人間の里にある大手道具屋『霧雨店』の一人娘、霧雨魔理沙。
彼女は今、その実家の前にいる。
夏の容赦の無い熱気に見舞われながら、古寂びた家を無心に見ているのであった。
家と言う店と言う実家。
風化され、熟練された雰囲気を醸し出しているその家は、嘗てのどうしようもない思い出を呼び起こす。
両親との対立。
魔法に対しての食い違い。
そして絶縁。
家のベランダに干されているタオルが風に煽られて、一部が破けて宙に舞った。それは自由に踊りながら、やがて魔理沙の足元に落ち着いた。
「フン」
魔理沙は嫌味たっぷりにタオルの破片を踏みにじり、残骸に痰を吐いた。
口の中が途端に虫が這う様に疼いた。舌で掻き混ぜて、誤魔化そうとする。
実際、効果は無かった。
大きな黒い帽子を目深に被り、一つ咳払いをする。
夜の街灯が怪しげに点滅し、辺りを一時的に眩ました。
その他にも光が微かに見える。
そこを見ると、どうやら子供達が花火をやっているようだった。
噴射花火やロケット花火、線香花火。
色とりどりの光に魔理沙が思ったのは、嘗ての思い出。
父と母とでやった線香花火。
誰が一番長くもつかで競い合った。
結局その日は夕立の激しい雨に遭遇し、断念した。
儚い思い出。
「...........入ろうかな」
魔理沙は霊夢に促されてここまで来てしまったのだった。
偶にはご両親に顔を合わしてくれば、と言われたのでつい来てしまった。
玄関前に咲いている一輪の花を掴み取り、花占いを始める。
「入る。入らない。入る。入らない。入る。入らない。入る。入らない。入る」
結果入る。
でも入らない。
いや、入れない。
入ろうとしてるのだけれど入れない。
正直後悔している自分がいる。
なかなか踏ん切りがつかずに、ゴミ捨て場からの異臭が甚だしい中、うずっと右往左往しているのだった。
それは初恋の相手に告白するか否か迷ってる年頃の乙女の様なものだった。
その時、目の前の戸が勢いよく開いた。
地味とも言い難い服を纏い、相変わらずの金髪を靡かせている。
まだ若々しさが残っている魔理沙の母が目の前にいた。
「あら。魔理沙やないの。おかえり」
魔理沙はもう既に母に手を取られて家の中に入っていた。
魔理沙が家を出た時と中の状況や外見は殆ど変わらない。強いて言えば母の皺が増えたぐらいだ。
母の趣味の紅茶は相変わらずヒマラヤ山脈の様に連なって棚の上に置かれている。
アリスの家にある紅茶とは一つもかぶってないが。
そこに母が魔理沙に紅茶を持って来て、テーブルの上に置いた。
母は魔理沙の向かいに腰を下ろした。
魔理沙はまず自分から仕掛ける事にした。
「アイツは?」
「仕事。遅くなる言うとったわ。また飲み会でぎょうさん飲んで来るんやろ。知らんけど」
ここで魔理沙が言う『アイツ』とは『父親』である。
昔から酒に溺れていたので次第に父と言う意識が魔理沙から薄れてきていた。
尤も今は会うことすらままならない状態なので尚更である。
今はもう萃香や文という大酒豪に出会ったから少し後悔していた。他にもこんな酒飲みが居るのかと。
ところで、魔理沙に一つ疑問が浮かんだ。
「母さん。何で関西弁なの?」
先程、殆ど変わっていないと書いたが、『ただ一つを除いて』変わっていない、がこの場合適切であると思われる。
母が関西弁を話すことなんて一度もなかった。ましてや、関西に行ったことすら無いのに。
家族旅行は言ったことが無い。そんなに裕福な家庭では無かったのだ。
家族旅行に行くお金があっても、紅茶か酒に使われていただろう。
ただ、今魔理沙は母の口調がどうしても気になった。
だから思い切って聞いてみたのだ。
「趣味やねん。嵌ったんよ。関西弁に。知らんけど」
