前略。
それでは、良いお年をお迎え下さい。
「はっ? 住職がギックリ腰?」
「あぁ。それでお前か早苗に頼もうかと思ったんだが、どうだろうか?」
博麗神社に突然訪れた慧音は開口一番、霊夢に除夜の鐘を突いて欲しいと頼んできた。霊夢にとっては寝耳に水である。
「いや、うちの神社には鐘ないから鐘打ちの経験なんてないわよ。あと早苗のところも確かなかったわよ」
「え、そうなのか?」
慧音驚き。
「あんた何回か初詣来たでしょうに。というか、鐘は寺にあるものよ。大丈夫? 教師でしょ」
「うっ……思い込んでいたから気付かなかった。そうか。いや、悪かった」
「別にいいけど」
霊夢の呆れた顔に、少々恥じて小さくなってしまった慧音である。
「でも、何も住職以外が鐘打ってもいいんでしょ?」
「それはそうなんだが、それにしたって取り仕切る人がいた方が好いだろう。だが、さて勝手が判らない。どうしたものか」
「住職って立てないだけなら、座ったままででも取り仕切ってもらったら?」
「それが、どうにも自分で突いたことしかないから、任せるにしてもどうしたら良いのか判らないという理由を表向きに断られてしまった」
「表向き?」
霊夢が聞き返すと、慧音の顔に陰が差す。
「……なんでも、素人に任せた方が面白そうだとか」
「……難儀してるのね」
それから慧音が一人で色々考えた末が、藁にも縋る勢いで神社だった様である。
そしてその藁は、ちゃんと掴んで沈んでしまったわけだ。
はぁ、と大仰に溜め息を吐く慧音を見て、霊夢は何かしたわけでもないのになんだか悪いことをした気になってしまい、どうしたものかと考える。
果て、何かないものろうか。
そこで霊夢にふと考えが浮かんだ。
「そうだ。鐘のエキスパートに頼んでみたら?」
「エキスパート?」
「ほら、だから、鐘そのものに」
二人の脳裏に浮かんだものは、にへらと蕩けた笑みを浮かべた鐘櫓の九十九神の少女であった。
「除夜の鐘ですか?」
「あぁ」
そんなわけで、霊夢と慧音は目的の少女を呼んで話を始めた。
二人の前に正座するのは、つい先日顕現したばかりの九十九神、月見亭くじらである。
「あんた鐘でしょ。叩き方とか詳しくないの?」
問われると、うーんと顎に指を添えて思案顔。
「えっと、私、叫ぶことはできますが、自分を鳴らしたことはなかった気がします」
「……そういえば、ごぉんごぉんって叫んでたわね」
「はい」
満面の笑みである。
「駄目か……」
がっくりと肩を落とし、頭を垂らす慧音。
そんな慧音を見て、自分ががっかりさせたのだと感じたくじらは手をぱたぱたと振りながら提案をした。
「あ、私叫びましょうか? 108回」
「それは……」
想像してみる。
大晦日の夜。響き渡るのは、鐘の音と似ても似つかない少女の「ごぉんごぉん」という叫び。
煩悩が退散しないような気がした。が、同時に煩悩が活気を失って枯れる様な気もした。
「私やってみたいんですよ。梵鐘じゃないので除夜の鐘は諦めてたんですが、やれるのなら是非やってみたいです?」
「断言しなさい」
「あ、はい。やってみたいです!」
力んだ顔で言ってから、すぐに、にはっと笑う。
それに対して、慧音は渋い顔であった。何せ慧音は伝統を尊ぶ。だがこのくじらの提案は、そんな伝統を随分とぶち壊しているものでなのだ。
むむむと眉をひそめる慧音。おろおろするくじら。呆れる霊夢。
「たまにはいいんじゃない。そういうこと望んで、住職も手助けしてくれないんでしょ?」
「ん……」
悩む。そんなのでいいのかどうか。
