Coolier - 新生・東方創想話

アリスの憂鬱

2010/09/26 23:20:37
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 五、
 
 月の無い晩だった。深い、深い森の奥。私はそこに立っていた。眼前には、あの金髪の彼女がいる。彼女は、私が一歩進める度に、じりじりと後ずさりし、涙を流して怯えた。私はそれを茫然と眺めていた。顔を歪める彼女を前に、笑うでも無く、悲しむでも無く、ただ無心で眺めていた。まるで、興味のない演劇を見ている様だった。今更何も思う所など何も無い。有る筈も無かった。或いは、これから始まるのだという、予感のみがあった。
 ――がさり。近くで野兎か何かが跳ねた。その音に驚いた彼女は、思わず木の根に躓いて、尻から地面に落ちていく。衝撃は少しだけ地表を揺らし、頭上の木々をざわつかせた。恐怖に歪む彼女の顔が、握る刃物の表面に映し出されている。
「お、お前ちょっと変だぜ。何かの冗談なんだろう?」
 ……それは、とても不自然な光景だった。到底、私の知る彼女では無い。ますます私の知らない彼女になっていく事が、私の心を僅かにかき乱した。
 ――軽蔑した。憎悪した。何も無い無間の闇に放ってやりたかった。そこからなら、私たちはやり直せると思った。
「や、やめてくれよアリス。どうしちゃったんだよ……」
 声が震えていた。あの、明るく爽やかだった彼女の姿はどこにも無い。ただ喚くだけの人形。だから違う。こんなモノは彼女では無い。もう、こんな彼女は要らなかった。
「さよなら――」
 月の無い闇に、『魔法使い』の鮮血が散った。
 私たちの間にあった障害は、全て取り払われた。

 そうして私たちは、ようやく愛し合ったのだ。




 四、

 彼女が、あの人と付き合っているのを知ったのは、本当に偶然からだった。買い物帰りに偶々立ち寄った演劇場から、彼女とあの人が親しげに出てくるのを見つけたのだ。見間違いなどでは無い。あの黒い帽子は、間違いなく彼女のものだった。
 ……関係無いと思った。彼女には彼女の生活がある。私が踏み入る事でも無いと思っていた。それでも、私の中で産まれた小さな波紋は、何時しか大荒れの津波となって、私の心を覆い尽くした。
 私はとうとう直に聞いてみる事にした。
「……そっか。ばれちゃったか。別に隠すつもりは無かったんだけどさ。何となく気恥ずかしくて……」
 そう言う彼女の頬は、みるみる内に紅く染まっていった。彼女のその態度は、既に彼女たちが深い繋がりにある事を、如実に教えてくれていた。それを見た私は、説明の付かない、奇妙な喪失感を覚えていた。
「もう、長いの?」
「いや、最近だよ。ごめんな。アリスにもちゃんと言っておくべきだったよな」
「別に気を遣わなくてもいわ。それよりおめでとう。私は貴方の恋を応援しているわ」
 私は、自然とそんな言葉を口にしていた。実に空虚な言葉だ。自分の言葉では無いみたい。事実その言葉に私の意志など入っていなかった。
 でも、私は分からない。自分の気持ちが分からない。私は何を恐れ、何に不安を抱いているのか。……そばにあった人形を引き寄せる。苦しい。胸が苦しい。その日から私は、彼女の事ばかりを思うようになっていった。