思いの外あっさり返事が帰って来た。
母はよく趣味を見つけては一時期嵌ってすぐさま冷める。こんな事がしばしばあった。
魔理沙の記憶の片隅にはこんな思い出がある。
母が英語に嵌って、会話途中にちょこちょこ英語を挟んで喋るのでかなりムカついたことだ。
『ソーリー。今日のディナーはクッキングタイムにバーニングして見た目がパーフェクトブラックになっちゃったセイ!』
こんな感じであった。
「趣味って.........何かオバちゃんみたいだぜ」
「アンタも男口調やしええやん。人はある小さな出来事で人柄変わるっちゅうし」
「そんな事聞いた事も教えられた事も無いぜ」
「まあ気にせんといて紅茶飲み。ごっつ美味いで。高い買い物やって、大事に味わって飲みぃや」
「んじゃ、御言葉に甘えて」
いつもアリスの家で飲む様に少し上品を装って紅茶を啜る。
「うおっ、アリスの紅茶より美味しい」
「せやろせやろ!」
口の中いっぱいに広がった紅茶の旨味が、魔理沙の頬を溶かし落とそうとした。それ程美味しかったのだ。
悔しいが、お世辞でもなくアリスの紅茶より美味しい。
「そや、魔理沙に聞きたかった事あんねん」
「な、なんだよ、そんなににやにやして」
母が喜色満面の笑みを浮かべながら魔理沙に訊いた。
これはまたいやらしい事を訊いてくるな、と魔理沙は思った。
「霖之助さん。元気にしてはるん?」
「まあ、あんまり外出ないけど元気にしてるんじゃないか」
「どういう関係なん? 今」
さっきの笑みを倍増させて母が訊いて来た。
関西弁で話すと途端に饒舌になる。
魔理沙は関西弁に畏敬の念を抱いた。
同時に関西には絶対に行かないと誓った。
「ほらあれやろ? ここで昔働いとって、そろそろお年頃の男女。互いに意識とかせぇへんの?」
「別に。最近会わないからな。ただの友人だぜ」
「つまらんわなぁ。もっとこう、あんなことやこんなこととかやっとるんちゃうの?」
「そんなこと妄想したくもないし、やりたくもねぇよ」
「んもう照れちゃって。かわええなぁ魔理沙」
テーブル越しに母が魔理沙の頬を人差し指でツンツンとつついてきた。
「ちょっ、やめろよ母さん!」
「魔理沙。アンタ化粧始めたん?」
母のつついた指先に化粧が施された証が付着していた。
少し恥ずかしかったので魔理沙は首だけ縦に動かした。
「まあまあまあまあ、いつのまに大人になっちょって」
「霊夢だってしてるぜ。この歳になれば普通だって」
「ホンマ見ないうちに成長しよって。母さん泣きそうやわ」
ポロポロと母が涙を流し始める。
数滴の涙が母の飲んでいた紅茶に落ちた。
何と言う喜怒哀楽。
「おいおい泣くなって」
「スマンな。歓喜余ってついな」
これが親なのか、と魔理沙は思った。
絶縁したはずの子が成長しただけで、泣くものなのか。親にとって子供とはそんなにかけがえのない存在なのか。
魔理沙は単純に母が自分のことを思っていてくれていることが嬉しかった。
アリスとは何か違う暖かさ。
母と言う大きな器は、到底アリスとは比べ物にならない程に優しく、なにより自分を思っていた。
なんで絶縁なんかしたんだろう。
そんなことを思う程、魔理沙は母に会えた事が嬉しかった。
でも、父には心を開こうとは思わなかった。
「霊夢ちゃんやアリスちゃん元気なん?」
「アリスに関しては何とも言えないが、みんな元気だぜ」
「ホンマかぁ。会いたいわなぁ」
「会わんでいい会わんでいい」
母が立ち上がって紅茶を台所へ戻しに行った。
「夕御飯はええんか?」
「もう食ったよ。時間見てみろよ」
午後二十三時頃。
お外は真っ暗。
「もうこんな時間なん?」
「私はもう風呂も入ったし御飯も食べたし」
