Blood Meridian of Metropolis: Ex.2
#Ex.02 あるいは西部の夕陽の赤
夕陽を背にして草食獣の集落に突き進んでいくその集団は逆光で漆黒に染まっておりさながら地の果てから生まれいづる死神の隊商のようだった。川辺で水浴びをしていたメス達が立ち上がり何事かと身体をこちらに向けたが今ごろ気づいたのでは遅すぎた。最初の一斉射撃で草が薙がれるように何匹かが撃ち倒され生き残った者は喉笛に喰いつかれて派手に鮮血を散らした。
先頭の集団はそのまま集落の反対側まで全速力で駆け抜けて火を放ったあと反転して包みこむように一帯を封鎖した。差しかけた枝木に泥を塗り固めただけの粗末なテントから老体の獣が子どもといっしょにまろびでてきたが山刀の一撃で頭を割られ脳漿をまき散らし不可逆に混ざり合って川に流れこみカエルの卵のようなどろどろの溜まりを作った。槍を持った戦士が雄たけびを上げながら立ち向かってきたがその勇気は蛮勇に似ていて人間の火器で武装した肉食獣の集団の前にはあまりに無力であり事実として彼はその直後にライフル銃で頭の後ろ半分を吹き飛ばされ勇壮な雄たけびはその発生と同じく唐突に断ち落とされた。
弾を無駄にするな。早鬼の怒鳴り声が轟く。逃げる奴に銃は使うなよ。歯向かう奴だけ撃ち殺せ。
汗や垢が染みて元の色を失っている白地の布を括りつけた枝を振りながら老体の獣がいちばん大きいテントから出てきた。それはつい数日前まで早鬼たちを金で雇い集落の用心棒をさせていたはずの長老であり彼は戦闘の停止を金切り声に近い叫びで訴えたがそもそもそれは戦闘ではなく虐殺であって襲撃者は一度決めたことはどんな障害があろうとも踏み越えて殺戮の限りを尽くすことで今まで生き残ってきたアウトローであり襲われた時点で総ては手遅れだった。長老はその場で膝を突いてジェノサイドの嵐の通過をただ見届けるしかなかった。
八千慧の役目は逃げてきた住民を待ち伏せて手当たり次第に撲殺することだった。焦げ茶色のオーク材の棍棒に鉄鋲を打ちこんだ凶器を手に草むらに隠れ近づいてきた足音めがけて思いきり振りぬいた。棍棒は寸分違わず脛の骨を打ち砕き哀れな鹿は悲鳴を上げながらどうと横倒しになった。素早く身を起こしてのしかかった八千慧はためらうことなく三回痛撃を加えて頭蓋骨を的確に砕いた。頬に飛び散った成分を拭うことなく立ち上がった八千慧は次の獲物を探して視線を走らせ得物を振り上げて疾走した。
最初の一分で殺戮は集落全体に広がった。すでに多くのテントに火が放たれ狂ったように泣き喚きながら逃げ出した草食獣の集団は統率がとれておらず得意の逃げ足も覚束ない有り様でありそれ以前の問題として逃げ道は既にすべて塞がれ残る道は降伏するか川に飛びこむかのどちらしかなかった。ひざまずいて命乞いする者はその場で首を刎ねられ川に飛びこんだ者は背中を狙い撃ちにされた。あるテントに遺棄されていた二匹の赤子を抱えたコヨーテはそれらの両足首を持って天高く振りあげ川辺に転がる手ごろな石めがけて卵のように柔らかいその頭を思い切り叩きつけた。赤ん坊の顋門(ひよめき)からぺしゃあという音とともに脳と成分がぶちまけられた。
川辺はまるで水難事故でも起こったかのように夥しい数の獣の死体で埋め尽くされ流された成分と臓物で川の水は真っ白に染まってべしゃべしゃになっていた。西部の血のように赤い夕陽に照らされて水面に浮かんだ泡は奇妙なほどに綺麗な薄桃色だった。肉食獣たちは死体を川から引き上げると解体用の刃が反り返ったナイフで皮を剥ぎ内臓を抜き去り肉を選り分けた。剥ぎ取られた皮はおぞましい虐殺の光景とは好対照を為すかのように愛おしささえ感じられるほどの丁寧な職人技で取り去られていた。まるでこの世の皮という皮は肉体の一器官などではなく最初から剥ぎ取られるのを運命づけられており今この瞬間まで待ちぼうけていたんだぞと主張するかのようだった。焼け残ったテントの支柱に差しかけられて干されている皮の葬列が風にたなびいて虐殺の終わりを静かに寿いでいた。
◇
生き残った長老の眼前に立った早鬼はリボルバーの銃口を額につきつけた。
長老は夢心地のように瞳を濁らせており言葉も曖昧だった。ただ何故だという言葉だけは聞き取れた。
何故もクソもないだろ。早鬼は答えた。お前が約束の報酬を出し渋ったからだ。私らが荒野の七人よろしく正義の味方を気取って用心棒をやるとでも思ったのか? 外敵を追い払ったら笑顔で握手してハイさよならと? だとしたらとんでもない勘違いだったな。最初で最後の高い授業料だ。報酬は然るべきときに然るべき相手に然るべき敬意を以て支払うべしってな。来世があったらせいぜい役立てろ。
長老を撃ち殺すと早鬼は彼の頭皮を剥いでベルトから吊った針金に通してぶら下げた。
各々が解体作業を続けるなか早鬼が煙草を吸いながら銃のメンテナンスをしていると八千慧が歩いてきた。成分のしたたる棍棒を手に薄ら笑いを浮かべて隣に立つとじっとこちらを見下ろしてきた。早鬼は笑みひとつ返さずにどうしたと訊ねた。
……私も銃が欲しいですね。
どんなのが好いんだ。
散弾銃を。
お前にはまだ早い。
でも欲しいんです。
誤って仲間を撃ちそうだからなお前は。
手元が狂うことはありません。今回だってちゃんと敵を殺しました。それこそ何匹も。
奴らは敵じゃない。ただの獲物だ。
獲物と敵はどう違うのです。殺すのに変わりはないでしょう。
その違いが分かってないから私はお前に銃を渡せないんだ。あるいはお前はどんな格上あるいは格下の相手だろうと殺るときは見境なく殺っちまうのかもしれんがね。
今までそうすることで私は生き残ってきましたしこれからもそうでしょう。
手段を選ばないってわけか。
ええ。
それもひとつの生き方だ。だからこそ銃は渡せんがね。
……分かりました。
銃のメンテナンスを終えて輪胴を戻すと早鬼は立ち上がり八千慧のあごを親指と人差し指で挟んだ。八千慧が口をうっすらと開いて血色の悪い唇が何かしらの言葉を形作ったかのように見えたがそれは気のせいだった。早鬼が血にまみれた薬指の腹で八千慧の唇をなぞっていくと真っ白な口紅が乱暴に線を残していった。
早鬼は訊ねた。……お前はいま何を考えてる。
あなたを出し抜く方法です。
正直に云え。
云いましたよ。
出し抜くなんて生易しいもんじゃないだろ。
八千慧は雪のように白く染まった唇を歪めてみせた。
――あなたという存在を踏みにじる方法です。
その言葉を聞いて早鬼はようやく笑った。
今夜、――私のテントに来い。
分かりました。
要請じゃないぞ。命令だ。
分かってますよ。
血は洗い流しておけ。
了解。
~ つづく ~