Blood Meridian of Metropolis 6
#07 レッツ・ロックンロール
白い塗装に“オオカミ電工 ~ みんなの町の便利屋さん”とポップなフォントで横書きされたそのワンボックス・カーには武装した動物霊の一団が乗りこんで煙草を吞んだりスキットルからコーン・ウィスキーを舐めたりと思い思いに過ごしていた。驪駒早鬼は座席を回転させて運転席に背中を向けて座っており愛用のダブル・アクション・リボルバーを指に馴染ませるかのように何度も握りなおしていた。
驪駒様。助手席に座ったオオカミ霊が振り返る。あと三分です。
早鬼はうなずいて部下たちに視線を走らせた。それを合図に彼らは各々の得物を取り出して弾薬の装填を始めた。ショットガンには熊撃ち用のスラッグ弾が込められ短機関銃には先端にくぼみが空けられて貫通力と引き替えに衝撃力を向上させた弾丸が詰められる。最後の一人が安全装置を解除したところで早鬼は唇を結んで鼻から深い息を漏らした。そして足を組んで座った姿勢のままテンガロン・ハットを被り直して云った。
……念のため確認だ。吉弔の情報が正しければ連中は三階建ての小汚いビルに事務所を構えてる。クーガー班は外で待機。コヨーテ班は横の非常階段から。私とハイイロ班は正面から堂々と表敬訪問する。三時のおやつには遅い時間だが眠気覚ましにはぴったりだ。せいぜい出来たての熱い珈琲をプレゼントしてやれ。
早鬼は首からさげている装飾品を手に取った。そこにはオオカミやコヨーテ、ハイイログマといったかつての同胞たちが遺した牙が数珠のように紐を通されて鈴なりになっていた。早鬼はその内の一本に指を触れさせた。
――私たちはフロンティアからの同志をまたひとり喪った。
オオカミやコヨーテたちは目を伏せて黙祷の意を示した。
早鬼は続ける。……連中のような雑魚どもからではとても贖いきれないほどの血が流されちまった。だがケジメはケジメだ。私たちに楯突いた報いはしっかり受けてもらわなきゃならない。――お前ら、卑怯者どもに思い出させてやれ。開拓時代の血の味をな。
散弾銃の先台や機関銃のコッキング・レバーを引く音が車内に木霊した。
◇
車から降りた勁牙組の面々は急ぐこともなく悠々と裏通りを歩いた。ビルの周囲には人影がなく正面入口は防弾仕様のシャッターが下ろされており緑のランプが灯った監視カメラがこちらを見下ろしていた。早鬼はカメラに向かってウィンクをひとつくれてやるとシャッターの前に立って右足を持ち上げ自慢の蹴りをお見舞いしてやった。その一撃は鋼鉄製の障害物をふかふかのパンケーキか何かのように易々と吹き飛ばして中で談笑していた動物霊たちを巻きこみながら反対側の壁に突っこんだ。
薙ぎ払え。
早鬼の号令と共に勁牙組が並べた銃口が一斉に火を噴いた。ビルの中にいた者たちは反撃する余裕さえなく次々と薙ぎ倒され壁に白い成分がぶちまけられた。早鬼は右手を振って銃撃を止めさせた。砲火が止むと辺りは静寂に包まれ動くものといったら傾いて半ば落ちかけた電灯や粉々になって舞っている紙切れくらいなものだった。
早鬼は左右の腰からホルスターをぶら下げておりどちらのリボルバーもグリップを前に向けて収めたキャバリー・ポジションだった。彼女は手首を返して逆手に二丁の拳銃を抜くと長い黒髪を風になびかせながら颯爽と歩き始めた。ハイイロオオカミの一団がその後に続く。夕陽を背にして歩いている勁牙組の一団の救いようがなく真っ黒で細長い影が悪夢のようにビルの一階に差しかけられた。そして彼女たちは床に転がっている動物霊の頭部に二発ずつ銃弾を撃ちこんでとどめを刺した。例外はない。
オオカミ霊は肺が一杯になるまで血の臭いを吸いこむとひとつ咳払いした。
二階を制圧しましょう。
私が先頭だ。
しかし驪駒様。
なんだ危険だって云うつもりか。
ええまあ。
ハッ。かすりもしないさ。
そう話しているあいだにも二階からは怒鳴り声やどたどたと駆けまわる音が転がり落ちてきた。早鬼は天井に視線を向けて笑みを深めると先頭に立って階段を上がり始め狼たちも後に続く。途中で叫び声を上げながら踊り場からニシキヘビ霊が飛び出してきたが早鬼の早撃ちで脳幹と脊椎を粉砕されて昏倒した。彼のひょろ長くて柔軟性に富んだ胴体はダリの「記憶の固執」の絵画で描かれた金時計のようにとろけ崩れて階段を伝い落ちた。手にした機関銃は一発も撃たれることなく役目を終えた。
二階の上り口は防火扉で閉鎖されていたが早鬼はこれも蹴りの一発で吹き飛ばすと呆気にとられている爬虫類の頭をリボルバーの炸裂弾で吹き飛ばした。それと同時に廊下の反対側からコヨーテ霊たちが突入して手近な会議室のドアを蹴り開けると短機関銃で室内を掃射し始めた。