 そうして私と彼女は、事あるごとの衝突するようになった。彼女のすること全てが、いちいち癇に障る。ただ隣で食事するのも嫌だ。私はわざと彼女を避けるようになり、会話も次第に減っていった。彼女もそんな私の異変に気付いたのか、なるべく私と同じ空間には止まらない様にしていた。しかし、そんな彼女の気遣いさえ、今の私には憎らしく思えたのだ。
 ある日のことだ。庭に傘を出して本を広げていた私に、箒を持ったままの彼女が話しかけてきた。
「アリス、最近お前変だぜ。何か悩みでもあるのか」
「何でも無いわ。それより今は忙しいの。そんなことでいちいち話し掛けないでくりる?」
「何だよ。こっちは心配して言ってるのに」
「だから、何でも無いって言ってるでしょう? ねえ、あなたは何様? 私の家に寄宿しているだけの分際で、余計な事を考えないで」
「アリス……。――いや、悪かった。そうだよな。余計なお世話だよな。私はただの居候だもんな」
 ……どうして、こんな言葉を使ってしまうのだろう。初めは確かに彼女の事が嫌いだった。邪魔ものとしか思っていなかった。でも、何時の間にか私は、彼女に惹かれていったのだ。思いは愛情に、そして今、憎しみへと変わろうとしていた。その心境の変化に、彼女以上に戸惑っているのは、他ならぬ私自身だった。

 翌朝、決定的な事件が起こった。

「アリス。私はもう、この家を出ていく事にするよ。あの人がさ、一緒に住もうって言ってくれたんだ。アリスだって、私が何時までも側に居ちゃ迷惑だろう? だから私、その話に乗ろうと思うんだ」
「……」
 声も、出なかった。まるで理解できない。どこか遠い国の、知らない言語に聞こえた。意味などは無い。ただの音として、ただ音律としてのみ聞こえていた。
 だが、そんな状態も長くは続かない。言葉の意味は、否応無く私の頭の中に入り込んでくる。理解が増すに連れ、次第に私は恐怖を覚えていった。
「明日の朝、ここを出るよ。急な話になっちゃってごめんな。その、見送りとかは別にいいからさ」
 私たちの、心と心の間には、確かに距離があった。私がいくら求めても、思いが届く事は無かったのかもしれない。のれんに腕押し。柳に風。結局、私の一人相撲だったのだ。
 それでも、私は求め続けた。いつか私たちは一緒になれる。私には確信があった。それは曖昧で不確かで、靄のようなものかも知れない。だけど、疑いようがなかった。信じていた。信じたかった。
 だから私は、彼女の言葉を否定した。拒絶した。認めたくなかった。発言の真意を別に探そうとした。違う。こんなの嘘。でも、彼女は撤回しなかった。ただ静かに微笑んでいる。絶望に落ちていこうとする私が見たのは、彼女の澄んだ瞳だった。あまりに綺麗で。あまりに希望に満ちていて。私は例えようもない恐怖を感じたんだ。
「今まで有り難う、アリス。歩む道は違うかもしれないけど、私達は同じ魔法使いだ。これからもお互い頑張ろうぜ」
 何故、彼女はこんな事が言えるのだろう。何故こんな、心からの笑顔が出来るのだろう。私には分からなかった。私には彼女の行為が理解できなかった。ただ、もう完全に離れてしまったのだということだけは、深く理解していた。
 そしてまた私は戯言を紡ぐ。
「そうね。今までありがたう。安心していってらしゃいな」
 もういい。もう手遅れだ。私の物にはならない。だったら、手に入らないならいっそ……。
 私はその晩、彼女を裏庭に呼び出した。




 三、
 
 彼女のホームステイが始まった当初は、それは大変だった。そもそも彼女は遠慮という言葉を知らない。勝手に私の部屋に入って来るし、使わないでと言ってあったキッチンを使って、勝手に調理を始める事もある。
 いや、彼女は悪い人間では無い。それは分かる。でも、私には私の生活スタイルがあって、その中に彼女の存在を組み込むには、相当な時間が掛かった。私とは何もかも正反対の様に思えた。もう出ていって貰おう思ったことも、一度や二度では無い。勝手気ままに動く彼女を、私は煩わしく思うようになっていた。
 
