東風谷早苗は悩んでいた。
最近自分の信仰する二柱、即ち八坂神奈子と洩矢諏訪子が薄くなっている気がするのだ。
物理的な事ではなく、何と言えばいいのやら……そう、纏う雰囲気というか存在感というか、そういうものが薄れている気がする。
夕食の際、思い切ってその事を二柱に話してみると、
「え、何、今更?」
「ぶっちゃけるとこの状態、信仰不足だよ?」
と返って来た。
これは由々しき事態だ。
そもそも守矢神社とはロリ・少女・お姉さんを頂点とする三辺で形作られた正三角形の様なもの。
奇跡的なバランスで成り立っていると言っても良い。
しかしこのまま二柱の存在感が逓減していけば、それは少女を頂点とする二等辺三角形になってしまう。
二等辺三角形の鋭角的なフォルムも美しいとは思うが、やはり安定性に欠けるように思う。
ならばどうする、この現状を打破するにはどうすればいい。
とりあえず"三分間で信仰を集める方法"でググった。当然ヒットする訳が無い。
どうしたもんかとそのまま適当にネットサーフィンをしていると、一つのサイトに行きついた。
そのサイトのSS投稿コンテンツを覗いた瞬間、早苗の脳内を迸るナニカが駆け巡った。
『東方創想話』
これだ、これしかない。
早苗さんのそそわデビュー
「つまりですね、私がSSを書いて皆さんから多大な評価を頂戴して、それをミラクルパワーで信仰へと繋げてしまおうと」
翌朝、朝食の席で早苗は熱弁をふるった。
身振り手振りを交えながら、この結論に至った経緯を説明していく。
「お行儀が悪いよ早苗、ご飯を食べる時くらい落ち着きなさい」
「そうそう、ご飯が冷めちゃうし、食後にまた熱く語ってくれていいからさ」
「う、すみません」
二柱に注意された早苗は、ちょっとだけTPOを弁えようと思った。
こたつを三人で囲みながら食後の一服を楽しむ。
やっぱりお茶は狭山茶に限る。
早苗は濃いめの味が好きだった。
「さて……それじゃあ早苗、さっき言ってた信仰うんぬんの話をしてくれるかな」
「はい」
皆一息ついて、諏訪子が早苗を促す。
神奈子はこたつの上にあるみかんの山から一つを手に取った。
「えーと、昨日の夜にお二人の存在感が少し薄れているのは信仰不足だと聞いて、自分に何が出来るか考えてみたんです」
「その割にはあんな舐めた言葉でググったよね? ほら、検索フォームに残ってる」
「おや本当だ……って、何だいこの検索ワードは。さーなーえー?」
「い、いいじゃないですか! 先人の知恵を拝借しようとしたって!」
「だからってこの検索ワードは無いよ」
「あらら、ご丁寧にダブルクォーテーションで囲ってあるねぇ」
「もういいじゃないですか! 続けますよ!」
いつの間に持ってきていたのか、諏訪子がノートPCを開いて神奈子に見せていた。
みかんを剥いていたので神奈子はPCに触れない代わりに、剥いたみかんを諏訪子の口に放り込んだ。
というかそれ私のPCなんですけどと言いたかったが、話の腰を折るのもアレなので話を続ける。
「コホン! それで、適当にネットサーフィンしてたら面白そうな場所を見つけまして――」
「それが『東方創想話』って事かい?」
「はい、そうです。簡単に言うと、読者の皆さんから得た評価を奇跡の力で一気に信仰へ変えてしまおうという事です」
SSを読んだ人がそれに対して評価点を入れる。
それを奇跡の力で信仰へと繋げる。
早苗が考えたのはそういう計画。
しかしまぁ“奇跡の力”とは実に便利な言葉である。
「なるほど、話は解ったよ。ただねぇ……」
「早苗、SS書けるの?」
「え?」
東風谷早苗、学業成績は悪くなかったがSSに関してはただの読み専だった。
「これより第一回早苗専用そそわ講座を始める。講師は私、八坂神奈子と」
「アシスタントの洩矢諏訪子さ」
「東風谷早苗です。本日はよろしくお願いします」
お茶の間で唐突に始まったそそわ講座。
どこから持ってきたのか、いつの間にかホワイトボードまで用意されている。
上端に“第一回早苗専用そそわ講座”、そのやや左下にポイント1、ポイント2、ポイント3とあり、何やら要点らしきものも書き込まれている様だ。
