春も穏やかな日差しの中で、師と弟子は茶と団子を味わっていた。
「師匠。何故団子を、わざわざここまで食べに来たのですか?」
「ふむ。良いか、妖夢。生きること、それ即ち鍛錬じゃ。自らを高め白玉楼を守る為、儂らは日々の鍛錬を怠るわけにはいかない。判るな?」
「はい」
その返事に、満足そうに妖忌は言葉を続ける。
「刀使いにとって、大事なのは足じゃ。それを鍛える為、団子一つとはいえ、このような場所まで歩むことにしておる」
「な、なるほど」
完全に納得したのか、と訊かれると首を傾げるが、あまりに堂々と重々しく口にされたので、気圧されて妖夢は頷いてしまった。
「生きるといっても、生きるには必要のないこと、自らを高めるためには邪魔なものもある。それを行わず、道を踏み外すことなく生きることが大事なのじゃ。判るな」
「はい、師匠」
欲に溺れず、本能に流されず。そういう言葉だと、妖夢は胸に刻んだ。
「そうじゃ、ここの店主に渡しておくものがあった」
「え?」
そう言うと、妖忌は懐から金を取り出す。それはかなりの額であり、団子屋に払うような金額ではない。
「な、なんですかそれ」
「これかの。何、気にするな」
気になります。妖夢の目がそう語っていたが、妖忌は妖夢に待っていろと言い残し、店の中へと入っていった。
そして、しばらくすると普通な顔をして現れる。
何かを訊きたいものの、訊いて良いものか計りかね、妖夢はうずうずと師の顔を窺うことしかできなかった。
「何、気にするな。眠っている友への、ささやかな気持ちじゃ」
「ね、寝ている」
妖夢はその言葉に、何かとても重いものが込められているように感じた。
「まさか、その友人って」
口にしてから、言うべきじゃないと思い直し、慌てて口を塞ぐ。
「古くからの知り合いでな。今ここで働いている小僧の祖父に当たるのじゃが……はて、もう共に競い合い、何十年経つのやら」
師の言葉に、悲哀はない。だからこそ、妖夢は胸を僅かに痛めた。
「すみません、師匠!」
「何を謝るか」
「……すみません」
それでも、妖夢は小さくそう呟いた。
そんな妖夢の頭を撫で、妖忌も呟く。
「何事も、果てがあるものじゃ。じゃからな、悔いなきよう生きろよ、妖夢」
「はい」
「その身が朽ちる時、無念などは残さぬよう生きろ」
「はい!」
師匠のその言葉に、不覚にも涙が溢れた。
「泣く奴があるか……ほれ、団子を食え。茶を飲め。これが生きるということじゃ」
「はい、師匠」
妖忌は、自分の団子を一本妖夢の皿に乗せた。
やがて妖夢が落ち着き、お茶と団子が空になると、妖忌は空を見上げて呟いた。
「さて、妖夢。刀使いに大事な鍛錬はなんじゃと言うたか?」
「え? あ、足です」
妖夢がそう答えると、妖忌は笑う。
「そうじゃ。では、足腰の鍛錬を始める。遅れるなよ」
「え?」
次の瞬間、座っていたはずの妖忌は前のめりに倒れつつ飛び出し、凄い勢いで駆けだしていた。
「し、師匠!?」
驚きながらも姿勢を整え、妖夢も妖忌に続く。妖忌が全力ではなかったので、なんとか横に並ぶことができた。
「ふむ、良く反応した」
満足そうに妖忌が歯を見せて笑うと、次の瞬間後から稲妻のような声が響く。
「あ、あぁ!? またかっ!」
「……また?」
背後から聞こえる、敵意を孕む声。それに、妖夢が首を傾げる。
「妖忌の爺さんがまた食い逃げしたぞっ!」
「えぇぇぇぇぇ!?」
今の現状を理解すると、妖夢が絶叫した。
すると、食い逃げを叫ぶ孫の声をスタートの合図に、飛び出してくる老人。
「あんなろっ、ようやく食い逃げした分を七割近くを払ったと思ったら!」
スプリンターの様に飛び出してくる老体。その速度は歳を感じさせず、むしろ空を裂く矢のそれに似ていた。
「……えっ、食い逃げした分」
そして、粘り着くように耳に残る言葉。
その言葉を噛み締め、妖夢は理解をする。
「ま、まさか、さっきのお金って!」
並走する師に、自分の確信をぶつける。これが肯定された場合、あのご老人が「眠っている友」ということになる。
「今までのツケじゃ」
かっかと、悪びれず笑う。騙されたと気付いた妖夢は、怒る気力さえ奪われてしまった。いや、言葉では騙されていない。妖夢がただ勘違いをしただけなのだ。妖忌の思惑通りに。
「な、な、なっ……」
眠っているとは、まさにそのもの、ただ昼寝をしていただけのことであった。
「待て、妖忌! それと、その食い逃げ二代目!」
「に、二代目!?」
不本意な、そして何より屈辱極まる呼称が聞こえてくる。
「師匠! 何故こんな恥さらしな真似を!」
半ば本気で怒る妖夢。
「言ったじゃろ、生きるのに必要でないこと、自らを高めることに必要のないことは行わぬと。食うことは必要じゃが、金を払うことは、さて、生きることに必要か?」
「なっ!?」
ここに、詭弁極まる。
ニッと笑う老獪の表情に、妖夢はこの一瞬、自分でも理解のできない数多い感情を抱いた。そして、表情が抜け落ちる。引き攣る頬を残して。
「ほれ、叫んで転んでも知らんぞ。転んで捕まれば、儂とお前の料金分、ただ働きじゃ」
そう口にしたと思うや、妖忌はその速度を上げ、途端弟子の視界から消えていってしまった。
「し、師匠ぉぉぉぉ!」
愛弟子の声を耳に入れつつ、師は不敵に笑う。
ちなみに、追いつかれるに饅頭一つ。追いつかれぬに饅頭一つ。白玉楼での、妖忌と幽々子の賭けである。果たしてどっちがどっちに賭けたのかは判らない。ただ唯一の事実は、妖忌が二つの饅頭を食べたことくらいである。
妖忌爺さんなにやってんのw
こんな爺ちゃん大好き。
凄く笑えましたw
こんな妖忌も良いですね^^
ストレスとは無縁だろうなこの爺様w
元気すぎるwwww
楽しい作品ですね。
オフィシャルよりもこちらの飄々とした妖忌さんが大好きです。