「まぁ、いい……のだろうか。とりあえず阿求とも相談してみよう」
「あいつなら笑いながら賛同すると思うわよ」
「……だろうな」
面白いもの新しいもの変わったもの大好きな阿求のことだ。二つ返事だろう。
そうは思っていても、一人で決断するより気が楽だろうと、慧音は阿求に訊ねることにした。
「いいですね。それやってみましょう」
即答だった。
こうして大晦日になり、除夜の鐘の準備が整っていった。
実にスムースに。
人里の皆さん、快く了解してくれました。
理解が良すぎて困ります。
慧音の眉間の皺が取れない。
「いいのだろうか」
「胃が痛そうな顔してるわね」
「実際かなり痛い」
生真面目な慧音には随分とダメージの大きい除夜の鐘の改革であった。
しかし、慧音のそんな不安や心配とは裏腹に、面白いことがあると知った里の人たちは提灯を設置し屋台を並べ、寒さに備えた格好で今や遅しと待ちかまえていた。
そしてそれは、何も人だけではない。喩えば、屋台の中にはミスティアと妹紅の屋台もあり、またプリズムリバー三姉妹も呼ばれて、鐘の音の鳴る前、そして鐘の音の後で演奏をすることになっている。
集う妖怪がいれば、巫女も無論集まる。二人の巫女は、初詣用の用意だけは整えて、今は里の屋台で暢気に買い食いをしていた。
この二人が山を降りれば、次いで山の神も降りてくる。更にはそんなハレの気に惹かれ、呼ばれていない妖怪連中も何事かあるものかと押し寄せる。そしてそれらを問答無用で受け入れる里。間口は阿求が陣頭指揮を執ってこじ開けただけあって、神も妖怪もどんと来いであった。
こうして、幻想郷のありとあらゆる暇人が、誘蛾灯となったささやかな変わった行事に集まってくる。
これはまさに、お祭りであった。
「さぁさ、寒い夜には酒と焼き鳥はいかが。芯から温まって置かないと、寒い年を迎えてしまうよ。ここは一つ、温かい新年祈願の為にも、まずは自分を温めておかないと。さぁさ、焼きたてだよ」
「宵闇で目が見えないなんて方、ヤツメウナギにしてはいかがですか。美味しい安いじゃ物足りないなら、ヤツメウナギで身体を労ってみましょう。お酒もご飯もありますよ」
「酔って眠ったら勿体ない。酔い覚ましがご入り用ならこちらにどうぞ。眠気覚ましに胃薬も。どうぞどうぞ」
見れば兎も薬を売っている。が、鈴仙やてゐの姿は見当たらない。売り子は別の兎たちであった。
そんな祭りの中を霊夢は回っていた。
緊張で固くなっているくじらを少しでもほぐしてあげて欲しいと慧音に頼まれて、手を引き屋台と人の森に踏み行ったわけである。
「お、押し潰されます?」
「えぇ、そうね。ちゃんと手に掴まってなさい」
「はい。わぁ! 待ってください、指が離れます!」
「押し分けて進まないと流されるわよ」
「あうぅ」
既に押し潰され気味であった。
二人は屋台を見るというよりも、人の海を泳ぐことに一生懸命で、ろくすっぽ出店なんて見る余裕がなかった。それでも楽しいのか、くじらは押し潰されながら苦しげに笑っていた。
人混みを抜けた霊夢の袖には、どう紛れ込んだのか、結構大量にお金が入っていた。さすがに返す当てなどないので、あぶく銭だと言い切って出店でやや大盤振る舞いなんぞしてみたりしていた。
そしてそんな豪遊の最中、二人は偶然早苗と遭遇し、今度は三人で回ることにした。
三人は賑やかだった。姦しいという字の如くに。
「霊夢さん、私たちもお守りとか破魔矢とかおみくじとか売った方が好いでしょうか!」
「……張り合うことないんじゃないかなぁ」
