「昔はああじゃなかったのよ」
懐かしむようにレミリアは目を細め、頬杖をついたままもう一方の手でティーカップを唇に運んだ。
「そう、昔のフランは素直で可愛い女の子だったわ」
と言ってもフランドールをよく知る者ほど信じられないだろう。
レミリア自身、説得力の無さを自覚しているようで、曖昧に微笑んでいる。
「姉を慕い、花を愛で、動物を慈しみ、童謡を歌い、妖精のように笑っていた」
姉を嫌い、花を踏み、動物を刻んで、童謡を蔑み、悪魔のように哂っていた――の間違いではないか?
ため息ひとつ。レミリアは遠い目をして、ベランダの向こうの蒼穹を眺めた。
涼やかな風が頬を撫で、絹糸のような髪をなびかせる。
邪悪な吸血鬼とは思えぬほど可憐で、そのギャップに魅せられる者も多い。
「気弱でおとなしかったけれど、100歳の誕生日は別人のようにはしゃいでいたわ」
505歳を迎えた吸血鬼の、美しくも悲しい思い出語りが始まる。
◆◆◆
――400年前。
「フランももうすぐ100歳ね」
鬱蒼とした森の奥に吸血鬼の住まう紅き館があった。
105歳のレミリア・スカーレットは400年後の今と同じく幼き姿であったが、ヴァンパイアハンターと命のやり取りをするのが日常ゆえにどことなくすさんでおり、400年後の今よりもある意味で大人びていた。
けれど外見相応の子供らしさを、フランドールの前ではよく見せていた。
「もう知っていると思うけれど、永遠の寿命を持つ吸血鬼にとって誕生日など日常に等しく、せいぜい夕飯がちょっぴり豪勢になるくらい。しかし100歳ごとにきっちり祝うのがスカーレット家の習わし。5年前はフランも私の誕生日存分に祝ってくれたわね。今度は私の番。ねえフラン、お誕生日プレゼントは何がいいかしら?」
「お姉さま。私、お人形が欲しいです」
頬を染めてうつむき、上目遣いで照れ笑いしているこの少女こそ、来週100歳になるフランドールである。好戦的なスカーレット家の血筋に反し気弱でおとなしいこの少女を、姉のレミリアはいたく気に入っていた。
人間も妖怪も忘れつつある大切なもの――優しさを、妹は持っている。
花も恥らうようなこの笑顔を護るためならば、全人類を滅ぼしてもよい。スカーレット家を滅ぼしてもよい。
それほどまでに愛していた。
「そう、お人形ね。どんなのがいい?」
「あの、わ、私、お姉さまが選んでくださったのなら、どんなのでも嬉しいです」
「愛い奴め。よろしい、お姉さまが飛びっきりの人形を用意して上げる。楽しみに待ってなさい」
「わ、わっ、わぁっ。嬉しい。お姉さまからプレゼント。えへへ」
顔を真っ赤にして、背中から生えるコウモリの羽を震わせるフランドール。
ふいに、レミリアは自室に飾られている絵を思い出した。
絵の具を拙く塗りたくった落書きにも等しいものだが、最高級の額縁にしまってある。というのも、それこそ5年前にフランドールから贈られた誕生日プレゼントだからだ。
大好きなレミリアお姉さまを、一生懸命に描いたのだ。
どんな名画よりも価値ある宝である。
あれに負けないくらいの物を贈らねば、姉として立つ瀬がない。
やりがいがあるな。レミリアは張り切った。
そして一週間後。
盛大に祝われるフランドール100歳の誕生日。
紅魔館と交流のある悪魔や魔女があちこちから参加して、誰も彼もが笑顔を浮かべ、その中でも飛びっきりの笑顔をフランドールは浮かべていた。
背中に生えるコウモリの翼を踏まえても、まるで天使のように清らかで愛らしい姿だ。
悪魔らしからぬその光景を見守っていたレミリアは、早速プレゼントを取り出した。
「さあフランドール、お前の姉は約束通りプレゼントを用意したわよ」
「わぁっ! お姉さま、約束を覚えていてくれたのね!」
「フッ……悪魔の約束は絶対。そうでなくとも、愛しいフランとの約束を破るなど天地が逆転してもありえないわ」
「あの、あの、開けてみてよろしいですか?」
「もちろんよ」
姉の許しを得て、瞳をお星様のようにキラキラ輝かせながら、リボンを解いて箱を開ける。
すると、金糸の髪の美しいビスクドールが、エメラルドの瞳で微笑んでいた。
「わぁっ……綺麗……お姉さま、ありがとう!」
人形を高々と掲げ、パーティー会場の皆に見せびらかすようにする。
フランドールにとって人生の絶頂というものがあれば、まさにこの時だっただろう。
そして人生の奈落というものがあるとすれば、やはりこの時だった。
突然、ビスクドールのエメラルドの瞳がルビーに変わったかと思うや、血涙が滝のように流れ出す。
小振りだったはずの唇は頬まで裂けて、獣から採取した本物の牙を剥き出しにし、地獄の底から響くような絶叫を上げる。
「ひっ……!?」
吸血鬼なのに怖いものが苦手なフランドールは、それがお姉さまからの贈り物だという事さえ忘れて手放そうとした。だがビスクドールから伸びた金色の髪が、蛇のように少女の指に巻きついている。
「キャアアアアアアッ!! お姉さま! お姉さま助けて、お姉さま!」
「ははは、驚かせてしまったかしら。それはノーレッジ卿に特注した呪いの人形よ。処女のブロンドや人を喰った狼の牙を私みずから採取して、ノーレッジ卿と一緒に魔力を注ぎ込んだ一品よ」
