽の照る外への逃亡に成功だ。
しかし、どこに逃げればいいのか解らない。
そうだ、アリスの所に行こう。慧音もいるはずだ。
もしかしたら紅魔館の連中みたいにおかしくなっているかもしれないけど、様子を探って大丈夫そうなら会えばいい。大丈夫、きっと大丈夫だ。少なくとも霊夢は、親友の霊夢は味方してくれたのだから。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
百の武装妖精メイドが持つ、百の真紅の剣と、百の敵意。
紅美鈴の持つ、闘気と敵意。
十六夜咲夜の持つ、ナイフと敵意。
パチュリー・ノーレッジの持つ、魔力と敵意。
フランドール・スカーレットの持つ、レーヴァテインと膨大な魔力と狂気と敵意。
取り囲まれた霊夢はお払い棒を剣のように構えた。
「やる気? 仮に私を袋叩きにできても、被害はそっちの方が大きいわよ」
「ここまで虚仮にされて、博麗の巫女といえど帰す道理はないわ。ねえパチュリー、博麗の巫女は"殺さなければいい"のよね?」
「博麗大結界を維持できるだけの霊力と精神力を残しておけば、達磨にして転がすなり煮えた釜に放り込むなり、好きにしていいわ」
パチュリーの冷淡な返答は、フランドールの表情を喜悦に歪まさせた。
「ところでお館様、巫女の登場ですが、随分とタイミングがよろしいのではないでしょうか?」
両手にナイフを握りしめた咲夜が言うと、美鈴はハッと気づいたように言う。
「まさか藤原妹紅が裏切ったのでは。人里に報復を加えるべきです!」
「不可侵契約を結んだその帰りに裏切って、妹紅と人里になんのメリットがあるのよ。だいたい、仲間のピンチに絶好のタイミングで現れてしまうのがヒーローの条件よ」
馬鹿にするように霊夢があざ笑うと、美鈴が牙を剥いて威嚇で返したが、霊夢は歯牙にもかけない。
「それに私だってこの契約には賛成なのよ。この件を知ってるかどうか知らないけど、妹紅から聞き出したりしたら人里と紅魔館の関係が悪化するでしょ?」
「陰の情念こそ魔の眷族の本質だ!」
言葉と同時に疾駆する美鈴、気を練った拳が真っ直ぐに霊夢の顔面を狙った。すかさず伏せながら足払いを仕掛けようとするも、まるで羽毛のように舞い上がった美鈴は空中で回転をしながら重たい蹴りを打ち下ろしてくる。霊力を込めたお払い棒で受け止めると、骨が軋むほどの衝撃が走った。霊夢は左手に込めた霊力を地面に叩きつけ再び封魔陣を展開、美鈴を弾き飛ばす。
「博麗の巫女、霊夢。あなたは人間の味方と言ったわね」
ふいにパチュリーが言い、美鈴は攻撃の手を止めた。
「だとしたらなぜ、霧雨魔理沙を助けるのかしら。成る程、確かに彼女は人間。しかし人間という種の味方をするならば、アレは切り捨てるべき存在。腐ったリンゴは早々に処分しなければ、他のリンゴを腐らせていくのよ」
「腐っても鯛、腐ってもリンゴよ」
「鯛とリンゴでは格が違う。腐った巫女を切り離せぬなら、隔離するのが適当ね。紅魔館の地下深くに幽閉して上げるわ、二度と日の光を見られぬものと思いなさい」
パチュリーが手を天にかざすと、部屋にあるすべての燭台の炎が高らかに踊り、数多の火球を霊夢目がけて吐き出した。咄嗟に飛翔する霊夢、妖精メイドを盾にしようと目論んだが前方に咲夜が回り込み、右手の一投で何十ものナイフを放った。同時に霊夢は霊撃を放ち、すべてのナイフを撃ち落すだけでなく咲夜に向けて一際大きな霊撃を撃ち込んだ。それを咄嗟に左手で受ける咲夜。閃光がほとばしり、白手袋に覆われた左手は無残にひしゃげた。しかしそれが肉体的ダメージになっていない事は、咲夜の事情を承知している霊夢にはよく解っていた。
「行きなさい!」
咲夜が叫ぶと、妖精メイド達が真紅の剣を振りかざしていっせいに霊夢に飛びかかった。四方八方からの圧倒的物量に霊夢は歯噛みをし、近づく妖精から片っ端に霊撃を撃ち込み、肉薄に成功した妖精には鈍器としてのお払い棒をお見舞いしていく。フランドールのレーヴァテインを模してはいても、所詮は量産の魔剣、たいした力もなく霊力を込めたお払い棒とかち合うと逆に砕けていった。
「相変わらずデタラメな強さね」
パチュリーがぼやく。
「まったくです。さすがは博麗の系譜で最強と謳われる巫女、ですが……」
咲夜は微笑を浮かべて霊夢の戦いを静観していた。
「戦闘能力のみならお嬢様をも凌ぐお館様もまた、吸血鬼の系譜において最強に属する者」
美鈴はもうすぐ訪れるだろう勝利を楽しみに霊夢を見つめ続けていた。
百の物量を持ってしても、空中戦を得意とする霊夢を捉える事はできなかった。追い詰めたと思うや瞬の速度で逃げられ、嵐のように放たれる霊撃により武装妖精メイド達は次々に倒れていく。これだけの数を相手にしながら、相手を殺さぬよう加減ができる霊夢の強さは妖精メイド達を戦慄させたが、かつて忠誠を誓った吸血鬼と、現在忠誠を誓っている吸血鬼のため、士気はわずかにも衰えなかった。主を信じているから。
「懲りない妖精どもね」
連戦による疲労を微塵も見せず、毒づくように言い、霊夢は四方八方に夢想封印を走らせ一挙に妖精を駆逐した。それでもなお戦意を喪失せず、悪く言えば馬鹿丸出しで群がる妖精が不気味だった。それを静観しているパチュリー達も。なにかある、それを仕掛ける機をうかがっているに違いない。だとしたらそれを早目に引き出した方がいい、これ以上消耗しないうちに。けれど仕掛けてくるためのトリガーはなんなのか? 技の後の隙? 瞬の移動の直後? 部屋の隅に追いやる? 純粋に体力と霊力の消耗を待っている? 考えながら、霊夢は床を埋め尽くす妖精メイドを見やった。全員負傷して動けないか、気絶しているかで、殺害には至っていない。もっとも彼女達は妖精なので、特殊な殺し方でもしなければ蘇るだろうけれど。その妖精達の中に一本、紅い剣が床に突き刺さっているのを見つける。あまり霊力を消耗してばかりもいられないと、霊夢はその剣に向かって急加工する。レーヴァテインには遠く及ばぬ模造品とはいえ、あの魔剣を刃としてではなく鈍器として使用すれば霊力の節約をしながら戦えるはずだ。紅き魔剣に指先が触れようとした瞬間、気絶した妖精メイドが持ち上げられ、狙っていたのとは別の真紅の剣が斬り上げられてきた。邪魔だ、と霊夢はお払い棒を薙いで剣を粉砕しようとした。甲高い音が響く。表情を険しくした霊夢は、砕け散ったお払い棒を放り捨てながら、剣を振るった者、レーヴァテインを持つフランドールを睨んだ。
「姑息な!」
即座に後方へと下がる霊夢だが、頭上から真紅の追撃が稲妻のように落ちてくる。それもやはり、レーヴァテインを振りかぶったフランドールだった。避けられないと判断するや、霊夢は渾身の霊力を込めて結界を張った。傷つける魔の杖が結界とかち合う。すぐ突破されるだろうが回避するだけの時間は稼げると思った矢先、左右から同時に二人のフランドールがレーヴァテインを振り回しながら突っ込んできた。
「分身能力!?」
両手を左右に広げ、特大の夢想封印を叩き込む。直後、背後に紅き刃の気配を感じて振り返る。迫ってきていたのは、模造品の剣を持つ妖精メイドだった。フランドールだと思っていたため虚を突かれた霊夢は、一瞬の硬直を見せるも、カウンターの裸拳で妖精の顎を打ち抜いた。直後、小さな腕が後ろから伸び、霊夢を羽交い絞めにする。今度こそフランドールであり、大勢の妖精メイドは主君の姿を隠すための森だったのだと気づかされる。
「雑魚と侮る妖精に翻弄され、悪魔の腕に捕まった気分はどう?」
冷たい吐息が首筋にかかり、悪魔の爪が肩に食い込み、電流のような魔力を流し込まれる。灼熱が駆け巡るような痛みは霊夢の霊力を乱し、金縛り状態に陥らせた。
「確かにあなたは強いわ。しかも殺さないよう加減しての戦いをしなきゃならない」
「けれど紅魔館が一丸となれば、こんなものよ」
「さらに咲夜達が加わるスペシャルバージョンもあったのだけど、必要なかったわね」
霊夢の周りに集まるフランドール達。その数は四人。さらにその周囲に、十数名の妖精メイドが剣を手に降りてきた。この十数名が、霊夢の猛攻から逃れた妖精達であり、百の妖精の中でも能力の高い者達だった。
「お見事ですお館様。博麗の巫女を生け捕りにするだなんて、立派に成長したこのお姿をお嬢様にもお見せしたかった……」
「最強の人間、博麗霊夢を捕らえたとなれば紅魔館の名は妖怪の山をも越えましょう。人里の連中も不可侵契約で手出しはできませんし、妖怪の賢者どもも博麗大結界さえ維持できれば、人間一人の身柄、気にする道理はありません」
咲夜と美鈴からの賞賛を浴びて、四人のフランドールは嬉しそうに笑った。妖精メイド達からは勝利を祝う拍手が贈られる。
「パチュリーはこの無様な巫女の力を封じて頂戴。咲夜はその後、地下牢に放り込んでやって。美鈴は門に戻って、巫女をどうこうしようって連中が来たら追い払ってね。無事なメイド達は、後片付けは後回しでいいわ、同僚の介抱をしてやりなさい。全部が片付いたら宴を始めるわよ。ああ、でも、霧雨魔理沙の討伐はどうしようかしら。どうせならあの屑も生け捕りにして、巫女ともども宴のメインディッシュにしてしまうのも悪くないわね。巫女と違って、あの似非魔法使いは壊しても殺しても壊しても殺しても壊し殺し壊し殺しても構わないもの。ああ! 宴が楽しみだわ」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「なんなんだよ、これ……」
アリスがいる。ついでに慧音もいる。
そう信じて訪れた、魔法の森の深部にあるアリスの家は焼け落ちていた。しかもだいぶ経っているらしく、葉っぱが積もっていたり、板からキノコが生えたりしてる。足を踏み入れると、黒焦げの床が悲鳴を上げた。瓦礫の中に、人間の形をした黒い塊を見つけ、おぞましい想像が魔理沙を襲った。
「落ち着け私、よく見ろ、あれは人形だ」
そう、人間の形をしたものは、人間よりもうんと小さく、手で掴める程度の大きさだった。アリスの人形だろう。それにしても、これはいったいどういう事なのか。アリスの家なら一昨日訪ねたばかりだ。アリスも家も健在だった。だがこの惨状、焼け落ちたのは一週間前か一ヶ月前か一年前か解らないが、少なくとも昨日や一昨日のものではない。
ここは自分の知っている幻想郷ではないのかもしれない。
そう考えると、ほんの少しだけ気が楽になった。おかしいのは自分ではなく、世界だと思えるから。けれど、その世界に霊夢は含まれているのか? 命懸けで助けに来てくれた霊夢、今頃どうしているだろうか。なんとか逃げ出してくれているだろうか。それとも。
「いったいなんなんだよ!」
悲痛な叫びは暗い森へと吸い込まれ、静寂のみが返事をした。
どうする。どうする。魔理沙はどうする。
今すぐ紅魔館に戻った方がいいのか。人里に行って妹紅に問いただすか。永遠亭ならこのおかしな世界だろうと不老不死の輝夜と永琳がいるはずだ、知識という面では頼りになる。守矢神社はどうなっているのか、人間と妖怪が対立しているようだが、妖怪の山に住んでいるという事は妖怪側なのか。どこへ行くべきだ。誰に会うべきだ。アリスはどこに? 慧音も一緒にいるというのはどういう意味だ? なぜ妹紅が人里の住人から様付けで呼ばれている? ルーミアはどうしたんだ? 他の妖怪達は? レミリアはどうなったんだ? 霊夢は?
「誰か、誰でもいい、いったいなにが起きてるのか、私に解るように説明してくれよぅ……」
悲痛な呟きは暗い森へと吸い込まれ、魔理沙は地面に吸い込まれた。
「んなっ……スキマ!?」
足元に突如開いた異空間へ落下したと思った直後、魔理沙は土の上に転げ落ちた。空気が冷たく、酷く静かだった。周囲の景色を見やると、慣れ親しんだ博麗神社の縁側の前だと気づく。
「厄介な人間だと思っていたけれど、本当に厄介な真似をしてくれたわね」
怒気を孕んだ声は聞き覚えがあり、魔理沙は警戒心を高めて立ち上がった。
霊夢のように縁側に正座してお茶を飲んでいたのは妖怪の賢者、八雲紫。蔑みの眼差しが、彼女もまた敵であるのだと理解させた。だが、仮にも賢者ならば他の連中より話が通じるのではないか?