その手際の良さをなぜもっと他の事に活かせないのか、早苗は不思議に思った。
そんな益体も無い事を考える早苗の前には、彼女の愛用のノートPCが鎮座している。
先程諏訪子がいじっていたものだ。
今は諏訪子が横からマウスを操作し、液晶画面に東方創想話のページが映し出された。
「さて早苗、これからそそわに投稿するにあたって押さえておきたいポイントを説明するよ」
「はい、よろしくお願いします」
伊達眼鏡をかけてスーツを着た神奈子が、早苗の正面でホワイトボードの前に立っている。
神奈子は懐から伸び縮みする指し棒を取り出すとしっかりと先端まで伸ばし、手の平をぺしぺしと叩いてリズムを刻む。
神様は形から入るのだ。
「が、その前にまずは確認だ。はい早苗、SSを書くに当たって一番大事な事って何だと思うかい?」
その指し棒を、ビシッと早苗に向けた。
神奈子はこたつを挟んですぐの場所に立っているので、指し棒の先端が物凄く顔に近付く。
良い子は真似してはいけません。
指された早苗はというと、華麗にグレイズをしながら少し考えて口を開いた。
「一番大事、ですか。うーん、そうですね……やっぱり『何をどう書くか』じゃないですか? SSの内容とコメントの関連を調べれば、どういったものが高評価を受けるかおのずと判るはずです」
「そう、今回の早苗の場合はそれでいい。目的はあくまで『信仰を得る』事――即ち『高評価を得る』事で、SSを書く事はただの手段だ」
「とはいえ、大半の投稿者は妄想を形にしたいという気持ちがあって筆を執るものだからね。SSを投稿する事が手段であり目的なのさ」
横から気の抜けた声がかかった。
こたつに入ってみかんを剥いていた諏訪子の声だ。
この神様はアシスタントをする気があるのだろうか。
外皮を剥き終わって今度は白い筋をちまちまと取り除いていたロリ神様は、唐突にカリスマオーラを出しながら早苗へと視線を上げる。
「いいかい早苗、『何をどう書くか』なんてのは本来どうでもいい事だよ。一番大事なのは私らみたいに『書きたいものを書きたいように書く』事さ」
「私らみたい? お二人はSS作家だったんですか?」
これには驚いた早苗だが、同時に納得もした。
なるほど、経験者ならばそのアドバイスは確かなものになるだろう。
今までどこか不安だったこのそそわ講座だったが、必ずやこの講座は自分の血となり肉となるはず。
「まーね。弱気攻めショタ白狼天狗と誘い受け鴉天狗の“KENZEN”SSと言えばこの私、アーノルド諏訪ルツネガーの代名詞さ!」
「そして私は壊れギャグがメインのオンバシリスト★カナ」
耐えた。早苗は二柱にツッコミたくなる衝動を耐えきった。
その精神力たるや『二点ビハインドで迎えた九回裏二死満塁、初球インローの際どい球でストライクを取られ、アウトコース低めのストライクからボールに変わる球を三球連続で見送り、体を起しに来たインハイのストレートをカットした後の第六球、もう一度アウトコースのクサイところへ投げ込まれたフォークに対して全霊を以てバットを止めた二番打者』に匹敵する。
そしてちょっとだけ前言を撤回したくなった。
本当にこの二柱の講座を自分の血肉として良いのだろうか、と。
「まあ、何が一番大事かは人それぞれ。他人に評価されたいからSSを書く者もいれば、俺の妄想を見てくれという熱いハートをぶちまける輩もいる。自分の一番がぶれなければそれこそどうでもいい」
「そうともそうとも、だから本当ならこんな物は要らないのさ」
神奈子は伊達眼鏡と指し棒を放り投げ、こたつに入ったまま諏訪子が弾幕でホワイトボードを吹っ飛ばした。
もちろん、片付けるのは早苗の役目である。
「さぁ早苗! こちゃこちゃ考える前に、一つ思いのままに書きなぐってみるんだ!」
「大丈夫! SSは友達、怖くないさ!」
そいつは尤もな事ですね。
とりあえず早苗は二柱を奇跡で以て吹っ飛ばすと、よしっ! と気合を入れて目の前のノートPCに向かってキーを叩き始めた。
その二日後の夜、早苗は東方創想話に一本のSSを投稿した。