「風呂入ったに化粧したんか?」
ギクっと弱点を突かれた魔理沙が適当に誤魔化す。
「足湯足湯。足だけ浸かったんだぜ」
「じゃあ一緒に入ろうや。昔思い出すわぁ」
「入らん入らん絶対入らん」
「じゃあここに泊まるんか?」
「いや帰る」
「何でここに来たん?」
「まあ、偶にはええかな思うて」
魔理沙が自分の口をバッと塞ぐ。
関西弁が伝染ってしまった。
関西弁恐るべし。
「魔理沙ぁ~。アンタすっかりツボったんちゃうの? かわええなぁ魔理沙。えぇ?」
「う、五月蝿いんだぜ!」
「ほらぁほらぁ~。顔真っ赤やでぇ。茹でダコか! 言うてぇ~」
「五月蝿い!!」
母が完全に調子に乗り始め、この後も魔理沙は揶揄われ続けた。
魔理沙が近づいて来る母の顔をぐいぐい押し返しても、笑って揶揄い続けた。
魔理沙もつられて、ずっと笑っていた。
魔理沙はこの時気付いた。
母は私のことをずっと聞き続けている。疑問符をふんだんに使い、積極的に魔理沙の事を知りたいと言うことが、手にとる様に判った。
午前零時二十五分。
来た時にいた花火親子はもういない。
点滅し続けていた街灯はもう完全に消えていた。
「今日はいろいろとサンキューな」
「また遊びに来いや。霊夢ちゃんとアリスちゃんと霖之助さんに宜しくな。勿論他のお友達にも。あと...........」
「あと?」
一つの間をおいて母が言った。
真っ直ぐに魔理沙を見つめてながら。
「あの時は絶縁って言ったけど、魔理沙は私のたった一人の娘。いつでも遊びに来ていいのよ。」
真剣な表情で母が標準語で魔理沙に言った。
愛する我が子に告げた最後の言葉だった。
魔理沙は右頬を流れる涙を隠す為に帽子を深めにかぶった。
母に自分の涙を見られたくなかったからだ。心配させたくないと言う意味もあったのかもしれない。
冗談半分で来たのに、涙が止まらない。
そんな自分が、魔理沙は悔しかった。
そして玄関に置いてあった箒に跨って、飛び行く先を見ながら右手で『じゃあな』とジェスチャーして飛んで行った。
「行ってもうたな」
母は思った。
何で私は正直に言う事が出来無かったのだろう。
魔理沙の知っている父親はもう居無い、と言う事を。
本当は気付くと思った。
この家自体が店なんだから、魔理沙の知っている父親は仕事に出る必要は無い、と言う事を。
言おうと努力した。
魔理沙の知っている父親とはもう離婚した、と言う事を。
何で言えなかったのだろう。
何で伝えられなかったのだろう。
何で自分に正直になれなかったのだろう。
母は思った。
魔理沙に悲しい顔をして欲しくなかったから。
魔理沙と楽しく話し続けたいと思ったから。
愛する娘が可愛かったから。
それが普通の母親。
それが魔理沙の母親である私。
「ごめんね、魔理沙」
母は右頬に流れる涙を拭いながら、玄関に戻って行った。
強いてあげるとするなら霖之助って半人半妖だから魔理沙と年が離れているのでは?(自信がないけど)
間違っていたら申し訳ありません。
ま、それを打ち消す程の関西弁。
母は強し……ですね。(いろいろ)
あの魔理沙でさえついていけへん……ハッ!
と、まぁサクッと読めて良かったです。
原作のエッセンスを踏みにじる最悪のSSです
関西弁は、だいたい合ってる。
>歓喜余って
感極まって?
阿求の本も霖之助の本もちゃんとあるんだからさ
ってか、離縁して出てくなら母親の方だろうよ
このSS割と気に入ってしまったので 余計に。
あと 関西弁はおかしい部分は多分ありませんが逆に違和感です。趣味でネイティブ大阪のおばちゃん並の関西弁を話せるとか何者か。
ただ、やっぱり離婚したなら出て行くのは母親のほう?ちょっと違和感を感じました。