「紫、助けてくれ」
「……命乞い? らしくないわね。てっきり問答無用で襲いかかってくると思ったのだけれど」
「どうして私が紫を襲わなくちゃいけないんだ」
「あら、知能が上がったのかしら。嘘を吐いて油断させようとするだなんて、厄介な成長をしたものね」
「そうじゃなくて、紫、聞いてくれ。昨日まで幻想郷は、人間と妖怪が共存する楽園だった。でも今朝目を覚ましたら、人間と妖怪が殺し合ってて、私もなぜか紅魔館の連中から恨まれてるみたいで、心当たりなんてないんだ、だってそうだろ? レミリアや咲夜とはよく一緒に宴会したし、パチュリーからはたくさん本を借りて、美鈴をいっぱいからかって、フランとは楽しく遊んでいたんだ。なのに雰囲気ががらりと変わって、もう、なにがなんだか解らないよ。ここは本当に幻想郷なのか? 教えてくれよ……紫……」
最初は早口に、次第に自信なさげに、最後はすがるように魔理沙は懇願し、瞳を潤ませる。真実の真摯さがあったのは紫にとって意外であり、もし今の言葉に嘘偽りがないのなら、相当に厄介な出来事が起きている事になる。しかしそれでも、昨日までの霧雨魔理沙の言動を思い返せば、うかつに信用などできはしない。
紫は自分のペースを取り戻すため、淡々と語り出した。
「霊夢は捕まったわ。霊力を封印され、地下牢に閉じ込められている。博麗大結界が消えれば紅魔館の吸血鬼達も困るから、殺しはしないと思うけれど、博麗の巫女が妖怪に監禁されっぱなしというのは幻想郷のバランスを大きく妖怪側に傾けてしまう。だから」
霊夢を助けなくては。そう言うに違いないと魔理沙は確信した。
「霊夢を見捨てて、新しい巫女を用意しようかと思案しているわ」
「……え?」
いともたやすく裏切られる確信。
魔理沙の知る紫はなんだかんだと言いながら霊夢を気にかけ、歴代の巫女よりも贔屓していたはずだ。しかしこの八雲紫はそうではない。
「今時、この幻想郷の惨状を知りながら移住してくる者なんて滅多にいないのだけれど……外界で信仰を失い、ゆるやかに存在を衰えさせている神々がいるの。その神に仕える巫女が、かなりの才覚を持っている。霊夢よりは劣るけれど、即戦力で起用できる逸材。ただ、他所の神社の巫女になる事を承諾させるのは難航確実。こんな状況だから霊夢になにかあった時のために巫女候補を何人か見繕ってあったのだけれど、一人を除いて運悪く妖怪に殺されてしまったわ。残ったのは幻想郷の住人で才能もそこそこあるけれどまだ赤ん坊の少女と、外界から幻想郷への移住を考えていて即戦力の実力ながらすでに仕えるべき神と神社を持つ巫女。難しい二択よね」
独り言のつもりで、また、考えをまとめる意味も込めて紫は自分の考えを語った。これを聞いて、魔理沙が霊夢に対し友情めいた反応をわずかでも見せなければ、即座にくびり殺してやろうかとも考えていた。
「守矢神社は、早苗達はまだ幻想郷に来ていないのか?」
だが、八雲紫だけが知る次期博麗の巫女候補の名前が魔理沙の口から出たとなれば、背筋を正し気持ちを真剣なものに切り替えねばなるまい。
「どうして守矢神社の事を知っているのかしら」
紫の口調がわずかにやわらかくなったので、我知らず好機を掴んだのかと魔理沙は希望を胸に灯らせた。
「そりゃ知ってるさ。あいつらは先月、信仰目当てに幻想郷へやって来たんだ。博麗神社としてはライバル出現で歓迎できたもんじゃなくて、一騒動あったんだぜ? 結局、博麗神社に守矢神社の分社が建てて和解したよ」
「早苗のフルネームを言えるかしら?」
「東風谷早苗。奇跡を起こす程度の能力を持つ巫女で、風祝で、人間で、現人神」
「東風谷早苗の仕える神の名は?」
「八坂神奈子。なんかでっかい柱を背負ってる。それから洩矢諏訪子っていうちっこいのもいるな」
「東風谷早苗の服装の特徴は?」
「霊夢のパクリみたいな腋丸出し巫女服。蛇と蛙の髪飾り」
「あなたは何者?」
「普通の魔法使い霧雨魔理沙。今朝から訳の解らん事続きで混乱中だぜ」
よどみなく正しく答えられ、八雲紫は目を見張った。
「どうやら本当に……私達の知る霧雨魔理沙ではないようね」
「お前も私の知ってる八雲紫じゃないみたいだな……もっといい加減で胡散臭くて、でも面白い奴だったのに」
そう言ってから魔理沙は、紫が知る自分がいったいどのような人柄なのかを想像した。人里から疎まれ、紅魔館から恨まれている自分。嫌な予感のその先を想像するのはたやすいが、怖くて想像できない。しかし知らなければ先へ進めないのだ。
冷たい瞳で紫は言う。
「暴風雨、無差別妖怪キラー、Bitch's Witch、気狂い白黒魔女、悪意の魔法使い。誰の事だか解るかしら」
「……私、か?」
「妖怪と見れば無差別に襲いかかる、周囲の被害を気にせず暴風雨のように戦い人間をも巻き込む。気が狂って支離滅裂な言動を取りながらも、妖怪への害意だけは揺るがない。元々幻想郷に集まった人間は妖怪退治を生業としていたけれど、その中でも最低の人格の持ち主が霧雨魔理沙」
「……なんだよ、それ。私はそんな人間じゃない」
「気が狂ってしまったのだから仕方がないと、霊夢はいつもあなたをかばっていた」
「それってつまり、私の本性が鬼畜外道の畜生だったっていうんじゃなく、気が狂ってしまうような事件があったのか? バナナの皮ですべって転んで頭を打った的な」
鬱屈とした声色の魔理沙。自分の知る幻想郷と、自分の知らないこの幻想郷の関係はさっぱり解らない。けれど自分にとって、どうやら最悪の場所らしい。霧雨じゃなく暴風雨、普通の魔法使いじゃなく悪意の魔法使い。この世界がなんなのかという疑問を強く思っていたが、今は自分がそんな人間になってしまった理由が気にかかった。
「頼む紫、教えてくれ」
「嫌よ」
短く冷淡に答えた紫は、縁側の上に隙間を開くと、中から湯気を立てる湯飲みを取り出し、口をつけた。縁側に座りお茶を飲む、霊夢が至上の喜びとするひとときを紫は真似た。
「私が知っている魔理沙よりも常識人らしいけれど、それでも大嫌いなあなたの質問になんて答えたくないわ」
「そんな」
「あなたの様子が変だったから、ちょっと探ってみただけ。もう十分。気狂いが無知な馬鹿に変わっただけ。興味は失せた、これ以上あなたに関わっても退屈なだけ、メリットはない。もう帰りますわ」
紫の座る縁側に黒い染みが広がった。それはパックリと口を開いて八雲紫を呑み込んでいく。「待て!」大嫌いと言われた魔理沙の制止の声が届くはずもなく、紫は完全にスキマの中に没した。
引き止めねば。その思いが魔理沙を叫ばせた。
「私の幻想郷は、人間も妖怪も殺し合ったりしない! 決められたルールで戦って、終わったらみんなで宴会だ! 外界で忘れ去られ幻想となった者達にとって、幻想郷は楽園なんだ!」
長々と叫んでいる間にスキマは閉じ切ってしまったが、構わず最後の叫びを放つ。
「その最大の要因を知りたくないか!? 紫ぃ!」
冷たい風が木々を揺らした。
行ってしまった。妖怪の賢者の助力を得られなかった。
これからどうすればいい。この訳の解らない幻想郷でなにをすればいい。
答えは、簡単だった。
自分がこの幻想郷から敵視されていると承知した。そんな幻想郷で、命懸けで自分を助けてくれた霊夢。彼女が自分の知る霊夢でなかったのだとしても、助けに行かずにはいられない。そのためにもし、命を落とす結果となったとしても後悔はない。友情に殉じる。格好いい死に方じゃないか。
「霊夢。今、行く」
帽子を深くかぶり直した魔理沙は、博麗神社に背を向け、箒にまたがった。
そして地を蹴って飛び立とうと腰を落とした瞬間。
「期待外れの返答だったら、見捨てさせてもらうわよ」
振り返ると、縁側に八雲紫が正座していた。先程とまったく同じ位置で、冷たい瞳のまま。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
すべての発端は吸血鬼異変。幻想郷にやって来た吸血鬼が、その支配を企み紛争を起こした。当時の妖怪達は長らく戦闘から身を引いており、吸血鬼の強大な力の前に次々と鎮圧されてしまう。だが最終的には幻想郷で最強に属する妖怪達の手によって吸血鬼は討伐され、吸血鬼が幻想郷で平穏に暮らせるよう契約まで結ばれた。悪魔の契約は絶対であるため、これで事態は解決したかに見えた。
だがこの事件により妖怪達の弱体化が懸念され、賢者達は協議を重ねた。
「そこまでは、私の知る幻想郷と同じね。結局協議は行き詰って、妖怪が人間を襲い人間が妖怪を退治するという形骸化していたルールを本格的に復活させた。人間と妖怪は殺し合うようになったけれど、お互いのテリトリーは守っていたし、今ほど酷くはなかった……ある事件が起きるまでは。あなたの知る幻想郷は、協議でいい案でも出たのかしら?」
まさしく八雲紫の言う通りであった。当代の博麗の巫女、博麗霊夢が様々な決闘方法を制定したのだ。その中のひとつ、スペルカードルールは爆発的に幻想郷に普及した。人間も妖怪も全力を尽くせる。それでも弱い人間が強い妖怪に勝つ可能性のある決闘。美しさを競い合う最高に楽しい弾幕ごっこ。みんな大好きスペルカードルール。
「そういえば廃案の中にそんなようなものがあったわね……成る程、スペルカードルールを採用した世界としなかった世界。私の幻想郷とあなたの幻想郷は背中合わせの存在という事。並行世界、パラレルワールド、そういった単語を知っていて? 世界は木の枝のように伸びている。途中で枝分かれすれば、その途中までは同じであっても、枝分かれした時点からはまったく違う世界になる。どうやらあなたはなんらかの拍子に、自分の枝からこちらの枝に飛び移ってしまったようね。それにしても、スペルカードルールね……そんな児戯で本当に幻想郷が楽園になるのかしら。私はまだ、気狂い魔理沙の妄言である可能性を疑っているわ。けれど及第点は差し上げましょう。特別にあなたからの質問に答えて上げるわ」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
人間と妖怪が殺し合う幻想郷において、霧雨魔理沙は普通の魔法使いだった。妖怪退治をできる強さを持ち、人里からも頼りにされるようになった。けれどある日、旧友の魔法使いアリス・マーガトロイドの家を訪ねていた時、事件は起きた。魔女の血肉を喰らって力を得ようとした強い妖怪に襲われたのだ。
人形もろとも家は焼き払われ、アリス・マーガトロイドは惨殺された。その光景を眼前で目撃したらしい魔理沙もまた、右の額に酷い傷を負い死の淵に瀕した。発見者は二人の友人にして、幻想郷において唯一安全な人間、博麗の巫女霊夢だった。
妖怪を追い払い、魔理沙を神社に連れ帰った霊夢は、友を助けようと必死に看病した。だが魔理沙の負傷は深く、特に右の額は頭蓋骨が割れて脳に小さな傷を作っていた。生存は絶望的だったが、神社に伝わる秘術や秘薬を用い、霧雨魔理沙は死の淵から生還した。
ここで終わっていれば、よかったのに。
目を覚ました魔理沙は精神を病んでいた。アリスの死を目撃したせいか、妖怪に襲われた恐怖のせいか、脳に負った損傷のせいか、それとも霊夢が施した秘術や秘薬の副作用なのか、それは誰にも解らない。
妖怪への憎悪に囚われた魔理沙は、無差別に妖怪の殺害を繰り返した。それを可能にしたのは、アリスの形見であるグリモワールの力を得たためとも、霊夢の施した秘術や秘薬が力を与えたためとも言われており、真相は解らない。だが責任を感じた霊夢は、何度も魔理沙の暴走を止めようとした。
巫女の願いとは裏腹に魔理沙の暴走は加速する。
人間と妖怪は、殺し合いをしながらも、互いのテリトリーを守っていた。アリスを襲った悲劇は、魔法の森という妖怪側の土地に住んでいたのと、アリスが魔女でありながら人間の魔理沙と親しくしていたせいである。だが魔理沙が行ったのは、まったく違った。魔法により姿をくらまし、妖怪の寝床にまで忍び込んで、赤ん坊までをも皆殺しにした。幾度もテリトリーを犯され同胞を無残に殺された妖怪達は激怒し、ついに人里を襲う者が現れた。
「ちょっといいか。妹紅は……なぜか人里の連中から様付けで呼ばれていて、慧音はアリスの所に行ったって言ってた。でも、アリスは死んでいて……つまり……慧音は妖怪に殺された?」
妖怪の襲撃で人里は守護者を失った。普段神社にいる巫女では、緊急の時に間に合わない。そこで新たに守護者を名乗り出たのが藤原妹紅という不死身の人間だった。妹紅は慧音の友人を自称し、また妖怪に殺されても即座に蘇る不死性から人間なのかどうかさえ疑われたが、死という痛みを幾度味わおうとも心を折らず、人間に理解されずとも人里を護ろうという強い意志に従っていた。その姿は人間達の心を打ち、いつしか守護神として敬われるようになり、人里の代表者となったのだ。