「じゃあ私もなんか売りたいです?」
「訊かないように」
「売りたいです」
屋台を見物していて商売をしたくなってきた二人が、霊夢をジッと見て提案する。
何故私を見るのかと、霊夢はやや不服そうな顔をする。
その後、どういう物を売りたいかという話題がしばらく続いた。
「早苗、売る物がおでんになったら巫女関係ないわよ」
「それもそうですね」
巫女に拘ることもないと思うが。
「それにしても、活気あふれる屋台を見ていると、初詣を翌日に控えてここにいるんですから、なんかこう、そわそわしません?」
「判らなくはないけど」
ただし、二人のそわそわは少し違う。霊夢の『正月に神社にいなくて大丈夫だろうか』に対し、早苗は『どうせなら今からでも仕事してしまおうか』なのである。
その差をお互いに感じつつも、巧く言葉に出来ずにいた。それを霊夢はまぁいいやと思ったが、早苗はもどかしさの解消を試みようと自分の気持ちを説明してみる。
「……あぁ、なんかこう、売り手になりたい」
ものすごく曖昧になった。
「儲けたいの?」
「というか、一度は屋台の向こう側に往ってみたいという欲求がですね」
「神社で売る側じゃない」
「神社と屋台じゃ全然違うんですよー、雰囲気が」
「……判るような判らないような」
伝わったような伝わってないような、結局そんな曖昧なところに着地した。
少ししょんぼりな早苗であった。
「そうだ。どうせなら明日からしばらく、ここに出店で出張初詣なんてどうですか。神社までの道中はなにかと危険がありますし、一緒に仕事できますし」
「……悪くないわね」
運ぶ手間を考えると難はあるが、人が妖怪に襲われて仕事が増える心配をしなくていいのは良いことに思える。
「って、あれ? くじらちゃんは?」
「え?」
気付くと、そういえばしばらく二人で会話をしていたことに気付く。
「……しまった」
はぐれた。そのことに二人は気づいた。その直後、
「霊夢さぁぁぁん、早苗さぁぁぁん」
良く通る声でくじらが二人の名を呼んだ。
やかましいやら恥ずかしいやら、半泣きのくじらに二人は近寄ると、その手を引いてそそくさと人の波に乗って移動をしていった。
ちなみに、くじらの泣き顔はりんご飴ですっかり直った様である、
と、そんなこんなで賑やかな少女らの姦しさは、始まったばかりの祭りに融けて、騒がしさと華やかさとを更に増していくのであった。
そしてようやく、鐘の鳴る時刻がやって参った。
誰が建てたか、一夜城よろしく一日限りの舞台なんぞを手早く用意して、里の人は今か今かと鐘の音を待っている。
ここしばらく聞いていなかった、あの音色を久しぶりに聞ける。あの力の抜ける、鐘の音とは名ばかりの少女の声。あれが百八回も続くと思うと、何か笑いがこみ上げてくる。
そんな期待が積もっていた。
そしてそんな人々を、寝転んでだらけている住職の横で胃を痛めながら見守る慧音。今回の行事に際して最も損をしている人物である。
「うぅ、なんか様々な人が不快に思っていないだろうか」
心配する慧音の横に寝転ぶ住職が、そっと身を起こし、綿菓子を食べながら言う。
「大丈夫じゃろう。みんなそれほど気にしとらん」
「むしろそれはそれでどうなんだろうか」
胃の痛みはあまり緩和しなかったようである。
舞台の上。
くじらはそこで、今まで味わったことのない緊張と興奮を感じていた。
ちなみにマイクはない。河童製や香霖堂販売のものがあったりはするのだが、くじらの声は拡声器がなくとも里中に響くので、特に用意をしなかったのである。