「ヒィィィッ! 髪が、髪が這い上がってきます!?」
「犠牲となった処女の怨念がたーっぷりこもってるから、誰彼構わず仲間に引きずりこもうと迫ってくるの。さみしがり屋のフランにはピッタリと思ってね。はっはっはっ」
「血が! 私のドレスが血まみれに!」
「ちゃんと血涙を流すか不安だったけれど、成功してよかった。怨念をたっぷり込めるため、色々仕込んだかいがあったというものよ。血涙は好きなだけ舐めていいけど、今はパーティーの最中だから我慢しなさい」
「お姉さま助けて! お姉さまお姉さまごめんなさいお姉さま! 許してください、嫌わないでください! あんなへたっぴな絵なんか渡して、謝りますから! でも一生懸命描い……手が、人形の手が!? うわぁぁぁん! おねだりなんかしてごめんなさいお姉さまごめんなさい! お姉さまー!」
「はっはっはっ、フランがこんなにはしゃぐのなんて初めて見たわ。いやー、さすがの私もこうまで喜ばれると照れてしまう」
「お姉さまー!!」
◆◆◆
「本当にあの頃はよかった。普段と違ってあんまり大声ではしゃぐものだから、なんて言ってたのかよく分からなかったのが残念だわ」
感慨深くため息をつき、レミリアはおいしそうに紅茶を飲む。
そこには色あせぬ妹への愛があり、彼女の舌を軽くさせた。
「フランったらあの人形を毎晩枕元に置いていたの。朝起こしに行くと、枕元にある人形を見るたびビックリしてたけど、あれは何だったのかしら……人形もなぜかススで汚れていたし。ススなんて平時は厨房か焼却炉くらいでしか出ないのだけど」
まったくもって謎だわ、とレミリアは肩をすくめた。
だが久々に思い出話をして上機嫌な様子。
「結局あの人形は50年くらいで壊れちゃったけれど……今思えば、フランの能力が目覚めかけていたのね。怨嗟の魔力で数百年は劣化しないはずだったのに、粉々になってしまった。力をコントロールできず人形を壊してしまって、フランったら肩を震わせて泣いていたわ」
流れる雲を見つめながらしみじみと語る。
本当にフランドールの事が大好きなんだと思わせる、愛情たっぷりの口調で。
レミリアはしばしうっとりとしていた。
カップを空にしてテーブルに戻すとどういう気まぐれか、ティーポットをみずから手に取った。
「せっかくの人形があんな事になってしまって、だから、フランが200歳の誕生日の時も張り切ってしまったわ」
新たに語り始めようとしながら自身のティーカップだけでなく、もうひとつのティーカップも紅茶で満たす。
◆◆◆
――300年前。
「フラン。もうすぐ200歳の誕生日ね、プレゼントは何がいいかしら?」
「あ、あの、えっと……」
199歳のフランドールは99歳の頃よりどこか臆病さを増してはいるものの、やはり心優しくおとなしい少女であった。
だが時折レミリアの顔色をうかがうのはなぜだろう?
そんな疑問を抱きつつも姉妹仲良く暮らしてきたし、レミリアが家督を継ぐため7年ほどの修行の旅から帰った時はたいそう喜んでくれた。姉妹仲は良好だ。それでも誕生日が近づくと、時折不安そうになるのはなぜだろう? その都度、笑顔が曇る様など見たくはないと、レミリアはたっぷりとフランを甘やかした。
甘やかしすぎだという自覚はある。
ノーレッジ卿からも甘やかしすぎだと諌められる事も多々あったし、厳しくしようと心がけもしたが、フランドールは聞き分けがよく素直な子なので、厳しく接するべき点が無かったのだ。
イチャモンをつけるという手もあったが、それでは傍若無人となってしまい己の価値を下げてしまう。
自慢の姉であり続けようと励むレミリアにとって、それは避けたいところだった。
そんなこんなで、200歳の誕生日も存分に甘やかす所存である。
「どうしたのフラン? 遠慮せず何でも言ってごらんなさい」
「ふ、普通のものがいいです。珍しくなくて、ありきたりな、みんなが持ってるようなものが」
「そうか……スカーレット家の娘としていつも特別扱い。身の回りの物は特注品ばかり。贅沢ではあるが、さみしいな。よし分かった。最近レディの間ではやっている指輪やネックレスといった、お似合いのアクセサリーを用意しよう」
「えっ、本当? アクセサリーを?」
「ふふっ、フランももう200歳。一人前のレディとしてアクセサリーくらい身につけねば」
「あっ、あの、ところでお話は変わりますけど、お姉さまの200歳のお誕生日に贈った薔薇のリースはお気に召しましたか?」
「もちろん」
ホッと胸を撫で下ろすフランドール。
おや、とレミリアは眉を潜めた。こんな表情をするとは、何か不安でもあるのだろうか。
訊ねてみると、愛しい妹は大慌てで首を横に振った。
「ううん、なんでもありません。お姉さま大好き!」
で、200歳の誕生日を迎えて。
会場には紅魔館と交流のあるあちこちの悪魔や魔女がやってきており、料理や音楽を楽しんでいる。
そんな中で飛びっきり楽しそうなのがフランドールだ。
そんな彼女に声をかけるのは我等がレミリア様。
「楽しそうねフラン」
「あっ、お姉さま!」
「はい、今年の誕生日プレゼントよ」
「ありがとうございます! ……あの、普通のプレゼントですよね?」
「うむ。私が直々に雇った門番のつてで、異国の行商人から購入したものだ」