「脱線させちまったな。私がなにをしたかはだいたい解ったし、霊夢を助けるために必要な事柄を教えてくれ」
脱線はしてない、妹紅の件も後に関わってくる。
魔理沙の凶行はエスカレートする。妖怪が人里を襲ったとなれば、妖怪もろとも人里の家屋を焼き払った。これにより人間からも恐怖されるようになった魔理沙だが、気が触れた彼女に下手な事を言えば、本格的に人間までをも矛先にしかねない。魔理沙本人は妖怪を退治しているという意識だけでなく、一応人間を護ってやっているという考えも持っているようだったが、精神はさらに病み、言動は次第に支離滅裂となっていき、どこまで信用していいものか誰にも判断がつかなかった。
誰にも理解されず、誰からも疎まれる魔理沙にとって、唯一の味方が霊夢だった。
本来死すべき命だった魔理沙を、無理に現世に繋ぎ止めるために使った術や秘薬に失敗があったのかもしれない。そうでなかったとしても魔理沙が死んでいれば妖怪のテリトリーを犯す事はなく、人間と妖怪の関係は悪化しなかったかもしれない。
そしてついに、現在起きている霊夢の危機にも繋がる事件を起こす。
どれだけ人間と妖怪がいがみ合っていても、決して人間に手を出さない妖怪がいた。吸血鬼である。悪魔の契約は絶対であり、人間達が契約を破らぬ限りは、吸血鬼も契約を遵守しなければならない。中でも紅魔館は、人間の従者十六夜咲夜がいる事もあり、人里とわずかながら良好な関係を築いていた。紅魔館に住まう妖怪や妖精も、紅魔館の庇護下なら人間と敵対せず安全に暮らせると喜んでいた。
殺伐とした幻想郷に存在する数少ない人間と妖怪の繋がりは、霧雨魔理沙の手によって完膚なきまでに破壊された。ある日、紅魔館の主レミリア・スカーレットは気まぐれから人間を招いてささやかなパーティーを開いた。契約のため他の妖怪より平穏な生活をしているとはいえ、それが永遠のものであるという保障はない。レミリアは身内の安全のため、人間と妖怪が和解する事を望んでいた。戦いに疲れた人間にとって、レミリアは妖怪でありながら希望の星だったのだ。故にパーティーに参加する人間はそれなりに多く、招かれざる客一人紛れ込むのはたやすかった。
パーティーの客を装って紅魔館に侵入した魔理沙は、レミリアに騙まし討ちを仕掛け、首を刎ね、白木の杭で心臓を打ち、遺体を焼き払った。異変に気づいた紅魔館の従者達が到着した時にはもう、魔理沙はレミリアの遺灰を持って逃亡しており、霧の湖から流れる川、吸血鬼の弱点である流水へと遺灰をばらまいた。
不死性の強い吸血鬼といえど、ここまでされれば肉体はもちろん魂までをも消滅してしまう。
紅魔館と人里はこの日、決別した。
そして人間が吸血鬼を自分勝手な理由で殺害したために、悪魔の契約は破られ、他の吸血鬼達は人間を襲うようになった。残された妹、フランドール・スカーレットも同様だ。姉の仇を討つべく紅魔館のお館様を名乗り、人間への弾圧を強め、霧雨魔理沙を追い続けた。
そして今日、人里の代表者藤原妹紅は、紅魔館へ交渉に向かった。
フランドールが真に憎むべきは人類ではなく、狂人霧雨魔理沙のはずだ。人間にとっても霧雨魔理沙は脅威であり、今後人里の人間は決して魔理沙の手助けをせず、人里にも入れないと誓った。その代わり以前のように、レミリア・スカーレットが紅魔館を支配していた時のように、人里と良好な関係を築いて欲しいと懇願した。
突っぱねようとするフランドールを、紅魔館の頭脳パチュリー・ノーレッジが諌めた。真の仇敵、霧雨魔理沙へ復讐を果たしたいならこの申し出は受けるべきであると。
だがそれでも、友好関係を築くつもりはないとフランドールは言った。だが無闇に敵対するのをやめてもいいと言った。こうしてお互いのやる事に手出しも口出しもしないという不可侵契約が結ばれたのだ。
幻想郷を管理する側の霊夢と紫は、この契約の成立を喜んだ。しかし、その直後、霧雨魔理沙が人里に現れ、さらに紅魔館に向かったという情報が入った。幻想郷のすべてのものが魔理沙の敵であっても、自分だけは魔理沙の味方であり続けたい。そう言って、霊夢は単身紅魔館へ向かった。
「まとめると、この世界の私は頭がイカレて馬鹿やって人間と妖怪の溝を深くして、レミリアを殺したから紅魔館のみんなから無茶苦茶に恨まれてる。私の味方をする霊夢もヤバい。くそっ、本当に最低最悪な世界だ。私とフラン、結構仲良しだったんだけどな……こっちじゃ霊夢を助けるのに誰の力も借りられないのか」
八雲紫が今、気にしているのはこちらの世界の霧雨魔理沙の所在である。あの気狂いは、幻想郷中の妖怪から狙われているためいつも姿を隠している。探すのは容易ではない。その魔理沙を差し出せば霊夢を救えるかもしれないが、探している間に霊夢は博麗大結界を維持できる最低限のもの以外を奪われる可能性が高い。
四肢を断たれ鎖に繋がれ家畜にも劣る生活を、冷たく暗い地下室で送る事になるかもしれない。
「畜生、残念だなぁ……紫から話を聞いて、事情は解ったけど、私がこれからすべき事は変わってないじゃないか。紅魔館に行って、霊夢を助け出す。全員殺す気満々で向かってくるのか、難易度ルナティックとかEXってレベルじゃないが……世界は違えど、霊夢は私のために命を張ってくれたんだ。私は一人でも行くぜ」
八雲紫は静かに微笑んだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
博麗霊夢は静かに自嘲した。
「来る訳が、ないでしょう」
冷たく暗い煉瓦で作られた地下牢で、霊夢は霊力封印の魔術を施された鎖に繋がれていた。両手を繋ぐ鎖は天井から下がっており、両腕を頭上高くでまとめて拘束され、かろうじて爪先立ちができる程度の高さで吊るされる形となっている。
「そうかしら。霧雨魔理沙に通用する人質がいるとしたら、霊夢、あなた以外ありえないと思うのだけど」
咲夜の持つ乗馬用の鞭が、霊夢の頬をゆったりと撫でる。
「魔理沙は……私を疎ましく思っているわ。妖怪退治の邪魔をするからって」
「でも、たまに博麗神社にやって来るそうね」
「毎日二人分のご飯を作ってるから、気が向いたときに食べに来てるだけよ」
「それで十分。人質として使えないなら、お館様の玩具として幽閉するだけよ。朽ち果てるまで」
「今の紅魔館を見たら、なんて言うかしらね。だってレミリアは……」
肌を強く打ちつける音が霊夢の言葉をさえぎった。ささやかにふくらんだ乳房に、紅い線が斜めに走ってずきずきと痛んだ。さらに外気に触れて敏感になった突起を鞭の先端が強く押しつぶし、苦痛に喘がせた。
「人間が……お嬢様を語るなッ!!」
さらに二度、三度と肌を引き裂く音が地下に響いた。博麗の巫女であるために妖怪から危害を加えられず、目立つ傷跡のない綺麗な裸身が、無残に紅く腫れ上がっていく。裸身が揺れるたびに繋いだ鎖が音を立て、体重を支える爪先が擦れて血が滲んだ。
「覚えておきなさい、あなたの大切な霧雨魔理沙は、死を越える苦痛の後、お館様が殺す! 心優しきお館様は、魔理沙を殺すまでの間、私達にもお嬢様の恨みを晴らすための機をくださると仰った! 私と、美鈴と、パチュリー様と、百の妖精メイドが殺さない範囲であの気狂いを痛めつけるのよ。拷問の限りを尽くしてやるッ。ただ、拷問と違うのは……なにを吐いたとしても、決して終わらないという事かしらね」
炎の熱さと氷の冷たさが同居した瞳が、裸身に刻んだ醜い化粧を数える。魔理沙にも同じだけ、いや、それ以上の化粧を施そうという嗜虐心が酷薄に微笑ませた。
「醜いわね」
少しでも気に障る発言をすれば手痛い仕返しを確実に受ける状況でありながら、霊夢は臆した様子もなく咲夜の笑みに向けて言い放つ。
「フランドールが悪いとは言わないけど、レミリアの隣にいたあなたの笑顔はもっと――」
下唇から顎にかけて灼熱の如き痛みが走り、意思とは裏腹に強気な言葉は途切れた。醜いと称された笑みのまま咲夜は続けて鞭を振るう。首筋に、乳房に、二の腕に、脇腹に、下腹に、太ももに、苛烈に激情を叩きつける。だがどれほど裸身を醜く腫れ上がらせても、咲夜の鬱憤は晴れなかった。何度打っただろう、息を切らせて手を休めた咲夜は霊夢にいたぶられた感想を聞いてやろうかと思ったが、気丈な巫女はすでに気絶していた。
「……お嬢様」
ふと霊夢の言葉を思い返し、完全で瀟洒なメイドは頬を冷たく濡らし、地下室の寒さに身を震わせた。鎖に吊るされ衣服を奪われた巫女の寒さはそれ以上だろう。それとも熱のように痛む傷跡のおかげで多少はマシになるのだろうか。どちらにせよ、気絶している方が楽というものだろう。
地価牢の見張り番をしていた妖精メイドに、巫女が凍え死なないようしっかり見張るよう言いつけて、咲夜は地下を去った。
吸血鬼の開く宴は夜に開かれるのが常である。巫女との戦闘で負傷した妖精メイド達の救護も終了しており、楽しい宴の準備のため紅魔館は久々に活気にあふれていた。黒くくすんだ活気に。
それでいいとフランドールは思う。悪魔とは邪悪であるべきだ。時に人間と約束事を交わしたとしても、それはお互いに利益があるか、あるいは悪魔に利益がある時だけだ。本質的に解り合えるはずがないのだ。姉はその点を見誤った。
咲夜は従者だ。忠実な従者だ。人間ではあっても、身も心も悪魔に捧げている。どれほどの信頼を咲夜に寄せたとしても、他の人間を信用する理由にはならない。幻想郷の現状を憂い、何度か巫女と言葉を交わしていたらしいとも咲夜から聞いた。愚かだ。どうしようもなく愚かだ。なぜ人間のために動いたのだ。そのために姉は死んだ。殺された。
狡猾、残忍、無差別に妖怪を襲う殺戮者、醜悪な人間の悪意の権化のようなBitch's Witch魔理沙。
「お姉様……」
権威を示すために造らせたルビーの玉座に座り、フランドールは宴のためにテーブルや飾りを並べる妖精メイド達を見た。彼女達は皆、レミリア・スカーレットのカリスマ性に惹かれて紅魔館にやって来た。
「お姉様……」
巫女に封印を施し、疲れたからと今は図書館で休んでいるパチュリーもレミリア・スカーレットが唯一愛称で呼び合う親友だ。
「お姉様……」
紅魔館最古の従者、美鈴もレミリア・スカーレットに才を認められ選ばれた門番だ。
「お姉様……」
人類を裏切って悪魔に忠誠を誓ってくれた咲夜も、糞のような人間としての人生からレミリア・スカーレットが救い、拾い上げたものだ。
「お姉様……」
この紅魔館は吸血鬼として一人立ちしたレミリア・スカーレットが自らの思うがままに建築し、丸ごと幻想郷へと運んだものだ。
「お姉様……」
フランドールを囲むすべてのものは、姉、レミリア・スカーレットの遺したものだ。こんなにも多くの、大切なものを遺してくれた事を感謝せねばなるまい。しかし。
「どうして、死んじゃったの……?」
遺されたすべてよりも、最愛の姉レミリア・スカーレットの方が大切だった。
「大変です!」
一人の妖精メイドが駆け込んできて、準備をしていた仲間達と主フランドールの視線を集めた。
「き、霧雨魔理沙の襲撃です! 魔理沙は変な球を従えて、初めて見る魔法を使ってきていて、美鈴様が苦戦しています!」
「なんですって」
逃げ出して数時間でまた来るのは、フランドールに限らず紅魔館の者達にとって予想外の事だった。魔理沙は狂っても狡猾であり、自己保身に長けている。いくら霊夢との戦闘で疲弊しているとはいえ、真正面から攻め入ってくるなど狂気の沙汰でもありえない。だとすれば。
「その変な球と魔法というのはなんなの!?」
「えっと、白と赤のくっついた球で、魔法はさっぱり解りません!」
舌打ちするフランドール。勝算あって乗り込んできているのか。未知の魔法の正体は? パチュリーならばなにか解るだろうか。
「陰陽の球だと思うわ」
報告に来た妖精メイドの背後から、パチュリー・ノーレッジが姿を現す。すでに別の妖精メイドから報告を受けているようだ。
「博麗の巫女がよく使う武器だけれど、交流のある魔理沙なら使い方を心得ていても不思議はない。使い方は様々。陰陽球も魔法も実際に見てみないとなんとも言えないわね……」
たいして役に立たぬ知識に、牙を剥いて唸るフランドール。強烈な怒気に呼応して、部屋を照らす燭台の炎が強まった。熱気を浴びた妖精メイド達は、これから起こるだろう壮絶な殺し合いに戦慄する。
フランドールは両手を前にかざし握りしめた。宴のために用意された椅子やテーブル、花瓶などが木っ端微塵に砕け散る。
「咲夜に伝えなさい! 美鈴と協力してこの部屋に誘い込むのよ! 今度こそ血祭りにしてやるッ」
報告に来た妖精メイドがきびすを返してメイド長に伝えに行こうとしたが、血相を変えた別の妖精メイドが廊下を走ってくるののに気づいて足を止めた。新たな妖精メイドは、震える声で叫ぶ。
「も、門が突破されました!」