里在住の皆様方、固くなったくじらを応援して叱咤激励なんぞを投げかけるも、それはくじらの顔の赤みを増す効果しかなく、緊張を解す効果は絶無と呼んで差し支えなかった。が、緊張するくじらが面白いのか、叱咤激励は勢いを増し、くじらはおどおどする一方であった。本末転倒とはこのことである。
しばらくすると、見事くじらは全身ガチガチになってしまった。
「あ、あう」
ささやかな悲鳴が好く響いた。
溜め息一つ吐いて、霊夢が隣まで近づく。
「ほら、やりたかったんでしょ。除夜の鐘。どーんと鳴りなさい。定時にならない鐘なら、引っ込めるわよ」
ニッと笑って背を叩く。くじらは霊夢をジッと見てから、訊ねる。
「な、鳴り始めって、なにか挨拶が」
「いらないから早鳴れ」
巫女はなかなか冷たかった。
はぅとまた小さく悲鳴を上げてから、しかし今度はキッと瞳にやる気を込める。
「やってやるます!」
「はい、それじゃ、いきなさい」
その言葉に、すぅっと息を吸う。
「せーっの!」
誰かの声。
その声の直後、鐘は鳴る。
「ごぉぉん!」
気合いの入った気の抜ける声に、全員が崩れ落ちた。
「ごぉぉん!」
構わず鳴る。
どこからともなく笑いが漏れる。確かに、雑念もどこかへ往ってしまいそうであった。
一度声を出してしまえば、後はもう流れに乗るだけだった。
「ごぉぉん、ごぉぉん」
リラックスした声が響く。
気の抜けた声から更に気が抜けて、聞く人の足腰からも力を奪っていく。
たった十回の鐘の音で、人も、里に集まった妖も、軽く全滅しかけていた。
しかし、それ以降ともなると流石に慣れ、人々は続々と身を起こしていく。そして、どこか危なげな足取りで、祭りを再開していった。遊び人の根性恐るべし。
鐘は鳴る。というか、鳴く。最初の焦りを失い、段々とゆったりになり、里全体を包み込むように。
霊夢は、そんなくじらの姿を、舞台の下から見上げていた。
早苗は先程、神様に連行されて人混みに消え去ってしまったので、一人も暇だなぁと思いながら、することもないのでただぼうっとしていたのである。
と、突然横に魔理沙が現れた。
「あいつも喉乾くだろうから、差し入れでもするか」
「あら魔理沙。いたの?」
「酷いぜ」
とは言いながら、こっそり近づいた魔理沙はけらけらと笑う。驚かせられなかったのは残念だが、気付かれなかったことにはとりあえず満足したようである。
「飲み物買ってきたし、あいつも喉が渇くかなって」
「どうかしら」
「ま、少しくらい間が空いても問題ないだろう」
そう気楽に言うと、魔理沙は舞台に登り、くじらに近づいていった。
背中を見送って、自分も何か買い食いに往こうかと、霊夢も屋台の中に流れていく。
人混みを流されながらきょろきょろと見回してみるが、さすがに見知った顔を探し出すのは無理だろうと諦め、とりあえず食べ物を求める。
やがて霊夢は美味しそうな焼きそばを見つけた。そしてその屋台に近づいた直後、異変が起こる。
「ぐおぉぉおぅおん、ぐあおおおああああああ……」
突如鐘の音が混沌とした。
「な、何事!?」
慌てて振り返り、焼きそば諦めてくじらの元へと飛んでいく。
人はがやがやと騒いでいる。なにがあったのかと、霊夢は道を急いだ。
舞台に戻ってみれば、そこには唖然とした魔理沙と、顔を真っ赤にしてくふらふらと揺れているくじらがいた。
とりあえず舞台に降りて、霊夢はくじらに声を掛ける。
「えっと、どうしたの?」
「ひゃい?」
顔が真っ赤だった。
「……あんた、もしかして酔った?」
「あー……酔うとどうなるのですか?」