「そ、それって普通じゃないんじゃ……」
不安そうに後ずさり、冷や汗を流すフランドール。
だが上機嫌のレミリアは気づかず続けた。
「黄金のティアラや白金のブレスレット、ルビーとエメラルドのネックレス、琥珀の指輪……本当にたくさん、フランに似合いそうなものがあってね」
まともなラインナップを聞き、フランドールは安堵の息を漏らした。
そうなると、誇らしげに語るレミリアへの思慕が湧き上がってくる。
「いっそ一緒に選んだ方がよかったんじゃないかと思ったのだけれど、ほら、こういうプレゼントってやっぱり自分で選びたいじゃない? だからフランのためいっぱい悩んでこれはと思うネックレスを選んだのよ」
「嬉しい……そうですよね、100年前のは何かの間違いですよね、よかった」
「えっ、100年前?」
「ううん、何でもありません」
「そう? まあいいわ。プレゼントのネックレスだけれど、私の手であなたにかけて上げたいの。いい?」
「もちろんです!」
大喜びするフランドールの頭上にレミリアが手を掲げると、魔法のようにプレゼントのネックレスが出現した。その素晴らしさに招待客一同は感嘆のため息を漏らす。
見上げてみたい衝動をこらえながら、フランドールは愛しきお姉さまからのプレゼントを待った。
そっと、首にかけられるネックレス。
やけに重たく、かさばった。
胸元に垂れ下がったそれを見てみれば、しわくちゃになって縮んだ人間の頭部らしきものが、歯を擦り合わせながらフランドールを睨んでいた。
「ほーら、中国四千年の叡智が込められた呪いの干し首よ!」
「いやぁぁぁっ!!」
想像していたのとだいぶ違ったためか、フランドールは絹を裂くような悲鳴を上げた。
必死にネックレスという名の呪物を取り外そうとするが、どんなに力を込めても首から外れない。
「お姉さま! お姉さまこれ何ですの!? 私なにか悪いコト致しましたか!?」
『死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ』
フランドールが何事か叫んだが、呪いの干し首がタイミングを見計らったように呪詛を唱え始めた。
声としてはあまり大きなものではないにも関わらず、頭蓋に直接響く奇怪なそれはフランドールの声を封殺した。
「あらあら、フランったら今年もおおはしゃぎね。はしたないわよ」
「いやぁぁぁ! 助けて、助けてお姉さま!」
『殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス』
「一度身につけたら人間のほぼ一生分、おおよそ50年程度は決して外れないと言われているわ」
「きゅっとしてドカーン! きゅっとしてドカーン! あれ? きゅっとしてドカーン!!」
『離れんぞ~、逃がさんぞ~、お前は我と共に地獄へ落ちるのだ~』
「しかも吸血鬼の魔力を封印する効果があるから、前みたく能力が暴走して人形を壊す心配も無いわ」
「ひぃぃぃ! やっぱりお姉さま怒ってるんだわ! 手作りの薔薇のリースがお気に召さなかったんだわ!」
『苦しいよぉ~ヒヒヒお前もこうなるぞじきにこうなるぞ呪われろ呪われろ呪われ呪われ呪われれれれ~』
「しかも身に着けている間、一時も休まず呪詛を唱え続ける特典つき! 長時間聞いていると精神が雄飛して幽体離脱に陥り、独特の浮遊感が楽しいそうよ。でも気を抜いたらそのまま地獄行きになっちゃうから注意して、遊びすぎないようにね」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃ! 許してください許して許してっ許してぇー! 悪いところがあったのなら教えてくださいもうしません絶対にしませんから! あ、あれ? 自分の身体が見え……ゆーたいりだつ? お、お姉さま、助け、助けて……お姉さま……」
『ウヒヒヒヒ一緒に行こうよぉ~地獄の釜の底にさぁ~きっと楽しいよぉ凍てつくほどに楽しいよぉぉぉ苦しいよぉぉぉ誰も助けてくれないよぉぉぉみ~んなお前を裏切るのさぁ~ゲッヘゲヘ』
◆◆◆
「フランったら、干し首のネックレスにすっかり夢中になっちゃってね。毎日のように幽体離脱していたわ」
思い出の中のフランドールがさぞかし可愛いのだろう、レミリアはすっかり惚け顔だ。
そんな吸血鬼を隠すよう雲が太陽を覆って、世界がわずかに暗くなる。
レミリアはテーブルの下で足を組み直すと、小さく肩をすくめて苦笑した。
「あまりに幽体離脱しすぎて死にかけた時は、さすがの私も慌てて解呪したわ。目を覚ましたら軽く叱ったのだけど、フランったらわんわん泣いて謝り続けて……こっちが悪者みたいだったんだから。困った子だったけど、その分うんと可愛くってね。まったく、どこをどう間違えたら今みたいな生意気小娘になっちゃうのよ」
美しき思い出にひたればひたるほど、残酷な今とのギャップがレミリアを悩ませる。
素直で可愛い子だったのに、今は気が触れて地下にこもりっきりなのだから。
「自分以外のものと触れ合おうとしていた時期も、あったのに」
レミリアは新たな思い出を語り始めた。
◆◆◆
――200年前。
「あなたもいよいよ300歳ね。プレゼントは何がいいかしら?」
「いりませんお姉さま」