その言葉がなにを意味するのか、すべての者が理解していた。
魔理沙に突破されたという事は、魔理沙に敗れたという事であり、魔理沙に殺されたという事だ。
「美、鈴……!!」
姉が遺してくれた頼もしく心優しい美鈴が、あの魔理沙に殺された。姉だけでなく、美鈴までもが。
「魔理沙、魔理沙、霧雨魔理沙! 貴様はそうやって、私からすべてを奪おうと……!!」
次の瞬間、フランドールは疾風迅雷の速度で部屋を飛び出した。風圧で妖精メイド達が薙ぎ倒され、パチュリーも壁に叩きつけられる。構わずフランドールは紅魔館の長い廊下を軋ませながら飛ぶ、紅魔館の玄関に向かって。
殺す。もう殺す。苦痛を与えるだとか、死ぬほど後悔させるとか、どうでもいい。今すぐ殺す。見つけ次第殺す。全力で殺す。全身全霊で殺す。一刻も早く霧雨魔理沙を引き裂かねば心が壊れてしまうほどにフランドールは昂ぶった。
地下から出た咲夜は、自室に戻りベッドに横たわって、一枚の写真を見つめていた。
写っているのは、つまらなそうな表情で縁側に座る霊夢と、向かい合って偉そうにふんぞり返っているレミリアと、そのかたわらで主に日光が当たらぬようにと日傘を差して微笑んでいる咲夜自身。
レミリアは霊夢を気にかけていた。なぜこんな小汚い巫女をと咲夜は内心不満だったが、霊夢と一緒の時だけ見せるレミリアの不思議な親しみを持つ表情が好きだった。巫女に嫉妬をしながらも、そんな表情を見られて幸福だとも思っていた。
そう、咲夜は霊夢の事が嫌いではなかった。
しかし今は魔理沙をかばう霊夢が憎い。お嬢様に認められた人間が、お嬢様を殺した人間をかばうなど、許せるものではない。
「メイド長!」
ノックもなしに戸が開けられ妖精メイドが飛び込んできたので、咲夜はほんの短い時間を止めて写真を机に隠し、嫌な予感に胸苦しさを感じならが時間を動かした。
「なにかあったの?」
「魔理沙の襲撃で、門を、美鈴様を突破されました!」
心臓を鷲掴みにされたような痛みが走り、咲夜は解り切った答えを訊ねた。
「死んだの?」
「い、いえ、生死不明……状況不明です」
「相手は魔理沙なのだから、それを"死んだ"と言うのよ」
やはり生かしておけない。
レミリアを喪った時と似た痛みを抱えたまま、咲夜は妖精メイドを連れて部屋を出る。
「お館様とパチュリー様は?」
「パチュリー様はお館様の」
二人のいる廊下の先を、怒りの形相のフランドールが猛スピードで突っ切った。一拍遅れて床と壁と天井が震動し、風圧が二人のスカートをなびかせた。
「お、お館様の所へ……行ったんです、けど」
「お館様は頭に血を上らせてしまったようね。フォローに回るわ。戦えるメイドを十名、地下に行かせなさい。博麗の巫女を取り返しに来た可能性もわずかながらあるわ」
「でも、十人ぽっちじゃ……」
「パチュリー様が罠を仕掛けておいてくれたから平気よ。地下入口の見張りをしている子が罠の配置を知ってるから教えてもらいなさい、もし罠までをも突破されたら隠し通路を使って逃げなさい。あなた達だけで立ち向かっても無駄死にするだけよ」
「博麗の巫女はどうしましょう?」
「連れて行きなさい。魔理沙にくれてやる理由はないわ」
陰陽球をサポートアイテムとして、霧雨魔理沙は一方的な弾幕勝負を仕掛けていた。こちらの世界の魔理沙はよっぽど恐れられているのか、殺傷力のない鮮やかな弾幕でさえ妖精メイド達は戦々恐々と避けている。
『妖精殺しの魔法も得意なのよ』
陰陽球から紫の声がした。そんな物騒な魔法、誰が得意なんだ。私か。魔理沙は溜め息をつきながら、紅魔館の玄関門をマスタースパークでぶち破り、館内に侵入する。
『道は解ってるんでしょうね』
「地下なら本を借りる時にいつも入ってるから余裕だぜ」
『図書館と地下牢は道、違うわよ』
「フランの部屋があったあたりが怪しいから、そっちから潰すぜ」
『止まらないと潰されるわよ』
魔理沙の行く手の天井をぶち破って、紅蓮の魔力が熱気を作り渦巻いた。その中心、天井の残骸の上に悪魔の妹フランドールがいる。物質化させたレーヴァテインを握り、炎の眼差しで魔理沙を睨む。
「魔理沙ァァァッ!!」
「落ち着けフラン! 私はパラレルワールドから迷い込んだ魔理沙であって、この世界の魔理沙じゃないぞ!」
出会い頭の真相暴露は聞く耳を持たれず、フランドールは凶刃を振り上げて肉薄してきた。その速度と迫力に戦慄する魔理沙だが、この世界にはない弾幕ごっこで磨いた回避能力の高さは尋常ではない。急上昇をしてフランドールが作った天井の穴へと飛び込み、二階に上がった。
『地下に行くんじゃなかったのかしら』
「行くつもりだよッ」
心臓を鷲掴みにするようなプレッシャーが背後から叩きつけられ、振り返らずともフランドールが追ってきてると解った。姉の仇とはいえ、さっき真正面から訪ねた時はある程度の平静を保っていたのに、なぜ今はこんなにもキレているのか。霊夢がなにかしたのだろうか。
「スキマワープで逃げられないか?」
『逃げられるけど、逃がさないわよ。霊夢を救出するまではね』
「じゃあ地下にワープさせてくれ!」
『霊夢が囚われてるあたりは、色々と罠が仕掛けてあって面倒なのよ』
「賢者だろ、それくらいなんとかしろ」
『なんとかできるけど、なんとかしたら私の仕業とバレてしまいますわ。私が霧雨魔理沙に協力してるなんて知られたら、私の信用が地の底まで失墜しちゃうじゃない。この念話だって魔理沙以外には聞こえないよう調節してるのよ。だからハタから見たらあなたは独り言ばかりの変人ね。私の名前を出したら後ろから撃つわよ』
「くそう、組む相手を間違えた感が今さらながらヒシヒシと」
陰陽球を蹴りつけたい衝動を抑えながら、魔理沙は廊下の角を高速で直角カーブ。一方フランドールは勢い余って壁に激突、というか突き破って外に出てしまう。地獄の底から響くような悲鳴がした。
「あの馬鹿ッ、まだ日は沈んでないぞ」
『チャンスよ魔理沙、地下に向かいなさい』
「フランが灰になったらどーする!」
怒鳴って、魔理沙は急反転しフランドールが突き破った壁の穴を潜ろうとした。直後、背後の壁が粉砕される。どうやらフランドールは日光に焼かれながらも、外から魔理沙の前方に回り込もうとしたらしい。魔理沙の甘さが危機を回避したのだ。
『フランドールには弾幕を撃たないの?』
「殺る気満々のフランの心に、普通の弾幕じゃ届かないぜ。もっと広い場所までお預けだ」
魔理沙は陰陽球と一緒に、さっきまで追われていた道を逆戻りした。地下へのルートに戻る意味もあったが、下手に方向転換していたらフランドールに追いつかれ八つ裂きにされるからだ。床の穴を見つけた魔理沙はそこに飛び込み、縦方向のUターンを決めて地下への道に戻り切った。
「よし!」
『あなた馬鹿?』
会心の笑みを浮かべる魔理沙に、紫から冷たい声がかけられた。文句を言おうとした直前、魔理沙の前方の天井をぶち破ってフランドールが迫ってきた。二階から一階に戻って、反対側に向かったのだから、二階にいるフランドールにとっては自分の方に舞い戻ってきたも同然である。
「魔理沙ァア!!」
怒声とともにレーヴァテインが巨大化し、身の丈の何倍にもなって振り下ろされる。フランが最初に空けた穴と、今空けた穴の間の無事な天井が粉砕され、弾幕のような残骸とともに紅き凶刃が魔理沙に迫った。やられる。咄嗟に横っ飛びをし刃を避けたが、ふいを突かれたために反応が遅れ、瓦礫までは対処できなかった上、このままでは横の壁に激突し動きを止めてしまう。
『行くわよ』
だが念話に導かれるようにして、魔理沙は壁に吸い込まれた、スキマだ。瓦礫が目くらましとなったおかげで、紫が能力を使ってくれたのだ。スキマの中の異空間には紫本人が待機していた。
「助かったぜ紫、ありがとな」
「こんな調子で地下まで行けたとしても、フランドールが霊夢を助ける暇を与えてくれるかしら」
相変わらず冷淡な紫。パラレルワールドの魔理沙と理解していても、嫌いなものは嫌いなのだ。
「無理だな、困ったどうしよう。あんな風に襲ってくるのは予想外だ。てっきりボスらしく玉座で待ち受けてると思ったのに……」
「平和ボケ兼スペルカードルールボケね。一応あなたを囮にして、私単独で霊夢を救う案もあるわよ。魔理沙との協力はタブーだけど、霊夢個人を助ける分には幻想郷の管理者として問題のない行いだもの」
「それじゃダメだ。フランの心の闇を晴らしてやらないと、霊夢を助けられても後々計画の障害になるぜ」
「……そうね、フランドールは怨嗟に囚われすぎている。改革のためになんとかしなくてはね」
口元に手を当て思案する紫。一方魔理沙は一息ついて箒の調子を確かめる。壮絶な追いかけっこにより少々軋んではいるが、まだまだ現役さんだ。
「あまり長い間、スキマに隠れてちゃ怪しまれる。そろそろ出してくれ」
「どこに出たいの? 封印と監視のある地下とその付近、パチュリーがいる玉座の部屋は無理よ」
もちろん紫の保身のためという意味であり、やろうと思えば容易にやれる。
「……じゃあ……玉座の部屋のできるだけ近く、監視ギリギリの位置に頼む」
「フランドール一人に手間取っているのに、渦中に飛び込んでどうするつもりかしら」
「それはやっぱり、私は根っからの弾幕馬鹿って事さ」
かつて霊夢を残して逃げ出した玉座の部屋の前に現れた魔理沙は、背後でスキマが閉じると、重厚な門を押し開いた。誰が入ってきたと思ったのだろう、振り向いた妖精メイド達の表情には喜色があったが、魔理沙だと解るや、反応は二つ。悲鳴を上げて怯える者、震えながらも紅い剣を抜き戦意を示す者。
「よっ、邪魔するぜ」
ミニ八卦炉と紫式遠隔陰陽球で威嚇しながら侵入する魔理沙。どうやら今は妖精メイドしかおらず、想定外の事態に混乱している。咲夜かパチュリーがいる可能性も考えていたため、この幸運に感謝しながら妖精メイドや燭台の間を堂々と進み、ルビーの玉座の前に到着した。
「お前等、誰でもいいから、ちょっとフランを呼んできてくれ。霧雨魔理沙が一対一の決闘を申し込むってな。先に決闘の事を伝えろよ。あいつ、頭に血が上りすぎててさ、話が通じないんだ」
妖精メイド達は顔を見合わせ、数名が部屋を出てフランドールを探しに向かい、残った十数名は剣を手に魔理沙をじりじりと包囲した。できるだけ親しみを込めた笑みを魔理沙は作る。
「あー、落ち着けお前等。ぶっちゃけると、私はパラレルワールドからやって来た魔理沙であって、狂ってなんかいないし、妖怪やレミリアを殺しもしてない。この世界の私が今どこにいるかは知らないけど、そんな怯えなくていいぜ」
「やっぱり脳みそがイカレてるようね」
数名の妖精メイドを引き連れてパチュリーが入室する。蔑みの眼差しは、パラレルワールドなどまったく信じていないと語っていた。確かに唐突すぎる話だと魔理沙も思う。しかし動かない図書館パチュリーなら解ってくれるのではと、つい期待してしまう。
「フランが来るまでパラレルワールドについて語り合わないか」
「あなたも魔法使いの端くれなら、もっと知的な発言をなさい」
「私のいた幻想郷じゃ、スペルカードルールっていう決闘方法のおかげで人間も妖怪も楽しく暮らしてるんだ。凄いだろ」
「あなたを殺す役はお館様に譲るけれど、逃げられないよう半殺しするわ」
「ここまで人の話を聞かないパチュリーってのも新鮮だなー。ところで喘息の具合はどうだ? 長い詠唱ができなくて大変だよな」
パチュリーの目が細くなったのを見て、魔理沙は話を聞いてもらうためのキーを手にしたのではと気づく。
「喘息がどうかしたか?」
「私は喘息なんかじゃないわ」
「治ったのか? そりゃよかった」
「元から喘息なんかじゃないのよ」
「嘘だろそれは」
「本当よ」
「嘘だぜ」
平行線を行く二人だが、次第に苛立ちを強くしているパチュリーを見れば、どちらが正しいか判別できるだろう。
『初耳ね、パチュリーが喘息なんて』
陰陽球から紫の念話が届いたが、ここで返事をしたら見捨てられかねない。魔理沙は陰陽球にポンと手を乗せた。
「幻想郷に来るよりずっと前から、お前は喘息だよ。しかしどうして嘘をつくんだろうなぁ?」
パチュリーに問いかけるようにして、紫に問う魔理沙。真意は正しく伝わりすぐ念話が返ってきた。
『喘息で長い詠唱ができないというのは、殺し合いが常のこの幻想郷では他者に知られてはならない弱点。治せないなら隠せばいい。そうね、副作用の強力な喘息止めの魔法や薬という線があるわ。敵前では健康を装い、後に窒息する以上の副作用に苦しみ、信頼できる身内にだけ弱味を見せている……とか』
「副作用の強い魔法や薬で一時的に抑えてるとか、そういうオチか? 後で苦しいだろ、無茶するなよ」
紫の推測を、あたかも自分が考えついたように言う魔理沙。実にふてぶてしい。
しかも図星だったらしく、パチュリーの顔が白んだ。
