ちゅんちゅん。
春先の太陽光が私の顔を優しくなで、私は、心地よく夢から目覚めることができた。
朝だ。それも、とびきり快適な朝。
気だるい気分を少しだけ心の中に抱いたまま、私は上半身をそっと起こす。
幸いなことに、同じベッドで寝ている咲夜は、今の私の動作でも起きなかった。
かわいらしく、微笑を浮かべてさえいるようにみえる。
おはよう。
私、紅美鈴は、愛しい彼女を起こさぬように、そっと心の声でそう呼びかけた。そして、この夢世界の住人に顔を近づけ、額にそっとキスをする。
それでも彼女は目を覚ます様子はない。
ふと、ベッドのすぐそばの白枠の窓を見る。
紅魔館のメイド長の好みであるヴィクトリア調の装飾をした出窓の外で、小鳥がさえずっているのが、窓にかかった白いレース越しに見ることができた。目を凝らすと、風にそよぐ木の枝の上で、すずめが二羽、かわいらしく縄張り争いをしているようであった。
この家は私の所有物だが、窓も、このレースも彼女にコーディネートしてもらったものだ。おかげで、家全体が品のいい英国風の家として仕上がっていた。そう、紅魔館のメイド長が制服のままここに来ても、ごく自然に、平然と生活し、寝泊まりできるくらいに。
やはり英国風のベッドから足を下ろす。
毛布が持つ暖かな空間から、名残惜しいけれども私は体を引き抜いた。ベッドの下に足を垂らす。
下の下着しかはいていない私の肢体を、心地よい程度の冷たい空気がさわやかに包み込んでいった。
どこからともなく吹く緩やかな風が、両素足の間をすり抜けていく。
何も着ずに寝ている咲夜が風邪を引かないよう、はだけた毛布をそっと彼女の上に覆い被せる。
私は薄緑色のスリッパを履き、音を立てないように四歩だけ、静かに前進した。
丸テーブルに二つの椅子。どちらも木材の本来の美しさを引き立たせる、木目調だ。
これも、実は私が選んだものではなかった。
片方の椅子にハンガーごとかけてある、糊のほどよくきいた、真っ白なブラウスに腕を通していく。
パリッとした感触が心地よい。糊の具合も、完全に私の好み通りだった。
彼女がかけてくれるアイロンは、いつものことながら完璧だ。
そう、私はかつてのチャイナドレスを着なくなっていた。
きっかけははっきりと覚えている。
私がこの家――紅魔館の敷地に隣接した、二人ですむのに最適な広さの私の家――に住み始めてからだ。
メイド長の彼女と相談をして、ある程度衣装をそろえることにしたのだ。
「違いますお嬢様。美鈴が私の服装を真似したいっていってきたんです」
と、ここまできて、私の回想に、顔を真っ赤にしながら必死に怒る彼女の思い出が割り込んできた。
まあ、実はそういうことだ。衣装が変わったのは私だけ。彼女のメイド姿は、以前とまるきり変わりない。
ただ変わったのは、彼女が自分のブラウスをアイロンがけをする時に、私のサイズのそれを同時にプレスするようになったこと。
ようは、私が彼女のとおそろいにしたかったのだ。細部は異なってはいるが、私のその願望は今、ある程度は実現していた。
「なんで私がこんなこと」といいつつも、今日に至るまで、彼女のアイロンがけはいつもパーフェクトだった。
そんなことを思い出すだけで、私の唇は喜びの感情で緩く変形する。
ああ、これが幸せという感情なのだろうか?