いつからか義務感さえ抱いているようなお利巧さんになったフランドールは、謙虚に誕生日プレゼントを辞退した。大人ぶっているのだろうか? しかしレミリアが300歳の誕生日にはちゃんとルビーの指輪をプレゼントしてくれたし、300歳だからプレゼントはいらないという理屈は矛盾する。
レミリア300歳の誕生日を前後してよりお利巧さんっぷりが加速しているので、もしかしたら何か欲しい物があって、誕生日にせがんでくるかもしれない――なんて予想もしていたのに。
「遠慮しなくていいのよ? フランに欲しい物があるのなら、お姉ちゃんは地獄の底だろうが天国の頂だろうが、どこにでも奪いに行くわ」
「本当にいいですお姉さま。フランは何も欲しくありません。平穏無事なお誕生日を迎えたいのです」
「そう……」
もしや姉離れというものなのだろうか。
それはそれで喜ばしい成長だが、同時にさみしくもある姉のジレンマ。
フランドールの部屋(当時は二階にあった)を出て、レミリアは今度の誕生日をどうしたものかと頭を悩ませていた。
額面通りに受け取って誕生日プレゼントを贈らないなど、スカーレット家当主としてあるまじき愚行。
されど、いらないと言っているのに自分勝手な贈り物をしては、ナイーブな妹を傷つけてしまうかもしれない。
どうしたものかと悩みつつ、なんとはなしに地下図書館へ足を運んだ。
呪いの干し首が駄目になってから、フランドールは地下図書館で勉強をするようになっている。魔導書を読もうとして挫折し、入門書からこつこつがんばっているのだ。干し首がいい影響を与えたのだろう。もしかしたら自作しようと企んでいるのかもしれないし、実は自分の300歳の誕生日、密かにフランドールお手製の呪物を期待していた。結果は普通のルビーの指輪だったけど。
そんな理由もあって、地下図書館で考えればフランドールの考えも分かるのではないかという甘い期待があった。
実際、収穫があった。
今年はこれで万全だ。
フランドール、300歳の誕生日。
本人の強い願いで、誕生パーティーは身内で行う質素なものとなった。
今さら人見知り? 以前のパーディーではしゃぎすぎ、客人の前で恥をかいたと思っているのだろうか。まだ子供なのだから当たり前であって、いちいち気にしなくてもいいのに。
結局、親の代から懇意のノーレッジ家しか招かなかった。
身内ばかりのパーティーとはいえ、メイド達は張り切って支度をしてくれた。飾りつけ、豪勢な料理、得意な楽器をもちいての演奏で祝福する。
だが肝心のフランドールはどこか元気が無い。
やはりプレゼントをいらないと言った件と関係があるのだろう。
今回のサプライズで解消してやれればいいのだが。
誕生パーティーの挨拶が終わると、レミリアはさっそく愛しの妹へ歩み寄った。
「フラン、300歳おめでとう」
「ありがとうございますお姉さま」
「フランは誕生日プレゼントなんかいらないって言っていたけれど」
「いりません、お姉さまのお気持ちだけで満足です」
「実は、こっそり用意してあるの」
「ありがとうございますお姉さま。でも本当にいいんです。お気持ちだけで満足なんです。というかお気持ちだけの方が満足できるんです」
「ふふっ、フランったら本当に可愛いわね。大丈夫、図書館の司書に雇った小悪魔、覚えてるかしら? 彼女から聞いたわよ、あなたが欲しがっているもの」
「何も欲しがって……えっ? ええと、そういう話を小悪魔達とした事はないですよ?」
「子犬が欲しいって、動物図鑑を見ながら呟いていたそうじゃない」
「あっ……」
「だから用意したわよ、子犬」
レミリアがパチンと指を鳴らすと、会場の扉が開いた。
フランドールは期待と不安の入り混じった眼差しを向け、コウモリの羽をピンと立てる。
「まさか、でも、三度目の正直って言うし、もしかしてお姉さま、今度こそまともな……」
しかし扉からは何も出てこない。
おや? とフランドールが首を傾げた途端、部屋の角から青黒い煙のようなものがシューシューと発生し、刺激臭が鼻を突いた。ぎょっとして身をすくめると、部屋の角からおぞましい触手のようなものが一本現れる。先端の尖ったそれは獲物を探すように曲がりくねり、それを口腔から伸ばしている頭部が出現した。触手と思っていたものは舌だったのだ。
青い粘液をしたたらせながら出現したそれは四本足で、確かに犬のようなシルエットをしていた。
まだ子供らしく小さいが、可愛らしさなどとは無縁の生き物であった。
ノーレッジ印の消臭スプレーで名状しがたい悪臭を払いながら、レミリアはえっへんと胸を張る。
「わざわざ異次元世界まで買いに行ったティンダロスの猟犬よ。ちゃんと目玉と毛皮があるデザインの犬っぽい奴を選んできたの」
猟犬なのに犬っぽい奴とはどういう意味なのか。
そもそもこれは本当に犬なのか。犬っぽいだけの名状しがたい存在ではないか。