「どうやら当てずっぽうという訳ではなさそうね」
「当てずっぽうは大好きだぜ。でも喘息なのは前から知ってたよ。そうか、この殺伐とした幻想郷じゃ隠し事も増えるのか。レミリアの好物がプリンだとか、咲夜の下着は白三割黒七割で揃えてあるとか、美鈴は居眠り大好きだとか、フランは地下に閉じこもって人形遊びばっかりしてたとか、図書館の隅に封印してある危険な魔導書の中にある無地で黒い表紙の鍵がかかった分厚い本を押し込むと本棚がくるりん回転して、裏側にえっちぃ本が隠してあるとか」
頬を朱に染めた妖精メイド達がいっせいに無言のパチュリーの方を向いた。無言、それは肯定を意味しているようにしか見えなかった。
空気が凍っていた。しかし冷徹ではなく、どこか和やかさを感じさせる。
「うんうん、これこれ、幻想郷はこうでなくっちゃ」
『計画中止しようかしら……』
陰陽球越しに酷く呆れた声が聞こえ、魔理沙はこれでこそ紫だと思い、やっぱりパラレルワールドとはいえ同一人物なんだなぁと得心した。こっちの自分はオツムを物理的か精神的か魔術的にやられてるようだから除外する。
こんな風に自分のペースに巻き込めるのならば、きっとフランドールだって――。
「敵と戯れるな、パチュリー」
それは少女の声色ながらも、地獄の底から響く重苦しさがあった。吸血鬼という種が持つカリスマ性と、生まれついての狂気、さらに姉の仇への敵意が成せる業だろう。パチュリーと妖精メイドは蒼白になって部屋の端に寄った。空けられた道をゆっくりと歩いてくるフランドール。
真紅の剣と眼差しと、白い牙が魔理沙に剥けられている。
「一対一の決闘っていうのは、メイド達に邪魔されず私一人を殺すよう専念したいとしか聞こえないわ」
「酷いな、本当に決闘のつもりなんだけど」
「そうやってお姉様にも騙まし討ちをしたの、気狂い白黒魔女め」
「知ってるか、決闘にはルールがある。これから私が、魔法を三つ使う。全部しのぎ切ったらお前の勝ちだ、私を好きにしていいぜ。殺してもいいけど、あまり痛くしないでくれよ?」
「今ここで殺すから関係ないわ」
「まあそう言うなよ」
ニッと笑って魔理沙は陰陽球を従えて宙に舞い、高らかに叫ぶ。
「スペル宣言! 神罰「幼きデーモンロード」!!」
魔理沙の周囲から魔力の線が蜘蛛の巣のように走り、さらに魔理沙を中心に魔力の大玉と小玉が円形に発射される。線で移動制限をし、大玉と小玉の乱舞で仕留めるという小賢しい攻撃をフランドールはあざ笑う。
「数が多けりゃいいってもんじゃない!」
一閃、真紅の刃が線も大玉も小玉も一網打尽に粉砕する。花火のように弾け飛ぶ弾幕は、殺し合いに不釣合いな美しさがあった。
『名前からして、あなたのイメージのスペルじゃないわね』
静観する陰陽球からの声に、魔理沙は小声で返事をした。
「レミリアのスペルだ。くそっ、再現率が微妙だな……パワーはともかく威張りっぷりが足りない」
再び走った魔力線と魔力弾を、フランドールはレーヴァテインから紅蓮の魔力をほとばしらせて正面突破して魔理沙に迫った。死ね。唇の動きを読みながら、魔理沙は箒の後ろから魔力をほとばしらせて急加速し部屋の反対側まで逃れる。いかに吸血鬼が相手でも、スピード勝負なら自信はあった。
「次はこれだ! 神術「吸血鬼幻想」!!」
またもやレミリアのスペルを模倣する。魔力の大玉を扇状に高速発射、その軌道線に小玉を設置していく。
「懲りない奴!」
剣を振るうのも面倒とばかりに、今度は前進しながら回避行動を取るフランドール。大玉の間を疾駆したが、軌道線に残された小玉が左右に駆け巡って進路を阻んだ。急停止したフランドールは、強烈な気を発し周囲の小玉を吹き飛ばす。ボムみたいだなと魔理沙は思い、慣れぬスペルを続行した。連発される大玉と、その軌跡から放たれる小玉の乱舞にフランドールは怒る。
「なにが決闘よ! 逃げ回って、近づけまいと必死になって!」
「これは決闘だ! フランには見えないか? この弾幕の向こうに誰がいるか!」
「お前がいる! お姉様を殺したお前がいる! 美鈴を殺したお前がいる!!」
「美鈴!? ちょっと待て、お前が異常にキレてたのって――」
「なにも喋るな! 踏み潰された蛙のような悲鳴だけを上げていればいいッ!!」
「諏訪子に祟られそうな事を! ていうか誤解が誤解を呼びすぎだろ、いいか聞け、美鈴はちゃんと」
「美鈴が穢れる! その名前を口にするなーッ」
レーヴァテインの刀身が赤熱し、咆哮を上げて爆炎を発した。スペルカードルールではありえぬ完全に逃げ場のない炎の壁が、魔理沙を呑み込み焼き尽くさんと広がった。あまりの熱気に、下方にいる妖精メイド達は身をすくめ、悲鳴を上げるものもあった。パチュリーは前面に水の幕を生み出して熱を防ぐ。
「死ね! 焼け死ね霧雨魔理――」
真紅の炎の揺らめきが見せる錯覚だったのか、紅蓮の向こうにわずかに見える人影が、懐かしい何者かに見えた。ほんの一瞬、和やかなものが胸中にあふれたために、フランドールは激怒した。魔理沙の影を見て、なぜこのような気持ちになるのか。
炎の壁は部屋の壁をも粉砕して、紅魔館に大きな穴を作り、夕焼けの日がわずかに射し込んだ。サッと日陰に隠れたフランドールは、灰も残さず消え去った壁を見、魔理沙も同じ末路を辿っただろうと哄笑しようとした。
「フラン、これで三つ目だ」
ルビーの玉座から声。
「お前のハートに届かなきゃ、私の負けは確定だな」
ありえない。絶対に回避不能だったはずだ。いや、炎より先に壁を破壊して逃れたのか? ありえない。そうだとしたらなぜ、魔理沙は穴の向こう側ではなく、ルビーの玉座の前に立っているのだ。まるで時間を止めて移動をした咲夜のようだったが、咲夜とて道がなければ移動はできず、炎の壁は完全に退路を断っていたはずなのだ。魔理沙は確実に焼け死んだはずなのだ。
なぜ、死なない。
お姉様を殺した人間が、なぜ死なないのだ。
「後は頼む」
陰陽球にだけ届くよう、小さく小さく魔理沙は言った。死をも覚悟している、声色から紫は確信した。次のスペルが通用しなければ、魔理沙は負けを認めてフランドールの凶刃を甘んじて受けるだろう。
後、とは、霊夢の事だろう。
幻想郷の管理者として、同じ管理者である博麗の巫女を、霧雨魔理沙とは無関係に救出に来たという筋書きならば、魔理沙をスキマによって炎の壁から逃すなどといった共闘の真相は闇に葬れる。
『ま、せいぜいがんばりなさい』
言葉の後、糸がちぎれるような音がした。恐らく陰陽球への妖力サポートを遮断し、霊夢救出に力を向けているのだろう。この世界の紫が霊夢に思い入れがなくても、楽園を作るために霊夢以上の適任者がいないため、打算込みなら安心して任せられる。
魔理沙はニッと笑った。
「こんなにも夕陽が紅いから、紅霧よりも鮮やかに幻想郷は染まっているんだろうな」
呼気を整え、精神を集中し、イメージする。レミリアの姿、レミリアの声、レミリアの仕草、レミリアの強さ、レミリアのカリスマ、レミリアの思い出、レミリアの笑顔、レミリアのスペル。
楽園の世界のレミリアよ、隣の世界の妹のために力を貸してくれ。
地獄の世界のレミリアよ、お前の妹のために力を貸してくれ。
スペルカード宣言。
「紅色の幻想郷」
再びの大玉魔力弾の高速同時発射、花が開くように螺旋を描いて広がっていく。さらにその軌跡、先程のスペル同様に小玉魔力弾を散布していく。
フランドールは剣を手に躍り出て、大玉も小玉も構わず薙ぎ払った。しかしすぐまた大玉が螺旋軌道で花開き、同時に最初の発射で設置されていた小玉が前後左右縦横無尽に飛び交った。読めない軌道の真っ只中、フランドールは再び全身から魔力を放ってすべて吹き飛ばそうとした。だが、それよりも一瞬早く、フランドールの後頭部に小玉が着弾する。衝撃は軽くはたかれる程度のもので、フランドールの細い首をほんのわずか前にずらしただけだった。
フランドールは理解する。この弾に殺傷力はない、ただの目くらましで時間稼ぎ、決闘と称して遊ばれていたのだ。瞳が熱を持って真紅を濃くし、異形の翼を広げてフランドールは一直線に魔理沙に向かった。大玉、小玉、次々にフランドールの身体に撃ち込まれるが、どれもこれも人間すら殺せぬひ弱な威力。そんな児戯で吸血鬼の邁進を止められる道理はない。
渦巻く弾幕を突き破り、復讐の刃を掲げたフランドールはついに霧雨魔理沙の眼前に躍り出た。今度は確実に剣で切り裂き、肉塊に変わる様を確かめてやろう。
だが、フランドールは剣を振り下ろせなかった。
弾幕を突破した先にいたのは魔理沙だったはずなのに、なぜ、今はレミリア・スカーレットが立っているのだ。
レミリアは無邪気な子供のように笑いながら、紅き魔力の弾幕を放った。
その一撃、一撃を身に受けて、フランドールは後方へと吹っ飛ばされた。痛みはなかった。すべての弾がフランドールを想っていた。敵意、害意、悪意、そんなものはほんのわずかも込められていない。
「妹様!」
弾幕に飛ばされて床に落下しようとしたフランドールを、ベッドよりもやわらかく受け止める両腕。
お館様を名乗る以前の呼び名をうっかり使ってしまったのは、フランドールを受け止めたのは美鈴だった。かたわらには咲夜も立っており、呆けたように魔理沙を見つめていたが、その瞳を覗き込んでみれば映っているのはレミリア・スカーレットの楽しそうな姿だった。
「妹様、大丈夫ですか?」
呼びかけられ正気を取り戻したフランドールは、己を抱く美鈴の面差しに視線をやった。
「……美鈴?」
「はい、なんでしょう妹様」
「生きてたの?」
「生きてました。妹様と同じように、あの妙な魔法でやられてしまって。でも怪我はないです、妹様と同じように」
「妹様って、美鈴、私は」
困ったような笑みを浮かべて美鈴は言う。
「前々から思ってたんですけど、お館様って呼び方は堅苦しくて、やっぱり似合いませんよ。お嬢様がお嬢様なら、妹様は妹様です」
でも。と、美鈴は顔を上げて魔理沙を睨む。
「魔理沙は魔理沙です。私を殺さなくても、妹様を殺さなくても、お嬢様を殺した魔理沙のはずなのです」
魔理沙は魔理沙。
当たり前だ。
魔理沙はレミリアではない。
当たり前だ。
しかし咲夜も美鈴も、フランドールと同じものを魔理沙に見たに違いあるまい。ではパチュリーはどうか。
「お館……いえ、妹様。アレはレミィを殺した魔理沙ではないわ」
「なに?」
「自称パラレルワールドから迷い込んだ別の魔理沙。きっとそれは真実、私達が殺すべきは私達の世界の霧雨魔理沙であるべきだけれど……」
「ふざけないで」
酷く冷え冷えとした声が、咲夜と美鈴とパチュリーの胸に蘇ったあたたかいものを凍てつかせた。
悪魔の妹は元々狂気を抱えており、地下にこもっていた過去がある。故に魔理沙に対する怒りも憎しみも、性根に蔓延る狂気と混ざり合い、誰よりも根深く重い。
「お姉様を殺した魔理沙は殺す、魔理沙をかばう霊夢も殺す、霊夢がかばったそこの魔理沙もやっぱり殺す。霧雨魔理沙がお姉様の姿をまとうなんて、どんな理由があろうとあってはならない事よ。だから殺す」
己を抱く美鈴の腕から飛び出したフランドールは、両の手の爪を鋭くさせて獣のように吼えた。吸血鬼の恐ろしさは高い不死性ではなく怪力だ。立ちはだかるものすべてを引き裂き叩きつぶし、蹂躙するための暴虐を実現する怪力は、まさしく鬼と呼ばれるに相応しい。破壊の能力を持つフランドールはある意味、もっとも吸血鬼らしい吸血鬼なのだ。
「フランッ……!!」
届かなかった。悔しさから魔理沙は叫び、それと同時にかたわらに浮かんでいた陰陽球がフランドールに向かって弾丸のように飛んだ。尋常ではない魔力が内側からあふれ出し、表面にヒビが入った。なにが起きようとしているのか、魔理沙にもフランドールにも解らなかった。妖精メイド達は呆然と陰陽球を見つめ、咲夜と美鈴は不吉なものを感じて止めに入ろうとし、パチュリーは陰陽球に向けてなにか魔法を詠唱しようとしていた。
「夢想封印――」
その誰よりも早く陰陽球の前に躍り出たのは、紅白の衣装をまとう巫女だった。
ああ、前にもこんな光景を見た。あの時のように、護るために来てくれた。
博麗の巫女、霊夢が。
「――瞬」
神々しく輝く霊力の大玉が弧を描きながら陰陽球に叩き込まれ、表面の紅白を粉砕した。内側からは白光があふれ出ようとしたが、すかさず次の手が放たれる。
「封魔陣!」
光壁による立方体に囲まれたそれは轟音を立てて爆発を起こし、封魔陣越しに紅魔館を激震させた。フランドールの空けた穴はさらに倒壊し、壁や床にヒビが走った。妖精メイドが悲鳴を上げる中、美鈴はフランドールの前で仁王立ちし、咲夜は魔理沙の背後に回ってナイフを突きつけ、パチュリーは詠唱を中断して語り出した。
「指向性の魔法爆弾よ。陰陽球が爆発していたら妹様は死んでいたわ」
