Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

メトロポリスの血の子午線 2

2019/11/19 19:53:47
最終更新
サイズ
8.43KB
ページ数
1

分類タグ


Blood Meridian of Metropolis 2


   #03 畜生界の騒乱鎮定のため臨時に派遣されし名誉ある高等弁務官・庭渡久侘歌

 講和会議以来ですね。埴輪の兵士長が私たちを出迎えて云った。我々のために骨を折っていただいて申し訳ありません。これからよろしくお願いします。
 ご丁寧にどうも。私は答えた。聖域を侵すようで気が引けますがこれも仕事です。しばらく霊長園を弁務官事務所として使わせていただきますが通知は届いていますか?
 はい。
 では案内をお願いします。
 かしこまりました。この杖刀偶磨弓、埴安神の威信にかけて賊どもから貴方たちをお守りいたします。
 ……そうでした。紹介がまだでしたね。私は翼を折りたたんで左足を半歩下げてから一礼した。――庭渡久侘歌です。このたび畜生界の辺土安定のために臨時高等弁務官として赴任いたしました。動物霊と人間霊、そして土偶兵士間の緊張緩和に要されると判断できる適切な措置の策定・審議・施行に関する総ての権限を是非曲直庁より委任されています。書類はこちらです。

 兵士長こと磨弓は受け取った書類をじっと見つめていた。見つめると云っても目玉があるわけではなく眼窩の空洞の奥にぼうっと灯った翡翠色の光があるのみだった。その光を私はまばたきせずに見返していた。以前に読んだ人間の本に喩えるなら『グレート・ギャツビー』でジェイ・ギャツビーが追い求めた霧の向こうに明滅する灯火のようなあの光に似ていた。彼女が顔を上げたので私は我に返った。

 ――それで、そちらは? 見たところ人間霊のようですが。
 磨弓は私の斜め後ろに立っている霊に視線を移した。
 私は答えた。彼は人間霊の顔役というか連絡役です。講和会議でも指摘がありましたが今回の騒動では人間霊の意向も主張もまるで自由意思のないかのごとく無視されて進められました。――ええ、そうです。仰りたいことは分かります。人間霊があまりに意気阻喪して哀れなものですからあなたたち埴輪が守ってやったと。ですが過ちを繰り返さないためにはまず当事者全員の云い分に耳を傾けなければなりません。だから彼が代表として選ばれたというまァそういった経緯です。
 ――単に読み書きができて頭がまともだからってだけの話ですよ。
 “彼”がこの場で発した初めての言葉がこれだった。私は靴のかかとでつま先を踏んづけた。彼はぎゃっと呻いて地面に転がった。磨弓はその様子を無表情に見ていた。彼女の中身ががらんどうなのと同じように何の感情もこもっていないように見えた。

   ◇

 私が最初に気づいたのは霊長園の変わりようだった。鏡のように滑らかだった石の階段は命名決闘の破壊の跡が修繕されないままに残っていて私はなんどもつまずいて転びそうになった。翼がうずくように羽ばたいた。異変以来ずっと飛行禁止区域になっているのが恨めしかった。

 事前の資料では――。私は息を整えながら云った。かつて自然豊かだった霊長園は埴安神様の力でずいぶん様変わりしたと聞きました。でもこうして見ると――。
 磨弓が云う。……元に戻りつつある、と。
 ええ。周縁部では草花が生えていますし追い払われたはずの虫の霊も戻っています。
 おまけに破壊の跡はそのまんま。“彼”が後を継いだ。ここに集まっていたはずの人間霊たちもあれだけいた埴輪の兵士団もいない。こりゃ霊園というよりも廃墟ですね。

 私はよほど奴を階段から突き落としてやろうかと思ったが息切れでそれどころではなかった。日頃の運動不足が祟っていた。
 磨弓は否定も反論もしなかった。ただぽつりと呟いた。
 ……私はもう、兵士ではありません。
 彼女の腰からは埴輪を模した剣が失われている。

 私は何も云えずに磨弓の横顔を見つめていた。
 そして気づいた。
 頬のところに小さなひび割れがあった。

   ◇

 今回はまったく災難ですね。お互いに。
 ソファに座って淹れたての珈琲を飲みながら奴は云った。で私はライティング・デスクに腰かけて書類の整理を進めているところだった。
 やることは山積みだ。

 書類に目を通しながら私は話に付き合ってやった。
 ……災難、とは?
 乗り気でない任に就かされてやりたくもない仕事をさせられるってことです。
 じゃあいつでも辞めてくださって結構ですよ。畜生メトロポリスの復興工事は引く手数多です。なんなら斡旋もできるかもしれない。地下鉄工事など如何ですか。
 ご冗談を。肉体労働なんて私には合わない。それに今や武器を捨てた土偶兵士たちがきりきりと各地で復興作業に尽力しているではないですか。講和会議の取り決め通りですな。今後偶像が量産されれば我々人間霊はもちろん動物霊の連中も働く必要がなくなる。まったく夢のような世界です。
 嬉しそうではありませんね。
 彼はカップを机に置くとソファの背もたれに両腕を乗せて一丁前に足を組んだ。まるでどこぞのマフィアの大幹部みたいなくつろいだ姿勢だった。

 私は溜め息をこらえて部屋を見渡した。元々は埴安神袿姫の書斎。今は臨時高等弁務官事務所。肩書きはご立派。実際のところは厄介事の押しつけ。指示は曖昧。求められる結果は厳格。マニュアルはない。引き継ぎもない。ないない尽くしでどうしようもない。
 唯一の救いは埴安神とかいうお騒がせさんが読書好きだったこと。そして動物霊は本には価値を見いださず霊長園のマジック・アイテムばかりを接収したということだ。ここでは暇さえあれば品の好い書斎で優雅に読書に親しむことができる。
 ……暇さえあれば。