「この手の生き物は伝聞によって姿がマチマチだったりするけど、実際色んな種類がいたんでビックリしたわ。独特の臭いがするけど、よく洗って消臭スプレーを使えばたいして気にならないわ。次元を越えて鋭角から出現する能力があって、躾け終わるまでは鋭角の無いケージに入れておいた方がいいわね。もちろんいきなり一人で子犬の面倒を見るなんて大変だから、適当な小悪魔達に手伝わせるわ。あっ、妖精には手伝わせちゃダメよ? この子を見たり触れたりしたら精神が汚染されて発狂してしまう可能性があるの。安心して、私達悪魔は平気よ。でもフランは人形や干し首を気に入っていたし、少しくらい効果がある方が好みだったかしら? でも、フランの気が触れてしまうなんて私は嫌だもの。そこらへんは注意しないとね。……フラン?」
妹を喜ばせるため長々と語って聞かせたレミリアだが、あまりにも反応が薄いのでいぶかしむ。
だが杞憂だったようだ。
ティンダロスの猟犬は新しい主人にすっかり懐いているようで、前足をフランドールの膝にかけてよじ登ろうとしており、脳みそをすするのに特化した舌を一生懸命伸ばしている。緊張しているのかフランドールは震えていたが、逃げない姿を見れば嫌がっていないのは明らかである。
「あらあら、すっかり仲良しさんになっちゃって」
レミリアや他の参加者達がなごやかに微笑む中、フランドールは身をすくませたまま呟いた。
「たす……け……」
「キシャー!」
が、ティンダロスの猟犬の鳴き声によってかき消されていた。
◆◆◆
「ティンダロスはよく懐いていたわ。すぐ紅魔館の人気者になって、いっつもフランの後を追いかけ回していた。フランがどこへ行こうと鋭角を通って追いかけて行ったわ」
そう言って、ベランダの角を見つめた。
もしかしたら今この瞬間、ティンダロスの猟犬がここにやってくる事を期待しているのかもしれない。フランドールに猟犬を買い与えたのはレミリアだが、彼女も猟犬を好いていたのだろう。
さみしげな眼差しは、この場にいないティンダロスの猟犬を捜しているかのようだった。
「でも、フランは優しい子。可愛いティンダロスと主従関係にある事を不満に思ったのでしょうね。友達であるなら、家族であるなら、本来対等なはず。だからあの子はティンダロスを逃がして上げたのよ。いつか再会した時、本当の友達に……家族になるために……ふふっ、本人は恥ずかしがって否定しているけどね」
出会いと別れ。
人間の社会には『子供が生まれたら犬を飼え』という言葉がある。
実行したら子育ての犬の面倒で親が参ってしまうだろうから、子供の手間がある程度かからなくなってから犬を飼う方が現実的だろう。
犬は子供にとって身近な友となり、格好の遊び相手となってくれるだろう。
そして犬の面倒を見る事で、他者を慈しむ尊さを学ぶだろう。
最後に犬が年老いて――子供は『死』を学ぶだろう。
フランドールはティンダロスの猟犬とすごした日々で何を学び、何を得たのか。
少なくとも友愛を学んだはずである。
「ティンダロスは、情操教育として素晴らしい効果を発揮してくれた。犬のためを思い野生に返した点を見てもそれは明らかだもの。なのに、どうしてうちの妹は引きこもりの狂人になってしまったのかしら」
がっくりとうなだれたレミリアは、気を取り直すため紅茶を飲み干した。
語り通しだったので疲れもあるようで、軽く背伸びをして「うーん」と唸る。
「まあ、多分、ティンダロスとの別れがこたえたのでしょうね。気がついたら言葉の数が減って、よく地下にこもるようになっていたわ。愛犬のための善意が自身の精神を弱らせてしまうだなんて皮肉よね。あの時は、フランが逃がして上げたいのならそれもいいかもしれないと気持ちを尊重したけど、うん、一度飼い始めたのだから最後まで面倒を見なさいっていう路線もよかったかもしれない。本人に了承も取らず飼い犬を連れてきた身だから、私もどこか遠慮しちゃってね」
口調がややゆっくりになり、語り疲れてきたようだ。
しかし良くも悪くも昔話に花を咲かせる楽しさは、レミリアを休ませようとはしなかった。
「フランは心の弱い子だった。けれどそれに負けない健やかさを持っていた」
椅子の背もたれに体重を預け、雲が流れて明るさを取り戻した青空を眺める
「私自身、それを信じていた。なのに……」
◆◆◆
――100年前。
「400歳の誕生日は何が欲しい?」
「何もいらない」
ぶっきらぼうに答えるフランドール。
現在399歳で、もうすぐ400歳になる吸血鬼の少女。
「フラン。ここ数十年、元気が無くなって……いったいどうしてしまったの?」
「別に……何でもないわ」
「やっぱりティンちゃんを連れ戻した方がいいんじゃないかしら?」
ピクリとフランドールが反応し、凍えるようにして己の肩を抱いた。
やはりか。レミリアは確信した。
「ティンダロスの猟犬は仲間を捜すのも得意だから、ちょっと異次元に行って暗黒ブリーダーにお願いすれば……」
「やめて」
短い拒絶。
思いやりは届かず、いつの間にか生まれていた姉妹の亀裂にレミリアは悲しくなった。
「そうよね。ティンちゃんが一人前になって戻ってくるまで、信じて待つのも美しいわ」
「……別に待ってないし。帰ってこなくていいし」
まるで我が子を谷へ落とす獅子の如き、厳しくも深い愛情を前にレミリアは感動に打ち震えた。
やはりフランドールは清く優しい少女だ。
悪魔として不適切だとしても、これは美徳である。
悪魔どころかもはや人間さえ忘れつつあるものを、この子は生まれながらに持っている。
今、その優しさが仇となってさみしさに凍えているだなんて!