その言葉に一番驚いたのは魔理沙だった。紫とは協力関係にある、なのになぜここで裏切るような真似を? フランドールから魔理沙を護ろうとしたにしては過激すぎる。
背後に立つ咲夜が怒気を放ち、ナイフを持つ手に力を込めた。
「魔理沙、やはりお前は……」
「ち、違う、誤解……」
「そう、誤解よ」
魔理沙の弁解を擁護したのは霊夢だった。巫女服で隠し切れていない頬や首筋に鞭の痕が痛々しく残っている。
「地下に囚われていた私を、妖怪の賢者八雲紫が助け出した。そしてある計画を話し、協力を要請し、私が承諾すると、遠隔操作していた陰陽球でフランドールを殺そうとしたから――飛んできたわ」
「ほ、本当なのか霊夢。紫が、フランを殺そうとしたって?」
魔理沙の問いにうなずき、霊夢はルビーの玉座を睨みつけた。
「出てきなさい紫。フランドールを殺すつもりなら、スペルカード計画から降ろさせてもらうわ」
一同の視線が集まると、玉座の裏から蟲惑的な微笑をたたえる八雲紫がスッと姿を現した。
真っ先に動いたのは咲夜で、魔理沙を突き飛ばして八雲紫に飛びかかる。だが紫が軽く指を鳴らすと、銀のナイフは一瞬で腐食し崩れ去ってしまった。それでも構わず咲夜は左の手刀を放つ。紫は右の手のひらで受けた。両者とも手袋を着用していたが、破れたのは咲夜の側だけだった。あらわになった肌は指一本動かせぬ金属の義手だった。
「落ち着きなさい。ネタ晴らしをされた以上、今すぐ吸血鬼退治をするつもりはないわ。私は霊夢と話があるの、邪魔をするならスキマに落として異次元空間に放逐するわよ。そっちでやる気になってる門番ごとね」
フランドールという館を守る門として、美鈴は全身の気を整え拳法の構えを取っていた。どんな危害も主には加えまいという意志は仲間の妖精メイド達にも伝わり、紅き剣を持つ集団がフランドールの周囲に集まっていた。その結束力の高さをわずらわしそうに見つめる紫を、霊夢が睨んだ。
「フランドールが邪魔だから殺す、フランドールを殺すと紅魔館のみんなも邪魔してくるから皆殺し。幻想郷を楽園にしたいだなんて言っていても所詮は妖怪という事かしら」
「新たなものを生み出すのには苦痛がともなうものです。紅魔館は悪意に囚われすぎている、膿は出すべきだと判断しました」
「悪意を持つのは、自分の大切なものに悪意を向けられているからよ。フランドールに悪意を向けた時点で紫、あなたが悪意を生み出した」
「悪意の浄化は至難、ならば悪意の連鎖を途中で断ち切ればいい」
「紅魔館を断ち切るというなら、あなたは敵よ」
微笑して手を差し伸べる紫。威風堂々たる態度は、まさしく賢者と呼ばれるに相応しいものだった。
「霊夢、私とともに来なさい。あなたを楽園の創始者にして上げるわ。はるか未来まであなたの名声は語り継がれる。いいえ、現人神として永遠に現世に留まり信仰され続ける事も夢じゃないわ」
魅力的な提案なのだろう。
相手が霊夢でなければ。
「勘違いしているようね紫。確かに私は幻想郷を楽園にしたい、けれど人には優先順位ってものがあるのよ」
「魔理沙を思うなら、憎しみを捨てようとしない紅魔館は切り捨てなさい」
「その魔理沙をも殺そうとした口で、よくもまあペラペラ話せるわね」
感心したように微笑む紫に寒気を感じた魔理沙は、咲夜の腕を引っ張って部屋の中央の霊夢の位置まで下がる。ルビーの玉座に取り残された紫は、主に合わせて造った低い肘掛に腰を下ろした。
霊夢の隣に立ってミニ八卦炉を構え、紫を警戒しながら魔理沙は問う。
「どういう事だ、霊夢。紫が私を殺そうとしただって?」
「筋書きはこうよ。魔理沙の仕業に見せてフランドールを殺し、さらにその魔理沙を紅魔館が殺す事で、悪意の連鎖は断ち切れるのよ。私は魔理沙を殺されたとしても、復讐には走らないだろうって計算が癪に障るわ。私がフランドールを護って真相を暴露したから、今は紅魔館全部を抹殺しようとしている。魔理沙も含めてね。楽園創造の障害になる筆頭、憎しみに囚われたフランドールと、狂気に呑み込まれた魔理沙の二人を、あいつは殺したがっている。ここにいる魔理沙が並行世界の魔理沙だろうが関係ない、並行世界の魔理沙もこの世界の魔理沙もまとめて抹殺した方が、事を知る者が少なくすむ。妖怪の賢者様、採点をお願いしていいかしら?」
賢者はわざとらしい拍手をした。
「九十点といったところかしら。私は別に、魔理沙を助けてやってもいいと思ってるわ。そこの魔理沙は元の世界に送り返せばいいし、こっちの魔理沙を捕まえて博麗神社にでも幽閉すれば丸く収まるじゃない。こっちの魔理沙はもう、閉じ込めるか殺すかしかない。だったら、幻想郷で唯一魔理沙を気遣うあなたの手で幽閉すれば、他の選択よりもマシな環境を与えられるでしょう?」
「……そうね、多分私も最終的にはそうするだろうと思う。でも」
「ちょっといいかしら」
二人の言葉に割って入ったのは、魔導書を胸に抱えるパチュリーだった。妖精メイドの間を通って、フランドールのかたわらに立っている。
「さっきから言ってる楽園というのは、なに? 人間と妖怪を融和させる計画だろうとは想像がつくけれど、妹様だって魔理沙さえ殺せば自らの復讐心に決着をつけられるわ。癪に障るそうだけれど、魔理沙を殺されても霊夢は復讐に走らないのでしょう? 障害を取り除くというなら、妹様か魔理沙、どちらか一方で十分よ」
「生憎と私はあなた方のようにフランドール・スカーレットを妄信していませんの。そこの悪魔が楽園に馴染めるとは思えないのよ。復讐心に決着? 魔理沙の次は、魔理沙に味方していた霊夢をターゲットにするに決まっている。楽園を創設するために霊夢は必要な人材なのですから」
「その楽園がなんなのかを質問しているのよ、頭の回転の悪い賢者様ね」
「先程そこの魔理沙が行った決闘方法です。並行世界ではその決闘方法により、幻想郷は殺し合いと無縁な楽園となっているとか。ゆるやかに破滅へと向かっているこの幻想郷を救うために考案された数多の計画の中で、並行世界とはいえ成功を果たしたスペルカードルールは希望の星なのです。その重要さを理解できるかしら」
「理解はしている」
同じ管理側である巫女は、自らを主張するように一歩前に出た。だがその足取りは頼りなく、咲夜に刻まれた痕が熱くうずいていた。つらそうに息を吐いてから、両腕を左右に広げた。
「けれどこの場にいる誰一人、フランドールを犠牲にする事は認めないわ。この意味を解ってくれるかしら、フランドール」
振り向く霊夢。振り向かれるフランドール。
美鈴の後ろにうずくまって成り行きを見守っていた少女は、威嚇するように唸り、霊夢を睨み返した。
「解ってる。お姉様が遺してくれたものは、私のものよ。絶対に裏切らない」
「解ってないようね。あなたを護ろうとしているのは、そこの魔理沙も同じなのよ。並行世界の魔理沙まで憎まなくてもいいんじゃないかしら」
「そいつは私を虚仮にした。お姉様の姿を……魔理沙はお姉様を奪った! 並行世界にも魔理沙がいるっていうなら、すべての世界の魔理沙を殺し尽くしてやるわ!」
「違うわフランドール、それは違う」
酷く物悲しい面差しで霊夢は言い、体力がついに底をついたのか、その場に膝をついた。
それはまるで懺悔のようで、消えかけの蝋燭のように頼りない。
部屋の壁に空いた穴からわずかに侵入していた夕の陽射しは完全に没し、燭台の炎のみが霊夢をゆらゆらと照らした。不気味に蠢く影は、霊夢の心の暗い部分が這い出したかのようであった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
紅魔館が人里と交流パーティーを開くという知らせは、紅魔館側から知らされた。
幻想郷の安定を管理する巫女にとって、このパーティーは是非とも成功して欲しいものだったため、レミリアの頼みを快諾した。
「解ったわ。パーティーの間、私が人里を護ればいいのね」
縁側でお茶を飲んでいる霊夢と、そのかたわらでやはりお茶を飲んでいるレミリア。
いつも一緒の咲夜を連れずにやって来たため、従者の前では言えない事を言おうとしているのだろうと霊夢は察していた。殺し合いが常の幻想郷では、従者の士気や安心を保つために弱味を見せる事は許されなかった。そんなレミリアが唯一弱味を見せる相手が、霊夢だ。
博麗の巫女という立場から、妖怪に決して殺されないという幻想郷で唯一安全な人間であるために、巫女の義務である妖怪退治において霊夢は妖怪を殺さなかった。妖怪が自分を殺せないのに、自分が妖怪を殺すのはフェアじゃない。初めてレミリアに聞かせた時、大笑いされたものだ。その頃から一目置かれるようになり、いつしか友となっていた。
湯飲みを覗き込んだ瞳には、未来や運命が映っているのだろうか。紅い悪魔は申し訳なさそうに謝った。
「悪いわね。本当はあなたも呼びたかったのだけれど、人里の代表を呼ばないと交流パーティーの意味がないし……妹紅抜きの人里は脆いから」
慧音が死んで以来、人里の守護者となった妹紅。他にも戦える者はいたが、数で勝る妖怪との戦いで次々に死んでいった。死んでも生き返る妹紅は人里の要だ。弱点を補うべく、妹紅は魔除けの結界の修行をしていたが、まだ実用レベルではない。妹紅がいない間の人里のガード、白羽の矢は霊夢に立てられた。
「いいのよ。人間と妖怪の関係が良好になれば、私も仕事が減って助かる。血で汚れた賽銭を洗う必要も減る。でもレミリア、どうしてそんなに私を信用したがるの? 特別、親しくなるような事をした覚えはないのだけれど」
「似てるのよ、私達は」
「どこが」
レミリアは苦笑した。
「世界を敵に回してでも護りたい人がいる。不運にもその人は世界に害を成し、世界から害される存在。だから世界の変革を望んでいる。彼女が受け入れられる世界を、彼女を受け入れる世界を……」
「フランドールだっけ、妹の名前」
お茶を飲み、胸があたたかくなる感覚を霊夢は楽しんだ。今日は吸血鬼日和の曇り空なので、少し肌寒い。陽光を気にせずすごせるレミリアは、お茶の水面をじっと見つめたまま続けた。
「あなたは、魔理沙が平穏に暮らせる世界が欲しい。私は、フランドールが平穏に暮らせる世界が欲しい。その二つは一致する」
「……そうね」
「だから霊夢、私は魔理沙が紅魔館を襲ってきたりしても、殺したり大怪我をさせたりはしない」
顔を上げるレミリア。真摯にして真紅の眼差しは、どんなルビーよりも美しく輝いて見えた。
「だから霊夢、もしフランドールが暴走して幻想郷を乱したりしても、幻想郷の管理者だと威張ってる賢者どもに目をつけられたとしても――」
「解った」
うなずく。
「巫女の立場として、フランドールが暴れるような事があったら退治はしなくちゃいけないけれど……でも妖怪退治を生業とする人間や、妖怪同士で食い合う妖怪達、同じ管理者である妖怪の賢者達からも、誰からも、気が違ってしまった魔理沙からも殺されないよう……私はフランドールを護るわ」
護りたい者が、世界を害し、世界に害される存在だからこその友情。そして約束。
悪魔の契約は絶対だった。
しかしこれは約束だった。
嘘偽りを挟まぬ、真実の約束を二人は交わす。
「ありがとう、霊夢」
二人は確かに、友情で繋がっていた。
まさにその日、約束の対象である魔理沙が紅魔館に忍び込むとも知らず……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「いくら魔理沙でも、レミリアほどの悪魔を殺すのは難しい。けれどレミリアには枷があった。私との約束という枷が。自分を殺そうとかかってくる魔理沙を、殺すまい傷つけまいとしたために、レミリアは死んだのよ」
疲れ果てた声で、霊夢は締めくくる。
「だからフランドール。レミリアが殺さなかった魔理沙をどうか殺さないで。殺すなら私を。新しい巫女くらいそこの賢者様が用意するわ、遠慮せず殺していい」
霊夢と異なり、まだまだ戦闘続行可能な体力と魔力を残しているフランドールだったが、明かされた事実は緋色の瞳を揺るがし、声をか細くさせた。
「だから……私を護ってくれたの?」
「……あなたを護りたいという気持ちは、私にとって友であったレミリアの命と同じ重さよフランドール。紅魔館で悪意を増大させて振りまくあなたがずっと、心配だった……」
ずっと霊夢を敵だと信じていた。
ずっと人間なんかを信じた姉に憤っていた。
けれど二人とも、フランドールに向けていた感情は、フランドールが想像していたものとは正反対だったのだ。
「お姉様が、人間と馴れ合おうとしてたのは……私のためだったの? 私を見捨てて、人間を選んだんじゃなかったの……?」
「そんな訳ないでしょう。レミリアはいつだって妹を一番に愛していた。人間を認めない訳じゃなかったけれど、なによりもあなたを優先していたからこそ人間との融和を望んだのよ。妹に害を成す可能性のある者が、一人でも幻想郷から少なくなるようにと……」