 変化が訪れたのは、ある冬の晩の事だった。外での仕事が長引いて、私は真夜中に帰る事になった。雪の降る冬の空気は、室内で暖められた僅かな温もりさえ容易に奪い、途端に私の体は凍え始める。首や耳など露出している部分だけでなく、バッグを持つ右の手も、手袋越しに冷たくなった。体の節々を刺す様な痛みが襲い、徐々に感覚が無くなっていく。
 ……いくら私でもこれは堪える。憂鬱な心持をなんとか奮い立たせ、私は寒空の下を歩いた。家で待つ彼女は、もうベッドの中で眠っているだろう。そんな事を思っていた。
 私は、町の出入り口にある古びた街灯の下で、うずくまっている少女を見つけた。
「……遅いぜアリス。もう少しで天国が見える所だった」
 そこに居たのは、何とあの彼女だった。私を待っていたのだろうか。彼女の唇は、色を変えて紫色になったいる。私は、どう答えればいいか分からず、その場に立ち尽くした。彼女は、いつも通りのおどけた口調で笑っていた。
「何やってんのよ、アンタ……」
「マフラー忘れてったろ。帰りに困るだろうと思って探してたんだけどな。どこに居るのか分かんなくて……」
 それで彼女は、こんな所で待っていたのか。そう言えば、私は寒がりだからマフラーが手放せないのだと、そう彼女に言った事があったのを思い出す。まさかそれを覚えていて、マフラーを忘れた私を迎えに来たのだろうか。
 そんなの、携帯にでも電話すれば済む話なのに。こんな雪の夜に、私を待つ理由なんて、どこにも無いのに。なんて馬鹿だ。馬鹿で間抜けで、底なしのお人好しで……。
 私は、もう冷えてしまった彼女を背負うと、今来た道を折り返した。
「まったく、魔法使いが聞いてあきれるわ。こんなに冷たくなて。余計な手間が増えただじゃないの」
「うん? どこに行くんだ。帰るんじゃないのか」
「いいから来なさい。近くに知人の家があるわ。頼み込んで泊まらせてもらう。私はいいとして、アンタは早く温めないと死ぬわ」
「そうか。そいつは困ったな。せっかく特性スープを用意していたんだけどな」
「……馬鹿。勝手にキッチンを使わないで言ってるでしょう」
 私は、彼女を背負ってとぼとぼ今来た道を引き返した。会話も少ない。ただ、道を照らす街灯の明かりを見ながら、私は不思議に温かなものを感じていた。
 そうして案の定、私たちは二人揃って風邪を引いたのだった。

 その日を境に、私は彼女に惹かれていった。不器用だけど、とても温かい心を持っている。私はそれを知って、彼女を預かった事を、急に誇らしく思えた。
 あるホームパーティの時のことだ。
「へぇ。アリスって料理も出来たんだな。いっつも簡単なものしか作らないから、てっきり下手なのか思ってたよ」
「何を言ってんだか。少なくともアンタよりはマシなつもりよ」
「いや、うん。美味いよ。本当に美味い」
「……ありがと」
 彼女は、私の友達とも、すぐに皆に打ち解ける事が出来た。さっぱりした彼女のことだ。その自然体な姿の彼女を、皆が受け入れるのに時間はかからなかった。それどころか、劇団員をやっている友達などは、彼女をスカウトしたいと言い出す始末だった。
 楽しいホームパーティだった。皆で飲み、食べ、おしゃべりに花を咲かせた。今日の主役の彼女は、輪に囲まれて質問責めにあっている。狼狽える彼女を、私は愛おしい様な心持ちで眺めていた。どんなに彼女のことを知ったって、私以上に彼女を知るものはいない。そんな些細な優越感が、私の心を満たしていった。
 不意に彼女が私に話しかけてきた。
「な、なあアリス。あそこの車に寄りかかって煙草吹かしているの、誰だ?」
「え? ああ彼ね。私の古くからの知り合い。変わり者で有名だわ。……何よ、私に男友達が居たらおかしい?」
「うーん、まず友達が居ることにビックリだな」
「うっさい。ほら、次の料理運ぶからアンタも手伝って」
 しかし、そう言って促すも、彼女は、一人黄昏る彼に視線を送り続けていた。もう一度呼び掛けると、彼女はいつもの彼女に戻っている。
 ……まさかとは思った。でも、気になった私は、一応釘を打っておく事にした。
「好きになっちゃ駄目よ? 私も狙っているんだから」
「……え? そ、そうなのか。アリスに色恋沙汰とは驚いたな」
「アンタ、さっきから失礼過ぎ」
 その時の私は、別段不思議とも思っていなかった。私は、あの夜の彼女を知って浮かれ上がっていたから、他のことが目に入らなかったのだ。大事になってからでしか、彼女がその時苦笑いをした意味を、理解する事が出来なかった。私はまだ、彼女の異変に気付かずにいた。 