姉として力になるしかあるまい。
つまり誕生日プレゼントだ。
フランドールの笑顔を取り戻す、最高のプレゼントを用意しなくては。
「お姉さまにお願いがあるわ」
などと決意を固めていると、まさしくフランドールが姉妹の仲を取り戻すべく歩み寄ってきた。
どんな願いであろうと必ずやかなえてみせよう。
「なぁに? 何でも言って頂戴」
「誕生日のプレゼントだけど」
「ああ! やっぱり欲しい物があるのね? 持ち主の生き血を吸って絶大な魔力を発揮する暗黒剣がいいかしら、それとも人間の皮で作られたという魔導書? あっ、それとも日の出と日没を知らせるため名状しがたき悲鳴を上げる邪神像がいいかしら!」
「プレゼントもパーティーも無しにして」
「……えっ?」
想像だにしなかったお願いにレミリアは目を丸くする。
「えっと、フラン? それってどういう……」
「祝いたくない。何も欲しくない。誕生日さえ忘れて、何の変哲も無い一日としてすごしたい」
「でも、それじゃ、あまりにも」
「それが私にとって一番幸せな誕生日だって気づいたの。もう何も期待しない。どんなサプライズプレゼントもお断りだわ」
「フラン……」
「もし姉妹の情が、まだ一握りでも残っているのなら、必ずそうして」
そう言い切って、妹は姉の前から立ち去り、地下室へと行ってしまった。
残された姉は呆然と立ち尽くし、フランドールの言葉を吟味する。
『もう何も期待しない』
裏を返せば、期待したかったのだろう。だが期待すら禁じる何かがあるのだ。
『もし姉妹の情が、まだ一握りでも残っているのなら』
疑っているのか、400年も共にすごしてきた姉妹の情を。
何がフランドールをそうさせたのか。ティンダロスの事だけでここまでになるものだろうか。
姉妹の絆を取り戻すにはどうしたらいいのか、レミリアは悩んだ。
だが分からない。
やはり亀裂が入ってしまったのか、姉妹の絆に。
思えば自分の400歳の誕生日、妹から贈られたプレゼントは何の変哲も無い熊のぬいぐるいだった。
人間の町で売っているような、安物の、粗末なぬいぐるみだ。
100歳、200歳の時は手作りの贈り物を、300歳の時は高価な指輪を贈ってくれたのに。
不思議に思って、何かサプライズが仕込んであるのではとぬいぐるみを切り裂き、中を確かめてみたけれど、綿しか入っていなかった。ちゃんと縫い合わせてから、そのぬいぐるみを持ってフランドールの元へ赴き確認を取ってみても、やはり何も無かった。
5年経った今でも、熊のぬいぐるみの真意は分からない。
ぬいぐるみは保護のため呪術的処置と改良をして部屋に置いてあるが、まだ魔導の知識が未熟なフランドールは、高度な呪術的処置を「意味不明な改造」と勘違いしてしまった。
あの時すでに、姉妹のすれ違いは始まっていたのかもしれない。
おかしい、ちゃんとぬいぐるみに施した呪術的処置について詳しく記した魔導書を、フランドールの部屋に置いておいたのに。開くと邪悪な魔力が流出するので、ちゃんと開いてくれた事はレミリアも知覚している。
一人で悩んでいても解決できないだろうと思い至った瞬間、ひとつのアイディアが浮かんだ。
「そうだ。ノーレッジ卿のご息女は生まれついての魔女であり、悪魔すら凌ぐほどの叡智を持っていると聞く」
他者に頼る。
他者を使うのではなく、頼るという行為は、生まれついての王者であるレミリアにとって恥辱にも等しい。
しかし、それが何だ。
「私はレミリア・スカーレットなのだから」
愛しきフランドールの姉として、いかなる恥辱も喜んで受けようではないか。
決意を新たに、いざノーレッジ卿の館へ!
こうして迎える、フランドール400歳の誕生日。
要望通りバースデイパーティーは開かなかったが、来客はあった。
相談をし数々の意見を交わしたために、厚い友情を築いたノーレッジ家の令嬢を招いたのだ。
地下で遊ぶ事の多くなったフランドールに会う際、地下大図書館に立ち寄ると、彼女はその膨大な書物に大きな感動を示し、司書の小悪魔とも気が合ったようなので、彼女をノーレッジ家から紅魔館へと正式に招くのも悪くないなとレミリアは思ったし、魔女の瞳も期待により熱っぽくきらめいていた。
しかし今は友情に報いるべきであると魔女も考えており、地下に入ると準備のため別行動に移った。
地下の一室に、鍵を捻り壊して闖入するレミリア。
角という角が石膏で丸く塗り固めている部屋の中央に、愛しきフランドールがうずくまっていた。驚きを隠せない様子で慌てて立ち上がる。
鋭角を埋めるのは、ティンダロスの猟犬を回避するためのもの。そうか、あの子がさみしさに負けて帰っこないよう気を配っているのか。優しさゆえの厳しさ――その尊さを、まさか妹から学ぼうとは。
「お、お姉さま!? どうしてこんな薄汚い地下室なんかに」
「フランドール、私は間違っていた」
「えっ、え?」
「愛しき妹として、蝶よ花よと育ててきたが……お前はそんな特別扱いを求めていなかったのだな」
「あの、お姉さま?」
「もっと普通の、当たり前のものを求めていたのか」
「あっ……も、もしかして」
「ようやく気づいた、己の間違いに」
懺悔するようなレミリアを見、フランドールは感激に打ち震える。
ようやく、ようやく分かってくれたのかと。
真意を、本当の思いを。
レミリアは笑った。
「フランドール! 今こそお前にスカーレットの試練を与える!!」
「……えっ?」
「吸血鬼として、スカーレットの血を継ぐ者として試練を乗り越え、見事スカーレットの家名を名乗る権利を与えよう」
「あの、お姉さま、何のお話?」
「転移方陣設置! 隣室に隠れているマイフレンド、賢者の石スタンバイ! 異次元空間の扉を開き、我が妹を暗黒時空の最果てにある地獄渓谷にレッツ・ゴートゥヘル!!」
フランドールの足元に突如として魔法陣が浮かび上がり、五色の閃光が石膏の部屋を満たしたかと思うと、愛しき妹の姿は消え、替わりにベル式の電話機が出現した。