「今のあんたみたいになる」
「じゃあ、たぶん、酔ってるのです?」
「……初経験か」
「なのです?」
「断言しなさい」
「なのです」
というわけで、酔っていた。
はぁと溜め息を吐いて、横で苦笑いしている魔理沙を睨む。
「魔理沙、くじらに何飲ませたのよ」
「な、何って、ただの甘酒だけど……」
そう言って、くじらの飲み残しのコップを見せる。確かに甘酒だった。
「これっぽっちで?」
「あ、いや、私があげたらさ、他の奴らも菓子やら甘酒やらいろいろ差し入れしだしてさ……甘酒だけだと思うけど、結構飲んでたみたいだぜ」
人混みの方を見ると、さっと数人が視線を逸らした。
「ぐあぁぁん」
構わずくじらは叫ぶが、段々と頭の奥に響くような音はなくなっていった。
「駄目だ、声量が落ちてる……というか、声を無駄に響かせる力が切れたみたいね」
「いっ!? おいおい、まだ五十回も鳴ってないぜ」
そして響かなくなった声のまま、しばらくごぉんごぉん言うと、そのままばったりと倒れて眠ってしまった。
「あちゃー」
「ど、どうしよう」
会場から遠い場所にいる里の皆様も、酔ってはいても、段々と鐘の音がなくなったことに気付き始め、ざわざわと騒ぎ始めてきた。
「んー……」
どうしたものかと思った後、霊夢はふと閃き、舞台に仁王立ちした。
そして、叫ぶ。
「ごぉぉぉぉぉぉぉん!」
そこそこ響いた。が、さすがに里中は無理だった。
聞こえた連中はとりあえず目を丸くした。
「無理ね」
「お前度胸あるな」
霊夢は軽く諦めた。
一方その頃。
突如音が狂ったと思ったら、途端に鳴り止んだ鐘の音。
それに合わせる様に、青ざめたりしていた慧音がいた。
真横には住職がいる。もはや生きた心地がしなかった。
やがて我に返ると、瞬時に振り返り、頭を下げる。
「じゅ、住職、申し訳な」
「わははははは! 鐘が鳴り止みおった!」
住職大爆笑である。
素晴らしくハプニングに強い御方であらせられた。
少し慧音は面食らった。
「気にしてくださるな。儂もこういう、ぷっ、おかしな行事は大好きなんじゃ」
腹を抱え、苦しげに笑う。ツボったらしい。
慧音はそんな住職の態度に救われながら、それでも一人、胃を痛めるのであった。
舞台は戻って里の中央。
他に方法はないものかと霊夢は首を捻っていた。
鐘を鳴らそうか。でもどうするのだろうか。
その時、人の海の中から、小さな声が聞こえた。
「せーの」
「ごぉぉぉぉぉん!」
霊夢を真似た勇敢な若者が、また鳴った。
すると、それに触発されて、
「せーの!」
「ごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん!」
増えた。
声は連なり、一定のリズムを持って人の声の鐘の音は続いていく。
「ねぇ魔理沙。馬鹿は私以外にも沢山いたみたいよ」
「……ほんとだな」
掛け声と雄叫びが波紋のように感染拡大していった。
そしてそれに、霊夢や魔理沙、そして様々な妖怪たちさえ、面白そうだと叫びの中に混ざっていった。
里が、未だかつて幻想郷の歴史にないほどの騒音量を記録していく。そしてその記録を、叫ぶ度に人数を増やし、どんどんと更新していく。
それを誰も止めないものだから、激しさは増すばかりであった。
それは里の祭り。
だがそれは、里だけで終わるものでもなかった。
呆れるほど熱くなった感情の渦は、そのまま衰えることなく幻想郷中に広がっていったのである。
「お姉様! 人里のお祭り、早く行かないと終わっちゃうよ!」