 ニ、

 都心を抜けるハイウェイを飛ばしていた。照り返しでキラキラと光るテムズ川を横目に眺めていると、対向車線からの大型バスとすれ違う。グリニッジ国際宇宙港からのシャトルバスだ。腕時計に目を遣ると、宇宙時間11:05を示していた。もうあまり時間が無いらしい。私はさらにアクセルを踏み込んだ。
 車は快調だった。資産家だった祖父が、私の誕生日祝いにくれたこの車。正直、センスの欠片も感じない車だったが、贅沢を言っていられる身分でもない。せいぜい有り難く使わせて頂く事にしよう。今日は、その祖父の知人の子を迎えに行くことになっていた。なんでも、此方でのホームステイ先を探してしていた所、祖父から私の事を紹介されたらしい。私より少し年下で、性別は女。出身は火星との事だった。
 ……正直、あまり気の進まない話ではある。私は元々一人で居るのが好きだし、他人に自分のプライベート空間を提供するのは、やはり抵抗がある。だが、早くに亡くなった両親の代わりに、大学やら何やらで色々世話をしてくれた祖父の頼みだ。そうそう無下にも出来ない。
 もう一度時計を見た。何度見てもタイムリミットはギリギリ。深夜過ぎまで小説の執筆をしていた為、うっかり寝過ごした。だが、初対面の子にいきなり失態を見せるのは、私のプライドが許さない。私は、より一層アクセルを踏み込んだ。

 そうして、ギリギリセーフでたどり着いた空港に、しかし、それらしい女の子は居なかった。祖父も一緒に来ている筈だが、その姿も見えない。どうしたものかと、ふと、巨大な電光掲示板に目を遣ると、私の腕時計が1時間ほど進んでいるのに気付いた。
 ……失敗した。どうやら早くに着き過ぎたらしい。
 約束の時間までにはまだ余裕があったので、私は、空港のロビーにある喫茶店で新聞を読んで過ごす事にした。今度、有名な演劇団がこの町に訪れるらしい。そんな記事を流して読みながら、ホットカフェに口を付ける。向かいのガラス壁を見ると、巨大なスペースシップが飛び立っていくのが見えた。テーブルの足を震わす轟音と共に、舟は青空に白雲を描いて飛んでいく。見れば、その下の滑走路には、既に火星からの船が止まっているのに気付いた。私は、飲みかけのカップを置テーブルに残して、待合ルームに向かう事にした。
「――やあ、早かったじゃないかアリス。待ったかい?」
 待合ルームで暫く待っていると、叔父は直ぐに現れた。いつもと同じ陽気な叔父に、本当にこの人は歳を取らないなと感心する。そのまま二、三言葉を交わすと、祖父は、さっそく噂の彼女を紹介した。祖父の後ろで金髪が揺れる。
「……」
 私は、つい息を飲んでしまう。綺麗な女の子だった。私と同じくらいの背格好。少しウェーブのかかった金髪に、はっきりとした目鼻立ちが特徴的だ。丸い金色の瞳に、少し上がり気味の眉が、彼女に快活な印象を与えている。
「よう。あんたがアリスか。これからよろしく頼むぜ」
「え? ……ええ、そうね。こらちこそ宜しく」
 彼女は、初めての人間に対してとは思えない程、砕けた口調で私に言った。私はある意味、毒気を抜かれた様な思いだった。
「同じ魔法使い同士だな。仲良くやろうぜ」
「……?」
「何だ、知らないのか。女は誰しも魔法使いなんだぜ?」
「ぷっ、何よそれ?」
 私はおかしくなって、思わず吹き出してしまう。不思議な子だと思った。初対面なのに、私が緊張しない。……うん。この子なら大丈夫かも知れない。私は何故か、彼女となら一緒に居ても平気な気がした。
「ああ、そうだ。自己紹介がまだだったな。そう。私の名前は……」