さっそく受話器を取ったレミリアは、次元回線を通じて呼びかける。
「ハロー、ハロー。こちら紅魔館レミリア。聞こえるフラン?」
『お、おおお、おねーさま!? 何なのこれ! どうなってるの!? 空が赤黒くて、地面が腐ってて、黄色い粘液の川が流れていて、名状しがたいグロテスクな植物があちこちに生えているわ!』
「ああよかった、ちゃんと地獄渓谷に着いたのね」
『いったいどういう……ああっ!? も、もしかして今日って、私の……』
「400歳の誕生日だ」
『い……いらないって、何もいらないって言ったのに!』
「ああ、だから贈り物はやめて、試練を与える事にした」
『どうしてそうなるのよ!?』
「黒い太陽が浮かんでいるのが東、紫の満月が浮かんでいるのが西よ。北の山に向かいなさい。頂上がゴールよ」
『ゴール? ゴールって?』
「十三年以内にゴールにたどり着けねば、お前は未来永劫その空間をさまよう事になる。今のお前の力では生きてゴールするのは不可能だろう。修行をしたり、強力なアイテムを集め、魔力と知恵を駆使して挑め。オススメアイテムは異次元の魔力を携えた七色の宝石と、星々すら砕くという紅き魔剣だ。北東の城には地獄の公爵が住んでおり、ドラゴンの心臓を献上すれば魔法を教えてくれるわ。フランには分身を生み出す魔法が合いそうね。あまり攻略情報を教えすぎるのもなんだから、このへんでいいかしら」
『よくない! 全ッ然よくないわ! 前々から思ってたけど、お姉さまって馬鹿じゃないの!? なんなの、私をいじめるのがそんなに楽しい? わざとでしょ、もうこれわざとやってるでしょ!?』
「優しさゆえの厳しさもあると教えてくれたのはフランドール、お前だ」
『教えてないし教えたくもない!』
「無事生還したら一人前の吸血鬼、大手を振ってフランドール・スカーレットを名乗るがよい。なぁに、私も187歳の時に放り込まれたが7年でクリアできた。スカーレットの才に目覚めればちょろいもんよ。……実を言うと、そこで知り合った悪魔や妖怪どもとチームを組んで攻略に当たったおかげだったりするんだけど、これは死線を潜り抜けて心から信頼できる仲間や主従を見つけるという試練でもあるのよ。お父様とノーレッジ卿が懇意になったのもこの試練のおかげだし、うちの門番は地獄渓谷で殺し合った縁で私の直属の従者になったの。うふふ、フランも心から信頼できる仲間や従者が得られるといいわね。まっ、187歳だった私が7年で250回ほど死にかけるだけですんだのだから、400歳のフランなら楽勝ね」
『聞きたくなかったそんな話! 私はお姉さまと違って武芸や魔術を習ってないのよ!?』
「フフフ……知ってるぞフラン。図書館で自主的に魔導の勉強をしていた事を」
『あれはお前の贈り物をなんとかしようと必死こいてただけだー!!』
「吸血鬼を好んで食べる邪神竜には注意しなさい。奴に傷つけられた部位は吸血鬼でも再生できないわ。お父様の胴体にある巨大な傷跡は、邪神竜に食いつかれたせいで残ったものよ。もう少し牙の位置がずれていたら、背中の羽が根元からちぎれ落ちてたかもしれないわ」
『……あの、お姉さま。その邪神竜ってもしかして、体長10メートルくらいあって、銀色の鱗で、金色の眼をしていませんか?』
「おお、よく知ってたわねフラン。さすが図書館で勉強していただけの事はある。ちなみにお父様を半殺しにしたのは邪神竜の長で、お父様とノーレッジ卿が協力してつけた十文字の傷が胸に残っているわ。一人でいるところを奴に見つかったらノーフューチャー。私も遭遇したけれど逃げるのが精いっぱいで、私とうちの門番以外は生き残れなかった……」
『今、目の前に……十字の傷がある竜が……眼を血走らせて……』
「獅子は我が子を千尋の谷に突き落とすと言う。地獄渓谷に突き落とすのがスカーレット家の呪われた習わし……気弱でおとなしいフランには無理だとお父様からかばってきたし、当主の座を継いでからも、真面目なお前がスカーレットの義務を果たそうなどと考えぬよう地獄渓谷の存在を秘してきたが……それも今日で終わりだ。フラン、自分の羽で夜空を翔る強さを身につけなさい」
『ヒィィィ! 来るな、来るな化け物ぉー!』
「フラン。あなたもつらいでしょうけど、私もつらいの。がんばってね」
『ふざっ、ふざけるな! 100年の誕生日ごとにトラウマ植えつけて、きっと善意からの間違いだと信じてきたのに、今度とゆー今度はもう我慢の限界よ! 帰ったら首を掻っ切ってや――』
『GAOOOOOOOOO!! EAT THE MEAT!!』
『キャアアアッ! 羽が! 羽が!』
『EAT! EAT! EAT! GAOOON!!』
「もしもしフラン? 何かしら、邪神竜の鳴き声のようなものがうるさくてよく聞こえないわ。スタート地点に邪神竜がいる確率なんて1%くらいのものだから気のせいだろうけど」
『バキンッ! ガリゴリバリボリ、たすけ、ズゴゴゴゴゴ、きゅっ、ドカーン! ……ツーツーツー……』
ふいに電話が切れ、かけ直しても繋がらないので、恐らくスカーレットの宿命を受け入れ旅立ったのだろうと納得し、レミリアは受話器を戻した。
フランドールは立派に成長して帰ってくるだろうし、ノーレッジ卿のご息女にお礼を言いに行かなければ。図書館も案内して、正式に紅魔館お抱えの魔法使いになるようスカウトもしよう。彼女もそれを望んでいる。
妹も、地獄渓谷でそのような関係を築ける誰かを得られればいいのだけれど。
◆◆◆
「13年後、期間ギリギリに帰ってきたフランはすっかりたくましくなっていたわ。羽を失い、異次元の宝石をもちいた作り物の翼になって。純粋な戦闘能力だけなら私をはるかに凌ぐほどにパワーアップしていた。私はすぐ紅魔館総出で凱旋パーティーを開こうとしたのだけど、フランったらあの日からずーっと地下に閉じこもっちゃって……」
505歳のレミリア・スカーレットは、嘆きのあまり頭を抱えてテーブルに突っ伏して悶える。