長らく、姉を喪う前から思い続けて腫れ上がったものが、ついにフランドールの中で晴れ上がった。
精神のもっとも奥深くに根づいている狂気が狂喜へと変わり、けれど酷く悲しくて、悪魔の妹は泣きじゃくった。そんな少女を、左から抱きしめる咲夜、右から抱きしめる美鈴。二人の従者のぬくもりは余計に涙をあふれさせたが、頬を流れるものは優しいぬくもりに満ちていた。
そんな彼女達を見つめていたパチュリーは、自分ですら開けられなかったレミリアの心の扉の存在を知り、それを開けた霊夢を嫉妬すると同時に深い感謝の念に胸をきつくさせる。妖精メイド達は主からもらい泣きをし、肩を寄せ合っていた。
部外者は思う。
彼女は今まで、どんな気持ちで幻想郷を見つめていたのだろう。
死すはずだった魔理沙は生命と引き換えに心を壊し、レミリアと約束をしたために魔理沙に殺され、護ると約束したフランドールは執拗に魔理沙を狙い、今までどれほどつらかっただろう。
「霊夢……」
思わず、後ろから触れる魔理沙。服の下に隠れた鞭の痕の痛みから倒れそうになる霊夢だが、しっかりと魔理沙は抱きとめた。いつも腋巫女服とからかっているそれの背中に顔をうずめ、声を押し殺す。涙が、あふれてきたから。
「……やめてよ。あなたにそんな風にされたら、この世界の魔理沙と会うのが……つらくなるじゃないの」
「馬鹿野郎。頭のイカレた私にスペルカードルールを叩き込んでやれよ。私は根っからの弾幕馬鹿だ。イカレた頭なんか一瞬で弾幕色に染まって、お前等と楽しく弾幕ごっこするに決まってるぜ」
「そうかな、そうなるかな、魔理沙……」
この日。
長く続いたひとつの悪意の連鎖が断ち切れた。
◆ ◆ ◇ ◆ ◆ ◆ ◆
その晩、魔理沙は博麗神社に泊まり、他愛のないお喋りを夜通し続けた。
今後の紅魔館、お館様ではなく妹様としてやり直すと言ったフランドールはどうなっていくのか。
これならこれで丸く収まるからよしと空気の読めない発言をした賢者は、恐らくスペルカードルール採用後に最初の犠牲者となるだろう。加害者は紅魔館の誰か。それがフランドールならいいと魔理沙は思った。弾幕が終われば、フランドールと紫の関係もいい方向に転がるかもしれない。
霊夢は何度か泣いた。この魔理沙は自分の知る魔理沙ではないと理解していたが、魔理沙の姿、魔理沙の声に優しくされ、今まで堪えてきたものが一気にあふれ出してしまったのだ。霊夢にこんな可愛い一面があったのかと魔理沙は感心しながらも、自分の世界の霊夢以上に優しく接し、何度も何度も労った。
翌朝、魔理沙を元の世界に送り返すための儀式が整った。
いつもお茶を飲む縁側の先で、霊夢と紫が協力して描いた複雑な魔法陣の中央に立った魔理沙は、名残惜しそうに霊夢を見た。頬にはまだ痛々しい鞭の痕があり、寝不足のせいもあって少々やつれてしまっているが、晴天の太陽のような活気があった。紫はいつも通り胡散臭い。
「並行世界とはいえ魔理沙に感謝するなんて癪だけど、あなたのおかげで紅魔館の問題は解決したし、スペルカードルールが成功する可能性を教えてもらったし、霊夢も改めて協力を約束してくれたし、ご褒美に感謝して上げるわ」
「なんでお前、そんな偉そうなんだよ」
「賢者ですもの」
口元を手で隠して笑う仕草は立派な淑女のようだったが、紫がやっては嫌味ったらしく見えて仕方ない。
「賢者ならこっちの世界の私をとっととふん捕まえて、スペルカードルールの素晴らしさを叩き込むんだな」
「はいはい、式に捜索を命じているから安心なさい。霊夢、準備はいい?」
「いつでもいいわ」
紫と違い、こちらは名残惜しそうで、精いっぱいの笑顔を向けてくれている。
ああ、私達って親友なんだなぁ。というとても恥ずかしい思考に至り、魔理沙は赤面した。自分の世界に帰った後、果たして霊夢とまともに向き合えるだろうか。夜通しお喋りの最中、幼い頃の暴露話とかも聞いちゃったし。
「こっちの霊夢、これでお別れだな。がんばりすぎるなよ。お前は気楽に巫女やってる方が、幸せそうだ」
「そうね。でもこれで血で汚れたのお賽銭がなくなるかと思うと張り切っちゃうわ」
「血濡れの賽銭だけじゃなく、普通の賽銭までなくなったりしてな。こっちの霊夢みたいに」
「それでもいい。血濡れの賽銭を入れられるより、ずっとマシよ」
「そうか」
「そうよ」
「そうだな」
「そうよね」
二人は声を上げて笑った。笑い続けた。できるだけ長く、長く、息が続く限り。
ほどなくして笑い終えると、霊夢は瞳に涙を浮かべた。
「さよなら、もう一人の魔理沙。あなたに会えて本当によかった」
「元気でな、もう一人の霊夢。こっちの私とフラン達、幻想郷を頼んだぜ……楽園の素敵な巫女さん」
それが別れの言葉。
霊夢は言霊を唱え始め、紫も魔法陣に妖力を注ぎ込む。
魔理沙はじっと、その時を待った。
ふと、神社の屋根の上を見やれば大きさの異なる人影がふたつ並んでいた。大きい方が小さい方のために日傘を差している。ウインクをしてやると、人間を凌駕する視力でそれをとらえたのか、小さな人影がわずかに身じろぎした。可愛い奴め。
魔理沙を囲む魔法陣が漆黒に染まり、数多の"目"が現れる。巨大なスキマだった。底なし沼に沈むようにして吸い込まれていく魔理沙。元の世界、隣の世界、並行世界へと通じるゲートだ。
「送り返すけれど、場所や時間が多少ズレてるかもしれないわ。岩の中に出ないよう祈ってなさい」
ギリギリでヤバい発言をする紫。岩の中に出たらどうなるんだ。
「おい! しっかりやれよ!?」
「そうするつもりだけど、なんだかんだで私、やっぱり魔理沙が嫌いだし」
「台無しだなぁオイ! 感動的なお別れが!」
怒鳴りながら、この馬鹿げたやりとりにどんな反応をしているだろうかと霊夢を見た。
確実に元の世界へ戻れるようにと熱心に呪文を唱え続けており、頬に光るものがあった。
魔理沙の胸に熱いものが込み上げる。
別れの言葉よりもっと重い想いを、受け取れた気がした。
全身をスキマに呑み込まれると、もう霊夢の姿は見えなかった。
黒く歪んだ世界を移動している魔理沙。落ちていく感じもすれば、浮いているような気もした。
数多の"眼"が魔理沙を見つめ、その瞳ひとつひとつに異なる世界が映っている。
世界は星の数ほどあって、魔理沙が迷い込んだのはその中のほんのひとつにすぎない。
もしかしたら、まったく同じ幻想郷もあるかもしれない。
もしかしたら、もっと酷い幻想郷もあるかもしれない。
でも、あの幻想郷に行けてよかったと魔理沙は思う。
もう一人の自分に会えなかったのが、ちょっと残念だが……。
しばらくして、魔理沙は自分が映る"眼"を見つけた。引力のように"眼"に引き寄せられ、そこが自分の帰るべき世界なのだと本能的に理解する。自分が近づくほどに"眼"に映る自分も近づいてくる。まるで鏡だった。鏡に映る自分は、妙に黒ずんで見える。帰ったら風呂と洗濯をすませようと決めた。
鏡の向こうの魔理沙と同時に"眼"に触れた魔理沙は、鏡の自分とすり抜け合う直前、鏡に映る自分の額に傷痕が見えた気がし、重要ななにかを思い出そうとした。だがその思考は、突如右の額を襲った鈍痛によってさえぎられ、視界が白濁したかと想うと、暗くぼやけた光景を幻視した。それは紅色の幻想郷、奇怪な紅化粧を施したアリスやレミリアが瞳を虚ろにさせていた。
その意味を容易に想像できるはずなのに頭痛が思考能力を奪い去る。
「うわぁぁぁっ……」
悲鳴は闇に吸い込まれ、魔理沙の意識も闇へと落ちていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「うわぁぁぁっ……むぎゅっ!」
地面に顔面から突っ伏す魔理沙。その拍子に右の額を強く擦ってしまい、血が滲んだ。妙な頭痛は治まったようだが、今度は外傷の痛みに責められる。
「イテテ……ここは、元の世界か?」
額を押さえながら立ち上がると、周りの景色がスキマに呑み込まれる前と同じだと気づいた。違いがあるとすれば、魔法陣がなく、霊夢と紫もおらず、屋根の上に人影もない事か。どうやら神社の同じ場所に戻されたらしい。
だが果たして、ここは本当に自分のいた幻想郷なのか。
空を見上げれば、日が夕に染まろうとしていた。出発したのは朝方のはずだが、元の世界へ移動する際に場所や時間がズレるかもしれないと紫が言っていたので、夕方まで経ってしまったか、あるいは日にちを跨いで戻ってきた可能性にも思い至った。
だが、魔理沙は考えるべき事柄が別にあるはずだと確信していた。なんだったか、この世界へ来る途中の異空間で見たり思ったりした事があったのだが、朝目覚めて夢の内容を忘れてしまうように、記憶から流れ落ちてしまっていた。
いきなり妖怪が襲いかかってきたらどうしようか。霊夢と紫が力を合わせたのだから、成功したと信じたい。これが考えるべき事柄だったか? 正直解らない。
「……魔理沙?」
建物の中から声がして、疲れた様子の霊夢が現れる。
「よう、霊夢。邪魔してるぜ」
「あんたね……他に言う事ないの?」
「いや、あるぜ。楽しい楽しい土産話がな」
「そう」
返事に覇気がない、本当に疲れているようだ。あまり長居しては迷惑かもしれない。急ぎでもなし、話はまた後日すればいいが、その前にせめて額の擦り傷くらいは手当てしたかった。
「頭、大丈夫?」
考えを読んだのか、額の怪我を心配してくる霊夢。普段ならたいしてなにも感じない言葉だが、今は友情の有り難味を噛みしめたい気分だ。違う世界の霊夢は、違う世界の魔理沙を親友として受け入れてくれた。だったら恥ずかしがったりせずに、自分の世界の霊夢を親友だと胸を張って言えるくらいの度胸を見せなきゃ、あっちの霊夢に申し訳ない気がした。
「かなり痛い。ズキズキする。霊夢、薬箱あるか? 貸してくれ」
「ええ……そうね……上がりなさいよ、準備してくるから」
「おう。ついでに軽く土産話をしてやるぜ」
「それは楽しみね」
部屋の奥へと姿を消す霊夢。
ああ、帰ってきたなぁと魔理沙は深呼吸し、元の世界の空気を楽しんだ。
縁側で靴を脱いで上がると、もう準備を終えたのか、襖の向こうから霊夢が戻ってきた。
「ありがとな、霊――」
真っ直ぐに、魔理沙の懐へと飛び込む霊夢。あまり自慢できない胸元に、甘えるようにして顔をうずめてきた。魔理沙は慌てた。こうやって甘えるのは、向こうの霊夢ならともかく、こっちの霊夢のキャラクターじゃない。驚いて高鳴った鼓動が霊夢に伝わってしまっているのを感じ、妙に嬉しい半面、恥ずかしい。
まさかまた別の並行世界に来てしまったのだろうか、霊夢と物凄く親しい世界とか。それならそれで、この世界の霊夢とも親友になって、改めて自分の世界に送ってもらえばいい。
「魔理沙……」
腰に手を回された魔理沙は、まあこれも友情の形のひとつだなと霊夢を抱き返した。
ぬくもりの心地よさに、つい頬がほころぶ。
「ごめんね」
ぞぶり、と、背中から異音がした。
息が、詰まった。
骨の隙間から灼熱が刺し込まれ、鼓動に激痛が走るや、全身が虚脱した。
とても立っていられなくて霊夢に寄りかかろうとするが、それより早く霊夢は身を離した。
手には、紅く染まった短刀が握られていた。
「霊、夢……?」
刺されたのだと理解して、魔理沙はその場に崩れ落ちながら、心の中で毒づいた。
(馬鹿野郎……あっちの幻想郷より、よっぽど危険な世界に飛ばし……やがって……)
恨みはなかった。だが、軽い失望があった。
暗くなる視界の中、歩み寄ってくる霊夢の素足が見えた。 トドメでも刺すつもりなのか。
魔理沙は後ずさろうとしたが、足に力が入らず、膝が折れてしまう。
(この世界の私は……なにを、やらかし……)
殺される。
そんな予感に精神を凍てつかせながら、魔理沙の意識は永遠の闇に落ちていった。
霊夢が魔理沙を抱きしめて静かに泣き出した事も解らぬまま。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
とある巫女と魔法使いの話。
地獄にて大怪我をした魔法使いの親友を、巫女は甲斐甲斐しく看護した。
死すべき命を現世に繋ぎとめるため様々な秘薬や秘術に手を出した。
魔法使いは心を代償に命を繋ぎ止めた。
魔法使いを変貌させた責任を感じた巫女は、残酷な世界から哀れな親友を護ろうと決意した。
不可思議な事件を経て希望を得ると、姿を現した魔法使いに新たな道を示す。
こうして世界の変質が始まった。その先にあるのは光か闇か……。
とある巫女と魔法使いの話。
愛する楽園の一員であった魔法使いの親友は、突如楽園に牙を剥いた。
制止の言葉も懇願も届かず、魔法使いはひたすら凶行を繰り返し友すら手にかけた。
魔法使いの悪意は楽園に蔓延した。
魔法使いの変貌あるいは本質を見抜けなかった責任を感じた巫女は、残酷な親友を止めようと決意した。