「この日記を書いたら行くわ。美鈴と先に行っててもいいわよ」
身支度を終えてばたばたとしているフランドールに、レミリアは背を向けたままそう答えた。
するとフランドールはぱぁっと笑い、くるりと振りかえる。
「いいの!? じゃあ行こう、美鈴! お姉様と咲夜も早くね! 美鈴ー! あとパチェー!」
パチュリーも連れ出す気のようであった。
やがてドタバタという足音は消え、それからしばらくして図書館から爆発音がして、庭を駆け抜けていく音がした。
パチュリーは連行された様である。
「せっかちな子ね」
呆れながら、それでもにこりと笑う。
その足音が止んでから、レミリアと咲夜は耳を澄ませた。
すると、里から盛大な人の声が聞こえてきた。
レミリアにはそれが何なのかは判ったが、咲夜には大きな笑い声かあるいは小さな花火か、という位にしか聞き取れなかった。
「人里は賑やかそうですね」
何事なのだろうと想いながら、咲夜はレミリアに言う。
レミリアはそんな咲夜を見て、くすりと笑った。
「ごぉん」
そして鳴ってみる。
「お嬢様?」
「どうしたの。主一人に鐘を突かせる気?」
「えっ、あぁ……これは失礼しました。それでは」
なんだかは判っていないのに、主の言うことは把握して、こほんと小さく咳払いをした。
「ごぉん、ごぉん」
少し照れながら、咲夜は続ける。
「ふふ、随分と綺麗な鐘の音ね」
レミリアは咲夜の鐘の音に耳を澄ませながら、今年の日記のしめくくりを書き終えたのであった。
「おぅん、おぅん」
幽々子は口の中で愛でるように、耳に届く微かな鐘の音を真似て発していた。
「紫が起きてれば、何か面白い悪戯でもしたでしょうに。まったく。寝るタイミングが悪いわ。おぅん、おぅん」
くすりくすりと笑う。
起きたら、こんな変わったことがあったと教え、悔しがる顔を見てやろうと思っていた。
と、唸る幽々子を見て、妖夢が首を傾げた。
「なんですか、それ?」
「除夜の鐘よ」
妖夢の頭に浮かぶハテナマークが少し増えた。
幽々子が指をさす。そっちを向けば、不思議と里の音が近づき、人の声が聞こえてきた。
聞こえてきたのは、人の叫び。ごぉんごぉんと叫ぶ声。
「……これ、人の声じゃないんですか?」
「でも除夜の鐘よ」
「はぁ?」
結局妖夢のハテナは減らず増える一方であった。
「というわけで、鳴りなさい」
「はぁ。はぁ!?」
全てのハテナが集結合体して、妖夢の半霊がハテナマークになった。
「はいはい、ぼーっとしない」
「え、いえ、だって、私は庭師ですし」
意訳、鐘じゃないです。
妖夢は混乱していた。
「あら、似たようなものよ」
「ええええええ!?」
ある種トドメが刺された。
混乱と驚きと不服が表情の上で混ざり合う。
「妖忌なら不平不満なんて言わずにやるのになぁ」
そう言いながら、あれは絶対にやらないだろうなぁなどと思う嘘吐きが一人。
そしてその横に、腹を括って健気に鐘の真似をする庭師が一人。
白玉楼は平和である。
竹林の中、ぺたんぺたんと音がした。
「なんか里の方が賑やかね」
「関係ないね。うちは除夜の餅つきなんだから」
鈴仙が餅をこね、てゐが突く。白く踊る餅は温かな湯気を噴き出しながら、くにくにとくすぐったそうに踊っていた。
ぺたんぺたん。
音が竹林を跳ねてどこかへと。
それを眺めていた、縁側で足を揺らす輝夜は、人の感情のこもった叫びに笑う。
「鐘の代わりに人が鳴るなんて、馬鹿な話。風雅じゃないわ」
くすくす笑うその横に、そっと温かなお茶を用意した永琳が座る。
「そうですか、あれはあれで面白いと想いますよ」