私は不意に、思い切り深呼吸して、私の体内にあるこの心地よい何かを、あたりの空気いっぱいにのせて辺り一面に拡散したい気持ちになった。
「ん~……くっ」
思い切り背伸びをすると、思わぬ声が漏れた。
真っ白なティーカップに新鮮な牛乳を入れ、カップを恐る恐る唇へ近づける。
いつもの日課だけれども、相変わらず、西洋の食器は少し使いづらい。
けれどいいのだ。彼女が使いやすい物なのだから。
中の液体をからにし終えたとき、ベッド内の気が変化した。
私が微笑みながら視界をそちらに向けると、ちょうど咲夜が体を起こしたところで、まだ眠そうな瞳で、焦点を宙に浮かせたまま呆けた様な表情をこちらに向けてきたのだった。
「おはよう、咲夜」
私はとびきりの笑顔を、起き抜けの彼女に向けた。
そう私に呼ばれた彼女は、喜悦の表情を浮かべ、うれしそうに挨拶を返す。
「で、その『咲夜』の相手をし続けてたらいつの間にか昼になってたと」
「実はそうなんですよ咲夜さん。決して寝坊した訳じゃ」
紅魔館の正門、太陽が無情にも真南から私達二人を照らす。
メイド長、咲夜さんはため息をついた。毎度の事ながら、平身低頭する私の事をどう思っているのかな。
「遅刻も勤務態度もだけど。とりあえず、貴方が飼ってる猫に『咲夜』と名付けるのはやめて」
「えー。でも、あの子は自分の名前を完全に覚えちゃってますし」
「私の名前と区別がつかないじゃない」
「大丈夫ですよ。咲夜さんは咲夜さんですし、咲夜は咲夜ですし」
そしたら突然、咲夜さんに両手で口をふさがれた。
「そう、咲夜さくやって呼び捨てで連呼しないで。恥ずかしいじゃない」
瀟洒な咲夜さんは、再度大きなため息をついた。
「まったく。制服のアイロンがけまで私にさせて。このままじゃ、私は貴方の寝起きの時間管理までしなくちゃいけなくなるんじゃないかしら」
「できればお願いしたいですねー。っていうかいい加減一緒に住みましょうってば。晩ご飯も一緒、歯磨きやお風呂とかも私の家で一緒にやってるのに、寝る時だけは、咲夜さんは紅魔館のメイド長部屋で、ってのは咲夜さんも大変じゃないですか。せっかくベッドも二人で寝れるダブルを用意してるのに」
瀟洒なはずの咲夜さんは、いきなりグーで私に殴りかかってきた。
「うっさいばか! もうしらない!」
そういって、ぷりぷりと怒って背中を見せた咲夜さんは、あきらかに激怒しているが、私の心にはどう見ても可愛らしく愛しい感情しか巻き起こってこなかったのだった。
春先の太陽光が私の顔を優しくなで、私は、心地よく夢から目覚めることができた。
朝だ。それも、とびきり快適な朝。
気だるい気分を少しだけ心の中に抱いたまま、私は上半身をそっと起こす。
幸いなことに、同じベッドで寝ている咲夜は、今の私の動作でも起きなかった。
かわいらしく、微笑を浮かべてさえいるようにみえる。
おはよう。
私、紅美鈴は、愛しい彼女を起こさぬように、そっと心の声でそう呼びかけた。そして、この夢世界の住人に顔を近づけ、額にそっとキスをする。
それでも彼女は目を覚ます様子はない。
ふと、ベッドのすぐそばの白枠の窓を見る。
紅魔館のメイド長の好みであるヴィクトリア調の装飾をした出窓の外で、小鳥がさえずっているのが、窓にかかった白いレース越しに見ることができた。目を凝らすと、風にそよぐ木の枝の上で、すずめが二羽、かわいらしく縄張り争いをしているようであった。
この家は私の所有物だが、窓も、このレースも彼女にコーディネートしてもらったものだ。おかげで、家全体が品のいい英国風の家として仕上がっていた。そう、紅魔館のメイド長が制服のままここに来ても、ごく自然に、平然と生活し、寝泊まりできるくらいに。
やはり英国風のベッドから足を下ろす。
毛布が持つ暖かな空間から、名残惜しいけれども私は体を引き抜いた。ベッドの下に足を垂らす。
下の下着しかはいていない私の肢体を、心地よい程度の冷たい空気がさわやかに包み込んでいった。
どこからともなく吹く緩やかな風が、両素足の間をすり抜けていく。
何も着ずに寝ている咲夜が風邪を引かないよう、はだけた毛布をそっと彼女の上に覆い被せる。
私は薄緑色のスリッパを履き、音を立てないように四歩だけ、静かに前進した。
丸テーブルに二つの椅子。どちらも木材の本来の美しさを引き立たせる、木目調だ。
これも、実は私が選んだものではなかった。
片方の椅子にハンガーごとかけてある、糊のほどよくきいた、真っ白なブラウスに腕を通していく。
パリッとした感触が心地よい。糊の具合も、完全に私の好み通りだった。
彼女がかけてくれるアイロンは、いつものことながら完璧だ。
そう、私はかつてのチャイナドレスを着なくなっていた。
きっかけははっきりと覚えている。
私がこの家――紅魔館の敷地に隣接した、二人ですむのに最適な広さの私の家――に住み始めてからだ。
メイド長の彼女と相談をして、ある程度衣装をそろえることにしたのだ。
「違いますお嬢様。美鈴が私の服装を真似したいっていってきたんです」
と、ここまできて、私の回想に、顔を真っ赤にしながら必死に怒る彼女の思い出が割り込んできた。
まあ、実はそういうことだ。衣装が変わったのは私だけ。彼女のメイド姿は、以前とまるきり変わりない。
ただ変わったのは、彼女が自分のブラウスをアイロンがけをする時に、私のサイズのそれを同時にプレスするようになったこと。
ようは、私が彼女のとおそろいにしたかったのだ。細部は異なってはいるが、私のその願望は今、ある程度は実現していた。
「なんで私がこんなこと」といいつつも、今日に至るまで、彼女のアイロンがけはいつもパーフェクトだった。
そんなことを思い出すだけで、私の唇は喜びの感情で緩く変形する。
ああ、これが幸せという感情なのだろうか?