早苗がSSを投稿した翌朝、守矢神社の二柱は縁側でお茶をすすっていた。
今日のおめざは人里の茶屋で好評販売中の草餅。
もちもちとした触感と適度な噛み応えを提供する弾力、その皮に負けないしっかりとしたコクのある甘さの粒あん。
この神社の住人全員がお気に入りの一品だ。
これが実に狭山茶に合う。深蒸しの茶ならではの渋みと色合いが実に良い。
やっぱりお茶は狭山茶に限る。
二柱は濃いめの味が好きだった。
「諏訪子、どう思う?」
草餅を口に運びながら、おもむろに神奈子が問うた。
ちょうど咀嚼の最中だった諏訪子は神奈子に手の平を向けて、一旦待ったをかける。
口の中に残った甘味をじっくりと味わい、さらにお茶を飲んで余韻を堪能してからそれに応えた。
「どうって、私も神奈子の思ってる通りだと思うよ」
二柱が話しているのは早苗の事。
この場に居ない早苗は今、ノートPCを立ち上げて自分の投稿したSSの評価を確認しているところだ。
その様子を想像して、それぞれ懐かしむ様に昔の事を思いだしていた。
「世の中そんなに甘くないってね。私も初めて投稿した時はコメントが一つも付かなかったよ」
「私だって最初は一週間経っても370点だったよ」
初めてSSを投稿した夜は中々寝付けなかった。
誤字や設定の勘違いの余りの多さに恥ずかしくて死にそうになった。
初めて100点コメントが付いた時は思わずPCの前でガッツポーズを取った。
思い付いたネタを書きあげてさて投稿しようと思ったら既に同じネタで万点を取ってる作家が居た。
初めて1000点越えた日は自分への御褒美にビールを350mlから500mlに替えた。
同期デビューの作家が三本連続で3000点超えていた。
初めて有名作家から100点貰った時は冗談だと思った。
匿名掲示板があると聞き、見に行ったら自分が称賛もダメ出しもされない空気作家でしかないと現実を突き付けられた。
初めて万点付いた時、これでようやく自分も胸を張ってそそわ作家と言える様になったと自信を持てた。
二柱にとっては他愛の無い話。
されどそこにはいくつも積み重ねてきた物がある。
本当に努力してきた者だけが持つ言葉の重みがその中にはあった。
「ま、早苗は良くて380点ってところじゃないかな」
「その10点はどこから来たんだい?」
神奈子がちらりと諏訪子を見やる。
とても山の妖怪たちから畏敬の念を受ける神とは思えない程優しげな目で。
なにせ何と返ってくるか解りきってるのだから。
そう、どうせ自分と同じ答えに決まってるのだ。
「なに、ただの親バカさ」
その答えにお互いに笑い合い、二柱は静かに茶をすすった。
そろそろ早苗がこちらにやってくるだろう。
その時はどんな風に慰めてやろうか。
ふと空を見るとどこまでも青空が広がっている。
今日はいい天気だ。風も穏やかで雲も無い。
たまには全員で遊びにでも行こうか。
廊下の向こうから忙しない足音が聞こえてきた。
さて、可愛い可愛い私たちの巫女にどんな言葉をかけてやろうか。
二柱は茶をすすりながら、そんな事を考えていた。
「お二人とも大変です! 何故かPOINTが一万を越えてますっ!」
そして噴いた。
大抵のSS作家は神の二人みたいなことになることが多いけどね。
観点はいいんだけど二度と使えないネタ+メタネタだったのでそれを差し引いてこの点数で。
さりげなく設定も上手いです
しかし神奈子様への信仰が足りないとな?ムムゥ
でも早苗さんは一体何を書いたんだろうな。気になる。
初めて100点ついたときは大袈裟じゃなくガッツポーズするよね。
誰か内容を明らかにしてくれ
創想話をそのまま縮小したような一家で楽しかったです。
苦笑いせざるを得ないw
SSをひねり出さなくとも、文々○(←伏字にならないなw)新聞の記事を転載してくれてもOK。
もしくは、早苗さんの毎日の日記でもいいやww
俺だったら間違いなく振ってるなw
そそわ講座の最初と最後で言っていることが矛盾しているのはわざと?
あと高評価なら信仰が増えて存在感が増すんじゃなかったのか