「ダメダメ。風情はもっとしんみりと心に染みるものだわ。大晦日という年の瀬は、時の枯れを味わう時間だわ。こうして全ての四季の終りを知り、己の老いを知り、明日の生き方を考える時間なの」
肩を竦め、ふぅと溜め息。
「あら。不死の姫に、そんなこと判るのですか」
「失礼ね。私は風情を知るから姫なのよ」
心外とばかりに、少し皮肉な笑みを浮かべて胸を張る。
「姫ー、師匠ー。そろそろお餅できますよー」
鈴仙が呼ぶ。
「わーい。アンコときなこはどこ?」
姫は飛び出した。
その変貌に、さすがの永琳も少し肩すかしを食らった。
「姫……枯れてないじゃないですか」
「なにはなくとも、花より団子。枯れて落ちる風情より、美味で落ちる頬の方が優先だわ」
「最初に言ったのは誰だったのかしら」
「聞こえないわー」
やれやれ。永琳は肩を竦めながら、自分用の小皿と箸を持って餅に向かっていった。
「うぅ……」
さとりは自室で蒲団に潜っていた。
「……心の声が大きすぎるわ。ここまで、こんなに大勢の声が届くなんて」
人の心の「ごぉん」という声がさとりの脳内をガンガンに鳴らし、初めて心の目を閉じたいと真剣に想ってしまっていた。
「どうしたのお姉ちゃん」
「ちょっと頭痛がするのよ。あと突然蒲団に入ってこないようにね」
「無意識でした」
「便利ね」
妹のお陰で意識が逸れて、少し頭痛が和らいださとりであった。
また某所にて、同じく頭を痛めている人物がいた。この事態、頭を抱えているのは慧音だけではなかった様である。
そのもう一人、この珍妙な除夜の鐘に、聖白蓮は頭を痛めていた。
「こ、こんな除夜の鐘があっていいハズない」
正しい除夜の鐘を期待していた白蓮は、髪を振り乱していた。
鳴り始めの一発目で盛大にずっこけたのである。
「頼まれればいくらでも除夜の鐘くらい用意したのに!」
期待と大きく外れたそれに、隠せぬ腹立たしさをあらわに、誰にともなく思いを投げ付けていた。
すると、その横に、少し控えめに星が現れる。
「白蓮様。お祭りなんですから」
「神聖な儀式です!」
キッと歯を食いしばって睨んできた。ビクリとして跳ねる星。八つ当たりであった。
「わ、判りますけど、一度くらい目を瞑りましょう。皆さん楽しそうですし」
「そうですよ。白蓮様の気持ちも判りますが、ここは穏便に」
まぁまぁと落ち着かせる星にナズーリンが加勢。
しばらくうーうー唸っていた白蓮は、やがてがくりと肩を落とした。
「うぅ。恒例行事にならないといいわ……」
その背中は、酷く小さかった。
鐘はまだ鳴り続いていた。
もう何度鳴ったのか、叫ぶみんな判らない。いつか勝手に終わるだろうと、精魂尽き果てるまではとばかりに、根性の限り叫び続けていた。
何か、まるで運動会のノリである。負けて堪るかと、負けん気で叫んでいる人も少なくない。
あらん限りの声で叫び続ける人の中、そして自棄になって叫び続ける霊夢の袖を、くいくいと誰かが引いた。
「はぁはぁ……ん?」
息切らしていた。
それは、阿求であった。
「霊夢さん。あと30回で108回になりますよ」
「え、そうな……数えてたんだ」
「はい」
阿求はにこにこ笑顔だった。
「さぁ、最後くらいは、あの鐘の九十九神さんに頑張っていただきましょうよ」
「あ、忘れてた」
それは酷い。
霊夢が止まったのに気付くと、魔理沙も止まる。そして、肩で息をしながら事情を聞いた。
そして二人で、ぐっすり眠るくじらを起こし始めた。
「んに?」
ぐっすりと眠ったお陰か、さすがに酔いは覚めた様である。