紅茶をこぼさないようカップをちょっとこちらに下げると、ふいに身を起こし、頭を左右にぶんぶんと振りながら叫んだ。
「暗黒時空の最果て、地獄渓谷の試練を乗り越えて心身ともに成長したはずなのに! ああ、一体全体どうしてあんな引きこもりのクレイジーガールになってしまったのか!」
「99割お前のせーだ」
と、冷え切った声が闖入する。
いつの間にかベランダの入口にフランドール・スカーレットが立っており、辛らつな眼差しを向けていた。
狂気すら孕んだ魔力に当てられて、お気に入りのティーポットに亀裂が走る。なんてこったい。
でもレミリアはそんなのにまったく気づかず怒鳴り返した。
「フラン! 99割とはどういう事か!?」
「言葉通りの意味よ」
「クッ……これがゆとり教育の弊害か。算数すらろくにできぬとは」
「990%お前のせいだっつってんのよ。もはや100%を超越してるのよ」
憤りで燃える瞳が真紅を彩っていた、青空すら紅く染めんばかりのプレッシャーを放ちながら。
でも、瞳に浮かべていたものは、それだけじゃなくて。
「ええい、訳の分からん事を……昔はあんなに素直で可愛かったのに」
「素直でも可愛くも無くて悪かったわね」
「私の500歳の誕生パーティーにだって参加せず、地下室でグータラしてたなんて……ああ、頭が痛い」
「だからって癇癪と紅霧異変なんか起こしてんじゃないわよ」
5年越しに明かされる紅霧異変の真相であった。
苛立ちをあらわにテーブルを叩いたレミリアは、牙を剥いて身を乗り出した。
「今まで姉としてできる限りの愛情を注ぎ、スカーレット家当主として尽力してきたけど……ほとほと愛想が尽きたわ!」
「愛想が尽きたのはこっちの方よ! 毎度毎度期待させて裏切って、笑顔を曇らせて、挙句の果てに自覚無しだなんて。その致命的センスの無さは脳みそをティンダロスにすすらせても治らないんでしょうね!」
「あんなに可愛がっていたティンちゃんへの愛も捨てたお前が何を言う! 50年前、せっかくティンちゃんが帰ってきたのに、紅魔館の角という角を石膏で埋め尽くすだなんて嫌がらせをして……拗ねて飛び出してっちゃったじゃない!」
「毎日毎日私の脳みそをすすろうとする犬なんかいるかー! お前はアレが懐いてるように見えたのか? 戯れてるように見えたのか? 命がけで逃げて、逃げて、恐怖で眠れぬ日々を送って、正気を削られて、磨耗して……私がどんなに苦しんだか……」
「私のみならず、ティンちゃんまで貶めるとは……そこまで堕ちたか!」
「どこまでも不愉快な奴! 何でこんな残念脳みそが私の姉なのよ? まだゴキブリの方がマシだわ」
「ぐぬぬ……貴様の誕生日はもう二度と祝わん! プレゼントも無いものと思え!」
「望むところよ! お姉さまのバーカ!!」
致命的決裂を迎えた姉妹。
姉はそっぽを向いてしまい、直後に妹もベランダから飛び出して行ってしまった。
その際、フランドールの頬を伝う悲しき雫に気づく。
そういえばなぜ、フランドールはベランダを訪れたのだろう。
トラウマだらけの100年単位の誕生日を翌日に控えたこのタイミングで。
それはきっと。
「ねえ」
背中を向けたまま、レミリアが力無く訊ねてくる。
「フランの500歳の誕生日、私はどうすればいいと思う?」
売り言葉に買い言葉とはいえ、二度と祝わないと言ってしまったばかりだというのに。
やはりレミリアは姉であった。
不器用で、センスが壊滅的に悪くとも。
優しく愛しい姉であった。
そこであなたはこう言った。
「熊のぬいぐるみなんてどうでしょう?」
呪いや魔法がかけられている訳ではない、平凡でありふれた、ただ可愛らしいだけの。
レミリア・スカーレットが400歳の誕生日に、妹フランドールから贈られたプレゼントのようなものをと。
「そんなつまらないものでいいの?」
期待外れの答えのため、乗り気になれないレミリア。
首だけ振り返って、疑いの眼差しを向けてくる。
あなたは人里に買いに行こうと提案した。
手品のように日傘を取り出し、ベランダの下で軽やかに開いて渡す。
半ば強引に決定されてしまい、小さな吸血鬼は呆れた調子で応じた。
「分かった分かった、買いに行くわよ」
面倒がりながらも、その小さなルビーの瞳には期待の色が浮かんでいた。
仲直りできたらいいな、という期待。
フランドールの瞳も同じ色をしていたのを、あなたは知っている。
翌日、フランドール・スカーレットは500歳の誕生日を迎えた。
はてさて姉妹はどうなったのか?
顔を真っ赤にした妹様の照れ笑いは、とても可愛らしかったとだけ言っておこう。
FIN
フランちゃんSANチェックしないとね、って思ったけどよく考えると削る側だよな、こいつら。
プレゼントを決めるときは相手の意見も聞かないと危険ですよね。
そりゃ姉妹仲も悪くなるわな
ギャグにしたって度が過ぎてる気がしたので10点ほど
むしろこれでお姉さまを許して? いるんだから、本当に優しいね、このフランは。
最後もハッピーで後味もいいです。逸品ですね!
これが類友というやつか
ようやっと楽しい誕生日が迎えられて良かったです。
おぜう様の無自覚いじめが今後治ってくれる事を祈り、あえて-10点しておきますw
妹様が天使過ぎるんやな。悲劇なんやな。
しかしながらこのお嬢様は一度にんにく漬けになった方がよろしいかと
そりゃあおめぇさん、ガチムチファイター基準の修行を一般人に課しちゃいかんよ。
フランドールにソーサラーの才能が無かったらガチ終わってたぞ。
……そんな話って事でok?
それにしても、この環境にも関わらず出奔(家出じゃなくて)もしないで正気をある程度保ってるのはマジ奇跡。そしてマジ天使。
これも運命 だ
ゲッヘゲヘ
実は悪魔的には姉のほうが一般的というのが一番の悲劇だw
優しく清らかな悪魔なんてどう考えてもおかしい
運命きちんと見てよ!
普段から呪いやらをかけられ慣れてるから、感覚が麻痺してるってことか?
フランかわいそう。