私は不意に、思い切り深呼吸して、私の体内にあるこの心地よい何かを、あたりの空気いっぱいにのせて辺り一面に拡散したい気持ちになった。
「ん~……くっ」
思い切り背伸びをすると、思わぬ声が漏れた。
真っ白なティーカップに新鮮な牛乳を入れ、カップを恐る恐る唇へ近づける。
いつもの日課だけれども、相変わらず、西洋の食器は少し使いづらい。
けれどいいのだ。彼女が使いやすい物なのだから。
中の液体をからにし終えたとき、ベッド内の気が変化した。
私が微笑みながら視界をそちらに向けると、ちょうど咲夜が体を起こしたところで、まだ眠そうな瞳で、焦点を宙に浮かせたまま呆けた様な表情をこちらに向けてきたのだった。
「おはよう、咲夜」
私はとびきりの笑顔を、起き抜けの彼女に向けた。
そう私に呼ばれた彼女は、喜悦の表情を浮かべ、うれしそうに挨拶を返す。
「で、その『咲夜』の相手をし続けてたらいつの間にか昼になってたと」
「実はそうなんですよ咲夜さん。決して寝坊した訳じゃ」
紅魔館の正門、太陽が無情にも真南から私達二人を照らす。
メイド長、咲夜さんはため息をついた。毎度の事ながら、平身低頭する私の事をどう思っているのかな。
「遅刻も勤務態度もだけど。とりあえず、貴方が飼ってる猫に『咲夜』と名付けるのはやめて」
「えー。でも、あの子は自分の名前を完全に覚えちゃってますし」
「私の名前と区別がつかないじゃない」
「大丈夫ですよ。咲夜さんは咲夜さんですし、咲夜は咲夜ですし」
そしたら突然、咲夜さんに両手で口をふさがれた。
「そう、咲夜さくやって呼び捨てで連呼しないで。恥ずかしいじゃない」
瀟洒な咲夜さんは、再度大きなため息をついた。
「まったく。制服のアイロンがけまで私にさせて。このままじゃ、私は貴方の寝起きの時間管理までしなくちゃいけなくなるんじゃないかしら」
「できればお願いしたいですねー。っていうかいい加減一緒に住みましょうってば。晩ご飯も一緒、歯磨きやお風呂とかも私の家で一緒にやってるのに、寝る時だけは、咲夜さんは紅魔館のメイド長部屋で、ってのは咲夜さんも大変じゃないですか。せっかくベッドも二人で寝れるダブルを用意してるのに」
瀟洒なはずの咲夜さんは、いきなりグーで私に殴りかかってきた。
「うっさいばか! もうしらない!」
そういって、ぷりぷりと怒って背中を見せた咲夜さんは、あきらかに激怒しているが、私の心にはどう見ても可愛らしく愛しい感情しか巻き起こってこなかったのだった。
猫だと解るところまでが少し冗長に感じました。
見事に騙されたんだけどこちらを幸せな気分にさせる、そう、試合に負けて勝負に勝った的な印象を
俺に抱かせた作者様の器の大きさに惚れそうだぜ。
そうそう、後書きで触れているように我慢は体に悪いですよね。
つまり、ショーツ一枚の裸体に白いブラウス、ボタンは全開又はおへそ辺りの一箇所だけ留めている、
そんな美鈴が頭上で両手を交差(当然左手で右手首を握った状態)させて「ん~……くっ」と背伸びしながら深呼吸。
するとどうなる? 幻想郷で一、二を争うそのおπが、そのお牌が……っ!
みたいな妄想も我慢しなくていいんだよね? そうだと言ってよ作者様!
>>わいらしく縄張り争い
かわいらしく?
誤字発見
>大陽が無情にも
太陽
しかしラストの咲夜さんも猫だとは、にやにやがとまらねぇ