もはやこれしかないと思い詰め絶望し、姿を現した魔法使いの若き道を閉ざす。
こうして世界の凋落が始まった。その先にあるのは暗き闇のみ……。
とある巫女と魔法使いの話。
二人はとても仲がよかった。
時に喧嘩をし、時にすれ違い、時に誤解をし、時に過ちを犯したけれど。
とても仲がよかったのだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◇ ◇ ◆
霧雨魔理沙。
幻想郷史上、最低最悪の魔女。楽園終焉の元凶。悪意の魔法使い。
博麗の巫女である博麗霊夢が提案したスペルカードルールにより安定していた幻想郷において、霧雨魔理沙はスペルカードルールをこよなく愛し、妖怪とも弾幕を通じて親交を深めていた。さらに彼女は博麗霊夢の親友でもあり、性格に難はあれど、幻想郷の英雄の一人として人間からも妖怪からも目をかけられていた。
そんな彼女が、ある日突然、凶行に走る。あるいは本性を明かしたのか。
人里に訪れた霧雨魔理沙は、人里で平穏に人間と交流していた妖怪に対し、殺傷力のある大きな魔法を放ち妖怪を殺害。これに激怒した妖怪が霧雨魔理沙を襲うが、彼女は周囲をかえりみない乱雑な魔法で、人里を巻き添えに妖怪達を皆殺しにした。巻き込まれた民家は炎上し、人間の死傷者も出る大惨事となった。被害者の中には人里の守護者上白沢慧音氏や、妖怪の賢者八雲紫の式の式である橙氏も含まれており、縁者の怨恨が冷静さを奪い事態の悪化を招く事となる。
人里から逃亡した霧雨魔理沙は、交流のある紅魔館に逃げ込み、またもや凶行を繰り返した。今や妖怪側の代表者である紅魔館の主、フランドール・スカーレット氏と友人関係にあったはずの彼女は、それを利用して騙まし討ちを仕掛け、フランドール氏の殺害を試みる。当時の紅魔館の主レミリア・スカーレット氏はフランドール氏の姉であり、妹の危機を察知し霧雨魔理沙の凶刃からかばって死亡した。この瞬間、紅魔館すべてを敵に回した霧雨魔理沙はまたもや逃亡。妖怪側についた人間として有名な"人類の裏切り者"の異名を持つ十六夜咲夜氏の左手が義手なのは、この際霧雨魔理沙を逃がすまいと追いかけた際の戦闘で欠損したからである。
目の前で最愛の姉を喪い、さらに忠実な従者を傷つけられたフランドール氏は、後に紅魔館のお館様を名乗り人類の敵となる事を宣言する。人里で霧雨魔理沙に殺された妖怪の仲間達はフランドール氏に賛同し、配下になる者、同盟を組む者が多数現れる。
妖怪により嫌人間運動は加熱し、妖怪が人間を殺害する事件が発生するようになる。これにより人間側も嫌妖怪運動が加熱。スペルカードルールは完全に廃れ、人間と妖怪が殺し合う殺伐とした姿へと幻想郷は逆戻りしてしまった。
すべての発端となった霧雨魔理沙はその後も妖怪殺害を繰り返し人間と妖怪の対立を煽り、幻想郷全土に悪意を振りまいた。ついにかつての親友であった博麗霊夢により幻想郷を乱す者として、神社を訪れたところを討伐される。
博麗霊夢は霧雨魔理沙の名誉を回復しようとした。霧雨魔理沙は変貌してからよく右の額の痛みを訴えていたため、頭部を負傷し脳に障害を負ったのではないかと主張したが、実際は軽い擦り傷があっただけだった。悪質な呪いを受けた可能性も考慮されたが、呪いや魔術の痕跡も見つからず、霧雨魔理沙の汚名を晴らす事はかなわなかった。
一部の者は彼岸にて閻魔様が真相を暴いてくれると期待していたが、霧雨魔理沙への怨嗟は幻想郷全土に蔓延しており、恨みの念に縛られた霧雨魔理沙の魂は悪霊となって自我を喪失し、博麗霊夢の手によって封印をされる。誰よりも事の真相を求めた巫女の手によって、皮肉にもその真相は葬られたのだ。
霧雨魔理沙の遺体は博麗神社に埋葬されたが、博麗霊夢の死後、次代の巫女が墓を取り潰し、封印も悪霊ごと破壊する事で完全に霧雨魔理沙の存在を抹消した。これにより人間妖怪双方の不満は多少解消される。
しかし長年続いた対立による怨嗟は深く、もはや霧雨魔理沙一人の始末でどうにかなるものではなかった。
魔理沙の悪意は死後も衰える事なく、今も幻想郷に蔓延している。
【 終 】
無人島の話からこういうのも書けるのは解ってましたが、それでもやっぱり色々納得いかない面が。
好みに合わないだけかもしれませんが、やはり救いが欲しかった。
魔理沙が完全に死に損ですし。
とりあえず匿名の最高点で。
持ち上げて落とす、基本ですね
途中でオチが見えてしまったのが少し残念ですが、期待したとおりのダークと言うことで100点
最近の話は中途半端な救いや蛇足な救いが多かったからよかったです
最後の落としはちょいと無理がある上に嗜虐趣味丸出しでしょう。
作者さんを貶めているとかではなく場所違うんじゃない?って意味で。
「傷つき狂った魔理沙」が出てこなかったので、ある程度は予想しましたが。
んー最悪のタイミングでってことなんでしょうね。
これを投稿なさったあなたの勇気とレパートリーの広さに敬意を表します。で、作品の感想。
たった一人の悪意で世界は滅ぼせる。幻想郷の平和ってそれくらい危うい均衡の上に成り立つものらしいですからね。
希望が残った世界と残らなかった世界。ハッピーエンドとバッドエンド。隣り合わせの割には酷く遠い。
ちょいと晴れた気持ちがどん底に叩き落された。SS読んでここまで嫌な気分になったのは久しぶりです。
そんな最悪の思いさせてくれた作品にはこの点数しかありません。大変楽しませてもらいました。
しかし読み進めていく内に、募ってくるのは失望感。人間に友好的だったレミリアを殺されたフランの怒りは妥当な物なのに、それを否定する展開。普通の魔理沙が普通の幻想郷と変わらず、殺しにかかったはずの美鈴をあっさり下す展開。大した理由も無く右へ左へ態度も立場も変える紫。ああなんだ、御都合か。また偽善的なオチか。台無しだ。そうとすら思いました。
しかし! それらが全て、最後のバッドエンドに流れ込む為の仕掛けだったとは!
普通の魔理沙は理不尽にあっさりと殺され、魂まで潰される。
狂気の魔理沙は霊夢に保護されたようですが、そもそも「お互いのテリトリーは侵さない」という不文律を無視していたような狂人が、安全な競技のルールに従うはずもなく。
2つの幻想郷にはそれぞれの未来があっても、本作の主人公『霧雨魔理沙』には徹底的して何の救いも無い。
実に御見事なダークでした。
やっぱり強引さが拭えない
パラレルワールドという設定にすることで、著しい世界観の改変やキャラクターの自由度をカバーしているものの、
キャラクターと幻想郷の関わりが希薄。
魔理沙やフランをはじめとして、極悪非道な世界観やそれに至る起因作りはいいのだけど、
「この世界観ではこのキャラクターは本当にこういう行動をするか?」という、いわば筋が通っていない所が非常に多い。
その最たるは、紫が幻想郷の治安維持を本当に真剣に考えているのかどうか疑問に思われる行動。
次代巫女の選出・紅魔館の処分・魔理沙の処分だけしか考えておらず、それらが解決された事が原因で起こるであろう二次的な幻想郷の混乱を考慮していない。
根幹を取り除いただけでは混乱は治まらない。
平たく言えば、手術で癌を取り除いただけで患者のその後のケアを考えていないようなもの。
ダーク系ストーリーは、元の世界観とのギャップをある種の醍醐味としているので、インパクトのある設定が肝というのは理解できるけど、
反面その設定やアイデアだけが先走ってしまって、実が伴わないのがほとんど。
もう少し頑張りましょう、ということで。
最後は他者の力で戻っているのに、一番最初にパラレルと入れ替わった原因が全く描写されていないからか。
投下する場所が違うというのに賛成。
多分後味が悪いだけに、微妙な不整合点が目立ってるんだと思いますが。
実力者揃いのこっちの幻想郷で狂った魔理沙がすぐに捕まらない/殺されないのが一番不自然かなぁと。
そのあたりフォローされていればもっと後味が悪くなったかと思いました。
いやー、でもこれだけ書ける情熱はすごいわ。
でも今からこの後味直しをどうしようか、困った(苦笑)
良くも悪くも魔理沙の影響は大きいのですね
不満があるとすればもっと早苗さんみたいに感情描写を深くしても良かったかと思ったり
読者を上げて落とすのがダークな話の醍醐味なのに、この話は落としきれてない。
奈落に落ちた!と思ったら30cmくらいの段差だったような感じの作品だった。
>その意味を容易に想像できるはずなのに頭痛が思考能力を奪い去る。
この段階で気付くほど魔理沙の頭は残念じゃないと思うんだけどな。
もうひとりの自分に会えない=入れ替わっている なんて仮定は神社に泊まった日に出来ていたはず。
それと、ひ弱な人間で普通の魔法使いでしかない魔理沙に周囲が翻弄されすぎ。
向こうでもこっちでも、殺されていないのが不思議でならなかった。
なぜ入れ替わりが起きたのかも解明されないままなのは残念だった。
持ち上げて落とす。基本に忠実でまんまと嫌な気分になりましたw
よくある事といえばよくある事だし、今までこうなってなかったのが不思議なくらい
でも、あらためて見直すとやっぱり胃もたれ。
泥沼持久戦よりましってことで、紫か誰かが妖怪・妖精・神とみんなみんな引き連れて地底に潜れば解決するのかなぁ
で、地上に残るは過疎の村…うわぁ
ありえない
ただそこにあるリアルを改めて描いてみましたというだけ…
救われる者などあんまり無いッ。
まあ偶然なんでしょうけど、それにしてもタイミングがいいなぁ、と。
それだけこの作品に衝撃を受けてたみたいです。
というわけで、一日遅れのコメントでした。
この辺でまたいい妹紅の話でも書いてみたらいかがでしょうか?
素晴らしいです
いやぁ、見事に希望を打ち砕かれていきました。面白いし、感動しましたし、涙も流せばむせもしました。ただ、どうしても苦手・納得出来ない部分があったんですね。まぁ、タグにも注意ありましたし、覚悟はしていましたが;ww
片やどん底から未来への希望を見出し、片や平和を壊され破滅へと転がり始める。
元は魔理沙という一人の人間の、ほんの些細な事故から起こったことが、世界そのものを不幸に落としてしまった……恐ろしい話です。
久々に読みふけりました。
あっちの世界があのまま明るい未来へ進んでいったのか
それともまた何か問題が起きて新たな負の連鎖が始まるのか
非常に興味をそそられますねえw
…万が一続きを書かれるのなら、是非とも後s(ry
疑問点を物ともさせない勢いが伝わってきてなんとも微笑ましい。
例えば魔理沙がそこまでの危険人物だったらさっさと紫が
処理するはずなのに、何故か放置されていたり。
あとラストの件が物凄くやっつけ臭い。
それまで頑張って長文書いてきたのになんで昔の
ファミコンゲームみたいなオチで終わらせるのかw
低評価つけてレート下げるのも悪いので、フリーレスで。
これを読んだ後はやっぱり平和な幻想郷が一番いいなと思えますね。
これで向こうの世界が救われてなかったらもうね……やってらんない
やっつけ仕事過ぎだろ…迷走してるな、作者殿
こんなダークなのも久しぶりに読みました。せっかくハッピーで終わると思ったのに。
それでも最後まで読んじゃったのでこの点数で。
ありがとうございました。
起承転結の起がなく、無理矢理に結を引っ付けているという印象を受けました。
言えない...)
バッドエンドだとどうしてもあら探しで批判する人が出てきますが、批判も評価の一つです。
今後も「評価」される作品を期待しています。
きっと。
こっちの魔理沙には災難でしたが…
こういった理不尽さもまた良いとは思うのです。
書き上げた作者様に乾杯!
この話が面白いのは魔理沙がヒーローなところだと思います いいヒーローとダークヒーローの二人の魔理沙
実力不足を超えて幻想郷を幸せに不幸にしたワケですから
ダークヒーローが作りし不幸にヒーローがヒーローのまま打ち勝ち、ヒーローが作りし幸せをダークヒーローがダークヒーローらしく無慈悲に蹂躙し不幸にさせ、その世界がヒーローを殺すのですから
きっとダークな魔理沙もヒーローな魔理沙の蹂躙した世界によって改心されたんでしょう
こういう理不尽系世界に平和を愛するヒーローなまま打ち勝つ魔理沙が好き
それだけに悪霊化の下りは無くすかもっと丁寧にやって欲しかった
>紅魔組はあまり実害を出してないし、ちょっと館が壊れたくらいだし
…だと?
妖精メイドたちにエロ本の場所がバレたパチュリーの被害は甚大です!
これから気まずいってもんじゃぬぇ
現実魔理沙とキチ魔理沙の世界が入れ替わったって事?
現実魔理沙がパラレルに来て
キチ魔理沙が現実に来てって事?
素敵な作品を生み出してくださり、ありがとうございました!