――お前は私と一緒に三階だ。
オオカミ霊がうなずく。
残りはこの場を制圧しろ。
早鬼とオオカミ霊は三階に辿り着いた。書庫に給湯室、そして組長室。給湯室に一匹潜んでいたがオオカミ霊は一瞬で臭いを嗅ぎ分けて指でさし示し早鬼はうなずいて暖簾ごしに三発撃ちこんだ。それで充分だった。早鬼は室内を一瞥することさえしなかった。
組長室は書庫の隣にあった。オオカミ霊はまず書庫に誰もいないことを確認すると間取りを確認し壁の厚みを目測した。それから早鬼の合図で組長室のドア錠のシリンダーに散弾銃のスラッグ弾を撃ちこんですぐに離れた。途端に室内から応射があり次々と放たれた銃弾はドアを食い破って巣を荒らされたスズメバチのようにぶうんとうなりながら反対側の壁紙に喰いこんだ。オオカミ霊はすかさず発射位置の大体の目星をつけて壁越しにありったけのスラッグ弾を見舞ってやると応射は止んだ。
早鬼は三度(みたび)ドアを蹴破って組長室に躍りこんだ。
室内にはすでに二つの死体が転がっており机の向こうにミシシッピワニ霊の姿があった。彼はこちらが姿を見せたとたんに発砲してきたが早鬼は瞬時に腰を落として限界まで姿勢を下げて銃弾をかわした。そして机の脚と床の間の空隙から覗いているワニの右足に向けて一発撃った。炸裂弾は過不足なく力を解放して彼の足首を吹き飛ばし鱗が部屋中に飛び散った。ワニはたまらずに転倒しながらも怒号を上げながら銃撃を再開しようとしたがその時にはすでに早鬼は彼の腕を踏みつぶしていた。
ミシシッピワニ霊の胆力は驚異的で彼は一矢報いようと生き残った腕や足や尻尾やらをばたつかせて抵抗したがその度に早鬼は容赦なく踏みつけて四肢の骨を的確に砕いていった。ベテランの外科医のように効果的で無駄がなく余計な傷跡も残さない。ただ再起不能にするためだけに研ぎ澄まされた暴力。脇で見物していたオオカミ霊が持参したタバコを一本吸い終えるころには気の毒なワニは電極を刺されたカエルのように痙攣するだけの肉塊と化していた。
“驪駒様になら踏まれても好い”って云い張ってたドMなオオカミ野郎が以前いたんですが……。オオカミ霊がワニを見下ろしながら云った。そいつには是非ともこの有り様を見せてやりたいもんですね。
――祭りはお開きだ。早鬼は片方の腕力だけでワニの襟首をつかみ上げて云った。まだ意識があるなら答えろ。弱小の分際でうちの組員と吉弔の店を吹き飛ばしたのは何が目的だ。計画も杜撰なら後始末も杜撰。そこらの郵便配達員に金をつかませてやらせたほうがまだマシだ。こんな体たらくで私らを出し抜けるって思ったのか? ナメられたもんだ。
…………。
お前とこうして感動のご対面を果たすために貴重な時間を無駄にしたし必要以上の流血を見る羽目になった。正直頭にきてるしおまけに疲れてる。知ってることをぜんぶ話せ。それがこのクソみたいな辺土でお前が遺すことのできるせめてもの足跡だ。
……これで何もかも終わったと思うなよ。ミシシッピワニ霊は血まじりの痰を早鬼に吐きかけて云った。俺たちだけじゃない。ありとあらゆる組織がお前らの首を狙ってる。いつまでも玉座にふんぞり返っていられると思ったらそれこそ大間違いだ。きっと近いうちに――。
早鬼は眼光を鋭くして右腕に力を込めた。今や二百キログラムは優に超えているはずのワニの巨体は床面から浮き上がっていた。
“お前ら”だと? 早鬼は呟いた。私だけでなく吉弔もか。そりゃ聞き捨てならないな。トーテツはどうでもいいが吉弔は――。
ワニが薄ら笑いを浮かべる。……今のうちに首まわりを清潔にしておけよ。てめェらが命乞いをする姿が見られないのが残念だ。
早鬼はワニを床に叩きつけた。その衝撃でフロアタイルの床は盛大な音を立ててひび割れ破片が散乱した。
ひとつだけ云わせてほしいんだがね――。早鬼はオオカミ霊から散弾銃を受け取った。そしてテンガロン・ハットの折れ曲がったつばを人差し指と親指の腹でつまみながら云った。――私はお前らの抱えてる事情なんてどうでも好いんだ。所詮は弱肉強食の畜生界。弱い奴から消えて強い奴が生き残るってただそれだけの話だ。とにかくアドバイスしときたいのは“おこぼれに預かりたいならそれに応じたつつましい範囲に留めとけ”ってことだ。この助言はお前にはもう役に立たんだろうが他の組織のやんちゃ坊主どもにはお前の死体を通じてしっかり伝わることを願うよ。
それから早鬼は引き金を引いた。
~ つづく ~