「ほら、あと17回。最後の10回くらい、あんたがやりなさい。あんたの仕事でしょ」
「ふえ……おぉ!? もうそんなに!? 誰が!? おぉ、五月蠅い!?」
飛び起きた。
「あんたの代わりが里のみんなだったわ」
「すごい、これは……申し訳なかったです」
「いいから早くしなさい。ほら、あと13回」
「頑張れよ、鐘」
「はい!」
くじらは大きく息を吸い込んだ。
「せーの!」
掛け声に合わせ、あと10回。
くじらは鳴った。
「ごぉぉぉぉぉぉぉん」
叫ぼうとした全員がすっ転んだ。
叫ぼうと気張っていた人が噎せ、叫びだしていた人が崩れ落ち、見事に全員がカウンターをもらった形となったのである。
「ごぉぉぉぉぉぉぉん」
笑い声が漏れる。
そうして、順調に鐘が鳴っていく。
四回目が鳴った直後に、霊夢は叫んだ。
「あと6回!」
その声に、周囲の人が反応する。
そして、また鐘が鳴る。
「あと5回!」
今度は霊夢の声に、魔理沙と阿求が続く。
鐘が鳴る。
「あと4回!」
脱力から立ち直った人が、叫び始める。
鐘が鳴る。
「あと3回!」
人の輪が広がる。里中に、鐘の終わりを告げる為に。
鐘が鳴る。
「あと2回!」
全力で叫び続ける。
鐘が鳴る。
「次で最後ーーーーーー!」
全員の声が綺麗に揃った。
そして、最後の鐘が鳴る。
「ごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん!」
最も長く、最も盛大に。
そして、除夜の鐘は終わった。
少し遅れて、拍手が響く。
盛大に、イベントの終わりを祝い合った。
そして、誰かが気付く。
「あ……あけましておめでとうございます?」
一同一瞬きょとんとしてから、やがて、最後の自棄っぱち。
「新年明けまして、おめでとうございます!」
雄叫び。
「今年も、宜しくお願いします!」
ドッと溢れる笑い声。
さぁ、仕切り直しだ。年の終わりの祭りは終わった。これから新年最初の祭りに移行する。
さぁ、日の昇るまで。
さぁ、三が日の終わるまで。
「祭りだー!」
まだまだ幻想郷の眠りは、まだまだ遠いのであった。
……うお危な!107人目だった!!(最後はお寺さんが叩いてた)
煩悩よ聞け!我らの叫び
ごおおおおぉぉぉぉぉん。
なんかいい感想うかばないけど、すごくよかった。
幻想郷まで届けこの叫び!!!
ごおおおおおぉぉぉぉぉん。
ごおおおおおぉぉぉぉぉん。
ごぉぉぉぉぉぉぉぉん。
前作も読んできましたが、くじらちゃんナチュラルに可愛すぎてオリキャラとは思えない。キスメといいお友達になりそうだ。
ごおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉん。
自分も祭りに参加したくてたまりません
住職の性格や皆で鐘の音を叫ぶ楽しそうな姿に頬が緩む面白いお話でした。
鐘の音で盛大に脱力する里の皆に手を叩き、大いに笑わせていただきました。いいですね、こう…吉本の劇みたいな感じでw
さって…大晦日にゃぁカラオケとかで叫んでみますかね
ごぉぉぉぉおおおおおん!!
神社で除夜の鐘?
……とか思ったけど、こまかいこたぁ(ry
こういう可愛いおっさんは大好物です。
そんな緩い幻想郷に憤慨する白蓮さんにw
きっと一年もすれば白蓮さんもこの空気に馴染んでるんだろうなぁ・・・・・・
それにしても幻想郷のみんなはノリがいいなぁ。
ノリのいい幻想郷の人々が素敵です
よいものを読ませていただいた。
お友達が増えるよ、やったねくじらちゃん!