 ……それが私と金髪の少女、――『ミッシェル』との出会いだった。




 一、

 待ち合わせ場所に指定された古櫓(ふるやぐら)の下は、いつも通り人で賑わっていた。ある者は友と。ある者は家族と。ある者は恋人と。何かと待ち合わせ場所になる事が多いここでは、親しき者との逢瀬を喜ぶ人間の笑顔で溢れている。私は、そんな彼らに温かい祝福と、または殺意の視線を持って送り出していた。
 その時、アリス・マーガトロイドこと私は、大いにご立腹だった。
 ……大体、魔理沙の奴は何時もこうなのだ。約束を取りつけたのはアイツの方なのに、意図も簡単に忘れてみせる。分かっていた事とはいえ、何だってこの私が、残暑厳しい秋晴れの中で、二時間も待ち続けなきゃならないんだ。あの白黒には、時間を守るという概念が存在していないに違いない。そんな奴の誘いに、ほいほい乗ってしまった私もどうかしていたのだが、しかし、愚痴の一つや二つ零したって罰は当たらない筈だ。
 そんな、怒りと、憎しみと、愛しさと切なさと心強さは関係無いけれど、とにかく憎悪に近い感情で更に三十分待つと、ようやく白黒が私の視界に姿を現した。私は強く拳を握り、深く腰を落とした。
「ようよう、悪ぃ悪ぃ。ちょっと仕事が――??」
「セイヤッ!!!」
 戦闘コマンド『せいけんづき』。魔理沙は70ポイントのダメージを負った。
 すっと惚けた横着者には、愛と死の鉄拳制裁を。私の華麗なる打突が腹部に極まり、魔理沙はというと、地面をのた打ち回って悶え苦しんでいた。もっと苦しめ。一先ず鬱憤は晴れた。
「……怒っている?」
「ねえ、魔理沙。私の夢、教えてあげましょうか。私はね、『ごっめーん、待ったー?』なーんて、予定時刻ぴったりに現れる貴女と待ち合わせるのが夢なのよ。そんなささやかな夢でさえ、貴女にかかれば過ぎた願いになるのかしら」
「……ぜ、善処するんだぜ」
「ええ。是非お願いしたいものね。主にこれからの態度で。――どんな面白いところに連れていってくれるのかしら」
 そもそも魔理沙の誘いはこうだった。『久しぶりに二人で遊びに行こう』。魔理沙とはそれなりの付き合いになるので、二人で出掛ける事も多々あったが、近頃は互いに仕事が忙しくてロクに会話もしていなかった。そんな事情もあって、魔理沙の誘いに安請け合いしてしまったのだが、思えば魔理沙がきちんとした計画を立てているかなんて非常に怪しいものだ。私は、疑惑の視線をこのボンクラに送り続けた。
「いや。この辺りにさ、新しく劇場が出来たろ。それを観に行こうと思ってさ」
「……成程。デートのお誘いだったのね」
「パーティをよく見なよ。そんなムードになると思うか」
「……絶望的だわ」
「人を見る目があるぜ、アリス」
 そうして私たちは、繁華街の中心部に出来たという、噂の劇場に向かう事にした。魔理沙があまりに自信たっぷりに言うものだから、うっかり案内を任せてしまったが、しかし、一行は着実に人の気の無い方に向かっていた。私は素直に道行く人に訪ね、魔理沙の弁解をシャットアウトする。真逆の方向に向かって歩くと、劇場はすぐに見つかった。
「……大きな劇場ね。何人くらい入るのかしら」
「あのさぁ、ほら私ってば何時も箒だから。空からだから。地上での道案内って慣れて無いんだよな」
「うっさい、まだ言ったの。……つーか人多過ぎなんですけど」