 ――我々はかつて畜生どもに奉仕することで価値を認められた。奴は語った。次に神が創りたもうた偶像を信仰することで価値を保証された。ところが今はどうだろう。人間霊は宙ぶらりんの状態に置かれている。有能な偶像が提供されたことで動物霊はすでに我々を必要としていない。敗北して辺境に追放された神様は我々を見捨てた。そのようして私たちはいわば“無用者階級”となったわけだ。史上初だ。人間はここにきて初めて経済面だけでなく生物学的にも無価値になった。
 ずいぶんな講釈ですね。生前はさぞ立派な弁士だったことでしょう。
 …………私には生前の記憶がありません。
 彼は口調を元に戻して云った。姿勢もお行儀の好いものになっていた。
 そうなのですね。まァ死者には珍しいことではありませんが。
 ええ。靄がかかったように思い出せないのです。いったい如何なる罪やら悪徳やらを重ねてこのような辺土に堕とされてしまったのか。……もしかして庭渡さんは私の生前の実像を知っていらっしゃるのではないですか?
 私は長い間を置いてから云った。……ええ、存じています。
 ですが教えることはできない、と。
 できません。
 分かりました。
 それから彼は押し黙って書斎を見渡した。私もそれに倣った。価値のありそうなものを根こそぎされた霊長園はまるでめぼしい部品をあれこれ抜き取られた車のエンジン・ルームのように寂しげだった。

 あの兵士長、もとい元・兵士長さんは――。奴が口を開いた。どうやらここの管理を完全に放棄しているようですな。魔法は失われ機器は稼働を停止した。文字どおりの古墳になりつつある。それはそれで趣はあるかもしれません。しかしこれでは観光用に保存された戦場跡のようです。
 あるいはその方が好いのかもしれません。私は答えた。今回の騒動の発端は人間霊を一カ所に集めてしまったこと。ならばここには必要最低限の人員だけを残して各勢力の緩衝地帯にしてしまったほうがいい。何と云ってもここは畜生界の中心に位置しているのですから。
 まさに、ですな。膨張する国家と国家の生存圏がぶつかるときはじめて戦争は起こる。ゆえに大国と大国の間には不運な小国をひとつ挟んでクッションにしたほうがいい。高速道路で貨物トラック同士のあいだに軽自動車を挟むようなものですな。
 ……大げさな表現ですが、まァそういうことだと思います。
 だからこそここは廃墟のままにしておくべきだと?
 …………そうですね。

 賛成です。大賛成です。奴はなんどもうなずいた。……ただ、そうなりますと気の毒なのは杖刀偶さんですな。あれではお飾りの抜け殻だ。主人と引き離された挙げ句に武器まで奪われ……、待っているのは寂寥とした古墳でいつ終わるともしれない留守番とは。ここは“がらんどう”です。空っぽだ。ちょうど外にいる埴輪たちのように。
 ずいぶんな云い草ですね。あなたも一時期は埴安神たちに救われたでしょうに。
 それは違います。私は神にも偶像にも帰依しませんでした。他の連中とは一緒にしないでいただきたい。
 ――あなたを大使に選んだ上の判断を呪いたくなってきましたよ。
 仕方がありません。さっきも云いましたが読み書きができるまともな人間霊が私しかいなかったんです。そもそも外にいる人間霊は畜生界に堕とされるような欲深い者ばかり。救ってやる必要なんてないのですよ。埴安神も埴安神だ。お人好しなのかそれとも信仰さえ得られれば何でもいいのか。
 なんて傲慢な。
 ですが彼らを救おうとしたからこそ今回の騒動は起こったわけでしょう。

 私は不承不承ながらうなずいて奴を見た。以前は他の人間霊と同じぼろ切れを身にまとっていたが今は特派大使として直庁から支給された紺のスーツを着こなしている。きっちり締めたネクタイとさりげなくはみ出させたハンカチーフはこのような場所ではむしろ狂おしいほど鼻についた。あまりにエリート然としすぎているからだ。丸い金縁眼鏡もいちいち視線を誘う。いっそ叫喚地獄に放り込んでやりたくなる。
 私は万年筆の先端をがじがじと噛んでいた。行儀の悪さに気づいて慌てて筆を置いた。そしてぐっと羽を伸ばして深呼吸してから仕事を再開した。

   ◇

 思えば使命感に燃えて水際防衛作戦の指揮を買って出たのがすべての間違いだった。異変で人間たちと対峙したのも彼女たちを危険から遠ざけるためだ。そうした利他と善意の行動の数々が裏目に出て一本の紐帯として縒(よ)り合わされ私をこんな最果てまで連れてくる羽目になったのだ。
 私はいま直庁のなかで、あの騒動にもっとも詳しい重要人物になってしまっていた。


~ つづく ~

 ここまでお読みくださり感謝いたします。本当にありがとうございました。
 個性的なキャラクター達をたくさん書くことができて嬉しいです。

--------------------------------------------------
 以下、コメント返信になります。

>>1
 今回もお付き合いくださりありがとうございます。
 苦労性の久侘歌さんに独りぼっちになってしまっている磨弓さん。
 二人の心情を丹念に追いかけていきたいですね。

>>2
 ご読了感謝いたします。ありがとうございます。
Cabernet
http://twitter.com/cabernet5080
コメント



1.i0-0i削除
更新お疲れ様です!
くたかちゃんが苦労性で可愛いです。磨弓ちゃんの(きっとくたびれ切った)心境が書かれる日が楽しみ。
込み入った事態の全貌が明らかになるのが待ちきれない。続きを楽しみにしています。
2.奇声を発する程度の能力削除
続きが楽しみです