 巨大な劇場前には、これまた広大な広場があり、既に沢山の人で溢れていた。老若何女。人間妖怪何やかんや。この全員が劇場目当てでは無いにしろ、こんなに沢山が集まっている所は、始めて見たかも知れない。こんな事で無事に観賞出来るのかどうか。私は、頼りないナビゲーターさんに尋ねてみる。
「……」
「魔理沙。まさかあんた、予約も何もしてないってことは……」
「いやぁ、まさかこんなに混んでるとは思わなくてさ」
「はあぁ……」
 深く深く溜息を吐く。横目に見ると、魔理沙は起死回生の言葉を探していた。
「あ・いや、……うん。空いてるとこもあるって。とにかく行ってみようぜ」
 ついに何も思い浮かばなかったらしい。魔理沙は私の手を引っ張って強引に走り出した。仕方がないので、突っ掛りながら私も走る。周りの視線が痛いのだが、エスコートに徹したい魔理沙は気付かない。
 ――本日の評価、『減点3』
 そんな評定を魔理沙に下していると、その魔理沙が、急に大声を出して笑い始めた。劇場の大型看板を指さしている。
「おい見ろよ。面白そうな劇をやっているぜ」
 ニタァと、不愉快な笑みを浮かべながら魔理沙が指し示す先には、金髪の女と黒髪の女が、これまた不愉快に笑う趣味の悪い絵があった。劇の演目なのだろう、タイトルには『アリスの憂鬱』とある。
「……面白くなんかないわよ」
「何だ知ってんのか」
「原作をね。名前がアレだから一応気になって。でも、登場人物はいい加減だし、展開も強引で、台詞もミスってばっかり。本当、酷い話だったわ」
 私は、この前古本屋で読んだ残念な単行本を思い出した。あんな内容なら、アリスの名を使わないで欲しい。そんな、著者に対する激しい憤りを覚えずには居られない作品だった。
「へえ、ちょっと興味あるな。どんな内容だったんだ?」
「……本当につまんないよ? まあ、言ってしまえば、友達同士が同じ人に恋しちゃって、最後は片方を殺してしまうって話。舞台が近未来ってのは新しかったかな。でね、まず主人公のアリスが、ミッシェルって子を空港まで迎えに行くところから物語が始まるんだけど…………」

読了、有り難うございます。
みすゞ
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コメント



0.370簡易評価
4.80名前が無い程度の能力削除
途中から世界観がよくわからなくなってきたなー、と思ったらなるほど、そういうことでしたか。
見事に騙されました。


誤字報告を

>そんなことでいちいち話し掛けないでくりる?

>こんなに冷たくなて。
9.70名前が無い程度の能力削除
冒頭ミスリードがゆがみなさすぎて読者逃げてる気がする。カプタグに期待する人は鬱ENDアレルギーだからなぁ…。
誤字はやっぱりわざとでしたか。

やってみたかっただけというのに納得。これ以上にもこれ以下にもならない感じですね。
10.60名前が無い程度の能力削除
これは最後まで読んで欲しいという話ですね。
不思議な感じだったけど読み切って納得。
12.無評価みすゞ削除
皆様。コメント有難うございます。

>10様。確かに逃げられている気が(笑)

>11様。途中で止めると、全く意味の分からないお話になっちゃいますもんねぇ。